ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トッドの移民論と日本16

2010-08-14 08:39:25 | 国際関係
●トッドとマルクス、ウェーバー

 ここでエマヌエル・トッドとカール・マルクス、マックス・ウェーバーの関係について、私見を述べたい。
 マルクスは、『経済学批判』で唯物史観の公式といわれるものを提示した。それによると、「生産諸関係の総体が社会の経済構造、実在的な土台をなし、これのうえに法制的・政治的な上層建築がそびえたち、またその土台に一定の社会的意識形態が照応する」とされる。この「社会的意識形態」には、法、政治、哲学、宗教、道徳等が含まれる。歴史的・社会的に制約される観念形態であり、イデオロギーとも言う。
 仮にマルクスに従って生産諸関係の総体が、イデオロギーを規定する要因であるとしても、理論的には、上部構造が土台を反作用的に規定する可能性も考えられる。精神と物質の相互作用である。しかし、マルクス、エンゲルスの信奉者たちは、物質的土台が社会的意識形態を決定するという硬直した解釈に陥った。唯物論による経済決定論である。
 これに対し、ウェーバーは、経済に対する精神、特に宗教の影響を重視した。ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、近代資本主義の成立には、プロテスタンティズムの倫理が重要な役割を果たしたことを主張した。いわば上部構造と土台の相互作用を、歴史的に論証したわけである。ウェーバーは、近代ヨーロッパのみならず、世界の代表的な諸宗教における宗教と経済の関係を研究し、宗教的な価値観によって、経済活動が大きく影響を受けることを明らかにした。
 トッドは、経済的な生産関係を社会の土台とするマルクスの見方に対して、社会の下部構造は、家族制度に基づく人類学的システムであることを主張する。トッドの理論は、経済学に人類学的な基礎を与えるものである。マルクスのいう生産関係は、抽象的な個人の関係などではない。個人は、親子・夫婦・兄弟・祖孫等の生命のつながりによる家族関係の中に存在する。人間が誕生し、成長・生活する現実の社会は、多数の家族の集合である。家族には、四つの型がある。その型を分けるのは、親子の居住、土地の所有と相続のあり方である。経済学は、こうした人類学的な研究を摂取すべきである。
 また、社会の土台としての家族で作られる価値観は、上部構造に作用する。家族における自由と権威、平等と不平等、普遍主義と差異主義という価値観が、法・政治・哲学・宗教・道徳などの基本的な考え方に影響する。例えば、アトム的個人による契約国家、血統の意識で結ばれた家族国家、国籍法における血統主義と出生地主義等は、その事例である。
 ウェーバーは宗教的な価値観によって、経済活動が大きく影響を受けることを明らかにしたが、トッドによれば、宗教的価値観には家族的価値観が反映している場合がある。そうした家族的価値観に拠って形成された宗教的価値観が経済活動に影響する可能性がある。例えば、プロテスタンティズムは、父親の権威が強く、兄弟が不平等である直系家族の価値観を反映している。そのプロテスタンティズムの倫理が近代資本主義の成立において重要な役割を果たした。それゆえ、マルクスの意味での上部構造と経済的土台の相互作用を把握するには、家族制度を考察に入れる必要がある。
 私は、トッドが切り開いた地平は、ヨーロッパの歴史・文化・経済・社会・思想を分析する上で、マルクス、ウェーバー以来の画期的なものだと考える。さらに、マルクス、ウェーバーの業績がそうであるように、トッドの業績は、今日世界を覆っている西洋発の現代文明を理解するためにも大いに有効なものだと思う。

 次回に続く。

■追記
 本項を含む拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」は、下記に掲示しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm