河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2637- ボーイト、メフィストーフェレ、バッティストーニ、東フィル、新国立劇場合唱団、2018.11.16

2018-11-16 23:14:24 | オペラ

2018年11月16日(金) 7:00-10:00pm サントリー

東フィル・サブスクリプション・コンサート プレゼンツ

ボーイト 作曲

アンドレア・バッティストーニ プロダクション

メフィストーフェレ (コンサート・スタイル 日本語字幕付き) 24-26-28、21-21-13

キャスト(in order of voices’ appearance)
1.メフィストーフェレ、マルコ・スポッティ(Bs)
2-1.ファウスト、アントネッロ・パロンビ(T)
2-2.ヴァグネル、与儀巧(T)
3.マルゲリータ、マリア・テレーザ・レーヴァ(S)
4.マルタ、清水華澄(Ms)
5.エレーナ、マリア・テレーザ・レーヴァ(S)
5.パンターリス、清水華澄(Ms)
6.ネレーオ、与儀巧(T)

合唱、新国立劇場合唱団
児童合唱、世田谷ジュニア合唱団

アンドレア・バッティストーニ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


Duration
プロローグ 5-5-2-5-7
ActⅠ 16-10
ActⅡ 10-18
Int
ActⅢ 21
ActⅣ 21
エピローグ 13


これがボーイトの神髄か、腰が抜けた。大波小波、駆り立て、静寂、ダイナミックでドラマチック、デリシャスでデライト。ロール4人衆が思う存分歌い尽くす。ボーイト節が炸裂。
圧巻、悶絶の充実パフォーマンス、エポックメイキング・ナイトとなりました。バッティの派手なやり尽し棒がツボにはまった瞬間ナイト。目から耳から鱗が5枚落ち。

タイトルロールではないがほぼ主役のファウストがジャンルーカ・テッラノーヴァからアントネッロ・パロンビに変更。パロンビは、2015年、沼尻オテロのロールで歌っていた方。
1774- オテロ、沼尻竜典、神奈川フィル、2015.3.22

コンサート・スタイル、字幕付き、動きともどもオペラティックな雰囲気はそこそこある。
P席合唱、LA席奥に児童合唱。オルガン・レヴェルの左側にバンダ、椅子をセッティングしてのじっくりバンダ。そのオルガン上部には大きく幕があり映像を出す。その右左に横長に字幕。指揮台は2段重ね。天井のライトがシーンに合わせてピカピカと光る。全体照明はかなり落としている。プロンプターはモニターで、ステージの前方下方の右左に一台ずつ。歌い手はシーンに合わせ出入りを繰り返しながら歌唱。

ストーリーはリブレットや解説に任すとして、プロローグと第1,2幕を一気に約80分、休憩を挟んで後半の第3,4幕とエピローグを一気に約60分。緊張とスリリングな吐息が全体を覆う極めて高濃度なパフォーム。


この夜の成功上演、いの一番にあげたいのが、ホールコンディションがベストだということ。ホールが良くて、とにもかくにも、歌い手たちがオペラ風味の余計なことに煩わされることなく思う存分歌い尽くすことが出来た。自身の声を聴きながら、また絡み合いの重唱、それにオーケストラや合唱の響きともども、ジックリと相互関係を構築、シナジー効果抜群の上演、このホールでの全体状態の良さを思わずにはいられない。

2幕1場の四重唱、2場の二重唱、など聴きどころ満載。後半、3幕の二重唱も圧巻過ぎて悶絶。レーヴァとパロンビのデュエットは最高ですな。初来日となったレーヴァの体当たり歌唱、渾身の歌、容姿共々あまりに魅力的で、とにかく、食い入るように見入る。素敵なシンガー。パロンビは最初の登場では太めでちょっと冴えない長髪という感じなんだが、一旦歌い始めると艶やかななめし皮テノールがものすごくきれい。デュエット、ソロ、ともに美しい歌唱が光りましたね。

かたや、スポッティと清水。タイトルロール、バスのスポッティは長身細め、ニヒルなキャラクターシンガー風味なのだがなにやら高潔なワル、クレヴァーな役どころが合いそう。今日のロールはうってつけのピッタリ役どころかと思う。バスは高音系に食われがちになるところしっかりとした存在感。あまり小細工をせずに、朗々と歌い尽くす説得力は大したもの。場の転換ポイント、要所出どころでの歌は見事なもので、欠かせないシンガーと思いました。清水はこのお三方に食われた形。

自在棒のバッティ、歌い手たちが実に歌いやすそう。まあよく乗せていく。呼吸がぴったりで、歌い手たちの呼吸を感じながらなのか、歌い手たちが指揮にうまくあわせているのか、どちらとも思えない。ナチュラルな歌い口で、双方無理なところが微塵もない。これだと本当に吹き上げるような流れでグイグイいける。オケのほうも指揮にコントロールされている雰囲気は無くて積極性が滲み出る。ドライブするかされるか、丁々発止のやりとりは前向きなもので、みんなで音楽を作っていっている手応えがあって、そういうときの音楽っていいものですね。東フィルの演奏は本当に鮮やかなもの、折り目の正しさ、端正、荒々しさ、振幅の大きな音楽となりました。

結果、オペラとしては物語がやや拡散気味なストーリー展開なところ、ギュッと凝縮していって中心点を感じさせるものになった。バッティ棒の見事さ、応える歌い手、オケ、合唱、そして良好なホールコンディション、そういったものが見事にマッチし、一大ドラマが完成した。このまとまり感、説得力のあるオペラ上演となったわけですね。
パワフル・パフォーマンス、出色の一夜となりました。
ありがとうございました。
おわり

 










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2626- アイーダ、バッティストーニ、東フィル、2018.10.21

2018-10-21 23:03:04 | オペラ

2018年10月21日(日) 2:00-5:45pm 神奈川県民ホール

神奈川県民ホール プレゼンツ
ヴェルディ 作曲
ジュリオ・チャバッティ プロダクション
アイーダ   43-41-53

キャスト(in order of appearance)
ランフィス、斉木健詞(Bs)
ラダメス、城宏憲(T)
アムネリス、サーニャ・アナスタシア(Ms)
アイーダ、木下美穂子(S)
ファラオ、清水那由太(Bs)
アモナズロ、上江隼人(Br)

二期会合唱団

アンドレア・バッティストーニ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


Duration
第1幕 32-11
Int
第2幕 17-24
Int
第3幕 31
第4幕 22


意識された劇性という言葉はこの指揮者にはいまのところ無縁に思える。オペラは留まるところのないドラマチックな音楽劇であり、それがもはや通奏低音的なデフォになっている。まず、こう鳴らしておくのが当たり前でその上に色々なものをどう並べて展開していくか。第2幕第2場は指揮者が主役とバッティストーニは言うけれど、きっと、言わなくてもいい自明の理を気付かせてあげたいのだろう。彼のテーマはその上に乗る音楽の動きだ。
派手に鳴るところもあるオペラながら、静寂が覆うオペラとしての見立てとしては、もう一段、彫りの深さが欲しいところでもある。

舞台はシックで、大言壮語に陥ることの無い落ち着いたものでした。
ラダメスとアイーダは双方、もっともっとプッシュ、押して欲しい。アムネリスはそういったことをクリアしていて、こういったあたりのことはオペラを歌う彼らのあたりまえの事だろうと思えてくる。


全体的に、オペラの呼吸を感じた好演でした。
おわり


























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2607- プッチーニ、三部作、外套、修道女アンジェリカ、ジャンニ・スキッキ、ベルトラン・ド・ビリー、東フィル、二期会、2018.9.7

2018-09-07 22:16:03 | オペラ

2018年9月7日(金) 2:00-5:00pm オペラパレス、新国立劇場、初台

東京二期会 プレゼンツ
プッチーニ 作曲
ダミアーノ・ミキエレット プロダクション

三部作(外套、修道女アンジェリカ、ジャンニ・スキッキ)  47+49、50

CAST、外套
ミケーレ、今井俊輔(Br)
ジョルジェッタ、文屋小百合(S)
ルイージ、芹沢佳通(T)

イル・ティンカ、新津耕平(T)

イル・タルパ、北川辰彦(BsBr)
ラ・フルーゴラ、小林紗季子(Ms)

流しの歌うたい、西岡慎介(T)


CAST、修道女アンジェリカ
アンジェリカ、文屋小百合(S)
公爵夫人、与田朝子(Ms)
ジェノヴィエッファ、船橋千尋(S)


CAST、ジャンニ・スキッキ
ジャンニ・スキッキ、今井俊輔(Br)
ラウレッタ、船橋千尋(S)
リヌッチョ、前川健生(T)


合唱、二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
児童合唱、NHK東京児童合唱団

ベルトラン・ド・ビリー 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


外套がそのままアンジェリカにつながるのは、インターミッションどうのこうのではなくて、意図された演出であるというのは衣替え等含めよく理解できるものであった。最初の外套は見た目にもヴェリズモ雰囲気が濃厚に作り込まれたもので、音楽もその外套の次の緩徐楽章のようなアンジェリカでぴったりはまる。作品の腰の弱さをおぎなうという印象は皆無で、性格や濃淡の対比感覚に優れた見事な演出と歌唱でした。ここまでで非常に充実した公演と、目が一段と覚める。
休憩を挟んでジャンニ・スキッキはがらりとモードが変わる。ドタバタ劇、プッチーニ節、擬音効果、色々と冴えまくる。品のある喜劇という感じ。前二つにもまして、キャスト連のしぐさがツボにはまりまくる。エンジョイ。
最後はコンテナが折りたたまれ、三つがここで一つに繋がった、なるほどなの演出。満足感も大きいもの。
ボエームが4楽章シンフォニーの様相を呈しているとすれば、この三部作はいわばコンチェルトみたいなものだな。プッチーニの泣き節、そして音楽の全体構成感も忘れてはなりませんね。

