河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

334- どこへいくフルヴェン

2007-06-30 23:09:26 | 音楽

昭和4412月に創立した日本フルトヴェングラー協会は、本年平成1971日より年会費2000円をとることになった。創立約38年にしてついに会費制になった。

今までは頒布品を買えば自動的に会員になることができたのだが、これからは年2~3回頒布される資料代金とは別に会費を払わなければならない。

会費を払えとは書いてあるが、会費制の理由は一滴も書いていない。

今までは入会金、年会費、送料等を会員に負担させていなかった、と、いかにも下手な商売のような文言を並べているが、そうではないだろう。今までは振り込んだ高額料金のなかに入会金も年会費も送料もはいっていただろうが。

協会の言う通りなら、年会費を払うことになれば、頒布資料の値段は下がるはずである。見た限り下がっていない。協会はきちんと説明すべきだ。

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フルトヴェングラーの指揮する演奏は、本人が1954年に没しているのでもうでてこない。

埋もれているテープがあって、それが発見され、そして商品化されれば聴くことができるかもしれない。しかし、それは死後54年もたつし、もうないだろう。

今は同一演奏の焼きなおしメディアの再発の膨大な繰り返しだけ。

いわく、今までのものより音がいい。といった空しいキャッチコピーだけ。

協会も変な方向で、フルトヴェングラーのみならず、ワルター、クナ、チェリ、時代の大家、はては日本の指揮者。協会に何か関係があるのだろうか。会長がその指揮者を好きなだけ?で、この協会を窓口にして紹介しているだけ?意味不明なことが多くなってきた。

以前、金銭がらみできな臭い噂もたった。今度は年会費制ということだから、完全な明朗性の開陳が求められる。

梱包等作業費用を明確に仕訳内訳に載せられるのか。かえって手間がかかるだけではないのか、変に危惧したりする。

さらに頒布資料代金についても明確な開示がもとめられるのである。そこらへん、わかっているのかなぁ。あの文章のレベルを読む限り、そんなこと考えている様子はないみたい。

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協会がこのままいっても、ソフトは尽きた。

音質改善ももう結構。

コンピレーションももう飽きた。

かと言ってほかの指揮者はだすな。ほかの指揮者はその協会でだせばいい。

完全にネタギレ。

これからは費用をとり、同じことを繰り返すのである。

昔の熱い思いはみんな時代とともに去り、細々としたネットワークの数々はむしろ今の時代にあったものかもしれない。核亡き分散型ネットワーク。これからの方向性を示唆しているかもしれない。

いずれにしても、協会は終焉にまた一歩近づいてしまった。

おわり

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333- この週末は春鹿で

2007-06-29 20:40:00 | 音楽

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さて、週末ですね。

今週は、

春鹿のブランニュー、極味、

でも飲みながら、過ごしますか。

持ち込みで、

酒し春鹿

にいくてもありますなぁ。

でも、

酒し春鹿

に、いったらこのお酒、

きっと置いてますよね。

しばらくいってないから確かめようもないですけど。

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332- コンサート・イン・ザ・パークス2007

2007-06-28 20:18:00 | 音楽

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今年2007年もファイアワークの季節が近づいてきました。

ニューヨーク・フィルは、今は昔と違い、夏は夏枯れで、サマーフェスティヴァルのようなものはない。

ニューヨーク近辺の大きい公園でコンサートを聴きながら花火をみる、といった、いたって日本的なイベントが風物詩となっている。

今年のスケジュールはどんな感じでしょうか。

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コンサート・イン・ザ・パークス

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200779()8:00pm

    ニュージャージー

ニューヨーク・フィル・ブラス・アンサンブル

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2007710()8:00pm

     ブルックリン

ニューヨーク・フィル

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2007711()8:00pm

     セントラル・パーク

ニューヨーク・フィル

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2007712()8:00pm

     クイーンズ

ニューヨーク・フィル

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2007713()8:00pm

     スタッテン・アイランド

ニューヨーク・フィル

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2007714()8:00pm

     ロングアイランド

ニューヨーク・フィル

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2007716()8:00pm

     ブロンクス

ニューヨーク・フィル

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2007717()8:00pm

     セントラル・パーク

ニューヨーク・フィル

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ざっとこんな感じで、マンハッタンで2回やる以外は、まんべんなく近場の各地で一回ずつ公演。

今年のプログラム後半はチャイコフスキーの悲愴。

3楽章までは華々しいものの、第4楽章は一転暗くなる。

花火大会にふさわしいのかどうかよくわかりません。

昔、コッチがメイヤーのころも、バーンスタインが悲愴を振ったことがあり、その昔からの流れかもしれない。

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それと、

アメリカにも、席とり、は、ある。

早めにいって、といっても夕方3時とか4時頃にいけばかぶりつきの十分良い席をとることができる。

かわいいものである。日本に比べれば。。

公演は8時から始まって約2時間。

普通のコンサートと同じ。

10時に終わり、そのまま近くに繰り出したいところだが、人が多すぎてはやくうちに帰って寝たい気持ちもある。

コンサートゴアーズにとってはそれほど楽しい夏ではない。

おわり

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331- 椿姫 藤原歌劇団 1991-2

2007-06-27 20:15:00 | 音楽

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1991年の2回目はオペラだった。

藤原歌劇団は前年に続き、成人の日(115)前後に椿姫の公演を行った。

成人の日になんで椿姫なのか。

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3回公演。

1991113()

