河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2525- シューベルト5、バルトークVC2、豊嶋、シューマン春、上岡、新日フィル、2018.3.30

2018-03-30 23:29:39 | コンサート

2018年3月30日(金) 7:00-9:20pm トリフォニー

シューベルト 交響曲第5番変ロ長調D.485  5-8-5-5

バルトーク ヴァイオリン協奏曲第2番BB117/Sz.112  17-10-13
  ヴァイオリン、豊嶋泰嗣

Int

シューマン 交響曲第1番変ロ長調Op.38春  10-5+7+8

(encore)
ベートーヴェン 交響曲第4番第4楽章  4

上岡俊之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


作為と言えばそうなのかもしれないけれど、作品の別の風景を見ているようでとてもフレッシュな味わいを満喫することが出来た。今日の演奏会は色々と指揮者の才気によるところが大きい演奏会でしたね。おなかいっぱいの3曲プログラム、それにアンコールも含めて。

変ロ長調2曲で難物のバルトークをサンドウィッチ。どれもこれもうなるプレイで、仕事しているなあ、という思いが強かったです。

始まりはシューベルトの5番。
どのようなからくりか知らないが、サラリとソフトでフェザータッチ、真綿のような歌いくち、柔らかな物腰、品があって桜のような香りが香ばしい香ばしい。それにmfからギリギリのppあたりの中をレガート気味にぼかすような、何やら居心地良く宙に浮いているような、そんな流れで進み、気持ちよくさせてくれる。威圧的なところ皆無のシュベ5。目からうろこがはがれおちるような新鮮な演奏。春の霞のような演奏、もはや、春爛漫、最後の曲はシュマ春しかありえないような雰囲気。
これまで、結構ヘヴィーな作品の印象が割とあったのだが、上岡マジックではその真逆を描いて魅せてくれた。さりとて作品自体が小物になってしまったような印象はまるで無くて、作品の多様性をモロに感じる。そういうことをしてくれた指揮者、実に素晴らしい。ふところの深さをグッと感じましたよね。

次は難物のバルトークVC2。
これまで、さっぱりわからない曲という印象しかなかったのだが、今日、はっきりと理解できた。明快な演奏のおかげです。絶句の曲でした。フォークなミュージックではないでしょ一か所も。完全に超えていますよね、局所限定みたいな話は。土地に根ざしたオリジナリティみたいな話も、もういい。吹き飛びました。普遍的という言葉も陳腐でしかない。異次元、あえていうなら新次元の音空間を創造したコンポーザー。これでバルトークの聴き方がガラリと変わりました。今日の聴き方でこれから、ゆきます。
作品の構成と響き、魅惑的な響きがいたるところにちりばめられている。そして実感する構成の妙。集中して聴かないとなりませんでした。甲斐がありました。聴くほうも大変。
聴くほうも大変に集中力の要るものでしたけれども、ソロ、コンセントレーションの塊と化した豊嶋ヴァイオリン、40分におよぶチリチリとした弾きっぷり、熱く熱く、圧倒的な熱演。大変な慎重さと入念で用意周到なプレイ、時に太く大胆に、濃い濃い、濃厚でタップリとしたヴァイオリンに有無を言わせず屈服させられた。凄い演奏、何故か全てが透けて見えてくる、この凄さ。作品の偉大さがわかりました。この演奏のおかげです。
また、特筆すべきはもう一つ。伴奏の上岡バトンテクニック、シュベ5で魅せた霞は明確な輪郭を描きながら立体的に彫り深く、パースペクティヴ感十分、豹変した。上岡マジック、彼のタクトがオーケストラに乗り移った。伴奏超えのオケの妙技。前の週に聴いたタン・ドゥン自作自演のオーガニック・トリロジーのプレイがいやが上にも思い起こされる。実に素晴らしい。
今日のバルトーク、ソロとオーケストラは波長がシンクロし一体化、破格の内容。花より団子、満腹。

後半はシュマ1、春です。
かどを取り払い柔らかなアタックが全編を覆う。シュベ5が戻ってきたようだ。縁ぼかしの妙技が冴え渡る。実に心地よい。

春霞、春の川もに、桜降る

柔らかいラインが春の小川のように流れていく。スケルツォ楽章で魅せたこよなくゆっくりとしたラインの鮮やかさ。心地よいストリング、ウィンド、ブラス、パーカス、こんなに音がたくさんあったのかと新鮮な驚き、上岡マジカル棒は作為を超えてナチュラルに広がっていきました。


上岡音楽監督のときはだいたいあるアンコール。この日はなんとベト4の4楽章。驚きの選曲。バスーンの難所パッセージをここらあたりのアンコールに置いて、とりあえずここをクリアしておいてベト全まで視野に入れている、のかどうかは、神のみぞ知る。
滑るような演奏、のりますなあ。感激のワン・ナイトでした。

この日は、バルトークのソロがコンマスの豊嶋さん。トラのホルントップに日高さん、同じくチェロに長谷川さんという布陣。実力人気指揮者のところには人も集まるという話だと思う。もう、入団したら。

おわり




 

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2524- ショスタコーヴィチPC2、タロー、幻想、インバル、都響、2018.3.26

2018-03-26 23:51:54 | コンサート

2018年3月26日(月) サントリー

ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第2番ヘ長調  7-5+5
 ピアノ、アレクサンドル・タロー

(オーケストラ伴奏付きencore)
ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第2番ヘ長調 第2楽章  5

Int

ベルリオーズ 幻想交響曲  12-6-15-4+10

エリアフ・インバル 指揮 東京都交響楽団


ショスタコーヴィチ独特の回転運動、瞬発力、それと爆発する力、作品を大いに楽しめた。タローのピアノは透明な美しさを湛えたもので両端楽章の切れ味の良さが絶品。
このての作品は得意のオケでキレキレの味付け伴奏も聴きごたえありました。
頭に祝典序曲でも置いてくれればモチーフの絡み合いの妙がさらに楽しめたと思う。

インバルの幻想は前週のショスタコーヴィチ7番シンフォニーと同じ方針。
おわり

 





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2523- モートン・グールド 交響曲第3番 オリジナル・ヴァージョン 世界初 デイヴィッド・アラン・ミラー、オルバニー響 

2018-03-23 21:39:45 | 音源



 


(2006年12月ブログ0137-0138-0139の再掲(一つにまとめ編集))

モートン・グールドは一般に、編曲や日本風に言うところの軽音楽、などにその器用さを発揮した、ということぐらいしか知られていない。そんななか、こんなCDが出た。SACDハイブリッド盤である。

