goo blog サービス終了のお知らせ 

リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

ほら、勝った。異能の攻め

2014-09-11 21:39:14 | コーヒーブレイク
 こんばんは。
 さっそくですが、もう4、5回前のエントリー、将棋の木村。異能で攻めればいいのに、といった私の言葉通り、本日の王位戦、羽生先生を異能に攻めて、ようやく星を返しました。あと2回勝たないといけないけど。
 どのくらい異能かというと、周りのプロの将棋指しも、コンピューターソフトも「そんなことしちゃだめだ」 という攻め手。将棋ファンはおわかりですよね。
 そらみたことか。わたしの理論は常に正しい。
 あとから、重箱の隅をコンピューターに突っつかせて何か言ってるやつもいるようですが、てやんでえ、見ていたファンはみんなご存知ですね。

 
 それにしてもあほなコンピューターソフト。将棋の手の善悪を点数なんかにして出して。もっともらしく。
 この前申し上げましたように、コンピュータがほんとに強ければ、その手の評価はゼロか百しかない、って。自分は勝つから100だで。それ以外は相手がどんな手をやろうがゼロ。
 それをまあしったふうに点数にして、それも間違ってるようじゃお笑いだ。

 
 などなど。

 
 こんなことは本来のお客様には関係ないですよね、単に自分が正しかったことの宣伝。
 
 本来のお客様には朝日新聞の失態につけ込む支配者の手先共の姿をけなすのがよいのでしょうが、あいにくわたしには朝日新聞でさえ資本主義者の傀儡新聞、評価の対象にもならない。(どっちかというと毎日のほうがすき)
 というわけで近況報告だけ。

 
 現在、一歩一歩、新規書籍を、ホームページダウンロード化すべく作業を進行させちゅう。
 もっともわたしもあたまにきたので、装いを変更させる所存です。
 もう関係ないやつは相手しないの。
 前からそうだったけど、その関係なさの範囲をぐんと広げました。

 
    わたしの行動はすべて気持ちだけの束。

 
    ところで、まったく話題が変わるようですが、みなさんちゃんと賃労働してますか? いつか報われますから、ここは我慢してかせでくださいませ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自己認識の間違い

2014-08-28 20:57:43 | コーヒーブレイク
 こんばんは。本日はマイフェイボリット、マン。この題も例によって普通の方回避のお題。ほんとうは、「木村8段がんばれ」
 
 将棋で木村一基8段という人がいまして、人柄が良いので好きな人。私の人間の判断基準て、ともかく人柄だけなもので。
 で、この人が羽生センセーの王位というタイトルに挑戦中。本日も対局で負け。あと1回負けるともうダメというところ。
 本日はパソコン作業をしながらネット放映をちょくちょく見ていましたら、ずるずるっと負けて、あらあらまあまあ。

 
 で、専門的な話で。

 
 この人は受けの木村と自他共に認める将棋棋士で、タイトル戦に挑戦するんですからもちろんトータルで強いんですが、この「受け」というのが認識の間違い。
 将棋ゲームというのは当たり前ながら、敵方の王様を詰めるものです。(なんちゅうと、「王様じゃない、玉、宝石だ」とかいうしったかぶりが人間には1割ぐらいいますが、大嫌い。今の日本語で「うざい」といいますね。人間にはまっすぐに対応しなさい。高校の倫社でそう習ったでしょ)

 
 で、王様を詰めるゲームに、受けてなんぼということはありえない。
 「そんなこといったって、現実に勝つよ」って、だからそこが間違い。勝つのは現実ですけどね。
 受けて勝つのは、
 その1、駒得して(敵の陣形はそれだけ薄く)、反撃するタイミングを得たときに寄せきる。(大山その1)
 その2、受けてるようでも、長射程の駒で潜在的に寄せている。(大山その2)
 の場合があるにすぎない。
 わたしはもっていないけど、2チャンネル系で見られるPCソフトの形勢判断をみればわかるように、受けてできることは、相手も緻密であれば、平衡を保つことだけ。
 
 で、木村という人の特技は、しったかぶりをさせてもらうと
 1 緻密な計算で
 2 受けることをいとわないことはそうだが、それは負けないというだけ。
 3 しかし、その本当の特技は、なぜA級8段を張っていることもあるかというと、敵の駒を攻めるという、攻めの得意系を持っていること。その攻めの系統は、相手としては理解不能なため、いつのまにか負けてしまう。
 の3つ。
 

 さて、木村さんももう40歳。緻密な計算など、羽生センセー相手では、一瞬のボケでもろくも崩れ去ります。
 といって、受けで勝つなどとは前記のようにありえない。

 
 というわけで、最後かもしれない次回の対戦では、ぜひ、PCソフトごときでは判断できない異能の攻めを試みてほしいものだと思います。
 あなたの特技は決して受けることではない。何度も言えば、受けただけで勝つなど、大山でもできるはずがない。
 逆に、攻めてしまえばこっちのもの。相手はあなたほど辛抱強くはない。今日も惜しかったなあ、羽生センセーは均衡しただけなのになんで引いちまうかなあ、、、ソフトの点数なんて、一時的にマイナスになったっていいんだよ、そっからさきが個性なんだから、、、
 ということを誰か木村さんに告げていただくとうれしい。


