ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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農林中金巨額損失のおろかさ解説

2024年06月20日 | ニュース・コメント

 農林中金が恐ろしいほどの巨額損失を出すようです。KHAMさんのコメントに対する返答では、「損失の内容がわからないので、本文での詳しい解説は避けます」としましたが、他の方からも質問をいただいたため、損失内容の分かる範囲で本文にて解説することにしました。

 農中が出す損失は、愚か者にも程がある巨額損失です。ニュースをご存じない方のために、その内容を6月19日のNHKニュースからサマリー引用します。

引用

タイトル;農林中金 来年3月期の最終赤字 1兆5000億円規模に拡大の可能性

農林中央金庫は、外国債券の運用の失敗で巨額の損失の計上を迫られる見通しで、来年3月期の最終赤字が1兆5000億円規模に拡大する可能性があると明らかにしました。リーマンショックの影響で2009年3月期に計上した最終赤字5,700億円を大幅に上回る見通しです。

運用する金融商品の入れ替えを検討した結果、金利が高止まりしている外国債券の含み損を実際の損失として確定させることを決め、今年度中に合わせて10兆円規模の外国債券を売却する方針です。

これに伴い、来年3月期の最終赤字は当初見込んでいた5000億円から1兆5000億円規模に拡大する可能性があるとしています。

引用終わり

 全国の農協のオカネを預かり運用している主体が、あまりにお粗末な債券運用を繰り返しています。これに関して林官房長官は記者会見で「農林中央金庫は、令和5年度の決算で十分な自己資本があり、財務の健全性は確保されている」とわざわざ述べるほど、実は深刻な問題なのです。

 

  私は超安全な米国債投資を著書やブログでみなさんにお勧めしています。いままで米国債投資で損失を出した方からクレームをいただいたことは皆無で、むしろ感謝の言葉は数知れず程いただいています。

  なのにどうして農中は同じ米国債をメインとした債券投資で巨額損失を出してしまったのか。理由をなるべく簡単に解説します。

 先日生保の外債投資による巨額損失で解説したのと同じで、理由は為替ヘッジをするのと、償還まで持ち切り投資を前提としていないからです。

 米国債投資で私が主張しているとおりドル建てのまま持ち切り投資をしていれば損失のしようがありません。なにしろこのドル高なんですから。ところが日本の機関投資家は生保・農中・銀行・債券投信を含め、愚かにもドルが安くなるリスクをヘッジするため、コストのかかる為替ヘッジをしているのです。

 ヘッジする投資方法を簡単に解説します。例えば数年前に10年物ドル金利が3%で、日本の金利が0.5%だった時に、その差2.5%を得ようとしてコストを払って実質円建ての投資にしてしまうのです。

 ヘッジコストが例えばわずか1%で1.5%は必ずもうかるとすると、どの機関投資家も目一杯米国債投資をするはずです。なぜなら日本の金利でそんなおいしい金利をリスクなくもらえることはないからです。しかし、単純にそうならないのはヘッジのニーズが大きくなるとヘッジのコストが上昇し、ヘッジコストは理論値の儲けゼロになってしまうからです。

 ドルの為替差益をなくして投資を続けた結果、米国金利上昇による債券価格低下分だけとなり大損してしまうのです。

 しかしこの価格評価損もまた愚かな話です。そもそも米国債を発行時に近い時100で買ったとします。その時の金利は10年物が3%だとしましょう。償還時まで持ち切れが、元本は100で返還されますので、損得ほぼなし。金利の3%は10年分30%がそのまま利益になります。もし複利運用のゼロクーポン債であれば、償還額は135になるので、利益は35%です。

 農中がみなさんの投資同様、為替のヘッジなどせずドル建てのまま置いておいたらどうなるか。10年前のドル円は105円程度ですから、約5割にもなる為替差益も手に入ります。

 100の投資が金利だけで135になり、さらに為替差益も掛け合わせると、

 135 X 1.5 = 201

 

 つまりただただ買ってそのまま置いておいただけで2倍になったということです。これは実際に米国債を10年前に買った方なら、だれもが実現できているはずです。

 債券投資という単純極まりないものを、ひたすら複雑怪奇にして大損をする大バカ者、それが農林中金であり同じ穴のムジナ生保の債券運用なのです。

 

 実はこれと同じことは債券の投資信託にも言えます。米国債投信はいくらでもあります。しかし米国債投信で価格が2倍にもなったという話を私は聞きません。投信は毎日時価評価をしなければなりません。なぜなら時価を表示しないと投資家を呼び込めないからです。そして金利上昇時には持ち分の評価損が出て、運用成績が悪化します。すると解約が多く出てますます投信価格を下げてしまうという悪循環に陥ります。なので米国債投信は「絶対に買ってはいけない」と口をすっぱくして私は言い続けるのです。

 

 農中や生保などの機関投資家は単純に米国債投資だけをするのでなく、それこそ青学の原晋監督のようにキワモノ劣後債などにも手を出し、さらにCLOのような仕組債にも手を出しているため、より大きな損失を出しています。

 CLOとは、Collateralized Loan Obligationの略称でローン担保証券などと訳されます。例えばアメリカの金融機関がアメリカの事業会社などに対して貸し出しているローンを証券化したもので、ローンの元利金を担保にして発行される債券のことですが、これもまた米国債ほどの流動性はないし、価格は金利により毎日変動を繰り返します。

 

 いま一度機関投資家の諸君に言います。

「米国債投資をする前に、林敬一の本を読め!」

 

注;上記の解説では、「金利上昇に伴う債券価格の低下」の計算には深く触れていません。生保や農中は10年を超え例えば20年、30年というような超長期債に投資します。すると過去に買った時の金利より現時点での金利はたぶん相当高いはずで、債券の時価は20%~30%程度安くなっている可能性すらあります。それが巨額損失の理由です。持ち切れば損失はほぼないのですが、彼らは決算のため時価評価をしなければなりません。そのため年度末に1.5兆円も損失をだすことになるのです。

 以上、「農林中金巨額損失のおろかさ解説」でした。

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20 コメント

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不思議! (HIRO 63)
2024-06-20 16:19:41
農林中金は、どうして売却して損を確定するのか不思議です。低金利時で買い・なおかつヘッジをしている二重のミスでは、、、、満期まで保有すれば何も問題ないはずです、次の投資先も危なっかしいです。
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Unknown (KHAM)
2024-06-20 20:16:05
林先生

こんばんは。
詳しい説明をいただき、ありがとうございました。
為替ヘッジなど知らないシロウト投資家で良かった
です(笑)
返信する
為替ヘッジについて (機関投資家の端くれ)
2024-06-20 20:44:55
林先生
 久々に投稿させていただきます。「理由は為替ヘッジをするのと、償還まで持ち切り投資を前提としていないからです。」はまさにその通りです。最大の機関投資家のGPIFが近年高収益を上げているのは、株式の比率が高いこともありますが、為替ヘッジしていないこともあるようです。なお、「米国債投信(すべての投資信託でもありますが)は「絶対に買ってはいけない」も正論だと思いますが、法律の制約で自家運用できない機関投資家はやむを得ないと思います(農中がそうなのかは不明ですが)。
返信する
Unknown (米国債年金生活目指して)
2024-06-21 10:48:59
林先生殿
詳しいご説明ありがとうございます。
素人なりに、為替ヘッジとは以下の理解したのですが、良いでしょうか。
仮に、
為替は1ドル150円、
金利は
ドル30年金利4%、
ドル6か月金利3%、
円30年金利1%円
円6か月金利0.5%、

銀行から150万円を30年で借りてドルに替えて、ドル国債30年物を1万ドル買う。これで、毎年ドル4%と円1%の差3%が利益となる。この反対に、ヘッジとして、銀行から1万ドルを6か月で借りて、円に替えて預金する。ヘッジの部分は、6か月ごとに借り換える。ヘッジのコストは、ドル3%と円0.5%の差で年2.5%。従い、3%利益と2.5%ヘッジコストの差が、最終的な利益。
しかし、ドルの短期金利がインフレで上昇してヘッジコストが大きくなり赤字となった。
返信する
HIRO63さんへ (林 敬一)
2024-06-22 12:08:16
>農林中金は、どうして売却して損を確定するのか不思議です。

私も理解できません。多分、今処理をした場合、最大の損失になりそうだということで警告を鳴らし、資本金を大幅増加する理由付けにするためでしょう。

>低金利時で買い・なおかつヘッジをしている二重のミスでは、、、、

そうですね、私も同じ指摘をしています。
返信する
機関投資家の端くれさんへ (林 敬一)
2024-06-22 12:10:10
>「米国債投信(すべての投資信託でもありますが)は「絶対に買ってはいけない」も正論だと思いますが、法律の制約で自家運用できない機関投資家はやむを得ないと思います

法律で自家運用できない機関投資家がいるのですか。私は投資銀行でセールス部門にいたことがないので、個々の投資家の制約については知りませんでした。お気の毒にね。
返信する
米国債年金生活目指してさんへ (林 敬一)
2024-06-22 12:14:44
説明いただいたヘッジもありえないことではありませんが、それは為替のヘッジに長短金利のミスマッチまでを組み込んでしまうため、複雑すぎるヘッジになり合理性に欠けると思います。

もっと単純にドル建て米国債を1万ドル買ったと同時に、1万ドルの空売りをすれば、元本ヘッジになります。途中の利払いも同じです。

しかし、実際のヘッジオペレーションは、こうした単純なカラ売りヘッジではなく、スワップという手段を使います。スワップを説明するには1冊の本を書くくらいの説明が必要になるため、省略しています。

にもかかわらず簡単に説明しますと、元本償還時に同額のドルを円に転換する為替予約をする。途中の利払い分も同じように予約をして、すべて円になるようにしておく。それを当初からスワップ取引として金融機関と一括契約します。なので、そのコストはかなり高くなります。

つまり債券投資に関わるキャッシュフローを投資時点から償還時点まで円にする契約をどこかの金融機関と結ぶのです。
返信する
Unknown (林 敬一)
2024-06-22 13:07:44
> 林 敬一 さんへ
> 米国債年金生活目指してさんへ... への返信

林先生殿
素人質問にお答えいただきありがとうございます。
ドル空売りもスワップも経験無く、引き続き勉強させて頂きます。素人質問にお答えいただきありがとうございます。

ご説明頂いた空売りとスワップ(為替予約に近い)を行った際のコストを考えると、ドル空売りは、同額のドルを借りるコストがかかる。為替予約も同様。従い、コストはドル借入金利になる。通常米国債からの金利収入より、銀行からのドル借入金利の方が高くなるのでヘッジは成りたたない。成り立つのは対象債券が日系企業の米国社債などで金利収益が高いか、投資主体が銀行預金など担保も差し出して、借入金利が安いのどちらかになるのではと考えました。
返信する
Unknown (tatsunorinnsaku)
2024-06-22 23:20:47
ストレスフリーの資産運用は刺さりました。
株買って、損したら本当にストレス。
そこで、安定的な社債を購入したら楽な気分になり、ストレスフリーの資産運用の著書にたどり着きました。
傷付いてはいますが、まだまだ歩ける状態です。
ブログ読ませていただきます。
返信する
Unknown (米国債年金生活目指して)
2024-06-23 21:30:46
林先生殿

勉強のため農林中金の決算説明資料2023年度見てみました。
https://www.nochubank.or.jp/ir/pdf/cap_results35_04_02.pdf
スライド9ページに外貨調達費用増とあり、スワップコスト上昇グラフがありました。
素人では読み解けませんが、外貨調達でヘッジしていた様にも見えます。
大熊
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