1991114()

1991115(火・成人の日)

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1315日が国外組キャスト。

14日が国内組キャスト。

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それで、今のようにアメリカの真似をした祭日の移動がなかったころの当時の15(火・成人の日)の公演を観てみた。

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1991115(火・成人の日)3:00pm

オーチャードホール

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ヴェルディ作曲 椿姫

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演出/マリア・フランチェスカ・シチリアーニ

演出補/五十嵐喜芳

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ヴィオレッタ/ルチア・アリベルティ

アルフレード/サルヴァドーレ・フィジケッラ

ジェルモン/小嶋健二

フローラ/イリーナ・ロミシェフスカヤ

ガストン/持木弘

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藤原歌劇団合唱部

牧阿佐美バレエ団

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アントン・グアダーニョ指揮

東京フィル

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成人の日の椿姫であるが、当時のプログラムに五十嵐喜芳さんのご挨拶が載っており、こう書いてある。

『成人式にオペラ「椿姫」を見て青春の本番を迎えていただこうという藤原歌劇団恒例の公演です。 』

とある。なにやら意味深ですなぁ。

男向けのはなむけの言葉かなぁ。

個人的には、収束していく劇を年始のおめでたい季節にあまり観たくない、という心持ではあるのだが、五十嵐さんの言葉に報いるためには、是が非でも連れオペラとなるわけだ。

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この公演は今でも結構目に浮かぶ。

アリベルティは当時、比較的多く日本に来ており、似せカラスというか、しぐさがカラスと似ているとの評判もあり、なかなか人気がありました。

時折、顔を伏せて歌う姿などが、昔のマリア・カラス風であり、無いものを求めてはいけないとは思うのだが、どうしてもダブらせようとする意識が働く。

ただ、伏せたときと顔をあげて歌うときのそれぞれの声質がかなり異なることがある。均一性という部分でいま一つバランスを欠いていた。

高音はよく通る突き抜ける声質だ。

容姿は端麗で、第3幕の最後の、体が軽くなり、死んで生きる、あの表現は絶妙であった。

トラヴィアータとかボエームとか、何度観ても最後は、ポッケからハンカチを出したくなりますね。歌っている方も完全に役になりきっているし。

アリベルティにはそれなりに満足。

一方、男衆の方であるが、アルフレードよりも、国内組のジェルモン、ガストンが充実しており余裕の出来栄え。アリベルティを日本人が支える、なんとなくいい感じだ。

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ところでヴェルディぶし。

チャイコフスキーなどでも思うのだが、次から次へと流れ出てくる溢れ出てくるメロディーの数々。少し間引けばもう3曲ぐらいできそうな感じだ。それか、ブラームスに少し分けてあげてもいいかも。

トラヴィアータは、ヴェルディ特有のダッダッというごつごつした部分としなやかな部分が共存した素晴らしい曲だ。女声主役にはふさわしい響きの連続だ。

終幕。

不思議だ、ィエ ストラーノ

苦しくない、

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死んで生きる、

シックス・センスとダブる。

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330- XRCD24で聴くマタチッチのブル7

2007-06-26 20:18:00 | 音楽

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この前、

マタチッチのブル5をXRCD24で

ということで書いたが、あまりいい感じでは書かなかった。

でも、やっぱりこのようなものが出ればつい買ってしまう。

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ブルックナー/交響曲第7

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ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮

チェコ・フィル

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録音:19673

2枚組み\4,200

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XRCD24による高音質CDである。

ブル5と同じく2枚組である。

オリジナル・マスター使用で、最高の音質だと思う。

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内容はどうであろうか。

これまた買ってのお楽しみということになるが、ちょっとだけ。

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ブル5とはかけ離れた演奏である。あの単刀直入、朴訥で強引な音の作りはここにはない。

曲想の雰囲気が5番のギクシャクとした感じは7番にはなく滑らかで洗練された音楽であるため、違いがあって当然とも言えるが、それにしても、かなり異なる。

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しなやかな音の作りで、細部を妙に誇張しない音づくりは変に作為的でなく好感が持てる。

やや強めのブラスの朗々とした響きなど、日本でふた昔、四半世紀前に、流行った演奏である。ブルックナーをヨーロッパの作品群の一つとしてとらえたあまり肩肘の張らない鳴らしていく明快な演奏である。

マタチッチの7番のタイミングは、5番の場合と異なり、非常に平均的なものであり、最初にジャケットのこのタイミングを見ただけで、少しばかりではあるが5番との違いが垣間見えた。逆に言うと7番の方はたぶん揺さぶりはないであろうと。

実際のところそうであった。

リラックスの極みは第14楽章のエンディングの最後の一音。今どきの演奏とは全く異なる。スゥッ、とあっという間に消えいる。これはマタチッチ独自の解釈かもしれないが、気張らない演奏が妙にさわやかだ。

