河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2490- ナヴァラの娘、パリアッチ、柴田真郁、東フィル、藤原歌劇団、2018.1.28

2018-01-28 23:26:59 | オペラ

2018年1月28日(日) 2:00-5:00pm 東京文化会館

JOF プレゼンツ
マルコ・ガンディーニ プロダクション


マスネ ナヴァラの娘 (jp)
キャスト(in order of appearance)
1.ガリード、村田孝高(Br)
2.アニタ、西本真子(S)
3.アラキル、持木弘(T)
4.レミージョ、大塚雄太(Br)
5.ラモン、松岡幸太(T)
6.ブスメンテ、安藤玄人(Br)

Ⅰ 32
夜想曲 4
Ⅱ 11


Int


レオンカヴァッロ パリアッチ
キャスト(in order of appearance)
1.トニオ、須藤慎吾(Br)
2.カニオ、藤田卓也(T)
3.ペッペ、澤崎一了(T)
4.ネッダ、佐藤康子(S)
5.シルヴィオ、岡昭宏(Br)
アクロバット(Pag)、由布直輝

Ⅰ 8-41
Pause 4
Interlude 4
Ⅱ 22

 

柴田真郁 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
藤原歌劇団合唱部
多摩ファミリーシンガーズ


まずは体当たりの演技と歌唱にブラボー!
日本初演となるナヴァラの娘、これとパリアッチのコンビネーションだとさしずめNav/Pagといったところか。

ガンディーニ・プロダクションは二つのヴェリズモ舞台に連関を持たせたもので、一つ一つの内容の凝り具合も含め秀逸、素敵な出し物となりました。
シチュエーションがまるで違うオペラ、ロール女性の歌い手は双方一人ずつ。あとは男の世界。

ナヴァラの舞台は立て板が柵みたいで昔の戦いを思わせる。グレイがシックでいくさの物々しさは軽減され落ち着いているところもある。けばくないのがいい。
いくさ物と絡む恋物を50分弱の中で表現するのは簡単な話ではないと思うが、それはマスネの結果であって枠ありきの話ではないとは思う。
とは言え、第1幕7景、第2幕5景あり次から次に動くので、それぞれの音楽、歌は短いもの。幕間の夜想曲はブルーで夜の色彩感、寄り添う音楽が美しい。物語の進行では現れない敵将ズッカラーガがナヴァラに刺殺されたのはおそらくこの夜想曲の段階なのであろう。不気味な静けさを湛えたノクターンと言えるかもしれない。
アラキルの父レミージョの思うところや、アラキルの最後、それにアニタの狂乱、等々、この短い中に身振り手振り動きだけで聴衆が全てを理解するのは困難。演技する方も万全であったとしても聴衆に対する能動的な理解までさせるのは難しいと思う。
そのような端々感(はしばし感)はあれど、タイトルロールのアニタ役の西本さんは体当たりの演技と歌で強烈なインパクト。お金というレミージョのハードルが場を動かしていき、最後の狂乱のエスカレーションまでテンションを上げ続けながら歌い切らないといけない。お見事な西本歌唱演技でした。もう、物語というよりこういったことで盛り上げるのがベストなオペラの気がする。
残りの男衆もよく練られたもので十分な下稽古があったと推測される。緩慢な動きが一切ないというのもいい。エネルギーが満ち溢れたもので見応えもありました。

ドラマチックな視点をどこにみるか、色々と考えさせる舞台でした。いい演出、歌、演技、良かったと思います。

後半のパリアッチ。練られた舞台、全キャストの歌と演技、全て秀逸、特に2幕はこちらも舞台の聴衆にでもなったかのような気分で、白熱の演技を浴びた。オペラの愉しみ、フル堪能しました。

舞台はナヴァラの娘と同じ形状。いくさのあとの芝居小屋、そこに悲劇があるとは思ってもいない人たちが観客となる劇。こちらは前物語と劇中劇があるのでそこらへんのつながりもよく考えられていて、自然体の移行ですね。原色の色彩感はあるもののこちらもけばくないのがいい。

トニオは舞台袖から、仮面も何もないハンサム須藤が正装で現れ、聴衆席に降り前口上を歌う。須藤は容姿もきまり歌も万全、惚れ惚れするもの。この後の展開なんて思いつかない、衣装も含め。
正装で聴衆席から舞台を指しながら歌うその姿を見ていると、これから始まるのは二重の劇中劇ではないのかといった錯覚に陥る。ここでのトニオと舞台のトニオではひらきがあまりに大きい。インパクトのある演出ですね。トニオは歌い終え緞帳の隙間から舞台の人に。
インパクトと言えば、第1幕大詰め座長カニオが衣装を着けろを歌う。そして続く間奏曲でカニオが幕の前で衣装を着けるパントマイム。役ずらし、時間ずらし、の妙なのか、非常に印象的なシーン。凝った演出。

ドラマチックな劇中劇の前に、その倍以上の時間を要する第1幕。まず、ここで人間模様を見せておいて、聴衆の頭に叩き込ませる。トニオ、ネッダ、カニオ、ペッペ、シルヴィオ、皆さん役どころがドンピシャでツボ。キャラクターなシンガーたち。ストーリー展開に合わせた歌、少しずつ熱を帯びカニオの悲哀の歌い口で最高潮へ。

劇中劇、ドラマチック、キャラクターシンガーたちの名唱、名演技を堪能。付け足しのような演技は一切ない。特に舞台人になり切ったネッダ佐藤、お見事という言葉しか見つからない。主役はネッダではないのか。
凝ったマルコ演出。熱演5人衆。圧巻。
カラフルでシックな舞台、群衆の統率された動きと歌。本当によくまとまっていてオペラを満喫できました。
悲劇のストーリーではあるのだが、トニオ須藤が、これで芝居は終わったと言う、一体どの芝居が終わったのだろうか、二重の劇中劇での問いかけのように思え、どれが終わったのか。

