「『太陽の時代』のギガトレンド」と題する拙稿を短期連載します。5回ほどになる予定です。内容は昨年4~5月に掲載した拙稿に大幅に加筆・修正したものであることをお断りしておきます。
●世界経済危機から「太陽の時代」へ
2008年(平成20年)9月15日、リーマンショックが世界を襲った。瞬く間に世界は経済危機に陥った。情報通信技術を駆使して、莫大な利益を上げていたアメリカの投資銀行のうち、生き残ったものは商業銀行に転じた。金融界の混乱は実体経済にも及び、アメリカでは自動車産業のビッグスリーが経営破綻に至った。
アメリカがグローバリズムの旗印のもとに世界に広めたのは、利益を最大化するための強欲資本主義だった。金融に関する規制緩和が明らかにしたのは、ひたすら利益を追い求める資本主義の本質である。人類は、ここで資本主義のあり方を根本的に見直し、社会に調和をもたらす新たな経済システムを創造しなければならない。
世界経済危機は、地球環境の悪化の中で起こった出来事でもあった。経済的利益の追求が環境を破壊し、文明の根底を揺るがしている。人類は、生存と発展のために、自然との調和、また世界の平和を目指し、化石燃料をエネルギー源とする産業から脱却しなければならないときに来ている。とりわけ石油依存を脱却し、太陽光・風力・水素等のエネルギーを活用する産業への移行を、世界的な規模で加速・推進すべき段階に入っている。
新しい流れは、「太陽の時代」へ、である。太陽光を中心としたクリーン・エネルギーを活用する方向へと、世界もまた日本も大きく動いている。この流れは、極めて大きなトレンドである。未来学者ジョン・ネイスビッツ風に言うと、メガトレンドを上回るギガトレンドである。
●島田晴雄氏は「太陽経済の時代」を告げる
リーマンショック後の経済危機は、1929年の大恐慌以来のものと見られ、世界経済の行方は定かでなく、混沌とした状況が続いた。リーマンショックの約2ヵ月後となる08年(20年)11月26日、千葉商科大学学長の島田晴雄氏は、産経新聞の「正論」の欄に、「『太陽経済の時代』を拓こう」という意見を寄せた。
私は、時代のトレンドにおいて、一つの道しるべとなった文書と位置づけている。その全文を引用する。
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●産経新聞 平成20年11月26日
【正論】「太陽経済の時代」を拓こう 千葉商科大学学長・島田晴雄
2008.11.26 03:19
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081126/plc0811260319001-n2.htm
<金融危機の後に来るもの>
世界経済の大混乱がつづいている。アメリカ発の金融危機はまだ最悪期を脱していないが、金融面での混乱が一段落しても、投資、生産、雇用、消費の萎縮(いしゅく)が実体経済をさらに縮小させていくだろう。しかし、経済はやがて回復する。政策対応に加え、価格が十分下がれば需要が喚起されるという原理が市場には組み込まれているからだ。
その回復に2年かかるのか、あるいは5年かかるのか、それを予知するには現在の事態はあまりに錯綜(さくそう)しており不確実性が大きい。だが、世界の実体経済が回復してくるとき、その構図は現在の世界経済とはかなり異なったものとなる可能性が高い。
異なった絵柄を構成するすくなくとも二つの大きな要因がある。ひとつはエネルギーであり、いまひとつは新興国の台頭である。石油に象徴されるエネルギー価格は1970年代中盤の石油危機で10倍となり、省力化を軸に経済の技術構造は大きく変わった。このところそれがさらに10倍-5倍も高まり、石油に代わる新たなエネルギー源の開発が本格化している。
<エネルギーを軸に再編成>
世界経済はやがて新たなエネルギーを軸に再編成されるだろう。新興国群は現在、世界金融危機の深刻な打撃を受けているが、膨大な若い人口が内包する活力はやがて世界経済の多極化と新たな地政学的連携構造を生み出すにちがいない。数年後の世界経済回復のモメンタムにはこれらの要素が鍵となる。
そのモメンタムを主導する主体は何か。日本はそうした構図の中でどのような役割を果たせるのか。1970年代中盤の石油危機以降の経験がヒントになる。中東石油への依存度がもっとも高かった日本は石油危機でもっとも深刻な打撃を受けたが、しかし、数年後には世界経済をリードする役割を期待されるまでに回復した。石油危機をバネに日本の産業界は技術革新と自己規制で徹底的な省力化をすすめ、労使は世界に比類のない弾力的な賃金決定でインフレ圧力を吸収した。この経験をこれからの日本の戦略にどう生かすかが問われている。
