河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2651- 悲愴、月光、ワルトシュタイン、熱情、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、2018.12.15

2018-12-15 19:10:13 | リサイタル

2018年12月15日(土) 1:30pm ミューザ川崎

オール・ベートーヴェン・プログラム

ピアノ・ソナタ第8番ハ短調op.13 悲愴  8-6-4

ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調op.27-2 月光  8-2-7

Int

ピアノ・ソナタ第21番ハ長調op.53 ワルトシュタイン  11-5-9

ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57 熱情  10-8+8

(encore)
11のバガテルop.119より第3番   2

ピアノ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ


昨晩、一昨日とビッグな企画。

2649- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第一夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第一夜、2018.1.13

2650- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第二夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第二夜、2018.1.14


今日はそれとは別の企画もの。ベトソナ有名どころを4曲。
響きファースト。それを壊すものはあってはならない。縦ラインは完全一致。出は一つしかない。だから、きれいな響きになる。
弾き始めのコンセントレーションが最高潮に達したところで、指が鍵盤に落ちる。寸分の狂いもなくどの指も同じタイミング。


沢山入ったほぼ満員のホールに悲愴の第一音が響き渡る。ああ、なんて素晴らしいんだ。下降しながら上昇するライン、諦めの中の光なのか。
ゆったりとすすむ中間楽章。どのような思いで作られたのか、天才のインスピレーション、これを聴いて楽譜屋に飛んで行ったピアノ愛好家はたくさんいたことだろうね。メロディーメーカーとしてのベートーヴェンを強く感じる。
メロディーラインのエンドフレーズはわりと間を作りながら進む。ドラマの事はベートーヴェンに任せているのかもしれない。タッチはむしろ軽い。激烈なベートーヴェンではない。響きが他のものでかき消されてはいけないのである。

ひたすら沈殿していく月光第1楽章。正確なタッチで弾かれる3連符は実に清らかだ。心が落ち着き鎮まっていく、大変にゆっくりした楽章が済んで、インディアンサマーのような光が短く有って終楽章へ。全く激しくないし揺れない。ひたすらタッチへの固執なのだろうか、そこから湧き出るものがあるとピアニストは確信があるのだろう。瑞々しい響きに感服するのみ。

大きな2作品という手応えを感じながら休憩。

後半まずはワルトシュタイン。
音の粒がひとつずつ克明に見える。シンフォニストの面目躍如たる第1楽章は、何度聴いても交響曲のようだ。それがエル=バシャの鮮やかなタッチで濁りが消えて美しく響く。メロディーランが浮き彫りになって、蛇腹が一つずつくっきりと見える演奏。それぞれのラインが別の強弱を作りながら進行。見事なもんですな。
中間楽章は前出し的な雰囲気はサラサラなくて本当にコクのあるもので、なにか夢でも見ているよう。憧憬。
終楽章は川面投げる水切りのタッチ。石が飛んで行った後に残る点々とした水面(みなも)の模様、あのような模様が音になって次々と湧いてくる。なんて美しいんだ。

熱情に文字のような激烈さは無い。ピアニストが求めているものではない。運命動機のあとのフレーズの流れが心地よい。ツボですね。
シンプルな和音がただ連続する中間楽章、もしかすると、こういったところがエル=バシャの真骨頂なのではないかと思わず構えてしまう。深い。あのタッチでこう弾かれるとグイッと、ドンドン惹かれていく。素朴とかシンプルとか、そういった世界ではないのですね本当に。


以上の4曲にアンコールひとつで休憩入れて2時間少しオーバー。作品が一層大きく見えた内容でした。これで、テンペストも聴きたかったなどと言いたくなるから、客のわがままはキリがない。
充実のリサイタル、ありがとうございました。
おわり














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2650- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第二夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第二夜、2018.1.14

2018-12-14 23:05:59 | リサイタル

2018年12月14日(金) 7pm 小ホール、武蔵野市民文化会館


(演奏順)
 嬰ヘ長調、変ト長調の3つの前奏曲
1  バッハ:平均律クラヴィア曲集第巻より第13番前奏曲BWV 882  4
2  ショパン:24の前奏曲より第13番Op.28-13  3
3  ラフマニノフ:10の前奏曲より第10番Op.23-10  4

嬰へ短調の3つの前奏曲
4  バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第14番前奏曲BWV 883    4
5  ショパン:24の前奏曲より第8番Op.28-8    2
6  ラフマニノフ:10の前奏曲より第1番Op.23-1    3

ト長調の3つの前奏曲
7  バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第15番前奏曲BWV 884    2
8  ショパン:24の前奏曲より第3番Op.28-3    2
9  ラフマニノフ:13の前奏曲より第5番Op.32-5    2

ト短調の3つの前奏曲
10 バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第16番前奏曲BWV 885    4
11 ショパン:24の前奏曲より第22番Op.28-22    1
12 ラフマニノフ:10の前奏曲より第5番Op.23-5    4

変イ長調の3つの前奏曲
13 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第17番前奏曲BWV 862    2
14ショパン:24の前奏曲より第17番Op.28-17     3
15ラフマニノフ:10の前奏曲より第8番Op.23-8    4

嬰ト短調の3つの前奏曲
16 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第18番前奏曲BWV 863    2
17ショパン:24の前奏曲より第12番Op.28-12    1
18ラフマニノフ:13の前奏曲より第12番Op.32-12    1
Int

イ長調の3つの前奏曲
19 バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第19番前奏曲BWV 888    2
20 ショパン:24の前奏曲より第7番Op.28-7    1
21 ラフマニノフ:13の前奏曲より第9番Op.32-9    4

イ短調の3つの前奏曲
22 バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第20番前奏曲BWV 889    3
23 ショパン:24の前奏曲より第2番Op.28-2    4
24 ラフマニノフ:13の前奏曲より第8番Op.32-8    1

変ロ長調の3つの前奏曲
25 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第21番前奏曲BWV 866    2
26 ショパン:24の前奏曲より第21番Op.28-21    2
27 ラフマニノフ:10の前奏曲より第2番Op.23-2    4

変ロ短調の3つの前奏曲
28 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第22番前奏曲BWV 867    2
29 ショパン:24の前奏曲より第16番Op.28-16    1
30 ラフマニノフ:13の前奏曲より第2番Op. 32-2    4

ロ長調の3つの前奏曲
31 バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第23番前奏曲BWV 892    2
32 ショパン:24の前奏曲より第11番Op.28-11    1
33 ラフマニノフ:13の前奏曲より第11番Op.32-11    2

ロ短調の3つの前奏曲
34 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第24番前奏曲BWV 869    5
35 ショパン:24の前奏曲より第6番Op.28-6    3
36 ラフマニノフ:13の前奏曲より第10番Op.32-10    6

ピアノ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ

同企画、前夜に続き二日目。

2649- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第一夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第一夜、2018.1.13

昨晩からの永遠の繋がり。聴くほうの位相の具合がさらに深まり、バッハとショパンはもはや溶解して一つのようだ。ラフマニノフはやっぱり先をみている。不思議な引力があちこちに感じられる3ピースずつのセット。

綺麗な音は昨晩と変わらない。二日あわせて72曲、全部暗譜弾き、作品を暗譜で弾く、それにもまして、弾く順番を記憶するほうが大変なのではないかと余計な心配をしたくなる。ストーリーが出来上がっているのだろう。物語のようなものかもしれない。いずれにしても、離れ業。永遠の普遍のドラマが極めてまれな形で表現されることになった。ひとつの作品を二日かけて聴いた聴後感もある。満足感が大きい。ライヴ・パフォーマンスでの幸せな遭遇。
浄められた二日間でした。
ありがとうございました。
おわり