柴田真郁の棒が俄然素晴らしい。硬派な棒で非常に引き締まったもの。東フィルサウンドがギュッと絞られて一点に向かうプレイは圧巻。
後ろ髪を引かないすっきりとした棒は劇の内容を引き締めていて歌い手に活力を与える。エネルギッシュで力感が有り、生き生きとした音楽が流れる。オーケストラも好調でどんどんついていく。素晴らしい。
パリアッチのエンディングに魅せたムーティ・フィニッシュも決まる。右腕の左首での静止アクションですね。


パリアッチのあと、舞台挨拶にスタッフの方たちも出てきました。演出ガンディーニ、美術グラッシ、衣装モッレージ、あたりですかね。日本の方は照明の奥畑さんですか。
皆さん勢ぞろい、日本初演の舞台、それに見事なパリアッチ。ありがとうございました。
おわり





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2489- アダムズ、アブソリュート・ジェスト、ホルスト、惑星、ウンジャン、N響、2018.1.27

2018-01-27 23:34:47 | コンサート

2018年1月27日(土) 6:00pm NHKホール

ベートーヴェン エグモント序曲  8

ジョン・アダムズ アブソリュート・ジェスト(2011) jp  25
 セントローレンス弦楽四重奏団

Int

ホルスト 惑星  7-9-4-8-10-6-10
  女声合唱、新国立歌劇場合唱団

ピーター・ウンジャン 指揮 NHK交響楽団


東京クヮルテットのウンジャンを聴いたことがあるか調べてみたら、聴いたことありました。うっすらと記憶もあります。原田さんから変わって数年後の時代。

822- 東京クヮルテット 東京SQ 1984.7.10  第18回モーストリー・モーツァルト・フェスティヴァル

ということで、ウンジャン棒は初めて聴くのかどうかそれはまた調べなおさないとわからない。後のお楽しみです。


N響に現れたウンジャンは精力的な指揮でさっぱりとした切り口の中に色々と仕掛けを凝らしていて、うなるところ多々あり。手応え聴き応えありました。
アダムズの2011年作品アブソリュート・ジェスト。聴き終えて思わず、アブソリュートリーと言いたくなるようなファインな作品、モーツァルトの音楽の冗談にインスパイアされたもの、中身はベートーヴェンをプラットフォームにして、シンフォニーあり弦四ありなので、もう、この瞬間にカルテットが寄り添うオーケストラ作品ということで違和感なし。仕掛けめいたものは殊更感じることはないが、弦四が居ること自体がインパクトなのだろうね。
結構な長さの曲でリズミックな曲想が続く。ベートーヴェンのリズム動機主体の楽章やスケルツォトリオの律動が色々と混ざり続いていく。ベートーヴェンお得意の作品群は多量にあるので25分でも短いぐらい。
プログラムパンフでは第九の2楽章動機からのスタートのように書いてあるが、7番第1楽章のように聴こえる。いずれにしても動きのある作品は飽きない。リズミックなアクセントによる前打ちもさることながら、ブラスセクションによる2拍目の押しが印象的でシンコペーションのような雰囲気を醸し出す。なかなかの佳作で楽しめました。

ジェストの多重性のようなものは、一曲目のエグモントで既に現れている。合奏パートにおける音量が何種類もありそうな仕込み。色々と凝らしていて同じような楽想でも色彩の変化を感じる。味な配慮が行き届いている演奏。エグモントは短いものだがじっくりと聴けた。いいですね。

ホルストはブラバン系の作品が好きな作曲家なんですが、ここのところ、惑星と聞いただけで少し食傷気味なところがあって、でも、聴かずに帰るのもアレだし、折角だから聴いておくか、の意識レヴェルだったんだか、これが殊の外引き込まれた。
最初の火星が実に引き締まっていてテンポ感良く凝縮の内容。こうゆう演奏なら飽きませんね。よし最後までマジ聴きしょうと。
太陽光成分多めで明るい、回転速度有り、地層も複数、隙間には水もありそう。メリハリ効いたクリアな棒、サターンやネプチューンも味わい深いものがあった。プラネッツをさらに魅力ある作品として聴かせてくれました。いい演奏。
おわり

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2488- シベリウスVC、アレクサンドラ・スム、ブルックナー7番、小林研一郎、日フィル、2018.1.27、アゲイン

2018-01-27 22:50:33 | コンサート

2018年1月27日(土) 2:00-4:25pm サントリー

シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調  17-9+8
  ヴァイオリン、アレクサンドラ・スム

Int

ブルックナー 交響曲第7番ホ長調  22-24-11-14

小林研一郎 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団


Ⅰ 2-3-2 6 2-2-1 4
Ⅱ 5-3-6-2-8 ABABA
Ⅲ 4-3-4
Ⅳ 1-2-2 2 2-1-2(3→2→1) 2


昨晩に続き日参。今日は定期席で。

昨晩はスコアを閉じて譜面台に置いたままであったが、今日はたまにページをめくったりしながらの指揮。
概ね昨晩と同じスタイルの演奏ながら今日は70分越えで一段とスケールが大きくなった。第3楽章の両スケルツォの勢いが落ち着いた感。不沈モードは不変。
両端楽章のコーダは昨晩同様、圧巻の極みで完成品に刻印の締めスタンプ。
昨日の今日という事もあって聴くほうとしてはさらに風通しが良くなり、ジャングルジム風な見通しの良い感触。パースペクティヴもグワグワくる。
素晴らしい造形感は昨日も今日も同じ。


前半のシベリウス、スムさんは今日も赤いロングドレスだが昨晩とは違い少しアクセントのあるもの。今日は正面1階席からみたせいかだいぶ雰囲気が違う。伏せることの無い弾きで音が伸びてくる。畳みかけるようなところがたまにあってその集中力ある印象は昨晩と同じ。きつい音ではなくて総じて柔らかなシベリウス。
昨晩はアンコール有りましたけれども今日は無し。さっぱりと引き揚げてくれました。
おわり

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2487- シベリウスVC、アレクサンドラ・スム、ブルックナー7番、小林研一郎、日フィル、2018.1.26

2018-01-26 23:46:57 | コンサート

2018年1月26日(金) 7:00-9:25pm サントリー

シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調  17-9+8
ヴァイオリン、アレクサンドラ・スム
(encore)
バッハ 無伴奏ソナタ第2番より アンダンテ  3

Int

ブルックナー 交響曲第7番ホ長調  21-23-9-14

小林研一郎 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

AB7
Ⅰ 2-3-2 6 2-2-1 3
Ⅱ 5-3-5-2-8 ABABA
Ⅲ 3-3-3
Ⅳ 2-2-1 2 1-2-2(3→2→1) 2

スタティックで動かずぶれずブルックナーの3主題ソナタが見事にバランスした最高峰の演奏。巨大な建築物が微動だにせず屹立しているその全体像は強固、美しい全体像に惚れ惚れする、圧倒的な内容で摩天楼のような演奏。ドローンで上からこの作品を一気に見たような気持ちとなる。
小林の作る造形は悠揚迫らず作品の最高の姿を魅せてくれる。確信が核心に向かう自身を見つめる冷静な眼がもうひとつ別のところにある。極みの棒だ。最高建築を極めた棒技に身動きもできぬほどに感動した。素晴らしい。快演。

アゴーギクを徹底的に排した演奏、アチェルランドは皆無、リタルダンドは一か所のみ。第1楽章提示部第3主題に突入する前のところ、あすこはグッと引いたがあとは動かず。
アジタートするのは聴いているこちらのみ、といった様相で、足場を固く固定して決して揺らぐことの無い造形物件、絶対に壊れないスカイスクレイパー、それを仰ぎ見る。パーフェクトな演奏。これでダイナミクスのレンジ幅がさらに拡張していたならば途方もない演奏になっていたこどだろう。想像するのはいいことですね、夢があって。
それから両端楽章のコーダ、極度に抑えスローモーションと化したインテンポの、なんというか、不沈モード、声にならない圧倒的な重厚感。巨大なねじがゆっくりと回っているようでもあり、霧の中で走るユニコーンを見ているような錯覚に陥っていくようでもある。夢ですね。


スコアを閉じて置いたまま、棒を持った右腕が雄弁に動く。右手だけで全ての指示が出来るのだよと言っているようだ。オーケストラとの一体感が素晴らしい。指揮者の意を汲み最後までついていったプレイヤーたちの緊張感がひしひしと迫ってくる。

第1楽章、原始霧から始まった演奏。濃い。味わい深か過ぎてゆっくりと食べ尽す。第2主題もタップリ、第3主題の律動に至る今日の演奏唯一のリタルダンドはまさに、突入への準備みたいなものを感じる。ふと、2016年はたくさん7番ありまして分けてもメータ、ウィーンフィルの方針とここは何故か同じ。思い出し。
終楽章と異なりこの楽章の展開部は提示部、再現部と同等な長さであって内容も深い。存分に食べ尽すブルックナー模様、ここもいいですなあ。
再現部まであっという間、もう一度味わい、その後のコーダが、湯気が出るような演奏でじっくりじっくりスチーム、蒸せば蒸すほど味が出るのかこの極遅インテンポ、小林の術中にはまってしまいました。素晴らしいエンディング。それに抜けた後の残響が美しい。もう、充実の日フィルサウンドに驚嘆。それに快感。音を聴く喜び、しびれた。

第2楽章はABABAで、主題Bが殊の外サラリとしている。速めのインテンポでぶ厚い弦が美しく響く。暗くて重いA主題との対比が見事にきまる。この主題で築くクライマックスではあるのだが、Bの滑らかで優しくたっぷりとしたフレージングの妙。これあってのクライマックス。これまでのモードを保ったまま咆哮するブラスセクションはまことに音楽的で弦との一体感に溢れ、オーケストラアンサンブルの極意を見ているようだ。素晴らしい。
そして退けてワーグナー葬送、ここまでの推移は全く自然なもので彫琢の美を感じる。いい演奏が続きますな。

スケルツォはラッパの充実した響きが心地よい。弦がやや硬めの日フィルといった感じでかなりの強弾きで、みなさんパンパントゥッティ。小林の右腕振りと決めの両腕開きの具合もいい。1,2楽章モードの流れが続いているスケルツォ、トリオ、音楽の余裕を感じさせてくれる。

フィナーレ楽章は展開部が2分足らずで第1楽章のような練り具合が無いので、ソナタシンフォニーとしてはバランスがあまり良くない楽章なれど、それを補って余りある巨大なスローモーションコーダが見事な造形感をバランスさせた全体像は不動の構築物件。1,2楽章に比する大きさを見せてくれた小林の解釈はもの凄いの一語。
それにブラスを主体にした圧巻の音響美。第1楽章からよく歌うクラはじめとするウィンドの流れがここでも寄り添う。弦を含めやや明るめに転じた終楽章。スローモーションの中、第1楽章コーダと同じような美しい音を残してフィニッシュ。
ブルックナー7番最高峰の演奏。心ゆくまで堪能しました。

喜寿掛けの7番だったようですけれども、関係ない。8番も9番もいつでもやって欲しいわ。

前半はこれまた好物のシベコン。
小林の振りは譜面を見つつもややぎこちない。この曲を振り慣れていない感じ。真っ赤なドレスでちょっとシースルー風なところも魅せつつロングヘア美人のスムさんが柔らかい音で弾くシベリウス。時折畳みかけるようなところもあり十八番のようですね。
シベリウスの咆哮するオーケストラのうねりがもっとあれば、スムさんのノリも良くなっていたと思うところも散見。
シベリウスのヴァイオリンは満喫しました。大きな表現でした。


この日は横浜定期を振り替えたもので、明日が定期席。楽しみが続きます。
おわり



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2486- ハイドン、軍隊、ロッシーニ、スターバト・マーテル、ジェイムズ・ジャッド、新日フィル、2018.1.26

2018-01-26 22:25:52 | コンサート

2018年1月26日(金) 2:00pm トリフォニー

ハイドン 交響曲第100番ト長調 軍隊  8-7-5-4

Int

ロッシーニ スターバト・マーテル  10-7-6-5-5-8-5-4-4-6
 ソプラノⅠ、高橋絵理
 ソプラノⅡ、谷口睦美
 テノール、宮里直樹
 バス、ジョン・ハオ
 合唱、栗友会合唱団

