ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

改憲論25~目指すべき第9条の内容

2018-06-16 08:51:47 | 憲法
10.目指すべき第9条の内容

 国家であれば国防は当然整えなければならないものである。国防を完備してはじめて真の平和が得られる。一国として立つ以上は、独力で防備を確立すべきである。外国との条約は、その上で安全保障を強化するためのものでなければならない。また、自分の国を一致協力して守ることは、国民の当然の義務である。
 こうした本来の国家と国防のあり方から考えると、現在の自民党や国会の9条論議はまだかなり議論の水準が低い。それは、国民の3割以上が憲法改正に反対し、特に第9条の改正には4割ほどが反対しているという現実があるからだろう。
 国防は国を守るためのものであって、他国を侵攻するような軍事力を持つこととは違う。国防とは、川で言えば万が一の災害に備えて築く堤防のようなものである。その備えを怠ったならば、大雨になった時、村も田んぼも皆流されてしまう。
 家で言えば、万が一のためにかける鍵のようなものである。「人を疑うのはよくない」といって鍵をかけるのをやめたら、泥棒に狙われる。泥棒に入られてからあわてても、後の祭りである。非武装主義を説く人々は、泥棒が入ったら、「ようこそいらっしゃいました。何でも取っていってください。家も土地もどうぞ、お取り下さい」とでも言うのだろうか。愚かなことである。
 国防において最も大切なことは、国民が自ら国を守るという意識を持つことである。
 独立主権国家において、国防は国民の当然の義務である。人々は普段の生活において、助け合いや協力を行う。災害が起きた時には、特にそれが必要になる。そして、外国の侵攻は、国民が互いに団結すべき最大の危機である。その危機に対処するために、互いに協力することは、国民としての義務である。
 しかし、現行憲法には国防の義務がない。憲法に定められている義務は、納税・勤労・教育の三つである。それらのうち、勤労と教育は権利の側面が大きく、実質的な義務は納税のみである。税金さえ納めていれば、基本的人権を保障されるというのが、戦後の日本である。だが、国民の権利は誰が守るのか。日本人以外は誰も守ってくれない。国民が互いの権利を互いに守る。そこにお互いの義務が生じる。権利と義務の両面のバランスが必要である。
 平成29年6月にNHKが「平和に対する意識調査」を行った。「いま日本が他の国から侵略を受けて戦うことになったら、あなたはどうしますか」という質問に対して、18~19歳の回答者では、「自衛隊に参加して戦う」が3.8%、「物資の輸送や負傷者の看護など後方支援活動には参加する」が41.6%、「すべて政府と自衛隊に任せる」が34.2%、「海外に逃げる」が10.2%だった。最後の「海外に逃げる」が1割以上いることが、戦後の日本、そして現状の日本をよく表している。
 戦後の日本では、国民の多くが国家として最も重要な国防に関する意識を失ってしまった。自民党案においても、国防の義務を定めていない。そういう議論すら、呼びかけようとしない。それは、反発する国民が少なくないからだろう。だが、独立主権国家では、国民が国民の権利の保障を受ける一方で、国防の義務を負うことは当然である。わが国で国防の義務のないことは、独立主権国家として致命的な欠陥である。国民が一致団結して国を守るという精神を取り戻さないと、他国の侵攻から自分や家族の生命や財産を守ったり、国家の独立と主権を守ることはできない。
 また、独立主権国家が独立と主権、国民の生命と財産を守るために軍隊を持つのは当然のことである。日本の国家としてあるべき姿は、今の自衛隊をそのまま維持するのではなく、日本を守るための軍隊を設けることである。その軍隊は、自国を防衛するために必要な戦力を持つとともに、国際的な平和維持活動を担う日本軍となる。また、自衛のために行う戦争や国際平和維持活動において、交戦権を行使するのは、当然である。
 私は、目指すべき憲法には、安全保障の章を設け、以下のような要素を盛り込む必要があると考える。
 国際平和の希求/侵攻戦争の否定/平和的解決への努力/個別的・集団的を含む自衛権の保有と行使/国民の国防の義務と権利の一時的制限/国軍の保持/国際平和維持のための協力/最高指揮権の所在/軍の活動への国会の承認/軍人の政治への不介入/軍人の権利の制限/軍事裁判所等である。これらを盛り込んだ条文案は、先に記載したとおりである。

 次回に続く。

改憲論24~民間における憲法改正運動

2018-06-14 09:33:37 | 憲法
9.民間における憲法改正運動

 政界の動きに続いて、次に、民間の動きについて述べる。民間の動きのうち、最も注目すべきものは、平成28年(2016年)10月に設立された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」である。憲法改正を目指す国民運動を展開する最大の民間団体となっている。ジャーナリストの櫻井よしこ氏、杏林大学名誉教授の田久保忠衛氏、日本会議名誉会長・元最高裁判所長官の三好達氏が共同代表を務めている。
 同会は、設立以来、下記の方針を掲げて活動を続けている。

一、 憲法改正の早期実現を求める国会議員署名及び地方議会決議運動を推進する。
一、 全国47都道府県に「県民の会」組織を設立し、改正世論を喚起する啓発活動を推進する。
一、 美しい日本の憲法をつくる1000万人賛同者の拡大運動を推進する。

 本年3月14日「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、都内の憲政記念館で中央大会を開催した。私は一賛同者として参加した。
 同会は本年1月に憲法改正賛同者拡大運動の目標である1000万人署名を達成した。この度の集会では、衆参国会議員71名、約800名が参集する中で、その報告が行われた。
共同代表の櫻井よしこ氏は、基調提言で「日本の憲法に日本の心を書き込むために、変えることのできるところから変えていかねばならない」と訴えた。
 続いて、平成30年度の国民運動方針として、