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2649- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第一夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第一夜、2018.1.13

2018-12-13 23:00:17 | リサイタル

2018年12月13日(木) 7pm 小ホール、武蔵野市民文化会館

(演奏順)
 ハ長調の3つの前奏曲
1  バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第1番前奏曲BWV846  3
2  ショパン:24の前奏曲より第1番Op.28-1  1
3  ラフマニノフ:13の前奏曲より第1番Op. 32-1  1

ハ短調の3つの前奏曲
4  バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第2番前奏曲BWV 847  1
5  ショパン:24の前奏曲より第20番Op.28-20  2
6  ラフマニノフ:10の前奏曲より第7番Op.23-7  2

嬰ハ長調、変ニ長調の3つの前奏曲
7  バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第3番前奏曲BWV 872  2
8  ショパン:24の前奏曲より第15番Op.28-15「雨だれ」  5
9ラフマニノフ:13の前奏曲より第13番Op.32-13  6

嬰ハ短調の3つの前奏曲
10 バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第4番前奏曲BWV 873  6
11 ショパン:24の前奏曲より第10番Op.28-10  3
12 ラフマニノフ:幻想的小品集より第2曲前奏曲「鐘」Op.3-2  3

ニ長調の3つの前奏曲
13 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第5番前奏曲BWV 850  1
14 ショパン:24の前奏曲より第5番Op.28-5  1
15 ラフマニノフ:10の前奏曲より第4番Op.23-4  5

ニ短調の3つの前奏曲
16 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第6番前奏曲BWV 851  1
17ショパン:24の前奏曲より第24番Op.28-24  3
18ラフマニノフ:10の前奏曲より第3番Op.23-3  3

Int

変ホ長調の3つの前奏曲
19 バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より第7番前奏曲BWV 876  2
20 ショパン:24の前奏曲より第19番Op.28-19  2
21 ラフマニノフ:10の前奏曲より第6番Op.23-6  4

変ホ短調の3つの前奏曲
22 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第8番前奏曲BWV 853  4
23 ショパン:24の前奏曲より第14番Op.28-14  1
24 ラフマニノフ:10の前奏曲より第9番Op. 23-9  2

ホ長調の3つの前奏曲
25 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第9番前奏曲BWV 854  4
26 ショパン:24の前奏曲より第9番Op.28-9  1
27 ラフマニノフ:13の前奏曲より第3番Op.32-3  2

ホ短調の3つの前奏曲
28 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第10番前奏曲BWV 855  3
29 ショパン:24の前奏曲より第4番Op.28-4  3
30 ラフマニノフ:13の前奏曲より第4番Op.32-4  5

ヘ長調の3つの前奏曲
31 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第11番前奏曲BWV 856  1
32 ショパン:24の前奏曲より第23番Op.28-23  1
33 ラフマニノフ:13の前奏曲より第7番Op.32-7  3

ヘ短調の3つの前奏曲
34 バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻より第12番前奏曲BWV 857  3
35 ショパン:24の前奏曲より第18番Op.28-18  1
36 ラフマニノフ:13の前奏曲より第6番Op.32-6  1


ピアノ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ


今日と明日は表題のリサイタル二夜連続、その翌日は別の主催でベトソナ・リサイタル、あわせて三日連続でエル=バシャのプレイを聴くことに。

今日と明日の公演は、バッハの平均律クラヴィア曲集の第1巻と第2巻から24曲、ショパンの24の前奏曲、ラフマニノフの前奏曲13曲と幻想小作品集より第2曲前奏曲「鐘」、
以上の24+24+(23+1)を二夜で演奏。作曲者の束で弾くのではなく、同一調の束で弾く。1曲ずつ、バッハ→ショパン→ラフマニノフ、といった具合でこれの繰り返し。
他所でも試みられたものであるらしいが、まことにレアで画期的なものと言えよう。

5月のLFJでショパンの2番コンチェルトを弾いたエル=バシャさん、有楽町の国際フォーラムの一番デカいホールで、いやはやなんともはや最悪の場所。今回はコンパクトなホールで落ち着いた演奏、聴くほうも同じ。


3個で一つの交錯が永遠に続く様な雰囲気で、その束ごとの色模様の変化、というよりもありようが独立した色彩、三つの中で作品の引力を感じる。バッハ、ショパンは清く静謐、ラフマニノフは前を見ている。バッハの引力が強い。リセットボタンを押されるような趣きもある。
半音ずつずれていくことに敏感ではなくて、むしろ、気持ちやテンションの高まりの傾斜が音調の上り具合と同じなのかもしれない。つまり、全部同じ調に聴こえる。というのは言葉のアヤが過ぎるが、受け入れて享受するとはそんなことかなとも思う。

エル=バシャの縦ラインの合い具合は異常とも思えるほど潔癖、緊張が最高潮に達したところで、弾きおろす縦ラインは一つしかない。全てのハーモニーがそうだった。このたった一つの縦ライン、ザッツ、これだから、あのような透明で清らかな響きになるのだろう。もう、答えはそれしかない。見ていても明らかにタッチへの集中度が桁外れだし、揃い切った音の美しさはパーフェクト。彼が求めて表現するものは、一種、別のドラマ性、このようなプレイで、ドラマを魅せる。いや、こうゆう表現はいわゆるドラマ、ドラマチックなもの、そういったものとは違うんだよ、と言われれば、そうだと納得するしかないのだが、なにやら、普遍的であることのドラマ性を考えさせてくれる。普遍ということへの気づきをさせてくれる。音楽に共通するもの、この三つの作品のなかに一筋共通して響き合うものがあって、それが永遠の先を見据えながら進んで行く。普遍的なものが永遠を魅せてくれる。このドラマ。


このような順序での聴き方はCDをパソコンに取り込んで編集すればいとも簡単にできるだろう。ただ、そこまでの思いつきは閃きかも知れないし、経験の賜物なのかもしれない。バッハ48曲から24曲ピックアップについては、まあ、素人にはわからないもので、そういったこともあれこれ含めて、生でエル=バシャの創造プログラミングを感じ、再創造に感嘆するしかないのである。

長くなるかと思ったが、休憩入れて2時間に収まるリサイタル。永遠とは短いものかもしれない。
明日は第二夜。
おわり














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2614- ドビュッシー、映像1&2、シューマン幻想曲、ベートーヴェン熱情、スティーヴン・ハフ、2018.9.25

2018-09-25 23:31:51 | リサイタル

2018年9月25日(火) 7:00pm 小ホール、武蔵野市民文化会館

ドビュッシー ベルガマスク組曲 第3曲 月の光  5
ドビュッシー 映像第2巻  4-5-4
シューマン 幻想曲ハ長調op.17  13-7-10
Int
ドビュッシー 前奏曲第2巻 第7曲 月の光が降り注ぐテラス  4
ドビュッシー 映像第1巻  5-6-3
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57 熱情  10-5+8

