2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2014年2月27日(木)7:15pm サントリー
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ビゼー カルメンより、
第1幕 前奏曲、広場を人々が通る、タバコ女工達の合唱
第2幕 間奏曲
第3幕 間奏曲
第4幕 闘牛士の行進と合唱
合唱、栗友会合唱団
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ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ
ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
ラヴェル ラ・ヴァルス
ドビュッシー ベルガマスク組曲より、月の光
ラヴェル ボレロ
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ジャン=クリストフ・スピノジ 指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
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華やかというよりも、ネクタイ色が示しているようにカラフルで明るく、オーケストラをカラッと変えてしまうその才に恐れ入る。痩せていて動きが俊敏なのもいい。スピノジを聴くのは2回目、ますます人気が出てきたようだ。
この日はオール・フランスもので、牧神、ラ・ヴァルス、ボレロを一夜で、さらに歌付きのカルメンまで聴ける、多彩なプログラム。
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前半のカルメン抜粋、オーケストラの後ろに同じような高さで小舞台を作り、そこで歌と少しの演技が行われる。私の定席はかなり前のほうなのでほぼ見えない。みんな楽しそうに観ているので雰囲気はわかる。とりあえず演奏を楽しむ感じ。
スピノジは一見、華奢な感じなのだが見た目とは異なりデリケートさよりも駆り立て、煽る棒なのだ、見た目と出てくる音楽がちょっと違う雰囲気ではある。音楽の表情をうまく作っていく、キラキラと輝きながら流れを作りそれに身を任せる。
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プログラム前半のカルメンの譜は白黒コピーみたいで大きなものだった。オペラ・カルメンの断片、間奏曲では粘らず静かに、歌が入ったら楽しく、明るい部分をうまく切り取ったもので演奏しているほうも楽しそう。
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後半はラヴェルとドビュッシーが交錯する、短いパヴァーヌと月の光がポーズ風にあり、長めの牧神、ラ・ヴァルス、ボレロがそれらの間にはいる。プログラミングの妙。ドビュッシーとラヴェルがうまくかみ合う。
佳作パヴァーヌのあとの牧神の譜には水色のラインマーカーのあとがちょこちょこと見える。カルメンは見えなかったが譜面は良く見える席なので、そういった楽しみもある。譜面があったのはここまで。フルートのソフトな肌触りが気持ちよく、ビロードのような明るいサウンドが全体を包む。
ラ・ヴァルスは最初こそおとなしく始まるが次第に弧を描くような弦の合奏が大きくなり、それにつれてブラスも激しさを増す。結構、強引に圧力をかけて駆り立てる。最後は圧巻の大団円で、やはり音楽の持つ表情をズブズブのやにっこいものとせず、開放させていくパワーとする、見事な演奏。
月の光で一服し最後はボレロ。それまでの演奏と同じ風味なのだが音圧の段階が10ぐらいあるような雰囲気で、演奏スタイルや指示がオーケストラにうまく浸透していた。ラヴェルのドライな響きのあやが10個ある。客を徐々に興奮のるつぼに、心得ていますね。
最高潮に達したあたりでのジャケットの前を右手でオープン、あの演技はなんだったのかしら、噂はあったのでアドリブではない。なんか、なにやってもさまになる。
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スピノジのお辞儀って日本風なところがあって、全くのけぞらなくて、親近感が持てる。違和感もないしね。
彼が振るとオーケストラも、細かくならず明るく振舞える、響きの表情をスッキリとかえてくれたスピノジ&新日フィルの快演でした。ありがとうございました。
おわり
2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
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2014年2月23日(日)1:00-5:10pm 東京文化会館
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ヴェルディ作曲
デイヴィッド・マクヴィカー、プロダクション
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ドン・カルロ
ACTⅠ25′
ACTⅡScene1 18′ Scene2 46′
ACTⅢScene1 16′ Scene2 21′
Int 25′
ACTⅣScene1 40′ Scene2 18′
ACTⅤ23′
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キャスト(in order of appearance)
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エリザベッタ 横山恵子 (安藤赴美子キャンセル)
