電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『冤罪』を読む

2008年10月29日 06時46分51秒 | -藤沢周平
新潮文庫で、武家もの短編集『冤罪』を再読しました。奥付を見ると、"Read through, January 31, 2004" とありますので、前回の読了から4年と9ヶ月が過ぎています。本作は、藤沢周平が会社づとめをやめて、作家として独立した昭和49年~50年頃の作品を集めたものです。初期作品の救いようのない暗さではなく、思わずニヤリとさせるユーモアも見られる、多彩な作品集となっています。後年の格調高く充実した作品群よりは、『未発表初期作品集』収録作品との共通性を感じるところもあります。

第1話「証拠人」。羽州14万石酒井家の新規召し抱えの報に参集した佐分利七内は、20年以上も前の関ヶ原の合戦での高名の覚書について、裏付けとなる証拠人の口書きを求められます。ところが、たずねあてた島田重太夫が三年前に死去していることを、妻であった農婦に知らされます。高百石の仕官の道が閉ざされますが、浪々の生活の中で体力も衰えていることを痛感し、農婦との生活の中に希望を見出します。夢敗れても幸せはある、と感じさせるかのような佳編です。
第2話「唆す」。ひっそりと市井に隠棲する煽動者の、隠された喜びが描かれます。はじめは客観的に、次に本人の心中が、続いて内儀の目から、そして全体が見えてくるという、視点を移動する映画的な手法が見事です。
第3話「潮田伝五郎置文」。思いを寄せた女性が、尊敬する先輩の妻となりながら、井沢勝弥と不義をなしている。井沢を果し合いで倒し、自刃した潮田伝五郎の置文が真相を伝えます。一方の側からは真率な感情であっても、他方の女の側からは理不尽で迷惑な、一方的な思いに過ぎないという関係が鋭利に描かれます。
第4話「密夫の顔」。説明をしない、話をしないことが、悲劇の元になる場合があります。親友を疑ったのは誤りでした。細君が哀れです。
第5話「夜の城」。記憶喪失の夫と秘密を持つ妻。周囲の日常生活が、突然に全く違った色合いになります。幕切れの舟の中の会話が、緊張を解きほぐします。
第6話「臍曲り新左」。この作品は、一度「藤沢周平とユーモア」という題で取り上げた(*)ことがあります。お気に入りの作品の一つです。
第7話「一顆の瓜」。夫婦喧嘩と政変とが同時に進行します。「力を貸せ」とは言うものの、単に命のやりとりを利用されるだけ。身分の差はなくなりはしません。力を貸した礼は、表題のとおりでした。
第8話「14人目の男」。幕末の変動機に、勤王か佐幕かの間で揺れ動く藩の意志に、幸せ薄い叔母も八木沢兵馬も命を落とします。
第9話「冤罪」。これもまた、勧善懲悪の終わりにはなりません。娘の父親の冤罪は明らかとなったものの、兄夫婦の生活を破壊することになってはと、暴露を思いとどまります。大きな百姓の養女に望まれている娘の婿にと申し出る経緯に、なるほど、武士の身分を捨てるという別の道があったかと思い当たりました。でも、なぜか北海道に解決の途を求める山田洋次監督作品とは異なり、蝦夷地に希望を託したりはしていません(^o^)/

(*):藤沢周平とユーモア~「電網郊外散歩道」より
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