電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴く

2007年07月25日 06時25分38秒 | -協奏曲
5曲あるベートーヴェンのピアノ協奏曲では、ふだん聴くのはフレッシュな第1番や叙情的で充実した第4番などが中心ですが、「皇帝」と愛称のあるこの第5番を聴いて楽しむことにやぶさかではありません。これまで好んで聴いてきたのは、難病を発症する前のレオン・フライシャーのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による1961年の録音。最近、エミール・ギレリスのピアノで、同じくセルとクリーヴランド管による、1968年の録音(TOCE-13020)を入手し、毎日の通勤の途中で、あるいは自宅で、散歩の途中に携帯CDプレイヤーで、じっくりと聴きました。「皇帝」をこんなに聴いたのは、たぶん久しぶりでしょう。

第1楽章、アレグロ。出だしのトゥッティが見事で素晴らしいこと!この「ジャン」を聴いただけで、この演奏のなみなみならぬことがわかります。堂々とした音楽であり、演奏です。
第2楽章、アダージョ・ウン・ポコ・モッソ。静かに始まる管弦楽のゆったりした深い呼吸。ピアノもまた、正確にリズムを守りながら、しかし深い呼吸で歌います。
第3楽章、ロンド:アレグロ~ピゥ・アレグロ。えらそうな身振りはなく、きわめて正確・明確でありながら、なお力強さを併せ持った演奏です。

結婚披露宴などで、新郎新婦の職場の上司や恩師の祝辞を聞くことがあります。それぞれにいい話なのですが、話し手の年代によって、やはり受ける印象が違います。30代の人の場合は、前向きでエネルギッシュで、活力を感じます。50代の人なら、簡潔なスピーチの中にも、年齢相応の落ち着きとしみじみとした味わいも出てきます。

ベートーヴェン39歳の作品。二つの録音時、フライシャー33歳、セルは64歳。そしてギレリス52歳、セルはこのとき71歳。演奏がまさにそんな感じ。速いテンポで、颯爽と演奏するフライシャー。サポートするセルも、弦楽アンサンブルはもちろんですが、ラッパの音色さえもこまかく指定しているようで、実に引き締まったいい演奏です。
ギレリスの演奏は、グリーグの抒情小曲集で聴かせた、あの落ち着きとリリシズムをもたたえた演奏です。鋼鉄のなどという一面的な形容詞はすでに過去のものとなり、緩徐楽章での語りに口はしみじみとした味わいがあります。セル指揮クリーヴランド管の演奏は、実に見事の一言。基本的な表現は共通ですが、1968年の録音のほうが、ギレリスにあわせたのか、ゆったりしたテンポになっています。それまでの録音に不満で、所属レーベルをこえてセルとクリーヴランド管を指名したというギレリス(*)。この録音でようやく満足したというエピソードは、なるほどと頷けます。

参考までに、演奏データを示します。
■フライシャー盤
I=19'22" II=8'25" III=9'37" total=37'24"
■ギレリス盤
I=20'17" II=8'57" III=10'24" total=39'38"

(*):セルとギレリスの「皇帝」~「日々雑録 または 魔法の竪琴」より
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