ドン・カルロ 山本耕平
テバルド 青木エマ
レルマ伯爵 木下紀章
ロドリーゴ 上江隼人
エボリ公女 清水華澄
フィリッポ二世 ジョン ハオ
宗教裁判長 加藤宏隆
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6人の代議士 岩田健志 勝村大城 佐藤 望
野村光洋 門間信樹 湯澤直幹
天よりの声 全 詠玉
修道士 倉本晋児
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二期会合唱団
ガブリエーレ・フェッロ 指揮
東京都交響楽団
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2014.2.19(キャスト1)、2014.2.22(キャスト1)を聴いて、この日はキャスト2による公演。全体では千秋楽となる。
キャスト2ではエリザベッタを歌うはずの安藤が風邪のためキャンセルし横山が歌った。したがって自分が見たドン・カルロのエリザベッタは全て横山。
キャンセルした安藤はキャスト2の初日(2014.2.20)は歌っているので、そのあと風邪をひいたんでしょうね。
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2月19日(水) キャスト1 聴衆
2月20日(木) キャスト2
2月22日(土) キャスト1 聴衆
2月23日(日) キャスト2 聴衆 横山 replaced 安藤
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キャスト2は初めて見ましたが、タイトルロールが今一つ声が小さいというか前に出てこないということはあったものの、他はおしなべてそろっており全体としては好演でした。
オーケストラが歌をサポートしているのも大きい。高レベルの演奏が本来の美しい伴奏となっており歌い手たちを押していたと思います。
この日のタイトルロールはナイーヴであり、ドラマチックな表現が出てこない。流れに乗っていくような滑らかさはあるが、メリハリある歌となっておらず、最初はこれはこれでいいなぁ、と思ったものの時間の経過とともにつまらなくなってしまった。
ちりばめられた役どころたちの歌をしっかり聴いて、あらためてこのオペラの神髄に浸ることに。
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自分としても立て続けに3回目ですので、肩の力を抜いてリラックスして観ることができました。全体の感想は前2回とだいたい同じです。
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舞台は最初から最後までほぼ同じで、これについてはちょっと変化が欲しいなと思いました。細かい変化はあるものの同じ創りで、どっか一か所でも深層心理を突いたようなびっくりするような亀裂舞台の動きを観たい気もした。始終ある棺桶か墓石のようなもの、あれをもっと有効活用できないかなとも思いました。
このロングな5幕が緊張の糸が切れずに保てたのはオーケストラの功績が大きいですね。もちろん振り慣れた指揮者の功績も。
おわり
2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
2013-2014シーズン
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2014年2月22日(土)1:00-5:10pm 東京文化会館
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ヴェルディ作曲
デイヴィッド・マクヴィカー、プロダクション
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ドン・カルロ
ACTⅠ24′
ACTⅡScene1 18′ Scene2 45′
ACTⅢScene1 15′ Scene2 22′
Int 25′
ACTⅣScene1 40′ Scene2 17′
ACTⅤ23′
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キャスト(in order of appearance)
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エリザベッタ 横山恵子
ドン・カルロ 福井 敬
テバルド 加賀ひとみ
レルマ伯爵 大槻孝志
ロドリーゴ 成田博之
エボリ公女 谷口睦美
フィリッポ二世 伊藤 純
宗教裁判長 斉木健詞
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6人の代議士 岩田健志 勝村大城 佐藤 望
野村光洋 門間信樹 湯澤直幹
天よりの声 湯浅桃子
修道士 三戸大久
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二期会合唱団
ガブリエーレ・フェッロ 指揮
東京都交響楽団
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2014.2.19と同キャストの公演。
トラヴィアータやリゴレットでもずっしり重みのある場幕が用意されている。このドン・カルロでも、ずっしり重心が2幕2場、3幕1場あたりに漂う。二つもあるとやはり重みも倍になるなあ。
