羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

GRAN TORINOーウォルトが生きたアメリカ~その栄光と衰退~

2009年05月05日 13時43分15秒 | Weblog
 今や沈む太陽となったアメ車。
 といってもピカピカに磨かれ、十分にその威容を見せつける大型車の前に、男が一人ライフル銃を左手に持って立っている。
 高齢とはいえ半そでのTシャツから察しられる二の腕は、しっかりと筋肉がつき盛りあがっているのが見てとれる。
 ダークな色調のなか、いぶし金の文字で描かれている映画の題名は『GRAN TORINO』。
 さっき見てきたプログラムを手元に置いて、今、キーボードを打っている。
 俳優はクリント・イーストウッド。
 子供のころ、『ローハイド』と言う連続テレビ映画で、若き日を知っている。
 
 これは2008年製作、アメリカ映画である。

 銃社会のアメリカ、車社会のアメリカ、移民の国のアメリカ、アジアを戦地としてきたアメリカの栄光と衰退が、特別な装置なしに老いた男の日常を通して描かれていく。

 戦争は二つ。
 主人公が従軍した朝鮮戦争がひとつ。
 二つ目は、アメリカに難民として移り住むことでしか生きるすべがないモン族のベトナム戦争である。
 フォード社の‘グラン・トリノ’が、ポーランド系アメリカ人とモン族の家族を結びつけていくところの蔭に、疎遠になっている長男は日本車のセールスをしている姿が描かれているところが日本人としてコソバユイさがある。

 全編とおして、ひとつも華々しさはない。
 普段着の日常があるだけ。
 アメリカ国旗を入り口に掲げておかなければ、そこが‘アメリカ’であるとはわからないほど、アジア系、ヒスパニックなどの移民が住む街になっている。
 
 差別語、老い、病、法を犯しての復讐、禁煙はくそ食らえ、禁酒もなし。
 その主人公がとった最後の行動は、皆を黙らせる社会貢献だ。

 大人とはこうしたもの。
 人間が成熟するということは、こうした姿をいう。
 言葉にできない感動がじわりっと押し寄せてくる。
 過剰すぎる音楽(BGM)の時代に、なによりも音楽が少ない。そのことが内容の重さや測り知れない厚みを増しているのだ。

 頑固に偏屈にアメリカ人の男として、一番大切なこと全うして生き、死ぬことを静かに熱くスリリングに演じている名優に出会った。主人公も同じ78歳。
 最後に水辺を走る‘GRAN TORINO’は、過去の栄光の亡霊ではなかった。
 ハンドルを握るモン族の青年が、次のアメリカをつくっていく。
 その向こうにオバマが立っているように私には見える。
 移民の国、アメリカの過去と現在と末来が交錯するラストが語りかけてくる意味は深い。

‘こどもの日’に、老いを感じ始めた大人には見て欲しい映画に出会った。
 理屈ではなく、感性をじかに揺さぶるから映画は好きだ。
 体の芯から流れ出す涙を止めずに、まだ残像に浸っている。
コメント (2)
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