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リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

国内消費か輸出振興か

2009-01-17 22:09:39 | 賃金・価値・権力
 あるいは、「聞きたいこと、聞きたくないこと」
 あるいは、「経済学は退歩している」

 題をどうしようかと思ったんですけどねえ。
 私は社会学研究者だから、わざわざ経済学の題はつけたくないところですが、余りにも経済学が低水準でねえ。

 どうも資本主義者のブレーンが「日本の生産物は外国が買って成り立っているんだから、人民の一部に(クビとかなんとか)ひずみがきても我慢しろ」とかいっているようです。ブレーンて「糠味噌」って意味でしたっけ?
  、、、あ、古うう。

 かたや、資本主義者以外の人たちは、公明党も含めて、「国内需要を高めなければ不景気は乗り越えられない」といっております。

 なにをいっているのか。
 50年前の日本の経済学ってマルクス主義一辺倒だったのですよ。近代経済学=今の経済学は、50年前は、一橋大学と慶応大学で、細々と暮らしていた。東京大学の近代経済学者には、「周りのマルクス主義者につぶされてなるものか」という使命感しかなかった、って感じのはずです。
 でも、というか、だからというか、その頃は近代経済学者も経済がどう動いているかは分かっていた。一方での生産、他方での「消費では決してなく消費配分」これが経済の要であることを知っていた。だからこんなバカなことは言わない。まあ、両経済学のもとは同じアダム・スミスですしねえ。
 第1に、消費物資は日本では足りている、従って、これを買ってもらうために、人民にカネを渡さなければならない。これが経済の第1要件です。
 消費物資が足りてるって? みんな外国産ではないか!
 だからね、どっちもどっち。検索して確かめるのはかったるいからしないけど、国内国外の需要比率は半分半分なのですよ。国外の需要というのは、国外に売った金を使わなければいけないんで、相当程度イコールで国外分の物資の需要になるんです。両方の需要は両方とも日本経済には重要なのです。
 とりわけ残念なことに、必須消費物資が外国産なのです。(だから、食料自給率を高めるのは、最重要の課題の一つです)
 だから、第2に、現在の生活レベルを急激に落とさないためには通商経済も現状維持しないといけない。
 ここで第1と第2は、直接には矛盾などしてはいないのです。
 要するに貧乏な人間にカネを渡し、足りている消費物資を消費してもらう。
 消費してもらえば、国内分の生産資材が回っていく。国内分の生産資材が回れば、輸出分の製品が仕上がる。
 これが売れるか売れないかは、製造資本家次第さあ、別に安くしたら売れるわけではない。売れるほど安いってことは赤字だってこと。赤字では国益にはならない。他国のいないスキにシェアをあげようとする企業エゴ以外には意味がない。外国に買う奴がいなければ元から売れないのだから日本の貧乏人民と一緒に現在ある消費物資をおとなしく消費していればいい。売れないものは、世界にいらないんですよ。

 基本は、国民国家は一蓮托生ということです。自分だけうまくやろうなどと、そいつあ非国民でしょうが、ねえ右翼の方たち。
 私はアナーキストだけど、アナーキストって、非国家民のふりをしてて実は共同体主義者なんですよ。(まあ、「アナーキストの9割」、ぐらいにしておきましょうか。)仲間主義者ですからね。

 いや、こんなことは、経済学を20年もやればだれでも知ってるんだよね、近代経済学10年くらいの勉強経歴じゃわからないけど。もちろん野党でも経済担当幹部に限っては知っている。
 だけど、いわないのさ。お互いどちらかに利するから、ってことだけど、直接には、支持者が聞きたくないのさ。そんなホントのこと聞いたって面白くも何ともない。みんなストレスまみれの日常の中で、なんとかストレスを解消しようと思って政治家の言うことを聞いてるの。「本当の」つまんないことなんか聞きたいわけがない。かくて、政治関係者は、正直に、人々が聞きたいウソを言う。中島みゆきの世界だね。
 とゆうわけで、読者の方々は、25歳を越えた人間の言うことを信じちゃいけないよ。
 おらっちは、年齢が止まっちまったけどね。
 