それから、3幕2場のグランドオペラ風味とはいっても、こうやって観ながら聴くとワーグナーの精神世界に近いと感じた。音の鳴りの派手さとは、一種別のような舞台なのだ。いろんな思惑のようなものがここに一気に集中していく感じ。複数のストーリーを観ている錯覚に陥る。この場面はストップモーションの出来栄えの美しさもあり、複数の感情が同時多発的に起きると興奮してくるというのを再認識。
トランペット、トロンボーンなどのブラスをはじめ、オーケストラも素晴らしかった。ヴェルディの叩きつけるスフォルツァンド、バーンと鳴ってスーと減衰するあの感覚、下手なオケだとうまくいかないのですが、このオーケストラの鳴りは快感。きれいな音のヴェルディサウンドを堪能できました。
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このドラマティックオペラには初日のような多少荒削りのほうが合っているのではないか、というのは間違いで、正確性が増し滑らかになった歌、音楽が正確に鳴れば鳴るほど音楽そのものの力が正しく出てくる。これは迫力。
おしなべて同じような感はあるものの、こなれてきた分だけ19日よりこの日のほうが上。19日のところで書いたようにこのタイトルロールの声は好みではないのですが、他より一歩レベルが上だと思います。揺れるビブラートはいいですね。
だいたい初日と同じであれば、あとはこちらの理解度がどれだけ深まるか、そこらへんが個人的な焦点ですね。
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これまでこのオペラのことは詳しくなく、こうやって続けざまにそれも同一キャストで観ることができたというのは大きいですね。ブレが少ない分、作品の巨大さをより実感できる。
一般的な話ですけれど、感想の頭から、この人の歌は良かった、あのプレイヤーは素晴らしかった、といった話はよくあることですが、個別の演奏者のことに耳を傾けていても作品のことはわからない。また、演奏者レベルが高かったから作品の良さがわかったみたいな話もあるが、おそらく演奏レベルが高くても作品のことを理解できているとは思えないようなものもある。
このような巨大作品を前にして、最初のセリフが、あの人の歌は良かった、この人の声は素晴らしかった。それはそれでわかるが、何を聴いているのかと、第一義的なものはなんだと。オペラの場合、備わった才能を聴きに行く場であって、それはそれでいいではないか、という話も当然ありますね。たしかにそうかもしれません。
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同じプロダクション、キャストで反復して鑑賞することのメリットは、同一内容レベルでぶれのない表現で作品を見ることにより、作品そのものに集中していくことができ、よりストレートに作品を理解することができる。さらに、一つのことに集中することにより、逆説的な話ではあるが、いろいろなプロダクションやキャストの同作品を自由自在に聴いていくことができるようになる。といったあたり。
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この際ちょっと付け加えますが、あるオケのある楽器のソリストの何とかさんは素晴らしかった、といった話には全く興味なし。オーケストラという個体の中で機能するインストゥルメントをやっている人がだれであれ興味はない。これと逆な人がたくさんいますが、これはもう感性というしかなく、双方、相手をどうのこうの言う類のことではない。また、このての話で例外ケースの局部肥大化議論は最終的に人間はファジーなものであるという世界になってしまうので、しない。1%が100%になる話なんですね。
個人には全く興味ないのに、この人がソロをしているときはいつも強いアンサンブルを感じる、いったいどうゆう人なんだろう、といた具合に興味が出てくる場合もありますからね。(私における1%のケース)
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ついでに、もう一つぬぐい難い違和感をこの際書いておきますが、あるオケのコンサートに行ったことをツイッターなどでしゃべると、「ありがとうございます」というエコーがある。ありがとうと言われる筋合いのないところで言われるのでものすごい違和感がある。ありがとう人間はおそらく、そのオケのフレンドとかファンとか何某かの個人的関係者で、その立場でお礼を言いつつ周囲に自分の存在示威行為(見栄はる)ができるという一石二鳥的な部分があるのかもしれない。その材料にされたらたまらん。
こちらは聴きたい曲や演奏家を中心に取捨選択して聴きに来ているだけなのに、なんだろう、横っ腹から、ありがとうございますって?違和感強い。
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話が別方向に飛んでしまいました。
アナログディスク、CD、DVD等メディア聴きの場合でも、昔はオペラやオーケストラル曲というものは、最初から最後まで続けて聴いてしまうものだ、という縛りみたいなものがありました。聴くほうの完璧性みたいなものを自分に課していたわけです。作品理解の完全性の一つの担保みたいなところかもしれません。
ところが、今回続けざまにこのオペラを観たら、メディアではなく生でも、どっか切り抜きで聴くようなスタイルで聴いてもいいかなと思うようになりました。今日は第3幕第1場を観たい。そんな感じで自由自在にある部分を観ることができるようになった。つまりそのシーンのことを全体像の中で理解できるようになった、これは自分にとってはとてもデカイこと。全曲モードに縛られていたのがなぜか解放されていく。これはこれで悪くないな。
そこで初めてプロダクションとかキャストのことが浮かんできた。そろってないとダメだと。この日のバランスの良さはこのように肯定的な回答がちりばめられた好演であった。
