河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2593- =女と男の愛の生涯= アラベスク、女の愛と生涯、テレーゼ、アデライーデ、エリーゼのために、遥かなる恋人に、中嶋彰子、小菅優、2018.8.2

2018-08-02 23:46:12 | リサイタル

今宵は、女性・男性、それぞれを通して恋人への想いや愛に想いを馳せます。シューマンは、「女の愛と生涯」という歌曲集を通して、女性(妻)が夫(未来、空想)と出会い、結婚し、最後に死別するまでのことを想い描き、ベートーヴェンは、「遥かなる恋人に」を通して、ベートーヴェン自身が死ぬまで愛した女性へのラブレターを想い描いたと言われています。
時代を経ても変わらない、「女と男」の「移ろいゆく恋」、「変わらない愛」をお聴きください。
中嶋彰子


2018年8月2日(木) 7:00pm ヤマハホール

シューマン

アラベスクハ長調Op.18  7
  ピアノ、小菅優

女の愛と生涯op.42 (字幕付き)  3-3-2-3-2-4-2-5
  ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

Int

ベートーヴェン

ピアノ・ソナタ第24番ヘ長調op.78テレーゼ  5-3
  ピアノ、小菅優

アデライーデop.46 (字幕付き)  7
  ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

バガテル エリーゼのためにイ長調WoO.59  3
  ピアノ、小菅優

連作歌曲 遥かなる恋人にop.98 (字幕付き)  15
  ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

(encore)
シューベルト 野ばらop.3-3 D257
ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

恋心、お互いの人生、メッセージが素敵な中嶋さんプロデュース、女と男の愛と生涯、と銘打ったリサイタルは、この洒落た副題に2曲目のシューマンにおのずと重心がいくかと思いきや、それはリサイタル全編に塗りこめられたものだったなあと、終わってふーと一息つきながら顧みる。


前半シューマン、後半ベートーヴェン。1曲目、何は無くともまずはプレイ。小菅さんの弾くアラベスク。今晩の作品の副題を眺めてみるとこの曲だけ副題に中嶋さんのメッセージが表にあらわれていないけれども、ヴィークへの思いが伝わるものなのだろう。
小菅さんのコンセントレーションは第1音の前に既に曲が始まっているかのようだ。始まる前のざわついた心を一気に鎮めてくれる。素晴らしい集中力でいつものピアノのさばきがとっても素敵。曲想の変化はメリハリ有り、強く透明。

中嶋さんが登場して小菅さんとトーク。そのあと、女の愛と生涯。
全8曲約25分。ステージ後方に字幕が出るので、ジックリと詩を眺めながら中嶋さんの歌に浸る。
この歌詞の意味合いや色合いを思い浮かべながら、だからこそできる歌による人生の一面を心底描写、歌と想いとテクストが一体化したもので深い。声色が自在に変化、そしてパースペクティヴの効いた彫りの深い歌い口が味わい深い。深いに過ぎる。
若いときの心ときめく、デリカシー滴るシューマンの音楽のアヤ。中嶋さん歌は端々まで神経がゆきわたっていて、シューマンの細胞が透けて見えるようだ。
7曲目まで暗さは無いテクストにもかかわらず、独特の憂いのようなものが全体にそこはかとなく漂う。
苦しみは最後の8曲目だけにあらわれる。それまでは終わりの始まりではなかった、人生を過ごしてきたのだと、過ごす人生を描いたものだと知る。心を込めた最終ピースにはなにか、こう、明るさのようなものが漂った。歌い終えて目に手がいった中嶋さんの、苦しくも、少し先が見えてくるような歌だった。
伴奏の小菅さんはいつもよりやや引き気味モードの伴奏。中嶋さんの歌に寄り添うプレイ。歌によく絡まる。そして各ピース、中嶋さんが歌い終えた後のエンディングまでのピアノ。これが実に味わい深い。なにひとつおざなりにせずじっくりと余韻を聴かせてくれる。これもまた素晴らしい。
いやあ、シューマンの神髄を見たような気がした。


後半はベートーヴェン。まず小菅さん十八番のベトソナから。
熱情と告別に挟まれたうちの一つ、テレーゼ。オンリー2楽章の10分に満たないソナタ。まずはいきなり小菅さんの本領発揮。頭4小節のアダージョカンタービレ序奏を始める前の深くて長い間。合わせて10小節分もあったのではないか。長い序奏だった。この序奏が効きました。作品の全体像がものすごく大きく見えた。
序奏から気分は流れるような第1主題と3連符の第2主題。自在なアゴーギク、ベートーヴェンだ。さばきが鮮やかで美しい。惚れ惚れするプレイだ。
第2楽章は練習曲のような雰囲気は一切なくて前楽章の第2主題のモードをさらに高揚させていく。休符の間と、細かい音符の動きの息づかいが素敵でした。
聴けば聴くほどに深いテレーゼ、良かったですね。

また、二人でちょっとしたトークがあって、次はアデライーデ。
男声がアデライーデに呼びかける歌。中嶋さんの一色の声色で通したモースト・ビューティフル・ベートーヴェン、ややキーンな中にザラリとした肌触りの質感を漂わせて歌う絶品の歌唱。ベートーヴェンのアデライーデは、もはや、ワーグナーの源流を聴く思い。本日の白眉。なんて素晴らしいんだ、アデライーデ。
小菅さんの伴奏はベートーヴェンになってややエキサイティングになりつつも、ここは飽くまでも中嶋さんの歌唱と心得ていましたね。
本当にいい演奏だった!!

コクのあるエリーゼのために。均質で情に流されない。譜面の中からベートーヴェンの情感がにじみ出てくる。溢れ出るメロディーメーカー・ベートーヴェン。

遥かなる恋人に。
連続歌唱の6ピース。なにかちょっと身体か軽くなり浮いたような気持ちとなる。ワーグナーの源流節はアデライーデほどには無い。諦めの昇華なのだろうか。いつでもベートーヴェンはその時々の悟りのようなものを感じさせてくれるものだ。
中嶋さんの入念な歌唱にはしびれましたね。小菅さんは演奏の間のトークよりも早く弾きたいという気持ちがアリアリと。ピアノでトークしたいんです、そんな感じが溢れていましたね。

とっても素敵なリサイタルの夕べ、満喫。
満を持して、色紙とCDを持ってうかがいましたが、サイン会は無いとの事で空振り。女の愛を語りにギンブラだったのかしら。ご一緒したかったわ。

好企画、素敵な佳演、ありがとうございました。
おわり





















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2573- ベートーヴェン、チェロソナタ、2,1,4、小菅優、石坂団十郎、2012.6.15

2018-06-15 23:43:18 | リサイタル

2018年6月15日(金) 7:00-9:15pm 第一生命ホール

オール・ベートーヴェン・プログラム

《マカベウスのユダ》の主題による12の変奏曲ト長調WoO45  11

チェロ・ソナタ第2番ト短調Op.5-2  15-8

Int

チェロ・ソナタ第1番ヘ長調Op.5-1  17-7

《魔笛》から「娘か女房か」の主題による12の変奏曲ヘ長調 Op.66  9

チェロ・ソナタ第4番ハ長調 Op.102-1  8-7

(encore)
シューマン 幻想小曲集Op.73 第3曲  4

シューマン おとぎの絵本Op.113 第4楽章  5

ピアノ、小菅優 チェロ、石坂団十郎


チェロ・ソナタというよりもピアノソナタwithチェロといったおもむき。作品の傾向がそうだからというのもあるし、まあ、小菅さんの独壇場でした。演奏、主導権、全部、ですね。