 さて、本題です。
 2兆円は派遣・フリーター100万人(記憶だともっと少ない。あ、パートは別)に200万円づつ渡せよ。それで資本家共も1年間後顧の憂いなく合理化できるだろうが。
 来年もあるって? たかだか2兆円。国家予算はいくらあるの? この前もいったし。個人財産の上澄みだけで2兆など玉手箱のようにでてくる。

P.S.その後、ネットしましたら、国内消費は海外分よりずっと多いというが結論に近そうですね(統計が難しい)。
  さらに、派遣人数は200万越えというのが定説みたいです。なんでも不精するといけないなあ、、、
  まあ、派遣についていえば、緊急の実需要としては上記のような気も。
  なんて、ぬくぬくしてる人間がいってはいけません。
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失業者をなくす施策とは?

2008-12-14 22:02:41 | 賃金・価値・権力
<まずお詫び>
 どうも一昨日は失礼しました。
 ブログ記事を書いててどうしても「リンク」が必要だったので、操作はこんなもんでいいかな、でも載っかって見ないとわかんないな。えい、投稿しちゃえ、
 と思ったら失敗作が投稿されて、あわてて削除したんですが時遅く、gooで新規記事に載っかったみたいで、いらした方はからっぽの記事をご覧になるという。

 で、その記事はボツにしましたが、昨日今日やる気がなく。
 ちょっと時間つぶしで。

<失業者をなくす施策とは>
もうほとんど生き残っていない社会主義者は「社会主義社会にすればいいんだ」というんでしょうが、で、具体的に明日はどうすんの? と、いわれると分からない。
30年前の共産党なら計画経済のプログラムを持ってたでしょうけどね、今はルールある資本主義とか言ってるそうなんで、どうすんですかね。

この前、ちょっと名前を出した小林良彰という人が、きれいにまとめてくれてるんで、その紹介。

1 上場企業の株を国家に提出させる
2 個人の持ち株を国債と交換し国のものにする
3 外資を国債と交換していただく

んですって。
こうゆうシンプルなのが好きだなあ。
いや、本人の案はもうちょっと詳しいですけどね。

要するに、失業など働き口さえあれば問題はないんです。しかし、資本主義では儲かんないから、という名目で働かせない。そこで「そうじゃない、お前らが安売り競争するからいけない」、といって資本家がガメている儲けの形となった労働を吐き出させさえすればよろしい。
あとは労働者はワークシェアで短時間労働をする。企業は、純粋生産資本部分のみ国家財政に頼り生産を続ける。

「外資を国家が買い取る」というのも秀逸じゃないですか。ほっとくとどうしたって外国が口を出しますからね。ふつうの社会主義者ですと、「そんなもん国家が取り上げればいい」となるのに、買い取らせていただくというところがよい。

よくわからない?
うーんん、要するに社会主義革命をするってことですよね。悪いけど資本主義社会でなにやったって無駄です。
ただ、それは、暴力革命で計画経済にするとか、そんな大それた話じゃない、ということです。
シンプルなこの3施策で、資本主義企業の骨を抜く、というわけで。
十分大それてるかな。
そんなんで社会主義といえるかっていう声もありそうですしね。
  なんと言うのも勝手ですが、他に一つでもあるのかね。「具体的に」。

PS.最後の行は、他に策がない、ということではなく、そんなケチをつける奴らに限って策ななんて持っていない、という意味です。私だって、策は書きましたさ。「光と影とネズミの王様」。それぞれに欠点はある、状況の一致不一致はある。そんなことは自分の力で考えたことがあればわかる、が、受け売りの人間にはわかりはしない、ということでもあります。




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搾取

2008-11-30 21:54:44 | 賃金・価値・権力
こんばんは。どこにも行かなくても、田舎はそこここが晩秋。

昨夜テレビを聞いてましたら(目が悪いので大体「聞いて」ます)、番組紹介の声が「今、年収1億以上の27万人に販売ターゲットを絞り、、、」とか言ってまして。
いや、そりゃウソだろう、とは思っても、前回書いた147万人のこともあり(こっちは大体そんなもののようで。いいのか日本、そんなんで)ネットで調べました。

結局、年収1億円以上は1万人くらいみたいですね。(某政党系が140万人とか何箇所かで言ってましたが、しっかりしろよ。そんなにパーか。なにいっても疑われるぞ、ってそのまんまですが。)