出演の皆さんの動き、容姿、着こなし、妙な話かもしれないが、日本人離れしていて、良く決まっていた。自然で生き生きしていて本当に楽しかったですね。特に文屋さん船橋さんには惚れました。

ド・ビリーは前回4年前のアラベラも素敵でしたがあの時は指揮者一人が随分と上をいっている感じもありました。今回はいい混ざり具合。東フィルは指揮者次第というところがあって、こわい部分もありますね。お見事な内容でした。抜群の説得力で鮮やかな棒。
外套での切れ味と粒立ちの良さ、アンジェリカでのしっとり感、オケが倍規模に膨らんだスキッキでのマイルドな光沢、そこはかとなく漂う潤いのある演奏。プッチーニの美しさを存分に表現していて惚れ惚れしました。美味で素敵。プッチーニ満喫しました。ありがとうございました。
おわり








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2601- トスカ 砂川、村上、須藤、オペラBOX、2018.9.1

2018-09-01 22:55:33 | オペラ

2018年9月1日(土) 2:00-4:50pm 小ホール、東京文化会館

プッチーニ 作曲
粟国淳 プロダクション
トスカ   48-41-27

トスカ、砂川涼子(S)
カヴァラドッシ、村上敏明(T)
スカルピア、須藤慎吾(Br)

アンジェロッティ、ヴィタリ・ユシュマノフ(Br)
スポレッタ、鈴木俊介(T)
羊飼い、清水理恵(S)

合唱、コーロ・サンタンドレア
児童合唱、バンビーニ・ロマーニ
須藤桂司 指揮 ピアノ、エレクトーン、パーカッション2


東京文化会館オペラBOXという企画にお初でうかがいました。東京文化会館の東京音楽コンクール入選・入選者が出演、主催は上野中央通り商店会と東京文化会館。
東京音楽コンクールは2003年から、オペラBOXはその原型が2006年からのようですね。

今日はスカルピアの須藤さんお目当てで来たのですが、見るところこれまで出演した東京音楽コンクール受賞者出演公演には名前が載っていないようです。


上野の小ホールでのコンパクトなオペラ上演で、大きくないスペースをうまく活用してなかなか雰囲気が出ていたと思います。伴奏のほうにパワーを求めるものでは無くて、イメージですね。

3人衆はそろって見事な歌い口で、わけても、やっぱり、悪代官スカルピアの須藤さんの決まり具合がツボにはまっている。場のつくり方がうまくて、歌とそのしぐさで一気に雰囲気を醸し出す。グッと引き込まれます。
マリオ村上さんのテノールはよくのびてくる。ストレートな歌い口。砂川さんの声はこのホールで結構な幅広で満たす。
余韻が保持されないインストゥルメントが4つだけの伴奏なので快速に進むのかなと思いきや、通常のオペラ公演と同じほどのロングなものになった。3人衆とそれにまわりの連中が声による余韻をうまく作っている。間延びや弛緩とは皆無の緊張した内容だったところが大きい。

清水理恵さんがのびやかに、堂々としていて印象的でした。

合唱は、もうちょっと角度が欲しいところです。


聴く前はこの小ホールでトスカが出来るのかと思ったところもあったが、始まってしまえばそのようなものは、演出の良さもあって、払拭されました。
充実した内容の公演を満喫しました。
おわり















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2598- 野平一郎、自作自演、オペラ亡命、松平敬、幸田浩子、鈴木准、山下浩司、小野美咲、6 instrument-players、2018.8.23

2018-08-23 23:27:35 | オペラ

2018年8月23日(木) 7:00-9:25pm ブルーローズ、サントリーホール

野平一郎  オペラ「亡命」(2018)  (世界初演)  65+52

キャスト
作曲家、ベルケシュ・ベーラ、松平敬(Br)
ベーラの妻、ベルケシュ・ソーニャ、幸田浩子(S)

ソーニャの父、オリヴァー、鈴木准(T)

友、カトナ・ゾルタン、山下浩司(BsBr)
ゾルタンの妻、カトナ・エスター、小野美咲(Ms)

指揮、野平一郎
フルート、高木綾子
クラリネット、山根孝司
ホルン、福川伸陽
ピアノ、藤原亜美
ヴァイオリン、川田知子
チェロ、向山佳絵子
指揮、野平一郎


イントロダクション  10
第1場  9
挿入部  6
第2場  3
第3場  12
挿入部2  4
第4番  12
第5番  7
挿入部3  2
Int
第6番  5
第7番  11
第8番  9
第9番  8
第10番  4
第11番  5
エピローグ  10

全配役
作曲家、ベルケシュ・ベーラ、松平敬(Br)
ベーラの妻、ベルケシュ・ソーニャ、幸田浩子(S)
ソーニャの父、オリヴァー、鈴木准(T)
友、カトナ・ゾルタン、山下浩司(BsBr)
ゾルタンの妻、カトナ・エスター、小野美咲(Ms)

精神科に通う男1、山下浩司
精神科に通う男2、鈴木准
精神科に通う男3、松平敬
ベーラの父、鈴木准
ベルケシュ・ベーラ子供時代、松平敬
ベルケシュ・ミーシャ、小野美咲
カトナ・ロースロー、幸田浩子

マウリツィオ・カーゲル、鈴木准
カールハインツ・シュトックハウゼン、山下浩司

郵便配達夫、鈴木准
車掌、山下浩司
看護師ナターシャ、小野美咲
女、小野美咲

語り手(第5場)、小野美咲
語り手(第6、11場)、鈴木准
語り手(第7場)、松平敬
語り手(第8場)、
声、幸田浩子


原作・台本・日本語字幕、野平多美
英語翻訳、ロナルド・カヴァイエ
英語上演、日本語字幕付き


室内オペラの演奏会形式上演。歌手は5人、インストゥルメントは6人。精鋭による世界初演。オリジナル英語上演。日本語字幕付き。
歌手は5人だが配役としてはざっと18人、語り4人、声1人。と、実際のところは大規模なもの。歌い手が色々と兼務していて、コンサートスタイルとはいえ、役によってポジション替えをおこなっているのでわかりやすさはある。ただ、ワールドプレミエのイヴェントであることも踏まえ、プログラム冊子には、歌い手5人がどの役を歌うかという限りなくわかりにくい正規化をおこなってしまっているものを載せるのではなくて、登場人物に主眼を置いたものを書くべきだった。正規化は処理を行う上では便利だが、読み手には理解しづらいことが度々あるのであって、記載の筆を執った方の脳内回路を押し付けても、いいわけではない。とりあえず、上記に分解しておきました。18人4人1人、計23人の大規模なものでした。書くスペースは節約するのではなく、視覚からのインプットも含め、大きく取ったほうが良い。

ストーリーは、ざっくり、東側の二組の夫婦が、片方は西側に亡命成功、もう一方は亡命失敗、彼らの人生の機微を描いたもの。亡命失敗夫婦は失敗しそうというのが分かった時点で亡命をやめているので東側での生活は通常のもの、という点が、世界は違うけれども同じものさしで異種ワールドの対峙を可能にしている。

この日は休憩1回10分あったが、見たところぶっ続けのオペラですね。全11場、それにイントロダクションとエピローグ、それと挿入部が3つある。イントロダクションや第3場のように長いシーンは数セクションの集合体のようです。軽く2時間越えと思ったのですが、上記に書いたようにマイ腹時計だと正味2時間に少し満たないものでした。

配置は中央からしもてにインストゥルメントがセット、中央からかみてに歌い手たちが動き回ったり出入りを繰り返す。一部、ピアノ蓋に頭を突っ込んでの歌唱もありました。

ピアノの音から始まったオペラは、まるで、ブーレーズの自作自演のボックスセットをCDチェンジャーにかけて、シームレスに、限りなくエンドレスにフォーエヴァーに連続して聴いていく、そんな趣きが。
ブーレーズの響きに聴きなれたものにとって割と心地よいものであった。失礼な話かもしれないが、あながち失礼でも無いような気がするのは、劇中、ブーレーズの名前も出てくるからかもしれない。

プログラム冊子に各シーンをかいつまんだ文があるのでそれと字幕に出てくる第何場というあたりを合わせて読みながら舞台に目をやる。ですので、ストーリーを追っていくのは容易。
短いシーンはあまりなくて各10分前後で展開される。シーンとシーンの間の場面転換の音楽が割と濃くて味わい深い。上記の腹時計はシーンが終わって次に移るまでの場面転換を含んだものです。ト書き替わりの歌い手による動きといった味わいは無いものの、これら場面転換ミュージックは充実していたと思います。エピローグの終結部は得てしてコッテリしていて、余韻を含んだテイストを満喫できるもの、このオペラもそうで、このような深い余韻に準じるようにあった各場での場面転換の響きはなかなか聴きごたえのあるものでした。

コッテリなブーレーズが始終、はじけ飛んでいる。徹頭徹尾的と言えるかもしれない。
インストゥルメントは短めのフレーズをボキャボキャと繰り返し、変節しながら進行。ユニゾンのような響きから露骨な不協和音まで、空恐ろしいまで合っているアタックに耳が震える。

「亡命」時代の歌、「現在」における対話。歌と語りが錯綜する。
インストゥルメントの主張が歌と同じウェイトと感じる。音をかき分け耳を歌にスポットしてみると、あまりドラマチックな歌い口のもではなくて、淡々と進む。のは、歌い手にシーンに即した動きがないからなのかもしれないというところはある。
亡命失敗夫婦の声は成功夫婦より一段下げて設定していて、なにやら予定的ではある。