エネルギーはこれまでいわば19世紀の石炭、20世紀の石油と、長い間、いわゆる化石燃料に依存してきた。これらはいずれも実は太陽光で育った植物や微生物が何億年も貯蔵された結果のエネルギー源である。人類は今や、太陽のエネルギーをこの貯蔵過程を経ずにすぐに利用可能とする技術を手にしている。
地球表面の1・5%に降り注ぐ太陽光だけで67億人を支えるエネルギーになるとされる。石油価格の高騰を受けて、世界各国は太陽エネルギーを活用する技術の開発にしのぎを削っているが、現在のところ、太陽エネルギー活用の要素技術が利用可能な形でもっとも集中して存在しているのが日本である。
ソーラー発電、太陽電池やリチウム電池などの蓄電装置、超伝導などの効率的な伝導装置、風力発電や地熱発電、さらには潮力発電や地下水の温度格差の利用、あるいはバイオマスのエネルギー化なども、ひろい意味では太陽エネルギーの利用である。これらの要素技術は、日本には、シャープ、三洋電機(パナソニック)、三菱重工、東芝、日立などの大企業から数多くのベンチャー企業まで多くの産業集積があり、また優れた技術者、研究者がいる。
<政府主導の戦略的対応を>
しかし要素技術だけでは、太陽エネルギーの直接利用のメリットを十分生かすことはできない。石炭が蒸気機関と鉄道網を媒介して産業革命を実現し、石油が内燃機関と道路整備でモータリゼーション社会を実現したように、太陽エネルギーが電気自動車や産業、生活全般にわたって活用される経済・社会システムを構築する必要がある。
また日本の技術や頭脳の集積を核として世界の能力を凝集し、研究開発を加速する必要がある。そのためには政府の戦略的主導と支援、産業界の全面的参加、世論の支持が欠かせない。こうした総合戦略があってはじめて、太陽エネルギーを存分に活用した豊かな太陽経済の新時代を拓(ひら)くことができるのである。
中国が日本の効率的なエネルギー利用技術を活用できれば莫大(ばくだい)なメリットがあることは周知だが、インドの自然資源と日本の技術の融合はさらに大きな成果を生みうる。日本がこれらアジアの新興国群と密接な協力関係を築くことができれば、世界経済の新たな回復を主導し日本はもとより世界に大きく貢献することができるはずだ。
現在の暗い時代の先に明るい未来を拓くため、産業界、政府、メディア、学界など皆が知恵と力を出し合い「太陽経済の時代」を実現する運動を起こしてはどうか。(しまだ はるお)
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この島田氏の寄稿記事は、2008年(平成20年)11月26日に発表されたものだが、その月の4日にアメリカで大統領選挙が行われ、民主党のバラク・オバマが当選した。オバマは、共和党のジョン・マケイン候補との公開討論で、「自分が大統領になったら、太陽光発電、風力発電、電気自動車、これを大々的にやる。これが21世紀のニューディール政策になる」という主旨のことを述べていた。そして翌09年(21年)1月の就任演説では、「太陽と風と大地の力を利用して、車に燃料を与え、工場を動かそう」と呼びかけた。そして、オバマ政権のもと、アメリカはグリーンニューディール政策を開始した。島田氏の寄稿記事は、当時並行して日本でも準備されていた新しい動きを伝え、国民に賛同を呼びかけるものだった。
島田氏は、先の記事の約半年後、09年(21年)5月6日にも、産経新聞の「正論」に意見を載せた。「『太陽経済』への流れ見据えよ」という記事である。そこで、島田氏は次のように書いた。
「日本政府は4月10日、事業規模56兆円の追加経済対策を発表したが、その中で、太陽光発電の普及促進、低燃費車の買い替え補助、省エネ家電の購入補助などを盛り込んだ。これらは環境対応と新エネルギー開発を大きく促進する効果をもつだろう」
「日本企業はこれまでも太陽光発電、燃料電池、蓄電池、電気自動車などすぐれた要素技術を発展させてきた。しかし、人々の生活や産業社会が太陽光によって快適かつ円滑に営まれる本格的な太陽経済を実現するためには、さらなる課題がある。日本が得意な電池や超伝導技術、またICTを駆使したスマートグリッドで世界をリードする。広い領海を利用して海洋バイオの開発を進める。それらの成果を人々や社会が太陽経済として享受できるよう総合的な誘導政策を設計することが必要だ」と。
さて、島田氏は、先の二つの寄稿記事で、新しい経済のあり方を「太陽経済」と呼んでいるが、その言葉の定義を書いていない。
「太陽経済」は、実業家で経済評論家である山崎養世氏の造語である。山崎氏は「太陽経済とは、技術と英知によって、人類が毎年の太陽の恵みで暮らすことを可能にする新しい経済」と定義している。次に山崎氏の意見を紹介しよう。