 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

PC昔話

2014-06-07 11:06:32 | コーヒーブレイク
 こんにちは。東京は梅雨です。雨、雨、雨。なにしろ家にいるもので。

 
 さて、マイフェイボリットシング。パソコン。

 
 というわけで(前々回の続き)、プリンターを使えないと(=windows2000の対応商品、2%以下)わたしなどには致命的なもので、プリンターとともに、パソコンを買い換えました。windows7。
 これもため息ものですね、win8より100倍ましだけど。
 起動は遅いわ、動きは遅いわ、終了も遅いわ。遅い上にwindows更新が毎回のように邪魔はするわ。しかもデフォルトは無防備。裸でうろつくのと同じ。よくこんなんでNETを動けるよ。
 昔が懐かしい、、、
 昔の愛機、エプソンPC286UX、中古ですが新同品、ハードディスク40メガ。これが早い。立ち上がりまで3秒、終了に1秒。実際はATOK用のRAMデスクを入れてたので2秒余計にかかりますが。
 CPU載せ替えて(アクセラレーター。福井電気産業さん、お元気ですか?)10年使いました。
 次のアウトレットNECのMeだって早いよ。立ち上げ20秒。終了3秒。使ってて遅くなるとCドライブ入れ替えできれいにするんだ。過激ですが。
 ただこれが早々に対応周辺機器がなくなって。7年しかもたず、IBM中古品にwin2000載せてもらって貰い。
 これだってまだ早いよ、2000てすぐwinアップデート対象外になったから邪魔はしないし。立ち上げてるとき何してるかわかるしね。IE6以上非対応なので、各種商業サイトはまともに動かないけど、どうせActiveXもjavascriptも切ってネットサーフィンするから同じことだし。

 
 とかなんとか。ともかくwin7、まともに使えるように設定し直すのに昨日までかかりました。もう設定、2度とやりたくないな(=ハードディスク入れ替え掃除したくない)。この間(かん)、各種ネット情報様にはお世話になり続け、みなさまありがとうございました。お礼をいえない人も多いので心苦しい(でもすでにsafemode1回。286UXが恋しい、、、)
 win7なので、8と違い、Meからのソフトもほとんど使えました。唯一、フォトショ・エレメンツがだめ。ヴァージョン1(=win95用、雑誌のおまけ。良き時代です。)だし。
 VZエディター4.0も危なかったんだけど、ネット情報でOK。「パンクはいつも突然に」さまありがとうございます。わたしはMifesのほうが好きですが。
 Mifesなんか25年前、会社に来たF通の人にもらったの。フロッピー1枚でしたが。もらったというと怒られるね。それいいですね、といったら、コピーするなら見てませんよ、といってくれただけですが。時効ね。どの会社もみんな仲間で、いい時代。そうでしたよね。
 ともかく、エディター、これ1枚で十分。(あと、ATOKね)
 windowsに変えたとき、win用Mifes欲しいな、と思ったら2.4万円だかしてたので即VZに鞍替え。不満でしたが、9千円かだったし。
 素人用エディターなんて、1メガ製品でいいやね(ガワはいるけど)。といいながら、フリーソフトは見た目が気にいらなくて。私の場合、エディター≒パソコンということなので。

 
 Win7、遅いからってアップデート切るのも怖くてね。今回も家人のVistaを無線Lanにつなごうとしたらつなげず2時間。ネット検索の末、結局、winの更新抜けでだめだったもよう。うざいんで更新切ってたかも。更新してつながり。セキュリティなんか余計なお世話だけど。更新、一度にして何時間も待たされるのもごめんだし。

 
 というわけで、新PCの富士通わけあり品、本体はもんだいありません、セレロンだけど。G1610。すげえ静か。前のはうるさいうえに冷却が効かなくて。今回、移行でデータをDVDに焼いてたら熱暴走。ぜんぜんスイッチ認識しないの。これ、生涯2回しか経験ない。コンセント引っこ抜きました。新しいのは買う前にCPUのネット情報確認。熱くなりません、2コアだけど。

 
 などなど。次の買換えの機会までに、なんとかお手軽OSの発売が欲しいものですが、Linaxとか、対応プリンターさえめったにないんだって(めった、は言い過ぎ? 適当なものがないのは、「ない」も同然だし)。周辺機器とセットで買い替えじゃあしょうがないし、、、

  (このところ、エディターの改行がブログに反映しないことに気づきました、なんなのかな?)
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

老後計画的人生訓

2014-05-03 21:18:14 | コーヒーブレイク
 こんばんは。皆様におかれましては楽しい連休など? わたくしも本日ようやくアルバイトも終わり、とてもうれしい。アルバイト、どうもこちら側の犠牲とあちら方の私のいない場合の苦労を秤量しますと、こちらの方が3,4倍重そうな。これは割が合っていないというわけで早々に退散。早々といっても人材切り替えの4月の1ヶ月はクリアというわけで。
 うれしいといってもそう簡単ではなく、まあ、だいじょぶかなあ、という気持ちもありまして。結局、事務屋というのは基本的にはその組織内で重宝されるものなんですよね(=でしか重宝されない)。