モートン・グールド 作曲 交響曲第3番
デイヴィッド・アラン・ミラー 指揮 オルバニー交響楽団

世界初録音 ALBANY RECORDS TROY515

グールドは数多の作曲をしている。交響曲は4つある。
この第3番、実にすばらしい曲。滑るような弦、迫力ある打楽器。薄いブルーが透明に淀んだようで、物理的機械的なサウンドのなかに漂うグールドの音楽観。派手なパーカッション、イルミネーション。
4楽章40分におよぶ本格的なサウンドの交響曲である。詳細は後日に譲るとして、まずは是非このサウンドを聴いてほしい。幾何学模様のオーケストラ・サウンドや音楽表現が何とも言えず、ヨーロッパを遠いものにしているが、グールドの音楽ヒストリーをトレースすると必然性がある。
彼は自分の身を置いた音楽環境をフルに活用した音楽を構築した。その現場にいなければ作ることができないようなサウンド。魅力的である。
オーケストラの切れ味は一流どころの次、線が細いなりにアメリカ音楽への日常的な取り組みを感じさせる。指揮も劇的なものより響きそのものを意識した譜の読みであるようだ。
このSACD、ホール感はそこそこで、音場が安定している。分解度は格別に高いわけではないけれどもヴォリュームを上げて聴くと前面に音が拡がる。
カップリングされているハリスも魅力的。ロイさんについては、またいつかふれることができると思う。


モートン・グールド
モートン・グールドは、私がスコアを見ることをしなくても新作を受け入れられる唯一の作曲家です。私は、その最初の一小節を見る前から良い作品であることを知っている。
- ディミトリ・ミトロプーロス -

モートン・グールドは1913年、ニューヨーク・クイーンズで生まれた。彼はピアノの天才児であり、はやくから作曲を始めていた。16才までに、自分の作風「超現代的」を宣言した。
世界大恐慌の間、ラジオ・シティ・ミュージック・ホールのピットの音楽家としてスタートした悲しい目をした一匹狼はNBC、WOR、CBSのための膨大な作業において、ラジオを通して指揮、作曲、アレンジで活躍した。それはバレエ、ブロードウェイ、コンサート・ホール、映画、果てはテレビにまで挑戦するといったもの。
彼は疲れを知らなかった。彼はどこにでも現れた。そして、ジョージ・ガーシュウィンのように、通りで人が実際に笛を吹くことができる身近な音楽を書いた。(ガーシュウィンの説明をした方がよいかもしれない。彼はインテリ仲間や評論家に冷遇されていた。許容することが懇願されていたけれども、決して受け入れられたわけではなかった。)
自分自身の曲や他の人の曲の多彩な音楽翻訳家であるグールドは、数えきれないほどのライブ・コンサートやレコーディング・セッションで国際的なメジャー・オーケストラを指揮した。グラミー賞への多数のノミネートを受け、1966年にはシカゴ交響楽団を指揮したチャールズ・アイヴスの交響曲第1番のRCAアルバムでグラミー賞をとった。
1986年に演奏権利団体ASCAPの会長になり、オリジナルな印象的な作品をプロデュースした。それらはオーケストラル・ワークと呼ばれるユニークなものにおよんだ。アメリカン・コンチェルテッテ、アメリカン・シンフォネッテ、ラテン・アメリカン・シンフォネッテ、交響曲や協奏曲や合唱曲へのショーピース、ブロードウェイのミュージカル「ビリオン・ダラー・ベイビー」から豪華な「ストリング・ミュージック」まで。この「ストリング・ミュージック」では、グールドも驚く、1995年ピューリッツア賞を獲得した。
翌年、心臓発作で亡くなった。

 

交響曲第3番
モートン・グールドは4つの交響曲を作った。第1番(Victory Ode)は1943年、第2番(Symphony on Marching Tune)は1944年、両方とも第二次世界大戦に触発されたもの。
1952年からの第4番は最後の交響曲で、やはり戦争のことを扱っている。このコンサート・バンドのためのWest Point Symphonyは有名な軍隊学校により委嘱されたものである。
第3交響曲は異なる。ダラス交響楽団のために作曲されたこの曲は1946年後半から1947年1月にかけて書かれた。それは彼の最初の子供が生まれる頃であった。第3交響曲は彼の最も個人的な交響的な言葉である。この曲は彼が熱望した、野望的、シリアスな交響的作品である。第3番で、グールドは全てのアメリカの交響曲作曲家が熱望する核に到達した。彼は’Great American Symphony’を書いた。

グールドはこの作品を両親にささげた。そして両親にあて「私は今まであなたがたに何も捧げたことがなかった。あなた方は私の人生で最も大切な人。それゆえ、私の新作第3交響曲を捧げるにふさわしいと考えている。この第3番はいままでの作品のなかで最良の作品と思っている。」

第1楽章はトランペットによる苦悩の3連符、楽章を貫くリズミックな装飾音にびっくりするような突き刺す5連符のモチーフで始まる。容赦ない異常なマーチで締めくくる前に短い激情が2回にわたってあり、その後おさまる。(2/4拍子と3/8拍子を交互に使い変則拍子を楽しんでいる。)

第1楽章の容赦ない激しさにコントラストをなすように、第2楽章はかなり内省的で、くつろいでぼやけた感じのジャズ風な夢想である。それにもかかわらず緊張感的なセンスは決してなくなることはなく、ピッチカートのベースラインの八分音符の鼓動や、ヴァイオリンによる積極的なカデンツァのようなパッセージ、そして繊細な第1ヴァイオリンのハーモニーにより、むしろ暗示的でさえある。

そして嵐がブレークする。‘嘲笑的ユーモア’で演奏されるべきことを意味している華麗なジャズ・スケルツオ。
最初のニューヨーク公演における評論家でさえ、この楽章は何か特別であると感じた。
ニューヨーク・タイムズのハワード・トーブマンは、この楽章の‘抑えがたい勢い’について書いている。グールド氏は自分の作曲技法を通して、100人の高度に訓練された演奏者の技巧を使って、まるでジャズの手法を作っているようである。彼ら演奏者は、指揮者たちは仲間からこのようなことは聞いたことも学んだこともないと思っている。熱く演奏できるその仲間は、グールド氏の交響曲の第3楽章を聴くために昨晩ここにいるべきであった。グールドは二つのかみ合うフレーズ -駆け上がる、下る-を並べ絡ませる。それはこの曲を渦巻くようにし続け、ますます勢いづかせ、トルネードがその中心点に触れるもの全てを吸い上げるようにしている。嵐は木管と弦の柔らかな音でだんだん弱まり、スネアドラムの軽い音で締めくくられ、ベースから引き離され叩かれる。この輝かしい効果は、ヨーロッパ人が真似することができたかどうか疑うところである。奇妙な行進曲風トリオのあと、オープニングの短い再現が、ケトルドラムによるフォルテッシモの爆発によってクライマックスに導く。ついていくにはものすごくタフな楽章がドアを閉めるように熱狂的なコーダで閉じる。

ニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者であるディミトリ・ミトロプーロスとグールドの最も熱心な支持者たちは、快活なフィナーレをスローで深刻なものに置き換えるようグールドに迫った、というのがおそらくこの楽章の純粋な輝かしさの理由であった。フィルハーモニックの契約の誘惑により、グールドは第4楽章を全て破棄し、新鮮な‘パッサカリアとフーガ’に置き換えた。ミトロプーロスは予定通り、この改訂版第3交響曲を1948年10月28日に公のものとした。評はおおむね好評であったが、作品の全体のまとまりの印象が薄い。新たなエンディングは誇れるものではあるけれども、グールド自身でさえこう認めている。‘この楽章は一部の聴衆からはポジティブな反応を受けているとはいえない。’

デイヴィット・アラン・ミラー(このSACDの指揮者)はこのレコーディングの準備を始めたとき、この曲の初期バージョンのことについて何も知らなかった。彼は、フィナーレの日付が、スコアにある第1,2,3楽章の日付よりかなり後であり、また別の用紙に書かれていたことを発見しそれらのことに興味をいだいた。フィナーレの音楽は、第1,2,3楽章の性格、イディオムと奇妙に調和していないようにも見える。彼はグールドの伝記を書いているピーター・グードマンに助言を求めた。グードマンはフィナーレの初期バージョンに言及し、シャーマー音楽出版社のライブラリアンにコンタクトをとった。シャーマーは、50数年の間触れられていなかった棚高くにあるオリジナル曲を発見した。二つのフィナーレを比較して、ミラー氏はあとのものよりも最初のバージョンのほうが作品の自然性においてより真実性があり、結果的に極めて成功していると感じた。このレコーディングは‘オリジナル’フィナーレであり、それゆえこの作品をもとの形に復元したものである。

(以上、ブックレットの河童意訳含む)

おわり






 
 

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2522- ショスタコーヴィチ、7番、インバル、都響、2018.3.20

2018-03-20 23:57:02 | コンサート
2018年3月20日(火) 7:00pm 東京文化会館

ショスタコーヴィチ 交響曲第7番ハ長調op.60レニングラード  23-11-18-15

エリアフ・インバル 指揮 東京都交響楽団


副題にひきずられないシンフォニー7番の表現。快速のインテンポで進む。作品のあるべき姿をひとつ示してくれる。
アダージョ楽章冒頭主題が同楽章全編に渡り聴こえてくる。現音風味な音の事を色々と感じさせてくれる。
最後、パーフェクト空白は気持ちの良いものでした。それにいつもの表情が薄くて硬いティンパニ、今日はバチを何かで巻いているように見えだいぶ柔らかく聴こえてきていいものでした。あとは歌うティンパニをお願い。
おわり
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2521- 上岡敏之 ピアノ・リサイタル、2018.3.19

2018-03-19 23:34:21 | リサイタル

2018年3月19日(月) 7:00pm トリフォニー

ショパン 2つの夜想曲op. 27(ナショナル・エディション)   4-6-
スクリャービン ピアノソナタ第3番op. 23(ベリャーエフ版) -5-3-5-5

ショパン 子守歌op. 57 (ナショナル・エディション)  4-
ドビュッシー 2つのアラベスク第1番(デュラン社)  -4-
ドビュッシー 前奏曲集第1巻より第8曲「亜麻色の髪の乙女」(デュラン社) -3-
ドビュッシー 喜びの島(デュラン社)  -5

Int

ショパン 前奏曲op.45 (ナショナル・エディション)  4-
ショパン ピアノソナタ第2番op.35 (ナショナル・エディション) -7-7-5-2

ショパン スケルツォ第3番op.39 (ナショナル・エディション)  8

(encore)
ショパン 幻想即興曲  4

ラフマニノフ 楽興の時op.16より第4番  3

バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第1番ハ長調  5

ピアノ、上岡敏之


新日フィル定期会員向けのスペシャルリサイタル。指揮者でありピアニストである上岡さんのピアノの夕べ。現在、新日フィルを率いて絶好調、佳演、美演を連発している上岡、瞠目すべきは、自身の指揮のみにとどまらず、このオーケストラに何か忘れていたものを思い出させ、招聘指揮者達による定期公演も軒並み素晴らしい演奏を繰り広げることとなり、この指揮者の存在の大きさにはうなるばかり。ここでさらにひとつ、自身のピアノリサイタルを開くという、いやはや絶好調とはまさにこういうことを言うのであろう。才能というのもおこがましいがそういったものを目の当たりにできる聴衆は幸せと言わなければならない。

かぶりつきの席で思う存分楽しませてもらいました。
ショパンが葬送付きを含む5曲、ドビュッシーが3曲、スクリャービンのソナタ、それにアンコールが3曲。満喫しました。脂のノリがいい演奏で細からず太からず、いつもの指揮とはやや異なるおもむきで、波風の立て具合もほどほどに、一緒にエンジョイできました。客同士の一体感というか垣根がうまく取り払われたいいリサイタルでしたね。

ピアノ・ソナタとしてはスクリャービン3番、ショパンの2番葬送付き。スクリャービンの堅い様式、ショパンの自在な形、わけても葬送から音を切らずにフィナーレに突入するパッション。様式感であれ自在さであれ、それぞれのフォルムの良いところをさらに味付けして押し出していくプレイで、音楽がとまらない。両者4楽章構成のソナタをプログラムに配した意図があるのかとも思ったのだが、それぞれの特徴を押し進めるプレイにそちらのほうに強く興味がいった。

プログラムはこの二つのソナタのフィナーレが済んだところでポーズがあるだけで、他はすべて連続演奏。音を切らずにそのまま次のピースに移るような気配が濃厚でプログラミングの妙がうまく生かされている。周到な並べ方なのだろう。
ですので、前半プログラム、ショパンの子守歌が済んだところで間髪入れずドビュッシー3曲につながっていく。実に自然、語り口のうまさもありますけれども、こういった周到で自然さを感じさせてくれる流れ、気持ちが先につながっていくし、なんだか落ち着くところもある。

ドビュッシーの3ピースはスクリャービンのやや濁ったその上澄みを掬って濾したような贅沢な響き。ソフトでキラキラと透明、あまり聴くことのないドビュッシーサウンドに舌鼓、おいしかったですね。