場に即した擬音効果的なものも交えつつの進行は、やっぱりインストゥルメントの雄弁さが前面に出てくるなあ。と。

歌により場が進む。滑らかとさえ言えそうな歌が続く。聴き心地が良い。なにか、劇的なものは排しているのだろうか。歌は耳心地よい。第6,7場で運命の分かれ道、第8場の西側シーン。音楽はこれまでと変わり、ゆっくりとした流れとなる。ここの描きは西側夫婦それに作曲者自身の心象風景のようなものが伝わってきましたね。
そのあとは西側メインのストーリー展開で、作曲家が職を得るまでの事を、色々と馴染みのある作曲家やオーケストラなどのネイムをだしながら。まあ、馴染みがあるといえばそれはそうだが、作曲家が音楽家を語るオペラ展開に、ちょっと、こそばゆくなるところもないではない。作曲家の名前が出てくるたびに、彼らの作品の引用があるような気がしたけれども、そもそもシュトックハウゼンなどの作品を口笛で吹けるほどのものは持ち合わせているわけでもなくて、きっと、錯覚なのかもしれない。
エピローグ前の第9,10,11場は音楽が少し緩んだようになるのは、西側の安堵の中での出来事だからか。
数セクションに分かれたエピローグの展開は歌がお見事でした。そして消え入るインストゥルメント、照明が落とされ音が消えていく。そこはかとなく漂うそれぞれの思い。

作曲者ご本人が言っているように、歌が突出しているというものではなくて、むしろ、室内楽の世界を指向している、その世界に納得の作品でした。

日常的なイタオペ、ドイオペの、いわゆる、オペララヴァーは、急激な場面展開、割愛されることによる効果的な激性、などといった展開を受け止めるリキがあって、想像力をガリガリと駆り立ててくれたりするもの。亡命オペラは状況や背景説明の語りが多くて、たしかにその事によって理解は増すが、ありていに言って余計なものと感じる。語りは取り去って、必要に応じて歌の歌詞の中にある程度織り込むといった形のほうがより効果的と率直なところ感じました。
観るほうが理解してくれるかなという心配が原作者のほうに先に立っている。どうだろうか。


なぜ今、亡命なのか、エピローグは雄弁だが物語の余韻。
ソ連崩壊前と後、両方の時代をまたにかけて書き続けているブライアン・フリーマントルのチャーリー・マフィンのシリーズもの。亡命と同じような構図の中の世界、崩壊後も同じ構図の小説を書き続けるのは並大抵のことではないと感じる。それでも面白さは続いていっている。そんなことを思い浮かべながら、野平さんの精力的な指揮愛も次の展開をねらっているように見受けられました。

問題提起とわかりやすい音楽、グロテスクなものは一滴も感じなかった正面突破のフレッシュな響き。野平ワールド、響きを満喫。
歌とインストゥルメントは悶絶レベルのハイレベルで、そのこと自体がテンションの高さを、軽く、示している。惚れ惚れするプレイに我を忘れる。こんな響きなら何時間でも聴いていたいわ。
ありがとうございました。
おわり

サマーフェスティバル2018









 

 

 

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2571- チャイコフスキー、セレナーデ・メランコリック、木嶋真優、イオランタ、プレトニョフ、ロシア・ナショナル管、2018.6.12

2018-06-12 23:15:03 | オペラ

2018ロシア年&ロシア文化フェスティバルオープニング

2018年6月12日(火) 6:30-9:20pm サントリー

セレモニー  15
挨拶、M・E・シュヴィトコイ、高村正彦

チャイコフスキー セレナーデ・メランコリック  10
 ヴァイオリン、木嶋真優

Int

チャイコフスキー イオランタ(演奏会形式/日本語字幕付き)  100

キャスト(in order of vocal appearance)

1-1.マルタ(イオランタの乳母、ベルトランの妻)、山下牧子(Ms)
1-2.イオランタ(ルネ王の盲目の娘)、アナスタシア・モスクヴィナ(S)
1-3.ブリギッタ(イオランタの友人)、鷲尾麻衣(S)
1-4.ラウラ(イオランタの友人)、田村由貴絵(Ms)


2-1.ベルトラン(門番)、ジョン・ハオ(Bs)
2-2.アルメリック(ルネ王の従者)、高橋淳(T)


3-1.エブン=ハキア(ムーア人の大医師)、ヴィタリ・ユシュマノフ(Br)
3-2.ルネ王(プロヴァンスの王)、平野和(BsBr)


4-1.ヴォテモン伯爵(ブルゴーニュの伯爵、イオランタに恋する騎士)、イリヤ・セリヴァノフ(T)
4-2.ロベルト侯爵(ブルゴーニュの公爵・イオランタの許嫁)、大西宇宙(Br)

合唱、新国立歌劇場合唱団
ミハイル・プレトニョフ 指揮 ロシア・ナショナル管弦楽団

Duration 100
20 右1
06 左2
13 右3
34 左4~
13 九重唱等
14 フィナーレ


「ああ、なんて素敵なんだイオランタ、チャイコフスキーのオンリービューティフルでデリカシー満タンな神経細胞を垣間見るようなホレボレオペラ、10人衆圧巻じゃないか、素晴らしすぎて声もでない。
プレトニョフの頂点棒、応えるロシア・ナショナル管、新国立」

ツイッターでの一発目のつぶやき。素晴らしい内容が時間をおいてもドドッと寄せてきて波打つ。湯気が立つような感動の一夜だった。


1幕物100分、お初で見るイオランタ、演奏会形式で登場人物がメリハリつけて出てくるのでイメージでシーンをおぎなうことはできる。
冒頭の4人の女性、そして男性の方は大体2人ずつの束で歌う。
イオランタのストーリーもさることながら、伯爵、公爵、ライバルではないものでこれには気が安らぐ。

オネーギンを思い出す静寂が支配するイオランタだし、また、時折ほんの一瞬、ボリスで月夜に歌うマリーナに寄り添う音楽が短くブラスの咆哮をするといった音楽の盛り上げ効果、あのようなことを感じさせる局面がいい。咆哮は短ければ短いほどなんとも効果的でシーンがうるわしく滴る。心理劇と音楽の表情がパーフェクトにマッチする。

暗闇は暗闇にいては分からない。無から有が出来上がる抒情的エモーショナルストーリー。
目出度い喜びの物語、なのだが、聴後感というのは、そのような晴れやかさよりもむしろ、治癒前のイオランタのことを何度も思い出す。得ることによって無くなるものがあるだろうといった陳腐な話では無くて、なんだろう、切なさ、はかなさを強く感じさせる。なぜだろう。
チャイコフスキーの音楽がまるで誰かの、神経細胞を垣間見るようなデリカシーで迫ってくる。美しい弱音フレーズが触ってはいけない神経に触れる。美しさを越えたディテールデリカシー。音が場にしみこんでいく。それを共有したのかもしれない。
瞬間瞬間がほとぼり冷めることなくつながっていく。

冒頭ハープのチャイコフスキー節に続き女性4人による美しいソロ、重唱。
ロングクライマックスとなる中盤30分に及ぶヴォテモン伯爵とイオランタの掛け合い。静けさが支配していた音楽が絶妙に網の目のあやになって透明に張りつめていく中、二人が最高の歌の限りを尽くす。この1幕物オペラの実に三分の一を使った長丁場、圧巻のシーンでした。
そして9重唱、ロベルトが入り10人衆の惚れ惚れする歌、合唱。ナイーヴで繊細なチャイコフスキー節、大きくしなりを魅せながらオーケストラは頂点を吹き鳴らす。素晴らしい。
プレトニョフの作り出す音楽というのは繊細なもので、聴き手にヒタヒタと沁み込んでくる。オーケストラ共々極上テイスト。彼の美意識によく合っているオペラだし、納得の見事さでした。

女性4人衆、マルタ山下さんに導かれるように最初から好調。山下さんはこうゆう役どころが多いですが歌い口が好きで、最初のひと声で、イオランタのモスクヴィナ、鷲尾さん、田村さん、みなさん気合いが入り、ソロ、アンサンブル、見事でしたね。タイトルロールのモスクヴィナさんとの掛け合いも良くてその後の彼女の歌いっぷりを盛り上げていたように思います。山下さんの好唱が光る。

次の、ハオさん、高橋さん、ハオさんは最近いたるところに出ていて、もう、馴染んでます。高橋さんは山のように聴いているので、今回ももう少し長く聴いていたかったですね。

その次の、ルネ平野さん、医師ユシュマノフさん。
平野さんはたぶんお初で聴きます。スタイルのいいプロレスラー風味、キャラばっちりで堂々の歌。プログラム冊子にはフォルクスオーパー在籍10シーズンで350回というのが凄い。来日という定義ですね今回。そりゃそうだろうな、の納得歌唱。歌、仕草、動き、場慣れしていて、ドーンと何でも来いという感じ。
ユシュマノフさんは周りに比べると少し線が細いかな。昨年2017年、びわ湖でのラインの黄金に出演。しなる歌。

そして、ヴォテモン伯爵セリヴァノフさん、ロベルト侯爵の大西さん。敵対役と思いきや、このオペラではそうではなくて実に気持ちがいい。
大西さんはキャラクターがばっちりと決まっていて、前向きな歌唱、そしてアクション、そう快で、日本人とは思えない。あちらでの活躍がメインのようですからね。彼も来日という定義。
セリヴァノフさんはモスクヴィナさんとの長丁場での熱唱光りました。それもこれも、セリヴァノフ、大西、この両名がよくはまっていてこそ、で、オペラが一段と映えました。

以上の10人衆、みなさん素晴らしくて、オペラの醍醐味を満喫。コンサートスタイルでコンディションがいいというのもあるかと思いましたが、それ、途中から忘れました。オペラのシーンを観るように没入。


ブラスセクションと男声合唱は沈黙の長丁場覚悟、オーケストラのほうは吹いてなくても音を身体で受け止めていて常に音楽の中にある。集中力が切れることの無いもので、一旦音が出ると納得の凄味がある。
また、チェロが時折ベースのような音になる。そうとうに腰のあるサウンド。それやこれや色々と技を楽しめた。
プレトニョフのコントロールは隈なく効いている。最終的には強くそう感じた。

