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5曲あるベートーヴェンのピアノ協奏曲では、ふだん聴くのはフレッシュな第1番や叙情的で充実した第4番などが中心ですが、「皇帝」と愛称のあるこの第5番を聴いて楽しむことにやぶさかではありません。これまで好んで聴いてきたのは、難病を発症する前のレオン・フライシャーのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による1961年の録音。最近、エミール・ギレリスのピアノで、同じくセルとクリーヴランド管による、1968年の録音(TOCE-13020)を入手し、毎日の通勤の途中で、あるいは自宅で、散歩の途中に携帯CDプレイヤーで、じっくりと聴きました。「皇帝」をこんなに聴いたのは、たぶん久しぶりでしょう。
第1楽章、アレグロ。出だしのトゥッティが見事で素晴らしいこと!この「ジャン」を聴いただけで、この演奏のなみなみならぬことがわかります。堂々とした音楽であり、演奏です。
第2楽章、アダージョ・ウン・ポコ・モッソ。静かに始まる管弦楽のゆったりした深い呼吸。ピアノもまた、正確にリズムを守りながら、しかし深い呼吸で歌います。
第3楽章、ロンド:アレグロ~ピゥ・アレグロ。えらそうな身振りはなく、きわめて正確・明確でありながら、なお力強さを併せ持った演奏です。
結婚披露宴などで、新郎新婦の職場の上司や恩師の祝辞を聞くことがあります。それぞれにいい話なのですが、話し手の年代によって、やはり受ける印象が違います。30代の人の場合は、前向きでエネルギッシュで、活力を感じます。50代の人なら、簡潔なスピーチの中にも、年齢相応の落ち着きとしみじみとした味わいも出てきます。
ベートーヴェン39歳の作品。二つの録音時、フライシャー33歳、セルは64歳。そしてギレリス52歳、セルはこのとき71歳。演奏がまさにそんな感じ。速いテンポで、颯爽と演奏するフライシャー。サポートするセルも、弦楽アンサンブルはもちろんですが、ラッパの音色さえもこまかく指定しているようで、実に引き締まったいい演奏です。
ギレリスの演奏は、グリーグの抒情小曲集で聴かせた、あの落ち着きとリリシズムをもたたえた演奏です。鋼鉄のなどという一面的な形容詞はすでに過去のものとなり、緩徐楽章での語りに口はしみじみとした味わいがあります。セル指揮クリーヴランド管の演奏は、実に見事の一言。基本的な表現は共通ですが、1968年の録音のほうが、ギレリスにあわせたのか、ゆったりしたテンポになっています。それまでの録音に不満で、所属レーベルをこえてセルとクリーヴランド管を指名したというギレリス(*)。この録音でようやく満足したというエピソードは、なるほどと頷けます。
参考までに、演奏データを示します。
■フライシャー盤
I=19'22" II=8'25" III=9'37" total=37'24"
■ギレリス盤
I=20'17" II=8'57" III=10'24" total=39'38"
(*):セルとギレリスの「皇帝」~「日々雑録 または 魔法の竪琴」より
第1楽章、アレグロ。出だしのトゥッティが見事で素晴らしいこと!この「ジャン」を聴いただけで、この演奏のなみなみならぬことがわかります。堂々とした音楽であり、演奏です。
第2楽章、アダージョ・ウン・ポコ・モッソ。静かに始まる管弦楽のゆったりした深い呼吸。ピアノもまた、正確にリズムを守りながら、しかし深い呼吸で歌います。
第3楽章、ロンド:アレグロ~ピゥ・アレグロ。えらそうな身振りはなく、きわめて正確・明確でありながら、なお力強さを併せ持った演奏です。
結婚披露宴などで、新郎新婦の職場の上司や恩師の祝辞を聞くことがあります。それぞれにいい話なのですが、話し手の年代によって、やはり受ける印象が違います。30代の人の場合は、前向きでエネルギッシュで、活力を感じます。50代の人なら、簡潔なスピーチの中にも、年齢相応の落ち着きとしみじみとした味わいも出てきます。