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5番と同じく2枚組で、CDの場合、余裕のあるプレス、などと言えるのかどうか知らないが、なんとなくありがたみがある。

LP族にとっては、余裕の収録が音楽の余裕につながるような気がしてありがたみが増す。

サウンドは素晴らしいの一語に尽きる。昔のチェコ・フィルの独特のサウンド。

大層なバスなどではなく、弦が一つずつに分解されて、生地の糸の一つ一つが見えるような独特の音色。そしてブラスは一人ずつはベラボーなのにあくまでもアンサンブルを重視したこれまた青黒く響き渡る素晴らしいサウンド。

コレクションマニア向け風で、LPと同じような見開きのジャケットで、両側に一枚ずつビニール袋にCDがおさまっている、といった感じであるが、内容的にはコレクションではなく頻繁に聴きたくなる演奏だ。

解説は宇野さんではない。

おわり

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329- アシュケナージN響2007.6.23

2007-06-25 20:33:00 | 音楽

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あまり好きでない指揮者でも聴かなければならない時がある。

全てが洗われるような見事な怒りの日のエンディングをむかえたマンフレッドだけではない。

このプログラム・ビルディングを聴かないてはない。

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2007623()6:00pm

NHKホール

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ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3

チャイコフスキー/マンフレッド交響曲

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ピアノ、清水和音

ウラディミール・アシュケナージ指揮

NHK交響楽団

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2年ぐらい前から、N響定期は土曜の夜と日曜の午後の部が出来たが、この人気はどうなんだろうか。

静かな悪友S君は嫌がっていたけれども、ウィークデイに仕事を終わってからバタバタとホールに直行する日本の文化も捨てがたいけれども、こうやってゆっくり出かけるのもいいのではないか。だいたい半日つぶれてしまうけれども。

今日はプログラムもいいし、満員だ。

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ラフマニノフの3番は、ホロヴィッツの多数の録音を待つまでもなく、とにかく素晴らしいというのが、ラフマニノフの多量の他作品を聴いてきた人たちにはすぐわかるのではないか。

ラフマニノフは交響曲第3番とピアノ協奏曲3番が絶品。

双方ともその前に第2番があり世間的には人気のある曲だけれども、聴けば聴くほどこれら3番の味わいは深い。

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清水は風貌体型が昔とは別人の様相を呈しているが、ギロギロした目つきからは想像も出来ない几帳面な音づくりだ。やつす、という言葉は彼の頭にはない。

最初は譜面どおりの音作りが窮屈さを感じさせる。何か底の浅い音楽表現のように聴こえてくる。ひょっとして曲のせいかな、などとあらぬことも脳裏をよぎる。

楽譜通りの音符の長さ・並びがスリルを感じさせてくれない。四角四面で熱がこもっていない第1楽章であった。アシュケナージが棒なんか振らないで自分で弾けば、などと思いながら第2楽章を経て第3楽章へ突進した。

清水の音づくりは変わらないのだが、アシュケナージのあの肩肘はった棒の振りではあるがやたらと明確でわかりやすいのだ。さすが本人が完璧に弾きこなせる曲を振っているわけだから、熟知、以外の何ものでもない。

アシュケナージの棒から出てくるN響の音は非常に引き締まっており、バシッと決まっている。

特にブラスがきっちりとかみ合っており清水を側面、正面から盛りたてる。

淡々とした弾きで熱くなりそうもない清水ではあるが、熱くならなくても曲そのものが燃え始める。そしてオーケストラが熱く盛り上げる。不思議なバランス感覚の演奏ではあったが、それぞれ別方向を向いているのに、まとまる。

一つの楽器で多様な表現力を奏でることができるピアノ。でもその、やつす、表現はきれいさっぱりやめた清水。

オーケストラという、時としてコントロールできそうもない巨大楽器から、実に微妙で多彩な表現を引き出していたアシュケナージの棒。

もしかして、この曲、ピアノとオーケストラの総体として一つの作品が完成するのだということをアシュケナージは言いたかったのかもしれない。ピアニストに合わせたというよりも補完しようとする意思がはたらいたのかもしれない。

いずれにしても、ピアノ、オーケストラ、ともに濁りのない清らかで、それでいてヒートする演奏。

結果、大喝采の切れ味鋭い演奏であった。

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後半のマンフレッド交響曲は、生では初めて聴くかもしれない。記憶にない。

CDなどで聴く感じとはずいぶんと異なる。中弦のしなやかでナイーブな響きに耳を奪われたりするが、全曲にわたり短調が支配している。そのため、チャイコフスキー特有のブラスのすっきりする爆発のような箇所がない。ブラスのキザミ、爆発はあるのだがみんな短調であり不発気味に聴こえてくる。それに第1楽章から4楽章まで、聴きようによっては、うるさい、というか、なんだかあまり鳴りきらないブラスが欲求不満をつのらせる。

それに、致命的なのが、わかる節、がチャイコフスキーにしては、あまりない。主題構成、楽章間の主要主題再現による構成の緊密さを表現しようとしているが、メロディーに印象的なところが薄く、始終騒ぎ立てているように聴こえてしまうのだ。