次回に続く。
●世界経済危機から「太陽の時代」へ
2008年(平成20年)9月15日、リーマンショックが世界を襲った。瞬く間に世界は経済危機に陥った。情報通信技術を駆使して、莫大な利益を上げていたアメリカの投資銀行のうち、生き残ったものは商業銀行に転じた。金融界の混乱は実体経済にも及び、アメリカでは自動車産業のビッグスリーが経営破綻に至った。
アメリカがグローバリズムの旗印のもとに世界に広めたのは、利益を最大化するための強欲資本主義だった。金融に関する規制緩和が明らかにしたのは、ひたすら利益を追い求める資本主義の本質である。人類は、ここで資本主義のあり方を根本的に見直し、社会に調和をもたらす新たな経済システムを創造しなければならない。
世界経済危機は、地球環境の悪化の中で起こった出来事でもあった。経済的利益の追求が環境を破壊し、文明の根底を揺るがしている。人類は、生存と発展のために、自然との調和、また世界の平和を目指し、化石燃料をエネルギー源とする産業から脱却しなければならないときに来ている。とりわけ石油依存を脱却し、太陽光・風力・水素等のエネルギーを活用する産業への移行を、世界的な規模で加速・推進すべき段階に入っている。
新しい流れは、「太陽の時代」へ、である。太陽光を中心としたクリーン・エネルギーを活用する方向へと、世界もまた日本も大きく動いている。この流れは、極めて大きなトレンドである。未来学者ジョン・ネイスビッツ風に言うと、メガトレンドを上回るギガトレンドである。
●島田晴雄氏は「太陽経済の時代」を告げる
リーマンショック後の経済危機は、1929年の大恐慌以来のものと見られ、世界経済の行方は定かでなく、混沌とした状況が続いた。リーマンショックの約2ヵ月後となる08年(20年)11月26日、千葉商科大学学長の島田晴雄氏は、産経新聞の「正論」の欄に、「『太陽経済の時代』を拓こう」という意見を寄せた。
私は、時代のトレンドにおいて、一つの道しるべとなった文書と位置づけている。その全文を引用する。
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●産経新聞 平成20年11月26日
【正論】「太陽経済の時代」を拓こう 千葉商科大学学長・島田晴雄
2008.11.26 03:19
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081126/plc0811260319001-n2.htm
<金融危機の後に来るもの>
世界経済の大混乱がつづいている。アメリカ発の金融危機はまだ最悪期を脱していないが、金融面での混乱が一段落しても、投資、生産、雇用、消費の萎縮(いしゅく)が実体経済をさらに縮小させていくだろう。しかし、経済はやがて回復する。政策対応に加え、価格が十分下がれば需要が喚起されるという原理が市場には組み込まれているからだ。
その回復に2年かかるのか、あるいは5年かかるのか、それを予知するには現在の事態はあまりに錯綜(さくそう)しており不確実性が大きい。だが、世界の実体経済が回復してくるとき、その構図は現在の世界経済とはかなり異なったものとなる可能性が高い。
異なった絵柄を構成するすくなくとも二つの大きな要因がある。ひとつはエネルギーであり、いまひとつは新興国の台頭である。石油に象徴されるエネルギー価格は1970年代中盤の石油危機で10倍となり、省力化を軸に経済の技術構造は大きく変わった。このところそれがさらに10倍-5倍も高まり、石油に代わる新たなエネルギー源の開発が本格化している。
<エネルギーを軸に再編成>
世界経済はやがて新たなエネルギーを軸に再編成されるだろう。新興国群は現在、世界金融危機の深刻な打撃を受けているが、膨大な若い人口が内包する活力はやがて世界経済の多極化と新たな地政学的連携構造を生み出すにちがいない。数年後の世界経済回復のモメンタムにはこれらの要素が鍵となる。
そのモメンタムを主導する主体は何か。日本はそうした構図の中でどのような役割を果たせるのか。1970年代中盤の石油危機以降の経験がヒントになる。中東石油への依存度がもっとも高かった日本は石油危機でもっとも深刻な打撃を受けたが、しかし、数年後には世界経済をリードする役割を期待されるまでに回復した。石油危機をバネに日本の産業界は技術革新と自己規制で徹底的な省力化をすすめ、労使は世界に比類のない弾力的な賃金決定でインフレ圧力を吸収した。この経験をこれからの日本の戦略にどう生かすかが問われている。