ジェイムズ・ジャッド 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


滔々と朗々と次から次に溢れるメロディー。ロッシーニ節満載の音楽を満喫。作品のタイトルの事は忘れてしまう。短調の導入部と、終曲でそれが回帰するあたりにロッシーニが曲をまとめようという意思は感じることは出来るものの、それらに挟まれた2曲目から9曲目までがあまりに美しい。
4ソロとコーラス、ともに音域がいいのかよくできている作品の様でみなさん歌いやすそう。のびのびと思いっきり声が出ていて聴いているほうも気持ちがいい。バスのハオは最近聴く機会が多い。安定のバスでこの日もいかにもベースになる声で4人のバランスが非常に良い。
大詰め8曲目のアリアでの合唱、それに9曲目の四重唱。歌に力感が有り充実した響きで圧巻でした。
字幕のない公演でプログラムにあるリブレットを見ながらでしたけれども、字幕が無くて不便という気も起らず集中できた内容でした。
ジャッドはツワモノヅラを見せない指揮者だけれども、アルチザン肌の一心不乱さが感じられる。プレイヤー、シンガーともに納得の演奏だ。
色印象としては全体がモスグリーン風。明るく流れる音楽の中に、ひとつのマザーボードがあるかのようだ。その広がりが前半ハイドンではどう鳴っていたのか、ロッシーニの素晴らしさにかき消されてしまったところもあるので、もう一度じっくりと聴きたいものです。
いい演奏会でした。
おわり

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2485- ジュピター、幻想、ミュンフンチュン、東フィル、2018.1.25、アゲイン

2018-01-25 22:36:36 | コンサート

2018年1月25日(木) 7:00pm サントリー

モーツァルト 交響曲第41番ハ長調K.551ジュピター  12-11-4-8

Int

ベルリオーズ 幻想交響曲Op.14  15+6-16-5+9

チョン・ミョンフン 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


前日に続いて同じプログラムを今度はサントリーで。オペラシティのコンサートホールと違いステージの制約が無いので見た目にも開放感がある。

スタティックで何かを押しとどめるような歩み。アンダンテ・カンタービレの寂寥感。3,4楽章の網目正しき絨毯模様。冒頭楽章のスムージーな枯れ具合。MWCは芸風の核心に向かいつつあるのか。ジュピターの到達点はさてどこに。
ゆっくりと噛み締めて味わう濃い口のフレーヴァー、ジワジワっとくるものがありますね。

幻想も昨晩より滑らかに。
MWCの幻想は一言で言うと表面効果のねらったものではなくて作品の内面を魅せてくれる。オーケストラのメンバーもそのことをよくわかっていて、だからあのテンポ感で進行して鳴らすことが出来る。同じ歩みから出てくるサウンドの質感というのは紛れもない美しさであって、ザッツうんぬんくんぬんとは別の、音の塊が丁寧に響いてきて本当にうならせてくれる。
1,2,3楽章のしっとりとした情感はベルリオーズのもう一つの顔を見るような趣きで実に素晴らしい味わいのある演奏。前日より総じてやや速めになって滑らかさが増し、それとともにコクも一層深い。
終楽章では途中、棒が客席まで飛んだ。白熱の演奏でもあった。
きょうもありがとうございました。
おわり


ジュピターも幻想も素晴らしいものだったが、昨日も今日もフライング気味の拍手とブラボーには非常に違和感があって、応援隊のような威勢のよさを感じる。この演奏にあの唐突感満載な叫びはないだろう。聴いているのか本当に?

 

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2484- ジュピター、幻想、ミュンフンチュン、東フィル、2018.1.24

2018-01-24 23:36:03 | コンサート

2018年1月24日(水) 7:00pm コンサートホール、オペラシティ

モーツァルト 交響曲第41番ハ長調K.551ジュピター  12-12-5-8

Int

ベルリオーズ 幻想交響曲Op.14  14+7-17-5+10

チョン・ミョンフン 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


ゆっくりと揺蕩うジュピター1,2楽章。リピート全て行っているとはいえ破格のテンポ設定でコク、まろやかさ、深彫り、色々と旨味をつけていく。実に味わい深い音楽。噛み締めるようなMWC棒。指揮者の意を100パーセント汲みプレイするオケメン。ピュアなモーツァルトの世界を魅せてくれる。
MWCがプレイヤーに要求する緊張力はもの凄くて、それはとりもなおさず指揮者の能力、実力をプレイヤーたちが一番よく知っているという証明そのものといった感がある。先を急ぐことの無い佇まい。アンサンブルの表現幅が広く深く濃くなる。良くかみ合ったいい演奏でモーツァルトを堪能。

モーツァルトはベース4本、他編成はそれに即したもの。後半の幻想は一気に10本に増える。ラッパ、太鼓も盛りだくさんになる。前にここで復活をやった時と同じくホールキャパが問題になる。1600人規模のホールで、さらに悪いことにステージの左右と奥の端のほうはなぜか傘がかかっている。傘のあるステージという極めてまれな構造物件。チューバ2本、トロンボーン、パーカッション、等々、端にセッティングされるインストゥルメントは傘の下で窮屈。特にラッパが上を向いているチューバはどんな跳ね返りになるのかしら。奥行きも無くて3楽章の4人のティンパニストがいかにも窮屈そうに叩かなければならない。
音響がフン詰まりになるという事はないが地の音そのまんま飛んでくるようなところはある。
そんな諸条件の中での幻想。MWCは入念にバランスを取っていて、ブラスをはじめとする強奏はきっちりコントロール。3楽章まではジュピターの1,2楽章の佇まいを思い出させるもの。しっとりと美しい幻想。
4、5楽章のラッパ強吹きもメリハリはり棒吹きになることなく盛り上がりが心地よい。1,2,3楽章とのダイナミズムの対比は効果的で、気張らず力が良く抜けた状態での強奏は余裕がある。このようにバランスが取れた造形美は音楽全体の見通しの良さからくるもの。お見事ですね。幻想それにオーケストラの醍醐味、両方満喫。
ありがとうございました。
おわり



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2483- 瀬川祐美子、ピアノ・リサイタル、ドゥルカマラ島~時間の泡は如何に?d→d~、2018.1.21