1番2番は異色というか、若くてしっかりとしたフォルムで、そこまでしたからその後の作品が生まれたのかもしれないのだが、若さの中に息苦しさを覚える。2番の序奏は5分越え、ここまでしないといけなかったんだろうねベートーヴェンは。ホント、興味尽きないコンポーザーではある。
ピアノが目まぐるしく活躍する中、気がつくといつの間にかチェロが合わせて奏でられていた。そんな瞬間が続く。小菅さんの表現の幅は圧倒的ですね。空気がはずんでいる。お見事なプレイ。

1番と4番の間に置かれた魔笛の変奏曲は作品番号66なんですね。ということは67の前なのか、でも、初期の変奏曲なんですよね。

2番と1番を聴いた後だと4番はホッとしながら緊張感解いて聴ける。りきむことなく書き上げた筆のタッチが心地よい。音楽の表情が自然。
石坂チェロは総じてしなやか。みずみずしい切れ味もあって小菅のピアノとよく合っている。ピアノを邪魔しない、という妙な言い回しがしたくなるチェロ・ソナタの夕べでした。
ありがとうございました。
おわり





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2532- シューベルト、ピアノ・ソナタ、7、14、20、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.12

2018-04-12 23:54:51 | リサイタル

2018年4月12日(木) 7:00pm 小ホール、東京文化会館

シューベルト・サイクル Ⅴ

ピアノ・ソナタ第7番変ホ長調D568  9-7-4-10

ピアノ・ソナタ第14番イ短調D784  12-4-6

Int

ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959  16-8-5-11

(encore)
ピアノ・ソナタ第6番ホ短調D566第3楽章  5

ピアノ、エリーザベト・レオンスカヤ


シューベルト6回サイクルのうち5回目。この前、サイクル2回目を聴いて、今日もう一度お邪魔しました。
2527- シューベルト、ピアノ・ソナタ、9、15、18、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.6 

登場も引き際もあっさりとしたもので、構えることなくすーぅと弾き始めるやいなやシューベトの世界にすぐに引き込まれていく。

7番は2楽章の短調が美しい。ウェットなたたずまい。その余韻を引き継ぐマイナーモードの3楽章。物憂げに引き継いでいる、ひきずることなくやや骨太に進めていく。
これで十分の30分作品。次の14番は3楽章構成で、もはや、1楽章足りないという感覚。
この終楽章は激しいですね。宙に浮くような感覚の作品、これも申し分なく楽しめた。

後半は大曲、遺作の一つ。
なんというか、天国的な長さの作品ではあるのですけれども、その1,2楽章で言いたいことはほぼ言い尽くしていると思うので、弛緩することなくここを乗り切るのは奏者にとって容易なことではないだろうね。シューベルトの頭2楽章は難所。
と、大体いつも感じるのです。レオンスカヤのピアノというのはこのロングな楽章たち、息の長い音楽、遠くにある着地ポイントを弾き始めるときから実はわかっていて、一点のぶれもなく、その遠くの着地ポイントに正確に着地する。それはまさにシューベルトの思いと同じ。ここが素晴らしい。もはや、一心同体。聴いているが一瞬たりとも弛緩することなく聴けるというのはこの大きな流れをつかませてくれるから。聴衆もアクティヴな聴き方がもちろん望まれる。客のアドレナリン噴出のお手伝いもしてくれている。
テンションが徐々に高まっていく。抜けるような終楽章の歌。スバラシイ。別世界の高みに連れて行ってくれる。なにやら、晴れやかですらある。心地よいフィナーレ。
シューベルトの極意を殊更スキルを前に出すことなく、あっさりと高みまで運んでくれる。凄いピアニストですな。
シューベルト、ますます味わい深くなる。ありがとうございました。
おわり

東京・春・音楽祭2018







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2527- シューベルト、ピアノ・ソナタ、9、15、18、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.6

2018-04-06 23:18:07 | リサイタル

2018年4月6日(金) 7:00pm 小ホール、東京文化会館

シューベルト・サイクル Ⅱ

ピアノ・ソナタ第9番ロ長調D575  8-6-5-5

ピアノ・ソナタ第15番ハ長調D840レリーク 17-9

Int

ピアノ・ソナタ第18番ト長調D894幻想  20-9-4-9

(encore)
三つのピアノ曲D946より第1番  6

ピアノ、エリーザベト・レオンスカヤ


スペシャリストにしてオーソリティのシューベルトを満喫。にじみ出る威厳、それはそれとして、表情の変化、豊かな色彩、みなぎる力、陰影、いろんなものが全て彼女の中に内包されていてそれらが次々と表に出てくる。聴いているほうはその多彩さに耳を奪われる。素晴らしいシューベルトでした。

シューベルトのフォルムはだいたい決まっていて、ピアノ・ソナタだと第1,2楽章で言いたいことは大体言い尽くしていると思っているのだが、レリークみたいにその代表格のような1,2楽章のみの巨大ソナタでさらにその思いを強くする中、これまた巨大な18番D894を今日の様なプレイで聴かされると、やっぱり、粒立ちが良くて魅惑的なスケルツォトリオ、透明な律動が鮮やかなフィナーレも素晴らしすぎて、その完成度の高さに唖然とし感銘がさらに深くなるというものだ。
巨大な1,2楽章は一音ずつ噛み締めて聴く。噛めば噛むほど味わいが出てくる。指一本の単旋律の流れとハーモニーの進行が境目なくシームレスにナチュラルに流れてく。正確な音価、精度の高いプレイは基盤、その上にシューベルトの憧憬の音楽が奏でられていく。正面突破のシューベルト。素晴らしい。このような演奏で聴いているとD894の立ち位置がよくわかりますね。

レリークはシンフォニーの未完成のようなことだったのだろうか。巨大な1,2楽章で本当に言い尽してしまっているようで、彼にとって定形式の3,4楽章を創作する力よりも次の作品を創作するほうに力点が移ってしまったのかもしれない。この前半2楽章にバランスする後半2楽章を作るのは容易ではないとは、たしかに、思う。

1曲目の9番はあまり聴くことが無くて、型へのウエイトが高く、調は揺れ動いていく。このソナタも大きいもので手応え十分。形が把握できるまで次に進まないというか、理解に時間をかけられるのでこれはこれで中身を味わう時間が沢山あって、いいですね。

総じて、スペシャリストの仕事は手堅くてそして自由、実に味わい深いですなあ。作品への愛着、いつくしんで撫でているようなプレイ、そこはかとなく漂い広がるシューベルトモード。作曲家の境地が浮き上がってくる。このような生演奏で聴いてこそ頭の中に刻印されるシューベルトの計り知れない体験。
おわり

東京・春・音楽祭2018



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2521- 上岡敏之 ピアノ・リサイタル、2018.3.19

2018-03-19 23:34:21 | リサイタル

2018年3月19日(月) 7:00pm トリフォニー

ショパン 2つの夜想曲op. 27(ナショナル・エディション)   4-6-
スクリャービン ピアノソナタ第3番op. 23(ベリャーエフ版) -5-3-5-5

ショパン 子守歌op. 57 (ナショナル・エディション)  4-
ドビュッシー 2つのアラベスク第1番(デュラン社)  -4-
ドビュッシー 前奏曲集第1巻より第8曲「亜麻色の髪の乙女」(デュラン社) -3-
ドビュッシー 喜びの島(デュラン社)  -5

