河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

706- リゴレット オペラパレス 2008.10.25

2008-10-31 00:31:48 | 音楽

Scan10018

新国立劇場2008-2009シーズンのリゴレット初日にいってきました。

.

20081025()14:00

オペラパレス、初台

.

ヴェルディ/リゴレット

.

リゴレット/ラード・アタネッリ

ジルダ/アニック・マッシス

マントヴァ公爵/シャルヴァ・ムケリア

スプラフチーレ/長谷川あきら

マッダレーナ/森山京子

モンテローネ公爵/小林由樹

ジョヴァンナ/山下牧子

マルッロ/米谷毅彦

ボルサ/加茂下稔

チェプラーノ伯爵/大澤建

チェプラーノ伯爵夫人/木下周子

小姓/鈴木愛美

牢番/三戸大久

.

指揮/ダニエレ・カッレガーリ

演出/アルベルト・ファッシーニ

.

東京フィル

新国立歌劇場合唱団

東京シティ・バレエ団

ヴェルディのオペラでは好きなもののひとつ。キャストがそろった公演にはほぼ必ず行く。

ジルダよ、おまえはどうしてそんなにも無垢だったんだ。

リゴレットは復讐の刃を、はずかしめを受けた娘に向けてしまった。

なんたる悲劇。

こんなにもいたたまれないオペラはほかにない。

慟哭のリゴレットにこの先はあるのか!

.

このシーズンの新国立初日のトゥーランドットと同じような2階席であったのだが、あのときはバンダの位置がちょうど2階席レベルということもあり、ソリストたちの声が聴こえてこずかなりストレスがたまったが、今日は3人ともに高音から低音までよく出ており、こちらの気持もトゥーランドットの分まで一緒にすっきり吐き出した感じ。

.

舞台はシックな色合いで落ち着いており美しいものだ。このオペラに茶化したような演出は無用であり飽くまでもオーソドックスなスタイルこそふさわしい。

1幕冒頭の夜会の場の人たちの衣装も印象的。

場面が変わり、殺し屋が出てくるが、この時点でリゴレットは彼を必要としているわけではないが、職業?は違うがしていることは同じようなものだと妙に共感している。非常に魅惑的な音楽というのも変だが、通奏低音のような妖しいチェロはまさに絶妙。

リゴレットを歌うアタネッリは幾分線が細くて、背中のこぶよりスマートさが先に立つようなところがあるが、よく声が出ており、また音楽に合わせた振り付けがぴったりときまっておりそのオーソリティぶりが発揮されている。

ここでようやくでてくるジルダはまだうぶであり歌い手のマッシスもまだおとなしいものだ。安定していて声もよく出ている。

そして偽貧乏学生を慕って歌うカバレッタもケバケバしさがなく本当の気持ちが出ているような歌で、難しい高音も思い切りよく乗りきり好感の持てるマッシス。

1幕の最後の場では、第一の勘違いとでもいうべき夜会連中による人さらいが行われる。ここは演出が難しく、今日のこのプロダクションでも、目隠しされたリゴレットが近くにいながら、人さらいたちがリゴレットの家からチェプラーノ伯爵夫人をさらうようなステージになっており違和感を隠せない。

ただ、夜中の緊張感を表すヴェルディのピアニシモはますますその度合いを高めていく。見事な音楽というしかない。

1幕は長い。ここまで約1時間。

.

最近ではこの第2幕冒頭のマントヴァのアリアさえテレビのコマーシャルの音楽になっている。女心の歌だけではない。

マントヴァ公役のムケリアは最近の観た聴いたオペラの中では出色のテノールだ。鼻に響かせる声ではなく、喉を思いっきり広げ、そこかしこの腔道に声をガラスのように響かせたようなオープンな声。見事なイタオペ・サウンドだ。高音は輝かしいもの、また低音もよく出ており、その正確な歌唱ともどもこちらのストレス解消にもなる。

そして、核心をつくリゴレットの演技、歌。

悪魔め、鬼め。

動きがいい。白熱の演技。

.

痛々しいジルダがマントヴァの寝室からでてくる。逆上するリゴレット。この二人の掛け合いは最高。

そして第2幕フィナーレ、大胆な転調の嵐であるが、この短い3連符とあとは長いオタマジャクシだけの音符がこんなにも見事に流れる音楽になるなんてヴェルディ中期の才気には完全に脱帽だな。

.

3幕。ジルダは、ここを去るように言ったリゴレットの意に背き、悪だくみ兄妹の居酒屋に舞い戻ってきてしまう。ここで悲劇は決定的なものになり、嵐のような稲妻に拍車がかかる。

最初にいきなり歌われるマントヴァ公爵の女心の歌は、今日のムケリアにより完璧に表現された。この歌はジルダの死の認識への伏線になるだけに重要な歌なのであるが、第3幕までこのメロディーラインが一度も出てこないというのはいつも不思議に思う。歌のあとそのままの節でオーケストラがフルサウンドで繰り返すとき、なんとも言えずリピートの感動に浸ることができる。

悪だくみ兄妹、スプラフチーレの長谷川あきら、マッダレーナの森山京子、ともに声が出ていた。だから4人で歌う、美しい愛の娘よ、も性格の違いがよく表れており横の広がりの大きなオペラ展開になっていたと思う。

.

こういった感じでいろいろと書いていけるが、やっぱり生を観るに限る。リゴレット特有のダダダッ、ダダダッのリズムや、突然来る静寂。このドラマの異常なまでの緊張感。悲劇ながらいつも強く惹かれる魅力を持ったオペラ。

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

705- エサ=ペッカ・サロネン ロサンゼルス・フィル 2008.10.22

2008-10-28 00:52:13 | 音楽

Scan10007

巨匠ピカソ展 記念コンサート

.

20081022()19:00

サントリーホール

.

ストラヴィンスキー/花火

.

ストラヴィンスキー/ペトルーシュカ(1947年版)全曲

.

ドビュッシー/海

.

ラヴェル/ボレロ

.

(アンコール)

シベリウス/「ペレアスとメリザンド」、メリザンドの死

ファリャ/「恋は魔術師」、火祭りの踊り

.

エサ=ペッカ・サロネン 指揮

.

ロサンゼルス・フィル

サントリーホールの主催公演。チープな作りながら久しぶりの無料プログラム。

今回14年ぶりの来日となるロス・フィルだが、日本公演は1021日とこの日の22日の2回のみ。貴重というかなんというか、前回来日が1994年というから、ほとんど聴いていないという印象。むしろ忘れかかっていた。

サロネンは1991年にロス・フィルの音楽監督になったということだから、ずいぶんと長い間日本から忘れ去られていた?

CDでは今年に入ってから同組み合わせでイエローレーベルから新譜が一枚でた。ハルサイ他の2006年ライブ録音。

今シーズンで降りるようだから17年ぐらい振っていたわけでかなり長い。

ロス・フィルの常任としては前任のプレヴィンよりもその前のカルロ・マリア・ジュリーニの印象が強烈。あのブルックナー第7番第1楽章コーダの強奏のなか崇高なメゾピアノで吹いていたトランペットの音が今でも忘れ難い。(これもいつか書きますね)

ということで、貴重な二日間のコンサートのうちどちらに行こうか考えて、4曲構成で、かつ、ペトルーシュカ全曲がはいっている二日目のほうを選んだ。

この前までN響の常任をしていたデュトワのようなお得意3曲構成ではなく、4曲構成というのは落ち着いたプログラムでいい。

前半がストラヴィンスキー2曲。後半がドビュッシーとラヴェル。

サロネンが最初に選んだストラヴィンスキーの曲ファイアワークは前日のアンコール曲なのでなんとなくあんまり得した感じではないのだが、同時代の多彩なプログラムを一晩で聴けるので結構幸せだ。

.

花火は個人的にはあまり好きではない。ひらめきのない曲でタイトルとは異なりのっぺりした曲だ。サロネンは几帳面に振っており演奏に接する喜びのようなものはこちらとしても感じることができた。

次のペトルーシュカだが、これは全曲となるとかなり規模の大きい曲。この曲で一番お気に入りの演奏はズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックのものだ。非常に透明でかつ線の細さを感じさせない演奏。プレイヤーの腕自慢を聴くことができる。

今日のロス・フィルはトランペットをはじめとするソロ・プレイヤーの見事さが光ったが、もう少しウィットに富んだ表情が欲しかった。透明感と遊びが欲しいところだ。

プログラム的にはこの曲を最後に持ってきてもいいぐらいの大きさだが、小さくまとまった分、結果的に前半のプログラムでよかったかもしれない。サロネンは作曲家志向であるため振る曲に傾向が如実に表れる。昨日今日のプログラムが最も得意とするところではあるのだろうが、だからと言ってその表現がどのような形で現れるのか、それは本当に聴いてみないとわからないものなのである。ブーレーズとはだいぶ異なる。ブーレーズは完成されたオーケストラ相手に自分のしたいことを自在に表現。サロネンはまだ少し気が優しいというか生真面目というか、オーケストラを手中におさめておきながらいつも本質を真摯にさがしているようだ。

手中におさめているというのはたとえば、アプロードの際のソロ・プレイヤーにオベイションのために立ち上がらせる指示一つ見ても、ゲルギエフのキーロフと同じで、右指一本をたかだか10センチ動かしただけで彼らは反応する。普段の緊密さが完成されている。演奏以外からでも、このようにしぐさひとつでもわかるもの。

後半一曲目。ラ・メア。前半のストラヴィンスキーとはがらっと変わった曲。

非常にゆっくりとしたテンポで、あまり動かさない。棒を見てる限りにおいては拍子を全部振っている感じでせわしないのだが、結局、インテンポにしたいがための小刻み振りかなと妙に納得するものがある。

出てきた音楽は、何層もの厚みのあるサウンドが明確に鳴る。ときにバランスが普通聴いている演奏とは異なるなぁなどと思う個所もあったが、同じ作曲家としての音色バランスの理解なのかもしれない。

.