(1)国民の9割が支持する「自衛隊」の根拠規定を憲法に明記する
(2)大規模災害に際し、国民の生命と安全を守る緊急事態条項を憲法に新設する

などを掲げ、国民運動をさらに推進することが発表された。
 これを受け、自民党、公明党、希望の党、日本維新の会の代表が憲法改正の国会発議へ向け、各党内での改正論議の実情や改憲項目について語った。
 自民党憲法改正推進本部顧問の古屋圭司氏は、党内で9条、緊急事態条項等の4項目が議論されていることを報告し、「改憲の提案は憲法審査会しかできない。各党はしっかり意見を出して議論しようではないか」と呼びかけた。公明党の斉藤鉄夫憲法調査会会長代理は、党内に自衛隊について「明記すべきだという意見と、必要ないという2つの意見があることを正直に申し上げる。一生懸命議論しているところだ」と説明した。他党代表者も国会で積極的に議論を進めていく決意を表明した。
 満場一致で採択された大会決議文は、「極東情勢が緊迫し、大規模災害が予想される今、各党は国民の生命と安全を守るため、憲法改正原案を速やかにとりまとめ、年内の発議を実施すべきである」とし、上記(1)(2)の2項目を国会議員に強く要望した。
https://kenpou1000.org/news/post.html?nid=63
 私見を述べると、(1)は、9条改正の具体的な条文案を提示するものではなく、自衛隊明記であれば、1項2項そのままの案も2項削除の案も許容、簡単な規定も詳細な規定も許容というストライクゾーンの広い要望である。(2)もまた条文案を示すことなく、条項の新設を要望するという大まかな要望となっている。
 幅広い国民運動として、憲法改正を推進し、国民投票で過半数が賛成して改正を実現し得る案を国会議員に求めるには、現状の日本ではこのような要望の仕方になるものと私は理解している。
 3月25日に自民党大会で発表された改正案は、(1)(2)をクリアーする案になっている。仮にこの案が発議されて、国民投票となった場合、過半数の賛成が得られなければ、否決される。一度否決されたなら、もう一度やり直しということは、極めて難しい。
 そこで「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、国民投票で必ず過半数を取るために、次のような運動方針を立てて活動している。(1)全国289の小選挙区ごとに国民投票連絡会議を作る。(2)1000万人署名運動で署名した人々を連絡会議に組織し、改憲賛同者を拡大する。(3)本年5月3日に、全国各地で憲法フォーラムを行う。新作のDVD「今そこにある自衛隊」を映写する。(4)このフォーラムの開催を通じて、10月までに各地で連絡会議を結成する。10月に国民投票連絡会議全国大会を開催する。――年内のスケジュールは、自民党が年内発議を目指していることに対応するものである。もし国会から年内に発議がされた場合、国民投票が本年(30年)12月から31年3月の間に実施される可能性がある。
 現状に鑑みると、国民投票で過半数の賛成を得られるかどうかは、決して容易ではない。各政党の支持層は、国民投票においても、大体それらの政党の考えを支持すると考えられる。昨年10月衆議院選挙での得票率は、自民・公明で49.32%だった。自民・公明・維新では52.5%だった。連立与党の支持層だけでは、過半数に達しない。これに維新の支持層が加わって、ようやく過半数になる。ただし、選挙では、時の状況によって数パーセントの変動は生じ得る。それゆえ、国民投票で過半数を取れるかどうかはギリギリである。左翼や偏向したマスメディアは、大衆、特に無党派層に働きかけて、世論を改正反対に誘導することが予想される。
 また、選挙と違って国民投票では、何でもありである。現金を配っても、物を配っても、戸別訪問をしても違法ではない。憲法改正反対勢力は、国民投票の告知期間になったら、何でもありで活動するだろう。
 憲法改正を目指す勢力は、国民投票で確実に過半数を得ることが、相当厳しい課題であるという認識を持たねばならない。それとともに、改正案は理想目標は明確にしつつも、現実に過半数を取り得る最大公約数的な案を追求せざるを得ないのが、日本の現状である。
 私見を述べると、今回の自民党の改正案は、本来目指すべき条文には程遠い。公明党・維新の会等との協議では、さらに内容のレベルを下げないと、三党以上での合意は難しくなる可能性がある。また、一部の世論調査によると、国民の4割以上が9条の改正に反対している。その中で、国民投票で過半数を得られなければ、憲法は変えられない。
 こうした現状は、戦後日本人の多数が、自己本来の日本精神を失ってしまい、精神的に分裂状態に陥っているからである。敗戦による自信喪失、占領下における日本弱体化政策、左翼や偏向したマスメディアの影響等によって、国民が一致団結して日本を守るという団結心が失われているのである。
 今後、日本精神の復興が進めば、国民の意識が変わり、国会議員の議論も変わる。これから国会発議・国民投票までの間に、どこまで国民及び国会議員の意識を高められるか。それによって、憲法改正の成否が決まり、また改正内容が変わる。日本を愛する人々は、最善の努力をすべき時にある。

 次回に続く。

改憲論23~今回の自民党の改正案(続き)

2018-06-12 09:30:02 | 憲法
7.今回の自民党の改正案(続き)