Int

ショパン 前奏曲op.45 (ナショナル・エディション)  4-
ショパン ピアノソナタ第2番op.35 (ナショナル・エディション) -7-7-5-2

ショパン スケルツォ第3番op.39 (ナショナル・エディション)  8

(encore)
ショパン 幻想即興曲  4

ラフマニノフ 楽興の時op.16より第4番  3

バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第1番ハ長調  5

ピアノ、上岡敏之


新日フィル定期会員向けのスペシャルリサイタル。指揮者でありピアニストである上岡さんのピアノの夕べ。現在、新日フィルを率いて絶好調、佳演、美演を連発している上岡、瞠目すべきは、自身の指揮のみにとどまらず、このオーケストラに何か忘れていたものを思い出させ、招聘指揮者達による定期公演も軒並み素晴らしい演奏を繰り広げることとなり、この指揮者の存在の大きさにはうなるばかり。ここでさらにひとつ、自身のピアノリサイタルを開くという、いやはや絶好調とはまさにこういうことを言うのであろう。才能というのもおこがましいがそういったものを目の当たりにできる聴衆は幸せと言わなければならない。

かぶりつきの席で思う存分楽しませてもらいました。
ショパンが葬送付きを含む5曲、ドビュッシーが3曲、スクリャービンのソナタ、それにアンコールが3曲。満喫しました。脂のノリがいい演奏で細からず太からず、いつもの指揮とはやや異なるおもむきで、波風の立て具合もほどほどに、一緒にエンジョイできました。客同士の一体感というか垣根がうまく取り払われたいいリサイタルでしたね。

ピアノ・ソナタとしてはスクリャービン3番、ショパンの2番葬送付き。スクリャービンの堅い様式、ショパンの自在な形、わけても葬送から音を切らずにフィナーレに突入するパッション。様式感であれ自在さであれ、それぞれのフォルムの良いところをさらに味付けして押し出していくプレイで、音楽がとまらない。両者4楽章構成のソナタをプログラムに配した意図があるのかとも思ったのだが、それぞれの特徴を押し進めるプレイにそちらのほうに強く興味がいった。

プログラムはこの二つのソナタのフィナーレが済んだところでポーズがあるだけで、他はすべて連続演奏。音を切らずにそのまま次のピースに移るような気配が濃厚でプログラミングの妙がうまく生かされている。周到な並べ方なのだろう。
ですので、前半プログラム、ショパンの子守歌が済んだところで間髪入れずドビュッシー3曲につながっていく。実に自然、語り口のうまさもありますけれども、こういった周到で自然さを感じさせてくれる流れ、気持ちが先につながっていくし、なんだか落ち着くところもある。

ドビュッシーの3ピースはスクリャービンのやや濁ったその上澄みを掬って濾したような贅沢な響き。ソフトでキラキラと透明、あまり聴くことのないドビュッシーサウンドに舌鼓、おいしかったですね。


この日のスミトリは3階席を閉じていたようですがほかの席は沢山入っていたと思う、最前列を頂きましたのであまり確認は出来なかったけれど。
ホールの照明を落として、ピアノだけにスポットライト。シックで落ち着いたリサイタル、上岡さんは指揮のときと同じスーツ。指揮でもリサイタルでも声を発することはないのだけれども、目と手、雄弁ですね。音楽の使徒という気がする。弾きが進むにつれて鍵盤に吸い込まれていくように上からかぶさっていく。

アンコールは3曲。バッハで締めてくれました。いいリサイタルでした。ありがとうございました。
おわり
 

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2472- シューベルトD959、D960、今峰由香、2017.12.22

2017-12-22 23:28:34 | リサイタル

2017年12月22日(金) 7:00pm Hakuju Hall

シューベルト ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959  12-8-4-13
Int
シューベルト ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960  22-9-4+8

(encore)
シューベルト 即興曲 Op.90-3  5


ピアノ、今峰由香


1年ほど前に出たベトソナ24,25,26と変奏曲の入ったCDを購入して聴いておりまして、その流れでリサイタルを聴きに来ました。

研ぎ澄まされて洗練された音の輝き、音粒の正確な均質感、ピアノの音が身体から出てくるような自然さ、ほどよい距離感、物腰、、
今まで色々とピアノを聴いてきたが、だいぶ違う。しっくりくる。山の高さ、海の深みが、最初からなにかこう、一段違う。

お初で生聴きします。第一印象は音の美しさ。素晴らしくきれいな音。それと、
例えばD959のスケルツォなど、この美しく飛び跳ねるフレーズはどうしてこのような扱い、表現になるのだろうか、なるほどそういう流れなのか。といった具合で、全編に渡り全て納得できるところに落ちる。こういったことが沢山出てくる。丹念な解釈の後の演奏に聴こえる。これも、うなる。ナチュラル。

D959、彫琢された音の美しさにうなるばかり。ハクジュホールは300ほどの贅沢席ホール、天井が高くてピアノの音が押しつぶされることなくきれいに響くので、さらに良い。
大体2楽章までで言いたいことを概ね言い尽くしている感のシューベルト。ベートーヴェン的な壊しては作るといった型ではないいわゆるソナタ形式デフォなので音の流れそのものを満喫すればいいのかなとも思う。
音の粒が徐々に流れとなる第1楽章、見事だわ。ちょっと音が跳び節回しが馴染みやすい第2楽章、最後激しさが覆う。クリアで明瞭、全ての音がくっきりと浮かび上がる。ここまでで大体満足。
と思いきや、次のスケルツォが惚れ惚れする粒立ちで鮮やか過ぎた。ピシーンパシーンと決まる。やっぱりこの楽章、短いけど要る。魅力的だわ。
終楽章の自然な流れと盛り上がり、この感興、パーフェクトでとてつもなく素晴らしい演奏でした。美しい。

鼻かぜ気味なのか楽章間でちょっとグシュグシュありますけど弾くほうは問題無い様で後半D960、これも頭2楽章で言いたいことを大体言っていると思うが冒頭楽章がさらに長くて緩やか。息を整えて、ことも無く渡る平均台のような趣き。作曲家の内面を照らし出す。太過ぎず細すぎず一つの鍵盤と同じような幅で身体から音楽がじわっとにじみ出てくる。
第1主題の後すぐにゴロゴロゴロとくる左手トリルの明瞭なタッチ。もう、いくら長くてもいい、終わらないで欲しいという感じ。
第1楽章の長大なモデラートに続いてアンダンテ楽章。この楽章には第1楽章の響きを今日は特に強く感じた。一体感あるものでした。ここまでで30分越え。
あとは形式を整えるような楽章、と言っては何だが、穏やかだったものが少しずつ浮遊感を感じさせ始め明るさを増して、これからまだ先があるよと言いながらシューベルトが終わる。

ご本人が書いたプログラムノート、味わい深いものです。これら2作品への姿勢、その前にある深い理解。満ち溢れていますね。アカデミックな香りとは別の、愛を感じます。
シュベソナ全部、今、聴きたくなった。ゆっくりタップリ聴きたくなりました。
ためいきばかり出るいいリサイタルでした。
おわり