それにしたって、金持ちの取った分け前というのは、今バイトで年120万円くらいで生活している人が消費物資に使うはずの分です(注)。
(って、教えろよ高校教師。)
ですから、そんな人たちに配分すれば、バイト暮らしの人一人で200万ずつということで、50人OK。金持ちが1万人で、最低の1億だけの拠出でも、適齢期でお金のない50万人が300万以上の年齢相応の年収になります。
カネはね、労働者が労働分を取り返す対価なのですよ。

って某政党は、デマ振りまく代わりに、なんでいわないのかな。
そこまでいっちゃオシマイだからでしょうけどね。腰、入ってないよ。
1万の票が減ったっていいだろうが。どうせ投票なんかしてくれないのに。

とにかく、若いひとたち、金持ちの金はあなた方のものです。その金持ちの持ち会社の労働者の分ではなくて、労働者一般の消費物資の対価。蟹工船なんて読んでないで、マルクスでも読んでください。
ほんとひどい退化ですよね、社会科学も。こんなことは百年来の常識だったんですけどね。
わたしは教師じゃないですが、教育実習で教えましたよ。生徒さんとケンカもしましたが。
はい、都立千歳高校卒業生のみなさん、わたしがあの教生です。


(注)これはほんとの話である一方、バブルで儲けてるカネは、労働の基礎がないからそうではありません。ありませんが、あるかのごとく取り扱われているので、返せと主張しても間違いではありません。




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生産物か商品か

2008-02-03 10:00:20 | 賃金・価値・権力
モノのあり方は二通りです。生産物か商品か。
ヒトのあり方も二通り。ただの人間か、商品生産者か。

詩人の大部分は、自分が生きていて感じたことを伝えようと表現します。
小説家の大部分は、他人が買ってくれる物語を表現します。
 人はほおっておくと詩人になります。大部分のブログで、ブロガーは詩人です。
 小説家になりたい人は、たいてい売れなくて絶望します。ほんとは何がしたかったのかな?

人はほおっておいても自分が食べるもの、自分が使うものを作ったり取ったりします。
勤め人は、新入社員から社長にいたるまで、結局、他人が買ってくれる物を作ります。
 時計の要らない社会では、いまだに人は自分と家族・縁者の食べるもの、使うものを生産します。
 会社は、作るもので儲けがあがるように、物と労働者を加工するのが仕事です。


人が買いたいものはいいものですか?
 私はお金がないので、安いものが買いたい。
 では私は安いものが欲しいのか?
 そんなことはない。良いものを安く欲しいだけ。
 瀬戸物屋はなぜつぶれた? まともなご飯茶碗が欲しい。
 電気店のオーナーは広告紙を印刷業者から買いたい。それは広告紙を撒き散らして紙資源を使いたいからか?
 そんなことはない。でも、よさげな商品を消費者に見せつけないといけない。

社長以外の人間にとって、どこに偉そうに商品経済を擁護する理由があるのか、私にはわからないところです。
ましてや教育学部の教授たち。(まだいってるぜ)
 あるいは種々の転向者たち。
 商品経済を擁護したいのなら、悔しさに口をゆがめながら発言して欲しい。


もちろん、国家計画経済がよいというわけではありません。私はアナーキスト。

人の大部分は、助け合って生きていきます。
公務員の大部分は、法律という武力に守られた武器で、政権と経済秩序を守ります。
 人は、家族・縁者がどうしようもなく困ったら、なんとか便宜を図ります。
 公務員は、隣りの人間が困っていても国の権力は回せません。
 
当たり前のようで、マルクス・エンゲルス以外のマルクス主義者は考えたことのない事実。
 公務員は、政権の消費物を確保しつつ、政権の方針により、抽象的な国家のために秩序を守る知恵を絞り武力を行使します。
 たとえば100人の世界で200ある生産力の余剰を50人に分けるのが、国家に嫁いだ政権者の仕事です。 
 武力権力は、余剰をどう使うかを自分たちの賞賛と優越のために使うことができる。
 多くは「国威」という大義名分で。ほんのちょっとのおこぼれにあずかって。
 独裁とは、政権が選挙によって支えられていないことではない。50人を切り捨てる決定を、政権がすることです。資本主義では、資本家のせいにできますけどね。
 