おわり
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PS.この日は演出補の女性の方カーテンコールに出てきませんでした
2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
2013-2014シーズン
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2014年2月20日(木)7:00pm NHKホール
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オール・モーツァルト・プログラム
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交響曲第35分 ハフナー
ピアノ協奏曲第22番
ピアノ、ティル・フェルナー
(encore)
リスト 巡礼の年、第1年スイスより「ワレンシュタットの湖で」
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交響曲第39番
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ネヴィル・マリナー 指揮 NHK交響楽団
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前の晩ドン・カルロを観たので、バッティングしていたN響定期を二日目に振替。席はその日にならないとわからないと言われ、いただいた席はあまりよくない。LA席なので見方を変えればとっても良い席と言えるかもしれないが。
N響の振替の場合、ランクとか差額はあまりこだわりがないみたいで、空いてる席を割り当てている感じのようですね。サントリー公演は人気なので振替席もあまりないのかもしれない。
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ピアノのティル・フェルナーお初です。なんだか弾きっぷりが好ましく気に入ったので、休憩時間にホールのコーナーで売っているCDを見たが高すぎ。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 \5000 みたいな感じで並んでいるのですが、ちょっと躊躇。相応な人気ピアニストなんでしょうね。とりあえず名前だけは刻んでおくことにします。
この22番の協奏曲、結構なゆっくり目だと思いました。本人も切れ味よろしくスピーディーに転がっていくピアノというわけではなく、中庸で粒立ちよく均質に音が並んで進んでいく感じ。情感を前面に出していくタイプでもない。しいて言えば作曲者の曲が押し出される。このような演奏ならCD買ってみようかなという気にはなります。
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前半の2本のプログラムだけで1時間オーバー、39番がやたらと小さく見えた一夜でした。
おわり
2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
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2014年2月19日(水)6:30-10:40pm 東京文化会館
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ヴェルディ作曲
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デイヴィッド・マクヴィカー、プロダクション
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ドン・カルロ
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ACTⅠ25′
ACTⅡScene1 15′ Scene2 45′
ACTⅢScene1 18′ Scene2 20′
Int25′
ACTⅣScene1 40′ Scene2 17′
ACTⅤ25′
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キャスト(in order of appearance)
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エリザベッタ 横山恵子
ドン・カルロ 福井 敬
テバルド 加賀ひとみ
レルマ伯爵 大槻孝志
ロドリーゴ 成田博之
エボリ公女 谷口睦美
フィリッポ二世 伊藤 純
宗教裁判長 斉木健詞
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6人の代議士 岩田健志 勝村大城 佐藤 望
野村光洋 門間信樹 湯澤直幹
天よりの声 湯浅桃子
修道士 三戸大久
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二期会合唱団
ガブリエーレ・フェッロ 指揮
東京都交響楽団
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このオペラ、巨大な作品であることが良くわかりました。二期会、オーケストラ、キャスト、プロダクション、それぞれがハイレベルにあり作品の深さを見事に表現できており感心感動!!まず語られるべきは作品そのものであることは言を俟たないが、ただやればいいというものでもなく、ヴェルディ精神世界に浸るにはこのような裏付けが必須とあらためて認識しました。
そのうえでの話です。