2018-01-21 19:55:18 | 編集中

2018年1月21日(日) 4:00-5:30pm トッパンホール

瀬川裕美子 ピアノ リサイタル vol.6
〈ドゥルカマラ島~時間の泡は如何に?d→d~〉


J.S.バッハ フーガの技法 BWV1080より I   3′-

ブーレーズ ピアノ・ソナタ第3番より トロープ  5′

メシアン 《4つのリズムの練習曲》より〈火の島 第1〉〈火の島 第2〉 2-4′

ブーレーズ ピアノ・ソナタ第3番より コンステラシオン―ミロワール  9′

鈴木治行 Lap behind(委嘱作品)  8′

Int

モーツァルト 幻想曲 ハ短調 K396(断片)  3′

クセナキス ヘルマ  7′

武満 徹 雨の樹 素描  3′

シューマン 暁の歌 Op.133  10′

武満 徹 雨の樹 素描II―オリヴィエ・メシアンの追憶に―  3′


(encore)
シューマン 暁の歌 Op.133 第1曲にヘルダーリンの「春」の詩を付けた弾き歌い  3′
      (ハインツ・ホリガー「暁の歌」より冒頭の合唱曲の瀬川による編曲版)


ピアノ、瀬川祐美子


(詳細別途)







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2482- メシアン、トゥーランガリラ、大野和士、都響、2018.1.20、アゲイン

2018-01-20 18:31:20 | コンサート

2018年1月20日(土) 2:00pm 東京芸術劇場

ミュライユ 告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンの追憶に(1992)  5′
 ピアノ・ソロ、ヤン・ミヒールス

メシアン トゥーランガリラ交響曲  6-8-5-11-6-11+4-12-4-8
 オンド・マルトノ、原田節
 ピアノ、ヤン・ミヒールス
大野和士 指揮 東京都交響楽団


18日に続き2回目。
2481- メシアン、トゥーランガリラ、大野和士、都響、2018.1.18

大野の解釈と都響の鳴りは、何か埋もれていた作品を発掘でもしたかのような蘇生感満載の演奏で、その意気込みが時代錯誤を感じさせるところは一昨日と変わらないが、それでもオケのほうはきっちり調整してくるあたりそれなりにプロの面目躍如たるところはあった。
愛の眠りの庭(第6楽章)をはじめとしてたっぷりと音楽が鳴るようなって、逆に2楽章のようにシャープさが一気に増したところもあった。

クライマックス第8,9楽章は手応えありました。第5楽章作曲家自らが言うペルソナージュ・リトミック、それをさらに拡大したような4主題同時錯綜の第8楽章が圧巻。交錯する主題群、目くるめく技、これらを同時認識して聴くことになる。聴き手としても腕まくりしたくなるようなところがありますね。音の彫琢は現音オーソリティとかスペシャリストのほうが一層精度の高い磨かれた切れ技と因数分解をオケに託すことが出来ると思うものの、ぶ厚さを前面に出した錯綜はそれなりに聴きごたえあり。大時代的な煽りとはこういうものだったなと、なにやら色々とフラッシュバックモードのパフォーマンス。
後方チェロプルトのかたがベース2本の譜めくりする、息の長い13弦のアンサンブルがお見事な第9楽章。17種のリズムモードの同時進行を、ウィンドを含め割とスタティックな装いで聴くことが出来る。ここは全曲中一番短い楽章と思われるが精度の高い演奏を展開してくれました。これら8,9楽章が良かったせいか終楽章はもう終わりという感じで軽め。大野棒はさらに作り過ぎの世界に過度没入でまるでスクリャービンの3,4番あたりの大げさなロマンティシズムに向かって行った。

一昨日のブラスセクションはメシアン呼吸が無くぎこちない吹きだったが、今日はかなり揃ってきていて、自由度が高まった演奏を展開してくれた。空虚な空鳴り、それは少し減った。作品への共感をプレイヤーに植え付けるのは指揮者の役目と思うところもある。

ミヒールスのピアノはさらにシャープさが増し、研磨されたような研ぎ澄まされた音。指揮者の振りを凝視しているが、都響の音の出るポイントと彼のポイントは大いに違う。都響の音の出が遅れている。峻烈なピアノ、彼のような時代ですよ今は。

全体にオールドムーヴィー的な演奏表現は今の時代に合うものではないと思うところが大きいが、それなりに楽しめました。
原田マントは今日は短めでひざ上まで。

最初に演奏されたミュライユの作品。一昨日と同じ印象。最後は冒頭に回帰するように聴こえた。弾き終えた後の空間は静かさを湛えたものでメシアンの広がりを感じる。いい演奏でした。

おわり

PS
ここのオケは定刻過ぎても演奏会がなかなかはじまらない。定刻5分後が定刻の様で、今日もウィンドの束、そして最後までフルート1本しつこく、5分近くオーヴァーして音出し。ようやくひっこんで照明が落ちピアニスト登場でミュライユが始まる。
毎度、モタモタしたタイムチャートに辟易。都響の遅刻開始は要改善。こんなことで時間つぶしをしないで演奏時間をもっと多めにしてくださいね。あと、ベルリン・フィルなどのようなオケを見習って、入場行進をもっとスピードアップして。歩く速度が全く違いますよ。事務局のかたは他オケ、特に来日オケの作法を見たほうが良いと思います。と、アンケートに何回かいても無駄骨のようだわ。



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2481- メシアン、トゥーランガリラ、大野和士、都響、2018.1.18

2018-01-18 23:23:22 | コンサート

2018年1月18日(木) 7:00pm 東京文化会館

ミュライユ 告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンの追憶に(1992)  5′
 ピアノ・ソロ、ヤン・ミヒールス

メシアン トゥーランガリラ交響曲  6-9-5-11-6-9+4+12-3-8
 オンド・マルトノ、原田節
 ピアノ、ヤン・ミヒールス
大野和士 指揮 東京都交響楽団