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2464- ベトソナ、テンペスト、31、チャイコフスキー、ドゥムカ、大ソナタ、デニス・マツーエフ、2017.12.9

2017-12-09 22:34:05 | リサイタル

2017年12月9日(土) 2:00pm 小ホール、武蔵野市民文化会館

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番ニ短調テンペストOp.31-2  8-7-6′
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op.110  6-3+10′
Int
チャイコフスキー ドゥムカ ハ短調Op.59  7′
チャイコフスキー ピアノ・ソナタ(グランドソナタ)ト長調  11-8+3+6′

(encore)
リャードフ 音の玉手箱  2′
シベリウス 練習曲作品76-2  1′
ラフマニノフ 前奏曲作品32-12  2′
グリーグ 山の魔王の宮殿にて  2′
マツーエフ 即興  5′

ピアノ、デニス・マツーエフ


シーズンの演奏回数が多くて内容もタフといった印象が先に来てしまうマツーエフですけれども、ベトソナは殊の外、落ちついたものでした、最初は。

テンペストは幻想的なプレイで特に1,2楽章の静謐に傾斜していくようなおもむきは味わいがあった。キラキラ輝く水際立った音で、ピアノが物体で作られていることを忘れさせてくれる。アルペジオ風味が割とあって、また四声のうちバスの浮き沈みが冴えている。強調は無く短めに顔を出すがなんだか力が見え隠れするものがある。
鍵盤を押した後、さあっあと腕を上にあげる仕草もあまり無くて、一つ一つの音をじっくりと弾き込んで聴かせてくれる。
終楽章はキラキラワクワクノリノリな空中浮遊感。16分休符のあとの4つの音の流れ自然でした。そしてやや激しさを増しながら最後は弱音で急降下し消え入るように。ピアノさばき冴え渡るマツーエフ。

ワクワクベートーヴェン。最後の3つではこの31番の出だしの下降音型が好み。なんだか途中から始まっているような気持ちにさせてくれる。この第1楽章の前にもう一つ楽章があったんだよ実は、とベートーヴェンが言っているように聞こえる。この悟りのような第1楽章はいいですね。やっぱり3作品一束のような味わいなのかもしれない。
音の粒立ちが良くて、曲想のしっとり感が綯い交ぜになって居心地良い。31番この境地。マツーエフがしっかりと魅せてくれました。聴くほどに奥がある。
2楽章はうって変わって激しい。怒涛のような激しさ。切れ味が鋭い。完璧なタンギングを聴いているような錯覚。彫りが深くて立体的、クラクラするようなパースペクティヴ感。がらりと変わって圧倒的なマツーエフの力腕。息つく間も無くそのまま終楽章へ。
と言っても、強烈な2楽章結尾はスフォルツァンドの繰り返しから最後はピアノにディミヌエンドしてしぼみ、リタルダンド。終楽章の頭はこのモードを引き継いでいる。マツーエフの冷静な音の運び。最初から、全部が見えているのだろう。余裕のパフォーマンス。
清らかな第1楽章、激しいスケルツォ、変幻自在。終楽章のフーガへ。お見事とうなるしかない、この全体俯瞰。
嘆きの歌からフーガへ。なんだか全部嘆きの歌のような気がしてきた。音形を変えて再度嘆きの歌へ。そしてコラール風味な進行は抑え気味マツーエフ。このあとの進行は、ベートーヴェンはどうやってフィニッシュしようか探している雰囲気が漂うところ、全てを解決するように一気に垂直降下する。マツーエフのピアノが炸裂、爆発。フォルテシモ×2の音量だわな。
音符が一つに並んだような錯覚の垂直一気降下。鉄板でもなんでも来い突き破るからみたいな圧巻の響きの中、急上昇しサラリと終わる。鮮やかな31番でした。彼のスパイス見えました。マーベラス。

後半のチャイコフスキーのほうはリラックスして、でも気を抜くことは無い。
ドゥムカは作曲家の明るさ暗さ、独特のメロディー。ほの暗い浅めのタッチが少しモコモコ感を醸し出しながら色々と変化していく。

グランドソナタはマツーエフのリズミックでダイナミックなチャイコフスキーサウンドを満喫。
型が明瞭な演奏。怒涛の流れでいくわけではなくて副主題が物憂げさも漂わせてくれる。第1楽章は総じて激しくて音も華やか。型の規模も大きい。これと次のアンダンテ楽章、付点やシンコペーションのモードの味わいが似ている。静かな2楽章なのにリズムが息づいている感じ。この1,2楽章で、もう、ほとんど、作品の大半を占めてしまった。圧巻の演奏。あとは型の残りをやっていく感じ。腕の見せどころもパワーアップ。
マツーエフは楽章間を殊更区切ることは無くてだいたい続けてプレイする。勢いを感じさせるし、ポイントとなる楽章での一服は音楽の流れを冷静にくみ取っているかな。
チャイコフスキーの短い音符の塊が全部スタッカート風な切れ味の良さでいくら速いパッセージでも全部聴こえてくる。エスカレーターがエレベーターのようになり、最後はロケット発射、華麗な指技。まだ、やり足りないと言っている。凄い凄い。


アンコールは5曲。演奏後一礼して下てに引き、また出てきてすぐにアンコールピースを始める。このあとサイン会も無かったので、時間に追われていたのかしら。翌日ゲルギエフと昼夜2公演、ラフマニノフのピアノ協奏曲全4曲弾かないといけないし。その下ごしらえが要るのかもしれない。などと思う中、ショートピースを次々と。
最後の5曲目は自身作の即興(という曲)。やりたいことをあらいざらい全部やりつくす。最初は静かでややジャジー、ガーシュウィン風ドビュッシー風。だんだんとエスカレートしていき、技のオンパレードで大晦日の売り尽くしみたいになるも一滴の乱れも無い。唖然茫然。ぶっ飛びました。

マツーエフのデリカシーとパワー、心ゆくまで堪能できた三鷹の午後でした。ありがとうございました。
おわり



400人規模ホールにNHKのテレビキャメラが5台も。ステージ2台、客席3台。2018年2月2日(金)朝5時からNHK-BSプレミアム「クラシック倶楽部」で放送とのこと。





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2462- メシアン、幼子イエスにそそぐ20のまなざし、エマール、2017.12.6

2017-12-06 23:42:28 | リサイタル

2017年12月6日(水) 7:00-9:35pm コンサートホール、オペラシティ

メシアン 幼子イエスにそそぐ20のまなざし  51-65

     Ⅰ~Ⅹ      6+3+3+4-6-11-4+2+4-8
Int
     ⅩⅠ~ⅩⅩ  6-3-4+4-11-3-5+6-10-13


ピアノ、ピエール=ロラン・エマール


エマールは先週末、デュトワN響の伴奏でラヴェルのレフトハンドを好演。今日はメシアンのロングな作品。
前半10曲、休憩20分を入れて後半10曲。

この作品は幸い5月にもオズボーンのピアノで聴きました。
2345- メシアン、幼子イエスに注ぐ20のまなざし、スティーヴン・オズボーン、2017.5.18

そう言うこともあってだいぶ見通しよく聴くことが出来た。
エマールの弾く20のまなざしは、見た目のコンセントレーションモーションを横に置くと、一歩引いて弾いている印象。
タッチが重くならずみずみずしくて、音から音への推移にあまり隙間を作らずつなげていく。規模の大きいピースの後は一服おくが、そうでないものはつなげて弾いていく。つなげて弾いているものは曲の表情の変化がそれほど濃くならない。音の粒立ちの良さが気持ちいい。