感動のイオランタ、ありがとうございました。

この日は、2018ロシア年&ロシア文化フェスティバルの初日。プログラム前半にセレモニー、そして、木嶋さんによるセレナーデ・メランコリックの美演。
木嶋さんのヴァイオリンは本当によく鳴る。少しうつむきながらの憂いを含んだ幅広な音と歌い口、それに伴奏オケ、細やかな演奏を楽しめた。


オープニングナイト、全て楽しめました。よかったなあ。
おわり

 


●●
付記


歌劇《イオランタ》 魅惑のロシア芸術に浸る一夜

 目の見えない愛娘を溺愛する余り、自分が盲目だということを娘に気付かせまいとする父王。彼女に本当のことを告げて共に試練に立ち向かうことこそ、真の愛だと考える騎士。人里離れた城を舞台に、愛の力で闇の世界から光の世界へと解き放たれる美しいイオランタ姫の物語を、詩情溢れる音楽で描いたチャイコフスキーの名作オペラ≪イオランタ≫が、「ロシア文化フェスティバル」のオープニングを飾る。
 演奏は、指揮者としてピアニストとしてロシア最高の音楽家の誉れ高いプレトニョフと、彼が創設し、今や「ロシア芸術のシンボル」と讃えられるロシア・ナショナル管弦楽団。歌手勢には世界で活躍する日露両国の若手とベテランが顔を揃える。
 プレトニョフはとりわけチャイコフスキーを敬愛し、他の追随を許さない精緻で洗練された名演で万人を魅了してきた。その彼が、日本では滅多に上演されない≪イオランタ≫を最高の布陣で聴かせてくれるとは、何という歓びだろう!それにこの演目は、愛の本質を問う普遍的なテーマを持った一幕物のオペラなので、感動を呼ぶ内容といい、約1時間40分の演奏時間といい、「ロシア・オペラは初めて」という方にもぜひお勧めしたい。更に今回は日本語字幕付きの演奏会形式で上演されるため、聴き手はチャイコフスキーの色彩感溢れる響きと名旋律に酔いながら、想像力を無限に羽ばたかせられる。
 オペラに先立ち、日本の若手ヴァイオリニストのホープ木嶋真優がプレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団との共演で、チャイコフスキーの珠玉の名曲≪セレナーデ・メランコリック(憂鬱なセレナーデ)≫を披露する。日本人が大好きな“チャイコフスキーの世界”を100パーセント楽しめる趣向だ。
 日露文化交流の場として、ロシア芸術の魅力と真髄を堪能する場として、これ以上ない魅惑的な一夜になるだろう。
ひのまどか(音楽作家)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/イオランタ

 





 

 

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2560- フィデリオ、カタリーナ・ワーグナー、ダニエル・ウェーバー、リカルダ・メルベート、ステファン・グールド、ミヒャエル・クプファー=ラデッキー、ニュー・プロダクション、2018.5.20

2018-05-20 22:46:09 | オペラ

2018年5月20日(日) 2:00-5:00pm オペラ・パレス、新国立劇場、初台

新国立劇場 プレゼンツ
ベートーヴェン 作曲
カタリーナ・ワーグナー プロダクション
ダニエル・ウェーバー ドラマトゥルク

フィデリオ プレミエ、ニュー・プロダクション 70-63

characters in order of appearance at overture Fidelio
1.ドン・ピツァロ、ミヒャエル・クプファー=ラデッキー(黙役)
2.ジャッキーノ、鈴木准(黙役)
3.ロッコ、妻屋秀和(黙役)
4.マルツェリーネ、石橋栄美(黙役)
5.フロレスタン、ステファン・グールド(黙役)
6.レオノーレ、リカルダ・メルベート(黙役)

Character in order of appearance at act
1.フロレスタン、ステファン・グールド(T)
1.ジャッキーノ、鈴木准(T)
1.マルツェリーネ、石橋栄美(S)
2.ロッコ、妻屋秀和(Bs)
3.レオノーレ、リカルダ・メルベート(S)
4.ドン・ピツァロ、ミヒャエル・クプファー=ラデッキー(Br)
5.囚人1、片寄純也(T)
5.囚人2、、大沼徹(Br)

6.ドン・フェルナンド、黒田博(Br) ActⅡ
7.偽レオノーレ、(黙役) ActⅡ

新国立劇場合唱団
飯守泰次郎 指揮 東京交響楽団


Duration
フィデリオ序曲  5
ActⅠ 46-19
Int
ActⅡScene1  34
レオノーレ序曲第3番  14
ActⅡScene2  15


つい先達て、凄いフィデリオを聴いたばかり。
2551- フィデリオ、ウール、ザイフェルト、チョン・ミョンフン、東フィル、東京オペラシンガーズ 2018.5.8

2553- フィデリオ、ウール、ザイフェルト、チョン・ミョンフン、東フィル、東京オペラシンガーズ 2018.5.10

上記は演奏会形式の公演、完成度が非常に高くまた受けた感銘も大変なものでした。
今日は新国立劇場がカタリーナ・ワーグナーに演出依頼をしたフィデリオのプレミエ公演。こちらは舞台がありますので、また別の味わい、オペラの醍醐味満喫となるか。

チョンの公演では冒頭レオノーレ3番から始まるものでしたが、初台公演はフィデリオ序曲から始まり、第2幕1場のあとレオノーレ序曲第3番が奏されるいわゆる通常の上演。

唯一のオペラ小屋は初台、とは言っても昔とは随分と状況がちがってきていて、あちらこちらで上質のオペラ公演を観ることが出来るようになった昨今。オペラでの音楽シーンは日本でも根づいていると思う。多彩な音楽活動とオペラ演目、そういったことが途切れることなく上演され続ける。シーンですね。色々と問題もあろうが、ピュアにエンジョイできるようになった大仕掛けエンタメ。思い切り楽しめる時代、まことに幸せといわなければならない。
ワーグナーの名がプロダクションの名に出ていてそれだけでエキサイティングなところもありますが、オペラゴアーズはびくともしない(笑)。今日はベートーヴェンのオペラ。
そういった思いが自然に醸し出される中、フィデリオの騒々しい打撃音から始まった。

昔メトで観たのはオットー・シェンクのプロダクション、指揮者はクラウス・テンシュテット、クリストフ・ペリック、リチャード・ウォイタック等々で。
シェンクのプロダクションでは今日の演奏と同じくレオノーレ3番が鳴るが、それは第1場の幕が下り、真っ暗な中、ピットで動く指揮姿が時折ちらつくだけの暗闇15分。これはこれで物思いにふけるにはいいのかもしれない。それから何十年。舞台は変遷を重ね、今では頭の序曲のところから前出しで色々とやるのが普通。
カタリーナ演出では序曲の第一音が鳴り、幕が開きいきなりピツァロとそのシルエットがいる。彼にスポットライトがあたる。結局、この序曲だけで6人衆が出てくる。
舞台は2段で上が中庭、右からスポットライトピツァロ、真ん中マルチェリーネとジャッキーノ部屋、左がレオノーレ部屋。下段はフロレスタンの牢獄。
動きは上の真ん中マルツェリーネとジャッキーノの部屋から始まる。床にはピンクのマット、お花を挿して歌う、明るい感じ。
左隣のレオノーレ部屋では男装に着替える。変装部屋で変装するところを見せることになる。下段の牢獄ではフロレスタンがチョークで壁に妻の絵を描きながら闇の生活を送っている。
通常2幕からの出番となるフロレスタンはこのように最初からほぼ出ずっぱり。他のキャラクター連も序曲から第1幕へそのまま出ていて動きを作っていく。
1幕後半では新国立の大掛かり舞台仕掛けが動く。全体が徐々に上にあがり、それまで2段だった舞台が持ち上げられ3段になる。一番下に現れたのは多数の囚人たちがいる牢獄。つまり1段目が囚人用牢獄、2段目がフロレスタンの牢獄。3段目が中庭部屋。舞台移動は初台機能を垣間見られるものと。

第1幕の動きはこういったところで、音楽はフィデリオ序曲がまるでフィガロの結婚のように軽やかなものにきこえる。そのまま1幕へ。セリフはほぼ割愛されている。
ジャッキーノの声が出ていない。かたやマルチェリーナはやや硬さが有るもののそれを自身の動きでもみほぐしながら、前に出る声で思いっきり体当たり演技。石橋さんは最後まで歌と演技が明快で舞台に明るさをくれた。
ピツァロのキャラクターがよく決まっていて、いかにもわるだくみしそうな気配。
レオノーレのメルベートはエンジンをかけ始めたところか。

囚人たちの地下牢が舞台地下から上に持ち上げられて出てくるところは迫力ある。とはいえ、序曲の前出し風味満載の緊張感に比してその後の第1幕本編は全体にあまりぱっとしない。

第2幕はフロレスタンの一声から始まる。絵を描いたり、墓穴を掘ったりとなにかと動きの多いフロレスタンキャラ。グールドはシーンの流れに沿うもので、レオノーレともども忙しい動きが多い中、相応なこなしであったと思う。メルベートは進むにつれて勢いが出てきましたね。
第1場でピツァロに刺されるレオノーレ。このあたりからストーリーの雲行きが怪しくなってきた。レオノーレ序曲第3番の前半、もうひと芝居ある。ピツァロが牢獄に降りてきて今度はフロレスタンを刺す。そして上に抜ける階段のところにブロックを積んでいき出口をふさぐ。
序曲後半は動きが無い。ドン・フェルナンドが来るトランペットが遠く響き渡るところから勝利、歓喜までのところの音楽では舞台は空虚で動きのない世界となる。序曲中のこの対比は鮮やかにしてお見事。この演出にふさわしいものだ。
そして、間際のフロレスタンとレオノーレ、二人で掘る墓穴。
フェルナンドが囚人たちを牢獄から出す。その大人数に紛れ込むピツァロ。
深手を負ったフロレスタンとレオノーレはいつの間にか上段左のレオノーレ部屋で瀕死の重傷で勝利を歌い続ける。
ピツァロはフロレスタンに変装し、偽レオノーレとともに牢獄から出された囚人たちの中から出てくる。奥から勝利の光が放射される中、フェルナンドはこの偽夫婦たちを見破れないまま、わるだくみ夫婦は囚人たちを牢獄に入れ直し、自分たちだけが外に、そこでフェルナンドと対峙する偽フロレスタンの顎を突き出したピツァロ。オレの策略が勝つのだ。といいたげな短いストップモーションとともに幕。