トゥーランガリラはたくさん聴いてきました。昨年はたしかなかったと思うが、最近だと2016年の大友、群響。2015年の鈴木息子、東響。年に1回ペースかな。1990年代からこの作品の演奏会にはなるべく顔を出すようにしてきました。今日の演奏会も楽しみにしていました。結果は残念なものとなりましたけれども、20日にもう一度あるので、解釈の修正はかなわなくてもせめて演奏のほうはきっちりと整えたものを聴きたいです。わけてもいかにもやり慣れていなくてぎこちない、足元のおぼつかないブラスセクションとパーカスには奮起を望む。なんかあってビビっているように見えたのだがどうなんだろう。譜面の音をただ置きにいっているだけのように見えた。

この作品に対する大野の解釈というのは、この作品が完成した時代に流行っていたベートーヴェン以降ロマン派あたりまでの作品を演奏するときのスタイルを思い出させる大時代的なもので、当時のいわゆる現音作品をその当時まで遡って振ったような目まいの錯覚を起こさせる。まして、そこに遡ったとしても当時の現音指揮者ならおそらくしないような時代棒であって、そういう意味では当時でもおそらく聴いたことが無いようなお品解釈で、びっくり、唖然。
一言で言うとギアチェンジ箇所でのアゴーギクの多用。直列になっている毛色の違う主題、リズミックであったり、ハーモニー主体の息の長い主題であったり、そういったものの扱い。アチェルランド、大げさなリタルダンド。一気に昔に戻ったような目まい。マーラーの歌い節ならあのような伸縮性もさまにはなる。ブルックナーだと今どきあのやりかただとかなりの疑問符。今日のトゥーランガリラはブルックナーをそれでやってしまったと言うに相似。いわゆる現代音楽へのアプローチとしては異質で、今時あのようなアゴーギクで現音を振る人はいない。メシアンのこの作品を冒頭に書いたシチュエーションにおける時代に即した作品の範疇にいれているという本人理解での表現棒ならわからなくはないが、それなら、他の同時代作品も同様なスタイルで振るのが普通だと思うのだが、これまで色々と聴いてきて、現実にそのような演奏は無い。
等々、書いているほうも釈然としない。

ブラスセクションにメシアン呼吸は無くて、譜面の音をただそこに置いていっている。貧弱な表現で、メシアンサウンドが生き生きと中空を帯のように飛び回る響きの世界が皆無。自信無げで板についていない。躍動するプレイになっていなかったのは残念。壮観であるはずのパーカス群の攻めない叩きに響きの饗宴は無い。総じて薄めの分解サウンドはオケとしてのこの作品にトライする姿勢が真剣に、あるのかどうか疑わしいとまでは言わなくともかなりあやしいものであった。

ピアノのミヒールスは困難なパッセージを跳ねるような若々しい弾きスタイルで、やや細めの鋭利なサウンドが魅力的。なのだが、オーケストラの目まぐるしく変わる主題がいちいち大時代的なリタルダンドになって延びていって主題チェンジ、といったやり方には慣れていないと見え、指揮者凝視多く、よく見ているのだが、ついていけない箇所が散見。ついていけないというよりも相対的に前のめりに音が出るように聴こえてしまう。彼の相対性原理のほうが今の時代、正しいものだろうとは思う。リハを重ね指揮者の振りスタイルをかみ砕けばこうはならなかったと思う。時すでに遅し、ではない。20日にもう一度あるので。
まぁ、個人的にはミヒールスのスタイルを貫き通してほしい思いのほうが強い。

この作品を330回以上演奏してきたというハイヒールにマント姿の原田には今日の大野解釈でもなんでも朝飯前に違いない。

プログラムの最初に5分ほどの作品がミヒールスのソロで弾かれた。一瞬にしてメシアンの世界に引き込まれる。ミュライユというよりメシアンそのもの。点と響き、研ぎ澄まされた響きが空間を感じさせる。最後の長い空白で感じるメシアンの微笑み。

おわり

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2480- ブリテン、PG4、ヴィトマン、クラ協、ブルックナー6番、カンブルラン、読響、2018.1.13

2018-01-13 23:13:50 | コンサート

2018年1月13日(土) 6:00pm サントリー

ブリテン ピーター・グライムズより、4つの海の間奏曲  4-4-4-5

ヴィトマン クラリネット協奏曲 エコー=フラグメンテ (jp)  19
 クラリネット、イェルク・ヴィトマン

Int

ブルックナー:交響曲 第6番 イ長調 op.106  15-15-8-15

シルヴァン・カンブルラン 指揮 読売日本交響楽団

音楽のスタイルが自然に厳格さを感じさせるものとなっていて、換言すると、それはカンブルランのスタイルは必ずしも厳格さを求めるものではないのに、出てきた音は厳格な作りの様相を呈した演奏に聴こえてくる。はまり過ぎているともいえるが、その微妙なすれ違いみたいなものが、風の入り込む隙間となっている。

開始楽章と終楽章それにアダージョ楽章もソナタで、その演奏は平均台が3個、3列平行に並びその台も延長線上の線もまじわることの無いもの、ブルックナーの演奏スタイルとしては動かぬ型、それを表現してくれたカンブルラン。彼が意図したものかわからぬがこの型は動かない。ブルックナーの方針としては一つの方向性を示してくれている。
ソナタ楽章三つとも第1,2主題は中庸な流れ、第3主題でアクセルをいれるやり方で、展開部でのブレンドは第1,2主題の絡みが多いから、3主題というよりも1と2に対比する3といった趣き。このバランス感覚はこの指揮者独特のものだと思う。第1主題の蹴るようなこの曲独特のカタルシス的推進力はあまり出て来ない。第3主題は遠いですね。それにアダージョ楽章にクライマックスは見えずの作品、そういったこともあって、主題陳列のバランスがツボ。ソナタ三つともタイミングは15分。おそろしいと言えばおそろしい。
蹴り上げるようなチリチリしたヒート感が欲しい。動かぬものとして表現したわけではないと思うが、それであれば静の推進力みたいな時間の推移によって音層が心理的に積み重なっていくようなブルックナー独特の力学にカタルシスを求めても良かった気がする。まぁ、彼の方針ではないと思うが。
読響はブルックナーの響きを手に入れていると思うので、そういった意味での説得力は絶大。ブルックナー演奏に慣れていて、その分、指揮者の意図するところを深く理解表現できるオケ。自然にさまになる。
カンブルランは7番の終楽章が現音風な大胆な響きを作るのに向いている気がする。この楽章は短すぎて作品全体から見ると構成がアンバランスな楽章ではあるのだが、そこにうまみ成分を盛り込むと、たぶん面白い。