最後の曲。ラヴェルのボレロ。聴いているようで生でもあまり聴かない。今日は再認識するにはちょうどいい機会だ。

サロネン、ロス・フィルは入念なテンポのスネア・ドラムで開始。最初どこにいるのかわからなかったが、それぐらい動きの少ない奏者だった。スローなテンポで開始されたボレロは最後までほぼその速度をキープ。

導入に続いて、ソロ楽器が(恐る恐る)入念に吹き始める。最初はウィンドのソロだ。ひとつずつ楽器を変えて同じフレーズを繰り返し続ける。おそめのテンポでありリアルに奏者の吹き具合が手に取るようにわかる。。

一人も一音もはずさすに丁寧な演奏が続く。こうやって見ているとボレロってやっぱり超困難な曲だ。聴いている方が全部わかってしまうようで、その意味でも、聴いている方がずっと楽。。

そして、第一の頂点と言った感じでトロンボーンのソロ・フレーズ。ちょっと細いがそれでもなんとか通過。

最後は大団円となりクレイジーな熱のるつぼ状態になるが、クライマックスでルバートを極端にかけるわけでもなく、すっと終わる。

でも、とりあえずはめでたしめでたし。

やっぱり、難しい名曲だ。。

アンコールは2曲ありましたが、一曲目のシベリウスのメリザンドの死が圧巻。サロネンの振りが最初の4曲とは全く異なる自国共感の音楽。

外山雄三のラプソディーを他国で日本人が振っているような感覚ですね。アンコールにうってつけのラプソディーはどこへいってもバカ受け。あんなに演奏効果抜群の曲もめったにあるものではない。アメリカでN響が演奏したとき、アメリカ人は「バンザイ」っていってましたからね。(これも昔話。いつかアップします。)

話が例によってそれました。

.

2曲目はどちらかというと消化不良気味のファリャでしたが、2時間半におよぶ演奏会で楽しめました。

サロネンの振るロス・フィルは常任を降りれば聴く機会もなくなるかもしれません。もう一度聴くとしたら、ロス・フィルよりもサロネンの指揮を見たい。という感じが強いですね。

おわり

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

704- 2008年の全日本吹奏楽コンクール から いつものオーケストラ、オペラの世界へ戻ります。

2008-10-26 18:29:04 | 音楽

2008年全日本吹奏楽コンクール高校の部

へ行ってきた模様を書いたらブログのアクセスが跳ね上がりました。

699‐ALL JAPAN BAND COMPETITION2008 2008.10.19

700‐第56回全日本吹奏楽コンクール全国大会 高校の部2008.10.19

701- 前半の部 第56回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部 2008.10.19

702- 後半の部 第56回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部 2008.10.19

703‐河童審査結果 第56回全日本吹奏楽コンクール全国大会 高校の部2008.10.19

.

賞とは別に個人的に好きな演奏がありました。また思い入れなどもあり、1位から29位まで勝手に順位をつけていったのですが、審査委員の金賞銀賞銅賞とはだいぶかけ離れたものとなりました。

公式審査では金賞が29校中10校となっているようですが、勝手審査でつけた順位の1位から10位には金賞は4校だけでした。

勝手審査の1位、2位、3位は公式審査でも金賞でしたから、トップスリーはこの3校でまず間違いのないところとこれまた勝手に思っております。

1.九州 福岡県精華女子高校【金】

2.関西 大阪府大阪府立淀川工科高校【金】

3.東北 福島県立湯本高校【金】

.

また来年聴けることを楽しみにしております。

しばらく余波アクセスが続きそうですが、是非他の内容もご覧くださいませ。

実は、高校の部が1019日にあってそのあと一週間のうちに、コンサート一つ、オペラ一つみたのですが、頭の中が吹奏楽モードでグワングワン鳴っていて切り替えが簡単ではありませんでした。

ロスアンジェル・フィルの公演

新国立のリゴレットの初日

の模様についてはまたいつものようにアップしていきます。

コメント

703- 河童審査結果 第56回全日本吹奏楽コンクール全国大会 高校の部2008.10.19

2008-10-24 00:10:00 | コンサート

 

3

 

以下のまとめです。

699‐ALL JAPAN BAND COMPETITION2008 2008.10.19

700‐第56回全日本吹奏楽コンクール全国大会 高校の部2008.10.19

701- 前半の部 第56回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部 2008.10.19

702- 後半の部 第56回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部 2008.10.19

 

河童の勝手な審査結果は700-に書きました。

 

今日のブログを書くまで審査結果はみてませんでしたので、この河童審査結果と公式審査員の結果を比べてみます。

1位からつけている順位は河童の審査結果です。

【】でくくったところが公式審査結果です。

それでは、


1.九州 福岡県精華女子高校【金】

2.関西 大阪府大阪府立淀川工科高校【金】

3.東北 福島県立湯本高校【金】

4.中国 島根県出雲北陵高校【銀】

5.四国 愛媛県立北条高校【銅】

6.九州 福岡県立嘉穂高校【銀】

7.東北 秋田県立秋田南高校【銅】

8.西関東 埼玉県春日部共栄高校【銀】

9.中国 岡山県おかやま山陽高校【銀】

10.東関東 千葉県柏市立柏高校【金】

11.東海 愛知県光が丘女子高校【銀】

12.関西 奈良県天理高校【金】

13.北海道 北海道東海大学付属第四高校【金】

14.東関東 神奈川県横浜創英中学・高校【銅】

15.東北 宮城県泉館山高校【銅】

16.北海道 北海道札幌白石高校【銅】

17.東海 愛知県安城学園高校【銀】

18.九州 鹿児島県原田学園鹿児島情報高校【銀】

19.関西 大阪府明浄学院高校【金】

20.東関東 千葉県習志野市立習志野高校【金】

(以下順不同)

xx.中国 岡山県岡山学芸館高校【金】

xx.西関東 埼玉県立松伏高校【銅】

xx.東海 長野県長野高校【銅】

xx.西関東 埼玉県立伊奈学園総合高校【金】

xx.東京 東京都東海大学菅生高校【銀】

xx.北陸 石川県金沢市立工業高校【銀】

xx.北陸 富山県立高岡商業高校【銀】

xx.四国 愛媛県立伊予高校【銅】

xx.東京 東京都八王子高校【銀】

指揮者賞

5位の四国代表 愛媛県立北条高校の石村新吾さんへ

(*個人的なものですので公式記録とは関係ありません)

 

ところで、自分たちの演奏をおさめたCD-Rを演奏約20分後には当日販売で会場で買えるらしい。今の時代そこまでされても驚かないがそんなことをする意味があるのだろうか。

1団体のみの収録で1,000円。

いろいろ勉強したい人もいると思うのでとやかくいうつもりはない。

それに、午後の部の冒頭のあいさつで、いきなり注意があったように、午前の部はテイクされてネットで既に流れているようだと。これも驚かない。

やめろと言われてやめる人間なんて、匿名性が暴かれない限り、人間のサガ、やめるわけがない。人間はそのような動物なのだ。だからいまさらとやかく言わない。

でも、一言だけ、思い出は満たされた瞬間に忘れさられてしまうもの。込めた過去のイメージはその現物を直視した瞬間満たされ、そして忘れてしまう。今日のいい演奏をいつまでも耳の底に残しておきたいのなら、しばらくは聴かないことだ。

今は映像、音ともに抜群の品質で残されてしまうわけであるが、レコード会社の営利は当然とはいえ、儲けの少ないクラシック音楽業界で、スタジオの録音をやめ、ライブ収録をメインにすえ、果ては昔昔の録音の掘り起こしに走っている。そのようなことをして良く言えば幅を広げてきた。これを真似てみたらどうだろうか。

簡単に言うと、昔の全国大会の音源を掘り起こして。。

戦前は別にして、第4(1956)から第17(1969)あたりまで全部揃ったらすごいだろうね。

ここらへんなら、聴いても思い出の崩壊ではなく、忘れていたものを思い出すにはちょうどいい。(古すぎるか)

それではまた。

4

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

702- 後半の部 第56回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部 2008.10.19

2008-10-23 18:17:22 | コンサート

前半の部に続いて後半の部です。

後半の部

1.関西 大阪府明浄高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
リスト/バッハの名による幻想曲とフーガ(編曲)
【感想】棒をもたない指揮。一般的に日本人は腕が長くないので棒を持った方が見やすい。
小沢征爾は年をとってから棒をもたなくなってしまったが、決して見やすい指揮というわけではなく、空気をつまむ指はどのプレイヤーも見ていないと思うよ。
それで自由曲であるが、前半の部4のコダーイと同じ。こちらはバッハをイメージした作曲をリストが行い、それをブラス用に日本人が編曲したわけだ。このテの曲はどうもいまいち音が太いというか澄みきっていない。もう少しピュアなサウンドになりそうなのにと思う。演奏というよりも曲の具合がそうなのだろう。
リストなら昔は「前奏曲」が比較的演奏された。ブラスによく合う曲だし。ただ長さの問題がやはりある。

2.東海 長野県長野高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
ドビュッシー/「海」より、風と海との対話(編曲)
【感想】課題曲は線が少し細いというかあまり覇気がなかったようだ。全国各校の音をもしかするとあまり聴いていないのかもしれない。
自由曲のドビュッシーであるが「海」は非常に難しい。複数の楽器で、アンサンブルで柔らかい何層もの模様の彩を表現しなければならない。
この曲特有の繊細さと、逆にザワザワ感みたいなものはよく出ていた。聴こえる音、聴こえない音、みんなしっかり吹いていたのだろうと思う。
曲が終わったとたんにとんでもないブラボーがとんでいたが、何もわかっていないのだろう。何を聴いているのか。曲を聴きなさい。

3.西関東 埼玉県立松伏高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
三善晃/「竹取物語」より(編曲)
【感想】この自由曲は問題だと思う。音のための音になっている。効果のみをねらった音楽。それともそのような部分だけ切り取って編曲したのか、それならますます問題だ。
内容のない音楽で損をしたと思う。演奏自体はよいものなのだが、有り余る技巧で勝負すると一本調子になってしまい、それは長くは続かない。