 自民党の9条追加の改正案は、9条は変えないということで、改正に反対する心理を考慮したものと思われる。現行9条の規定は「必要な自衛の措置」を取ることを妨げないとし、戦力不保持に関しては、自衛のための戦力の保持ではなく、現状の自衛隊を「必要な自衛の措置を取る」ための「実力組織」として盛り込み、文民統制を定めるものである。
 この案の狙いは、次の点にあると見られる。「自衛の措置」という表現で自衛権を行使できることを明確化しつつ、「自衛権」明記の声にも理解が得られやすい「必要な自衛の措置」という表現を採用した。代わりに「前条の規定は~」と前置きすることで、既存の9条2項との連関性を担保した、と。
 交戦権については、「妨げない」規定によって、戦力ではない実力組織の行動を国際法上有する交戦権の行使と認めることになるのかどうか、この文言だけではわからない点がある。
 しかし、自衛隊を違憲とする解釈の余地のないように根拠規定を設けるとともに、現在は法律上の組織である自衛隊を憲法上の組織に格上げすることにはなる。単なる法律上の組織であれば、左翼政党が政権を取った際、法の改正によって自衛隊を解散することが出来てしまう。憲法上の組織であれば、国会発議と国民投票という手続きを要するから、その地位は法的に安定したものとなる。
 また、山田宏参議院議員は、上記の改正案について次の旨を述べている。「9条2項はそのままでこれまでの政府解釈が維持されるので、『必要な自衛の措置』の範囲は、これまで通り『自衛のための必要最小限のもの』、つまり『個別的自衛権』と『限定的な集団的自衛権』となる」と。
 山田氏の理解が正しければ、改正案の狙いは、現行9条と改正自衛隊法を含む安保関連法の関係を強化することもあると理解される。野党の一部に集団的自衛権の行使を認めた安保法制は違憲だとして改正を求める主張があるからである。
 3月25日の自民党大会で安倍晋三首相兼総裁は、演説で憲法改正について、大意次のように述べた。
 「私は防衛大学校の卒業式に出席した。陸海空の真新しい制服に身を包んで、任官したばかりの若い自衛官たちから『ことに臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える』と重い宣誓を最高指揮官、首相として受けた。
 彼らは国民を守るために命を懸ける。しかし、残念ながらいまだに多くの憲法学者は彼らを憲法違反だと言う。ほとんどの教科書にはその記述があり、自衛官の子供たちもこの教科書で学ばなければならない。
 このままでいいのか。憲法にしっかりとわが国の独立を守り、平和を守り、国と国民を守る。そして自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とうではないか。これこそが今を生きる政治家、自民党の責務だ」と。
 二階俊博幹事長は、党憲法改正推進本部が9条を含む「改憲4項目」の「条文イメージ・たたき台素案」をまとめたことを説明。「衆参の憲法審査会で議論を深め、各党の意見も踏まえ、憲法改正原案を策定し、憲法改正の発議を目指す」と明言した。
 同党は、本大会で平成30年度運動方針案を採択。運動方針は、最初の項目に改憲を掲げて「改憲の実現を目指す」とうたい、「憲法審査会での幅広い合意形成を図るとともに、改正賛同者の拡大運動を推進する」と記した。
http://www.sankei.com/politi…/…/180325/plt1803250049-n1.html

 なお、第9条の改正ととともに、早急に新設すべき緊急事態条項については、次のような改正案が示された。

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【緊急事態条項】
第73条の2
大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)

第64条の2
大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
(※国会の章の末尾に特例規定として追加)
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 参議院の合区解消と広域地方公共団体の明記、教育の充実に関する条文案は、憲法改正において憲法の根幹に関わるものではなので省略する。
 私は、自民党の今回の改正案は、GHQから押し付けられた現行憲法の呪縛のもとで、国家として生き延びるために、とりあえずのうえに、とりあえずを重ねたような弥縫策だと思う。いずれにしても、日本国憲法は全面的な改正が必要であり、全面改正に向けた第一歩にすぎない。
 さて、自民党は上記のような改正案を以て、各党との議論に臨もうとしている。本年(30年)4月中旬に全国各支部に対して、憲法改正を目指す運動方針を通達し、年内の発議を目指すと聞く。年内発議が実現した場合、単独の国民投票が平成30年12月から31年3月の間に行われる可能性がある。
 だが、まず大きな関門が、連立与党の公明党である。公明党はもともと加憲の立場を取り、9条改正には消極的である。昨29年10月の衆院選での議席減を受け、9条改正には一層消極的な姿勢をみせるようになった。まだ態度がはっきりしない日本維新の会が賛同の方向で議論するかも注目される。自民党の提案を真摯に受け止め、国家国民のために積極的かつ建設的な議論をしてほしいものである。
 立憲民主党など他の野党は改正に反対を唱える者が多く、改正への動きに烈しく抵抗・反発することは確実である。昨29年から野党の多くが森友学園問題、加計学園問題を安倍政権の支持率低下、憲法改正阻止に利用しているが、今年30年に入って浮かび上がった森友文書書き換え問題や自衛隊のイラクでの日報問題も、これと同様にして政治的に利用している。さらに財務事務次官のセクハラ疑惑が重なり、野党の多くは国会で審議拒否の方針を打ち出し、国会が空転する事態となった。こうしたなか、左翼やマスメディアの影響を受けやすい無党派層は、9条改正の危険性を煽る論調や報道に触れると、改正反対に向く可能性がある。それゆえ、なんとか国会で改正案の発議にこぎ着けても、国民投票で過半数の賛成を得られるかどうかは疑わしいという見方もある。そこで重要なのが、国民の側の取り組みである。その点について、次の項目に書く。

 次回に続く。

改憲論22~今回の自民党の改正案

2018-06-10 06:43:26 | 憲法
8.今回の自民党の改正案

 自民党憲法改正推進本部は、第9条について党内から出された110件の意見をとりまとめ、3月15日の全体会合に、7つの条文案を提示した。それらは、2項削除案と2項維持案の二つに大別された。2項削除案は国防軍保持案と自衛隊保持案に、また2項維持案は自衛隊明記案と自衛権明記案に分かれる。それらは、次のように整理できた。

―――――――――――――――――――――――――――
●2項削除案
(1)総理を最高指揮官とする国防軍を保持(9条の2) <自民党H24改憲草案>
(2)国際社会の平和と安定を確保するため、陸海空自衛隊を保持(9条2項)<石破茂氏らの案>

●2項維持案(自衛隊を明記)
(3)必要最小限度の実力組織として、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持(9条の2)<執行部が有力とする案>
(4)前条の範囲内で、行政各部の一として自衛隊を保持(9条の2)
(5)前条の規定は、自衛隊を保持することを妨げない(9条の2)