思えば、劈頭でのあちら向き静止ピツァロから始まったこのオペラは最後、勝ち誇ったピツァロで幕。メインロール二人を刺し、レオノーレの変装の上をいく変装をし、策略を凝らしたピツァロの勝ち。徹底的にピツァロにスポットライトを当てた演出であったと言えよう。
勝利と歓喜の歌はピツァロのためのものであった。ピツァロとフェルナンドの最後のシーンは力関係の逆転予告、ピツァロの勝利を予告するものであり、フェルナンドから次のピツァロへの権力橋渡しが、このオペラが終わったあとでそのようなことになるのかもしれない、権力は腐敗し、次に受け継がれていくものだ。そういうことを、この舞台が演じられている中までに前出し、さき出ししたもの。将来起こりそうなことをこの舞台で表現しえた見事な演出であったと言えよう。力強い合唱の歌は権力が新しい権力者に移るときのお祝いの喜びの歌だったのかもしれない。今の時代、ありそうなことだ。
そして、これはリングのように繰り返される、と。

舞台が1,2,3階、それに、トップ階は部屋が分かれており、独唱は聴きごたえあるものの、2,3,4,5重唱はお互い離れた位置での歌唱でなかなか重唱の妙が出て来ない。遠い席から観ているほうがいいのかもしれない。

演奏はいまひとつ。特に第2幕。レオノーレ序曲第3番に代表されるノリのあまり良くない演奏。それに、フロレスタンが歌う前の前奏は普段オペラの歌い節をやっていないオケだろうなあとモロに出るすべりの悪い演奏。



マルツェリーネの二つのシルエット
一度に二つ出てくるマルツェリーナのシルエット、あれどうゆう仕掛けなんでしょうかね。

演出については、1000円プログラムにあるドラマトゥルク担当のダニエル・ウェーバーのプロダクションノートを事前読みすれば概ねわかります。

終演し、演出関係者一同、カタリーナ含め全員揃い踏み。

とりあえず、1回目
おわり





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2553- フィデリオ、ウール、ザイフェルト、チョン・ミョンフン、東フィル、東京オペラシンガーズ 2018.5.10

2018-05-10 23:38:02 | オペラ

2018年5月10日(木) 7:00-9:45pm コンサートホール、オペラシティ

お話し(フィデリオ粗筋含め)、篠井英介   5

ベートーヴェン フィデリオ (演奏会形式)  15-57-44

Characters in order of vocal appearance
1.ヤキーノ、大槻孝志(T)
2.マルツェリーナ、シルヴィア・シュヴァルツ(S)
3.ロッコ、フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(Bs)
4.レオノーレ、マヌエラ・ウール(S)
5.ドン・ピツァロ、ルカ・ピサローニ(Bs)
6.囚人1、馬場崇(T)
7.囚人2、高田智士(Bs)

8.フロレスタン、ペーター・ザイフェルト(T)
9.ドン・フェルナンド、小森輝彦(Br)

合唱、東京オペラシンガーズ
チョン・ミョンフン 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


Duration
お話し 5
レオノーレ序曲第3番 15
第1幕 57
Int
第2幕 44

すごいフィデリオだった。ウールさんと3回、目があった。
二日前にサントリーで聴いて、千秋楽の今日はオペラシティのコンサートホールでの定期。東フィルの定期は、オーチャードを除いて全部持っているので、これはこれでいいもの。今日は2階のレフトのかぶりつき席。ピアノの鍵盤側お目当てということで取っている席なのだが、歌い手が今回のようにしもてサイドで歌ってくれると、もっけのさいわい席ですな。

5月8日公演はこちら。
2551- フィデリオ、ウール、ザイフェルト、チョン・ミョンフン、東フィル、東京オペラシンガーズ 2018.5.8 



ドラマチック・ソプラノの本領発揮、ウールさんの強靭で自在な歌に悶絶。演奏会形式とはいえ表情が豊かでオペラの舞台を感じさせてくれて、彼女の周りにシーンがちりばめられる。出色のパフォーマンス。聴きホレ観ホレ。
ザイフェルトを引っ張っていくような勢いはまさにこのオペラにふさわしいソプラノで圧倒されました。いやいや、なにもかも素敵で。

演奏会形式とはいえ、7+2人のキャラクターがよくきまっていた公演。二人の女声はともにソプラノ、ベートーヴェンのタッチは見事に切り分けられていて、ウール、シュヴァルツのキャラの決まり具合もいい。
7人衆は舞台と袖、歌のたびに出入りするものでわかりやすい。重唱での字幕はもうひと工夫ほしいところもありましたけれども、どの重唱もバランスが良くて本当に満喫できました。

このホールは1600人キャパで巨大編成だとステージも手狭。特に右端・左端・正面奥は傘になっていてパーカスやベースが傘の下になる。今日はコーラスが一部、傘をさした状態になっていたようだ。そういったコンディションのホールなんだがその割に音は悪くなくてどこに座ってもよく飛んでくる。(1階の奥席が一番よくないかな)
全体印象は一昨日と概ね同じ。コーラスのパワーが凄味を増していて、オーケストラの咆哮といい勝負。女声を中心にやや明るめで厚みがあり第九的な祝祭的色彩を堪能しました。

チョンの指揮はさえまくり、ソリストに寄りそう絶妙な歌いくち。それから抜群のオーケストラコントロールがまるで歌のようだ。
むき出しとなるホルン群は困難なパッセージが続きますけれども、大胆で正確。総じてブラスセクションはデカサウンドの合奏吹奏でも圧倒的な歌いくちで、こういったところは本当にオペラを感じさせてくれる。このオケの面目躍如たるところであった。強靭な歌でベートーヴェンの凄味がビンビンと迫ってくる。

一昨日のサントリーからさらに一段、パワーアップしたパフォーマンス。チョンの自在なオペラ神髄棒。この日も満喫しました。ありがとうございました。
おわり













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2551- フィデリオ、ウール、ザイフェルト、チョン・ミョンフン、東フィル、東京オペラシンガーズ 2018.5.8

2018-05-08 23:41:48 | オペラ

2018年5月8日(火) 7:00-9:45pm サントリーホール

お話し(フィデリオ粗筋含め)、篠井英介   5

ベートーヴェン フィデリオ (演奏会形式)  15-57-44

Characters in order of vocal appearance
1.ヤキーノ、大槻孝志(T)
2.マルツェリーナ、シルヴィア・シュヴァルツ(S)
3.ロッコ、フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(Bs)
4.レオノーレ、マヌエラ・ウール(S)
5.ドン・ピツァロ、ルカ・ピサローニ(Bs)
6.囚人1、馬場崇(T)
7.囚人2、高田智士(Bs)

8.フロレスタン、ペーター・ザイフェルト(T)
9.ドン・フェルナンド、小森輝彦(Br)

合唱、東京オペラシンガーズ
チョン・ミョンフン 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


Duration
お話し 5
レオノーレ序曲第3番 15
第1幕 57
Int
第2幕 44

オペラ劇というよりもベートーヴェンの熱い信念がストレートに伝わってくる作品、それをものの見事に正面突破したチョン・ミョンフンの力感あふれる圧倒的ベートーヴェン圧力、作曲家の意思が乗り移った様な強烈なヒート演奏でした。

冒頭、通常のフィデリオ序曲の代わりにレオノーレ3番序曲を置き重苦しく押しつぶされるようなモードから開始し、最後の解放、歓喜、序曲が全てを言うベートーヴェン。オリジナルな形での演奏となり、フィデリオ序曲は消えたけれども、劇性は増しよりドラマチックな結びつきは、序曲での緊迫感が第2幕1場のザイフェルトによる地の底から光が放射するがのごとく細く鮮明なフロレスタンの嘆きにつながり、それらは続く2場で一気に解き放たれてぶ厚いヘヴィー級サウンドが爆発したところで終わりとなる。圧倒的なベートーヴェンの力でした。全開総合力、出し切ったチョンの棒さばき、お見事。
彼のスタイルだと第2幕1場済んだところでのレオノーレ3番は考えられないのだろうね。インタールードのような曲でもないしね。今日のパフォームは自ら課した重しを自ら取り払ったようなゴク重の本格的なもので成功配置。始まる前に篠井さんによるストーリー展開含めたトークが5分ほど。さすがにツボどころをおさえた話節。話し終えたところから、あらためてコーラス、オーケストラが入場、この一服感はチョン・ベートーヴェンへの切り替えとしては結果的ではあるがよかったと思える。
このトーク中に、最前列席左から数席目の男客が、あろうことか、プログラムでステージを叩きながら、早く始めろ、と、無知蒙昧な無知の徒による妨害怒号。エンタメ極意を知り尽くしている百戦錬磨の篠井氏がうまく切り返し、ショー・マスト・ゴー・オンは事なきをえた。件の無知男は某大学教授で音楽評論を側面で生業としている人間で、彼にしてみればフィデリオ事件の完成なのかもしれない。ベートーヴェンは棺桶の中で間違いなくロールオウヴァーしながら入場禁止を呟いたことだろう。
これまでもたびたびトラブルメーカーになっている人間で、エンタメにおけるマリグナント・チューマーの存在は絶えることがない。
始まる前から水を差された格好になったが最終的にはベートーヴェンの圧力がまさった。
オペラが始まる前だったので強制退場はルールを作れば可能ですね。