この日のスミトリは3階席を閉じていたようですがほかの席は沢山入っていたと思う、最前列を頂きましたのであまり確認は出来なかったけれど。
ホールの照明を落として、ピアノだけにスポットライト。シックで落ち着いたリサイタル、上岡さんは指揮のときと同じスーツ。指揮でもリサイタルでも声を発することはないのだけれども、目と手、雄弁ですね。音楽の使徒という気がする。弾きが進むにつれて鍵盤に吸い込まれていくように上からかぶさっていく。

アンコールは3曲。バッハで締めてくれました。いいリサイタルでした。ありがとうございました。
おわり
 

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2520- ラヴェルPC、小川、RVW2、大友、群響、2018.3.18

2018-03-18 23:55:59 | コンサート

2018年3月18日(日) 3:00pm トリフォニー

エルガー コケイン  14

ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調  7-10-4
 ピアノ、小川典子

Int

ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲第2番ロンドン交響曲  15-9-7-12

大友直人 指揮 群馬交響楽団


小川さんのラヴェルは音の厚みを感じさせるもの。厚くて透明な清流。いつも素晴らしいピアノ。中間楽章は落ち着いた美しい演奏、素敵でした。
先走るところが無いのに前のめりに感じるのはオーケストラというよりも呼吸の違いで丁々発止とはならなくて、熱量も指揮者とは随分と違う。


RVWは雰囲気がよく出ていた。各セクションのソロぢからは大したものなのだが、合奏の精度が落ちるのは何とも残念。セクションのプリンシパルがもっと引っ張っていけばいいのになぁと思うし、プリンシパルを引っ張っていく指揮力ももっともっと欲しい。いい演奏なんだがパースペクティヴ感が無くて底が浅く聴こえる。
終楽章の縁取りはスケールの大きな作品のイメージがあるのだが、ちょっとしりつぼみでしたね。音が生きて活き活きした演奏が聴きたかった。
おわり

 



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2519- タン・ドゥン、オーガニック3部作、自作自演、新日フィル、2018.3.17

2018-03-17 22:00:02 | コンサート

2018年3月17日(土) 2:00-4:40pm サントリー

タン・ドゥン オーガニック3部作

水の協奏曲~ウォーター・パーカスとオケのための~ 武満徹の追憶に (1998)  33′
 ウォーター・パーカス、ベイベイ・ワン

Int

紙の協奏曲~ペーパー・パーカスとオケのための~ (2003)  12+5-15′
 ペーパー・パーカス、藤井はるか

Int

タン・ドゥン トーク  7′

大地の協奏曲~アース・インストとオケのための (2009) 日本初演  8-11-10′
 ―グスタフ・マーラー「大地の歌」に敬意を表して
 アース・インスト、ジャン・モウ ベイベイ・ワン 藤井はるか 柴原誠


タン・ドゥン 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


タン・ドゥン、ミュージック・トリロジー、うちひとつは日本初演。企画ものとしては最高で、その場をセットした新日フィルにも拍手。
タン、自作自演。演奏する新日フィルが充実の演奏。圧巻の内容でした。

オーガニックと聞くと、身体に優しい自然食レストラン、のようなことが一番に思い浮かぶが、タンのトリロジーは、テーマ、内容に、「自然」を扱うもので、水、紙、大地、これらに自然界のものが絡んでいく。音楽はナチュラルな様相はなくて激しくて機能美目白押しのように聴こえてくる。扱う楽器に偶発性を表現できるところがあり画一的に整理された機能美に、意識された作為の幾何学模様が絡んでいく。スタイリッシュなインターナショナル性とネイティヴに由来するオリジナリティがうまく絡み合った逸品。パーカッション見立ての視覚的要素が濃く、色々と面白くてさながら彼のオリジナリティからのスーヴァニアの様相。題材素材は彼自身の内側にあるものが作用した、内部からのインスパイア物のようだが、出てくる音は内面から外にふき出す音に活力があり、創作や作為、効果に満ちている。

パーカッション・セクションは協奏曲毎にそれぞれ、ウォーター・パーカッション、ペーパー・パーカッション、アース・インストゥルメント、協奏曲の題名にふさわしい活躍。
それに、ねっとりしないグリサンドの弦や息を切ったり伸ばしたりのブラス・セクション、緊張感に溢れた作品と演奏。

最初の水のコンチェルト。ステージ一番前に透明なガラスのボウルが2個。水を湛えてある。それに手を突っ込んで滴を垂らす音、道具類を水に入れて叩く、等々。ボウルの他にも水関連が色々とある。舞台への照明はパープルっぽい。見た目も出てくる音もフレッシュですね。ベイベイ・ワンによる中間部のソロは緊張感に満ち溢れ圧巻。見もの聴きものでした。
伴奏となるオーケストラは、ブラスの切れ音の連発がことごとくツボにはまりまくる凄い演奏。それにシームレスな弦が輪をかけることを殊更せず、抑揚美で魅せてくれる。
タンは身体がよく動く。的確な棒、身体能力も高い。

次の紙コンチェルトはさながら紙祭り。激しい音楽。紙関連を材料にした奇抜なパーカス類が派手に舞台を揺らす。ソリストの藤井はるかとオケメンが二人合わせて三人でパフォーム。第1ヴァイオリンは1プルトずつ2階のあちこちに散らばりプレイ。音も散らばっていく。音楽の表情はドライな方向へシフト。途中から音にオリエンタルな味付けが垣間見えてくる。

パーカス類のセットアップもあってか、休憩が2回。最後の大地のコンチェルトの前にタンさんのトークがありました。演奏団体や小澤への感謝もありましたね。
大地のコンチェルト。日本初演。マーラー生誕150年、グラーフェネック音楽祭委嘱作品。大地の歌の引用がある。
1,2,3楽章が大地の歌の3,1,5楽章の順番に出てくる。特に終楽章は大地の歌5楽章が露骨に出てきますね。
ジャン・モウが吹くセラミック・インストゥルメントをはじめとして既出の方々が他のパーカスでプレイ。それから、ここでも第1ヴァイオリンは紙の時と同じポジションでプレイ。
紙コンチェルトでややオリエンタルな音が見えたあたりを予兆として、ここでは音楽がグッとこちらに近づいてきた。馴染みある引用のせいかもしれない。
三つの酔歌を引用した音楽は適度な激しさと世界を斜め見するような響き。ユニークな音楽。