それでもアシュケナージの引き締まった棒は、技あり、であり手ごたえのある曲に変えた。

音の整理整頓にとどまらず、色彩の変化、など巧みであり聴衆に一定の緊張を強い、かつ飽きさせない。見事だ。

最後のオルガンの清楚な響きへの場面転換の色彩の変化はあざやかというしかない。パイプオルガンの清らかな響きに導かれたウィンドアンサンブルが弱音を奏でるなか、非の打ちどころのない澄みきったエンディングをむかえた。

アシュケナージもやればできる。70歳にしてようやく指揮の極意を極めにかかったのかもしれないが、ここでN響との組み合わせを終えてしまうというのは、青天のへきれきではないものの構築されてきたものが元の木阿弥になるようで少しばかり残念ではある。

おわり

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328- フィルハーモニック散歩2

2007-06-24 20:03:00 | 音楽

ニューヨーク・フィルハーモニックの最初のコンサートは1842127日だから、1941-1942シーズンは100周年記念シーズン。

日本から見れば昭和16-17年で大戦争中に突っ込むところであるが、アメリカの当時の録音を聴く限り危機的様相はまるでない。

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この1941-1942年シーズンの定期は110回。

タクトをとった指揮者がすごい。

アルトゥーロ・トスカニーニ

ウォルター・ダムロッシュ

セルゲイ・クーセヴィツキー

ユージン・グーセンス

フリッツ・ブッシュ

ディミトリ・ミトロプーロス

アルトゥール・ロジンスキー

ブルーノ・ワルター

ジョン・バルビローリ

レオポルド・ストコフスキー

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このシーズンは、バルビローリからロジンスキーへの橋渡しのシーズンとはいえ、よくこれだけの指揮者がそろったもんだ。

彼らの指揮する公演の数々を現場の素晴らしい音で楽しむためには、タイムマシーンを使わなければならない。

それで、河童は初日の公演にトリップしてみました。

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1941109()

バッハ‐ストコフスキー/

トッカータとフーガ・二短調

アンダンテ・ソステヌート(ヴァイオリンソナタ)

ベートーヴェン/交響曲第5

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ヘンリー・カウエル/田舎の言い伝え

ワーグナー/「トリスタンとイゾルデ」より

     前奏曲と愛の死

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カーネギーホール

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レオポルド・ストコフスキー指揮

ニューヨーク・フィルハーモニック

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ストコフスキー編曲によるバッハの響きはやたらと素晴らしく、しばしば地下鉄の音が聞こえてくるこのカーネギーホールにおいてもその豊穣な響きに圧倒された。

バッハ‐ストコフスキーの最上盤は、フィラデルフィア管弦楽団によるものであると絶対に確信しているが、それでも彼が振るニューヨーク・フィルの音は、これはこれでやはり何ものにもかえがたい。

逆に激しい音楽であるはずのベートーヴェンが端正に聴こえてくるから音楽というものは不思議だ。

後半、愛の死で締めくくるというのもストコフスキーらしからぬところがあるかもしれないが、そんなかってな物言いは我々の作り出した想像だ。

後半一曲目にアメリカ作曲家カウエルの曲が設定されている。ストコフスキーの面目躍如というところ。

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この定期は2日間のセットもの。

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327- 六本木ナイト パート2

2007-06-23 20:57:00 | 六本木にて

この前、六本木で例によってお酒を飲んでいたら、途中おなかがすいたのでバーを抜け出し、吉野家の牛丼と味噌汁をたのんで、さぁ食べようかなと、箸を手にしたら、となりに、道端の客引きとおぼしき真っ黒な黒人がすわりやがって、牛丼スタッフの東南アジアのおばさんに、これ、などと言いながら同じ牛丼をたのみながら、スプーンも一緒、などど付け足しながらしゃべくりはじめた。

クロ

『ヘィ、ヨー、メン、ジャップ。ホワッツアップ』

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カッパ

『ナメンジャネェ、クロ、シズカニクワセロ』

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クロ

『アイムソーリー、ジャップ』

.

カッパ

『サイキン、アメコー、イタコー、ミンナダメダメネ』

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などと会話をかわしたかどうか定かではないが、とにかくこっちは酒の幕間のひととき静かに牛丼を食べはじめた。

そうこうするうちに、クロにも牛丼がきた。味噌汁はない。牛丼と水である。

食べるさまを見たいわけではないが、となりに座っているので見たくなくても見える。

まず、牛の部分をサァと食べる、そうするとつゆだく気味の白いご飯部分が見えてくる。

そこにおもむろに七味唐辛子をかけるのである。しろいご飯が見えなくなるぐらいの量。

そしてまた、牛の部分をサァと食べ、ドバッと唐辛子。これのくり返し。

全部食べ終わるまで見てやったが、七味唐辛子が三分の二ほどなくなっていた。クスリには強いクロだからやみつきだなぁ。きっと。

キムチなども常用性があるというから同じような感じなのかもしれない。河童はとてもまねできない。紅ショウガが5カケラほど食って、味噌汁で胃に流し込むのがせきのやまだ。