(encore)
山田耕筰(スティーヴン・ハフ編曲) 赤とんぼ  2
エリック・コーツ バイ・ザ・スリーピー・ラグーン  3

ピアノ、スティーヴン・ハフ


映像を前半後半に置きそれぞれシューマン、熱情にカップリング。映像の前に洒落たピースを置く。
音楽を越えたオーソリティ、権威という雰囲気が漂う中、月の光から始まったリサイタル。ドビュッシーをこのようなタッチで因数分解するから、自然に積分されていく。時間の経過推移でそう感じるのではなくて、そういった出来事が響きの中に同時にあるように聴こえてくる。徐々にとか段々という言葉では表しにくい。
映像はいろんな音がパラパラとまじりあった時、美味な煮凝り風な束となり格別な味わい。水際立ったドビュッシーに続き、ガラリと曲趣を変えてまずはシューマン。
フォルムを感じさせたかと思う間もなくしだれ柳風に崩れていく。そういったものが交錯する毎に全体像が見えてくる。大人の演奏という趣きがあって、言いたいことはこのピアノから、といった雰囲気を醸し出す。圧巻のプレイでした。

思いの外、強靭なタッチで強烈なシューマンはその前の映像とコントラストが強い。濃淡込めた音楽に大きな幅を聴いた思い。

後半の映像第1巻はみずみずしいタッチ、鮮やかな色彩、情景が浮かぶようだ。とりわけ3曲目のムーヴメントはメカニカルな中にウェットなデリカシーを感じさせる余裕のプレイでした。スバラシイ。
次の熱情はシューマンに増して激しさに拍車がかかる。抜き差しならぬ激しい熱情。ハフの透徹した冷静な目がメラメラと燃え上がる激烈なプレイ。どでかいダイナミクス、振幅、太細、自在のタッチ。
初楽章の幾何学模様が極めて美しい。アンダンテのシンプルな連続和音は行書体から草書体へという際どさがスリリング。ハーモニーの運びと水際立ったリズム、そして、先に延ばして思考の森をかき分けるような独特な音価レングス、相手に考えさせる音楽は、聴衆というものを意識したものだろう。自然のカタルシスといったあたりのことを感じますね。言葉にならない終楽章は蛇腹のようなうねりが次から次へと、目がまわりそうだ。
表現の広がりも見事な熱情、濃い内容でした。

確立されたマイワールドは登場とともに感じるもので、集中力といった話というよりもむしろ、再創造の思索に入っていく趣きで、ステージは再創造の場、ピアノのプレイは思索、ハフの脳内の庭の広がりを見ることが出来ました。
おわり



















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2613- ベートーヴェン・プラス Vol.5 横山幸雄、2018.9.23

2018-09-23 23:00:33 | リサイタル

2018年9月23日(日) 11:00am - 4:30pm コンサートホール、オペラシティ

ベートーヴェン 創作主題による6つの変奏曲ヘ長調op.34  12
ベートーヴェン エロイカの主題による15の変奏曲とフーガ変ホ長調op.35  23
Int
ベートーヴェン ピアノソナタ第21番ハ長調op.53ワルトシュタイン  11-4+9
Int
ベートーヴェン ピアノソナタ第22番ヘ長調op.54  5-5
ベートーヴェン ピアノソナタ第23番ヘ短調op.57 熱情  9-7+7
Int
ブラームス パガニーニの主題による変奏曲イ短調op.35  22
ショパン ピアノソナタ第3番ロ短調op.58  9-2+13
Int
ドビュッシー(横山幸雄 編) 牧神の午後への前奏曲  10
ラヴェル 夜のガスパール  6-6-9

(encore)
横山幸雄 バッハ=グノーのアヴェ・マリアの主題による即興  5

ピアノ、横山幸雄

昨年2017年の同日に同企画を聴いたときは、他の演奏会があって途中退席。

2415- ベートーヴェン・プラス Vol.4 横山幸雄 ピアノ・リサイタル、2017.9.23

今年は全部聴きました。午前から夕方までの満腹プログラム。ベトソナは中盤戦のラインナップ。これらをメインに聴きに来たとはいえ、それ以外の作品もなかなか乙なもの。

まずはベートーヴェンお得意の変奏曲もの2作品。
思いの外、柔らかタッチで始まり、変奏切り替えは切れ味よく進む。いつまでも聴いていたい。変奏曲の面白みがにじみ出る演奏で、リラックスして満喫できた。やはり、エロイカは規模ありますね。

休憩を入れて次は、ワルトシュタイン。
最初ちょっと、音の運びが怪しい雰囲気ありましたけれどもすぐに立ち直る。第1楽章はアクセルかけまくりではなくて、なんというか、激しさに解を求めないもので、味なもの。
終楽章の頭の水切りのようなタッチが絶品、いい演奏でした。

お昼休みを入れた長い休憩の後、22番と熱情。
22番は2楽章だけの小品のように聴いてはダメ。やはり、興味が一段と湧くのは第1楽章の終わりかたですね。ここは人それぞれ感が大変にあって、極限の劇性を持たせたバレンボイムのが芝居ががっていて、20代の1回目のベトソナ全集から既に、オペラティックでドラマチック、いかにもいかにもといった究極モード。これにはまってしまうと、それが基準になってしまう恐さがありますね。
横山さんの22番は全体的には煮凝り風にこってりとまとまっていて、バレンボイムみたいに破滅的なコーダをする感性の人ではない、もちろん無いのだが、あらためてそういった割とさわやかな芸風を感じさせるものであった。

続いて、熱情。
中間楽章が味わい深い。何度も演奏してきた作品なのだろうが、じっくりと向き合う姿が音楽を深める。全般に転調が滑らかで魅惑的。深淵を覗き込むようなプレイ。

ここまででベートーヴェンが終わって休憩。ブラームスの変奏曲とショパン3番。インターバルを挟んだ中ではこの2作品のまとまり規模がデカい。
聴くほうもだいぶ疲れが出てきた。ブラームスは淡々と進む。

続けてショパン。
ソナタという枠組みでのフォルムはその通りなのだが、一旦、それぞれの楽章の中に入っていくと形が溶解していってショパン独特のちりばめられた音の流れが美しい。アレグロ、スケルツォ、ノクターン、ロンド、それらはフレームのネイミングととらえつつ、それぞれの中身に耳を傾け埋没する。
素晴らしくさばきのいいショパンで、腕が鍵盤に同化している。聴きごたえ満点。

最後の休憩を挟んで締めはドビュッシーとラヴェル。
編曲物の牧神は同一音のロングフレーズがオケのようにシームレスに続いていかないのが弱みに出た感じで、尻つぼみな印象。ラヴェル風な響きの印象ありましたね。脳内補てんで頑張る。
夜のガスパール。メカニカルに正確であればあるほど言葉の本来の意味での印象的な響きが醸し出される。情景が浮かんでくる。ダークな色彩感のムード、キラキラよりもクリーミーで柔らかいタッチの横山さんの腕さばき、見事なものでしたね。

朝11時から夕方4時半まで、存分に楽しめました。
おわり







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2593- =女と男の愛の生涯= アラベスク、女の愛と生涯、テレーゼ、アデライーデ、エリーゼのために、遥かなる恋人に、中嶋彰子、小菅優、2018.8.2

2018-08-02 23:46:12 | リサイタル

今宵は、女性・男性、それぞれを通して恋人への想いや愛に想いを馳せます。シューマンは、「女の愛と生涯」という歌曲集を通して、女性(妻)が夫(未来、空想)と出会い、結婚し、最後に死別するまでのことを想い描き、ベートーヴェンは、「遥かなる恋人に」を通して、ベートーヴェン自身が死ぬまで愛した女性へのラブレターを想い描いたと言われています。
時代を経ても変わらない、「女と男」の「移ろいゆく恋」、「変わらない愛」をお聴きください。
中嶋彰子