(テーマの目安)
Ⅰ 愛のテーマ
Ⅱ 星と十字架のテーマ


Ⅴ 神のテーマ (数字の3がキーワード)

Ⅶ 星と十字架のテーマ
Ⅷ 

Ⅹ 狩のテーマ、幸せのテーマ
intermission
ⅩⅠ 神のテーマ、聖母マリアと幼子のテーマ
ⅩⅡ
ⅩⅢ
ⅩⅣ
ⅩⅤ 神のテーマ、和音のテーマ
ⅩⅥ
ⅩⅦ
ⅩⅧ
ⅩⅨ 愛のテーマ
ⅩⅩ 和音のテーマ、神のテーマ

無調的な運びが全面を覆い微妙に不安定な進行。何かが解決に向かうというよりもそれぞれのピースの積み重ねが別のモードを引き起こすような具合、無機的ではない。メシアン流語法が若いときから出来ていたのだろう。このままオーケストラに編曲してもその響きの魅力は増すばかりのようだ。
それぞれの主題にはコクがあり、噛むほどに味わいがでる。聴くほうの気持ちが作品と一体化してシンクロしていくようだ。単独でピースを噛みしめるのもいいが積分の妙、これは心理的なものの累積現象のようなものだろう。そういうところがメシアンにはある。
10曲目のテーマは印象的でした。音の粒がジャズのアドリブ風味を感じさせるもので音粒が面白いように連鎖していく。それまでの静謐な空気が一気に解放された。エマールのノリ、効きましたね。幼子を満たすフレーヴァーが心地よい。

ここで休憩。
11曲目は休憩前の10曲目の激しさの残り香が漂う。オズボーンのように休憩を置かず一気に弾くのもいいし、この日のエマールのようにじっくりと連鎖を感じさせてくれるのもいいものだ。後半はピース毎に区切りを明確にせずつなげていくのが目立った。(それやこれやで全体としてはオズボーンより10分ほど速めの展開となった。)
中音域の抜けた高音低音、ギザギザと降下をしていくスケール、メシアン流のエキサイティングなシーンが続く。エマールの決め具合良くメリハリ効いています。
終曲の繰り返され続けるフレーズ。これがオーケストラなら多彩な音色変化をつけながらきらびやかなクライマックスにもっていくところ。ピアノ一本のエマールはそれに勝るとも劣らない鮮やかなもの。音の間隔を微妙に動かし、強弱のうねり、粒立ちよく進行。究極の心理的累積感による音楽的感興を呼び起こす。凄い技。
ピュアなまなざし、しっかりと見えました。

このホールは1600強のキャパでオーケストラの音量向きとは言えない。ピアノ単独でのリサイタルや室内楽には申し分なく良く響く。横のバルコニーは角度が悪くていけない席が多いけれどもそれを避ければ居心地よく聴ける。
おわり









 

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2458- ベトソナ32、ディアベッリ、中里真由美、ピアノリサイタル、2017.12.2

2017-12-02 22:42:22 | リサイタル

2017年12月2日(土) 1:30-3:30pm ソノリウム

ショパン マズルカ ロ長調op.56-1     5+5
ショパン マズルカ 嬰ハ短調op.50-3

ベートーヴェン ピアノソナタ第32番op.111  10-17

Int

ベートーヴェン ディアベッリの主題による33の変容 ハ長調op.120  55

ピアノ、中里真由美

プログラム後半が目の覚めるような演奏でディアベッリの達人のような具合で前半とは別人の様相。32番のアリエッタはディアベッリのための前出しだったのかと思えたほど。
小鳥の鳴き声のような冒頭主題、そして33個のアリエッタが一度そう思ってしまうと最後まで続いたな、と。頭の中をずっと駆け巡るアリエッタ主題。

みずみずしくて生き生きしたプレイ、鋭角的な鋭さが十八番で自信満々の弾き。後半大詰め短調になる変奏のあたりでは右手がアドリブのように動きが冴える。鮮やかなディアベッリ、申し分ない。楽しめました。

ソノリウムはピアノの音には十分な広さを持ったところではなくて、もう一回りの大きさが欲しい。
おわり

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2457- Water 小菅優 ピアノ・リサイタル、2017.11.30

2017-11-30 23:58:13 | リサイタル

2017年11月30日(木) 7:00-9:20pm コンサートホール、オペラシティ

メンデルスゾーン 無言歌集、ヴェネツィアの舟歌第2 op.30-6  4+5+3+3+3+4
フォーレ 舟歌第5番嬰ヘ短調op.66
メンデルスゾーン 無言歌集、ヴェネツィアの舟歌第3 op.62-5
フォーレ 舟歌第10番嬰ヘ短調op.104-2
メンデルスゾーン 無言歌集、ヴェネツィアの舟歌第1 op.19-6
フォーレ 舟歌第11番嬰ヘ短調op.105

ラヴェル 水の戯れ  5

ショパン 舟歌嬰へ長調op.60  9

Int

武満徹 雨の樹 素描  6+4
武満徹 雨の樹 素描Ⅱ-オリヴィエ・メシアンの追憶に

リスト 巡礼の年第3年から、エステ荘の噴水  6+14
リスト バラード第2番

ワーグナー/リスト編 イゾルデの愛の死  8

(encore)
ラヴェル 夜のガスパールより、1.オンディーヌ(水の精)  7
ショパン 24の前奏曲op.28より、第15番ニ長調 雨だれ  6
ショパン 練習曲op.25より、第12番 大洋  3

ピアノ、小菅優

Four Elements Vol.1
4元素(水・火・風・大地)の初回テーマ、ウォーターのリサイタル。水絡みの作品を並べたもの。
冒頭1曲目はメンデルスゾーンのボートソング。情感がこもった実にいい演奏。
プログラム最初の6曲はメンデルスゾーンの無言歌8巻48曲のなかで、ヴェネツィアの舟歌のタイトルが有るもの3曲をピックアップし、フォーレのバルカローレ3ピースと交互に並べたもの。水絡みですな。

冒頭の2ピース、メンデルスゾーンの第2、フォーレの第5番。この二つを聴いただけで、なんて素晴らしい作品なんだ、今まで、こんなに素晴らしい作品たちを、なんで聴かなかったんだろう。もう、これ、実感。
自分が聴いているのは、狭いな、自ら狭めている。反省しながら聴いていました。これだけでも、小菅さん、ありがとう。

メンデルスゾーンは心情といったものがストレートに滲み出てきますね。これらボートソング3曲は作曲家が付けた表題のようですから、その思いもひとしおか。
CD漁りがまた楽しみになって来た。

プログラム前半はさらにもう2曲、ラヴェルとショパン。
水の戯れは、水に光があたったような輝き、というよりも、透明なガラスがきれいに割れて散らばっていくようだ。音で描く色模様、素晴らしいと、この言葉だけ。惚れ惚れする。