 余剰生産力の200を100人で使えば、「貧乏人」が最高学府を目指す必要はない。おこぼれ太りした政権者に言わせればみんながプチ貧乏かもしれないが、だれもそうとは思わない。 
 社会主義の定義は、余剰を全人民が使えるかどうかにある。
 国家計画経済政権者が『全人民の「ために」使っている』などというのは、おなじみの資本家のウソです。だから国家資本主義などといわれる。でも国家計画経済は資本主義ではない。人間の意思によって経済を変えられるという体制は、資本主義ではない。ただ、意思的に資本家とおんなじことをした、ということです。
 ついでにいえば、権力者のウソはどの権力者でも一緒で、黒を白というわけですが、政権者は精神過程しか目立った儲けがないため、自分でもウソに気付いていないところがあるんで始末が悪い。きちんと教えてあげないとね。
 

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ダイヤモンドの価値はそれに投下した労働力か

2008-01-03 21:54:48 | 賃金・価値・権力
 明けましておめでとうございます。

   シンプルですがなかなかよい挨拶言葉ですね。
 
 今年はお正月出勤あるかと思いましたら、なんなくなく、家族が忙しいので今日もネットサーフィン。どうもふやけてしまいます。
 で、これは、ほんとは、おとそブレイク。
 ブレイクにくだんないことやんなよ、と? ま、おっしゃる通り。
 でもなんか景気づけにネットを巡ってくと、どうもこの問いに対応できる人間も少なくなってきたようで。
 
 ダイヤモンドの価値はそれに投下した労働力か?
 ちゃいまっせ。そんなもの偶然大きいだけで1ケで何億もしますがね。ダイヤモンド掘りに失敗する人間の労働力分合わせてももうちょこっと高いでんがな。
 ま、そこまではいいですね。でも、にもかかわらず、資本主義社会の商品の価値、つまり価格の基準は、商品を作った人の労働に見合うのです。
 ということなんですが、ねえ。分かってない。
 近代経済学の人が分からないのはいいんだけど、「マルクス? 知ってますよ。だって私マルクス経済学者」みたいなのが分かっていない。
 観客の一般の方々はさておき、くちばしの青いお子さん方や宇野弘蔵の孫弟子の人たちに教えてあげますが、(その他の左翼の方々には言っても馬の耳なのでいいませんが)商品の価値は、それを作った者が買い取らざるをえないから量れるのですぞ。これを宇野の労働価値説というのです。
 宇野の不肖の子孫の方々さん。それ以外は、たとえば子供の論議の「じゅようときょうきゅう」の価格理論など、現実社会では存在しないし、その他の価格理論の派生形態も、商品の価値を量ることなどできないのです。そう先生がおっしゃったでしょ。お弟子のお孫さんたちは宇野を離れて他に何を知りたいのかね。資本家の真似をして、余り金のお手玉(金融理論)に参加したいのかね。
 ダイヤモンドが投下した労働時間に見合わない分だけ高いのは、これを買う人間が労働者ではないこと、あまつさえ資本主義国家人にも限らないことによるだけです。
 生活必需品は、これを労働者は買い取らないと死んでしまう。従って、それがいくらという単位だろうが(パン1枚10円だろうが100万円だろうが)、同じ単位の値段の賃金を得ざるをえない。資本家も払わざるを得ない、というか商品の値段をそれに合わせざるを得ない。しかし、労働者は、それ以外に資本家の取り分と生産機械の取り分を作り出している。これは労働者には返って来ない。よかろうが悪かろうが、資本主義社会はそうやって動いていく。かくして労働賃金は彼らの生活必需品分と等価となり、商品総価値は資本家分を含めた生活必需品額と生産機械額と等価となる。これが資本主義経済学における価値の基礎だ。資本主義経済ではそのように「価値」が特殊に規定されているからこそ、資本主義の法則性が生ずるのだ。(詳しくは隈の本へ。「自由と靴」なんかがいいかな)
 従って絵画には価値なんかない。あるいは幽霊のような価値がある。
 従って家庭労働に価値などない。あるいは、カネなどとは交換できないかけがえのない「人間にとっての価値」がある。ああ、、、もう基本。
 それよか、宇野の孫弟子さん。たとえばマレーシアと日本の価値の差の量り方を教えてくれよ。現状分析がしごとなんでしょ。マレーシア労働者が入手さるべきロックミシンが日本に輸出された場合、それによりマレーシア人が入手した日本円は、理論上、マレーシアでの必需品の生産労働時間と日本での必需品の生産労働時間を反映すべきだが、この間の夾雑物は何か。
 結局、世界経済はどこかへ収斂し商品の価値も世界的に外見的にも収斂していく。(賃金で入手した決まったカネで買える物が世界的に同じになっていくってことです)、その地点の探り方、っていうかね。何が問題かっていうと、同じになっていくはずなのに同じにならない要因度が知りたい、っていうか。資本主義が包摂していない、遊牧民の入手金で買えるものは工場労働者の賃金よりはるかに少ない。それを均一に近づけるものはどういう権力構成か、っていうことなのだけれど。こりゃずぶずぶと話が難しくなっていく。この辺でやめておきましょう。
 