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クロ

『ゴチソウサマ、イクラ』

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東南アジア

『ヨヒャクハチジュウエン、デス』

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クロ

『ホラ、ゴヒャクエン』

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東南アジア

『ニジュウエン、オツリデス、ドウモアリガトウシタ』

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カッパ

『オメエラ、ナンデ、ニホンゴ、デ、シャベッテルンダヨ』

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クロ&東南アジア

『郷にいては郷に従え、というじゃないか。』

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カッパ

『オー、スミマセンデシタ』

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ということで、六本木のミッドナイト3時は、特に週末であれば、おひるの渋谷の交差点なみ、とまではいかないが、何でこんな時間にこんなに人が歩いているのだ、という感じで異次元世界だ。

特に、人種的には、この夜なかに遊んで歩くジャップは3-4割。あとは、アメコー、イタコー、ロシコー、アジコー、シロクロ、なにがなんだかわからない。外国にいるみたい、というよりもスターウォーズの宇宙バーみたいなもんだなぁ。おもしろいといえばおもしろいが、六本木で遊ぶときは、一軒ぐらいはいきつけの店がないといけない。何事につけ骨休めが必要だ。

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ところでクロがオーダーしなかった味噌汁であるが、最近はアメリカ人でも味噌汁を食えるハイソサエティな人種がいるが昔はそうではなかった。

マンハッタンで朝、アメリカ人社員に車でピックアップしてもらった日本人が、途中で降ろされたそうだ。

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アメリカ人

『オハヨー、ミスター、クルマニドウゾ』

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味噌日本

『サンンキュウ、今日も朝飯はご飯に味噌汁さ』

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アメリカ人

『アサメシ、ダイジネ』

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味噌日本

『ソウダ、ソウダ』

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アメリカ人

『ヤッパリ、オリテクレ』

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味噌日本

『ナンデ?』

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アメリカ人

『ソノ、ニオイ、タエラレナイ、オリロ』

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ということで、通勤の途中、車から放り出されたというなさそうでありそうな話があった。味噌汁のにおいはアメリカ人には耐えられない以上のものだったのだ。

似たようなものに魚の缶詰があった。魚の缶詰もオープンするとほぼ気絶する。

おわり

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326- ふぅ~ 金曜日

2007-06-22 19:57:00 | 音楽

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さぁ、華金だ。何を作曲しようかな。

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325- さっさこうか 生駒山歌劇 アーティストライフ

2007-06-21 20:32:00 | 音楽

この前の華金の朝、満員電車に揺られながらいつものように日経新聞を見ていたら、一番裏にある文化欄に佐々紅華のことが書いてあった。
書き手は、演出家の清島利典。
内容はアップしてる新聞の切り抜きを拡大して読んでください。
また、佐々紅華は比較的有名なので、パソコンで検索するとすぐヒットします。
エンタメ・オールマイティーの人で、歌謡曲、音楽劇まで、いろいろ盛りだくさんのことをしてきた人のようです。
その作品の中で、アーティスト・ライフ、という喜歌劇を7月にやるとのこと。
この新聞記事を読んでなんとなく興味を持った。
上演日は以下。

2007年
7月19日(木)
7月20日(金)
7月21日(土)
古賀政男音楽博物館
けやきホール、
代々木上原

佐々紅華/アーティスト・ライフ
英国黎明期オペラ/コックスとボックス


ストーリー
新婚の貧乏絵描きの家に洋服屋借金取りがくる。
妻は夫を隠す。
察した洋服屋は、新妻を口説き始める。

といった内容のようです。
昔、奈良の生駒山にあった生駒山歌劇の再現ということでなかなか意欲的。
紅華は40本ぐらいのオペラを作ったということですので、これを機に復興作業ができるといいですね。
おわり

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324- ウィーン・アマデウス管弦楽団 1991-1

2007-06-20 20:01:00 | 音楽

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今まで、1988年、1989年、1990年に遭遇した演奏会からセレクトしたものを書いてきました。

1988年、1989年は、ここから探してください。

1990年は、ここから探してください。

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今日からは、またポツポツと1991年に遭遇した演奏会からセレクトして書いていきます。

1991年最初に聴いた演奏会は、ウィーン・アマデウス管弦楽団のもの。

今考えるとなんで聴きに行ったのかさっぱりわからない。

新年の浮足立ったところに、バブルの熱もあり、雰囲気だけで行ったのかもしれない。

この団体の公演はこんな感じ。

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1991

1/2()新高輪プリンスホテル

1/3()フェスティヴァルホール

1/5()パルテノン多摩

1/6()佐倉市民音楽ホール

1/7()板橋区立文化会館

1/8()東京文化会館

1/10()更埴市総合文化会館

1/11()北とぴあ さくらホール

1/12()いわき市平市民会館

1/13()伊勢原市民文化会館

1/14()昭和女子大学人見記念講堂

1/15()名古屋市民会館

1/16()出雲市民会館

1/17()呉市文化ホール

1/19()鹿児島県文化センター

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323- たなざらしにしたくなるジャケット マゼールのベト全

2007-06-19 20:51:00 | 音楽

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ベートーヴェン/交響曲全部

ベートーヴェン/フィデリオ序曲

ベートーヴェン/エグモント序曲

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ロリン・マゼール指揮

クリーヴランド管弦楽団

録音1977-1978

Masonic Auditorium, Cleveland

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それにしてもひどいジャケット。

なんの香りも味わいもないチープな作りのいれものだ。

CDが聴ければいいというものではない。

こんなCDでは、さぞかしろくでもない音、演奏だろうなぁ、だから5枚で2,860円の投げ売りなんだろうなぁ、と思ってしまう。

マゼールとクリーヴランドの演奏が、このジャケットのせいでかえりみられなくなったら、何のための廉価5枚セットなのかわけがわからなくなるというものだ。

これは2003年の発売で輸入品だが、実際のところSBMとかDSDとかいった表記も皆無。ただなんとなくベートーヴェンの全集をだした、というところか。

しまりっけのある音ではあるが、横の拡がりを感じとることが出来ない。

6番のようにチェロに奥行き感があって好ましい録音、演奏もあるにはあるが。

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やっぱり、

全体の演奏もいま一つだ。

初発売のLPのときはグレイトなジャケットのせいもあり、活力のあるいい演奏だと思ったのだが、今こうやってチープ盤のたぶんお化粧のない録音で聴くと、なにかひとつ芯が通っていない、張りのない、やわな演奏に聴こえてくるから不思議だ。

123番はまるで生気が感じられない。プレイヤー、指揮者、双方ともに真剣に取り組んでいるのか疑わしくなる瞬間もある。セルのもとで大飛躍、成長を遂げたクリーヴランド管弦楽団はセル亡きあと、やっぱりいつもめいっぱい演奏しなくてはならないオケなのだ。かたや、マゼールは、いいオケがあてがわれて当たり前、でありビルダーである必要はないのだ。

翻って4番はいい感じだ。プレイヤーのやる気、充実感が前面にでている。

5番はこれまた横の拡がりのない録音で、積み木のような演奏だ。

6番はゆっくりしたテンポ感覚がよく、内容も整理されている。録音も奥行きのあるものでかなり充実。

7番は録音が5番と同じ傾向。演奏にうねりがない。作為が耳につく演奏だ。

89番は、気分を変えてほかの日に聴くとしよう。たぶん同じような感想だろうが。

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ソニーはどんなチープ盤でも、録音データはライナーノートにきっちりと書いてある。ここらへんはさすがだ。

でも、ソニーは全集盤をだすときは、気合いを入れなおして、一からやり直すつもりでまじめに取り組んで国内盤のちゃんとしたものを出してほしい。ほかの指揮者、演奏団体のCDはきっちり出してくるのだからマゼールについてもマジに取り組んでもらいたい。

おわり

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322- ファルスタッフ 2007.6.13

2007-06-18 19:42:00 | 音楽

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メトロポリタンオペラ総裁ピーター・ゲルブの講演を、昭和音楽大学で聞いた後、その足で初台の新国立劇場にファルスタッフを観るために向かった。

今回のファルスタッフの日取りは6/131619214回公演。

そのうちの初日を観たが、公演自体がまだ終わっていないので、これから観に行く人は、このブログはすっとばしてください。

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2007613()6:30pm

新国立劇場

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ヴェルディ作曲ファルスタッフ

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ジョナサン・ミラー プロダクション

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ファルスタッフ/アラン・タイタス

フォード/ヴォルフガンク・ブレンデル

フェントン/樋口達哉

カイウス/大野光彦

バルドルフォ/大槻孝志

ピストーラ/妻屋秀和

アリーチェ/セレーナ・ファルノッキア

ナンネッタ/中村恵理

クイックリー夫人/カラン・アームストロング

メグ/大林智子

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ダン・エッティンガー指揮

東京フィル

新国立劇場合唱部

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前の席で観たため、視界良好ではあったが、字幕の位置が高いためかなり見づらい。

新国立劇場の字幕装置というのは、おそらく仮設ではなく、当初からの装備であると思うのだが、一階席後方、もしくは2階席あたりがちょうど目の高さだ。また、装置の光具合が鋭いため、34階席でも非常に鮮明でありクリアで良好。

結局1階前方が最悪。

ただし音はすごい。

オケピットの中にいるようなとんでもないデカイ音が耳に飛び込んでくる。

それもこれも、このホールそのもののキャパのせいというか、おかげである。

オペラ劇場としては少しサイズが小型なのである。

第1幕と第2幕の間に休憩はなし。4場まとめてやる。

ミラーの演出のせいか、4場とも同じような雰囲気であり場面転換もこの方がイージー。

観てる方としては、ちょっと長すぎて疲れる。

休憩後の第3幕は第2場が森の中、それまでとずいぶんと雰囲気が異なり違和感がなくもない。第2場の作りこみのため、幕をさげ、開くまで結構時間がかかってしまう。

スムースさがこの種のオペラでは大事だ。

ヴェルディ最後のオペラの最後の大フィナーレ、この世はすべて冗談、というけれど、河童には、第1幕冒頭のいきなりの爆発音が全てを笑い飛ばしているように聴こえる。最初から冗談だったのさ。。