 おかげさまの教訓、その3 (1や2は面倒なので不問)。
 「短気な人間に関しては、人生、いつになっても10年計画で未来を構築なんて事態はありえない」
 ほんとこんなこと知ってもしょうがないかと思いますが。
 ただ、まだ余命のありそうな私としてはなかなか大きな、自分で知った人生訓。
 結局私には、あくせくと、目先のことをクリアしていってその過程で死んでしまう、という人生しかないようで。
 そうでない理由なんてのも確かにないし。
   人間、老後はいつかヒマになる、って誰が決めたことかな?
     もちろん私には誰もいってないし。
    
 それにしちゃあお前は悠々としすぎている、って、
 だから。体力のたの字もあったことがない私、目先のことをあくせくし続けるのは疲れるから悠々とあくせくするわけです。なんの矛盾もない。
 
 ほんとこんなことどうでもいいね。
 1万人にお一人様へのためになるブログでした。
 
 さて、と、昨今のニュースで、覚えようと思っても(酒を呑んでいて)覚えられない状況の中、ほんとシンプルにはいろいろなやむに立つこともよぎるんですが、忘れちゃうんで。忘れないというと、ウクライナ的国家分裂状況、これは新聞の見出しで。
 こういうのは、国家内に経済的地域矛盾があったとき、国家というのは経済を除けば武力にすぎませんから、いくらでも地域が破裂するという。隈的二分法の有効性の証拠みたいなものですね。国家支配権力とそれに取り込まれ追随する経済権力。
 ためしに沖縄にきれいな顔(比喩。アメリカや中国じゃだめ、といっているだけ(=事実認知原理の大きさ))と経済力を抱えた国家が武力介入すれば、「オキナワ自立国家」論などすぐ実現的になる、という話ですな。
 北海道アイヌは、本質的には同等だけれども、すでに人的=文化的に遅い、100年遅い、てなわけで。
 こっちの話のほうが役に立つ?
 残念ながらこんな評言の基礎はもう30年も前から左翼にはポピュラーなもので、「地域の差別が民族闘争を生む」 みたいな。これはわたしのアタマの成果じゃない。
 初めに言ったのはだれなんだろうねえ。なんでもコロンブス。あたりまえじゃん、と思っても、それまでの「パラダイム」(この場合思想中心主義)を変えた。思想中心主義は、新だろうが旧だろうが、左翼は基本、前衛主義者、間違ってようが当然のパラダイムだったからねえ(、、、今でも)。
 で、30数年前、だれがはじめに広めたんだろうねえ(もちろんいつの時代でもささやく声で正しいことを唱え続けた人間(たち)がいるんだよ、でもその瞬間にだれかが広めたんだね。まあ他人のことなら正しく評価するのはちょっと頭が良ければできるからね)。
 なにしろわたしは青春のみぎり、差別だの地域だのというのには興味がなかったもので。まあ、その辺の小ブル雑派のだれかと推定しますが、宣伝家にすぎないとはいえ、立派。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寝不足?

2014-04-19 20:33:10 | コーヒーブレイク
 こんばんは。いま確認したら、ここのところずっと『コーヒーブレイク』カテゴリー。まあ、私の36年が終わったということで、よろしく。
 で、わたくしごと、再度の勤務仕事でお忙しい毎日、気持ちだけとはいえ。。
 そのへんが変なところで、つい2ヶ月前より絶対忙しくないのに、その2倍くらい忙しい気持ちという。ボケたんだよ、というのはわかりますが、2ヶ月でこの差のボケ方というのは、、、まあ忙しいのでその理由には興味がなく。

 昨日は、昔の出向先の、そこのいつもとは別の方たちとの飲み会(いちおう、お疲れさま会、私宛のような) で、楽しかったです。前も書きましたが、ここの出向先の人、みんな前向きで、こちらの気持ちも明るい。「前向き」であること自体の悪口も人次第でいろいろ書けることはもちろんわかりますが、人のあり方ってそんなもんじゃないしね。(でも帰り夜遅くって、ねむ。)
 かたや今の勤め先では、別の部署の若いもん(採用後2年)に声をかけられて、「Kさん、呼ばれてまたお勤めですってね、お疲れさまです。でも自分、応援してます」 って。
 なんとも嬉しい声掛けでありがたいことです、、、(けど、「応援」、、、少し違うような、、、)
 まあ、そんなありがたい、はずの、人生。今の私の現実はあせりのかたまりで。もっとも、そんな日数であせるのもフランクリンの時代から引き続く資本主義の恥かしさですね。
 
 で、前回の注釈、『天の配剤』とは、「ただの平凡な環境」 という意味でもあります。だれであれ、人はその環境内で最善をつくすものです。あるいは「やるだけやっ」ってもらった他人にとっては、言い方は悪いですが、当人にはそれ以外の存在意義などないのです。そもそも社会的人間、という立場での個人行為者には、それ以外の存在過程などありはしません。
 (書きたくもないですが、逆に、社会を忘れた、自分かわいい人間には彼自身にフィットする自分の存在意義がいくらでもあるんでしょう、、、しかし、それってどんな意義なんですかねえ? ああた、ぼくにも教えてほしいものです、、、あ、やっぱいらん。うっとおしい)