4.東京 八王子高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
シュトラウス/ティル(編曲)
【感想】課題曲のセリオーソが3校続いた。さすがに頭の中が洗脳モードになってきた。同じものを繰り返し聴くと思考が停止する。多様な表現に驚かされるが、逆に自由曲のほうは後半になってあまりぱっとしなくなってきた。
ティルも気張り過ぎ。音が空回りして、ジャジーな部分とか、つっかえてしまっている。
重い演奏ならそれはそれでいいのだが、そうしたくないのにそうなっているように聴こえてくる。あまりに重い。

5.九州 鹿児島県原田学園鹿児島情報高校
課題曲:Ⅰ内藤淳一/ブライアンの休日
ロバート・スミス/交響曲第2番「オデッセイ」より
【感想】自由曲はオリジナルなようで悪くはないが、曲の限界が見えている。作曲は現代の人のようだが、この曲は何年のものなのだろう。もしかして若い作品かな。曲の限界を照らしてしまう演奏はすごいとしか言いようがないが、このコンクール、それが目的ではない。
後半5校終わったところだが、自由曲がいま一つ。演奏に関しては、この5校ではこのオデッセイが一番良かったように思う。気合いを入れなおして次の演奏へ。

6.東北 宮城県泉館山高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
イベール/「寄港地」より、ヴァレンシア(編曲)
【感想】だいぶ流れがよくなってきた。後半6校目にきて肩の力が抜けたいい演奏に出会った。
この曲は知らない人は覚えてねという感じで、作曲家の名前は知っているが、曲のタイトルも聞いた事はあるが、どうもあまり印象に残らない、と言った雰囲気はある。
もし今日の演奏で初めて聴く人たちが多数いたとしてもこれから聴きこめばいい。
技術力の困難さを競うのではなく、それを征服したあとに何が残るかだ。

7.九州 福岡県精華女子高校
課題曲:Ⅰ内藤淳一/ブライアンの休日
クロード・スミス/フェスティヴァル・ヴァリエーション
【感想】素晴らしいの一言。曲芸的な技を通り越して、爽快な「ノリ」のよさが音楽本来の喜びを感じさせてくれる。
曲自体技術に走った部分もあるが、そのようなことを忘れさせてくれる(基本的解決事項の一つでしかないと思わせる程度にしか脳裏をかすめさせないという意味で)実にのりにのった演奏で、スコアの音符から、音符にはない躍動感があふれ出た。
コンクールちょっと横において、これこそが音楽ファンが求める音楽。今日の演奏は練習でもあまりなかったような出来栄えだったのではないか。
音符というのは同じ音符の繰り返しであっても、繰り返す行為自体が別のものをうむ。リピート、ダ・カーポ、それの繰り返し、そこにあまりポリフォニックな造りが無かったとしても、今日のような出来になるんだ。
曲はタイトル通り変奏曲。ブラームスのハイドン・ヴァリエーションをイメージしてほしい。主題と終曲をはさんで8回変奏される。一つ一つが途切れ途切れになる変奏なのだが、終曲に行きついたときになんとも言えぬ、これら変奏を乗り越えてきたものだけが味わうことのできる不思議な「思い起こし感動」に浸ることができる。感情の時間位相的興奮が音楽の交感に変わる瞬間だ。
そのようなことを想起させるに足る素晴らしくも流れる見事な演奏であった。
自分の採点では結果的にトップ!
ちょっと話がそれるが、昔は男子校というのが幅をきかせた時代もあり、男子校で吹奏楽部は男だらけ、ほかの部も同じですが。。
それで、ウィンドもなにもかも男だらけの風景が残像としてある。
むろん、男子校もあれば女子高もある。女子高の吹奏楽部というのは全国レベルでは有名どころはなかったと思う。学校も、あんまり力を入れていないというか、もしかすると女子高は合唱とかに力がいっていたのかしら。昔の事は忘れてしまったというより、あまり脳裏に刻まれるような状態で考えたことがなかった。
今日のようにすごい演奏が続いてしまうと、男子、女子、分けるのがあまり意味がないなぁと思ってしまう。卒業してからも自分のかわいい楽器を忘れることなく、どのような小さなささいな機会(例えば高校のOB会の校歌斉唱の伴奏!)でもいいからそのようなことがいつ起こってもいいように、ともすると忘れがちな普段の日常ではあるかもしれないが、音を出していてほしいと思う。
いい演奏でした。

8.四国 愛媛県立北条高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
高昌帥/パンソリック・ラプソディ
【感想】この自由曲は、ウィンド・オーケストラのための、ということでありオリジナル曲。高の曲はこの次の高校でも別曲であるが奏された。人気がたかいのだろう。作為に走らない曲でいいと思う。柔らかく流れる曲ながら、響きの強靭さもある。
ところで、今日のプログラムをみていたら指揮者賞というのがあるが、これも金賞銀賞銅賞と同じで、午前の部、午後の部、両方にあったようだが、審査員無視で(失礼)、個人的に選んでみた。もちろん1位一人のみです。
個人的に選んだ指揮者賞は、この高校を指揮した石村新吾さん。
一言で言うと腕に音楽がからみついてくる。そんなもの見えないからなんとでもいえるだろう、と言われてしまえばそれまでですが。。
でも、4桁オーダー(たぶん)に達する演奏会を観て聴いてきた河童から見て、この感覚なんとなくわかって欲しいなぁ。
この指揮者は譜面なしで振っていたのだが、そんなに身ぶりの大きなアクションではないが、音楽に埋没している姿、真摯ともいえるがそのようなスタンスが好ましい。振りスタイルは若干異なるが若かりし頃のダニエル・バレンボイムのような感じだ。腕から音が出る。腕に音がからみつく。腕を音が追いかける。正しく。。
手の動きどおり音が流れ出る。よかったと思います。
これと逆だったのが12の高校だが、明らかに指揮のための指揮。プレイヤーをないがしろにしていい演奏は生まれませんね。

9.東関東 埼玉県柏市立柏高校
課題曲:Ⅳ片岡寛晶/天馬の道
高昌帥/マインドスケープ
【感想】後半の部ではじめて課題曲Ⅳが演奏された。耳心地は良い曲ながら、今一つの感がある。
自由曲は前校と同じ作曲家による別の曲。これもウィンド・オーケストラのための曲だ。こちらの曲のほうがより、ブラスのために、と言った感じ。どちらも印象的な曲ながら同じ作曲家の曲が立て続けに奏されるのはどうかと思う。曲の相違に力点が移ってしまい、その比べっこになってしまいそう。
演奏順番をどのように決めるか知らないが、誰の意思もはいらない方法なら仕方がない。偶然とあきらめよう。
ただ、曲の傾向が同じではなく、よりウィンド、よりブラス、別々であったため救われた。

10.北陸 石川県金沢市立工業高校
課題曲:Ⅰ内藤淳一/ブライアンの休日
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲(編曲)
【感想】非常に誤解を生む曲のタイトルではある。吹奏楽のコンクールにソロ・ピアノが割り込んできたわけではないので間違いなきよう。もともと派手にピアノが動きまわる曲ではないとはいえ選曲に、ここまできたかとそのように思っても不思議はない。ここは聴くしかない。
ピアノの活躍する場はほとんどない。左奥に陣取ったピアノも右手、もしくは両手で弾いていたようだし、曲相もピアノはどちらかというと埋没系。ここはあまり気にせずに聴こう。
演奏はラヴェルにしてはかなり分厚い。編曲のせいか多くの楽器が同時に鳴る局面が多々あるようだ。ラヴェルの本来の方向性もそのようなところがあるが、もっと輝きがある。
個々人は歯切れよく奏していたと思うが、マスとしては必ずしも切れ味鋭い演奏にはなっていなかったようだ。
やる曲に飢えているわけではないと思うが、この種の曲まで吹奏楽に持ち込む必要があるのかどうか。少し考えさせられる。

11.西関東 埼玉県立伊奈学園総合高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
バッハ/シャコンヌ(編曲)
【感想】課題曲はニュアンスに富み、表情が豊かで新鮮。長くも厳しい練習の積み重ねで勝ち得たものだろうが、その労を感じさせない自然さが心地よい。
自由曲はバッハのシャコンヌ。この曲で派手に聴衆の心を10分足らずのうちにつかむのは難しいと思う。聴き手の積極的な意思が必要な曲だ。ちょっとボテ気味なところもあったが、シャコンヌに込めた気持は伝わった。
ところで、この曲の編曲者は審査員の一人と思われる。これは普通のことなのだろうか。あってはならないことだと思うのだが。そこらへん、あんまり考えてもしょうがないのかしら。同じような例がたくさんあるのかもしれないし。。

12.東海 愛知県安城学園高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
ドヴォルザーク/謝肉祭(編曲)
【感想】後半の部8校目のところでも少しふれたが、指揮が少しばかりわずらわしい。スコアなしで振っていたが、曲自体振るほうからすると変速拍子であるわけでもないし安心して振っていられる。それでかどうか、右に左にと余計な動作が目につく。必要なものであればいいのだが、1年を通して練習してきた曲だ。あんなアクションは必要ない。普段していることをすればいいだけ。指揮者だけ何故か、指揮者賞狙いなのか、とにかく音楽と一体感のない身ぶり手ぶりが不自然。曲は別のところで鳴っている感じ。かい離しているようで音楽の喜びが伝わってこない。
ただ、生徒の練習の成果は十分に出ていた。ドヴォルザークの浮き出るソロ・インストゥルメントは雰囲気がいいし、まるで弦楽器のような束になった響きも流麗で聴きごたえはありました。曲種の問題点などについてはいろいろ書いたので繰り返しません。