ショパンの舟歌は規模の大きなピースで流れよりも型を感じる。構えた美しさを魅せてくれます。ゆっくりした演奏でした。小菅さんのピアノは圧巻でした。

もう、ここまでで、満ち足りた。たっぷりとゆっくりと流れる時間、いやいや、幸せの極み。
後半がある。

タケミツのレイン・トゥリーはプログラムノートに小菅さんが個人的にインスパイアされてピックアップしたであろう話しが書かれてありますね、興味深いもの。
かりそめの形、水の粒をピアニストが自ら耳を澄ましてプレイ。その音を聴衆が聴く。味わい深いです。こうゆうのってやっぱり生で、鍵盤側2列目ぐらいの接近遭遇で聴くと空気感がよくわかる。

リスト2曲、バラ2はこの日のリサイタルのうち一番長いもの。このあとのトリスタンもそうですが、水絡みというよりも、選択の強い意志か。
バラ2はロ短調ソナタが書かれたころのもうひとつのロ短調ということでしょうか。緩急二つの主題がそれぞれに膨らみを持っているような具合の弾きで、練り上げられたエッセンスを感じさせてくれる。余裕のプレイ。大きく泳いでいくような演奏は確かに水なのかもしれない。ピュアなサウンドも素晴らしいもの。

最後はトリスタン。ワーグナーの息の長い一つの音をピアノで表現するのは至難で、それにピアノからフォルテへ、みたいな表記が有ったら困ることこの上ないと思うが、リストはさざ波のように息を続けていく。イゾルデの歌のラインはハーモニーの中に溶け込んでいる。
ワーグナーのうねりと小菅の分解された流れるプレイ。見事な合体というしかない。ため息の出る演奏。悲劇のクライマックスが目に見えるよう。

気持ちが静まるいいリサイタルでした。
アンコール3曲も含め心ゆくまで楽しめました。
ありがとうございました。
おわり



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2448- デジュー・ラーンキ、ピアノ・リサイタル、2017.11.14

2017-11-14 23:09:00 | リサイタル

2017年11月14日(火) 7:00-8:40pm フィリアホール

モーツァルト ピアノ・ソナタ 変ロ長調KV570  6-8-4
シューマン フモレスケ変ロ長調op.20  6-4-4-3-8
Int
ブラームス ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ変ロ長調op.24  20-6
(encore)
シューマン 森の情景 より、孤独な花 Op.82-3

ピアノ、デジュー・ラーンキ


今日は最前列さんになりました。

昔、高校の美術の先生が、素晴らしい絵というものは近くから見ても遠くから見ても美しいものだ、と、何かの話の脈絡で語られたことがあってそれがずっと今でも脳に突き刺さっていて、また、その先生の好みがヤン・ファン・アイクらしくて、まぁ、同じタイミングでの話ではありませんけれども、後年オランダに行ったときにアイクの絵を見ながら、そのセリフを思い出すことがあった。今でも引っ掛かりのあるセリフで脳内滞留。

彫琢の美、デフォルメや誇張の前にやることがあるだろうとラーンキが言ったかどうか知らないけれどもそういった事を感じさせる。
ラーンキを聴くのは今年2度目。
2409- ベトコン4、ラーンキ、マーラー5、上岡、新日フィル、2017.9.14

それから、2015年にも聴きました。
1820- ウィンドSym、バルトークpf協1、ラーンキ、運命、ノット、東響、2015.7.16

あと、40年前にも聴きました。
870- ラーンキ&バル3 シチェドリン&カルメン 1977.9.14


変ロ長調の作品、3連発。全部聴き終わると身体がこの調に馴染んでくるの。かもしれない。

端正なプレイ、時折1拍目がふわっとして柔らかくなる。ジャブジャブしない。局部肥大化やデフォルメなど余計なお化粧が無い。
モーツァルトの流れが最初からとてもいい。ちょっときつめなところもあって激しさが出たりする。作品のスタイルが前面に出てくる。きれいな響きで満喫。

シューマンはやや抑えたテンペラメントが色々と手を替え品を替え変え浮き沈みする。作曲家独特のそのモコモコっとしたところをラーンキがすっきりと表現、自然なメリハリ。作品の事がよくわかる演奏。いい作品でした。

ブラームスは大曲でした。最後のフーガが結構長くて、その前にある主題と25個の変奏、ひとつずつ取ると短いもの。次々とあっという間に去っていく感じなんだが、ブラームスがキラキラと輝いている。フォルムを崩すことなく端正に、そしてタッチは見事に光る。ブラームス独特の色合いとラーンキの鮮やかなプレイがマッチしたいい演奏でした。

かぶりつきで聴いていると、なんだか、自分のためだけに弾いてくれているような錯覚に陥る。
ありがとうございました。
おわり







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2440- カティア・ブリアティシヴィリ、ピアノ・リサイタル、2017.11.6

2017-11-06 23:22:49 | リサイタル

2017年11月6日(月) 7:00-9:20pm サントリー

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57 熱情  9-7+4
リスト ドン・ジョヴァンニの回想  15
Int
チャイコフスキー(プレトニョフ編曲) くるみ割り人形  17
ショパン バラード4番ヘ短調op.52  11
リスト スペイン狂詩曲S.254 R.90  11
リスト(ホロヴィッツ編曲) ハンガリー狂詩曲第2番嬰ハ短調S.244  5

(encore)
ドビュッシー 月の光  5
リスト メフィスト・ワルツ第1番  3
ヘンデル(ケンプ編曲) メヌエット  3
ショパン 前奏曲ホ短調op.28-4  2

ピアノ、カティア・ブリアティシヴィリ


前回カティアさんを聴いたのはこのとき。
2061- パーヴォ・ヤルヴィ、ブニアティシュヴィリ、N響、2016.2.17

髪がモップのように多かったが今日も多かった。
情熱的な部分をピックアップした記事が多いが、実際は繊細でデリカシーに富んだところが魅力的で、弱音系での鮮やかな弾き、多彩なニュアンスで細やかな表現が素敵、最初の一音でホールの空気を変えてしまう。
前回聴いたシューマンの協奏曲ではソロのところでガクッとテンポを落とすので多少違和感があったが、今日リサイタルで聴いてみると色々と納得するところが多い。まぁ、あれはリサイタル弾きだったんだろうと。

本編6作品と盛りだくさんの内容はいきなり熱情から始まりました。
振り子動機がまるで序奏のように山谷を作るがすぐに滑るような流れになる。頭から鮮やかで間髪入れずに引き込まれる。アウフタクトへのこだわりはあまり無くて弱音フレーズが殊の外美しい。運命動機を蹴り上げるようなことはせず、全般にドラマチックな弾きというよりも、シンフォニックな多彩なパレット、細やかに流れていく味わい深いフレーズ、引き出しの多さ、色々と感じる。肩は髪をかきあげる時しか動かない。何かに固定されているのではないかと思えるほどだが、その肩の力が抜けたプレイは、フォルテは押しよりも粒立ちの良さや水際立ったタッチを感じさせるもので弱音フレーズでの鳴らし具合とほとんど変わらない。ピュアで繊細なものが少しずつ積み重なっていくような熱情でナチュラルヒート。力むことの無い熱情、力感よりもデリカシーを得ました。良かったと思います。演奏スタイルから彼女の考えていることを殊更に詮索してもしょうがないとも思う。人はそれぞれ何を考えているのか外からは分からないものだ。赤いロングドレス、華があって美しい。本当に考えていることはいまだ霞がかっていて見えていなくてそれを彼女自身が一番よくわかっている、そんな気がしましたね。情熱的熱狂も冷静さの枠の中にあるのかもしれないと思ったのはある種の哀しさを感じたからかもしれない。