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5幕8場もののロングオペラを3幕5場の2時間と、2幕3場の1時間20分にぶった切って休憩は25分の1回だけ。演出だとしてもしなくても無謀な暴挙に近い。心地よい疲れではなく疲弊が色濃くなる。じゃぁ、ワーグナーはどうなんだという話になるかと思いますが、あれはほぼ必ず2回休憩があります。それも1回あたり30~40分ぐらい。休憩して弛緩して緊張感を再度高める時間がある。なにをそんなに先を急ぐのか?バックステージストリー、諸事情はあるのかもしれませんが、それはどこの世界でも存在している。言訳でなく理由なら実務的にどこかに掲載してもいいと思うのだが。
次回からはこのようなことはしないで欲しい、改善願います。
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この舞台は緞帳が一回もおりない。紗幕があるわけでもない。幕、場、の転換、切り替えのところで暗くなるだけ。また明るくなって同じような舞台が現われる。最初から最後までベースは同じ。棺桶か墓石のようなものが上下したり、あと牢のイメージがあったりするが、8場全部同じで、幕というより単純な場面転換の連続で8シーンあると思ったほうが良い。ロシアものでボリスとかイーゴリ公、戦争と平和、等々、シーンを変えていくパターンに近い。また、舞台の動きのなさは何年か前にみたゲルギエフ&キーロフのリングサイクルのような感じで同じ場面が長々と続く。昨年見たホモキのフィガロのような光の妙も強調されていない。
結局観るべきは時代考証がなされた衣装や髪形など。動きの中にときおりあるストップモーションが衣装と相まって美しく舞台に映える。あとはフェッロのゆっくり目のテンポの棒のもと、充実した響きのオーケストラで持たせるしかない。聴衆はアクティブになる必要があるので緊張を強いられる。したがって聴くべきは歌なのであって、演出によって一人ずつ聴衆にさらされたなかで歌いきるのは並大抵のことではない。持っている力がすべて丸裸となる。こわいオペラではある。
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この日のタイトルロールは個人的にはあまり好みの声ではない。自分の持っているイメージより声の幅がありすぎてちょっと乾いた昆布みたいなゴワゴワ感覚。強靭だがとりたてて厚いわけではなく横への広がりがありすぎで噛みづらい、そんな感じ。ときおり聴かせてくれる美しいビブラートはもしかしてあまり目立っていないのかもしれない。高いほうは少し苦しいかもしれない。安定感は抜群でそれ自体大変な実力で、カルロをこのように堂々と歌いきれる歌手は日本人では稀有なのだとは思う。
このタイトルロール氏については、文句を言っている割には結構聴いていて、直近では昨年の琵琶湖と神奈川でのワルキュール、年末の第九。全部体当たりの歌は好感を持つのです。
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今回たぶん初めてドン・カルロを真剣に聴いたような気がする(自分)。他のヴェルディオペラとはかなり異なっている。リズムの踊りが少ない。音楽は弾むところが少なく、それこそ昆布のように、友禅染のように、渋くシームレスに流れる。
舞台でこうやって音楽を聴くと一番印象的なところは一番初めにあると。遠い響きからの音楽は導入もへったくれもなく、いきなりストーリーの核心に迫っていく。精神世界を、余裕を持って描くようになった作曲者が、形式を軽く乗り越えた瞬間であろう。
だから、このオペラにいきなり没頭してしまえる人は、シモン・ボッカネグラの場合と同じく、うらやましい。
ストーリーは拡散型で完結して終わるものではなく、本当に最後は思考宙ぶらりんであって気持ちの整理をどこでつければいいのかと思ったりするのだが、では、最初から最後までのこの緊張感はなぜなんだという別の自問自答も出てくるというものだ。
場切りの悪さは置くとしても、ストーリーテリングの妙とも違う、音楽の持つ緊張感が外に向かって放射されている。だから、歌とともに演奏のレベルや質も問われることになるのかもしれない。
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タイトルロールの歌は秀でたもので、真剣シリアスなスタイルも嫌味が無く好感が持てる。取り巻く歌い手は、役柄をそつなくこなしている。ハイレベルに高止まり。バランスの良いものでした。
当公演のメインである二期会の合唱についてもハイレベル。人数が少ないのか、演出による配列が良くないのか、ときおりアンサンブルの隣同士が離れすぎていて、これはこれでうまくいくと絶品になるのでしょうが、個別のザラザラ感が聴こえてくるようなところも少し見受けられたように思います。
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伴奏オケの都響は出色の響きで、彼らにしてみればいつも通りという話かもしれないが、他の在京オケではなかなか出ない心地よいヴェルディサウンドを堪能しました。このオペラではゴツゴツ感ではなく美しいシームレスな流れも必要ですから。
休憩後の第4幕冒頭のチェロソロは美しいものでしたが、休憩明け直後だというのに、この幕で少し疲れが出たように思いました。このオケにしては珍しく縦の線が乱れ気味で。
2場から持ち直し、第5幕は最初と同じぐらい良い響きになっていたと思います。
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いろいろありましたが、結局、
この偉大な音楽を前にして、あっちがいいとか、こっちが悪いとか言っても意味がない、ヴェルディの音楽を表現した全員に賛美の拍手100%♪