エネルギーはこれまでいわば19世紀の石炭、20世紀の石油と、長い間、いわゆる化石燃料に依存してきた。これらはいずれも実は太陽光で育った植物や微生物が何億年も貯蔵された結果のエネルギー源である。人類は今や、太陽のエネルギーをこの貯蔵過程を経ずにすぐに利用可能とする技術を手にしている。
地球表面の1・5%に降り注ぐ太陽光だけで67億人を支えるエネルギーになるとされる。石油価格の高騰を受けて、世界各国は太陽エネルギーを活用する技術の開発にしのぎを削っているが、現在のところ、太陽エネルギー活用の要素技術が利用可能な形でもっとも集中して存在しているのが日本である。
ソーラー発電、太陽電池やリチウム電池などの蓄電装置、超伝導などの効率的な伝導装置、風力発電や地熱発電、さらには潮力発電や地下水の温度格差の利用、あるいはバイオマスのエネルギー化なども、ひろい意味では太陽エネルギーの利用である。これらの要素技術は、日本には、シャープ、三洋電機(パナソニック)、三菱重工、東芝、日立などの大企業から数多くのベンチャー企業まで多くの産業集積があり、また優れた技術者、研究者がいる。
<政府主導の戦略的対応を>
しかし要素技術だけでは、太陽エネルギーの直接利用のメリットを十分生かすことはできない。石炭が蒸気機関と鉄道網を媒介して産業革命を実現し、石油が内燃機関と道路整備でモータリゼーション社会を実現したように、太陽エネルギーが電気自動車や産業、生活全般にわたって活用される経済・社会システムを構築する必要がある。
また日本の技術や頭脳の集積を核として世界の能力を凝集し、研究開発を加速する必要がある。そのためには政府の戦略的主導と支援、産業界の全面的参加、世論の支持が欠かせない。こうした総合戦略があってはじめて、太陽エネルギーを存分に活用した豊かな太陽経済の新時代を拓(ひら)くことができるのである。
中国が日本の効率的なエネルギー利用技術を活用できれば莫大(ばくだい)なメリットがあることは周知だが、インドの自然資源と日本の技術の融合はさらに大きな成果を生みうる。日本がこれらアジアの新興国群と密接な協力関係を築くことができれば、世界経済の新たな回復を主導し日本はもとより世界に大きく貢献することができるはずだ。
現在の暗い時代の先に明るい未来を拓くため、産業界、政府、メディア、学界など皆が知恵と力を出し合い「太陽経済の時代」を実現する運動を起こしてはどうか。(しまだ はるお)
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この島田氏の寄稿記事は、2008年(平成20年)11月26日に発表されたものだが、その月の4日にアメリカで大統領選挙が行われ、民主党のバラク・オバマが当選した。オバマは、共和党のジョン・マケイン候補との公開討論で、「自分が大統領になったら、太陽光発電、風力発電、電気自動車、これを大々的にやる。これが21世紀のニューディール政策になる」という主旨のことを述べていた。そして翌09年(21年)1月の就任演説では、「太陽と風と大地の力を利用して、車に燃料を与え、工場を動かそう」と呼びかけた。そして、オバマ政権のもと、アメリカはグリーンニューディール政策を開始した。島田氏の寄稿記事は、当時並行して日本でも準備されていた新しい動きを伝え、国民に賛同を呼びかけるものだった。
島田氏は、先の記事の約半年後、09年(21年)5月6日にも、産経新聞の「正論」に意見を載せた。「『太陽経済』への流れ見据えよ」という記事である。そこで、島田氏は次のように書いた。
「日本政府は4月10日、事業規模56兆円の追加経済対策を発表したが、その中で、太陽光発電の普及促進、低燃費車の買い替え補助、省エネ家電の購入補助などを盛り込んだ。これらは環境対応と新エネルギー開発を大きく促進する効果をもつだろう」
「日本企業はこれまでも太陽光発電、燃料電池、蓄電池、電気自動車などすぐれた要素技術を発展させてきた。しかし、人々の生活や産業社会が太陽光によって快適かつ円滑に営まれる本格的な太陽経済を実現するためには、さらなる課題がある。日本が得意な電池や超伝導技術、またICTを駆使したスマートグリッドで世界をリードする。広い領海を利用して海洋バイオの開発を進める。それらの成果を人々や社会が太陽経済として享受できるよう総合的な誘導政策を設計することが必要だ」と。
さて、島田氏は、先の二つの寄稿記事で、新しい経済のあり方を「太陽経済」と呼んでいるが、その言葉の定義を書いていない。
「太陽経済」は、実業家で経済評論家である山崎養世氏の造語である。山崎氏は「太陽経済とは、技術と英知によって、人類が毎年の太陽の恵みで暮らすことを可能にする新しい経済」と定義している。次に山崎氏の意見を紹介しよう。
次回に続く。