ベートーヴェン39歳の作品。二つの録音時、フライシャー33歳、セルは64歳。そしてギレリス52歳、セルはこのとき71歳。演奏がまさにそんな感じ。速いテンポで、颯爽と演奏するフライシャー。サポートするセルも、弦楽アンサンブルはもちろんですが、ラッパの音色さえもこまかく指定しているようで、実に引き締まったいい演奏です。
ギレリスの演奏は、グリーグの抒情小曲集で聴かせた、あの落ち着きとリリシズムをもたたえた演奏です。鋼鉄のなどという一面的な形容詞はすでに過去のものとなり、緩徐楽章での語りに口はしみじみとした味わいがあります。セル指揮クリーヴランド管の演奏は、実に見事の一言。基本的な表現は共通ですが、1968年の録音のほうが、ギレリスにあわせたのか、ゆったりしたテンポになっています。それまでの録音に不満で、所属レーベルをこえてセルとクリーヴランド管を指名したというギレリス(*)。この録音でようやく満足したというエピソードは、なるほどと頷けます。
参考までに、演奏データを示します。
■フライシャー盤
I=19'22" II=8'25" III=9'37" total=37'24"
■ギレリス盤
I=20'17" II=8'57" III=10'24" total=39'38"
(*):セルとギレリスの「皇帝」~「日々雑録 または 魔法の竪琴」より
narkejpさんもお聴きになったのですね。やはり、タイトル通り、ベートーヴェンならではのコンセプトなのでしょう。そんなオマージュがあります。
競合版がかなり、出回っていますね。ピアノ、アシュケナージ。メータ、ウィーン・フィルはサラッとしている。レコード・アカデミー賞受賞作品です。あとはピアノ、ワイセンベルク。カラヤン、ベルリン・フィル。こちらの方が重圧感があります。
セルとカラヤンという師弟関係もあり、興味深いです。共に演奏家同士の交流深く、数々の名演を産んだのでしょうね。
narkejpさんの記事を拝読しながら、私もセルとギレリスの『皇帝』を聞きなおしております。拙記事では、いつもながら演奏の特徴に細かく触れずに外連みが不足するようだなどとと書きましたが、ギレリスが大きく余裕をもって見栄を切るような第1楽章の再現部の迫力とピアノの高音の透明な美しさ、第2楽章の祈りに満ちたかのようなオーケストラとピアノの歌の素晴らしさを味わっております。第3楽章の跳ねるようなリズムのロンドですが、ギレリスは弱音主体でいわゆるほどよく力の抜けた余裕のあるピアノで、セルともどもモチーフの受け渡しなど室内楽的な演奏を楽しんでいるかのように聞けて楽しめました。
フライシャーとセルの共演盤は3番と5番のカップリングのCDを聞いていますが、こちらの盤ではベートーヴェン交響曲全集と同様の引き締まった緻密な魅力を味わっております。
なお、別のところで読んだのですが、ニューヨーク・スタイウェイの調律師フランツ・モアは、あのルービンシュタインとホロヴィッツの調律も手がけた人だそうです。
ところで、そちらのギレリス・セル盤のカップリングは変奏曲集でしょうか?『トルコ行進曲』変奏曲の全曲はこのCDで初めて聞きましたが、その他2曲ともども楽しめております(^^♪
セルの指揮する「皇帝」は、ギレリス盤を愛聴してます。勇壮な第1楽章もイイですが、ギレリスの本領は緩徐楽章にあるような気がします。
鋼鉄のピアニストの、清冽な叙情が流れています。
それを支えるセル/クリーヴランド管の見事なこと。
素晴らしい演奏と思います。
フライシャー盤は未聴です。スンマセン。
おっしゃるように、素晴らしい演奏。たいへん満足しました。同盤には、「トルコ行進曲の主題による変奏曲」他のギレリスのピアノ演奏が併録されております。
TBを有り難うございました。
この「皇帝」、セルの伴奏を聴くだけでも楽しいです。
これで音がもう少し良ければエエんですが・・・・・。