ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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三橋貴明氏の経済成長理論20

2010-08-09 09:44:28 | 経済
●国家のグランドデザイン

 三橋氏は、日本経済の抱える問題を分析し、いまわが国が取るべき方策を提案する。それは、単に当面のデフレや不況を解決するためでなく、新しい日本の国家モデルを構築することを目指す方策である。さらに三橋氏は、「自らの国家の将来を描き出したグランドデザイン」を披瀝する。そのために公刊したのが、『日本のグランドデザイン』(講談社、22年、2010年6月)である。注目すべき提言の書である。
 本書の要旨は、

「日本の新たな国家のグランドデザイン
 ビジョン:石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行
 戦略:将来の供給不足を解消するために投資支出により現在の需要不足を補う」

である。
 三橋氏は、本書で日本の「グランドデザイン」を開陳し、「石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行」を「ビジョン」とし、そのビジョンを実現するために、「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を解消する」ことを「戦略」とする。そして、こうしたグランドデザインとビジョンと戦略を持った国家のあり方を、日本の取るべき新しい国家モデルとして提示する。
 内容に入る前に、一つ指摘しておきたい。それは、三橋氏は本書で、グランドデザインという言葉を定義していないことである。ビジョンと戦略についても同様である。三橋氏は経済用語の定義を重んじ、多くの著書で用語の定義を明確にした上で論を展開するのを常とする。だが、本書では、主張を構成する主要な用語を、定義せずに使っている。そのため、読者は心証的な理解しかえられない。そこで前もって用語に関することを記したい。

●用語の定義

 一般的にグランドデザインは、「大規模な事業などの全体にわたる壮大な計画・構想」(「大辞林」)を意味する。筆者が独自の定義をしていない以上、読者は一般的な意味で理解するしかない。
 ビジョンは、「心に描く像、未来像、展望、見通し」(「広辞苑」)とか「未来を見通す力、先見性、洞察力」(「ジーニアス英和辞典」)、「明確な目的をもって将来のための計画を立てる際に必要な知識や想像力」(「ロングマン現代米語辞典」)を意味する。つまり、像を意味する場合と能力を意味する場合がある。三橋氏は「石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行」をビジョンと言う。これは、変化の方向や過程ないし目標を意味する。像でも能力でもない。もし三橋氏が未来像という意味でビジョンを使いたいのなら、「ビジョン=電力文明」とすべきところだろう。
 ついでにフェーズも、定義されずに使われている。ここでは「位相、局面」というより「発展段階」の意味と思われる。
 もう一つの用語である戦略は、先の言葉以上に、きちんと定義した上で使わないと、主張の全体があいまいになる言葉である。戦略(strategy)は、もともと軍事学の用語である。岡部博氏によると、戦略は、戦闘を総合して全局的に運用する方法であり、具体的には、個々の戦闘に入る前に、戦闘を効率よく有利に展開できるように、必要な諸資源の配置を決めることである。ちなみに、戦術(tactics)は、それらの個々の戦闘における諸資源の使い方の技術をいう。ここで諸資源とは、ヒト・モノ・カネ・技術・情報など、戦いに勝つための力として使われるすべてを指す。
 戦略という言葉は、今日では政治・外交・経済・経営・組織運動等に応用して使われている。もとが軍事用語だから、敵または競争相手があり、その相手に対応するための方針や計画を指すのが、本来的である。しかし、今では必ずしも敵や競争相手を想定せずに、組織の中長期的な方針や計画という意味で使われることが多い。さらにゆるく、一定の環境において組織を維持・発展させるための方法という程度の意味でも使われる。しかも多くの人は、戦略と戦術を混同して使っている。
 では、三橋氏は、『日本のグランドデザイン』で、戦略という言葉をどういう意味で使っているか。氏は「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を解消する」ことを「戦略」とする。ここでの戦略は、私が最後に書いた「一定の環境において組織を維持・発展させるための方法」という程度の意味にしか、私には理解できない。
 三橋氏の著書『日本のグランドデザイン』は、以上に書いたように、主要な用語を定義せずに、ゆるく使っている。そのため、内容には大いに注目すべき点があるのだが、意味情報の伝達力が弱い。私はそのように感じる。読者は私の上記の用語説明を参考にされるよう、また筆者は改訂の際に用語の定義を加筆するようお勧めする。

 次回に続く。