 逆にいえば、ぐちはいくらでもいっていいが、人間が生きてきた自慢はただ一つ。「やるだけやった」 だけだ。(by 『地下水道』、、、たしか。)
 まあ、きょうも「引き続き来月も働いて」 攻勢。わたしゃすでにひとのため以外では働きません。


 さて、濃いコーヒーを飲もうか、ウィスキーを(追加で)呑もうか、と考えていて、そのとき、サミー・デイビス・ジュニアをyoutubeで聞いて思ったところ、これだけで十分。(ちなみに、”Mr. Bojangles”)
 ともかく手段を問わず、現実を忘れられれば、それで勝ちだな、というか。もちろんAKBじゃ現実を忘れることにはならないけれども、ですが。といってみれば、昨今15年の日本における芸術の空白という現状がわかりますね。にんげんて、夢を見て暮らすもんですよね、週刊誌風に言うと、少なくとも男は。その表現がほんとかは別として。夢を見させるものこそが芸術ですが、「かわいい」夢などあるものかい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ただの個人的希望

2014-04-13 16:46:14 | コーヒーブレイク
 こんにちは。スギ花粉は年齢勝ちで鼻、目アレルギーをなんとかしのいだものの、ヒノキ花粉なのか、どうにも眼がかゆく鼻水も出る4月、今日この頃。

 この3月、退職の話をしておりましたが、またまだ週5日、働いているのはなぜ?
 じょうだんじゃねえよ。
 まあ、自分で承諾したんだけどさあ。前の職場が病欠とかで大変で、旧同僚から要望された、てなわけで。ワンポイントだけだけど。
 結局、早く新しい体勢を作んないと、というあせりだけは引き継いでいるので、かえって以前にましてなにもできなく(したくなく)なってしまいました。
 まあ、すべては天の配剤、それも一局、と、いつものように思ってはおりますが。。
 
 というわけでおよそ世界に興味が湧かず、ブログも困りましたね。
 
 昨今の興味だと、「身体にいいことをしないとすぐボロボロになりそうだ」、というテーマで、思うに、武道の強いには3通りあるのでは、と。
 第1が、ただの筋肉と運動神経。日本選手権者みたいなやつ。
 「ただの」っていうのは、あの無敵山下泰裕は今現在まだ強いか、という次元ね。山下先生、まだ60歳前だが、これからオリンピックに出てどれだけ勝てるか、という話。剣道その他も一緒。今様武蔵とか、昭和の剣聖とか、沖田総司みたいなの。
 だからいってみればたいしたことはない。だれでも数年修羅場をくぐってればなれる強さ。某六段とベテランの不良Aはどちらが強いか。
 
 第2は、エイジングで感情が鈍化して、いっちゃってる人たちが凶器をもったとき。
 剣道範士でほんとに強い人のようなのね。老人のくせに真剣を持たせると怖い、みたいなの。
 これもたいしたことはない。1対1でしか通じない話で、それも対戦の前に石ころでも5,6発ぶつければ、さすがに心も態勢も乱れるだろうから、第1の人のほうが強い。
 
 そんじゃ「武道が強い」なんて偉そうなことをいっても、他人たちに勝てるわけじゃないんだ、って気がしませんか?
 
 でも、どうももっと強い人々の目撃談があちこちにある。
 わたしなんかも15年ほど前、テレビで、服に触っただけで触った人を投げ飛ばす(っていうか、人が勝手に転げる)合気道者を見たし。今もyoutubeとかにあんでしょうね。
 あるいは刀なんて持ってなくて、相手が構える刀をすぐ取っちゃう剣術者、とか。あるいは三船久蔵はどうかな。中国拳法にはよくある話だよね、話9割だけど。でも日本人の目撃談も相当あるから多少はほんとでは?
 
 というように3種類あること自体はどうでもいいんだけど、それをだれも解明しない。(注:三船のは読んだよ)
 物理学と武道、というテーマはよくあって、第1の次元についてはだいたい出つくしていることなのですが、そして第2の次元はほんとどうでもいいのですが、それらの次元ではない本当の強さ。若さ、体重、得物、人数に左右されない強さを物理学的に解明して欲しいものです。発勁のごく一部の「解明」は成果だと思うけど、ごくわずかを除けば、大方の本は分かった気になってるだけだしね。甲野という人は求学的で偉いと思うけど、頭でっかちすぎでまだまだのもようだし。
 物事、力が強くて勝つなんざなんのロマンもないやね。体力づくりの努力譚はよろしいが、たかだか数年の努力など、難関大学受験生という世の中の何の変哲もない人たちにはもっと努力してる人も多いでしょ。
 
 そんなこといってもしょうがないけど、ただの希望。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

退職日の感謝

2014-03-31 20:50:09 | コーヒーブレイク
 みなさまに感謝。

 それぞれに、それぞれの感謝を綴ることができないので、ただ、感謝。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昔とは、その3

2014-03-30 20:57:01 | コーヒーブレイク
 こんばんは。東京地方さえもひどい春の嵐。桜の花びらの元気な頃でよかった、散らなくて。東京地方中部南部は関東山地に守られて、自然現象にはだいたい無事なんですけどね。

 さて、コンピューターと将棋指しの電王戦第3局。ようやく人間が勝ったとか。
 それにしても掲示板等の将棋ネット情報は言いたい放題。ああゆう奴らは俺らなんかみたいな普通に将棋指しという人間を人間として感じる部類とは発想が違いすぎて、一緒になる気になれん。下品。ないし、人間を動物扱いする毛唐。
 昔っから今まで、スポーツ・趣味の、見世物のような娯楽情報は、観てるほうには闘犬や闘鶏のようなストレスの解消で給料が出てたんですね。人間を動物としか見られん奴らなんか、おりゃあ嫌いだ。わたしには動物が人間とおんなじだけどね。
 (私はときどき嫌みを言いますので、「毛唐」とか「日本国民」とかっていう言葉をそのままに受け取ると誤解になります。誤解されたって別にいいけどね。、、、あ、投げやり)
 
 ま、それはさておき、昔とは、その3。
 もちろん自分でも「その3」まで書くなんて思いもしませんでしたが、やはり、36年ぶりのイベント、まだ言い忘れが。
 なんて追加する意味は、1つは、言い忘れそのもののことで、こんなことが起こるから脳力の減で。
 2つは、タイミング的にもう10年は書く時がないはずのことなので、今書いとくしかないか、と。
 
 といっても、前にも触れたことですが。
 先に人のことは書いたので、書かなかった「過去の環境」。
 過去の環境って、「建物」のことね。って意地になって限定しなくてもいいのですが。(「意地に」って意味は、都会暮らしの想い出は、私の嫌いなはずの建築物だけなので不愉快、というニュアンス。)
 「ここは昔なにそれだった」と思う環境って、建物、海辺、あるいは、街角とか、そんなものがありますよね。
 そんなものの98%って、みんな想い出に彩られた、しかし想い出にしか飾られない、シンプルにいえば「哀しい」環境ですよね。世の中、哀しくない思い出って、100分の2しかないでしょ。
 そして、それらは確認したように、人々の環境でしかない。それが哀しいのは人々が消えてしまったから。それでも、その哀しさが力になる時がある。それは、そんな過去の人々が、あるいは過去の人々のエッセンスを持った次の人々が、今も周りにいるときに。
 そうでないときには、そんな環境の存在意義はない。「ああこの広場でストライキの旗を振ったな」。そうか? そんなことはねえだろう、だって今ここには誰もいないぜ。
 
  上記について、若い人たちはシンプルに、「私の仲間たちは累積して私を形作ってくれるんだ」と思ってくださいませ。
  
  しかし、わたし自身は実はそうではない。もちろん、それに値する想い出の人たちに感謝を。
  しかし、そうでない人々に冷たい視線を。という感情は自分の力にはなるかもしれませんが、過去の環境に、その風景に、価値を与えることはありません。かくて、そんな「環境」の風景には、シンプルな「さようなら」でおしまい。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昔とは、その2

2014-03-29 21:34:41 | コーヒーブレイク
 こんばんは。東京地方、突然の桜開花、明日には5分咲きでしょうか。
 
 私儀、先週に引き続き、退職イベントでしたが、それもようやく終わりました。
 おかげさまで、9割以上の友人方と旧交を温めることができました。っていうか、みんな飲み仲間だったのね。って、いまさらいうか。
 ともかく羞恥心の固まりのような人間だから、飲みに誘ってくれるような方々としかお話ができない、というか、、、まあそれは正確ではないけれど。
 
 で、この間、なにが困ったって、質問。
 「辞めて何すんの?」
 そんなこといわれたってねえ。
 わたしは単純に、体力、脳力、気力の劣化のため、多すぎる仕事を切るだけなので、新しい仕事をしたいから辞めるわけじゃなくて。
 空手と柔道の部活をしてた人が空手だけやめたって、だれも「辞めてなにすんの」とはきかないよねえ。
 
 といって、そういう本心を語るには、尋く人に普通の人が多すぎて。
 他方では、たしかに勤務仕事をやめるって、量的には「辞めすぎ」だしね。
 それ以上は、私も考えていないし。
 考えていない。そんなこと、やってもみずに机の上で(=机上で)考えることじゃないしね。
 
 てなわけで、仕事をやめるってなかなかなイベントです。
 ほんで、そんな幸せな私めの仲間たち。「過去」とはそんな人たちをめぐるエピソードの環境にすぎないけれど、他方、人は単独にいるわけではなく、かつ単独にいてもそれで人と人の交わりが生まれるわけではない。人嫌いの人は、別に他人と交わらなくとも済む。
 で、人好きな人の交わりは、客観的に言えば、まずは、仕事(=活動)(=生活)の共有からしか生まれない。それはマルクスがくだらぬ言葉を使ったような「労働」なんかではなくてね、「目的のある活動一般」での目的の共有。
 しかもそれだけではだめで、「目的のない活動での共同目標の獲得」。
 要するに、目的のある活動(=仕事)はしょうがないから一緒にやるやね。でも、それだけなら、ただの同僚だね。
 それ以上に、普段たとえば歩いているだけの行為の共有。歩いてるだけだから、そのうち面白いことがあれば、そのこと自体を共有する。「ほら桜が咲いてる、見に行こうぜ」「腹減ったから屋台のたこ焼き食おうぜ」と思わず交流する状況の共有、これが必要だ、といっております。
 分刻みで勤務するだけの職場、来てダベる間もなく追われるように仕事して帰る職場。それはああた、社長の君、早く死んだほうがいいぜ。君を除いた日本国民全員のド迷惑だ。
 