ドンジョ回想。
両腕が別の生き物のように飛び跳ねる。圧巻の連続離れ技に悶絶。軽やかといえる。全く重くない。別次元パラフレーズ!、とは言え、
真ん中のお手をどうぞパラが静かで美しさを湛えている。ここでもそういったところでの弱音系の流れに惹かれました。美しい響き、ストリーム。

ここまで前半、プレイヤーによっては精根尽きるかもしれない。彼女のタッチだとこの先フォーエヴァーにいけそう。後半は4曲。


後半は、プレトニョフが編曲したチャイコフスキーのナッツクラッカーからのスタート。これが熱情に次ぐ規模の大きさ。7曲もありますから。
いかにもプレトニョフ好みの編曲。彼の上品なデティールのデリカシーを心ゆくまで楽しめるピース集。佳作傑作。これはカティア好みなのだろうなとも思う。
チャイコフスキーの旋律の美しさを思う存分楽しめる編曲、真ん中に置いたインタルードさえ極め付きの主張と美しさの極み。彼女の真価はこういった曲にある、と、次第に次第に傾いていく。納得。

バラ4。散文、消えゆく形、弱音から熱へのカーヴ、自然で見事な作品。溶けるような演奏でした。味わい深過ぎて涙が出る。ため息も。
後半も同じドレスで登場したカティア。前半のドンジョ前に椅子の高さ調整を随分と長いことやっていた。後半はジャストフィットしたのかもしれない。ナッツクラッカーとバラ4、拍手にちょっと応えて間髪入れず次々と弾いていく。チャイコフスキーからショパンへの流れは彼女の演奏スタイルによく合う。
それに音が実にきれいだ。サントリーは半年に及ぶ改修を終えてこの9月1日から再開となったが、床の板も張り替えたという。ここでピアノのサウンドはたくさん聴いてきたが、以前の焦点が定まらないような響きは消え、締まった感じで粒立ちがよくなった。混濁はホールのせいだったかと脳裏を色々とかすめた。
今日は、リサイタルでは使わないひな壇のうち奥の二段を上にあげていてコロセウムの観客席のような具合でホール席9割がた埋まっている状況で、そこに客が座ってもいいぐらいでもったいない気もしたが、あの逆円錐形の半円が壁のようになったところもあるのかもしれない。いい響きでしたね。

一礼して次のスペイン狂詩曲。プログラム解説によると重要な演奏会で何度となく取り上げられていて十分に弾き込まれた十八番とある。フシ的にはちょっと渋いところも。つかむまでに少し時間がかかった。変幻自在、自由に動き回る。カティアの冴え技、堪能。お見事。

もう一礼して続けざまに今度はハンガリー狂詩曲の2番。これは馴染みのもの。ホロヴィッツの編曲はヴィルティオーゾスタイル完全満開であっという間の5分でフィニッシュ。本来だとスペイン狂詩曲と同じだけの長さがあるはずだが、離れ技のおいしいところだけを選りすぐって集めたような編曲。もはや、何もかも、圧倒的。

ピアノの事はよくわからないが、おそらく、難しい作品が沢山並んだのだろうと思う。今のプレイヤーは技術的なことはみんなクリアしていてその先をどう仕上げるかという余裕と意気込みがあるし、そういったところでも不要な心配は無用で安心して濃い演奏を楽しめる。現代聴衆のデフォな幸せというところもある。

アンコール4曲。多くの拍手になにやら思い立ってすぐ弾きはじめるようなところがあって、それは今した決断なのだと魅せてくれる。
空気をもう一段変えてくれた月の光、最後のショパンまで、ピアニシモの美しい演奏に聴き惚れました。


色々と発見するところもあり充実した内容で存分に楽しめたリサイタルでした。満足です。ありがとうございました。
おわり





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2433- イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル、2017.10.20

2017-10-20 23:31:44 | リサイタル

2017年10月20日(金) 7:00-9:35pm サントリー

クレメンティ ソナチネ ヘ長調op.36-4  4-2-2
ハイドン ピアノ・ソナタ ニ長調Hob.XVI:37  7-3-4
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57 熱情  11-7-9
Int
ショパン バラード第3番変イ長調op.47  10
リスト 超絶技巧練習曲集から
           第10番ヘ短調  6
           第8番ハ短調 狩り  4
           第5番変ロ長調 鬼火  5
ラヴェル ラ・ヴァルス  20
(encore)
ラフマニノフ 楽興の時より第5番  6
ショパン ノクターン ホ長調 op.62-2  8

ハッピーバースデー 聴衆コーラス

ピアノ、イーヴォ・ポゴレリッチ



ポゴレリッチを聴いたのは記憶が定かでなくて以前1回あったかどうか。たぶん今日が2回目だと思う。ベトソナがプログラムにあったので、それで聴きに行こうと思い随分前にチケットを確保した。ベトソナ一覧はこちら

プログラム前半は明るくて軽め。済んだスコアはピアノの左横にバサッと置き、そこから次のスコアを取り出しザックリと弾き出すといったモーション。フメクラーさんはポゴレリッチにかなり近くに座ってますね。
前半サラっと聴くとエモーショナルなものは求めていない弾きだなあといった感じなんだが、最初のクレメンティからじっと見て聴いていると、強い弾きと弱い弾き(フォルテとピアノ)の両腕の上下運動が同じように見える。同じような押しで強弱が出ているように見えて不思議だなあと。案の定、あのような弾きだと熱情は激烈さとは別方向なんだろうと思う間もなく別方向。アタックが強くなくてこれまで聴いてきた同作品とはかなり印象が違った。強弱は出るのだが角が取れている。ゆっくりとした演奏で味わい深かった。
タッチの強弱を見せず、主旋律の殊更の強調が無いし、音の流れの切り替えも強調しない。陰影が有り、音色色あいは変化していく。これら諸々、聴いていると自然でシンプルな世界ですね。
ハイドンの延長のような響きから始まりベートーヴェンの静謐な世界を垣間見れた。そのハイドンは2楽章が3拍子の短調と思うが、なぜか葬送行進曲のような趣きがあった。
ポゴレリッチはステージの明かりを少々落として弾いているようでその色合いとプログラム前半の明るさの差が印象的でもありました。
改修後のこのホールで9月1日から演奏会やピアノを色々聴いてます。以前あったピアノのふやけたような音、それとガラスが壊れるような響き、これらが混ざったような音響だったのが、改修後は芯が出来て締まったように感じる。以前よりは随分と聴きやすくなった。
まぁ、ここまで3曲で割と納得してしまった。それに、高僧みたいな雰囲気ですな。
3曲、拍手させずのほぼ連続演奏。

後半の1曲目、ショパンの曲はバラードテンポより平面の広がりを感じさせてくれる。ポツポツとした響きが印象的。それとここらあたりから、押しの一定化に加え、指の塊がなんだかピアノのハンマーに見えてきた。内在する劇的な音が頭に少しずつ響いてくるような妄想か。ゆっくりと長い。
リストの3曲では、ハンマーで弦を直接叩いているのではないかという妄想の深化。
ここまで例の譜面バサッと置き拾いで前半同様、拍手させずほぼ連続演奏。