13.中国 島根県出雲北陵高校
課題曲:Ⅳ片岡寛晶/天馬の道
シュミット/ディオニソスの祭
【感想】やりつくされてまだやっている有名曲ということになる。
500円で買ったプログラムの18ページ目がちょうどかどうか、この高校の番のところなので、学校名と曲目が載っているが、同じく指揮者の原田さんの紹介があり、指揮者として全日本吹奏楽コンクールに15回出場されました、ということで長年出場指揮者表彰の紹介がある。輝かしい戦歴だ。
ブラボーもない拍子抜けするようなやや冷たい拍手にきょとんとしていたようだが、本人にしてみれば肩すかしのようなものだが、ブラボーとかは演奏内容とあまりリンクしているとは言い難いので気にする必要はないと思う。
譜面不要の手慣れた指揮でたしかにほかの誰よりも安心してみていられる。常連であるが、ふと、審査員に対して目に見えない権威が伝播していくように感じたが気のせいだろう。
それでディオニソスは、メリハリのきいた演奏なのだが、そのメリハリさえ時代がかって聴こえてきた。昔と同じ方向性で磨きをかけてきている。
相手にする生徒、学校が変われば、一からやり直さなければならない。そのようななかで演奏自体に磨きをかけていけるのは至難のわざ、努力といえるが、同じ向きのベクトルであり新鮮さがやや失われたかもしれない。
ただ、フォルテシッシモの上にフォルテシッシッシモがあったということを気づかせてくれる、聴き落としていたものに気づかせてくれる名演であるには違いない。

14.北海道 東海大学付属第四高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
プッチーニ/「トゥーランドット」より(編曲)
【感想】長い長い一日もこの学校の演奏で終了となる。長かったが振り返ってみれば、まだまだ続いても聴いていられる。そのような素晴らしい演奏が多かった。
オペラのことについては前半の部の6校目の蝶々夫人のところにも書いたので繰り返さないが、トゥーランドットは最近いろいろなところで耳にするので誰でも知っているポピュラーな曲になった。
アレンジの内容は抜粋とは異なるもので、ストーリーの順序とは関係なくうまくつないである。イタオペとは一線を画するソプラノが必要なオペラだし、とろけるサウンドも持続の妙が持ち味ではなく、ドラマチックな劇内容に沿った強じんな音もときとして必要だ。
そのようなことに配慮された編曲で、バンド向きになっていたようだ。
この編曲者がバンドの音に精通しているのがうかがえる。
演奏もきまっていて、ツボをおさえたものになっていた。

後半の部 終了


長い一日が終わりました。
前半の部はこちら。
勝手につけた順位はこちら。
勝手につけた順位は金賞銀賞銅賞ではなく1位29位です。21位からは順不同にしてます。
審査員がつけた金賞銀賞銅賞と明日あたりくらべてまた書いてみます。
書き終わるまで、まだ、今大会の情報は意識的にみてませんので明日が楽しみです。

コメント

701- 前半の部 第56回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部 2008.10.19

2008-10-22 01:20:44 | コンサート

全日本吹奏楽コンクール全国大会高校の部

に行ってきました。

 

全国大会 高校の部

20081019()

普門館

 

 

前回のブログでは勝手に順位をつけました。

審査員がつける金賞銀賞銅賞ではありません。

1位から順番につけました。

この一連の感想を書くにあたり、当日の審査結果の発表時は意識的に会場を離席しました。また吹奏楽連盟などのサイトも意識して見ずに書いております。全部書き終わってから見るつもりです。

 

まず一言。
「ノリ」のいい演奏が少なかった。
流れるような音楽ではなく垂直に前進するような演奏が大多数。コンクールという特殊な状況ではノリのいい滑るような演奏はリスキーであり、それをとることはできない、危ない橋は渡れない。それはよくわかる。だからいたしかたない部分もある。
でも、そのコンクールという特殊状況を忘れさせてくれるような演奏も欲しかった。これは決してないものねだりではない。
有り余る力を出させない悲しみはサラリーマンに通じるところがある。自己主張20パーセント言えればおんのじ。残り80パーセントは給料をもらうための我慢代。そんな気持ちで演奏はもちろんしていなかったと思うけれど、若者らしいスリルがあまりなかったというのは、硬直した大会のせいか。もしかすると転換期にきているのかもしれない。
などと思いつつ、、
課題曲は、Ⅲセリオーソが厳粛を通り越して非常に重い曲であるが、それ以外は押し並べていわゆるブラバンのデモンストレーション曲。
Ⅴ火の断章がどこの高校にも演奏されていないのは残念というか不思議。(大学、職場の部では結構取り上げられているようですが。。Aクラス向きではないということかしら。。)
自由曲に関しては、だいたい以下のパターンの選曲とみた。
まずは、オリジナル曲。
オリジナル曲の選曲もなんだか二通りあって、
ひとつは、いわゆる昔の有名オリジナル曲。今となっては陳腐に聴こえたりする曲もある。演奏されすぎて耳にタコ状態の高校生も多いことだろう。
二つ目は最近のオリジナル曲。これははっきりいっていいものがあまりない。少ない。
そのために、三つ目のパターンと言えるかどうかわからないが、昨今のいわゆる現代音楽、日本の現代音楽などに響きの上での親近性を求めた曲を選曲。これは管弦楽のアレンジもの。
以上、一、二、三のパターン
次に四つ目のパターンは、いわゆるクラシックの名曲。これには三通りあって、古典的名曲(ショスタコなんかもはいる)、ラヴェルなどのように響きの妙を聴かせるもの、それに昔はなかったオペラの編集もの。これは一歩間違えばオペラプロムナードの夕べみたいな危うさがある。
以上、四、五、六のパターン
ざっとこんな感じになる。
だいたいこの6パターンで競うわけであるが、同じ位相で比較するのがかなり難しい。というのも、全校あまりにもレベルが高すぎて、技術の位相ではなく、解釈の世界、選曲の世界でしかその違いを見出せなくなってしまっているのが実際のところ。
そうなると、曲自体の優劣にまず最初に頭がいってしまう。食材でドジョウよりもノドクロがいいよね、みたいな世界になってしまって優劣の価値基準をどこに据えればいいのかわからなくなる。
自分の好み、じゃ、コンクール成り立たないし、背骨を伸ばしてコンペティションを行う強い意志が必要だが、それにもまして、なにか統一的な基準を具体化できる点数表と採点項目の一覧表が、通常の採点基準とは別に必要な気がする。曲種の違いを平均化する手法ですね。
そのようなうれしい悩みを抱えながら、9時間半のコンクールに突入。
一瞬の睡魔に襲われることもなく、課題曲には、最後には洗脳されモードになりながら、昔、カラヤン指揮ベルリン・フィルがマーラーの6番をちょんぼった、どでかい普門館での長い長い一日の開始が宣告された。。

前半の部

1.東北 秋田県立秋田南高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
黛敏郎/管弦楽のための饗宴 (編曲)
【感想】課題曲はアイレイ・モルトをオンザロックスにしたような曲で、岩は美味に浸されて幸せだろうが、見てる方はちとつらい。
この曲は29校中9校が演奏した。課題曲のなかで解釈の幅が一番大きい曲で、取り上げた学校毎に多様な表現を聴くことができた。
非常に深刻な曲だが、音の方向性が垂直であり、意識して流れを排したような音の構造であり、音楽の滑るようなスリルを許さない。つまりリスクを冒させない。その意味ではコンクールに向いている曲だ。逆説めいているが、だから解釈の幅が広がったということはありうることだ。
自由曲は最初から難曲だ。やや硬めの音で下から上へ鳴り響く強烈なサウンドはいきなりブラボーがとんだ。
この、ブラボー、曲者で、何故か2階からしか聴こえてこない。それも2階に陣取った審査員席の付近から?
あとでわかるのだがこのブラボーと演奏内容あまりリンクしていない。聞き流した方がいい。
だからといってこの演奏が悪かったという話ではない。この時点で一番。河童採点ではこの後しばらく一位を確保していた。
秋田というと、その昔は横手高校、秋田高校、花輪高校などが、全国レベルの上位で活躍していた時代があったが、今はどうなのだろうか。流麗というより核心にひたすら迫ろうとする演奏が多かったように思う。

2.東京 東海大学菅生高校
課題曲:Ⅳ片岡寛晶/天馬の道
ホルスト/「惑星」より、木星 (編曲)
【感想】この課題曲は29校中5校が演奏した。あまり印象に残らない曲ながら、聴いているときはそれなりに気持ちの良い曲だ。最初にⅢを聴いた直後だとこちらの方が耳に心地よい。でも、作品としてはⅢが明らかに上。
自由曲であるが、テンポがあまりに速すぎる。これではABAではなく、AAAだ。テンポが平板化され定常的に騒がしい。時間の制約があるのでいたしかたないところもあるが、ひと工夫必要だったかもしれない。
また、最近この曲は平原綾香のJupiterで流行りましたが、昔から同じ作曲家による組曲第2番等と同じく演奏されていました。木星のほうはオリジナルではないという違いはあるものの、曲としてはもう30年以上前に征服されているもの。曲は陳腐とは言わないがやりつくされている。リバイバル?

3.東関東 千葉県習志野市立習志野高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
ムソルグスキー/「展覧会の絵」より(編曲)
【感想】この課題曲Ⅱは29校中9校が演奏しました。
非常にさわやかな曲で、ウィンドのピッチが合えば合うほど気持ちよく聴ける。ブラスの抑制された美しさが耳を奪う。もっと強弱が欲しい、と思わせるぐらいスマート。
この曲を課題曲として軽く通過させるか、徹底して練習をやるか、方向性の違いが明確に出る曲だ。ただ、徹底してやるならⅢを選んだほうがいいと思う。
自由曲はかなりテヌートのきいた演奏でしたが、ブラスが、ある部分長い時間にわたり均一性を保持するのがやや困難。この曲にはペイヴメントが敷き詰められたような音の帯が必要だと思うのだが、そこまで求めるのはやや酷。。
敷き詰められてストンと切れる。羊羹みたいに。。その繰り返しが徐々に音楽の盛り上がりを作る。
また、本来30分強の曲なのでかなりブツ切り編集となるが、フォルテの響きの饗宴にならないような配慮があったのはいいことだ。
当然、ムソルグスキーよりもラヴェルを意識した音のペイントであるわけだからその華麗さがもう少しあっても良かったかもしれない。