当公演は東フィル定期5/6,5/8,5/10の3公演のうちの中日。豪華キャストによる演奏会形式のフィデリオ。
歌い手のポジションは指揮台からしもてまでの最前方、かみては最前方から弦で埋め尽くされている。しもて歌手ポジションの一つ奥から弦、トロンボーン、ホルンがさらに奥にセッティング。トランペットとベースはかみて。ほかは概ね通常位置。女声合唱とフロレスタン、ドン・フェルナンドは2幕のみの出番。コーラスは、1幕は男声合唱のみなんだが、もう、すでにこの辺からかなりな圧力で、2幕で女声コーラスが加わったところでオーケストラを凌ぐ様な力感を魅せた出色のパワーコーラス。力任せに歌わなくても精度が高ければストレートに音は伝わる。合唱指揮の田中裕子さんと総合指揮のチョンの周到なオペレーションの成果だ。
セリフはほとんど省いていて緊張感を持続。シンフォニックなたたずまいのなか、独唱、二重唱、三重唱、四重唱、五重唱、とりわけ四重唱は弦四の緊密で濃厚なテイスト、もはや、全て、満喫。言うことなし。


序曲の後の出始めは、やや重のオラトリオ風味、快適さという言葉は浮かばない、シリアスな進行。マルツェリーナの下ラインを歌うレオノーレの抑えたソプラノが、容姿に加えてほれぼれするウール。素敵ですな。正体明かした後の全開もいいです、が、ここもいいものですな。
1幕は色々と状況を出してくるところで、メインテーマとは直接関係しないところでも、チョンの棒で比較的重く、しっとりとしている。相反するものではなくて重心の低いウエットな展開は、明るいはずの舞台が、なにやらダークブルーにしずんだような色あいとなる。音の色彩感が素晴らしく印象的。チョンが示すベートーヴェンの心象風景なのかもしれない。ひとつずつの音に味わいがあり、殊の外静かなストリングの息づかいは、何一つ聴きのがせないもので、後戻りのできない音とシーンを感じさせてくれる。よく噛み味わい尽くす。

2幕はザイフェルトの一点光源型テノールからの開始。パヴァロッティと得意分野は異なれど、その細さ、ホール全体への突き刺すような浸透感、似たものがある。ザイフェルトの行書体に自在に伴奏をつけるチョンの棒はマジカル。譜面不要の神髄棒、オペラの極意棒にあらためて驚嘆。彼らの絡み合いは絶妙で何も言わずともオペラを知り尽くしている大人の音楽表現だった。
レオノーレ3番序曲の重みが、ここのザイフェルトの一声でさらなる厚みとなり一気の盛り上がり、マグマ噴出、圧倒的なパワーが全員に感染。ウールのドラマチックな歌にもますます磨きがかかり、ガチンコパワーの大迫力。
ウールには一昨年2016年初台ローエングリンのエルザで出会い。今日も美しかった。ザイフェルトは30年前1988年に色々と観た。ほかにも観ている年がるかもしれないが今は不明。このお二方によるソロ、重唱、この年月の間隔は一体どこに飛んで行ってしまったのか(笑)。

2場は、勝利が見えてからが割と長い。ワーグナーを思い出してしまう部分もあるが、順序が逆。ワーグナーが下敷きにしたようなところも垣間見える思いを感じながら、ハイテンションで最後まで貫き通すベートーヴェンの意思の音楽が、やっぱり、凄い。
レオノーレ3番序曲を冒頭に据え、終始、厚いサウンドで進めてきたチョンの解釈がここの2場でパーフェクトに完成結実。なるほどなるほどとうなるばかりなり。破天荒な勢いでクライマックスとなった。
おわり

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2529- ローエングリン、フォークト、ハングラー、シリンス、ラング、アンガー、甲斐、シルマー、N響、2018.4.8

2018-04-08 22:51:20 | オペラ

2018年4月8日(日) 3:00-7:40pm 東京文化会館

ワーグナー ローエングリン (コンサートスタイル)  58-75-59

キャスト(in order of voices’ appearance except ortrud)
1.伝令、甲斐栄次郎(Br)
2.ハインリヒ王、アイン・アンガー(Bs)
3.テルラムント、エギリス・シリンス(BsBr)
4.オルトルート、ペトラ・ラング(S)
5.エルザ、レジーネ・ハングラー(S)
6.ローエングリン、クラウス・フロリアン・フォークト(T)

合唱、東京オペラ・シンガーズ
ウルフ・シルマー 指揮 NHK交響楽団


Duration
ActⅠ 9+49
ActⅡ 75
ActⅢ 3+56


4月5日の公演に続き2回目。
2526- ローエングリン、フォークト、ハングラー、シリンス、ラング、アンガー、甲斐、シルマー、N響、2018.4.5

1回目の公演と同じ感想。色々と楽しめました。
カタルシスや裏表が無いといったところもありますが、もともとそういう指向ではない。舞台が有れば違った雰囲気があった気もしますけれども、基本的にストレートで純音楽的なほうにより近かったと思います。コンパクトなローエングリンで完成度が高かった。
映像は何ともさえないもので、かといってやめれば大きな空間がもったいない気もする。なにか名案を考えてほしいものですね来年からは。

始まる前にフォークト熱有り、だけど敢行のアナウンスあり。さほど影響は無くて1回目同様フォークトをはじめとした6人衆楽しめました。
おわり










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2526- ローエングリン、フォークト、ハングラー、シリンス、ラング、アンガー、甲斐、シルマー、N響、2018.4.5

2018-04-05 23:04:32 | オペラ

2018年4月5日(木) 5:00-9:45pm 東京文化会館

ワーグナー ローエングリン (コンサートスタイル)  60-76-58

キャスト(in order of voices’ appearance except ortrud)
1.伝令、甲斐栄次郎(Br)
2.ハインリヒ王、アイン・アンガー(Bs)
3.テルラムント、エギリス・シリンス(BsBr)
4.オルトルート、ペトラ・ラング(S)
5.エルザ、レジーネ・ハングラー(S)
6.ローエングリン、クラウス・フロリアン・フォークト(T)

合唱、東京オペラ・シンガーズ
ウルフ・シルマー 指揮 NHK交響楽団


Duration
ActⅠ 9+51
ActⅡ 76
ActⅢ 3+55

このフェスティヴァル極め付きの豪華キャストのオペラが今年も。
甲斐さんの一声から始まった6人衆は名実ともに申し分ないもので、根掘り葉掘りはやめにしてひたすら楽しむことに。

昨年まで4年間に渡り行われたリングサイクルのヤノフスキの流れを踏襲するような引き締まって凝縮された内容。シルマーの速めのテンポ感に力点を置いた伸縮自在な伴奏は見事なもので、ちょっと華奢に感じられたN響のコンパクトなスケール感にややさいなまれつつも、手際よく振り分けるタクトに魅了された。
甲斐さんの伝令は伝令止まりのロールでご本人はもっと歌いたかったのではないだろうか。聴くほうとしてももっとたくさん聴きたかった。正確なピッチの歌い口で劈頭からオペラを大いに盛り上げてくれる。

5人衆の構図としては2対2、それに王が絡む。舞台は無くて、ポジショニングでわかりやすいのは2幕、かみてにフォークト、シリンス。しもてにハングラー、ラング、さらにその左にアンガー。対するものがそれぞれの位置でスタンディング、5重唱は聴きごたえ見ごたえありました。普段めったに見れない豪華布陣の歌手たちの揃い踏みですね。
6人衆ともに別の公演では割と拝見しているもののこうやって揃い踏みになると壮観ですな。

シリンスの役どころは色々と観ていて、テルラムントもありだなと。明晰なバスバリトンでもやもやしない。以前から好みの歌手、キャラが良く決まる。お見事。
フォークトは地声がそもそもあって、軽く歌っているように見えても声が飛んでくる。ここにいるその存在感の価値、超人気テノールで普段通りの歌で十分満足。決めてくれるのでスカッとするところもある。
ハングラーはグートルーネ、フライアを聴いてきた。今回のロールは本格的な役どころでじっくりと聴ける。独特の声質で、猫なで声みたいなところがあるがそれも含めてなかなかのタイプ。より正確性を重視しているように見受けられる。丁寧に譜面をなぞるようなところのある歌い口で、正確なものが全て前方に聴こえてくるわけではないのかもしれない、という思いも抱かせるけれども、それ自体が彼女の特質を物語っている。

なんだか、人物ウォッチみたいな感想になってきました。
ラングも沢山聴いてきた。他の衆がほぼ棒立ちで歌う中、ラングだけは舞台での歌唱のようなモーションを入れてくる。彼女が動きを作ると、その場にオーラがちりばめられる。これは凄い。ご本人がまず役に徹してはじめて観るほうもその気が起こる。そういうことなんだろうけどプロフェッショナルを感じますね。音符の中をさまようような歌はハングラーとは正反対なもので動きとキャラと歌、総合芸術で魅せてくれる。サスガさすが。よく見るとハングラーと重唱になるところは正確な歌い口に変化。デュエットの妙をきっちりと聴かせてくれる。ほんとサスガ。
アンガーは王様の役どころにふさわしい。威厳がある。シリンス同様、不明瞭なところが無く、ストレートなもの。

全キャスト、バランスよく。オペラ満喫。

シルマーは快速で明快なタクトですっきり。ワーグナーのカタルシス、といった言葉は忘れてしまいました。これはこれでよかったですね。
オーケストラは力感不足、スキル的な問題もありそう。らしくない演奏でしたね。キュッヒルの音がやけに飛んでくる。
総じて、シルマーのまとめが光るものでした。