 ま、どうでもいっか。
 そんな暮らしのできた仲間たちと同時に仕事環境にも感謝。(できれば仲間たちの何人かも紹介したいところだけど、わたしなんかの知り合いとなれば、いい目に合うわけがないので残念ながらやめときます。)
 
    かくて、わたくしは2日後にやめていくわけであります。 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昔とは、その1

2014-03-22 21:11:12 | コーヒーブレイク
 こんばんは。まだまだ春浅い東京地方、ほとんどの人はご存知ありませんが、私儀、3月末で勤務仕事をとりあえず終了の予定で。いわゆる退職ですね。
 36年。勤務年数ね。
 ほんとこちらの会社、わたしなんぞを入れていただいて、感謝感謝ですが。
 就活ではこっちから願い下げたところもありますが、まあ、要はほかはどこもかしこも入れてくれなかった、ってわけで。(とりわけ不愉快なのが大学書林。よくまあ、会社生き残ってますね、残念です。まあわたしの心も狭いですが、世間てそんなもんでしょ)
 ともかくも長い間、のはずも、一瞬のようでもある36年。
 やめるということもあって、あちこちで飲み会によんでくれまして。出向もありましたが、昨日もそんな出向先仲間とひとしきり。
 過去、ってなんだ、っていったら、わたしには、「私」以外はすべて「人」ばかり。
 そのときの人の衣装が「過去」ってわけで、それはわたしだけなのかなあ(=どうも9割の人は違いそう)、それ以外の過去なんてもってませんね。

 「過去」は面白くはなかったけど、おもしろかった「人」たち。
 36年、なにが変ってないって、変ってないのは、過去なんて具体的にないから、だから変ってないんだね、と知りました。
 存在したのは人たちだけだから。
 人たちは大部分同じように生きてらして、変ったのはちょっととかずいぶんとか年くっただけ。
 勤務仕事は終了しても、それだけのことではあります。とりあえず、みなさまと会えたことが満足でした。
 
 
 (もっとも、「私」を巡る過去はあって。それは一瞬の累積として、どこも「昔」なんかではなく存在し増え続けてまして。それもわたしだけなのかなあ(=どうも9割の人は違いそう)、わたしには、他の人は自分の過去なんて持ってないようにみえます。わたしらしい悪口ですが)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

将棋ツイッター

2014-01-13 20:30:51 | コーヒーブレイク
こんばんは。今日はツイッター、って「ただの感想」ってことですが。これカテゴリーにいれちゃおうかな。
どうもツイッターってあんな数十文字でなんか言えとかアホかいなと思うんですが、もちろん数十じゃないとかどうでもいい非難もあるでしょうが、ともかく自分ではしませんが、このストレス社会、ツイッター会社はいいところに目をつけましたよね。
それはともかく。
ひいきの渡辺9段が出る(んだけど負け続けてるのでもう見るのをやめた)将棋タイトル戦、王将戦、3ヶ月ぶりにネットで見まして今日は休日なもので1日かけてこんなことしとっていいのかしらん、てな事情、ひいきの渡辺くんが勝ってうれしい。
で、ポイントは負けた羽生9段。自重してりゃイーブンな勝負で詰めにでて詰まずに自滅。ほおお、なるほど、これが将棋指しかと。
外野はコンピューターソフトを使っていいかげんなことをいって騒いでいるところ、そんなのかんけえねえと詰みを目指したところがなんともAB型。羽生先生、そんな好きじゃなかったけど、見直しました。何を見直すって、そうやって生きてきたんだねえ、と。
こういうのは、他の血液型じゃわからんだろう、、、みたいな親近感。

   という他人には意味もないただの感想ですが、ツイッターったってこのくらいの量は書きたいやね、おのおの方。
 ポイントは、羽生9段が生きてきたのは勝つか負けるかではない、自分が設定した自由な世界だ、と私が理解した、いうことです。
(ちなみに、他の話題を期待してたお客様もいらっしゃる(の方が多い)んでしょうねえ、お客様ってあんまりいらっしゃらないほうが性格に合うなあ、、、ねえ、羽生先生、、、)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「生き方」

2012-12-17 21:38:19 | コーヒーブレイク

 こんばんは。今日はマイフェイボリットシング。

 本当のところ、本日はなんといっても自民党大勝の日でそりゃつまらないことですな。ま、わたしゃニュース源は新聞だけなので、ダメージは少ないですが(他から入らないから無視できる)、それにしても、毎度のことながら、日本で何が起きたって俺のせいじゃない、って気は今回も持ってますね。
 派遣? フリーター? 知らねえなあ。 どうせ君ら、無投票か、自民党にいれたんだろうが。
 こちとらもう何年も、「節を屈して」、共産党支持だぜ。
 