4.中国 岡山学芸館高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
コダーイ/「くじゃく」変奏曲(編曲)
【感想】同じ課題曲が続いたが前校と明らかに異なり、太いマスサウンドでせまる。
昔風の芸風といっては失礼だが、なんだかとてもなつかしく、本来あるべき姿のようなものを思い起こさせてくれた。
自由曲は、コダーイがアレンジしたものをもういちど編曲しているわけであるから少しややこしい。これだけ太いサウンドのコダーイというのはその地を感じさせてくれる。
コダーイの音楽というのはハンガリーの民俗音楽であると同時に、アメリカの50年前の時代音楽との同化というものがあり、そこらあたりの共通性をあまり見いだせなかった。
いずれにしてもマスサウンドでせまる好演。

5.西関東 埼玉県春日部共栄高校
課題曲:Ⅳ片岡寛晶/天馬の道
鳳凰が舞う ~印象、京都、石庭、金閣寺~
【感想】課題曲はニュアンスが多彩であり、自由曲に期待を抱かせる。
4つのパレットをひき出すのは難しいと思うが、曲が作為的なだけにメリハリの効いた演奏となった。
現代のオリジナル曲の一つとしてあるわけだが、その方向性などとまどうようなところもあり、昨今のトレンドがどのようなものなのか明確な主張が見えてこない。
演奏は素晴らしく、この時点で1.に続くもの。

6.東関東 神奈川県横浜創英中学・高校
課題曲:Ⅰ内藤淳一/ブライアンの休日
プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」より(編曲)
【感想】この課題曲Ⅰは29校中6校が演奏しました。第18回朝日作曲賞受賞作品である。
この曲もⅡ同様な曲であるが、この高校に演奏されることにより、豊かなニュアンスが醸し出され、色は暖かいチェックのブラウンという感じで楽しむことができた。
楽しめたといえば、自由曲。最近のはやりとはいえオペラである。一つ間違えばオペラ・ロマンティックプロムナードの夕べ、みたいになってしまう。つまりコンクールというよりはムードミュージックのBGMのような危うさを持っている。
ハミングコーラスをはじめとするピアニシモのあまりの美しさは高校のレベルを遥かに超えてしまっていて、そのとろけるサウンドに思わずふと、この悲しくてなんともやるせないオペラの結末に思いがいって悲しくなり、切ない感動がひとしきり胸を震わせた。見事な演奏であった。
オペラとしての蝶々夫人の構成感はいまひとつぎくしゃくしたものなのだが、そこらへん、うまくクリアした編曲の妙も上出来。
といった感じの感想になってしまい、コンクールとはちょっと別の世界に入り込んでしまう選曲ではある。

7.関西 大阪府立淀川工科高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
大栗裕/大阪俗謡による幻想曲
【感想】まず、演奏が磨かれすぎ。技術力、表現力、唖然とする演奏。
多彩な楽器、パーカッション群を駆使した豪華な音色変化(へんげ)は見事というしかない。
また粒立ちの良い、立ち上がりのしっかりしたサウンドは色彩感のみならず立体感、深掘り感をものの見事に魅せてくれた。言うことなし。
曲は大阪俗謡というのが何なのか明確な輪郭のようなものがわからず、幻想曲というよりも抽象的な感じがあり、方向感がよくわからない。メリハリはこの高校の演奏によりつけてもらったようなところがある。この曲もオリジナル曲なわけだが、今一つひらめき不足。
この時点で、同校断然トップ。

8.中国 岡山県おかやま山陽高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
マッキー/「かわせみ」より
 Ⅰ雨上がりに...Ⅱ焔の如く輝き
【感想】課題曲Ⅲは秋田南に続いてようやく2校目。だんだん曲のことがわかりかけてくる。解釈はかなり異なる。この演奏もそうだが、自由曲のかわせみは非常に劇的に作り上げた表現で、曲相は日本語のタイトルからしかうかがいしれないが、それでもなんとなくしり上がりに盛り上がっていく曲だなぁと言う感じはある。6,7,8校とレベルの高い演奏が続いてきた。聴衆ものってきた。

ここで前半の前半が終了。

9.四国 愛媛県立伊予高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
ラヴェル/「スペイン狂詩曲」よりⅣ祭り(編曲)
【感想】前半の後半が開始。またしても課題曲Ⅲ。曲の真相がだんだんと見えてくる。演奏のほうもいろいろ作戦を立てているようだ。この高校が演奏した課題曲は最後の部分がテンポを落としたものすごい盛り上がりとなり圧巻。
自由曲にラヴェルが出てきた。色彩感を出せる曲で、腕の見せどころ。少し重かったかもしれない。というよりバランス感がいま一つでウィンド以外が強すぎ。ウィンドの数を増やした方がよかったのかも。ちょっとボテ系となった。

10.北海道 北海道札幌白石高校
課題曲:Ⅳ片岡寛晶/天馬の道
矢代秋雄/「交響曲」より第4楽章(編曲)
【感想】信ずる者は救われる。信じなくても救われる。よくもまあこんな困難な曲をやるもんだ。やる意味は?そこに曲があるから、だろう。それとも材料探していきついたさき?
結果は完璧。演奏は完璧だ。
曲は矢代の、今となってみればあまりに作為的な曲。当時のいわゆる現代音楽の響きを追った姿なのだろうが、今になってみれば時代音楽となっている。山岳のような響きは魅惑的であり、その普遍性は横に置くとしてもその時代を思い起こさせるに十分すぎる華麗な演奏に拍手。

11.東海 愛知県光が丘女子高校
課題曲:Ⅰ内藤淳一/ブライアンの休日
ドアティ/ストコフスキーの鐘
【感想】女子高である。驚くことはない。これまで10校。ほとんどの学校が女子中心。男の子なんか女性化してる雰囲気。昔はブラバン、男だらけだったが、この時代、トランペットもトロンボーンも全員女子なんていう共学高校もあり。変われば変わるもんだ。男が少ないのだろうか?それともブラバンは女子向き?
いままで、ステージの上で横に広がり過ぎた配置の学校が多かったが、この女子高は中心をもってまとまり、音の響きもそのように響いてくる。好ましいと思う。
自由曲は魅惑的なタイトル。演奏もオリジナルの強みか、楽器をうまっく使った豊かな表現をもつ曲。印象的なベル。盛り上がる曲相。
ストコフスキーとはレオポルド・ストコフスキーのことだろうか。
流れのあるいい演奏となった。今のところ4位だな。

12.九州 福岡県立嘉穂高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
シュトラウス/「アルプス交響曲」より(編曲)
【感想】でました。アルプス交響曲。アナウンスの紹介がいい。リヒャルト・シュトラウスとは言わない。シュトラウスのアルプス交響曲と紹介。つまり、ヨハン・シュトラウスの曲なんて今じゃどこの高校でもやらないんだよ。昔は「こうもり」序曲なんてぇのもあったけど、そんな時代じゃないんだよ、といっている。アナウンスが。。
これも長い曲なので、ほんのつまみ食いのような編曲になってしまうのだが、上下のスロープをうまくつないだ編曲。特に頂上のブラスの響きは圧巻。
それでも抑制されたような響きになっているのは冷静な興奮としか言いようがなく、この高校の実力を思い知った。2位急浮上。

13.東北 福島県立湯本高校
課題曲:Ⅱ糸谷良/マーチ「晴天の風」
バルトーク/「中国の不思議な役人」より(編曲)
【感想】素晴らしい演奏がこれでもかこれでもかと続く。
課題曲はかなり抑えた表現。意識された統制を感じる。さらに魅惑的な曲に生まれ変わった瞬間だ。
バルトークは、この高校のあとのあとに天理もやるが、編曲者が異なる。これはいい比較になる。どっちにしろ例のトロンボーンの部分は、はいるだろう。
課題曲の抑制とは違う迫力ある演奏に舌を巻いた。この曲がこんなに巨大だと思ったことはない。バルトークの別の面に触れたような感じ。
この作曲家の幾何学的な音構成がよく表現されていた。

14.北陸 富山県立高岡商業高校
課題曲:Ⅰ内藤淳一/ブライアンの休日
ショスタコーヴィッチ/交響曲第5番第4楽章(編曲)
【感想】この高校も広がらずまとまった位置関係で演奏。
この自由曲は30年前にやりつくされている。冒頭の秋田南などたしか第1楽章!の演奏の先駆者では?
第4楽章は昔流行りやまいのようにやたらとはやったわけで、今日の演奏はカットがあったが、その昔はカットなしの高速演奏であった。
今日の演奏はカットがあったわりには、ホルンのソロがある中間部もなぜか騒がしく、テンポを落とせるはずなのだが、全般にあまり速くないだけにこのようなフラットな演奏となった。そのわりにはあまり解きほぐされた感もなく、個人的には陳腐な曲で損をしたと思う。選曲に難。

15.関西 奈良県天理高校
課題曲:Ⅲ浦田健次郎/セリオーソ
バルトーク/「中国の不思議な役人」より(編曲)
【感想】前半のトリは天下の天理高校。
後ろのブラスが台に乗っていない。もしくは低い台?
もちろん響きに良くも悪くも影響がある。
演奏は、技術力はものすごいものの手慣れ過ぎた感がある、といったところか。いままであまりにもうますぎて疲れた?
バルトークの演奏効果は、二つ前の湯本高校の編曲のほうが上ではないか。
天理にはパイオニアとなり、何か新たな試みに挑戦して欲しいような気がする。

前半の部 終了

ここまでの15校で審査があり、とりあえず金銀銅が決まってしまう。
わかりたくないので離席。
方南町の日曜日、駅の近くまでいっても飯が食えない。
とにかく、このコンクールのせいで日曜に開いている店はどこへいってもいっぱい。ろくに昼飯も食えない。来年は弁当持参だね。
コメント (3)

700- 第56回全日本吹奏楽コンクール全国大会 高校の部2008.10.19

2008-10-20 00:02:19 | コンサート

1_2   

 

日曜日だというのに、普段の平日よりもずっと早起きしていってまいりました。

 

20081019()普門館

56回全日本吹奏楽コンクール

全国大会 高校の部

 

9:0018:25 (審査表彰式除く)

 

大変に疲れました。

9時間半。忍耐が要ります。

体重減りました。

が、

毎度、金賞銀賞銅賞の3種類だけ。

29校出て最低でも3位というわけだ。

そこで、自分なりに順位をつけてみた。

20校までは順位をつけ、あとは順不同とした。順位を書いてもいいが、高校野球でも優勝準優勝までであとは順位がよくわからない。優劣ではなく、優を選んだということです。