これらトリロジーは1998、2003、2009と時を隔てて作られているけれども、まるで同じ時期に違う題材を使って並行作業で作られたような見事なバランスの良さで、作曲家の活き活きした創造力の持続性感じさせてくれて大変に楽しむことが出来ました。
タンの指揮は毎度冴えていて、動きの良さ、的確なポイント指示、自作の音楽を隈なく表現。なによりも、このエポックメイキングなプログラミング、自作自演、これらをパーフェクトに伴奏付けした新日フィル、圧倒的でした。冒頭の第一音から現音専門集団ではないのかと思わせるような切れ味の良さに感嘆。第一音で感嘆。聴いているほうの充実感がありまくりで、タップリと浸る。
全てが良く揃った演奏会。ヒストリックとは後の人の言うセリフなれど。
充実した演奏会、ありがとうございました。
おわり

















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2518- ブゾーニVC、カプソン、ツァラ、ブルニエ、読響、2018.3.16

2018-03-16 23:30:20 | コンサート

2018年3月16日(金) 7:00pm サントリー

モーツァルト(ブゾーニ編) ドン・ジョヴァンニ、序曲  3

ブゾーニ ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35a  16+7
 ヴァイオリン、ルノー・カプソン

(encore)
グルック(クライスラー/カプソン編曲)
オルフェオとエウリディーチェ』より「精霊の踊り(メロディ)」 3

Int

シュトラウス ツァラトゥストラはかく語りき  34

ステファン・ブルニエ 指揮 読売日本交響楽団


指揮者が変更、変更前も後もどちらも知らない指揮者。
ブゾーニ編のドンジョはだいぶ手が入っていて面白い、序曲で完結を意図したもののように聴こえてくる。

2曲目はカプソンの弾くブゾーニ。この作品はこれまで聴いた記憶が無くて演奏者の技量頼り。きめの細やかなヴァイオリン。ナイーヴでしなりが効いている。うまさを殊更前に出すことも無くて音楽に尽くす、味わいのある演奏、最後まで充実したもので聴きごたえありました。

代打のブルニエさんはおなかがかなりふっくら。読響振ってズッシーン、バッシーンが最大限生かされるような演奏を聴きたかった。急遽の代役と思われるのでリハーサルや双方の呼吸など今一つだったのかもしれない。

代役一発振りがセンセーショナルなことを巻き起こす時代は終わっているんだろうね。
おわり





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2517- ハチャトゥリアン、flコン、パユ、スワン、ソヒエフ、トゥールーズ、2018.3.15

2018-03-15 23:00:59 | コンサート

2018年3月15日(木) 7:00-9:20pm サントリー

グリンカ ルスランとリュドミラ、序曲    5

ハチャトゥリアン(ランパル編) フルート協奏曲  14-13-9
 フルート、エマニュエル・パユ

(encore)
ドビュッシー シランクス   3

Int

チャイコフスキー 白鳥の湖 抜粋  52

(encore)
ビゼー カルメン、プレリュード  2


トゥガン・ソヒエフ 指揮 トゥールーズ・キャピトル管弦楽団


Swan lake, excerpts
ActⅠ 1.情景、2.ワルツ  5-8
ActⅡ 10.情景 3
ActⅠ 8.乾杯の踊り 3
ActⅡ 13-4. 4羽の白鳥たちの踊り、13-5.パ・ダクシオン  2-8
ActⅢ 20.ハンガリーの踊り、21.スペインの踊り、22.ナポリの踊り、23.マズルカ 3-2-3-4
ActⅣ 28.情景、29.情景-フィナーレ 5+6


ニューヨーク・フィルを二日立て続けに聴いた翌日のトゥールーズ。音の気配がまるで違うのは当たり前といえば当たり前、指揮者の音楽のつくりも全く異なっていて色々と楽しめました。

腕慣らしの1曲目は幅広のオーケストラサウンド。大きく広がったオーケストラをセクションごとに巧みに指示を与え見事なコントロールを魅せるソヒエフの力学はこの短い曲で既に歴然としている。開放させておいてそこからコントロールに向かうようなやりかたで、一見即興的にも見える。繰り返しのリハで一つの答えを作らない、本番でのフレッシュな表現もそういったオペレーションのように見えますね。


ハチャトゥリアンのフルート協奏曲をきくのはたぶんこのとき以来だと思う。
876-1 石井眞木、ハチャトゥリアン、フルート協奏曲、ランパル、オケコン、岩城宏之、N響、1977.10.12

柔らかくて芯があって宙に浮くようなフルート、独特のうまさがホールに響き渡る。ヴァイオリン協奏曲のフルート版、40分に迫る勢いの大曲、フルートの妙技を満喫しました。
ソヒエフの棒はここでも冴えわたっていて、とにかくフルートの音の事を一番に考えている。独奏パートではオケを思いっきり抑えにかかる。どこにどういう音があってそれをどのようにコントロールするべきかというのを全て把握し尽している。フルートがやむときのオケの咆哮がまたすごい。自在なバトンテクニックに唖然。
ボリショイの音楽監督とベルリン・フィルの首席がおでこ突き合わせながらの離れ技。聴くほうとしてはこの上ない贅沢な一夜ですな。

後半のスワンは結構な長さの抜粋で1時間に及ぼうというもの。
劇場でもおそらく振っていると思われる。タッチが素晴らしく自然で生き生きしている。突進するようなことはまるで無くて、一貫した線で聴かせてくれる。理知的な運びといった具合で、今の時代が求める演奏、音作りを実感する。見事な棒さばきがそのまま演奏にストレートに反映されている。
ボリショイを連れてきて、ロシア物のオペラをどのように振るのか観てみたいものです。

アンコールも含め、満喫しました。
おわり



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2516- メンコン、五嶋龍、マーラー5番、ズヴェーデン、ニューヨーク・フィル、2018.3.14

2018-03-14 23:46:52 | コンサート

2018年3月14日(水) 7:00-9:20pm サントリー

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64  13+9+6
 ヴァイオリン、五嶋龍

Int

マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調  13+14-17-9+15

(encore)
ワーグナー ローエングリン、第3幕への前奏曲  2

ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン 指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック


昨晩に続き、NYPの2公演目。
2515- ブラームスPC1、ユジャ・ワン、春の祭典、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン、ニューヨーク・フィル、2018.3.13

今日も前半はコンチェルト。
メンコンは、もう、聴かなくていいと思いつつも、昨晩のズヴェーデンの伴奏の味付けが抜群だったことも手伝って、俄然聴く気にさせてくれた。なんか、久しぶりにじっくりとこの曲を聴いた。

五嶋メンコンは均整の取れたいいプロポーションの弾き。曲想と関係ないところでデコボコすることが無い。ごく自然に自信気に弾き切っていてその分、なにやら音も太く感じる。無地無色のイメージは透明感とはそこはかとない違いを感じさせながらも淡々と進めていくその弾きっぷりはまことに穏やか。心地よく弾いているのは、もはや、伴奏が奏功しているのは明らかで、昨晩のユジャ同様、双方の化学反応具合がよい。接点が幅広にありそうで、そうゆうふうにさせてくれるズヴェーデンはなるほどコンセルトヘボウのコンマスだったとあらためて認識させてくれる。オケの味わいともども聴かせてくれた演奏でした。


後半は大曲、昨晩の圧巻ハルサイ、その2枚寸法のマーラー5番。
とめどもない破壊力。サントリーの天井の蓋が外れて飛び出し星空が見えそうになるような底なしのパワフル演奏。トランペットのあとのフルオケ全強奏2個のオタマで終わってしまいそうな猛爆昇天サウンドに腰が抜けた。
いきなり最高テンションにもっていきそのまま突っ走るズヴェーデン棒はまことにそう快。パッセージに明確にメリハリをつけきっちりと響かせる音に混濁は皆無。全フレーズが見事に浮かび上がる仰天の演奏でした。
バリバリと単刀直入、思わせぶり皆無、草木もなぎ倒す勢い。各セクションの音のラインが一糸乱れず揃いまくっている。わけてもホルンの強烈な吹奏が一本のインストゥルメントで奏されているように聴こえてくる、あの、揃い具合。音の幅は強烈で、まぁ、とにかく、唖然茫然吃驚仰天。開いた口が塞がらないのが自分でもわかる。
フィナーレ楽章大詰め、歌いまくるオーケストラ、ウィンドを浮かび上がらせた歌。鉛の様な密度のストリングが滴るストーンペイヴメント模様を鮮やかに弾き切る中、ブラスセクションが爆奏する。ソリストの技もさることながらセクションセクションが一つの生き物のように動き回る。スバラシイ。オーケストラを聴く醍醐味、ここに極まれり。圧巻圧巻。

最初から最後まで何もかも凄い凄いの連続。ズヴェーデンのコントロールは冴えわたりましたね。4年前とは激変したニューヨーク・フィル・サウンド。細やかなところまできっちりとしていて抜群のメリハリ感。ピアニシモは総じてやや強め。思う存分やらせておきながら締めるところは締める。オーケストラとの相性が良さそうというのはよくわかりました。


爆発昇天の第1楽章、その後の2楽章フィニッシュ前のファンファーレはここも思わせぶり皆無で、その前のマイナーからメジャーへの調推移が自然、角張らず、輝かしきはこのファンファーレ。
昨晩のハルサイで見事な破壊力を見せたホルン群は、次のロングな3楽章でも素晴らしい演奏。プリンシパルはじめ全員がパーフェクトにそろったこの楽章も聴きものでした。
妖しげな光に救いを求めることの無いズヴェーデン棒、今はこれで良しと。
アダージェットは弦をたっぷりと歌わせながらもビーンと張りつめたバネぢからが強烈。快感の歌い込み。
フィナーレは鮮やか過ぎて声にならない。転がるように突き進む演奏、バラバラにならない、乱れぬ転がりで、こんなことはこのコンビでないと出来そうもないな、当分。

マーラーが振ったオケのマーラー演奏は、揃い踏みスペシャリストたちの中で一段と光を増した。
2夜にわたる公演、ありがとう。
おわり





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2515- ブラームスPC1、ユジャ・ワン、春の祭典、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン、ニューヨーク・フィル、2018.3.13

2018-03-13 23:01:38 | コンサート

2018年3月13日(火) 7:00-9:15pm サントリー

ブラームス  ピアノ協奏曲第1番ニ短調op.15  22-14-12
 ピアノ、ユジャ・ワン
(encore)
シューベルト(リスト編曲) 糸を紡ぐグレートヒェン  4

メンデルスゾーン 無言歌集op.67-2 失われた幻影  3

Int

ストラヴィンスキー 春の祭典  16+18

(encore)
ワーグナー ワルキューレの騎行  5

ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン 指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック


前回来日はアラン・ギルバートのもと2014年2月、サントリーは客入りがスカスカ。横浜は悪天候で30分遅れスタートでほぼ満員。スカスカサントリーでブロンフマンが弾いたリンドベルイのPC2にぶっ飛び。あの種の音楽はアランの伴奏もしっくりとくるもの。
今回は2公演とも満員、今年の秋からNYP音楽監督になるズヴェーデンの初生棒。ずんぐりタイプで超ハイヒールのユジャのほうが大きく見える。ユジャのハイヒールはペダリングで見えるだけのロングドレス。割と静かな雰囲気で登場。

この日のプログラムはメインディッシュふた皿。ヘヴィー級のブラームスの音からいきなり始まった。モロな若作りソナタ形式満載でピアノがなかなか出て来なので待ち遠しい。
思いのほか端正に弾き始めたユジャのブラームスは肩の力が抜け、力みが無くて、聴くほうも気張らず、張りのあるきれいなサウンド、よどみないブラームスといった感じで、なにやら彼女の新たな顔を見る思いで聴き始め、すぐに曲に集中できた。
意表を突くフェザータッチと思えたのはこちらがこれまで色々と聴いてきた印象の想定枠内で聴こうとするからであって、ご本人の思いというのは神のみぞ知る。新境地というかブラームス像、フレッシュでしたね。
アダージョ楽章の佇まいは静謐なもので静かさが音を呼ぶ。ユジャの気持ちの安定を感じました。秋味風味なコクのあるブラームスを満喫できました。最後まで型を崩すことなく弾き切ったユジャさんがとっても素敵でした。50分におよぶ大曲演奏、透明できれいなピアノ、音粒のバランスよく、強弾きの流れでも殊更ドラマを作ることなく淡々と、アクションは圧倒的になることがあるけれども出てくる音はピアニシモのニュアンスと変わるところが無くて大海の中の波、素晴らしく滑らかな動き。
本当に気持ちよく弾いていたのは、指揮者ズヴェーデンの見事な伴奏付けによるところも大きい。ズヴェーデンのもと、様変わりしたニューヨーク・フィルの音。縫い目がきっちりとした。指揮姿は無骨だけれども相当なメリハリを感じた。ソロの中にすーっと自然に寄り添うような伴奏で、ユジャのブラームスピアノとうまく化学反応を起こした。さすがのニューヨーク・フィル。
大曲のあとアンコールを2ピースしてくれた。これがまたよくて、しっくりしっとりしなやかに。無言歌は今日の雰囲気に合っている。全8巻録音して欲しいと思った。欲を言えばキリがない。