おわり
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PS
演出補の女性の方、ステージに現れました。
2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2014年2月15日(土)3:30pm みなとみらいホール
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クリストファー・ラウス 狂喜 12′
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ガーシュウィン ラプソディー・イン・ブルー 23′
ピアノ、小曽根真
(encore)
ブルース・イン・F(即興) 6′
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チャイコフスキー 交響曲第5番 15′12′7′12′
(encore)
グリンカ ルスランとリュドミラ、序曲 5′
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アラン・ギルバート 指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
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悪天候のため、30分遅れの開始
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ニューヨーク・フィル来日最終公演。この週の雪のせいで30分遅れのスタート。東京から川崎、横浜と雪の量は少なくなっている。ただ始発からの間引き運転や東横線の事故の影響で電車の本数が少なくなっている線もあり、30分遅れになったのだが、始まる前は30分でも1時間でも客入りは難しいのではないかと思った。
結果的には週末の休みということもありほぼ埋まりました。良かったと思います、と他人事になりきれないで心配が先に立つあたり、昔のマイ・オーケストラだったなということか。
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この日のプログラムは、2014.2.12の演奏会とプログラムは似ていて、リンドベルイがガーシュウィンにかわっただけ。内容はこの前と大違いで会心の出来でした。素晴らしい演奏に酔いました。3日前のルーチンワーク的な演奏は指揮者もオーケストラも、もしかして絶不調だったのではないか、怪しまれてもしかたがないぐらいこの日の演奏は良かった。
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1曲目のラウスの狂喜。完全に水曜日越えのパフォーマンス、滑らかでシームレスでダイナミックにうねる。角が無く大きく小さく波打つ、ごわーん、ごわーん。
ドビュッシーの海、メシアンの鳥、ニールセンのティンパニ、いろんなものが惑星ソラリスの大きな波のように揺れ動きながら前進する。ものすごい演奏だ!!
エンディングの透明弦の強奏も驚くべきもので圧倒されました。さすがにニューヨーク・フィル、これでホームに帰れるからかどうかとにかく圧倒的な演奏でした。凄かった。
もうこれで虚脱状態(自分)。
(このエンディングの弦のフル鳴り、国内オケが束になって逆立ちしても、同じ威力と透明度は無理だろうな。やはりいいものを聴くとダンチが良くわかるというものだ。)
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次のラプソディー・イン・ブルー。
ニューヨークフィル、最高。
小曾根、最高。
全部最高。
と言いつつ、このピアニストは初めて聴きましたが、切れ味が鋭いというよりも、小気味好いという感じ。線は細い。粒立ちが良くピアノの音が次々に連鎖していく。停滞することなく面白いようにつながっていく。最後のところのカデンツァはやけに長く感じ、もしかしてアドリブ追加しているのかもしれない。
とにかく、音が面白いようにつながっていって聴いていて飽きがこない。もうちょっと線を濃くするといった振幅の大きさを聴かせてくれればさらに楽しめるような気もしましたが。
あと、演奏後、両方の親指を突き出すのが気にかかる。本人は良かれと思ってやっていると思う。(ダメダメポーズの逆のむきにすれば、いいということだ、という感覚だと思う。)
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アンコールが出ました。即興のカルテット。ブルース・イン・F
小曾根のピアノ、ニューヨーク・フィルメンバーによるベース、トロンボーン、サックス、
このようなもの聴けるとは思ってもみませんでした。
最高の最高でしたが、NYPメンバーのほうは自由奔放に演奏するのではなく、あくまでもフィルハーモニックの一員としてのアンサンブルであったということ。トロンボーンなんか終わったところで自席に戻っていっちゃいましたからね。自分の住処はこっちだよ、みたいな感じで。
前半、ここまでで既に満腹状態。
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後半、チャイコフスキーの5番。この前のときも書きましたが、この曲、聴きすぎで、もういいという感じ。
でもフィリップ・マイヤーズのソロが聴けますからおとなしくしてます。第2楽章のソロ、ほとんどビブラートをかけず、比較的細めのサウンドで際どい。際どさの極みで、もうこの音のピッチがちょこっとでも狂ったらこの世の崩壊よ、この際どさ、絶対滑らないこの際どさの極み。たまりません。極限のバランス表現ですね。最高!