 お正月からこんなこと書いてるのも因果だねえ。
 まあ、アルミサッシとあったかい日差し、身近な人たちが比較的健康である限り、幸せですよね。
 皆様、本年もお体を大切に。


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ピラミッドと奴隷、そして経済学

2007-09-24 21:49:32 | 賃金・価値・権力
 今日は3連休(先週は出勤)
 なんか家族が忙しくて遊びにいけず、でも鎌倉の萩の花もたいしたことないしな、(鎌倉の)彼岸花なんて陰鬱だしな、と負け惜しみのうちに不貞昼寝して、夕食にそこそこの日本酒(妙高山だった)を呑んで温泉気分で風呂に入る今日この頃、
 
 なんかテレビで、ピラミッドは奴隷が作ったんじゃない、それは慈悲の公共事業だ、とかいってましてね、そのヨタ話は前から知ってますが、家人が「そうなの」とか感心してたんでちょっといっておきますが、
 
 ざけんじゃねえよ。
 誰がそいつらの飯の種を生産したんだよ。
 てめえら自身だろ。王様と兵士がパン作って食わせてやったのかよ。
 あほんだら。
 
 奴隷なんて一口で言いますが、奴隷はほっといたら死んじゃうんですよ。人間には飯がいるの。
 何十年も奴隷を働かせるには「農奴」化せざるを得ない。自分の飯は自己責任だ。
 
「ピラミッド作るなんて1年じゃできないんだから、自分達で飯ぐらい作ってもらわなきゃ困る。
 もちろんその分は君達に預けとくとつまんないことに使っちゃうから、はじめっからエジプト国王が召し上げてやるからね。そいつを君達に返してやるよ。働きに来りゃ返してやるのさ。もちろん、ちょっとは目減りしてるけどね。
 でも殺されるよりはましだろ!!」
 
 そりゃ奴隷だ! 
 どうすれば奴隷じゃなくなるかって? 自分で奴隷になってみりゃ分かるさ。多少だったらつらくともいい。やりあげた、って自覚のある仕事をしていられればね。でもつらさは多少だけ。そんなことは働いていりゃすぐわかるさ。
 わかんないのは子供と、分かると都合の悪い人間だけだ。
  (P.S.やはり「生殺与奪の権の有無」というのを付け加えないと、アメリカの奴隷の人に怒られますでしょうね)
 
 そんなこと、経済というのは誰かが作って誰かが食べる、そのメカニズムの様式だ、しかもどんな時代でも人間はそこから逃れることはできない。って一言教えれば誰だってわかることじゃないですか。
 きみい、中学や高校の社会科の先生諸君、どうしてそんなことが教えられないんだ。
 もっとも僕だってその理由は知ってるけどね。ケインズの結論の派生に過ぎない技術を、結果としてありがたがって教えてるからだ。
 情けない。
 ケインズだってその時代にはこの根本を知っていたさ。
 経済には経済の原則がある。今じゃそれを教えられる経済学者は100人に1人。ちょっと脱力感。 
 
 でも、ブログっていいですね。
 わざわざこんなこと本に書いてたら、(注)で膨れ上がってしまう。
 と(旧)HP派。
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