(個人的なメモですので公式記録とは関係ありません。)

1.九州 福岡県精華女子高校

2.関西 大阪府大阪府立淀川工科高校

3.東北 福島県立湯本高校

4.中国 島根県出雲北陵高校

5.四国 愛媛県立北条高校

6.九州 福岡県立嘉穂高校

7.東北 秋田県立秋田南高校

8.西関東 埼玉県春日部共栄高校

9.中国 岡山県おかやま山陽高校

10.東関東 千葉県柏市立柏高校

11.東海 愛知県光が丘女子高校

12.関西 奈良県天理高校

13.北海道 北海道東海大学付属第四高校

14.東関東 神奈川県横浜創英中学・高校

15.東北 宮城県泉館山高校

16.北海道 北海道札幌白石高校

17.東海 愛知県安城学園高校

18.九州 鹿児島県原田学園鹿児島情報高校

19.関西 大阪府明浄学院高校

20.東関東 千葉県習志野市立習志野高校

xx.中国 岡山県岡山学芸館高校

xx.西関東 埼玉県立松伏高校

xx.東海 長野県長野高校

xx.西関東 埼玉県立伊奈学園総合高校

xx.東京 東京都東海大学菅生高校

xx.北陸 石川県金沢市立工業高校

xx.北陸 富山県立高岡商業高校

xx.四国 愛媛県立伊予高校

xx.東京 東京都八王子高校

指揮者賞

5.四国 愛媛県立北条高校の石村新吾さんへ

(*個人的なものですので公式記録とは関係ありません)



以上ですが、最初にも書きましたように、個人的なメモですので公式記録とは関係ありません。

 

 

明日以降、演奏内容について書きます。

 

 

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

 

コメント

699- ALL JAPAN BAND COMPETITION2008 2008.10.19

2008-10-19 20:31:52 | コンサート

1


20081019(普門館

高校の部

 

9:00-18:25

 

 

疲れました。

 

 

 

2

 

 

 

 

明日以降内容アップ。

コメント

698‐こくのある硬めの棒 ノセダ NHKso. 2008.10.18

2008-10-19 00:04:24 | 音楽

20081018()3:00pm

NHKホール

.

スメタナ/交響詩「ハーコン・ヤール」

ショスタコーヴィッチ/チェロ協奏曲第1

(アンコール)バッハ/サラバンド

.

メンデルスゾーン/交響曲第3番「スコットランド」

.

チェロ、エンリコ・ディンド

ジャナンドレア・ノセダ指揮

NHK交響楽団

スコティッシュにおけるウィンドの響きを聴くとやはりこのオーケストラは世界レベルに比する美しさとアンサンブルを持った楽器であると感ずる。(ウィンドは)

2楽章のクラリネットのあとに同じ音形で続くホルンの強奏が、うるさいティンパニでかき消されてしまうのは非常に問題であるが、この総じて耳障りなティンパニを除けばほぼ完璧。

約一か月前のN響定期でもそうであったが、ステージ部分を通常のオケピットのあたりまで前に出しており、オーケストラが全体に前面に押し出されている。最近このようにしたのかどうか知らないが、音が前に出てきており粗悪なホールながら以前より響きは良くなった。

響きは良くなったのだが、どうもティンパニが強すぎる。奏者の問題かホールの響きのせいなのか。奏者の問題ならば指揮者がコントロールするはずだし、オンステージと聴衆席の感覚が異なるのかもしれない。

.

長身のノセダは以前のような激しい棒は少しおさまったようにみえるが、音楽に向かう真摯な姿は相変わらず好感が持てる。

ノセダはオペラ、劇場の人だと思われるが、随所にそのような箇所が見受けられる。棒は機械的なものではなく、たとえばオーケストラの呼吸に合わせて少し余裕をもたせたり、1.5回、2度振りみたいなところもある。一見するとオーケストラに振られているように見えたりするが、音楽の呼吸、流れを大事にしているのであり、またそのような振りができるということ自体、オペラの経験の豊かさを感じさせずにはおかない。

.

メンデルスゾーンの入りであるが、ウィンドが束になって美しいハーモニーを奏で、響きを堪能できる部分。そしてすぐさまヴァイオリンによる一筆書きの泣き節、これまたこれ以上ない美しさを感じる。メンデルスゾーンのリッチなトーン。

N響の実力がこれ以上明確な形で現れる音楽もめったにない。実に美しいハーモニーとなった。メンデルスゾーン全開だ。

ウィンドのアインザッツがいま一つ明確性を欠く部分があったが、この曲はこのようにボワーンと響くほうがかえっていいような気もする。あまり気にせずに聴こう。几帳面なヴァイオリンの響きがまわりの楽器をそのように聴こえさせていたのかもしれない。

.

ノセダのメンデルスゾーンはかなり筋肉質。というのも、始終活躍するヴァイオリンが几帳面であるため、線が細いというよりも鍛えられた芯の強さを感じるし、またフレーズの切り上げもさっとしたものであまり尾を引かない。そのような感じが全般にあり、線はそんなに太くないものの鋼(はがね)のような音のつくりが面白い。また、オタマジャクシ一つ一つに味があり、聴くほうも噛みしめながら聴く。

音楽の造形はなんだか大規模なものとなり、第4楽章がいったん途切れた後の峻烈なコーダの響きはさらに引き締まったものとなり、結果的に爽快といえる快演。

ショスタコーヴィッチのコンチェルトのエンリコ・ディンドさん、全く知らない人ですが、弾き方は一見粗雑と思えるぐらいラフだったりする。この楽器に余裕があり過ぎるのかどうか、どのような音色が出ようと自信を失うことなく確信に満ちながら弾く。その姿勢は良しとしよう。

最初にも書いたがステージが前に押し出されているせいもあると思われ、音が前に出てくる。チェロの音もよく響く。ディンドの音自体かなりでかいと思うがその響きが明瞭に聴こえていい感じ。

また、アンコールでみせたサラバンドはピアニシモのピースながらなんだかとても響く。細かなニュアンスがよくわかり見事な出来栄え。

ただ、全体にやや作為的な部分かあるかもしれない。ディンドも例にもれず棒振りたがりの人物らしい。

一曲目のスメタナのハーコン・ヤール。もちろん初めて聴く。CDでもたぶん聴いたことがない。ある程度の音楽になると音符をかみしめて聴けばそれなりに味が出てくるものだ。特にこのような曲の場合、指揮者がどれだけ曲に共感、同化しているかといったあたりがとても大事になるわけで、ノセダの信念の棒は期待を裏切らない。曲自体はかなりなところもあるが最後まで丹念に聴かせてくれた。

この日はCプロ二日目である。土曜日の3時。

34年前に曜日、開始時刻の変更があったわけだが、それ以前にあった土曜日2時開始にもまして変なスタート時刻である。

客に若者はいない。おじいさんおばあさんの世界。躊躇なく言えば老人ホーム。

それねらいの時間設定と言ってしまえばそれまでか。

この曜日のこの時間、若者にはクラシック音楽以上に楽しいことがたくさんあるに決まっている。

おわり

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

697‐華金です。今日はザギン?ギロッポン?

2008-10-17 00:36:19 | 銀座にて

26

みなさん、また、華金がやってまいりました。

芸術の秋もいい感じになってきました。

それに食欲の秋でもあります。

.

一寸先の実需なき金の奴隷となった人間たちの喜怒哀楽、

マスコミがとりあげてくれてみじめさを俗世間に分からせてくれるだけでも幸せだと思いなさい。

誰も見てくれていないところで真の慟哭ができるものか。

虚業の命なんて線香花火の比にもならない。

世界大恐慌だそうだ。

聞いて笑える。

当事者が言うからさらに笑える。

人間の身勝手さなんてきりのないものなのさ。

.

ということで、

今日の華金、みなさんはどちらにくりだしますか。

はやりやまいのハロウィーン騒ぎがはじまる前の華金です。

大事に遊びたいものですね。

今日のコースは、ザギンでちょっと握ってもらい、おなかが満足したところで、タクシーなんか使わずに(大恐慌なので)、日比谷線でギロッポンに寄り、たまには、はいったことのないバーでうがいをしてさらっと帰りましょうか。。

.

【アップした写真】

河童ハウスから眺めた夕陽のアメリカ本土。。

.

手前がマンハッタン。

ハドソン川の先がニュージャージーです。

いつ頃のものでしょうか。

夕陽の美しさはどこでも同じですね。

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

696‐ジュー、そして、トゥーランガリラが響きわたる。イラン・ヴォルコフ&都響2008.10.14

2008-10-15 01:34:52 | コンサート・オペラ


2008年10月14日(火)7:00pm
サントリーホール

ドビュッシー/「遊戯」

メシアン/トゥーランガリラ交響曲

ピアノ、児玉桃
オンドマルトノ、原田節

指揮イラン・ヴォルコフ
東京都交響楽団


お目当てはメシアンながら今日はどうしてもジューから書かなければならない。
指揮者のヴォルコフは1976年生まれでイギリスで活躍する若手。プログラム、フライヤーでみる写真とは様変わりしていて、長髪でひげ面。スリムな感じで、昔の若かりし頃のデニス・ラッセル・デイヴィスを思い出した。

最初の曲ドビュッシーの遊戯であるが、非常な名演で、生ではピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏につぐ印象的なものであった。
まず、都響のサウンドであるが、低音がどっしり重い読響の逆だと言えば想像がつくだろうか。ベースやチェロより高音系の楽器の響きが良く、下から上にせりあがっていく感じ。それから全体に出しゃばった音がない。非常に均質性に富み、バランスの良さを感じさせてくれる。音色はドライ系。
これがヴォルコフのものなのかオケのいつものサウンドなのか都響はあまり聴きこんでいないのでわからない、けれども、あえてドライなサウンドのドビュッシーはいい演奏となった。切れ味鋭いドビュッシーで輪郭が明確。フレーズをあまりひきのばさないで水滴のようにまとめる。そして、スコアで楽器が少ない薄いフレーズ、また逆に厚い部分。輝くウィンドの十六分音符のしずく。いろいろな音色で楽しませてくれる。
さっぱり系と言ってしまえばそうなのだが、チェロなど中声部をおさえコントロールした様がよくわかる演奏であり、敷き詰められた弦楽器の表現よりはウィンドとブラスを少しばかり強調し表現に明確な変化を施した演奏で、それでいて作為を感じさせないものでした。本人にしてみれば低音中音を抑えたというよりも全部同じ音圧にしただけだというかもしれない。
後半のメシアンでもそうだが、ヴォルコフという指揮者は自分の感覚を持っている指揮者であり、またそれをオーケストラに移植できる才能を持っている。有能な指揮者だ。いい演奏だった。これで後半のメシアンも大いに期待できる。

それではまず、いつもの言葉から。

東にその演奏会あれば、
雨にも負けず出かけ。
西にその演奏会あれば、
風にも負けず出かけ。
北にその演奏会あれば、
寒さに負けず出かけ。
南にその演奏会あれば、
暑さに負けず出かける。
熱意はいつもこんなよそおいで、この曲だけははずせない。

メシアン、一発必中の天才技。
この巨大な音響構築物を聴くたびに生理的快感をおさえきれない。
別におさえる必要はないのだが、冷静に聴かなければ逆になにがなんだかよくわからなくなるのでそこらへん、「燃える理性」が必要だ。
今日は2階センターに座ったが、そこから見て2階の退場者が後半第6楽章で3名、終楽章で1名とあいなったが、何しに来たのだろう?