全般に渡りオーケストラのノリが良く快活な運動となっていてリズミック。水曜の演奏とは全然違う。ダイナミックさ加減もアンサンブル単位からソロ単位になっていて、アムトラックから新幹線へ変貌。よかったと思います。
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アンコールがものすごかった。唖然とする地響き立てて狂いなく進む弦。響きの快感。この曲での威力は、日経新聞の論者が語る世界3大オケはベルリン・フィル、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ、などと血迷いごとを言うのがいかに間違っているかあらためて認識できる、あの醜い記事を一掃させてくれた見事な演奏であった。
おわり
2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
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週末にかけての悪天候。東京も雪が積もり、特に丘の上のNHKホール界隈は積もりっぱなしでなかなか消えないと思う。そんななかホールに向かったが最後の信号のところで赤から青になかなか変わらない。警察警備がいて皇太子殿下の車が通るので待ってくれとのこと。ははん、NHKホールの演奏会だなと直感。この雪の中、鑑賞するほうもやるほうも大変。
前の日の朝から、会社に向かうとき久しぶりにオーバーシューズをはいた。これは雪だけでなく雨などでもかなり有効。ゴムそのものみたいな感じで雪でも滑らないからいい。こんな便利なのがなんで流行らないのかわからないが、東京でも気象の変化が激しくなるととりあえずはマンハッタン並みの装備は必要になってくるかもしれない。それに、靴はバックにいれて会社で取り出し履き替える習慣もね。もっともスリッパ文化なのでこれは無理かもしれないが。
ツルピカの靴で満員電車に乗って、その靴を踏まれて詫びも言わず無視している近くの女性には頭にくるという言い分もわかるが、踏んだ女性にしてみれば満員電車なんだからガタガタ言うんじゃねぇ、という話かもしれない。汚れた靴履いて、会社でスリッパではなくツルピカに履き替えればいいんですよ。
というかサラリーマンにツルピカはいらない。
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終演の後の下り坂は根雪モードで、歩くとキュッキュッと締まった音がしていい感じでした。
マスメディアの天気狂想曲ばか騒ぎには毎度辟易するし、道路のこうゆうところが滑りますなどとカメラで拡大などしている様を見ると終わりの始まりがしつこく続いているような気がしてならない。顔見世商売はつらいよね。たぶん問題意識とか持ちながら業界続けるのは簡単ではないと思う。抱えている問題の当事者であるわけですし。
マスコミのコンテンツ探しで思い出したのは、テレビで盛んに世界の観光地のことを事細かにしつこく何度も何度もやっていた時期があったのですが、それがバブルが節目だったと思いますけれど、方向転換をはじめて国内の観光地のことばかりしつこくやるようになった。根掘り葉掘りっていうやつですね。辟易の極みは昔からあったのでしょう。
今は国内外問わず観光地でなくてもテレビで観れるようになりましたが、事細かにではなく、粗末になりました。雑になったテレビとマスメディア文化の凋落、どっちが先なんだろうと思うときがあります。給料がいいことからくる弊害というのは退化。当事者たちによる修正は難しいものがあると思います。
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演奏の感想は特にありません。
この日は皇太子様が臨席されたわけですが、指揮のマリナーは特に敬意のしぐさもなくマイペースで。89歳とは思えぬ元気さで、また歩くのも全然問題無しです。
こうゆう極めた指揮者の棒のもとだと、どんなオーケストラでも、音が分解されて聴こえてくる。マスサウンドの響きはなくなり、なんだか洗い流されたような音になる。線の絡み合い。
ドヴォルザークを演奏している雰囲気が無く、ブラームスかと錯覚もしたくなる。特に7番ではそうですよね。輪をかけてそうなる。
全体的にコンパクトなオケサイズ相応の鳴りでした。
おわり
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/8b/57495b1df52378287d826fa07beab595.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/31/5ba325ccbcefd5eae2cb49a2f00ebfc6.jpg)
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1986年9月7日(日)7:30pm ムジークハレ、ハンブルク
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ヴェルディ レクイエム
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ソプラノ、Awilda Verdejo アヴィルダ・ヴェルデホ
メッゾ、Alicia Nafe アリシア・ナフェ
テノール、Denes Gulyas デネーシュ・グヤーシュ
バス、Kurt Moll クルト・モル
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ハンブルク国立歌劇場合唱団
ハンブルクジングアカデミー
ゲルト・アルブレヒト 指揮
ハンブルク国立歌劇場管弦楽団
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(詳細別途)
注:テノールのデネーシュ・グヤーシュは当時、メトでボエームなどを歌っていました。
この日の公演では、ルイス・リマの替わりに歌った。リマは同じくメトでトラヴィアータなどを歌っていました。
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