2018年8月2日(木) 7:00pm ヤマハホール

シューマン

アラベスクハ長調Op.18  7
  ピアノ、小菅優

女の愛と生涯op.42 (字幕付き)  3-3-2-3-2-4-2-5
  ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

Int

ベートーヴェン

ピアノ・ソナタ第24番ヘ長調op.78テレーゼ  5-3
  ピアノ、小菅優

アデライーデop.46 (字幕付き)  7
  ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

バガテル エリーゼのためにイ長調WoO.59  3
  ピアノ、小菅優

連作歌曲 遥かなる恋人にop.98 (字幕付き)  15
  ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

(encore)
シューベルト 野ばらop.3-3 D257
ソプラノ、中嶋彰子  ピアノ、小菅優

恋心、お互いの人生、メッセージが素敵な中嶋さんプロデュース、女と男の愛と生涯、と銘打ったリサイタルは、この洒落た副題に2曲目のシューマンにおのずと重心がいくかと思いきや、それはリサイタル全編に塗りこめられたものだったなあと、終わってふーと一息つきながら顧みる。


前半シューマン、後半ベートーヴェン。1曲目、何は無くともまずはプレイ。小菅さんの弾くアラベスク。今晩の作品の副題を眺めてみるとこの曲だけ副題に中嶋さんのメッセージが表にあらわれていないけれども、ヴィークへの思いが伝わるものなのだろう。
小菅さんのコンセントレーションは第1音の前に既に曲が始まっているかのようだ。始まる前のざわついた心を一気に鎮めてくれる。素晴らしい集中力でいつものピアノのさばきがとっても素敵。曲想の変化はメリハリ有り、強く透明。

中嶋さんが登場して小菅さんとトーク。そのあと、女の愛と生涯。
全8曲約25分。ステージ後方に字幕が出るので、ジックリと詩を眺めながら中嶋さんの歌に浸る。
この歌詞の意味合いや色合いを思い浮かべながら、だからこそできる歌による人生の一面を心底描写、歌と想いとテクストが一体化したもので深い。声色が自在に変化、そしてパースペクティヴの効いた彫りの深い歌い口が味わい深い。深いに過ぎる。
若いときの心ときめく、デリカシー滴るシューマンの音楽のアヤ。中嶋さん歌は端々まで神経がゆきわたっていて、シューマンの細胞が透けて見えるようだ。
7曲目まで暗さは無いテクストにもかかわらず、独特の憂いのようなものが全体にそこはかとなく漂う。
苦しみは最後の8曲目だけにあらわれる。それまでは終わりの始まりではなかった、人生を過ごしてきたのだと、過ごす人生を描いたものだと知る。心を込めた最終ピースにはなにか、こう、明るさのようなものが漂った。歌い終えて目に手がいった中嶋さんの、苦しくも、少し先が見えてくるような歌だった。
伴奏の小菅さんはいつもよりやや引き気味モードの伴奏。中嶋さんの歌に寄り添うプレイ。歌によく絡まる。そして各ピース、中嶋さんが歌い終えた後のエンディングまでのピアノ。これが実に味わい深い。なにひとつおざなりにせずじっくりと余韻を聴かせてくれる。これもまた素晴らしい。
いやあ、シューマンの神髄を見たような気がした。


後半はベートーヴェン。まず小菅さん十八番のベトソナから。
熱情と告別に挟まれたうちの一つ、テレーゼ。オンリー2楽章の10分に満たないソナタ。まずはいきなり小菅さんの本領発揮。頭4小節のアダージョカンタービレ序奏を始める前の深くて長い間。合わせて10小節分もあったのではないか。長い序奏だった。この序奏が効きました。作品の全体像がものすごく大きく見えた。
序奏から気分は流れるような第1主題と3連符の第2主題。自在なアゴーギク、ベートーヴェンだ。さばきが鮮やかで美しい。惚れ惚れするプレイだ。
第2楽章は練習曲のような雰囲気は一切なくて前楽章の第2主題のモードをさらに高揚させていく。休符の間と、細かい音符の動きの息づかいが素敵でした。
聴けば聴くほどに深いテレーゼ、良かったですね。

また、二人でちょっとしたトークがあって、次はアデライーデ。
男声がアデライーデに呼びかける歌。中嶋さんの一色の声色で通したモースト・ビューティフル・ベートーヴェン、ややキーンな中にザラリとした肌触りの質感を漂わせて歌う絶品の歌唱。ベートーヴェンのアデライーデは、もはや、ワーグナーの源流を聴く思い。本日の白眉。なんて素晴らしいんだ、アデライーデ。
小菅さんの伴奏はベートーヴェンになってややエキサイティングになりつつも、ここは飽くまでも中嶋さんの歌唱と心得ていましたね。
本当にいい演奏だった!!

コクのあるエリーゼのために。均質で情に流されない。譜面の中からベートーヴェンの情感がにじみ出てくる。溢れ出るメロディーメーカー・ベートーヴェン。

遥かなる恋人に。
連続歌唱の6ピース。なにかちょっと身体か軽くなり浮いたような気持ちとなる。ワーグナーの源流節はアデライーデほどには無い。諦めの昇華なのだろうか。いつでもベートーヴェンはその時々の悟りのようなものを感じさせてくれるものだ。
中嶋さんの入念な歌唱にはしびれましたね。小菅さんは演奏の間のトークよりも早く弾きたいという気持ちがアリアリと。ピアノでトークしたいんです、そんな感じが溢れていましたね。

とっても素敵なリサイタルの夕べ、満喫。
満を持して、色紙とCDを持ってうかがいましたが、サイン会は無いとの事で空振り。女の愛を語りにギンブラだったのかしら。ご一緒したかったわ。

好企画、素敵な佳演、ありがとうございました。
おわり





















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2573- ベートーヴェン、チェロソナタ、2,1,4、小菅優、石坂団十郎、2012.6.15

2018-06-15 23:43:18 | リサイタル

2018年6月15日(金) 7:00-9:15pm 第一生命ホール

オール・ベートーヴェン・プログラム

《マカベウスのユダ》の主題による12の変奏曲ト長調WoO45  11

チェロ・ソナタ第2番ト短調Op.5-2  15-8

Int

チェロ・ソナタ第1番ヘ長調Op.5-1  17-7

《魔笛》から「娘か女房か」の主題による12の変奏曲ヘ長調 Op.66  9

チェロ・ソナタ第4番ハ長調 Op.102-1  8-7

(encore)
シューマン 幻想小曲集Op.73 第3曲  4

シューマン おとぎの絵本Op.113 第4楽章  5

ピアノ、小菅優 チェロ、石坂団十郎


チェロ・ソナタというよりもピアノソナタwithチェロといったおもむき。作品の傾向がそうだからというのもあるし、まあ、小菅さんの独壇場でした。演奏、主導権、全部、ですね。

1番2番は異色というか、若くてしっかりとしたフォルムで、そこまでしたからその後の作品が生まれたのかもしれないのだが、若さの中に息苦しさを覚える。2番の序奏は5分越え、ここまでしないといけなかったんだろうねベートーヴェンは。ホント、興味尽きないコンポーザーではある。
ピアノが目まぐるしく活躍する中、気がつくといつの間にかチェロが合わせて奏でられていた。そんな瞬間が続く。小菅さんの表現の幅は圧倒的ですね。空気がはずんでいる。お見事なプレイ。