それでは、メシアン、きざみ節の始まり。

今日は10楽章を細かく追うことはやめよう。
いつもと同じになってしまう。

第1楽章、第2楽章と、いきなりのメシアンのきざみ節が全開。
第1楽章には第10楽章のフレーズが見え隠れするが、おしなべて全ての楽章が同じように有機的な結びつきを有しており、それが親近性となり10楽章という途方もない曲ながら、いつも、あっというまに終わる。
第2楽章では指揮者ヴォルコフの腕がさえた。ドビュッシーでもそうだったが、この指揮者かなりテンポが動く。この第2楽章では(まだ第2楽章だというのに!)、後半オーケストラを急きたてドライブした。見事な腕で愛の歌Ⅰを表現。
まだ第2楽章が終わったところだが、ここまででいつもながらの放心状態。この音響構築物のその巨大さ異様な艶めかしさに圧倒される。
第3、4楽章と都響のアンサンブルの丁寧さに動かされる。出しゃばり奏者がいないのか抑えているのか、均質性を感じさせるアンサンブルはメシアンにしっくりくる。パーカッションも見事なバランスであり、大音響のバスドラの炸裂音も心臓に心地よい。
第5楽章ではいったん〆となる。羽根を伸ばして宇宙をさまようバードのようなサウンドが、飛行機から見る眼下の雲のじゅうたんに乗って空天を飛翔しているようでもあり、永遠の響きの中、ピアニシモからフォルテシッシッシッシモでオーケストラが全開となる。ここで浴びる音の気持ち良さは、やっぱりこの曲は生しかない。
第6楽章にたどりつく。愛の眠りの庭。
唯一静かな場面といいたいところだが、オンドマルトノのキュイーン、キュイーンという響きと対照的にピアノが細かいリズムを刻む。一聴するとなんだかせわしないが、このピアノのリズムはそれまでの楽章から派生したものであり、また、このあと最終的に超きざみ節の第10楽章の音型を先取りしたものとなる。従って、この楽章はその位置的にもちょうど折り返しとなる。
それで、はっと気がついた。ピアノである。
この交響曲はピアノ協奏曲風なところが多々あるのだが、この第6楽章にきてはじめてピアノの存在に気がついた。児玉桃さんという人だが、この曲完全に掌握してますね。楽譜のめくり方や、フレーズをひき終わった後の右腕の運びなどみていると何度この曲を演奏したかわからないぐらいやってますね、きっと。
オンドマルトノの原田さんは、人間というよりこの曲の定番といった存在ですので水の中にいる魚みたいなもんですが、児玉さんのピアノ良かったですね。この第6楽章におけるスタッカート、アクセント、こなれた技巧、どれをとっても素晴らしく、表現に幅があり、この曲をさらに大きなものにしていたのは間違いのないところ。あわてて第5楽章までのことを思い出そうと努力した。あとで言うのもなんですが完全にきまっていたというか、ツボをおさえた表現でした。トゥーランガリラに同化している。この後の楽章はピアノも必死に聴かなければいけない。
第7楽章が過ぎ、ほぼクライマックス状態の第8楽章に到達。このクライマックス、ブラスがばてても文句を言うつもりはない。いつも。
第6楽章のオンドマルトノと弦楽器による愛の主題キュイーン、キュイーンがこのクライマックスではブラスのユニゾンで高らかに、しかし、執拗に吹かれまくる。いったいどこまで続くのか、ヴォルコフの棒も冴えまくりみんな快感全開。さすがにブラスちょっとぶら下がり始めた。文句は言うまい。
第9楽章でカラフルなセクション・サウンドに浸りながらブラス小休止。
そして、究極のきざみ節の始まり。この第10楽章はあっという間に終わるのだが、といっても10分強はかかると思われるが、とにかく、きざまれた音の連続。8分音符16分音符にきざまれた節がひたすら続く。気持ち良さを通り越して生理的快感のようなものが背骨をはしる。
この楽章で、というか第1楽章から第9楽章まで演奏してきたあとの第10楽章という意味で力が試される。昔のスタジオ録音が完全なのはブツ切り収録だからであり、昨今のライブ録音とか今日のように生演奏の直聴き(じかぎき)だと、第10楽章ではプレイヤーがある程度ばてている。特にブラスはそれまで異常であり、この第10楽章でさらに異常な頑張りが必要。今日の都響は見事なアンサンブルで聴かせてくれたが、やっぱり最後までくるとかなりバテ気味。でも唇をちゃんと引き締めフォルテでもピッチがさがることもなくやりぬいた。演奏が空回りしなかったのは指揮者ヴォルコフの才によるところが大きいが、このような音響構築物ではプレイヤー一人一人が今日のように最後までやりぬく意思をもたなければ好結果は得られない。その意味ではやりぬいた。聴くほうとしても大満足。
ブラスのみなさん、ごくろうさん。
最後はオンドマルトノのキュイーンが鳴り響く中、フルオーケストラが天界を目指し、究極の音響構築物を作り終え昇天した。

拍手のはいりがちょっと早いような気がしたが、途中退場者4人以外、今日の聴衆はこの曲を聴きたくて来ていた連中が多いのだろうと感じた。腕が冴えたピアノの児玉さんへのオベイションは熱く、また、二人で手を取り合って応えていた原田さんもなんだかほほえましくなってしまった。
イラン・ヴォルコフは最初にも書いたが、このテの曲に自分の感覚を明確にもっている。従ってその表現に絶対の自信があるとみた。棒の振りもなりふり構わぬといったものではなく、先を完全に読んだ棒でありその意味では彼が一番冷静だったのかもしれない。

参考まで前回聴いたトゥーランガリラはここです。
683‐シルヴァン・カンブルラン トゥーランガリラ 2006.12.15

おわり

 

コメント

695- 大地の歌 メータ ファスベンダー ウェスト NYP1984.2.4

2008-10-14 00:10:00 | 音楽

Scan10018

芸術の秋ですが、コンサートの合間に昔聴いた演奏会のことを書いてます。

今書いているのは1983-1984シーズンの模様です。

それでは当時の感想ほぼそのままどうぞ。

1984年2月4日(土)8:00pm

エイヴリー・フィッシャー・ホール

.

10,449回公演

ウェーベルン/夏風の中で

ウェーベルン/オーケストラのための6つの小品

Commemorating the 100th Anniversary of the Birth of Anton Webern, December 3,1883

.

マーラー/大地の歌

.

ブリジッテ・ファスベンダー、メゾ

ジョン・フレデリック・ウェスト、テノール

.

ズービン・メータ 指揮

ニューヨーク・フィルハーモニック

.

Sunday,1984.9.30WQXR3:05pm放送予定

当日のプログラム前半は、本来ならばハイドンのロンドン交響曲であったが、ウェーベルン2曲に変更されている。

メータ、ニューヨーク・フィルハーモニック、それにファスベンダーによる第6楽章の熱演にもかかわらず場がしらけてしまったのは、無知な聴衆による盛大な拍手が各楽章間にはいってしまったことによる。

アメリカ人はソリストのはいる演奏曲目では楽章間で拍手をしてしまう悪癖があるが、今日はそのような聴衆がさらに反応してしまった。それは第1,3,5、楽章をまるでオペラのクライマックスのような絶叫で歌ってしまったウェストという人のせいである。

あのような身振りを伴った絶叫のごとき歌唱をしてしまうと、どうしてもこのマンハッタンの聴衆どもはブラボーの絶叫とともに盛大な拍手をついしてしまうのだ。

従って、当然の如く第2楽章はファスベンダーが歌うわけであるから、また拍手をしないと決まりが悪くなるのでまた盛大な拍手をしてしまう。

このような調子で最後まで続いてしまったため、この曲の持つある種、俗世間を越えたような音楽がその都度現実に引き戻され、もうひとつの世界との有機性を失ってしまった。

ウェストはヴィッカーの代役であるが、十分に練習を積んだとみえ譜面なしで歌っていたが、これは全く面白いことにファスベンダーと対照的であって、彼女は終始譜面をめくり自分の歌わないところまでも入念に何かを探すように食い入っていた。

どちらが良いなどとは言えないが、私にはファスベンダーのあのような姿のほうが好ましく映った。

ウェストは明らかに張り切りすぎであり、曲想に彼のような歌い方はマッチしない。声が張り裂けんばかりでそのたびに歌詞が明確性を欠き、聴きづらかった。

第1楽章が済んで盛大な拍手のあとファスベンダーが静かに第2楽章にはいっていく姿は、何かウェストが非常に馬鹿にされているようでもあり、そうとも知らずにこやかにファスベンダーの歌を聴いているその姿をみているとなぜか急にさみしくなり、彼の気持がよくわからなくなる。

.

