北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

9.11の5年後

2006-09-11 23:13:03 | Weblog
 からっと晴れた一日。秋らしい空に心も弾みます。随分空気も涼しくなりました。

【5年後の9.11】
 5年前の今日はアメリカで航空機をハイジャックして同時多発テロが行われたのでした。

 新聞、テレビはその後の世界のテロや争いについて特集を組んでいます。

 5年前の私は旭川河川事務所にいて、ちょうど秋の長雨で石狩川が警戒水位を超えたというので事務所で待機をしていたのでした。

 仮眠をして目が覚めて何気なくテレビをつけると、高層ビルが火事になっていて、大変だと思ってみている間に飛行機が別のビルに突っ込む瞬間が見えたのでした。

 報道では日本時間の夜10時前ということでしたが、そうだったかな。見たのは朝方だったような気がしたので、特別番組でなんども繰り返し映像が流されていたのかも知れません。

 あれがテロが世界に対して挑戦状をたたきつけ、世界が対テロ戦に舵を切ることになるきっかけになろうとは、その時は夢にも思いませんでした。

 今このときに、その後の対イラク戦争やアルカイダによるテロの頻発などを見るにつけ、ニューヨークでの惨事を見せつけられたときに寛容の精神を説く事ができただろうか、と思うと無理だったように思うのです。

 あのときのアメリカ国民と秩序を重んじる世界の人々の心に暗い影を投げかけ、報復もやむを得ないような雰囲気になったことはやむを得なかったでしょう。

 歴史は時が経たないと評価出来ません。今を生きる私たちは歴史を作りつつあるのであって、作られている歴史を評価しながら前に進む事など出来ないのですから。

 歴史の「れば、たら」や「もしも」を語れるのは、後世の人たちだけなのです。

 しかし辛い歴史の舵取りだけを悔やむだけではなく、私たちが今できる事は辛い現状を変えるような勇気ある一歩を踏み出すということなのでしょう。

 過去は変える事ができません。私たちは未来に向かって進む事しかできないのです。

 進むその一歩には責任も伴いますが、どちらに進むかに指針を与えてくれるのは歴史であり古典であると思います。

 歴史を年号の暗記から、その時代を生きた人たちの悩みと決断の積み重ねとして思いを馳せてみるようにしたいものです。

 10年後の9.11がより平和のなかで語られるように祈り、行動したいものです。



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