最後の3曲目ラ・ヴァルス、名状し難い演奏。激烈さと不思議に伸ばされた音価。普段、オーケストラ編成で聴く機会が多くて馴染みのある曲ながら、同じような具合にフシを追っていくのが困難なところが多く有った。
同じピアノ版の演奏を6月にヒンターフーバーの破壊的な演奏で聴いた。その時は11分。今日のポゴレリッチは20分ジャストの演奏。ほぼ倍。人により違いは出るものだとは言うけれどもこれだけ違うと、全く別の曲、知らない曲を聴いているようなところが何か所かあっても不思議ではない。自分がどこを向いているのかわからなくなるところが何度かあって、びっくり。平衡感覚か崩れた。
これが何かといえば、ポゴレリッチの感性なのだろうか。今日、強弱、アタック、流れ、ハンマー、色々なものが頭に浮かんできたがそれらを凝らして見ると、ラ・ヴァルスの弾きに作為は全くなくて彼の感性の集大成のスーパー・パフォーマンスと。それはしかし、彼が通ってきたもののようでもある。二面性は無いと思う。
これで思い出すのはムラヴィンスキーの演奏です。逆説的な強弱、引き伸ばし、怒髪天を衝くプレイ、全てゼロから自らの感性で作り上げてあげてきた演奏はユニークなものだが、作為は無くものすごい説得力となる。ムラヴィンスキーの恐るべき演奏はこれで垣間見ることが出来る。
1251- シベリウス交響曲第7番 演奏は曲を超えた。異形の絶演!ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル


ラ・ヴァルスのあと、味わいが深い聴きごたえ十分のアンコール2曲をたっぷりと。申し分ない秋の夜長だ。いい演奏。

そして、ポゴレリッチの誕生日。ケーキとお花、それに聴衆によるハッピーバースデーコーラスのプレゼント。笑顔で崩れたポゴレリッチの顔が印象的。
今日は色々と考えることが多かったです。
素晴らしいリサイタル、ありがとうございました。
おわり



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2427- モーツァルト、6変、ヴァイオリン・ソナタ36、28、33、42、イザベル・ファウスト、アレクサンドル・メルニコフ、2017.10.13

2017-10-13 23:18:39 | リサイタル

2017年10月13日(金) 7:00-9:15pm 王子ホール

オール・モーツァルト・プログラム

6つの変奏曲ト短調K360  11
ヴァイオリン・ソナタ第36番変ホ長調K380  7-8-4
ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K304  10-6
Int
ヴァイオリン・ソナタ第33番ヘ長調K377  6-8-6
ヴァイオリン・ソナタ第42番イ長調K526  7-10-7
(encore)
ウェーバー ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.10-b第2楽章  2

ヴァイオリン、イザベル・ファウスト
フォルテピアノ、アレクサンドル・メルニコフ


プログラムが最後の曲以外、当初のものと全部順序変更。そのノーティスを見落としてしまい、勉強不足もありなじみのない作品、最後まで混乱してしまいました。1曲目で変だなあとは感じましたけど、後の祭りというやつですね。

モーツァルト・サイクル、連日3公演の中日にうかがいました。
この315席ホール、何度か来たことがありますが、今日のリサイタルの音量だとこれ以上大きいところでは厳しいと思う。聴衆は息をころして聴く感じ。
フォルテピアノとヴァイオリンがユニゾン風になるところでは音色がよくブレンドされている。バランスはちょうどよかった。
モーツァルトの神経細胞を直接見ているような作品で色々と興味深く聴くことが出来ました。
おわり








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2422- ベートーヴェン、創作32変、32番、ディアベッリ変、コンスタンチン・リフシッツ、2017.10.6

2017-10-06 23:39:43 | リサイタル

2017年10月6日(金) 7:00-9:20pm ヤマハホール、銀座

オール・ベートーヴェン・プログラム

創作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80  11′
ピアノ・ソナタ第32番ハ短調Op.111 11-20′
Int
ディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲ハ長調Op.120  61′

(encore)
6つのバガテルより第5番ト長調Op.126  2′

ピアノ、コンスタンチン・リフシッツ


華金、雨の銀座、こってりとディープナイトを。
などというあまったるい妄想を完全にぶっとばしていただきました。草木もなぎ倒す筆舌に尽くしがたいぶっ飛びプレイに悶絶。

当夜のリサイタルは、当世、ご多分にもれず副題付き。
変幻自在~ベートーヴェンの変奏曲の世界
というもの。確かにバリエーション3曲なんだが、それよりも変幻自在というほうに完全に向いたものでした。

プログラムは巨大。前半2曲目に111を置くというもの。これを聴いて1曲目の創作主題変奏曲は吹き飛んでしまったが、それでも圧倒的な強い弾き、切れ味の鋭さ、明快な音楽づくり等々はその1曲目において既にヴェールを脱いでおり耳に刻まれていたから気持ち、少しは心の準備ができていてそれなりに冷静に聴くことが出来たという心的作用子としてはあれがあってよかったという話にはなる。というぐらい、ハートの中にバシバシと容赦なく踏み込んでくるような演奏ではあったのだ。

強くて太くてンスピレーションの塊のような111プレイ。横滑りしない深い弾きは腕まくりした腕そのもののような無骨さも垣間見える。
下降する2音から始まったとめどもなく強い弾き。仰天弾き。誰にも止められないだろう根っこの生えたような音。くさびのような第1楽章。
そして第2楽章ベートーヴェン・リフシッツワールド。変奏曲とはいってもあまりの激烈なデフォルメに途中から追えなくなった。変奏曲のような推移のメリハリはほとんどない。第3変奏あたりからだろうか、音楽は異常に盛り上がり最高潮に達する。鍵盤崩壊を起こしそうな打撃。即興、アドリブのような音の流れ。アナーキーな世界へ。空中分解したのは聴いているこちらだけなのだろうが、完全に方向感を失ってしまった。なんだろう、この世界。
この楽章頭、指を軽く落としていくデリカシーの塊のような主題、そして5変奏終えた後の静寂のコーダ。これらの間に展開しためくるめくような変奏。なんという見事なフレームワーク。あれだけ崩壊したように聴こえたベートーヴェンがパーフェクトに自在なフォームで成り立っていたということをはっきりと感じさせてくれるリフシッツベートーヴェン。はるかな高みに連れ込んでくれたリフシッツの演奏はお見事と言うほかない。エキサイティングベートーヴェン。30分越えの演奏でした。

後半は巨大なディアベッリ。とことん33個数えてやれ、という気持ちで臨んだのだが、やっぱり無理。
音は強いが強引さを全く感じない演奏は彼の一つのスタイルなのだろうからナチュラルなのだろう。こちらも前半のあれで多少は慣れたのもあるかもしれない。
そういったこととは別にもうひとつ印象的なのは短調のバリエーション。力を抜き物憂げな色あいが濃くにじみ出てくる。作品の幅がグッと広がりますね。
一つ一つの変奏の際立った色彩、強烈なコントラストにより全体の振幅がものすごく大きくなり、巨大な作品を聴いていることを実感出来る。巨大な作品であることを感じさせてくれるリフシッツの演奏、まずはベートーヴェンありきという強烈な説得力。
ということで短調の変奏が続くあたりで、その見事さにカウントを自然忘却。ビッグな演奏に感服。タップです。

物理的な音の強さを作品の表現エレメントのひとつとして濃く体感、また、その裏にあるものまでことごとく体感できた一夜でした。
腰砕けで雨の銀座を退散。ありがとうございました。
おわり







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