といったわけで、聴衆の無知さかげんなども考慮すると一番心を落ち着けて聴いていられるのは当然第6楽章であり、これは実に素晴らしかった。とにかく、ファスベンダーが素晴らしいの一語に尽きる。声が透きとおっていてドイツ語の発音が非常にクリアで聴きやすい。

また、あまりヴィヴラートをかけないその歌い方がこの曲によく合い、時にゾクゾクとするほど冷徹なものを感じさせる。冷えきった冬の夜空の星を見上げるような冷たさがある。

歌の最後のフレーズewig…は、全くヴィヴラートもなく、ガラスのように澄みきった声で、この身を切られてしまいそうな冷たさと絶望感を表現していた。

メータ、ニューヨーク・フィルハーモニックがまた素晴らしく良く、特に第6楽章の絶望感と微妙なニュアンスがなんとも言えない。メータの棒は一見大振ぶりに見えるが、よく見ると指示が適切でありオーケストラをやっぱり操っているのだろうと思う。

マーラーに関して言えば、ニューヨーク・フィルハーモニックにはものすごい伝統があるわけで、これは大きな財産であり自信、自負につながっている。(そのわりには聴衆のバッド・マナーが気になるが。。)

また同じ例でいえば、あの最後のewigにたどりつくまでのなんともいえない超ロマン的、世紀末的、退廃的なフレーズが登りつめていって、ついにewigと歌われる姿は、これはマーラーそのものであり、このようなむせび泣きがなければマーラーの意義は半分失われるわけである。その点、メータ、ニューヨーク・フィルハーモニックはさすがに表現がまとをえていたように思う。

またファスベンダーが‘最後の最初の’ewigを歌った後、その音程でオーケストラが続けて歌うわけであるが、強弱、コントラストが全く彼女の歌と一致していて彼女がどこで声を切ったのか一瞬わからなくなるほどであった。ファスベンダーのような歌い方は聴衆を納得させるに十分であり、またガラスのように澄んだ声とともに非常に魅力的であったと言わなければならない。

最終的には、ウェストに難はあったものの、やはり生演奏の素晴らしさは何物にも代え難い。生演奏だといつもは聴こえない音が聴こえてくるようであり、曲が一層理解しやすくなる。

前半のハイドンがウェーベルンに替わっていたが、これは思いもがけない幸せであり、ついこの前聴いたばかりで、また聴きたいと思っていた矢先のことなのである。

最初の曲、夏風の中で(自訳では「夏の風の中に」)、は前にも書いた通りシュトラウスとマーラーがミックスされたような曲だが、よく聴いてみるとワーグナーのジークフリート牧歌のようなところもある。

ウェーベルンがこのような小品を書いているときに、プログラムの次の曲「オーケストラの6つの小品」のような方向に向かうと自分で思っていただろうか?

人はよく若いころの作品に、既に認められている曲の萌芽が発見されるというけれども、それは全くの結果論にすぎないのではないだろうか?

ウェーベルンが、夏風の中で、を作曲していた頃(20才頃)の気持ちを覗いてみたいものだ。

おわり

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント (2)

694- ラ・トラヴィアータ MET1984.2.1

2008-10-13 00:07:14 | 音楽

Scan10013

演奏会の合間に昔観た演奏会、オペラのことを書いてます。

今書いているのは1983-1984シーズンに観聴きしたのものです。

左にまとめてあるリンクからほかの年代のものも読むことができますが、まだまだ書ききれていません。

それでは昔のオペラから。

.

1984年2月1日(水)8:00pm

メトロポリタン・オペラハウス

.

ヴェルディ/椿姫

(当演目MET494回目公演)

.

指揮/サー・ジョン・プリッチャード

演出/コリン・グラハム

.

ヴィオレッタ/アドリアーナ・マリポンテ

ドゥフォール男爵/ジョン・ダーレンカンプ

フローラ/エイリアル・バイビー

ガストン/ジェイムズ・アサートン

グランヴィル/ウィリアム・フレック

アルフレッド/ダノ・ラファンティ

アンニーナ/ジェラルディーン・デッカー

ジョルジョ/コーネル・マックニール

このプロダクションは初めてみる。

第1幕のスケール感は印象に残るもの。

華やかな前半は合唱もあるので多数の人物が舞台にのるが、アルフレッドやヴィオレッタの動きは明瞭であり、かつスペース的にも余裕のあるもの。

後半ヴィオレッタのみになるが、その小ささがホールの大きさと対比され、心象風景さながらの様相を示す。

.

第2幕は長丁場で、第1場と第2場にわかれるわけであるが、第1場は横長風の屋敷の内部。登場人物も微妙に右の玄関風なところから左へと徐々に推移することになる。グリーンな屋敷内部が外の森を暗示させる。

それで、ヴィオレッタの絶唱「ああ、アルフレッド、愛してる。なんて言わないで。あたしが愛しているよりももっと強く愛して。」と、前奏曲の第2主題とでもいうべき旋律にのって歌いきる。前奏曲の時のよわよわしいピアニシモではなく、決然としたフォルテでの強い意志だ。

第2場は、仮面舞踏会の場だが上下に構えた舞台は、なにやら同じくヴェルディの仮面舞踏会の第2幕のような雰囲気だ。パトロンと現れたヴィオレッタに最終的には札束を投げつけることになる、このいたたまれない場はかなり複雑だ。第2幕第1場からかなり飛んでしまうし、また、第3幕へのストーリー展開は滑らかとは言えない。それでも華麗な舞台、合唱が強弱のニュアンスを大胆に激しく歌い、2人の心の動揺、揺れ動く心理を見事に描写する。第2幕はかなりの長丁場だ。

CDなどで聴くトラヴィアータはだいたい2枚組で、第2幕第1場が終わったところでもう1枚のCDへ移る。場が変わるところで分断されるわけだが、それ自体特別に違和感はないが、やはり、第1幕の対になるのは第3幕なのであり、第2幕で中断されるのはなんだかバランスの悪い4幕物を聴いているような気になってしまう。

.

第3幕は心象風景というよりも、死の床が中心に置かれている。プロンプターの前、少し奥まったところ。粗末なベット、衝立、もう先がないのは明らか。明日のない結末に向かって弱々しく音楽が途切れながら進む。ヴィオレッタは歌うのではなくつぶやく。

中心に眼を必ず移動するような舞台設定。アクセントになるようなものはない。暗くすさんだ照明が悲劇の結末をさらに強調する。

それにしてもヴィオレッタはいつ死んだのだろうか。

突然、身も心も軽くなり、「ああ、とっても不思議、何もかもが軽いわ、ああ、新たな力を感じるわ」といったときは既に死んでいたのだろう。

ヴィオレッタの死の様式には揺さぶられる。新たなものは何もなく、もしかすると外から聴こえてくるバンダ、これは華やかなりし過去であり、結局、あの素晴らしかった過去にもう一度戻りたいだけだったのかもしれない。どうなるかわからない未来より、昔の良かったところだけ集めたメモリー。縮んでいく人生の終末を天に向かって収束するように表現しなければならない。

いつも、トラヴィアータでは幕が下りた後、ヴィオレッタ役が、まだ役から抜けきらない状態でカーテン・コールに応えるが、これは当然だろうと思う。なりきらなければ表現できない。

恐ろしく暗い結末で終わるが、でもこのオペラをみると、オペラを死ぬまで見続けていたい気分にさせられる。ほかのことなんでどうでもよくなったりする。感傷というよりも心のひだに音がはいりこんだ。

おんなじか。。

この日はヴィオレッタ、アルフレッドの調子が悪く、つまり主役二人が終始不安定。

シーズンは長い。こんな日もある。

.

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

693‐ 弦チェレ ライナー/シカゴ響XRCD2のSHMD-CDが出た!

2008-10-10 00:10:00 | 音源

Scan10005_2 

またまた出ました。

XRCD2のSHMD-CDです。

この前は、

フリッツ・ライナーのベト7をここで紹介しました。

このベト7は2チャンネルのオリジナル・マスターテープからおこしたものでしたが、今度は3チャンネルのオリジナル・テープからおこしたものです。

.

バルトーク/

   弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽

バルトーク/5つのハンガリー・スケッチ

.

フリッツ・ライナー指揮

シカゴ交響楽団

.

録音/1958年12月28、29日

オーケストラ・ホール、シカゴ

.

Victor JM-CXR 0012S

3Chオリジナル・マスターテープ使用

RCAレッド・シールXRCD発売10周年記念

SHMD-CDエディッション

価格¥3,800

2008年9月26日発売

XRCD2とSHMD-CDについては、ベト7のブログを見てください。

.

今回のバルトークのタイミングは2曲合わせて38分58秒。

長ければいいというもんではない。

弦チェレだけでも十分。。

それから、これはSACDではないので、普通のCDプレイヤーでの再生となります。

早速聴いてみた。

結局のところ、ゲオルグ・ショルティはレベルを維持しただけだったということがよくわかる。それだけでも大変なことではあるが、シカゴの強力なマス・アンサンブルはライナーが作り上げたわけなのだ。

この強靭なアンサンブルは3チャンネルのマスター・テープから見事によみがえった。

右左中央、特に右が強力。楽器の分離がすさまじく、思わず解像度という日本語を使いたくなる。

解釈は冷ややか。

バルトークの顔のような演奏だ。

レニングラード・フィルをムラヴィンスキーが指揮した例の1965年モスクワにおけるライブとオケは双璧。

メリハリはムラヴィンスキーのほうが濃い。

双方とも後半はオケがしゃべっているような錯覚に陥る。

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント

692-昔聴いた演奏会、さらにさかのぼる。その前にマグカップで枠作り。1982-1983シーズン

2008-10-08 00:10:00 | 音楽

Scan10005

なかなか進捗しない過去の記録ですが、

この前まで、1983-1984シーズンについて書いてましたが、まだまだ途中です。

とりあえず、1982-1983シーズンのほうも枠作りのため、この文章を載せておきます。

写真のマグカップは、リンカーン・センターと書いてますが、書いてある演目はメトのものです。当然ですね。

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ

コメント