前半の1曲目がPG4インタールード。4ピースともにダイナミックなもので、4曲目の嵐より前に既に激しさがある。オペラで観たらカンブルランの棒はきっと面白いものになるだろうね。

2曲目は日本初演の作品。


モダンピッチとバロックピッチのグループが左右対するフォーメーション。音高の位相の差異が過去から今へのエコーのフラグメントなのだろうか。出てくる楽器も色々と多彩。殊更なぶつかり合いは無くてむしろ融和プレイ。きしんでいく音は無い。唯一、ナチュラルホルンがしなるように咆える個所が散見。ソロクラの主張はそれほど濃くない。総じて、個別の線がそれぞれ繊細に主張。今風な細いアンサンブル音楽。
何にどうインスパイアされた作品なのだろう。それともそんなこととは全く関係ない世界なのか。カラフルな音色は近くにあるように思えるが音楽は遠のいていくように見える。


クラつながりで、ブーレーズのドメイン(ドメーヌ)は昔見たことがります。
動き回るドラッカー ホライゾン-11- 1984.6.6

おわり

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2479- ラヴェル、シュトラウス一家、上岡、新日フィル、2018.1.13

2018-01-13 22:51:35 | コンサート

2018年1月13日(土) 2:00-4:15pm トリフォニー

ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ  2-3-2-1-2-1-3-5′

ヨーゼフ・シュトラウス ポルカ・マズルカ「踊るミューズ」op. 266  4′

J.シュトラウス2世 ポルカ・シュネル「狩り」op. 373  2′

J.シュトラウス2世 ワルツ「東方のおとぎ話」op. 444  8′

J.シュトラウス2世 歌劇『騎士パズマン』op. 441 よりチャルダッシュ  6′

Int

J.シュトラウス2世 ロシアの行進曲風幻想曲 op. 353  5′

J.シュトラウス2世 ワルツ「加速度」 op. 234  8′

エドゥアルト・シュトラウス ポルカ・シュネル「電気的」  2′

J.シュトラウス2世 ポルカ・マズルカ「女性賛美」op. 315  4′

J.シュトラウス2世 新ピッツィカート・ポルカ op. 449  3′

J.シュトラウス2世 ワルツ『北海の絵』 op. 390  8′

ラヴェル 管弦楽のための舞踏詩 「ラ・ヴァルス」  13′

(encore)
J.シュトラウス2世 歌劇「こうもり」序曲  8′

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


ラヴェルのワルツ2曲でシュトラウス・ファミリー10曲をサンドウィッチ。ラヴェルの曲は知っているもの、ファミリーの作品はまるで知らないものばかり。ひねりの効いた選曲で、らしいと言えばそうかも。

ファミリーの作品はどれも味なもので上岡も譜面不要のこなれた指揮。こうゆうコンサートって譜面台が取り払われているというのも雰囲気を醸し出していていいですね。

締めのラ・ヴァルス。上岡の意図した音色変化の表現が多彩。アンサンブルの色彩が豊か、肌触りが良くてなまめかしいツヤも出る。ストリングから奥のパーカスまで行き届いたコントロールは自然な歌いくちで、伸縮も自在に動き回るヴァルス。夢見るような演奏でした。ビューティフルでエキサイティング、マーベラス。

結局、全部こんな感じだったんだよね。と、あとからじわじわくる。ラヴェルの最初の曲から最後までね。色彩美に溢れた内容の濃いニューイヤーコンサート。
ファミリーの10曲は全部マイナーキーの作品のように聴こえましたけれども、どれもこれも光りあり影ありで素敵でしたね。
おわり


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2478- プロコフィエフ古典、PC1、ガヴリリュク、展覧会の絵、飯森範親、東響、2018.1.12

2018-01-12 23:18:23 | コンサート

2018年1月12日(金) 7:00pm サントリー

プロコフィエフ 交響曲第1番ニ長調op.25  4-5-2-3

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番変ニ長調op.10  7+4+4
 ピアノ、アレクサンダー・ガヴリリュク
(encore)
ムソルグスキー 展覧会の絵よりキエフの大門  4
モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番K.330 第2楽章  6

Int

ムソルグスキー/ラヴェル編曲  展覧会の絵  36

飯森範親 指揮 東京交響楽団


ガヴリリュクの生ではプロコフィエフPC2、PC3は聴いたことがあって今日はPC1、ラッキーなことに毎回違うコンチェルト。展覧会の絵は2016年にリサイタルで聴いていて、今日はアンコールでキエフの大門を演奏しましたが、後半プロの前だしというよりも、あの時のプレイを思いだした。

PC1はあっという間に終わってしまったがなにやら巨大な作品を聴いた心地となる。
エネルギッシュな演奏ではあるのだがその前に音色の美しさ、素晴らしくきれいな音ですね。そして研ぎ澄まされた技巧。両腕がまるで4本あるかのような動き、鍵盤を押し付けるような圧力は皆無に見える。次の音の鍵盤への動きが速くてどんなに細かいパッセージでも垂直な押しがフェザータッチのようにサラリと弾かれる。凄いもんだ。正確だから音も美しくなるんだろうなあ。
透明でぶ厚い、肌触りよく流れていく急流、激流なれど安定感は大海のよう。プロコフィエフを満喫。ガヴリリュクを堪能。
アンコールでまさかの展覧会。後半プロがわかっていながらの強烈な意志表示か。どうしても弾きたかったのかもしれない。キエフのピースなれど全体イメージが完全に頭の中にあって最高の雰囲気がのっけから醸し出される。スバラシイ。
もう1曲、がらりと変わりモツソナのアンダンテ・カンタービレ。よくスイッチをこんなにも簡単に変えることが出来るものだなあとまずはびっくり。精神の落ち着きが目に見えるよう。端正でブレのないプレイ。これでホールがすっかり静かになるんだから凄いもんだ。長い楽章、終わるのが惜しいほどに。
今度はモツソナ全部聴きたくなりました。ガヴリリュクさん、今回もありがとうございました。