 もっとも、私が日本軍復活を10年後といったのは「風とベイシティキャット」の04年だから、ちょうど予言が当たるってことさあ。
 (、、、って、あれからもう8年かよ、、、)。

 しかし、そんな「わかったわかった、どうせ君ら昔からそんなもんだよね」、なんて余裕の新聞閲覧の中、「へッ!!!」 と、口、ポカーン、なのは、東京都知事合格の猪瀬直樹。
 ”石原様の言った東京オリンピック、大切ですぜ。外人連れて被災地を練り歩きましょう””石原様の後は忠実に私が引き受けます”、、、なんのこったい。石原って誰か知ってるのかね。
 猪瀬、信州大学、某C派キャップ。そこまでのバカか。
 
 というわけで、今日の分類は、マイフェイボリットシング
 どうもわたしは何よりも「生き方」が好きなようです。
 なんとか自分の生きた道には満足したい。なので当然に、それに反する生き方をする人間には、無視か軽蔑でしか対応しない。

 世間には「上の者」の言うことを聞いて行動することで自分に満足する人たちが、人間の3割くらいいることは知っています(PS.3日後の追伸で後出しジャンケンのようですが、大人の7割は周知のように、そういう人間に限って、自分が「上の者」になるとふんぞりかえります。別にそれが悪いというわけじゃなくて、その裏にある「ウソ」が軽蔑の対象だ、といっております。君子狐変。キツネが怒るか)。べつにそれが悪いとはいわない。なんでも人には、好き嫌いってことがありますからね。自分が好きだ嫌いだって、それがなんだというわけではない。
 でもさ。お願いだからそんな人は、他人に偉そうな口を(2度と)利かないで欲しいんだよね。おまえ自身、そんな人間じゃないんだから。自分だってわかるだろ? そりゃもちろん、俺らだってわかってるってことさ。
 お前の言で、過去何人、何十人の人間が命を失ったか、ってね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

抒情の為し方

2012-06-22 21:30:03 | コーヒーブレイク
 こんばんは。東京地方、まだ初夏前。もう少し(の期間、暑くなる前は) アタマが動きます。

 ここのところ投げやりな執筆態度が続いておりました当ブログ。
 今回は、土日連休もあり、ちょっと(だけ) 態度を改めまして、文芸派には短くも分かりやすく、(って、無理かも)。

 はるか昔、吉本隆明(という評論家)が、”中原中也を含めた四季派が詩壇の堕落の根源だ。彼らが生き残っていたら、彼らはみな戦争翼賛派となっていただろう” と、のたまったことがありまして。

 わたしなどは中也ファンとしてくやしながら、そりゃそうだろうな、なんて思ったところであります。
 立原道造なんて、いかにも翼賛詩人じゃありませんか。彼のようなへなへな男は、絶対、死に行く兵士を称えるでしょ。
 かたや、強固な論理の固まりにもみえた吉本は、そりゃ右翼になることなどあるまい。

 なんて思いながら40年、ふとみれば偉そうな口先評論家吉本は、右翼に成り下がって死ぬ。
 そう思ってよく考えてみれば、さきの立言は嘘ですね。

 結局、自分で価値を立てられない男どもが戦争翼賛派に成り下がってゆくのだ。
 吉本のごとき、”大衆翼賛”評論家は、結局、大衆右翼になって死ぬしかない。

 しかして、中原中也は、戦争翼賛派にはなっていたはずがない。
 戦争は呪わないだろうが、軍人共と大衆をけなしつづけて栄養不足で肺炎で死んだだろう。
 抒情そのものに価値を置くのではなく、抒情をどう表現するのか、その表現の仕方に価値をもてる者が本当の詩人なのだ。

 そう喝破しえなかった思春期の私は、やはり若き吉本主義者だったのかもしれません。
 人は、恥ずかしい評判を避けようとする女々しい根性があるのなら、自分のポリシーを立て、かつ、それに殉ずるしかない。しかし、そんなことは恥ずかしい評判を避けたいなどという女々しい男にはできるはずもない。できるのは、ただの脳足らずの(私のような)男たち。
 若い人にはわかんないやね。

 と、本日思わせてくれたのが丸山=美輪明弘。
 「人間に大事なのは抒情なのよ。」
    今日の朝日新聞の広告ですが。
    自分で分かってない。
    そう表現できる丸山明弘の言葉が抒情の仕方なのだ。
      抒情が、ではなく、抒情の仕方の貫徹が、人間の生理活動を、生命活動に変える。
      丸山明弘。
         男だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生きることで落ちていくもの

2012-05-05 21:55:07 | コーヒーブレイク
 こんばんは。いつのまにかベランダから見る景色は若葉一色(一色といってもいろんな黄緑色があるといえばありますが)。遠くの町のビルも木の葉に隠れて、目に見える人工物といえば金網と遠くの高圧線くらいになってしまいました。
 って、どこに住んどるんじゃい。