1番と4番の間に置かれた魔笛の変奏曲は作品番号66なんですね。ということは67の前なのか、でも、初期の変奏曲なんですよね。

2番と1番を聴いた後だと4番はホッとしながら緊張感解いて聴ける。りきむことなく書き上げた筆のタッチが心地よい。音楽の表情が自然。
石坂チェロは総じてしなやか。みずみずしい切れ味もあって小菅のピアノとよく合っている。ピアノを邪魔しない、という妙な言い回しがしたくなるチェロ・ソナタの夕べでした。
ありがとうございました。
おわり





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2546- ヘンデル、スカルラッティ、ケフェレック、2018.5.5

2018-05-05 23:01:00 | リサイタル

2018年5月5日(土) 10:00-10:55am シアターイースト、東京芸術劇場

ヘンデル - スカルラッティ

ヘンデル 調子のよい鍛冶屋 ホ長調HWV430(ハープシコード組曲第5番から)  5

スカルラッティ ソナタ ホ長調K.531  +2

スカルラッティ ソナタ ロ短調K.27  +4

スカルラッティ ソナタ ニ長調K.145  +8

スカルラッティ ソナタ ニ短調K.32  +6

ヘンデル(ケンプ編) メヌエットHWV434(ハープシコード組曲第1番から)  +4

J.S.バッハ(ヘス編) コラール 主よ、人の望みの喜びよ  +4

ヘンデル シャコンヌHWV435(ハープシコード組曲第2番から)  +12

(encore)
ショパン 幻想即興曲  5

ピアノ、アンヌ・ケフェレック


前日はエル=バシャ、ラルス・フォークト、そして今日は朝からケフェレック、実にいい朝です。ご本人も昨晩の最終公演のフォークトを聴いておりましたね。

今年のLFJは池袋の場所まで手を広げて、このリサイタルは本当にいいキャパのホールでゆっくりと聴くことが出来た。

ヘンデル、スカルラッティ、バッハ、45分の連続演奏。切れ味、粒立ち、水際立ったタッチ、そして切なさの域まで達したような溢れる情感のヘンデル、スカルラッティ、バッハ、あまりの鮮やかな演奏に心が浄められた。最後のヘンデルのシャコンヌで、今日一番の強いタッチがありました。連続演奏による気持ちの集積があったのかもしれない。一連の流れがあまりに見事過ぎる演奏でしたね。宝石のようなプレイでした。
おわり


LFJ2018-T321













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2532- シューベルト、ピアノ・ソナタ、7、14、20、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.12

2018-04-12 23:54:51 | リサイタル

2018年4月12日(木) 7:00pm 小ホール、東京文化会館

シューベルト・サイクル Ⅴ

ピアノ・ソナタ第7番変ホ長調D568  9-7-4-10

ピアノ・ソナタ第14番イ短調D784  12-4-6

Int

ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959  16-8-5-11

(encore)
ピアノ・ソナタ第6番ホ短調D566第3楽章  5

ピアノ、エリーザベト・レオンスカヤ


シューベルト6回サイクルのうち5回目。この前、サイクル2回目を聴いて、今日もう一度お邪魔しました。
2527- シューベルト、ピアノ・ソナタ、9、15、18、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.6 

登場も引き際もあっさりとしたもので、構えることなくすーぅと弾き始めるやいなやシューベトの世界にすぐに引き込まれていく。

7番は2楽章の短調が美しい。ウェットなたたずまい。その余韻を引き継ぐマイナーモードの3楽章。物憂げに引き継いでいる、ひきずることなくやや骨太に進めていく。
これで十分の30分作品。次の14番は3楽章構成で、もはや、1楽章足りないという感覚。
この終楽章は激しいですね。宙に浮くような感覚の作品、これも申し分なく楽しめた。

後半は大曲、遺作の一つ。
なんというか、天国的な長さの作品ではあるのですけれども、その1,2楽章で言いたいことはほぼ言い尽くしていると思うので、弛緩することなくここを乗り切るのは奏者にとって容易なことではないだろうね。シューベルトの頭2楽章は難所。
と、大体いつも感じるのです。レオンスカヤのピアノというのはこのロングな楽章たち、息の長い音楽、遠くにある着地ポイントを弾き始めるときから実はわかっていて、一点のぶれもなく、その遠くの着地ポイントに正確に着地する。それはまさにシューベルトの思いと同じ。ここが素晴らしい。もはや、一心同体。聴いているが一瞬たりとも弛緩することなく聴けるというのはこの大きな流れをつかませてくれるから。聴衆もアクティヴな聴き方がもちろん望まれる。客のアドレナリン噴出のお手伝いもしてくれている。
テンションが徐々に高まっていく。抜けるような終楽章の歌。スバラシイ。別世界の高みに連れて行ってくれる。なにやら、晴れやかですらある。心地よいフィナーレ。
シューベルトの極意を殊更スキルを前に出すことなく、あっさりと高みまで運んでくれる。凄いピアニストですな。
シューベルト、ますます味わい深くなる。ありがとうございました。
おわり

東京・春・音楽祭2018







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2527- シューベルト、ピアノ・ソナタ、9、15、18、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.6

2018-04-06 23:18:07 | リサイタル

2018年4月6日(金) 7:00pm 小ホール、東京文化会館

シューベルト・サイクル Ⅱ

ピアノ・ソナタ第9番ロ長調D575  8-6-5-5

ピアノ・ソナタ第15番ハ長調D840レリーク 17-9

Int

ピアノ・ソナタ第18番ト長調D894幻想  20-9-4-9

(encore)
三つのピアノ曲D946より第1番  6

ピアノ、エリーザベト・レオンスカヤ


スペシャリストにしてオーソリティのシューベルトを満喫。にじみ出る威厳、それはそれとして、表情の変化、豊かな色彩、みなぎる力、陰影、いろんなものが全て彼女の中に内包されていてそれらが次々と表に出てくる。聴いているほうはその多彩さに耳を奪われる。素晴らしいシューベルトでした。

シューベルトのフォルムはだいたい決まっていて、ピアノ・ソナタだと第1,2楽章で言いたいことは大体言い尽くしていると思っているのだが、レリークみたいにその代表格のような1,2楽章のみの巨大ソナタでさらにその思いを強くする中、これまた巨大な18番D894を今日の様なプレイで聴かされると、やっぱり、粒立ちが良くて魅惑的なスケルツォトリオ、透明な律動が鮮やかなフィナーレも素晴らしすぎて、その完成度の高さに唖然とし感銘がさらに深くなるというものだ。
巨大な1,2楽章は一音ずつ噛み締めて聴く。噛めば噛むほど味わいが出てくる。指一本の単旋律の流れとハーモニーの進行が境目なくシームレスにナチュラルに流れてく。正確な音価、精度の高いプレイは基盤、その上にシューベルトの憧憬の音楽が奏でられていく。正面突破のシューベルト。素晴らしい。このような演奏で聴いているとD894の立ち位置がよくわかりますね。

レリークはシンフォニーの未完成のようなことだったのだろうか。巨大な1,2楽章で本当に言い尽してしまっているようで、彼にとって定形式の3,4楽章を創作する力よりも次の作品を創作するほうに力点が移ってしまったのかもしれない。この前半2楽章にバランスする後半2楽章を作るのは容易ではないとは、たしかに、思う。