リサイタル、コンチェルト、ともにますますいい演奏を聴かせてくれる。
前半プロで、満腹。充実のコンサート。


後半はもうひとつのメインディッシュ。いつ聴いても奇抜な曲。
ハルサイ、高濃度、ハイテンション。サントリーの床が抜けそうなくらい乗った超大型フルオケによる激烈なハルサイ。
ズヴェーデンのハルサイはストレート。直球勝負でグイグイ進める。作品パワーで巨大な第1部。追い込む追い込む。巨大サウンドの塊が一つとなって動き回る様は圧倒的にお見事。
加速を重ねるハルサイ、オケの潤滑油はタップリとあって時に指揮者越えの猪突猛進。ブラスセクションの大咆哮は1部最後の上向きフレーズで最高潮に。サントリーに映え渡る残響、ここ、悶絶しました。空間がわかる恐るべき絶叫サウンド。
ニューヨーク・フィルのセクションごとの線の揃い具合は尋常でない。
底なしパワーのオケで聴くハルサイ、2部は作品のパワー不足。といいますか、少し奥に引っ込んでいくようなところのある部。そんなことがオケの性能から自明となるのだからそれはそれで凄い。
アンコールはフルフルパワー、これでもかの満開桜。

まぁ、とにもかくにも、ハル、満喫。



馴染みのオーケストラではありますが、1980年代前半から残っているのは、今日ハルサイの頭を吹いたジュディス・レクレアさんとピッコロのミンディー・カウフマンさんだけ、アレッシはもう少し後だし。

オーケストラの上を指揮者達が流れていくように見える歴史のタイムライン。そのオーケストラも色々と変遷を重ねる。
おわり



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2514- エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ、イル・カンピエッロ、柴田真郁、新国立、2018.3.10

2018-03-10 19:38:35 | オペラ

2018年3月10日(土) 2:00-4:45pm 中劇場、新国立劇場、初台

新国立劇場プレゼンツ
エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ 作曲
粟国淳 プロダクション
イル・カンピエッロ   41-37-32

キャスト(in order of appearance)
1.ガスパリーナ、西尾友香理(S)
2.アストルフィ、野町知弘(Br)
3.ルシエータ、平野柚香(S)
4.ニェーゼ、斎藤真歩(S)
5.アンゾレート、伊良波良真(Br)
6.ドナ・カーテ、渡辺大(T)
7.ドナ・パスクア、伊藤達人(T)
8.オルソラ、一條翠葉(Ms)
9.ゾルゼート、市川浩平(T)
10.ファブリーツォ、清水那由太()

合唱、有志
エレクトーン、西岡奈津子
管弦楽、新国立アカデミーアンサンブル
指揮、柴田真郁

(duration)
ActⅠ 5+36
Int
ActⅡ 4+33
Int
ActⅢ 3+29


初めて見るオペラ。佳演、楽しく観ることが出来ました。1936年の作だそうでちょっとクラクラするところもありますが、作曲家にとってはこのようなスタイルが一番しっくりするものだったんだろうなという感もある。

1幕は静かな前奏曲に続き、本編も割と静かなものでばたつかない。ドラマ性よりも歌い手たちの旨味が上回っている感じ。
次の幕はこれも静かな前奏曲があって、本編はいいノリの内容。
終幕の前奏曲は前二つに比べややリズミックなところがあり本編の予兆。結構なバタバタした本編で、ストーリーとしては展開に滑らかさが欲しいところもあるけれども、結果からさかのぼればこうなるんだろうなあといったところ。

全員が主役、粒ぞろいよく、切れ味がよく、スッキリとしている。本編の騒々しい広場のやりとり、それとはまったく別の作品でも聴くような錯覚に陥る1,2,3幕の前奏曲の静かな運び。この筆タッチは冴えていますね。印象的でした。
歌はソプラノお三方、特にルシエータ、ニェーゼ、素敵でした。それからテノールが歌う両ドナ、なんだかはまり役に見えてくる。自然に舞台に入っていける。こういったところもポイントですね。

舞台は全幕同じ。広場というよりも下町の家々という風景。
指揮の柴田の功績は大きい。発掘ともいえるような作品に光をあて、場の騒々しさとは一線を画す非常に引き締まった内容で、忍び寄るオケの流れは歌い手たちのアンサンブルと一体化。シンフォニックに殊更ならず歌い手たちの意を汲みつつオペラの流れを作っていく。大したもんです。
全部楽しめました。ありがとうございました。
おわり





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2513- グルダ、コンチェルト・フォー・マイセルフ、小曽根真、ラフマニノフ2番、バッティストーニ、東フィル、2018.3.9

2018-03-09 23:34:07 | コンサート

2018年3月9日(金) 7:00-9:20pm サントリー

フリードリヒ・グルダ コンチェルト・フォー・マイセルフ 12-12+6+8
 ピアノ、小曽根真
 エレクトリック・ベース、ロバート・クビスジン
 ドラムス、クラレンス・ペン

(encore)
小曽根真、ミラー・サークル  5
 ピアノ、小曽根真
 エレクトリック・ベース、ロバート・クビスジン
 ドラムス、クラレンス・ペン

Int

ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調Op.27  19-10-14-13


アンドレア・バッティストーニ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


一昨日に続き2回目。

2511- グルダ、コンチェルト・フォー・マイセルフ、小曽根真、ラフマニノフ2番、バッティストーニ、東フィル、2018.3.7

一昨日に続きベストな演奏、グルダ節を満喫。小曽根のピアノはますます脂がのり、いいノリに。テンポもアップ。良く流れる。素晴らしいグルダ作品。

後半のラフマニノフも比して速め、潤滑油がタップリとのってきて東フィルの咆哮サウンドもますます爽快に。

いい演奏会が続きます。
おわり



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2512- PG4、パッサカリア、チャイコン、ポゴストキーナ、ブラ1、オラモ、BBC響、2018.3.8

2018-03-08 23:32:27 | コンサート

2018年3月8日(木) 7:00-9:30pm ミューザ川崎

ブリテン ピーター・グライムズより4つの間奏曲op.33a、パッサカリアop.33b
     夜明け、日曜の朝、月光、パッサカリア、嵐  4+3+4+7-5

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35  19-6+11
 ヴァイオリン、アリーナ・ポゴストキーナ
(オケ伴奏付きencore)
チャイコフスキー(グラズノフ編) 「なつかしい土地の思い出」よりメロディ 4

Int

ブラームス 交響曲第1番ハ短調op.68  14-8-5+22
(encore)
シベリウス ペレアスとメリザンドより間奏曲  3


サカリ・オラモ 指揮 BBC交響楽団


コンマスの登場前にチューニングを済ませるやり方で、コンマスはさながら副指揮者といった趣きですね。コンマス登場、そのまま座り、指揮者登場。

ブリテンPG4にパッサカリアも加えるやり方で、ここはひとつ自分の名前が刻印されているピースを挟もうと思ったのかどうか、神のみぞ知るのオラモ氏。
ということでそのPG5ピースはわだかまりの無い、こだわりも無い、スッキリとしたもので、ドラマ性を浮かび上がらせることも無く、かといって滑らかなものでもない。音の粒立ちよく、引き締まった演奏はシャープ、結局のところ彼の地の中庸な雰囲気が漂っている。
5ピースになるとかなり大規模なものになり、PGオペラの全容をまた観たくなります。暗い中に日常のダイナミックなドラマを感じさせるオペラ。
ティンパニの味が濃かったですね。強弱や撫でるやり方が色々と沢山の種類有るのだなあと。

次のチャイコンは代役の様でした。
キャンセルした方と同じく女性奏者。見た目はスポーティー、鍛え上げているように見える。
やや細めの音でしっかりと出てくる音、進むにつれて自分の中に入っていく様な気配も感じられた。
オケのきっちりとしたプレイ、粒立ちの良さはこの伴奏でも際立っていましたね。手抜き工事ゼロの完成度高いオケ伴でした。

ブラ1は曲の良さを前面に、殊更絞り込んでいる風ではなく端正で折り目のついた佳演。別の曲を聴きたかったという思いも残し。


ステージが遠い3階席正面でもA席。危惧されたが音はよく飛んできた。
それから、冠の東芝、今時プログラムが1500円。買う人があまりいないと見えて、苦肉の策か、CD買えばサインもらえる、それに付け加え、プログラム買えばサインもらえる。なんとも珍妙なことをやっていました。何を考えているんでしょうね。
おわり







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2511- グルダ、コンチェルト・フォー・マイセルフ、小曽根真、ラフマニノフ2番、バッティストーニ、東フィル、2018.3.7

2018-03-07 22:53:14 | コンサート

2018年3月7日(水) 7:00-9:20pm コンサートホール、オペラシティ、初台

フリードリヒ・グルダ コンチェルト・フォー・マイセルフ 12-12+7+9
 ピアノ、小曽根真
 エレクトリック・ベース、ロバート・クビスジン
 ドラムス、クラレンス・ペン

(encore)
小曽根真、ミラー・サークル  5
 ピアノ、小曽根真
 エレクトリック・ベース、ロバート・クビスジン
 ドラムス、クラレンス・ペン

Int

ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調Op.27  19-10-15-14


アンドレア・バッティストーニ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


積年の思いがようやく叶い生で聴くことが出来た。これまで録音で聴いてきたけれどもやっぱり生の迫力はサウンドだけではなく、目に見えるものの説得力もデカい。
モーツァルトの清涼感から現音の難しそうな技まで色々と駆使し、それでも今となっては歴史のフレームに入ってしまうようなところもあるけれどもそれも含めグルダの思いというものが良く書きこまれたもので聴衆へのうったえかけも濃く、なにやら、終楽章のブラスの鳴りがまるでベートーヴェンの運命終楽章の主題のようにさえ聴こえてくるような名状し難い眩暈を感じさせながら40分の大曲を弾き終えた小曽根さんのピアノはまことにもって素晴らしくてピュアできれいなモーツァルトの清流であったり、プリペアードピアノのようなギッコンバッタンをわけも無く易々とプレイしてしまうそのあまりの見事さに唖然としながらエポックメイキングな夕べを大満足の中、過ごすことが出来てこれ以上の僥倖は無い。

昔、グルダの見開き2枚組のLPだったと記憶するそのなかに、リコのために、という曲が入っていて短いながらグルダのナイーヴな神経を見る思いで聴いたのを思い出した2楽章。ムーディーな雰囲気を醸し出しこちらへのフレーム幅も大有りだったなと楽しさこの上なく曲が進んで行く。途中のオーボエソロはスタンディング・プレイ。

3楽章は小曽根さんの技全開で見ているだけでも楽しい。ピアノの弦を手や撥でバチバチと叩いたり、かと思うとその撥を弦の上に横に置き、ピアノの鍵盤をたたくとその撥がポンポンと飛び跳ねて、それさえも音楽的音響を醸し出すという、とにかく目が一滴も離せない状況になってきてスリリングな小曽根マジックを堪能するとともに、改めてこのような席を分けてくれた東フィルさんには感謝の言葉が浮かぶのみ。

終楽章の運命主題と勝手に呼んでいるフシの強烈カツ爽快なブラスセクションの筆の運びは東フィルいつになく派手で、まぁ、後で考えてみるとバッティのせいだなと思うところもあったわけだが、クラを置かないウィンド、その後方のブラスセクションは直線的配置で音が派手に広がってくるしパースペクティヴな奥行き感も申し分なく、ステージ最手前のピアノ、かみ手にはエレクトリック・ベースとドラムス。この立体感。本当にフル満喫。
この段になってエレクトリック・ベースの品のあるビンビンが圧巻、それに、なんという奥ゆかしき叩きに徹したドラムス。ステージのポジション的に音を抑えたというところもありそうだけれども、クラレンス・ペンのコントロールとセンス、やるもんですなあ。
ロバート・クビスジンのベースはピアノの蓋でよく見えなかったんだが音をソリッドに伸ばしていくあたりどんな技なんだろうと見晴らしのいい席で観ることが出来る金曜のコンサートがこれまた楽しみ。

終楽章はオケが派手に鳴るものの、小曽根ピアノは自分のスタイルを保持したまま割と冷静に音の流れを作っていく。譜めくりに結構忙しくて、どのような難曲なんだろうと、楽な世界にいる聴いているほうは積極的享受するのみと、これはこれで贅沢の極み。

グルダの素晴らしい作品、それに演奏。大満足。もうここまでで、おなか一杯。


だというのに、後半はバッティの振る灼熱のラフマニノフ。もはや、何を出されても食べれない状況へ。

1時間におよぶ大演奏。あまりに激しい演奏に、なんだか、瞬間的に終わってしまったような、これはこれで軽い眩暈を覚える。
ヴェルディの上をいく様なイタオペ満開極致、その限界越えのようなラフマニノフ。ダイナミック、ドラマチック、濃い濃い、アコーデオンの蛇腹のように音楽が動いていく。ブラスセクションの草木をなぎ倒すような圧倒的な咆哮は、まるでロシア音楽じゃないかと思ってみるも、はて、ラフマニノフだったと妙に腑に落ちるところもあって。まぁ、剥がしの鉄人といったところ。

コーダはさらに駆り立て猪突猛進の突進フィニッシュ。もはや、こっちがヘトヘト。

メインディッシュ二皿、おいしいディナーを満喫、満腹感に浸る。
ありがとう。
おわり

 



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