キャストは文句のつけようがない。

タイタス、ブレンデルともに初日から声がよく出ていた。

タイタスのタイトルロールは、音楽のフレーズを完全に掌握した動きが聴衆の笑いを誘う。

二人とも喉が強靭であり張りのある声でホールをならすだけではなく、ピアニシモの細やかなニュアンスもそれなりにでていた。

時々以上にプロンプターの腕が出すぎ見え過ぎで気持ち悪くなったりもしたが、とりあえずみんな張り切り度100パーセントで、目に見える頑張りであった。

女性陣もおしなべてよく、また国内組もよく通る声で、動きも不自然さがなく、演出をうまくこなしていた。

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ミラーの演出は、見方によってはHさを前面にだした演出であり、聴衆としては苦笑い的な箇所が散見された。

また、動きを比較的強調している。歌い手をあちらこちらに素早く動かす。息が切れるほどではないとしても、やってる方も大変だろう。

ジョナサン・ミラーは来日しており、カーテンコールに大柄の体躯で出てきた。

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エッティンガーの棒は、多少ほこりっぽいながら、細やかさに走るよりも一気に鳴らす感じ。

豪放な作りではないが、息の長いそれでいてダイナミズムのある生きた音楽。

写真紹介ではメガネをしていたが、ステージのカーテンコールにあらわれた姿はノーグラス。

立ち振る舞いがどことなくバレンボイムに似ているなぁ、などと思って800円のプログラムの紹介欄を読んでみたら、2003-2004シーズンからベルリン州立歌劇場首席指揮者兼音楽監督助手、ということだから、当然かもしれない。

音楽の雰囲気は、ファルスタッフはわかったもののほかは聴いていないのでわからない。これからが楽しみ。

おわり

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321- ピーター・ゲルブ イン 昭和音楽大学

2007-06-17 20:25:00 | 音楽






 

当地に思い出はないがやまいならあるかもしれない昭和音楽大学の公開講座をききに新百合丘まで行ってきた。
オペラに関する一連の公開講座のうち、今日はメトのお話。
2006年8月にメトの総裁に就任したゲルブがお話をするというので、一聴の価値があると思い、電車でむかい、初めて降りる新百合丘なのになぜか心に奇妙な風を感じならテアトロ・ジーリオに足を運んだ。

2007年6月13日(水)14:00-17:00
テアトロ・ジーリオ・ショウワ、昭和音楽大学

公開講座
=オペラ劇場運営の現在・アメリカⅡ=
メトロポリタン歌劇場の未来戦略
メディアと劇場の融合

●第Ⅰ部 基調講演
講師:ピーター・ゲルブ
 (メトロポリタン歌劇場総裁)

●第Ⅱ部 質疑応答
モデレーター:
黒田恭一/広渡勲/石田麻子

通訳:井上裕佳子

●METビューイング特別試写会17:00-18:00


全部で3部構成
1部がゲルブの講演。
2部が質疑応答。
ここまでが14:00-17:00
残り17:00-18:00が、
プッチーニの外套。劇場版特別試写会。

昭和音楽大学オペラ研究所は2005年まで5カ年にわたり、文部科学省の支援を受けて世界のオペラ劇場の現状調査分析、日本における芸術振興をはかってきた。
公開講座はその一環であり、今まで19回行ってきており、今回が20回目。
ということのようだ。
りっぱなものだ。
でも音楽大学はこのくらいのことはやって当たり前かもしれない。
今回は、メト新総裁のゲルブの話が聞けるということで、ヴォルピーのひどい訳本のお清めにちょうどいいかもしれないし。

ゲルブはプロデューサーを長年していたこともあり、イントロとしてホロヴィッツの話あたりから始めた。
ホロヴィッツが初めて日本で演奏した際、音楽評論家の吉田秀和に、こわれた骨董(cracked antique)、とボロクソに言われたことなどからしゃべりはじめた。
ホロヴィッツの日本での演奏は聴いたことはないが、生演奏なら聴いたことがある。
ホロヴィッツ・ピアニッシモ 参照

それにしてもゲルブは話し好きだ。
熱意があるというか。。
14:00からはじめて、15分の休憩をとり、16:30頃まで約2時間半の間、しゃべりっぱなし。
通訳は井上さんであるため、呼吸がぴったりで、通訳の時間を省いても1時間半ぐらいしゃべっていたのではないか。
主催者より、公開講座の資料を無料で7回目から19回目までくれるというので、早速宅急便の手配をお願いした。今回のものも出たらいただこうと思う。このなかに今日の内容がしっかりと記述されることだろうから詳細は省くが、講演副題にあるとおり、メディア戦略についてのお話がメインである。
オペラは現場で生で見るに限るけれども、もっと多くの人たちに観てもらうための方法を考えて、実践し始めた。メディア戦略ということでいえば、劇場での上演、そのあとそれらをDVDなどの別メディアで広げていく。それはあくまでも手段、媒体にすぎないのだが、それを広めるための具体的アクション・プランをもっており、実行していく姿勢がリアルだ。
それにテレビ、ラジオ、パソコンを駆使した生を含む中継。数打てば当たるといわれるかもしれないが、戦略としては明確だ。

16:30ごろ残り30分ぐらいで質疑応答ということで、モデレーターとしてお三方が出てきて、石田さんに紹介された黒田恭一が、オペラ大家だけに、年より扱いして紹介するなよ、などと余裕の面持ちで面白い話をしゃべりはじめた。
ただ、もう一人のモデレーター広渡勲さんともども、ゲルブとの話の観点が異なるので、すれ違い。
かたやメディア戦略の具体的方法を述べているのに、ヴィディオでは髪の毛一本まで見えてしまう、といった内容であり、やはり、オペラ発信拠点があるところの中心人物と日本の評論家では立場があまりにも違い過ぎる。
ゲルブの、理解しようとする態度、そしてオペラを広めようとする前向きな姿勢は買える。

16:45頃、残念ながら退席した。
18:30からの初台のファルスタッフには、17時までいても十分間に合うのだが、すれ違いの議論では深みがなく、それもあり退出。
それにしても、平日とはいえ、公開講座の生徒は、もののみごとに年寄りだらけだ。
引退したおじいさんおばあさん、どっかの学校の先生たち、音大生も少しはいたような気がするが、ほぼ熟々年だらけだ。別に悪いことではない。意欲があれば何事も成せる。
ただ、通訳する前に、おかしくもないところで笑ったり、あのファンブル笑いはどうもね。
それこそオペラ字幕で、歌いだす前に笑ってしまうのとなんとなく感じが似てたりする。

ここの今日の生徒たちは、おそらく、ほぼ全員100パーセント文系アナログ人間。
年寄りだらけの文系アナログ人間と、対極の、今日ほぼ0パーセントの出席率の理系ディジタル若者とは、水と油以上の違いがあると思う。ゲルブが言っているようにオペラ聴衆は少し前まで平均年齢が65歳であり、これを下げなければオペラの存続はない。テーマを掲げ具体的なアクションをおこしているゲルブは、自分の今の地位の掌握も含め、エライ。
理系ディジタル若者が、食の文化にほぼ興味を示さないと同じくらいクラシック音楽にも興味を示さない。たまに、0.1パーセントぐらいいたりするが、これとていわば、
井の中の河童、
みたいなもの。
アナログ文系年よりと対極の人間をとりこまなければ、オペラの未来はないとは思わないが、とにかく、メディア戦略、は現在のトレンドとしては正しいのではないか。

ということで、今日の講座の案内には、2007-2008年シーズンのメト上演予定の詳細がついている。そのなかで、食指が動くは、
ラニクルズのピーターグライムス
大野和士のアイーダ
ノセダの仮面舞踏会
ゲルギエフの賭博師
マゼールのワルキューレ
あとはみなくてもだいたいわかる。
おわり






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320- 女のためいき

2007-06-16 23:11:27 | 音楽

森進一は今、風当たりが強くて、人生この時期、風雪がやってくるとは思いもしなかったに違いない。

一日1ミリの思い上がりが積もり積もってしまったのかもしれないし、ひとはみな同じような思いあがり人間ばかりだから、他人の思い上がりと自分のそれのあやを考えなくなってしまうぐらい思いあがってしまったのかもしれない。

今は今として。。

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森進一が昭和41年頃のある日曜日のたしかお昼11時ごろのテレビ番組に出てきて、とんでもない声で歌ったのを家族みんなが唖然として見ていた原風景が目に浮かぶ。

とんでもないかすれ声で奇妙に細かった。だみ声ではない。

今思うと完全に唱法が確立されていたのであろうし、またかなり練習を重ねた結果の歌だったのだろう。驚愕の声ではあったが、下手ではなかった。

森のデビュー曲「女のためいき」は、曲、歌詞、歌唱、が見事に一致した心にグッサリささる歌である。

オス河童としてはメス河童の気持は100年来、未来永劫のテーマであり、知る由もないが、女の気持を男の角度でとらえた見事な詩、そして振幅のあるフレーズの動き、あれは森の声、歌唱力がいきなりベストマッチした素晴らしい作品。

昨今の噂がどうのこうということは、芸術の本道とは関係ない。あのときに3者がこれ以上ないくらい合体した、いい歌だったのだ。

森の歌はこの「女のたいめいき」が最初でベスト、あとはリピートするごとに感興がもりあがる不思議な曲「港町ブルース」がいいぐらいで、ほかは駄作に近いのではないか。むしろカバーの方がいい味をだしている。

「女のためいき」はデビューオリジナル盤と2005年リメーク盤がある。リメーク盤は、携帯ダウンロードが一番手っ取り早い。

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女のためいき

吉川静夫 作詞

猪俣公章 作曲

森進一 歌

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死んでもお前を離しはしない

そんな男の約束を

嘘と知らずに信じてた

夜が夜が夜が泣いてる

ああ 女のためいき

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どうでもなるよになったらいいと

思いなやんだ時もある

なににすがって生きるのか

暗い暗い暗い灯影の

ああ 女のためいき

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男と女の悲しいさだめ

なんで涙がつきまとう

ほれているから憎いのよ

未練未練未練一つが

ああ 女のためいき

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