●2項維持案(自衛権を明記)
(6)前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない(9条3項)<青山繁晴氏らの案>
(7)前2項の規定は、国の自衛権の行使を妨げず、そのための実力組織を保持できる(9条3項)
―――――――――――――――――――――――――――

 推進本部の3月15日の全体会合では、上記の7つの条文案をめぐって議論された。執行部は、(3)を軸として意見集約を図った。(3)は、①1項、2項を維持、②9条の二を新設、③必要最小限度の実力組織として自衛隊を保持、④首相を最高指揮官とするとして文民統制を明記ーーこれら四点を主たる方針とすると理解されるものだった。
 方針の①は、安倍首相が昨年5月3日に出した考え方で、加憲を原則とする公明党の賛同を求める狙いがある。②は、第9条とは別条を新設することで、第9条は変えないと他党や国民にアピールする思惑による。③は、従来の政府の自衛隊は戦力ではないとの位置づけを維持し、自衛隊の現在の権限や任務が拡大するとの懸念を防ぐ意図がある。④は、憲法に自衛隊をそのまま位置づけると、自衛隊が内閣から独立した存在とみなされる懸念があるので、内閣に属することを明確にする。主旨と見られた。
 執行部は、こうした特徴を持つ(3)で意見集約し、細田博之本部長に今後の対応の一任を取り付ける予定だった。しかし、石破茂元幹事長らを中心に2項削除を強く主張する意見があり、結論を先送りしたと報じられた。
 石破氏は「必要最小限度だから(自衛隊は)戦力でない、戦力でないから軍隊ではない、という論理が分かる人はほとんどいない」と執行部案を強く批判した。「必要最小限度」という表現に関し、松川るい参院議員(元外交官)は「絶対にやめてほしい。何ができる、できないと(解釈論争が)続く」と指摘した。宇都隆史参院議員(元航空自衛官)は「これは政治用語。誰がどのタイミングでどういう根拠で限度を判断できるというのか」と疑問を呈した、と伝えられた。
 3月22日推進本部は、再度全体会合を開いて改正案を議論し、改憲4項目についての意見集約を終了した。第9条の改正案について、執行部が戦力不保持を定めた9条2項を維持し、自衛隊を明記する案でまとめることになった。細田本部長が各党との協議で「9条2項を削除し、新しい規定を設ける有力な意見があることは付記したい」と、石破氏らに配慮する考えを示し、一任を取り付けた。
 その後、25日に行われた自民党の党大会で4項目の憲法改正案が発表された。9条については、現行9条はそのままで、9条の2を新設する案である。現行及び新設の条文を合わせると、次のようになる。

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第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 度重なる党内論議を経て、自民党は、30年3月下旬に、先の私の分類によれば、Aの「自衛隊は合憲である」の立場に立ち、A2の「憲法上の根拠が弱いので、改正して根拠を明確にする」、また(1)の「最小限度の実力組織で良い」という考えに基づいて、ウの「1項、2項はそのままで、9条の二に自衛隊を明記する」という改正案を提示したのである。

 次回に続く。

改憲論21~第9条と自衛隊に関する意見の整理

2018-06-08 09:25:15 | 憲法
7.第9条と自衛隊に関する意見の整理

 憲法第9条に関して、自衛隊は合憲か違憲か、改正に賛成か反対かをめぐって、いろいろな意見がある。私は、平成30年3月7日の時点でそれらを次のように整理してみた。

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<A 自衛隊は合憲である>

A1 9条改正の必要はない、今のままの最小限度の実力組織で良い〔公明党の現在の考え〕

A2 憲法上の根拠が弱いので、改正して根拠を明確にする
(1)最小限度の実力組織で良い
ア 1項、2項はそのままで3項に自衛隊を明記する〔安倍首相案〕
イ 1項、2項はそのままで3項に自衛権を明記する〔青山繁晴氏らの案〕
ウ 1項、2項はそのままで、9条の二に自衛隊を明記する〔西修氏の案〕
(2)戦力または軍隊とする
ア 1項、2項はそのままで3項に自衛隊(軍隊)を明記する〔篠田英朗氏の案〕
イ 1項はそのまま、2項を削除して改正する
ウ 1項を改正して放棄したのは侵攻戦争のみとし、2項を削除して改正する〔石破茂氏の案、名称は自衛隊〕
エ イのうえで9条の二等を加える〔自民党H24年草案、名称は国防軍。細川の案、名称は国軍、国防の義務を規定〕

<B 自衛隊は違憲である>

B1 解散しなければならない。非武装中立とする。〔旧社会党左派等の案〕

B2 改憲して、合憲にしなければならない
(1)最小限度の実力組織で良い
ア 1項はそのまま、2項を削除して改正し、自衛隊を明記する
イ 1項を改正して放棄したのは侵攻戦争のみとし、2項を削除して改正し、自衛隊を明記する
(2)戦力または軍隊とする
ア 1項はそのまま、2項を削除して改正する
イ 1項を改正して放棄したのは侵攻戦争のみとし、2項を削除して改正する〔高乗正臣氏の案、名称は国軍〕
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 論理的にはさらにバリエーションがあり得るが、実際にある主な意見として、このように整理してみた。
 当時(30年3月7日現在)、自民党内で議論されていたのは、A2の(1)ア、イ、(2)ウの3つの案を中心とするものだった。B2の(2)イは、左翼ではなく、保守派の憲法学者の案である点が注目される。
 自衛隊を合憲とするか違憲とするかは、第9条をどう解釈するかによって分かれる。また、1項をすべての戦争を放棄したものと取るか、侵攻戦争のみを放棄したものと取るかによって、1項の改正の要否が分かれる。
 こうした状況で9条改正を目指すには、まず改正派の中で多数意見を形成しなければならない。そのために民主的な議論を積み重ねる努力が必要である。