1曲目の9番はあまり聴くことが無くて、型へのウエイトが高く、調は揺れ動いていく。このソナタも大きいもので手応え十分。形が把握できるまで次に進まないというか、理解に時間をかけられるのでこれはこれで中身を味わう時間が沢山あって、いいですね。

総じて、スペシャリストの仕事は手堅くてそして自由、実に味わい深いですなあ。作品への愛着、いつくしんで撫でているようなプレイ、そこはかとなく漂い広がるシューベルトモード。作曲家の境地が浮き上がってくる。このような生演奏で聴いてこそ頭の中に刻印されるシューベルトの計り知れない体験。
おわり

東京・春・音楽祭2018



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2521- 上岡敏之 ピアノ・リサイタル、2018.3.19

2018-03-19 23:34:21 | リサイタル

2018年3月19日(月) 7:00pm トリフォニー

ショパン 2つの夜想曲op. 27(ナショナル・エディション)   4-6-
スクリャービン ピアノソナタ第3番op. 23(ベリャーエフ版) -5-3-5-5

ショパン 子守歌op. 57 (ナショナル・エディション)  4-
ドビュッシー 2つのアラベスク第1番(デュラン社)  -4-
ドビュッシー 前奏曲集第1巻より第8曲「亜麻色の髪の乙女」(デュラン社) -3-
ドビュッシー 喜びの島(デュラン社)  -5

Int

ショパン 前奏曲op.45 (ナショナル・エディション)  4-
ショパン ピアノソナタ第2番op.35 (ナショナル・エディション) -7-7-5-2

ショパン スケルツォ第3番op.39 (ナショナル・エディション)  8

(encore)
ショパン 幻想即興曲  4

ラフマニノフ 楽興の時op.16より第4番  3

バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第1番ハ長調  5

ピアノ、上岡敏之


新日フィル定期会員向けのスペシャルリサイタル。指揮者でありピアニストである上岡さんのピアノの夕べ。現在、新日フィルを率いて絶好調、佳演、美演を連発している上岡、瞠目すべきは、自身の指揮のみにとどまらず、このオーケストラに何か忘れていたものを思い出させ、招聘指揮者達による定期公演も軒並み素晴らしい演奏を繰り広げることとなり、この指揮者の存在の大きさにはうなるばかり。ここでさらにひとつ、自身のピアノリサイタルを開くという、いやはや絶好調とはまさにこういうことを言うのであろう。才能というのもおこがましいがそういったものを目の当たりにできる聴衆は幸せと言わなければならない。

かぶりつきの席で思う存分楽しませてもらいました。
ショパンが葬送付きを含む5曲、ドビュッシーが3曲、スクリャービンのソナタ、それにアンコールが3曲。満喫しました。脂のノリがいい演奏で細からず太からず、いつもの指揮とはやや異なるおもむきで、波風の立て具合もほどほどに、一緒にエンジョイできました。客同士の一体感というか垣根がうまく取り払われたいいリサイタルでしたね。

ピアノ・ソナタとしてはスクリャービン3番、ショパンの2番葬送付き。スクリャービンの堅い様式、ショパンの自在な形、わけても葬送から音を切らずにフィナーレに突入するパッション。様式感であれ自在さであれ、それぞれのフォルムの良いところをさらに味付けして押し出していくプレイで、音楽がとまらない。両者4楽章構成のソナタをプログラムに配した意図があるのかとも思ったのだが、それぞれの特徴を押し進めるプレイにそちらのほうに強く興味がいった。

プログラムはこの二つのソナタのフィナーレが済んだところでポーズがあるだけで、他はすべて連続演奏。音を切らずにそのまま次のピースに移るような気配が濃厚でプログラミングの妙がうまく生かされている。周到な並べ方なのだろう。
ですので、前半プログラム、ショパンの子守歌が済んだところで間髪入れずドビュッシー3曲につながっていく。実に自然、語り口のうまさもありますけれども、こういった周到で自然さを感じさせてくれる流れ、気持ちが先につながっていくし、なんだか落ち着くところもある。

ドビュッシーの3ピースはスクリャービンのやや濁ったその上澄みを掬って濾したような贅沢な響き。ソフトでキラキラと透明、あまり聴くことのないドビュッシーサウンドに舌鼓、おいしかったですね。


この日のスミトリは3階席を閉じていたようですがほかの席は沢山入っていたと思う、最前列を頂きましたのであまり確認は出来なかったけれど。
ホールの照明を落として、ピアノだけにスポットライト。シックで落ち着いたリサイタル、上岡さんは指揮のときと同じスーツ。指揮でもリサイタルでも声を発することはないのだけれども、目と手、雄弁ですね。音楽の使徒という気がする。弾きが進むにつれて鍵盤に吸い込まれていくように上からかぶさっていく。

アンコールは3曲。バッハで締めてくれました。いいリサイタルでした。ありがとうございました。
おわり
 

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2483- 瀬川祐美子、ピアノ・リサイタル、ドゥルカマラ島~時間の泡は如何に?d→d~、2018.1.21

2018-01-21 19:55:18 | リサイタル

2018年1月21日(日) 4:00-5:30pm トッパンホール

瀬川裕美子 ピアノ リサイタル vol.6
〈ドゥルカマラ島~時間の泡は如何に?d→d~〉


J.S.バッハ フーガの技法 BWV1080より I   3′-

ブーレーズ ピアノ・ソナタ第3番より トロープ  5′

メシアン 《4つのリズムの練習曲》より〈火の島 第1〉〈火の島 第2〉 2-4′

ブーレーズ ピアノ・ソナタ第3番より コンステラシオン―ミロワール  9′

鈴木治行 Lap behind(委嘱作品)  8′

Int

モーツァルト 幻想曲 ハ短調 K396(断片)  3′

クセナキス ヘルマ  7′

武満 徹 雨の樹 素描  3′

シューマン 暁の歌 Op.133  12′

武満 徹 雨の樹 素描II―オリヴィエ・メシアンの追憶に―  3′


(encore)
シューマン 暁の歌 Op.133 第1曲にヘルダーリンの「春」の詩を付けた弾き歌い  3′
      (ハインツ・ホリガー「暁の歌」より冒頭の合唱曲の瀬川による編曲版)


ピアノ、瀬川祐美子


年初から難しいプログラムにあたってしまった。ただいつも通り聴けばいいのだろうが、この25ページにおよぶ詳細なプログラム冊子をみたらそうもいかない。もっともこれをリサイタルの前時間に全部読むのは無理。前もって配ってくれれば、という思いの方が強い。
この日のリサイタルの肝は次のあたりかな。

****
ドゥルカマラ島
時間の泡は如何に?d→d

パウル・クレーのドゥルカマラ島の中央の白い瀕死の顔は、ひっくり返すとd。西洋音楽史の中で長い間、記譜されてきた賛歌ともレクイエムともなったd(ニ長調/ニ短調)。
本日のプログラムの道標となるd。
****

ということで、こうなると、やっぱり、各ピースを皮膚感覚と耳感覚で聴いていくしかない。
作品の断片のようなものが短く奏でられ過ぎていく。断片の集まり。
総じて速め、峻烈で柔らかい音。用意周到な作戦のもと絶妙な仕上げ。それらが見事な果実となった。練り上げられたものですね。

休憩前の最後の曲は委嘱作品で鈴木のLap behind(周回遅れ)、作品の種明かし的解説は冊子に記載されている。むしろ、音の粒が多い曲で泡のモードを最も感じた。

ブレーズ、メシアンの前半、シューマン、タケミツの後半。それぞれ響きの世界に入り込む。暁の歌も企画に合っている雰囲気。やはり、その企画のウエイトにこだわりを感じさせるものだったかな。

