イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「ブルーアウト」読了

2020年12月10日 | 2020読書
鈴木光司 「ブルーアウト」読了

鈴木光司というと、ホラー小説を書く人かと思ったのでこの本もきっとそういうジャンルだと思った。本の扉のところに古い帆船とスキューバダイビングの装備のイラストと共に各部の名称が書かれていたので、古い帆船と共に沈んだ財宝をめぐってのサスペンスか何かだと読み始めた。郷土資料という書架にあったのできっと和歌山県が舞台だという思いもあった。

読み始めてみると、この帆船はエルトゥールル号だということはすぐにわかった。おそらく和歌山県人ならだれでも知っている船だ。
1890年9月16日に串本町沖にある紀伊大島の樫野埼東方海上で遭難したオスマン帝国の軍艦だ。
この物語は、エルトゥールル号がイスタンブールを出港して遭難するまでの経過と、その乗員の末裔が遺品を探すという物語が交互に綴られている。その末裔をサポートするのがダイビングインストラクターをしている遭難者を助けた樫野崎の住民の末裔でありこの本の主人公という設定だ。

探している遺品というのは、遭難した乗員の先輩がエルトゥールル号の出港の際に妻から送られた小さな香水瓶というものだ。そこには妻の涙が入っていた。涙の入った香水瓶は航海の安全を祈るものだったらしい。船が座礁し、もう命がないというとき、その先輩は小さな紙切れに遺書のようなものを書きその瓶に詰めた。遺品を探しに来たトルコ人はその乗員の妻のいとこの末裔であり、先祖である乗員はその先輩に命を助けられたという設定だ。同時にその先輩は命を落としている。

鈴木光司はホラー小説だけではなく、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞という経歴ももっている。
ここからはそっちの路線だ。小さな海底洞窟の中でその香水瓶を見つけたトルコ人は海流に流され身動きが取れなくなる。それを助けに入ったインストラクターも残り少ない酸素の中でブラックアウトというものを経験する。
ブラックアウトというのはこう説明されている。『海中で呼吸ができない状態が続くと、すっと意識が遠のく瞬間が現れる。苦しさと無縁の、甘美ともいえる誘惑。しかし、その誘いに乗ってはならない。』
同じダイビングインストラクターであった父の言葉がよみがえり、九死に一生を得るというのが主な内容であり、そこにインストラクターの家族模様が交差する。
厳しいしつけを受けた主人公の弟は就職先の大阪で失踪する。じつは就職はしておらず、そのことを母に隠していた。母の父親で弟の祖父に当たる人は東京で大工をしていたがひょんなことから串本に住み着き父の思い出の中、ヨットでの日本一周を思い立つ。祖父をしたっていた弟はそれに同行しようと考える。二人を助けたのは偶然にも航海の練習中であった祖父と弟であった。そのことも絡まり母と弟、主人公と母とのわだかまりも解けてゆく。タイトルはそういうところをもじってブルーにアウトすることができたという感じだが、やっぱりそこはファンタジー小説だなと思うのである。偶然が多すぎる・・。

エルトゥールル号の遭難という事件は知っているがどういう理由で来日し、どういう経緯で座礁、遭難したかということはそんなに積極的に知ろうと思ったこともなかったけれども、そういうところがかなり詳しく書かれている。どうしてそこに家族の絆が書き加えられなければならなかったのかということはよくわからないが、そこがファンタジーといえばファンタジーなのだろうな・・・。

家族の絆というと、この本を読んでいる最中に、クリントイーストウッドの、「運び屋」という映画を観た。これも家族の絆を取り戻そうと老人が麻薬の運び屋になってお金を稼ぐという話だが、そんなに簡単に瓦解した家族の絆が元に戻るとは思えない。
人は心に思っていないことは口に出さない。たとえ家族であれ、いやいや家族であるからこそそんなことを考えていたのかと思ってしまうと絆とは何なのだろうと思えてくる。

ブルーアウトのほうの母親は結局、釈然としない気持ちのまま祖父と息子の旅立ちを見送ることになるのであるが、こっちのほうがファンタジーの中にのきちんとリアルがあると思うのであった。

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