 次回に続く。

改憲論20~自民党の9条改正論議

2018-06-06 12:53:52 | 憲法
(3)自民党の9条改正論議
 
 自民党では、平成29年5月以来、安倍首相兼総裁の提案を受けて、積極的に憲法改正への取り組みが行われている。
 29年12月、自民党憲法改正推進本部は、改憲4項目に関する「論点とりまとめ」を発表した。4項目とは、(1)自衛隊の明記、(2)緊急事態条項の新設、(3)参議院の合区解消と広域地方公共団体の明記、(4)教育の充実である。うち自衛隊については、9条1項・2項を維持し、3項に自衛隊を明記する案と、9条2項を削除し、自衛隊の目的・性格をより明確化する案の両論が併記された。
 安倍首相は平成30年1月からの通常国会で、2項維持がふさわしいとの考えを積極的に語るようになった。1月30日の衆院予算委では、「2項を変えれば、書き込み方でフルスペック(際限ない形)での集団的自衛権が可能になる」と2項を変えることに否定的な見方を強調した。また「私の提案では2項の制限がかかる」と語り、2項維持なら集団的自衛権は現行と同じ一部容認にとどまると訴えた。
 2月7日に自民党憲法改正推進本部の全体会合が行われ、憲法9条改正をめぐる議論が本格的に開始された。推進本部幹部は、安倍氏の提案を党の改憲案としたい考えだったが、会合では2項削除にこだわる石破茂元幹事長らが激しく反発した。
 石破氏は当時ブログにて、9条改正の議論の前提とすべきは自民党の平成24年草案だとしつつ、下記の私案を提示した。1項を書き直し、現行の2項を削除し、新たな2項に24年草案とは違って国防軍ではなく自衛隊を定めるものである。同案の9条の二を書き直して2項に入れ、9条の三をなくしたものとなっている。

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第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、侵略の手段としての武力による威嚇及び武力の行使を永久にこれを放棄することを、厳粛に宣言する。
2 我が国の独立と平和及び国民の安全と自由並びに国際社会の平和と安定を確保するため、陸海空自衛隊を保持する。
二 自衛隊は法律の定めるところにより、その予算、編制、行動等において国会の統制に服する。
三 自衛隊の最高指揮官は、内閣総理大臣とする。
四 自衛隊に属する自衛官その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国家機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、最高裁判所を終審とする審判所を置く。
http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/…/doc07293820180226…
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 自民党憲法改正推進本部の議論において、石破氏らは、2項が維持されたまま自衛隊を併記するのは「戦力不保持」との整合性が取れないと主張した。自衛隊を「戦力」と認めないことにより、自衛隊員が軍法会議など国際法上認められている権益を享受できない危惧があるとも指摘した。石破氏の主張は、目指すべき9条の方向を示す者である。石破氏は、各種世論調査で安倍首相の次の首相として最も期待が多くある待っている。だが、石破氏の支持者が石破氏の9条改正案を持って支持しているのでは、必ずしもない。私は、氏の防衛に関する見識は評価するが、氏が靖国神社に参拝せず、慰安婦問題では謝罪を続けることを主張することなどから、日本の首相にはふさわしくないと考えている。
 私は、独立主権国家であれば当然のこととして、国防の義務を定めたうえで国軍の保持を規定すべきという意見である。日本人が自分の国は自分で守るという意志を持ち、国家の独立と主権、国民の生命と財産を守ることを互いに国民の義務として担うという決意を持つことから、国家を立て直さないと、いずれ日本は衰滅する。国家と国民のあり方について、そういうところから国民的な議論を起こさなければいけない。そこで、自民党の24年草案より、さらに徹底した内容の改正案をマイサイトに掲載している。それゆえ、現在の改正議論は、国家としてあるべき姿にはかなり隔たりのある議論だと見ている。
 しかし、日本の国民と国会の現状から見て、まず現実的に可能な改正を行い、それを第一歩として段階的に改善していく方法も検討せざるを得ない。その際、厳しさを増す一方の国際情勢を十分意識しなければならない。そうした観点に立って、私は、自民党内の議論に注目してきた。

 次回に続く。

改憲論19~安倍首相の提案と世論調査

2018-06-04 08:54:30 | 憲法
6.憲法改正論議の現状

(1)安倍首相の提案

 第2次安倍政権において、安倍首相は自民党の「立党の精神」を踏まえ、憲法改正に意欲を見せた。だが、国会では憲法改正の議論がほとんど進まなかった。公明党は、加憲の立場を取って本格的な自主憲法の制定には消極的であり、連立与党の中で話が進まない。一方、野党の多くは憲法改正に反対し、憲法改正議論に積極的に応じようとしない。
 そうした状況が4年数か月続いているところで、平成29年(2017年)5月3日、安倍首相が自民党総裁の立場で、2020年に新憲法施行というスケジュール案を示し、憲法改正論議を活発化することを求めた。また、9条の1項、2項を維持し、3項に自衛隊を明記する案を提示した。以後、憲法改正に関する議論が活発化し、早期に改正を実現しようとする勢力と、改正に絶対反対するという勢力が対立している。
 安倍首相の提案は、それまで自民党が作り上げた憲法改正案とは大きく異なる案である。平成24年版の自民党憲法改正原案は、9条を本格的に改正するものだった。9条1項の言葉を整え、2項は削除して、「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」という条文を入れる。9条の二を設けて、自衛隊ではなく「国防軍」について規定し、最高指揮官、任務、組織、軍人等の裁判等について定める。9条の三を設けて領土の保全等についても定めるものだった。
 だが、安倍首相は、9条の大幅な改正は連立与党の公明党の理解を得られにくく、発議後の国民投票で過半数の賛成を得られるかどうかも難しいと考え、現実的に改正が可能な案として先の案を提出したのだろう。 
 安倍氏の案は、24年版の条文案を止めて、9条の1項、2項を維持し、3項に自衛隊を明記するというシンプルなもので、条文案は示されていない。また、9条の二、三を設ける考えは見られない。自衛隊の明記に目的をしぼっている。
 安倍首相は「自衛隊員に『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあれば命を張ってくれ』というのはあまりにも無責任だ。そうした議論が行われる余地をなくしていくことが私たちの世代の責任だ」と述べている。最低、自衛隊の憲法明記だけは実現したいという考えと見られる。
 この提案に対し、自衛隊は国民の大多数が認めており、今更憲法に書き込む必要はないという反対意見がある。しかし、国民が自衛隊を認めているということと、自衛隊が合憲かどうかは別の事柄である。裁判所の判断は曖昧であり、高裁判決を含め多くは「統治行為論」を採用し、正面からの判断を避けている。統治行為論とは、国家の基本にかかわる高度に政治的な問題については、国会や内閣の判断に委ねるという理論である。下級審判決の中には、長沼事件1審判決のように自衛隊を違憲としたものもある。それゆえ、安倍首相の提案には、最終的な憲法判断を行う最高裁が合憲判断を下せるよう、自衛隊を憲法に明記し、その法的地位を確立するという狙いがあると見られる。

(2)世論調査
 
 安倍首相の提案の約半年後、平成29年12月に行われた産経新聞・FNN合同世論調査は、改憲に向けた議論について国民に問うた。この問いに対して議論を「活発化させるべきだ」と答えた人は、自民党支持層で80.9%、日本維新の会では83.3%に上った。公明党も63.4%に達した。一方、希望の党、立憲民主党、共産党の3党の支持層は「活発化させるべきでない」が多数となった。
 安倍首相が重点を置く自衛隊の明記について、平成30年2月10、11両日に共同通信社が実施した全国電話世論調査は、次のような結果だった。安倍氏の提案を受けた「2項を維持し自衛隊の存在を明記すべき」との回答は38.3%、「2項を削除した上で自衛隊の目的・性格を明確化すべき」との回答は26.0%、「自衛隊明記の改憲は必要ない」とした人は24.9%だった。
 同じ日に行われた産経新聞社・FNNの合同世論調査では、「2項を維持して自衛隊の存在を明記」の案を支持したのが27・5%、「2項を削除して自衛隊の役割や目的などを明記」の案を支持したのが28・8%だった。「9条を変える必要はない」との回答は40・6%だった。
 後者の世論調査において、自民党支持層では2項維持論が36.9%、2項削除論は38.7%だった。公明党支持層は40.6%が9条改正は不要と答え、改正そのものへの慎重論も強いことがうかがわれた。
 また、2月24~25日に行われたテレビ朝日系のANNによる世論調査では、憲法改正の国民投票の実施に賛成の回答が56%。反対の31%を大きく上回り、過半数と言う結果だった。9条については、「変えずにその理念を守る」が22%、「変えずに解釈で可能な範囲の対応をすることで良い」が21%。これら改正反対を合わせると43%。一方、「9条は維持したうえで、自衛隊を作ることを定めた方が良い」が31%、「戦力を持たないと定めた第2項を削り、自衛隊を軍隊として定めた方が良い」が14%。これら改正賛成を合わせると45%。9条の改正に賛成が45%、反対が43%で、賛成が若干上回った。
 仮にこのANNの世論調査の結果のみを参考にした場合、まず改正賛成の人々の大多数が国民投票で賛成を投じ、棄権しないような改正案をつくること。次に、その案が「変えずに解釈で可能な範囲の対応をすることで良い」の21%の部分から、その3分の1以上を改正賛成に変え得る案であること。これら2点に、国民投票による改正の可否がかかっていると考えられた。

 次回に続く。

改憲論18~安保法制下で自衛隊は尖閣を守れるか

2018-06-02 08:56:46 | 憲法
(2)安保法制下で自衛隊は尖閣を守れるか

 次に、憲法第9条及び自衛隊との関係で検討を行いたいのは、① の <2-1> のグレーゾーン事態への対処である。
 グレーゾーン事態は、有事でも平時でもない中間的事態であり、武力攻撃を受けるまでには至っていないが、国家の主権が侵害されている事態である。
 具体的には、

・漁民を装った武装集団が離島へ上陸した場合
・領海に侵入した外国の潜水艦が退去要請に応じず航行を続ける場合
・公海上で民間船が襲撃された場合

等である。
 こうしたグレーゾーン事態は、警察・海上保安庁が警察行動を行う平時ではないが、自衛隊が防衛出動する有事でもない。
 安保法制で改善されたのは、そうした事態において緊急な判断ができるように、速やかな臨時閣議開催が困難なときは、首相の主宰により、電話等により各閣僚の了解を得て閣議決定することができるということだけである。これのみで、自衛隊に尖閣諸島を守ることを求めるのは、無理がある。電話等による閣議決定が可能になったことで、首相が自衛隊に発令するプロセスは、多少速くなるだろう。だが、それは海上警備行動や治安出動の発令を迅速にするだけの改善である。
 尖閣諸島に「漁民と思しき外国人」が上陸したら、警察権を以て対応するため、沖縄県警と海上保安庁がこれに向かう。もし彼らが漁民を装った集団で軍人や軍人経験者を含み、機関銃などで重武装していた場合、警察組織ではそのレベルの武装集団を排除するための訓練もされておらず、必要な装備も備わっていない。銃撃戦になれば、多数の犠牲が出ることになるだろう。
 相手は一種のゲリラ部隊であり、軍隊ではないから、自衛隊に防衛出動は発令されない。海上警備行動か治安出動ということになる。ここで重要なのは、新しい安保法制のもとでも、自衛隊が海上警備行動や治安出動で行動する場合には、警察権の行使の範囲で行動しなければならないという従来の規定は変わっていないことである。自衛隊は憲法上、軍隊または戦力と位置づけられていないので、海上警備行動や治安出動においては、警察組織としてしか行動できない。海上警備行動は、海保だけでは対処できない時に応援するものである。だが、自衛隊は警察組織として行動するから、相手が発砲しなければ反撃できない。治安出動は、警察権では治安維持ができない時に行うものだが、やはり自衛隊は警察並みの行動しかできない。相手が発砲しなければ撃てないし、死傷者が出れば過剰防衛の罪に問われる可能性もある。
 自衛隊が海上警備行動または治安出動によって尖閣に向かった場合、警察組織の活動として、武器使用には「警察比例の原則」が適応される。
 警察比例の原則とは、自己や他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要な場合に、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をいう。警察官には、警察官職務執行法第7条が適用され、この原則にのっとって武器使用を行わなければならない。目的達成のためにいくつかの手段が考えられる場合にも、目的達成の障害の程度と比例する限度においてのみ行使することが妥当であるとされる。複数の手段がある場合は、対象(国民)にとって最も穏和で、侵害的でない手段を選択しなければならない、と解釈されている。相手がピストルならこちらもピストル、ライフルならこちらもライフルというような武器の使い方をしなければならないということである。
 自衛隊の海上警備行動・治安出動の時は、自衛官にも警察比例の原則が適用され、警察官職務執行法第7条が準用される。同法同条では、相手に危害を与えるような武器の使用は、正当防衛又は緊急避難の要件に該当する場合、凶悪犯罪の犯人が職務執行に抵抗するときなどの場合を除いて認められていない。
 尖閣諸島に上陸した相手が、漁民を装った軍人を含む集団だったら、自衛官にも警察官と同様に相当の犠牲が出るだろう。警察比例の原則で縛られていては、いかに自衛隊の士気、能力、練度が高くとも、その実力を発揮することはできない。
 一般に軍隊の場合は、任務達成のために「兵力の集中使用」を鉄則とする。相手を上回る威力の武器で、一気に制圧するのが基本的な考え方である。兵力の逐次投入は、下策である。犠牲者を増やし、戦闘の目的は達せられないことになりやすいからである。
 仮に武装漁民と自衛隊の間の銃撃戦で、中国人の死傷者が出た場合、中国は自国民の保護を理由に人民解放軍を派遣するだろう。これに対し、わが国が自衛隊を防衛出動させても、無条件に個別的自衛権の発動として武力行使がされるのではない。武力行使は、「我が国に対する武力攻撃が発生」し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」と判断された存立危機事態に限る。仮に中国軍が尖閣諸島に侵攻しても、それが我が国の存立が脅かされるほどではなく、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるほどに明白な危険ではないと判断されたならば、自衛権は発動されない。また、わが国にとって「明白な危険」があるとともに、「他に適当な手段がない」こと、「必要最小限度」の範囲であることという武力行使の三要件を満たすと判断されなければ、武力の行使はできない。
 存立危機事態と武力行使の三要件は、厳しく定義されているので、わが国が尖閣諸島を守るために適切な対応ができるのかどうか、私はかなり疑問を感じている。自縄自縛の制約によって、わが国は多大な損害を出しなからも、尖閣諸島を占領されてしまう恐れが強い。
 一度占領された領土を奪還するのは、容易でない。中国軍は多数の軍艦を周辺の海域に展開して制海権を握っているだろうし、また多数の戦闘機を周辺の空域に展開して制空権も握っているだろう。そういうところへ出動していく自衛隊は、極めて不利な条件下で戦わざるを得ない。多数の犠牲者と莫大な損害が出ることが予想される。
 では、こういう事態を招かないようにするには、どうすればよいか。自衛隊には、警察比例の原則を前提とする警察官職務執行法第7条の規制を外し、海上警備行動や治安出動においても、軍事組織として武器を使用できるようにすればよい。相手が進行する前に、尖閣諸島周辺に常時、海上警備行動を行っているようにすればよい。また自衛隊の行動規範を、一般の国の軍隊と同様にネガティブリストにすればよい。これらを実施することによって、外国が我が国に侵攻することを防ぐ抑止力が高まる。その結果、侵攻を未然に防ぐことができる。最も損害が少なくして、領土と平和をまもることができる。
 私は、自衛隊を軍隊でも戦力ではない「必要最小限度の実力組織」とする従来の政府の位置づけでは、尖閣諸島を守ることのできる抑止力を十分発揮できるとは思えない。軍隊であれば、領海侵犯した外国公船には退去を求めて警告し、従わなければ警告射撃を行い、それでも従わなければ撃沈することができる。だが、現在の警察組織としての自衛隊では、警告射撃や撃沈ができない。これでは、抑止力にならない。外国による侵攻を未然に防ぐ戦争抑止力を高めるには、自衛隊を軍隊とする憲法改正が必要である。またその改正においては、防衛出動をした場合に、軍事行動が適切であったか否かを裁定するための軍法会議や、一般の裁判所とは別の軍事裁判所を設ける規定等が必要である。
 憲法を改正し、自衛のための軍隊を持ち、周辺国からの侵攻を未然に防ぐ戦争抑止力を高めることが、日中戦争を避ける唯一の道となる、と私は考える。
 なお、現状では、日米安保第5条が中国の尖閣諸島侵攻の最大の抑止力になっている。日本が平成27年に安保法制を成立させ、集団的自衛権を限定的に行使することができるようになったことで、米国は尖閣諸島が日米安保第5条の適用範囲であることを明確にしている。ただし、尖閣諸島を巡って日中戦争になった場合、米国が必ず日本とともに戦ってくれるかどうかの絶対的な保証はない。米国の政権が中国との戦争は米国の国益にならないと判断したら関与しない可能性がある。また、参戦して米国兵士に犠牲者が出れば、米国の世論が日本のための戦争に反対多数となり、それが政権の判断に影響を与える可能性もある。日本の領土・主権を守るのは、あくまで日本人であって、自力で自国を守る体制を整えたうえで、更に安全を期するために外国と安全保障条約を結ぶということでなければならない。最後は外国頼みということでは、領土・主権を守り抜くことはできない。

 次回に続く。

改憲論17~安保法制で何が改善されたか

2018-05-31 13:26:47 | 憲法
5.安全保障関連法制による改善

(1)安保法制で何が改善されたか

 安全保障関連法制は、国会での激しい論議の末、平成27年(2015年)9月30日に成立した。平和安全法制とも呼ばれる。安全保障関連法制は、平和安全法制整備法と国際平和支援法の総称である。以下、安保法制と略称する。
 安保法制は、安全保障に関する10の既存法を改正し、1の新法を制定したものである。以前の既存法は、つぎはぎのため切れ目があり、一貫性・整合性がなかった。そこで既存法を一括して改正する平和安全法制整備法案を提示した。また、それまで国際平和活動は特措法で対処してきたのを改め、恒久法とする国際平和支援法案も同時に提示した。これらを合わせた安保法制が、国会で賛成多数で成立した。
 こうしてできた安保法制の内容は、日本の平和と安全に関するものと、世界の平和と安全に関するものに分けられる。主な事柄を挙げる。

①日本の平和と安全に関するもの。

<1> 有事への対処
 自衛権を行使するのは、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態に限るとした。これを「存立危機事態」と呼ぶ。
 わが国への武力攻撃には従来通り、個別的自衛権を行使するが、新たに、日本が中国等に侵攻された時や朝鮮半島等で戦争が起こった時を想定し、集団的自衛権を限定的に行使できるようにした。それによって、戦争抑止力を高めることを狙っている。
 集団的自衛権の限定的行使として武力を行使するのは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生した場合で、わが国にとって「明白な危険」があるとともに、「他に適当な手段がない」こと、「必要最小限度」の範囲であることという三つの要件を満たす必要があるとした。それゆえ、この場合の武力行使は厳しく限定されている。

<2> 有事でも平時でもない中間的事態への対処
 警察・海上保安庁が警察行動を行う平時でも、自衛隊が防衛出動する有事でもない中間的な事態に対処できるようにした。

<2-1> グレーゾーン事態への対処
 武力攻撃を受けるまでには至っていないが、国家の主権が侵害されている事態をグレーゾーン事態と呼ぶ。漁民を装った武装集団が離島へ上陸した場合などがこれにあたる。こうした事態では緊急な判断が必要であるとして、速やかな臨時閣議開催が困難なときは、首相の主宰により、電話等により各閣僚の了解を得て閣議決定することとした。

<2-2> 重要影響事態への対処
 日本有事や周辺有事ほど深刻ではないが、放置すれば日本の平和と安全に重要な影響を与える事態を、「重要影響事態」と呼ぶ。従来の「周辺事態」を「重要影響事態」に改め、「日本周辺」の概念を外した。自衛隊が地理的な制約なしに活動でき、また米軍以外の国々の軍隊をも後方支援できるようにした。

<3> 平時の活動
 海外でテロに襲われた日本人を自衛隊が救出に行けるようにした。当該国の同意があれば、その国の警察・軍隊とともに救出活動を行う。

②世界の平和と安全に関するもの。

<1> 国際平和共同対処事態
 国際社会の平和と安全を脅かし、日本が協力する必要がある事態を「国際平和共同対処事態」と呼ぶ。国際平和共同対処事態では、「国際平和支援」の活動のため、自衛隊が多国籍軍などを後方支援することができるようにした。自衛隊の派遣は、国連総会か国連安全保障理事会の決議を要件とした。

<2> 駆けつけ警護
 日本人NPO職員・他国軍等に対する「駆けつけ警護」ができるようにした。従来、武器使用は正当防衛・緊急避難による自己保存目的に限っていたが、任務遂行目的の使用を可能にした。

<3> 人道復興支援
 人道復興支援は、国連決議がない場合でも、EU等の国際機関の要請があれば、自衛隊を派遣するとした。

 以上が安保法制の主な内容である。

 次回に続く。

改憲16~自民党の平成24年改正原案

2018-05-29 09:32:01 | 憲法
4.自民党の過去の改正案とほそかわ私案(続き)

 私が上記の憲法改正私案を出した6年後、自民党は平成17年版を改訂した案を発表した。これが平成24年版の憲法改正原案である。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●自民党平成24年版憲法改正原案
 
第2章 安全保障

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

(領土等の保全等)
第9条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 上記の24年版では平成17年版にはなかった自衛権が明記された。また自衛軍が国防軍に変わった。軍務及び機密に関する裁判のために審判所を置くことが新たに盛られた。17年版の9条の二、三を一つにまとめた。そのうえで9条の三に領土等の保全等を定めたものとなっている。優れた案だと思う。ただし、私案の方が安全保障条項としての要素を網羅しており、より徹底した部分があると自分では思っている。
 自民党は平成24年の時点でこのようによく練り上げた案を作り上げていた。当時、自民党は、野党だったが、その年12月、安倍晋三総裁のもと衆議院総選挙で勝利し、政権に返り咲いた。ここに第2次安倍内閣が成立した。
 安倍首相は、自分の内閣において、自民党の立党以来の課題である憲法改正を実現することを最大の使命とし、改正への取り組みを行ってきている。
 だが、第2次安倍政権でも、憲法改正は容易に進んでいない。その間、中国・北朝鮮による我が国への軍事的脅威は増大する一方であり、安倍政権は現行憲法のもとでも可能な範囲で安全保障を強化する必要に迫られた。そこで行ったのが、安全保障法案の提出である。

 次回に続く。