リサイタル自体は休憩入れてもかなり短い。一人で全てプレイするのでいたしかたないというところもあるが、作品に身を任せて弾くピースがひとつふたつあってもよかったのではないか。もっともそういう作品もあったのだが、スポットライトの当て方が一方向から、そのような要旨のリサイタルという側面があるのでどうという話しでもない。

このプログラム冊子は、その場のリサイタルとは別に、読んでいて音のイメージが欲しくなるところがあって、この日のプログラム通りCDをつないで聴くのも一興。

アンコールは暁の歌の1曲目に歌詞を付けて、弾き歌いした。
良かったですね。ここに、思いがありそうな気もする。
興味深いリサイタル、ありがとうございました。
おわり

 









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2472- シューベルトD959、D960、今峰由香、2017.12.22

2017-12-22 23:28:34 | リサイタル

2017年12月22日(金) 7:00pm Hakuju Hall

シューベルト ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959  12-8-4-13
Int
シューベルト ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960  22-9-4+8

(encore)
シューベルト 即興曲 Op.90-3  5


ピアノ、今峰由香


1年ほど前に出たベトソナ24,25,26と変奏曲の入ったCDを購入して聴いておりまして、その流れでリサイタルを聴きに来ました。

研ぎ澄まされて洗練された音の輝き、音粒の正確な均質感、ピアノの音が身体から出てくるような自然さ、ほどよい距離感、物腰、、
今まで色々とピアノを聴いてきたが、だいぶ違う。しっくりくる。山の高さ、海の深みが、最初からなにかこう、一段違う。

お初で生聴きします。第一印象は音の美しさ。素晴らしくきれいな音。それと、
例えばD959のスケルツォなど、この美しく飛び跳ねるフレーズはどうしてこのような扱い、表現になるのだろうか、なるほどそういう流れなのか。といった具合で、全編に渡り全て納得できるところに落ちる。こういったことが沢山出てくる。丹念な解釈の後の演奏に聴こえる。これも、うなる。ナチュラル。

D959、彫琢された音の美しさにうなるばかり。ハクジュホールは300ほどの贅沢席ホール、天井が高くてピアノの音が押しつぶされることなくきれいに響くので、さらに良い。
大体2楽章までで言いたいことを概ね言い尽くしている感のシューベルト。ベートーヴェン的な壊しては作るといった型ではないいわゆるソナタ形式デフォなので音の流れそのものを満喫すればいいのかなとも思う。
音の粒が徐々に流れとなる第1楽章、見事だわ。ちょっと音が跳び節回しが馴染みやすい第2楽章、最後激しさが覆う。クリアで明瞭、全ての音がくっきりと浮かび上がる。ここまでで大体満足。
と思いきや、次のスケルツォが惚れ惚れする粒立ちで鮮やか過ぎた。ピシーンパシーンと決まる。やっぱりこの楽章、短いけど要る。魅力的だわ。
終楽章の自然な流れと盛り上がり、この感興、パーフェクトでとてつもなく素晴らしい演奏でした。美しい。

鼻かぜ気味なのか楽章間でちょっとグシュグシュありますけど弾くほうは問題無い様で後半D960、これも頭2楽章で言いたいことを大体言っていると思うが冒頭楽章がさらに長くて緩やか。息を整えて、ことも無く渡る平均台のような趣き。作曲家の内面を照らし出す。太過ぎず細すぎず一つの鍵盤と同じような幅で身体から音楽がじわっとにじみ出てくる。
第1主題の後すぐにゴロゴロゴロとくる左手トリルの明瞭なタッチ。もう、いくら長くてもいい、終わらないで欲しいという感じ。
第1楽章の長大なモデラートに続いてアンダンテ楽章。この楽章には第1楽章の響きを今日は特に強く感じた。一体感あるものでした。ここまでで30分越え。
あとは形式を整えるような楽章、と言っては何だが、穏やかだったものが少しずつ浮遊感を感じさせ始め明るさを増して、これからまだ先があるよと言いながらシューベルトが終わる。

ご本人が書いたプログラムノート、味わい深いものです。これら2作品への姿勢、その前にある深い理解。満ち溢れていますね。アカデミックな香りとは別の、愛を感じます。
シュベソナ全部、今、聴きたくなった。ゆっくりタップリ聴きたくなりました。
ためいきばかり出るいいリサイタルでした。
おわり







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2464- ベトソナ、テンペスト、31、チャイコフスキー、ドゥムカ、大ソナタ、デニス・マツーエフ、2017.12.9

2017-12-09 22:34:05 | リサイタル

2017年12月9日(土) 2:00pm 小ホール、武蔵野市民文化会館

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番ニ短調テンペストOp.31-2  8-7-6′
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op.110  6-3+10′
Int
チャイコフスキー ドゥムカ ハ短調Op.59  7′
チャイコフスキー ピアノ・ソナタ(グランドソナタ)ト長調  11-8+3+6′

(encore)
リャードフ 音の玉手箱  2′
シベリウス 練習曲作品76-2  1′
ラフマニノフ 前奏曲作品32-12  2′
グリーグ 山の魔王の宮殿にて  2′
マツーエフ 即興  5′

ピアノ、デニス・マツーエフ


シーズンの演奏回数が多くて内容もタフといった印象が先に来てしまうマツーエフですけれども、ベトソナは殊の外、落ちついたものでした、最初は。

テンペストは幻想的なプレイで特に1,2楽章の静謐に傾斜していくようなおもむきは味わいがあった。キラキラ輝く水際立った音で、ピアノが物体で作られていることを忘れさせてくれる。アルペジオ風味が割とあって、また四声のうちバスの浮き沈みが冴えている。強調は無く短めに顔を出すがなんだか力が見え隠れするものがある。
鍵盤を押した後、さあっあと腕を上にあげる仕草もあまり無くて、一つ一つの音をじっくりと弾き込んで聴かせてくれる。
終楽章はキラキラワクワクノリノリな空中浮遊感。16分休符のあとの4つの音の流れ自然でした。そしてやや激しさを増しながら最後は弱音で急降下し消え入るように。ピアノさばき冴え渡るマツーエフ。

ワクワクベートーヴェン。最後の3つではこの31番の出だしの下降音型が好み。なんだか途中から始まっているような気持ちにさせてくれる。この第1楽章の前にもう一つ楽章があったんだよ実は、とベートーヴェンが言っているように聞こえる。この悟りのような第1楽章はいいですね。やっぱり3作品一束のような味わいなのかもしれない。
音の粒立ちが良くて、曲想のしっとり感が綯い交ぜになって居心地良い。31番この境地。マツーエフがしっかりと魅せてくれました。聴くほどに奥がある。
2楽章はうって変わって激しい。怒涛のような激しさ。切れ味が鋭い。完璧なタンギングを聴いているような錯覚。彫りが深くて立体的、クラクラするようなパースペクティヴ感。がらりと変わって圧倒的なマツーエフの力腕。息つく間も無くそのまま終楽章へ。
と言っても、強烈な2楽章結尾はスフォルツァンドの繰り返しから最後はピアノにディミヌエンドしてしぼみ、リタルダンド。終楽章の頭はこのモードを引き継いでいる。マツーエフの冷静な音の運び。最初から、全部が見えているのだろう。余裕のパフォーマンス。
清らかな第1楽章、激しいスケルツォ、変幻自在。終楽章のフーガへ。お見事とうなるしかない、この全体俯瞰。
嘆きの歌からフーガへ。なんだか全部嘆きの歌のような気がしてきた。音形を変えて再度嘆きの歌へ。そしてコラール風味な進行は抑え気味マツーエフ。このあとの進行は、ベートーヴェンはどうやってフィニッシュしようか探している雰囲気が漂うところ、全てを解決するように一気に垂直降下する。マツーエフのピアノが炸裂、爆発。フォルテシモ×2の音量だわな。
音符が一つに並んだような錯覚の垂直一気降下。鉄板でもなんでも来い突き破るからみたいな圧巻の響きの中、急上昇しサラリと終わる。鮮やかな31番でした。彼のスパイス見えました。マーベラス。