 本日は連休のためコーヒーブレイク。といえば、マイフェイボリットシング。
 今日は歌の話。
 
 名曲の定義はいろいろあるでしょうが、歌えない歌っていうのもあるんじゃないですかね。
   歌えない歌。涙で。

 ……「療養所(サナトリウム)」
    「第三病棟」
    「僕にまかせてください」
    「フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-」……
 
 さだまさしばっかりですね。(ネット「さだまさし全曲歌詞集」から引いてきたんですからあたりまえですが)
 ばっかりではありますが、逆は真ならず。
 今日の朝日新聞土曜版は、「さだまさし・精霊流し」特集でしたが、「精霊流し」はなんということもない、誰でも歌える愛唱歌。 歌というのは自分で歌うものだから、どんなひとでも理解できる歌でないと、流行はしないのね。
 
 ま、いずれにしてもさだまさし。弱いものの立場に立てた人間でした。 
 と、過去形。
 彼氏、借金だらけの中で、自分の道を切り開こうとしたとき、日本の青春がいっぺんに終わってしまった。ま、いつか終わるものだからそれでいいのだけれど。あとは強いものの歌ばかり。
 人間、弱いもののことを歌っても、それは弱いものの歌じゃないのね。
 強い人間がそれをしても、弱いものを見ている強いものの歌でしかない。
 強いものには弱いものの心はわからない。弱いものの心を表現できるはずもない。
 
 人間て、いつか、自分一人でいろんなことができると知ってしまう。若いときって、典型的に自分が何もできないって思い込んでる時代だと思うんですけどね。その一方で、でもやればできるかもしれない、とも思っている。そこからみんな何かをしだすんだよね。そうするとできることがあることがわかる。その過程で、もしかするとなんでもできるんじゃないかと思う人もいる。
 そうしてそのうち、みんな、それぞれに何かしら自分だけでできることを覚えて、大人になってしまう。 
 こうして、人間は青春の歌を歌えなくなる。
 
 ときどきここで、「なんで詩は若いときしか書けないんだろう?」、と書いてきましたが、考えた結果、答えはそんなところではないか、と結論しました。
 
 「だからなんだ」 って、ぼくは自分が強くなってしまったから、弱い人が好きだな。
 
     歌は歌わなくてもいい。歌えなくてもいい。
     ただ自分の中で、世の中にそれが存在することを誇り見守る歌がある。それでいい。



 それはそれとして、さだの歌をyoutubeに載せると(著作権だかと)文句をつけるような奴は人民の敵だな。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイルム雑感

2012-01-29 15:33:59 | コーヒーブレイク
 こんにちは。今日も寒いので手抜きの my faborite things

 コダクロームⅡ。KⅡ.

 コダックの外式カラースライドフィルムのことで。あーあ、コダック潰れたって。
 フジフィルムの破廉恥的人員解雇に怒り、これからフィルムは全部コダックだ、と決めたばっかりだったのにい!
(フジの悪口書いたっけ? 腹いせに書こうとした記憶はあるのですが)

 KⅡというのは、私が風景も撮っていた頃、写真雑誌やカレンダーの感光材料で一世を風靡した、重厚な色のカラーフィルムです。
 スライド用なんで、私は使わないうちに名前が変わったり、さらにはもう作らなくなってしまったようではありますが。
 それでもいつかこいつないしその後継フィルムで綺麗な風景写真を撮りたいと思っていたのですが、、、もうどうしようもなくなってしまいました。
 
 もっとも、フィルムがあっても綺麗な写真も撮れなくてねえ。 撮ろうという気になる風景がない。
 家族ができてからは、人の入らない風景はつまらなくて。
 (コダクロームの持ち味は重厚さなので、人物を撮ってもしょうがないものがありまして。重厚な人物なら別ですが。暗いイギリスの紳士とか。でもそれならそれで、アグファという暗いフィルムが(過去)あって。)(だからコダクロームで桜を撮るのもいまいち。桜はコニカ。サクラカラー。でも、これももうない) 
 
 おおまかにいって趣味の写真というのは、「時よ止まれ お前は美しい!」って場合に撮るもので。
 この30年ほど、風景に時が止まる必要を感じない。
 なんといいますか、風景は自分の世界の一部に過ぎなくて。「ぼく、次の瞬間に行くから。次の瞬間が欲しいから周りの世界は止まんなくていいよ。」 みたいな。
 「自分(たち)の今が今しかないから記録したい」という気持ちは出るんですけどね。それは風景を止めてなくて。風景に顔を向けないと風景は背景にすぎないよね。 
 綺麗な写真は好きなんだけどねえ、まずは世界を綺麗だと思わないと写真は撮れない。 ってゆうか、うちの(近辺に見える)森なんか綺麗だけど、別に今にとどまってくれなくていい気がするんだよね。明日も来るし。今に入れ込むとあした困る気がする、っていうか。
 まあ、ふつう、人間てそうなのかな。風景を撮る人が変わっているのかも。
 
 
 それにしても記念用写真は撮るし。 フジは買わないんで、もうフィルムがない!(コダカラーの在庫はあり) 中国製がまともになるまでイルフォードの白黒写真で満足するか、、、

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする