今を去ること3週間ほど前に「その1」を書きましたが、今回はその続きで2回目です。何人かの方からコメント欄でも解説を依頼されていました。
1回目の後は定年退職さんの「はじめての資産運用」のお話になり、そのまま3週間が過ぎてしまいました。この議論には多くのコメントをいただき、きっとみなさんのお役に立った重要な議論だったと思います。
では本題です。日本の行く末ばかりでなく、みなさんの保有資産の将来の価値を減少させようという、捨ててはおけない重要なお話ですので、みなさんもしっかりと今後の議論の行方を見極める必要があります。
1回目の記事を要約します。
日経新聞が日曜版にフルページで、クリストファー・シムズ教授の財政理論(FTPL)をインタビュー形式で解説しました。ノーベル賞を受賞したプリンストン大学教授の理論が、日本経済一発逆転の切り札になりそうだと、内閣顧問の浜田宏一氏などが評価しています。
まず手順について日経の記述を引用します。
① 政府が財政支出を増やす
② 企業や個人が将来の財政悪化を懸念する
③ お金の価値が下がる
④ インフレが発生する
そのインフレで政府債務の実質価値を減らそうというものです。物価上昇がゼロ近辺だと、金融政策では限界があり、財政出動の番なのだそうです。
そして政府は財政支出を増やしても、「増税はしません。インフレで借金を返します、と公約すればいい」、とあります。
「政府のトップが『インフレを起こす準備ができている。それを債務返済に使う』と言えば、人々の予想を十分に変えることができる」と教授は言っています。
私は債券の専門家の立場から批判的見解を述べます。まず、一番大事なのは、
① 国債の価値を毀損してやる、と政府が言い放つのと同じ
こんなたわけたことを言う政府はいないということです。もしいたら、自ら「借用証書など破って捨ててやる」と言うような政府に、誰も金輪際金を貸さないでしょう。
「投資家がいてこそ成り立つ国家債務の話を、投資家抜きで考える机上の空論にすぎない」
これがまず債券の専門家からシムズ氏への一撃です。他の経済評論家や金融評論家からこの重要な批判は聞こえてきません。私が知らないだけかもしれませんが。
② 政府が財政支出を増やす
日本ではすでに20年以上財政支出を増やし続け、人々は十分過ぎるほど懸念をしています。いったいこの教授、日本が世界最悪の債務超過国で、しかも現在も赤字を垂れ流し続けていることをどの程度認識しているのでしょうか。ついでに日本の物価上昇率がゼロ近辺になったのは95年の話で、今に始まったことではありません。大丈夫かな???
もし日本が世界の他の先進国並みの債務レベルで、最近物価上昇率がゼロ近辺になったならまだしも、日本と言う極めて特殊な超債務国に対するアドバイスとは全く思えないのです。
もしそれを十分に認識した上で言っているなら、ゼロインフレでGDP対比で240%にもなる財政支出をしてきた過程で、何故デフレを克服しインフレにできなかったのかを説明願いたい。金利政策も超緩和が続いていました。
③ 企業や個人が将来の財政悪化を懸念する
「増税しないと言えば人々が消費に励む」なんてことが今の日本にあるわけがない。一方で国債価値が毀損されていけば、投資家=金融機関は破たんに瀕します。97年の金融危機を彷彿し、人々や企業は金融機関からカネを引き出しにかかります。
④ お金の価値が下がりインフレが発生する
このブログに集まっている方々は③と④の懸念から、ご自分の資産を守るためヘッジ方法をさぐり、ドルへ避難し、そして米国債投資こそが最も安全だと納得し、実行しています。
インフレを助長することができたとしても、インフレとともに円は暴落します。そうしたヘッジの動きがすでに一般個人にまで徐々に浸透しています。
さらに債券の専門家に戻ってコメントを続けますと、
「インフレで債務を帳消してみせる」と日本政府が宣言したとたん、シングルAをやっとキープしている格付けを、格付け会社は間違いなくダウングレードします。実質踏み倒し宣言なのですから。
すでに日銀は国債発行残高の4割を保有していますが、それでも残りを保有する金融機関を中心とした機関投資家は売却に殺到します。もしそれをせずに保有を継続したりすると経営陣は株主から善管注意義務違反、あるいは背任行為で訴えられ、個人で損害賠償をすることになります。
経営者が「政府に協力する」などと言う言い訳が通用したのは、ガバナンスなどなかった古きよきむかしの物語です。
さらに、「日本と言う国は債務をインフレで帳消しにする国だ」というレッテルは、末代まで残ります。国がいったん信用を失うと、回復までに何年もかかるのです。ギリシャなどの南欧諸国が比較的早く回復したのは、あくまでユーロ圏の内にあり統合欧州全体の庇護を受けているからで、日本にはそうした後ろ盾は一切ありません。
この教授はもちろん日本の現状と過去の経緯をよくわかっているはずです。なので14年の消費増税が失敗だったと評価しています。たったの3%の消費増税で大きく消費は落ち込み、その後3年も回復していません。賃金は名目で多少なりとも上昇しているにもかかわらず、消費増税を上回る実質上昇がないからです。
だったら今後10年単位で2%のインフレ=増税が継続するとどうなるのか。賃金や年金の上昇がそれを上回り続ける保証がないため、消費増税直後と同じように人々の消費は毎年毎年落ち込みます。
昨日のウォールストリート・ジャーナルは遂に、「日本の金融緩和策は失敗に終わった」と結論付けました。その一番の理由は「20歳から34歳のインフレを知らない若い世代は安全志向が強く、積極的に消費などしない」というものです。
ついでに団塊の世代を代表して私から一言。
「最もカネを持っている高齢者は若者より慎重で、カネを貯めこむことしかしません」、キッパリ!
インフレを知っている団塊の世代さえ防衛本能に従っているほどなのに、誰が政府のインフレ宣言ごときで無駄な消費などするもんですか(笑)。