後半のチャイコフスキーのほうはリラックスして、でも気を抜くことは無い。
ドゥムカは作曲家の明るさ暗さ、独特のメロディー。ほの暗い浅めのタッチが少しモコモコ感を醸し出しながら色々と変化していく。

グランドソナタはマツーエフのリズミックでダイナミックなチャイコフスキーサウンドを満喫。
型が明瞭な演奏。怒涛の流れでいくわけではなくて副主題が物憂げさも漂わせてくれる。第1楽章は総じて激しくて音も華やか。型の規模も大きい。これと次のアンダンテ楽章、付点やシンコペーションのモードの味わいが似ている。静かな2楽章なのにリズムが息づいている感じ。この1,2楽章で、もう、ほとんど、作品の大半を占めてしまった。圧巻の演奏。あとは型の残りをやっていく感じ。腕の見せどころもパワーアップ。
マツーエフは楽章間を殊更区切ることは無くてだいたい続けてプレイする。勢いを感じさせるし、ポイントとなる楽章での一服は音楽の流れを冷静にくみ取っているかな。
チャイコフスキーの短い音符の塊が全部スタッカート風な切れ味の良さでいくら速いパッセージでも全部聴こえてくる。エスカレーターがエレベーターのようになり、最後はロケット発射、華麗な指技。まだ、やり足りないと言っている。凄い凄い。


アンコールは5曲。演奏後一礼して下てに引き、また出てきてすぐにアンコールピースを始める。このあとサイン会も無かったので、時間に追われていたのかしら。翌日ゲルギエフと昼夜2公演、ラフマニノフのピアノ協奏曲全4曲弾かないといけないし。その下ごしらえが要るのかもしれない。などと思う中、ショートピースを次々と。
最後の5曲目は自身作の即興(という曲)。やりたいことをあらいざらい全部やりつくす。最初は静かでややジャジー、ガーシュウィン風ドビュッシー風。だんだんとエスカレートしていき、技のオンパレードで大晦日の売り尽くしみたいになるも一滴の乱れも無い。唖然茫然。ぶっ飛びました。

マツーエフのデリカシーとパワー、心ゆくまで堪能できた三鷹の午後でした。ありがとうございました。
おわり



400人規模ホールにNHKのテレビキャメラが5台も。ステージ2台、客席3台。2018年2月2日(金)朝5時からNHK-BSプレミアム「クラシック倶楽部」で放送とのこと。





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2462- メシアン、幼子イエスにそそぐ20のまなざし、エマール、2017.12.6

2017-12-06 23:42:28 | リサイタル

2017年12月6日(水) 7:00-9:35pm コンサートホール、オペラシティ

メシアン 幼子イエスにそそぐ20のまなざし  51-65

     Ⅰ~Ⅹ      6+3+3+4-6-11-4+2+4-8
Int
     ⅩⅠ~ⅩⅩ  6-3-4+4-11-3-5+6-10-13


ピアノ、ピエール=ロラン・エマール


エマールは先週末、デュトワN響の伴奏でラヴェルのレフトハンドを好演。今日はメシアンのロングな作品。
前半10曲、休憩20分を入れて後半10曲。

この作品は幸い5月にもオズボーンのピアノで聴きました。
2345- メシアン、幼子イエスに注ぐ20のまなざし、スティーヴン・オズボーン、2017.5.18

そう言うこともあってだいぶ見通しよく聴くことが出来た。
エマールの弾く20のまなざしは、見た目のコンセントレーションモーションを横に置くと、一歩引いて弾いている印象。
タッチが重くならずみずみずしくて、音から音への推移にあまり隙間を作らずつなげていく。規模の大きいピースの後は一服おくが、そうでないものはつなげて弾いていく。つなげて弾いているものは曲の表情の変化がそれほど濃くならない。音の粒立ちの良さが気持ちいい。

(テーマの目安)
Ⅰ 愛のテーマ
Ⅱ 星と十字架のテーマ


Ⅴ 神のテーマ (数字の3がキーワード)

Ⅶ 星と十字架のテーマ
Ⅷ 

Ⅹ 狩のテーマ、幸せのテーマ
intermission
ⅩⅠ 神のテーマ、聖母マリアと幼子のテーマ
ⅩⅡ
ⅩⅢ
ⅩⅣ
ⅩⅤ 神のテーマ、和音のテーマ
ⅩⅥ
ⅩⅦ
ⅩⅧ
ⅩⅨ 愛のテーマ
ⅩⅩ 和音のテーマ、神のテーマ

無調的な運びが全面を覆い微妙に不安定な進行。何かが解決に向かうというよりもそれぞれのピースの積み重ねが別のモードを引き起こすような具合、無機的ではない。メシアン流語法が若いときから出来ていたのだろう。このままオーケストラに編曲してもその響きの魅力は増すばかりのようだ。
それぞれの主題にはコクがあり、噛むほどに味わいがでる。聴くほうの気持ちが作品と一体化してシンクロしていくようだ。単独でピースを噛みしめるのもいいが積分の妙、これは心理的なものの累積現象のようなものだろう。そういうところがメシアンにはある。
10曲目のテーマは印象的でした。音の粒がジャズのアドリブ風味を感じさせるもので音粒が面白いように連鎖していく。それまでの静謐な空気が一気に解放された。エマールのノリ、効きましたね。幼子を満たすフレーヴァーが心地よい。

ここで休憩。
11曲目は休憩前の10曲目の激しさの残り香が漂う。オズボーンのように休憩を置かず一気に弾くのもいいし、この日のエマールのようにじっくりと連鎖を感じさせてくれるのもいいものだ。後半はピース毎に区切りを明確にせずつなげていくのが目立った。(それやこれやで全体としてはオズボーンより10分ほど速めの展開となった。)
中音域の抜けた高音低音、ギザギザと降下をしていくスケール、メシアン流のエキサイティングなシーンが続く。エマールの決め具合良くメリハリ効いています。
終曲の繰り返され続けるフレーズ。これがオーケストラなら多彩な音色変化をつけながらきらびやかなクライマックスにもっていくところ。ピアノ一本のエマールはそれに勝るとも劣らない鮮やかなもの。音の間隔を微妙に動かし、強弱のうねり、粒立ちよく進行。究極の心理的累積感による音楽的感興を呼び起こす。凄い技。
ピュアなまなざし、しっかりと見えました。

このホールは1600強のキャパでオーケストラの音量向きとは言えない。ピアノ単独でのリサイタルや室内楽には申し分なく良く響く。横のバルコニーは角度が悪くていけない席が多いけれどもそれを避ければ居心地よく聴ける。
おわり









 

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