3階席正面と同階右と左の一番ステージに近いところはバンダ用に潰している。3階正面は客にとって見晴らしも音も良好な席、まぁ、そこをつぶされた。

日曜もう一度聴く。
おわり

東京・春・音楽祭2018










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2514- エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ、イル・カンピエッロ、柴田真郁、新国立、2018.3.10

2018-03-10 19:38:35 | オペラ

2018年3月10日(土) 2:00-4:45pm 中劇場、新国立劇場、初台

新国立劇場プレゼンツ
エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリ 作曲
粟国淳 プロダクション
イル・カンピエッロ   41-37-32

キャスト(in order of appearance)
1.ガスパリーナ、西尾友香理(S)
2.アストルフィ、野町知弘(Br)
3.ルシエータ、平野柚香(S)
4.ニェーゼ、斎藤真歩(S)
5.アンゾレート、伊良波良真(Br)
6.ドナ・カーテ、渡辺大(T)
7.ドナ・パスクア、伊藤達人(T)
8.オルソラ、一條翠葉(Ms)
9.ゾルゼート、市川浩平(T)
10.ファブリーツォ、清水那由太()

合唱、有志
エレクトーン、西岡奈津子
管弦楽、新国立アカデミーアンサンブル
指揮、柴田真郁

(duration)
ActⅠ 5+36
Int
ActⅡ 4+33
Int
ActⅢ 3+29


初めて見るオペラ。佳演、楽しく観ることが出来ました。1936年の作だそうでちょっとクラクラするところもありますが、作曲家にとってはこのようなスタイルが一番しっくりするものだったんだろうなという感もある。

1幕は静かな前奏曲に続き、本編も割と静かなものでばたつかない。ドラマ性よりも歌い手たちの旨味が上回っている感じ。
次の幕はこれも静かな前奏曲があって、本編はいいノリの内容。
終幕の前奏曲は前二つに比べややリズミックなところがあり本編の予兆。結構なバタバタした本編で、ストーリーとしては展開に滑らかさが欲しいところもあるけれども、結果からさかのぼればこうなるんだろうなあといったところ。

全員が主役、粒ぞろいよく、切れ味がよく、スッキリとしている。本編の騒々しい広場のやりとり、それとはまったく別の作品でも聴くような錯覚に陥る1,2,3幕の前奏曲の静かな運び。この筆タッチは冴えていますね。印象的でした。
歌はソプラノお三方、特にルシエータ、ニェーゼ、素敵でした。それからテノールが歌う両ドナ、なんだかはまり役に見えてくる。自然に舞台に入っていける。こういったところもポイントですね。

舞台は全幕同じ。広場というよりも下町の家々という風景。
指揮の柴田の功績は大きい。発掘ともいえるような作品に光をあて、場の騒々しさとは一線を画す非常に引き締まった内容で、忍び寄るオケの流れは歌い手たちのアンサンブルと一体化。シンフォニックに殊更ならず歌い手たちの意を汲みつつオペラの流れを作っていく。大したもんです。
全部楽しめました。ありがとうございました。
おわり





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2510- ホフマン物語、アルロー、ルラン、東フィル、新国立、2018.3.6

2018-03-06 22:29:28 | オペラ

2018年3月6日(火) 2:00-5:45pm オペラパレス、新国立劇場、初台

新国立劇場プレゼンツ
オッフェンバック 作曲
フィリップ・アルロー プロダクション
ホフマン物語  30+38 49 25+12

キャスト(in order of appearance)
ActⅠ
1.ミューズ→ニクラウス、レナ・ベルキナ(Ms)
2.リンドルフ、トマス・コニエチュニー(BsBr)
3.アンドレ、青地秀幸(T)
4.ルーテル、大久保光哉(Br)
4.ナタナエル、所谷直生(T)
4.ヘルマン、安東玄人(Br)
5.ホフマン、ディミトリー・コルチャック(T)

ActⅡ
1.スパランツァーニ、晴昌彦(Br)
2.コシュニーユ、青地英幸(T)
3.コッペリウス、トマス・コニエチュニー(BsBr)
4.ホフマン、ディミトリー・コルチャック(T)
4.ニクラウス、レナ・ベルキナ(Ms)
5.オランピア、安井陽子(S)

ActⅢ
1.アントニア、砂川涼子(S)
2.クレスペル、大久保光哉(Br)
3.フランツ、青地英幸(T)
4.ホフマン、ディミトリー・コルチャック(T)
4.ニクラウス、レナ・ベルキナ(Ms)
5.ミラクル、トマス・コニエチュニー(BsBr)
6.アントニアの母の声、谷口睦美(Ms)

ActⅣ
1.ホフマン、ディミトリー・コルチャック(T)
2.ジュリエッタ、横山恵子(S)
3.ニクラウス、レナ・ベルキナ(Ms)
4.ダベルトゥット、トマス・コニエチュニー(BsBr)
5.シュレーミル、森口賢二(Br)
6.ピティキナッチョ、青地英幸(T)

ActⅤ
1.ホフマン、ディミトリー・コルチャック(T)
2.ステッラ、谷口睦美(Ms)
3.ミューズ、レナ・ベルキナ(Ms)
And many

合唱、新国立劇場合唱団
ダンサー、
管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団
指揮、セバスティアン・ルラン

(duration)
ActⅠ 30 +
ActⅡ 38
Int
ActⅢ 49
Int
ActⅣ 25 +
ActⅤ 12


たぶん30何年ぶりに観ました。新鮮でした。
新国立の出し物としては2003、2005、2013に続き今回4回目。いずれもアルローの演出。
いい舞台でした。カラフルでメリハリが効いた演出。1幕と5幕を枠にして、くっきりと違いがわかる3つの幕。鮮やかでしっかりと目に残るもの。印象的。

オランピア、アントニア、ジュリエッタともに見事な表現と声質。
ばね仕掛けのオランピア、なかなか見ごたえあり、それに高音がバネ馬力で天井を突っ切るようなシャープなもので、もはや、機械越え。30年前にメトで観たシェンクのプロダクションでは最後、機械人形が舞台から引っ込んで、袖からバラバラになった人形が舞台に放り込まれた、というのをうっすらと思い出した。
オランピアの安井さん、技と力、演技と声の力量感、エネルギーに満ち溢れた見事なものでした。

グッと変わって、砂川さんのアントニア、悲哀を帯びたシックな場にふさわしい悲劇のヒロイン。この幕は一番長くて、休憩30分ずつに挟まれた単独の幕となっている。ダークな幕、ドラマチックな盛り上がり、間髪入れず動いていくシーンがうまく出来ていましたね。

3人目のジュリエッタの幕は3幕中一番短いもの。横川さんの声というのは、一歩踏み出ているというか奥行きと広がりがあってホールに良く響く。もう少し聴いていたい気持ちにさせる。長いバルカローレから始まり、影のドラマがあり、締めはバルカローレがやや変形し派手に鳴り渡る。オッフェンバックの音楽作りの自由さ加減を感じる。音楽の感興もここらあたりになるとそれまでジワジワとあった重唱が最高潮となった。

これら2幕3幕4幕は、全く違う舞台づくりで本当にあとあとまで印象的。残像感もいい。
最後の5幕の舞台が出てきたところで、我に返ったように1幕の事を思い出す。鮮やかな舞台セッティングの妙。

タイトルロールのコルチャックは2年前2016のちょうど今頃ウエルテルを2回観ました。今回のホフマンも気品があって力で押す感じは無くて静かな歌い口で聴かせる。最後の最後だけは圧倒的な振り絞りでびっくりしました。
どこか清純でそういったことが舞台の一定の方向性を決めることになっていますね。この演出ともよく合っている。

コニエチュニーのほうはワーグナーでたくさん観ていて、その意識が強くあるのですけれども今回の出し物の役としては結構なはまり具合ですね。キャラクタースパイスがうまく出せていてツボどころがいい。

ベルキナ、それにたくさんの登場人物たちのキャラクターが際立っていて、同じ歌い手でも役どころできっちりと使い分けしていて、要は脇がしっかりしている布陣で完成度が高い。

ルラン、東フィルは締まった演奏で演出に呼応。4幕のバルカローレあたりからさらに感興が高まっていき、続く終幕へと見事な演奏繰り広げてくれた。ルランさんいい棒ですね。

最後の幕が下りるところのオッフェンバックの大げさな終止は一体何事がこれまで起きてきたのだろうと思わずにはいられない。あれはなんだったのだろうか。
おわり



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2505- ローエングリン、二期会、深作プロダクション、準・メルクル、都響、2018.2.24

2018-02-24 22:15:27 | オペラ

2018年2月24日(土) 2:00-6:15pm 東京文化会館

東京二期会プレゼンツ
ワーグナー 作曲
深作健太 プロダクション

ローエングリン  58-75-54

キャスト(in order of appearance at prelude)
1.ゴットフリート(幼少ルードヴィヒ)、黒尾怜央(黙役)
2.ルードヴィヒ二世、福井敬(黙役)
3.若きローエングリン、丸山敦史(黙役)

キャスト(in order of appearance at actⅠ)
1.ルードウィッヒ二世、福井敬(黙役)
2.伝令(バイエルン王国首相ルッツ)、友清崇(Br)
3.ハインリヒ(プロイセン王国首相ビスマルク)、小鉄和広(Bs)
4.テルラムント(バイエルン王国医師グッデン)、大沼徹(Br)
5.オルトルート(フライアのリンゴを持つ片目の女ヴォータン)、中村真紀(S)
6.ゴットフリート(幼少ルードヴィヒ)、黒尾怜央(黙役)
7.エルザ(オーストリア皇妃エリーザベト)、林正子(S)
8.若きローエングリン、丸山敦史(黙役)
9.天井から羽根だけ白鳥
10.ローエングリン、福井敬(T)

