電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

平岩弓技『はやぶさ新八御用帳』第3巻「又右衛門の女房」を読む

2006年07月01日 20時13分10秒 | -平岩弓技
『はやぶさ新八』シリーズ、この巻から短編集になるようです。作者が多忙で、構想が追い付かないのでしょうか。

「江戸の竜巻」、勘定吟味役の岡松家跡継ぎ息子が病死し、かつて女中に産ませた双子のうち出来の良い方を養子にと望むが、なんとも想像力のない当主ですね。鬼勘こと勘兵衛が初登場すると共に、お鯉が根岸肥前守の奥女中として奉公することになります。
「幽霊の仇討」、新妻の郁江さん、どうもお鯉さんのこととなると気になるらしい。羽州村山郡山形六万石の秋元藩から、仇討ちのためにやってきた二人だけれど、要するに江戸の奥方と国元の若殿の喧嘩です。幽霊の仇討ちなんて、粋な解決法ですねぇ。「なしてこんなことになった・・・なして」と嘆く山形弁は、正しくは「なしてこだなごどになった・・・なして」(なぜこんなことになった、なぜ)とすべきでしょう。
「狐斬り」、能楽師・森藤十郎の妻織江と、旗本・篠崎庄之助との間に不倫の噂が立ちます。だが、森藤十郎は年若い妻を病気療養を名目に実家に帰します。夜明けに狐の斬殺体が見付かり、さては妻の元に忍んで来たのは狐だったか、と無事解決したかに見えましたが・・・。
「河童と夕顔」、孫を持つ身になってみると、いくらなんでも赤子を足蹴にした殿様は自業自得という感じです。同情の余地はほとんどありません。
「狸の心中」、狐の次は狸です。藤井文五郎の妹・お栄の哀しさに思いをいたしたのは、新八郎の善良な妻・郁江さんだけでした。その一言で、事態は別の意味を持ったのです。
そして表題作「又右衛門の女房」、地震の対応で対照的なしっかり者のお鯉と気が利かなくて頼りない郁江さん。よその夫婦の誤解を解いたのはいいけれど、自分の女房を迎えに行くとは思いませんでした。ちょっとすねて見せたのでしょうか。いえ、本当はこれから先が女性はこわくなるのですよ。まだまだです、新八郎氏(^_^;)/
「江戸の水仙」、島帰りの男には二人の子供がおり、子供も父の帰りを待っていたのですが、母親は子供を手ばなしません。良い母親ではないのです。どうも、冤罪の匂いがします。そして「松平家の若殿」、探索にあたった大久保源太と松之助、松平家からのお礼で食べた鰻はさぞやうまかったでしょう。

御用帳というのですから、断片的な事件の覚え書きでもよいのでしょうが、第1~2巻としっかりした構成で読ませただけに、短編集仕立てはちょっと残念。それでも、平岩弓技さんの語り口は安定しており、充分に楽しめました。
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ひとりの自由時間

2006年07月01日 12時12分43秒 | Weblog
昨日は花の金曜日で、酒席に加わり遅い帰宅となりました。会場の近くにあるレコード店で、アシュケナージ(Pf)とプレヴィン指揮ロンドン響による、プロコフィエフのピアノ協奏曲全集のCDを見付けて、ルンルンです。

さて、土曜の朝の楽しみの一つが、朝日新聞土曜版"be"です。本日は、「ひとりの自由時間には何をしていますか」というアンケートが興味深い結果(*)でした。
第1位は圧倒的に「パソコン」だそうで、時代の流れを感じます。第2位は「読書」、これは伝統的な強さです。だいぶ離れて第3位には「テレビ」が来ますが、以下は少々区分の仕方に異論のあるところでしょう。試しに、自己流で区分を変えてグラフ化してみました。
これを見ると、「パソコン」「読書」「テレビ・ビデオ・音楽など」「おでかけ」が上位の主な区分であることがわかります。テレビの位置が相対的に低下し、パソコンの地位が顕著に上昇しているようです。なるほど、インターネットの広告費がラジオや雑誌の広告費を抜いた、というのが理解できます。光ファイバー網が拡大し、コンテンツの配信が普及すると、テレビの地位も危ういですね。大丈夫か?デジタルテレビ?

(*): テーマ:おひとりさま~市民権得つつある少数派
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