ということで、PC1に先立ち、1曲目の古典シンフォニー。そもそもこれが良かった。東響独特の明るくイエローなサウンド。それに厚みのある響き。やや硬質にしてしなやかで柔軟性に富むプロコフィエフ。本格的な演奏で強烈にしてわかりやすい。オーケストラの醍醐味を満喫。このモードでPC1に移っていき伴奏越えの丁々発止のスリルを味わえたのでした。ノリチカ棒がいい。

後半の展覧会の絵。オーケストラ版、
前半のプログラムとアンコールで、もう、十分満足。だったけれども、休憩時間に外で頭を冷やして、聴いてよかった。
イエローな響きがマスできれいにのびていく。明るいラヴェルサウンド、それに厚みとコクのあるムソルグスキーサウンドが見事にブレンド。上から下まで同じ幅での動きは俊敏で正確、爽快な展覧会。ノリチカ棒に余裕を持って応える東響。なかなかの迫力、いけますね。立ち位置とは別の対等な世界を感じる両者、これも、いいものですね。
おわり


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2477- ブルックナー全曲演奏 バレンボイム シュターツカペレ・ベルリン 2016年来日公演

2018-01-11 23:11:20 | バレンボイムSKB ブルックナー

2016年2月、日本で行われたダニエル・バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリンによるブルックナー全曲演奏会のメモです。

2053- モーツァルトPfcon27、ブルックナー1番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.9

2054- モーツァルトPfcon20、ブルックナー2番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.10

2055- モーツァルトPfcon24、ブルックナー3番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.11

2057- モーツァルトPfcon26、ブルックナー4番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.13

2058- ブルックナー5番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.14

2059- モーツァルトPfcon22、ブルックナー6番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.15

2060- ブルックナー7番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.16

2063- ブルックナー8番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.18

2064- ブルックナー8番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.19

2065- モーツァルトPfcon23、ブルックナー9番、バレンボイム、シュターツカペレ・ベルリン、2016.2.20

以上




 

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2476- 町人貴族、人魚姫、大野和士、都響、2018.1.10

2018-01-10 23:06:24 | コンサート
2018年1月10日(水) 7:00pm サントリー

シュトラウス 町人貴族  4-2-2-4-2-2-4-3-9

Int

ツェムリンスキー 人魚姫  15-12-13
(アントニー・ボーモント校訂版(第2楽章カット有りの改訂稿))

大野和士 指揮 東京都交響楽団

2016年2017年と1回ずつ人魚姫を聴いて今年2018年お正月にこうやってまた聴ける。ツェムリンスキールネッサンスにはほど遠い状況ながらポツポツと聴けるようになったのはうれしい。この作品の生演奏に接するのは4回目だと思う。記録の整理がついていなくてもしかするとほかにも聴いているかもしれない。
神経過敏なロマンティシズムが漂う作品、どっぷりと浸かったものではなくて細やかな回路が集積していくような味わい。標題とそのストーリーから思い浮かべる色模様はそれはそれとしてイメージされて聴くのも良し。シンフォニックな聴きこみも良し。色々と楽しみ方はある。繊細なデリカシーと絵模様が綯い交ぜになりながらも交響的な様相も大きく魅せてくれる。魅惑的な作品。
冒頭、シリアスな序奏風進行にはやや力みがあると感じるが、聴き進むにつれその後の展開は冒頭りきみを納得させるだけの楽章規模とも思えてくる。大きな線よりも繊細で淡い響きが徐々積み重なっていき聴き手を離さなくなる。作曲家の標題表現が見事にちりばめられたもので大きな楽章ですね。
中間楽章はスケルツォ的なざわめき、それも長続きはしない。断続的なもの。泡のようだ。解説によると今日の演奏は初演時と同じく「海の魔女の地」をカットしてある改訂稿での演奏との事。初稿はカット無し。改訂稿はカット有り。
これでも十分な規模で、これでカットが無かったらそうとうな膨らみとなっていることだろう。3楽章形式の中間楽章として相応な重みを感じる。反面、終楽章にやや尻つぼみ的なバランスを感じさせる要因となっているのも否めない。
その終楽章はドラマチックな装いを魅せながらも最後は静かなエンディングをむかえる。素晴らしい。
指揮の大野は譜面不要、渾身の棒。彼は1995年に同曲をN響で振っており、また、先立つ1992には東フィルと、フィレンツェの悲劇の日本初演をしている。まぁ、作曲家そして作品と、共感の棒ですな。
細やかなことが積み重なってくる作品、大野棒は肩肘張らず同じく小さなところから始め、気がつくといつの間にか巨大なものが姿を現している。そんな感じのシンクロ棒で全くもって鮮やかでお見事というしかない。惚れ惚れするものでした。
オケの響きがそれらに寄与していたのは多分にあり、都響のクリアで明瞭、曇りのないリアルサウンド。ツェムリンスキーのナイーヴなロマンティシズムの表現にはまことにふさわしいもの。3者の一体感。素晴らしい。
これでティンパニが歌いアンサンブルすればさらに良くなることだろう。騒々しい太鼓。
ツェムリンスキーの作品には管弦楽やオペラをはじめとして歌曲まであるので色々と聴いてみたい。

人魚姫
1995年7月29日 サントリー
バッハ(マーラー) 組曲 第2番より序曲
マーラー 亡き子をしのぶ歌 Br小松英典
ツェムリンスキー 人魚姫
大野和士 N響


抒情交響曲(ここ何年かに聴いたもの)



大野和士による他作品の演奏ライブ

1992年9月18日 オーチャード
フィレンツェの悲劇 (日本初演)
大野和士 東フィル
伊原直子、若本明志、多田羅迪夫


前半のシュトラウスの町人貴族、これも佳演でした。小編成で上て半分に管3列、その後ろパーカス。下てに弦。楽器によるサウンド特質が見た目聴いた耳にも明確に分離。二つの色模様を同時に聴いているような趣向で面白い。管2列目は手前バスーン、奥フルート。バスーンの響きがホルンのように響いてきましたね。3列目のホルン2本と合わせ下吹き上吹きのような具合。時折分離プレイになったりする弦の線は一本ずつが見えるよう。
これも楽しめました。
おわり

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