キャスト(in order of appearance at actⅡ)
1.天井から落ちる首に矢の刺さった白鳥
2.白鳥を抱きかかえるゴットフリート(幼少ルードヴィヒ)、黒尾怜央(黙役)
3.書き物を投げつける若きローエングリン、丸山敦史(黙役)

この後のテルラムント&オルトルートの出以降は、3幕含めほぼ展開通りに現れる。
ゴットフリートはエルザの出るところに同じタイミングで出てくる。

二期会合唱団
準・メルクル 指揮 東京都交響楽団

(duration)
Prelude 8
ActⅠ 50
Int
ActⅡ 35+40
Int
Prelude 3
ActⅢ 51


この演出だと出るべくして出ていないのはパルジファルだけなのではないかと思ってしまう。といっても、フライアは出てくるリンゴ想定でイメージできるし、その流れだと第2幕の最初のシーン病棟で上から白鳥が首に矢が刺さった状態で落ちてくるので矢でパルジファルはイメージ出来るのだろう。
読み替え人物及び本来ストーリーに出る神様を上記のキャストのところにカッコ書き。これ以外にも二人のローエングリンがルードヴィヒになったりゴットフリートがルードヴィヒになったりとかなり趣向を凝らしていて一度観ただけでは多くの事を見逃しているはず。それに当時の衣装については残念ながら知識を持ち合わせていないので、眺めるだけのもったいなさもある。ルードヴィヒ二世の本は昔一度読んだだけでほぼ忘れている。ノイシュヴァンシュタインのお城には何度か入ったことがあって、絵を見ているとワーグナーの主役たちがうっすらと現れてきそう。

前奏曲が半分ほど進んだところで幕が開きマイムが始まる。理解すべきは動きの中身や小物、輪郭をおぼろげながら感じ、徐々に舞台の中に入り込んでいくのはなかなか楽しい。次の展開はどうなるんだろうと思いながら観る舞台。福井さん扮する黙役ルードヴィヒは2番の出で引きこもりの妄想膨らみがついに自らとローエングリンの境目が無くなったところで歌が始まる。1幕でのローエングリンは一番あとの出。ここでは前奏曲の黙役から最後までほとんど出ずっぱり。歌が始まる前でも動きが多く大変。
他の歌う登場人物もおしなべて同じような込み入った所作、黙役は他の人たちからは見えない存在というわけでもなくて、周りの反応がところどころみられる。舞台奥上部には24時間表示のデジタルウォッチが24時から1秒ずつカウントダウン。等々、読み替えだけではなくてあちこちに色々なものがちりばめられている。
総じて演出が濃すぎて、歌い手たちは動きへの配慮のウエイトが高く、本来の歌に集中出来ずにいるように見えた。歌唱の声が弱い。前にドーンと出てくるような感じではない。日本人歌手がよく言われるように最初はセーヴして溜めて置いて、みたいな話とは違う芯の感じられない歌唱で、メルクルのダイナミックな音楽づくりと流れ、これが多少強引に速めのように感じるところがあったのは、登場人物たちがこのテンポでは劇の動きを十分に消化できていないし、歌もその方向に弾きずられてしまったからではないのかと、演出の濃さは紙一重の世界を作り上げ、そのスリルの面白さも紙一重と思うところがありましたね。
前奏曲開始直ぐに幕を開けてマイム、そのほうが時間的な余裕もできて場慣れ感も出たはず。

2幕はテルラムントの医師グッデン想起の病棟。なんと、いきなり天井から首に矢の刺さった白鳥が落ちてくる。奇抜。それを抱えるゴットフリートもしくは幼少時代のルードヴィヒ、そこに青年時代のルードヴィヒが現れ、本かスコアか幼少のほうに投げつける。こういったあたり意味があるのかどうかよくわからないところもあるが読み替えのテイストには必要なものなんだろう。むしろ2幕のストーリー人物を見据えたものとも映る。
片目のオルトルートはヴォータンの槍を持ち歌いながらポッケからフライアのリンゴを取り出す。ローエングリン&エルザとの対立軸オルトルート&テルラムントは動きも含めエキサイティングなもの。オルトとテルラは幅広く舞台を使ってロエンとエルザを挟みこむような圧倒的な歌唱が欲しいところ。ちょっと、泳ぐようなところがあって、音符を探しているように見受けられた。2幕のドラマチックな盛り上がりはオケの管主体による執拗に連続する8分音符で駆り立てる。音ずれが多く有り乱れが感興を削ぐ。メルクルのタクトというのはこういったあたりのダイナミックな音の流れを正確に運んでいくので流れが良くなる。アマオケからプロオケまで色々と振っているメルクルは大体に素晴らしいもので、この日の2幕の乱れ以外は概ね良好だった。ブラスセクションの硬い音はもっと柔らかくなればさらに良かったと思う。
それで、翌朝のルードヴィヒとグッデンの結果に至る前に、グッデンのキャラをダークサイドから距離を置かせるような演出もあったのかもしれない。と思うのは、読み替えでテルラムントとグッデンのパターンが結構な違和感があるから。

槍持つ片目のオルトルートはフライアリンゴをプロンプターの台に置き、みんなそれを確認しながらの五重唱、合唱。ここは盛り上がりました。聴きごたえある2幕、堪能。このシーンは動きが無くて思う存分の歌だったと思いますね。
それからちょっと戻ってテルラムントの場面転換に若きローエングリンが騎士衣装ではなく、ルードヴィヒの王様然と現れるあたり視覚的なインパクトありましたね。黙役の味付けはいたるところ絶妙なもの、舞台にいる時間も長くてこちらも色々と楽しみな時間でした。

終幕はグラール語りが福井の圧倒的歌唱、素晴らしかった。いわゆるヘルデンテノールより声の横幅がありそうで、やや乾いた声質、抜群の安定感。ものの見事に歌い尽くしました。もう、舞台に、彼一人という感じで。

最後のミラクルな瞬間にオルトルートは眼帯を取り外し、両眼を開く。奥のゴットフリートの頭上にあるデジタルウォッチはゼロになり、今度はカウントアップを始める。ここから、何かが始まるのだろう。
このプロダクション、もう一度観てみたいですね。リヴァイヴァル公演希望。
おわり



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2503- 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ、松風、コールマン、東響、2018.2.18、アゲイン

2018-02-18 18:50:42 | オペラ

2018年2月18日(日) 3:00-4:40pm オペラパレス、新国立劇場、初台

新国立劇場プレゼンツ
細川俊夫/サシャ・ヴァルツ  作
サシャ・ヴァルツ プロダクション
松風   (日本初演)  10-15-19-25-5-5

キャスト(in order of appearance and also voices’ appearance )
1. ダンス(黙役)
2. 旅の僧(ワキ)、グリゴリー・シュカルパ(Bs)
3. 合唱
3.須磨の浦人(アイ)、萩原潤(Br)
4. 松村(シテ)、イルゼ・エーレンス(S)
4.村雨(ツレ)、シャルロッテ・ヘッレカント(Ms)

ダンス、サシャ・ヴァルツ&ゲスツ(14人)
合唱、新国立劇場合唱団ヴォーカル・アンサンブル
7人(女声4SSAA、男声3TTBs)+須磨の浦人(Br)
指揮、デイヴィッド・ロバート・コールマン
管弦楽、東京交響楽団(1管編成クラのみ2、8-6-4-4-2型)

(duration) 79′
ダンス 10
海   15
潮   19
夜   25
舞   5
曙   5

日本初演3日連続公演の千秋楽。
前日の中日公演の感想はこちら。
2502- 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ、松風、コールマン、東響、2018.2.17 

弦がチリチリと持続音を奏で場面転換へ向かう。コールマンが見ているスコアには縦線がないのだろうか、左の掌を泳ぐように上に向けたり下に向けたりしている。独特な響きの世界が醸し出される中、松風村雨の姉妹は松葉風の紗幕のあっち側の上から降りてくる。歌とともにヒラリとではなくあちこちの松葉に引っかかりながら上向きになったり下向きになったり亡霊も大変だ。上から降りるこの不安定さは彼女たちの心象風景でありそれに、観ているほうへ気持ちの揺らぎを伝播させる、見事なシーン潮への場面転換と展開。
シーン舞、狂乱ダンス。4つの格子仕切り部屋は反射しない鏡部屋なのだろうか。行平、シテ、ツレ、沢山出てくる。涙目で見る車のライトのようだ。針葉が上から落ちてくる。思い出すのは雨を線で表した日本の芸術表現。姉妹が上から降りてきたように針葉が涙雨の線となって降り注ぐ。まことに秀逸な瞬間。クライマックスは派手な動きがあっという間に終わる極めて効果的なものであり、旅の僧は目を醒ますのはこの世に戻ることであって、舞の後の曙もさっと終わる。海潮と静謐な持続する世界だったのを、一気に凝縮したような舞曙、時間を解きほぐせばシーン夜を力点にしていよいよバランスしてくるように見える。内面が照らし出されたお見事な起承転結であった。

細川の音楽はこのような内面の動きをよく表現している。姉妹の歌、それぞれのソロ、重唱ハーモニー、歌い尽くせるようなオーケストレーション、歌い手と同じように雄弁になることもある。美しきものといえる瞬間はあったのだろうか。あったとすれば、音によって洗われたこちらのハートなのかもしれない。
それから、鳴り物のさばきは日本の伝統芸能のクライマックスの動き、時間を縮めることによる盛り上がりの瞬間を垣間見るようで、実に興味深く感じた。ふうーと声にならないものを得た気分。


クレジットでは90分ロングの松風、昨日今日と観て実のところは80分に満たない。長さで言うとCav/PagのPagと同じぐらい。松風に合わせて上演できるものがあればいいのかなと思ったりもしたが、同じ日にもうひとつ、という気分にはなかなかさせてくれるようなものではないな。
2回観まして色々とためになりました。ありがとうございました。
おわり

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