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日銀に明日はあるか その4 イールドカーブが立った

2016年09月13日 | 日本の金融政策

  日銀の「総括検証」の中身と新たな緩和策について、様々な憶測が飛び交っています。黒田総裁や中曽副総裁の発言から、日銀が緩和自体を本格的に見直すようなことはなく、現状の追認あるいは深堀、もしくは政策の多様化だろうとの見方が多くなっています。

   検証を一般に披露するということの意味は、多少なりとも市場との対話を大事にする方向に舵を切ることだと私は評価します。その姿勢はFRBが普段から行っていることで、日銀とクロちゃんには欠けている部分です。きっとイエレンおばさんはクロちゃんに、「サプライズはダメよ」に加え、「唯我独尊もダメ」とジャクソンホールでさとしたのでしょう(笑)。

 

   前回の記事で私は日銀の保有資産と自己資本を比較して、いかに危うい状態にあるかを数字でお示ししました。日銀の自己資本はわずか3.5兆円なのに、保有資産は405兆円。そのうち国債が350兆円もあります。

   その国債の評価額は、金利がわずか1%上昇しただけで26兆円が吹っ飛んでしまう。2%の上昇では49兆円もの評価損になるという債券計算をお示ししました。3.5兆円の自己資本など風前の灯にすぎないほどの少額でしかありません。

     こうした金利上昇と評価損の発生シミュレーションは、民間銀行を規制するバーゼル銀行監督委員会のストレステストと同じ手法です。民間銀行はストレステストを受け、自己資本を積み増す必要に迫られます。なのに、中央銀行がストレステストを受けない理由は見当たりません。健全性は中央銀行にこそ必要なのですから。健全性は不換紙幣を発行している中央銀行にとって、最も大事なことだとも書きました。

   それをあざわらって国債を爆食しているのが日銀です。一方、民間銀行は日銀に国債を売却したことで、一見リスクを逃れたように見えます。しかし考えてみてください。民間銀行に分散していたリスクが中央銀行に集中したのですから、それこそがリスクの集中で、全部の卵を同じバスケットに入れたことになります。

   一国として考えると、中央銀行の資産劣化は財政危機がもとで始まる危機ですから、その波及は金融システム全体を含む国全体の危機となり、民間銀行だけがそれを免れるというものでは決してないのです。

   では、実際の市場金利の動向をちょっとチェックしておきましょう。今年に入りクロちゃんによる国債爆食ため市場金利もマイナスの度合いを深めていましたが、このところ日銀会合と「総括検証」を前にして、長期金利がかなり上昇しています。指標である10年物国債の金利も7月末から8月初めにマイナス0.3%程度まで低下していたものが、昨日はマイナス0.01%と、ほぼゼロ近辺まで急に上がってきました。さらに長期の20年、30年物金利は10年債以上に上昇しています。債券の専門家が言う、「イールドカーブが立ってきた」という状態です。

   「イールドカーブ」というのは金融用語では大事な言葉なので、ちょっと説明しておきます。

  イールドカーブとは、年限ごとに金利をプロットしてつないだ線の様子を示す言葉です。例えば一番短い翌日物金利がゼロ、3か月物が0.1%、1年物が2%、10年物が3%という右肩上がりの状態であれば、線は右肩あがりとなり、ノーマルな順イールド状態にあると言います。それがさらに翌日物の政策金利はそのままで、3か月物が1%、1年物が3%、10年物が7%になったとするとカーブの傾斜がきつくなるので、「イールドカーブが立った」と言われるのです。

  実際のグラフは日本相互証券の以下のサイトを参照ください。ちなみに日本相互証券とは、BBとも呼ばれ、証券・銀行などの債券トレードの仲介をする、ブローカーズ・ブローカー、なのでBBと呼ばれます。

http://www.bb.jbts.co.jp/english/bb-cmi/bb-cmi01.html

   ここにきてイールドカーブが立ってきた理由は、日銀の行き過ぎた国債爆食で金融機関が疲弊するのを、さすがに日銀も見て見ぬふりはできないだろうとの、市場の思惑によります。私の言う「日銀包囲網」の一角である金融機関の離反に、日銀もこたえる必要があると考え、市場もそれに同調したのでしょう。

   銀行というのはそもそも短期資金を調達し、長期で運用して利益を出します。日銀の翌日物政策金利はゼロ金利になったままですから、それで資金を調達し企業や個人に長期資金として0.5%とか0.8%で貸し付ければ、それなりのスプレッド、つまり儲けを確保することができます。

   10年物国債の利回りがゼロだと、それに連動して企業や個人への長期の貸付金利も下がってしまうので、儲けが出ません。イールドカーブがフラットだと金融機関がもうからなくなるので、金融機関の健全経営のためには、イールドカーブは若干でも傾斜し、つまり立っていなければならないのです。

   ちょっと面倒な話になってしまいましたが、これがいま金融界で最も重要な話題になっている「イールドカーブ」の解説です。

 つづく

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