河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2611- チャイコフスキー・プログラム、テンペスト、ロココ、イオニーツァ、シンフォニー4番、カンブルラン、読響、2018.9.15

2018-09-15 23:53:12 | コンサート

2018年9月15日(土) 2:00pm 東京芸術劇場

オール・チャイコフスキー・プログラム

テンペストop.18  22

ロココ風の主題による変奏曲イ長調op.33  18
 チェロ、アンドレイ・イオニーツァ

(encore)
ツィンツァーゼ チョングリ  1

Int

交響曲第4番ヘ短調op.36

シルヴァン・カンブルラン 指揮 読売日本交響楽団


オール・チャイコフスキー・プログラムの後半に置かれたシンフォニー4番は、普段あまり聴かれないフォルムの演奏でした。1,2楽章のことなのですが、極度に平面化され、動じない揺れない、かなりスロウな一定のテンポの中で、まるで直方体の箱のような出来具合。形に対する明確な考えを聴き取りました。ソナタの型というよりも微細なものの積み重ねで出来る形に対して絶大な信頼をカンブルランは持っている。
3,4楽章は普段聴いている4番モードになりましたけれども、彼の中では等速クレンペラーのような表現となった1,2楽章と、3,4楽章は別々のものとしてすみ分けされているわけではないと思う。聴き手側のほうも試されているわけで、終止緊張感に包まれた演奏に直面すると型に対する比較というよりも聴き手の視野を広げようとするカンブルランの意図を思わせてくれる。何に美意識を強く持っているかということになっていくんでしょうね。
それにしても、2楽章の最後のピツィカートなんてまるで悲愴のお仕舞のあたりの雰囲気そのままでしたね。う~んと、うなってしまいました。

予兆は冒頭のテンペストにあったわけで、素数の積み重ねをじっくりと味わうスロウな進行で、フレージングが入念でフレームにおさまった絵でも見ているようだ。聴き手側にとって最後まで持つかどうかの難物で、指揮者オケの緊張の糸が途切れることの無い演奏には恐れ入った。入れ込んで聴くのみ。自分にとってはロジェストヴェンスキー&同オケ以来の同作品生演奏で、充実したもの、なかなか手応えありました。
ブラスセクションの精度が今一つなのはアンサンブルの問題です。

2曲目のロココもじっくりと楽しめました。チェロの音が殊の外伸びてくる。音色が一様でブラウンな雰囲気を醸し出している。節々まで弾き切っていて、のっぺり感皆無、ハイレヴェルのロココ演奏よかったです。
アンコールは、弓を持たず現れ、ピツィカートの曲。ピツィカートだけで1分以上持たせるのは難しいだんろうなあと妙に納得。
おわり


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2609- ガヴリリュク、チャイコフスキーPC1、プロコフィエフPC3、ラフマニノフPC3、、ウリューピン、東響、2018.9.12

2018-09-12 01:45:59 | コンサート

2018年9月12日(水) 7:00-9:30pm 東京芸術劇場

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番変ロ長調op.23  21-8-7

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番ハ長調op.26  9-9-10

Int

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18  11-11+12

ピアノ、アレクサンダー・ガヴリリュク
ヴァレンティン・ウリューピン 指揮 東京交響楽団

(encore)
メンデルスゾーン(ホロヴィッツ編曲) 結婚行進曲  5
シューマン 子どもの情景 より、第1曲 見知らぬ国と人々について  2



ガヴリリュク、コンチェルト3連発、アンコール2ピース。破壊力抜群の一夜。このような趣向はグダグダ無く、とにかく楽しむに尽きる。

無限のパワー、みなぎるエナジー、溢れ出るデリカシー、一人で全部持っているような腕っぷしで、あまりの大きな振幅プレイに悶絶。

切れ味鋭いタッチ、それに見事なテヌート、振り撒かれた金粉が天井からひらひらと舞い散るような息をのむような演奏が連続する。まして今回感じたのは弱音タッチの落ちつき、心の鎮まりがある。シックで安定したもので、高揚した音楽の対が鮮やかでした。


伴奏指揮をした長身痩躯のウリューピン、指揮者コンクール、クラリネット奏者として随分と多くのタイトルホルダーのよう。冴えた棒でした。オーケストラコントロールが素晴らしく良くて、音が身体に巻きついてくる。一心不乱の自意識非過剰型の没頭棒でした。次回は本格的なコンサートでの腕を見てみたい。
おわり




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2608- プーランク、シンフォニエッタ、三善晃PC、萩原麻未、デュカス、魔法使いの弟子、デュティユー、ル・ドゥーブル、山田和樹、日フィル、2018.9.8

2018-09-08 19:47:05 | コンサート

2018年9月8日(土) 2:00pm サントリー

プーランク シンフォニエッタ  8-7-6-7

三善晃 ピアノ協奏曲  13
  ピアノ、萩原麻未

(encore)
三善晃 波のアラベスク

Int

デュカス 魔法使いの弟子  10

デュティユー 交響曲第2番ル・ドゥーブル  8-9-12

山田和樹 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団


2018-19シーズン・オープニング・コンサート。
曲種のバリエーションも含め、フランスモードをふんだんに盛り込んだプログラム。腰が浮きそうな響きを楽しめそうだ。と思っていた通りの内容で色々と満喫。

プーランクのシンフォニエッタはむしろ規模が大きく感じられる。コンパクトな2管編成で骨組みのしっかりした作品でプーランクサウンドを楽しめる。
ヤマカズ、日フィルは最初の曲から余裕の演奏ですね。

三善はフランス影響繋がりということで取り上げられたのかもしれないが、内容はとてつもなく激烈。
16型編成の空恐ろしい音響空間のなかを、密度高く押し込んだ濃厚フレーヴァーなメシアンモードのパッセージを、まるでパーカスの如く叩きまくるピアノは、見た目要素も必須、みたいな感じで暴れまわる。オーケストラとピアノの音の戦いのようだ。沸点の違う二つのエレメントをシャッフルして混ぜたらどうなるか、融合でも対立でもなくて、なにか独特な立体的音響空間が出現した。白熱の激演。三善の思いはどこらあたりの高みまで飛んでいたのだろうか。
萩原、ヤマカズ、両者の登場退場の歩くステップの速さがうらやましい。

デュカスの作品は次のデュティユーも含め、今日の中では結果的に音楽的な充実度が一番希薄と感じた。
ストコフスキー版は耳新しいところもあるけれども、やっぱり、描写音楽の限界とは言わねど、今日の作品群の中にあっては、型、と違ったものがポツンと一個、といった感が否めない。

デュティユーのダブル、この作品を聴くのは2度目。オーケストラの二重配置がユニークで、小さなオケの輪、それらを取り巻く通常規模のオケ。トリッキーな響きを求めることはまるで無くて、相互干渉のようなものが耳と目を通して伝わってくる。
メインとなる上昇音型は疑問の具体的な形なのだろうか。


シーズン開幕、コンディションをトップに持ってきた指揮者とオーケストラ、さすがの充実公演でした。冴えた棒とオケサウンド。両方満喫しました。
ありがとうございました。
おわり

 



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2606- ポローニア、ショパンPC2、アムラン、ルトスワフスキ3番、ヴィト、都響、2018.9.6

2018-09-06 23:50:35 | コンサート

2018年9月6日(木) 7:00pm サントリー

ワーグナー 序曲ポローニア  12

ショパン ピアノ協奏曲第2番ヘ短調op.21  15-10-8
 シャルル・リシャール=アムラン

(encore)
ショパン 夜想曲第20番 嬰ハ短調  4

Int

ルトスワフスキ 交響曲第3番(1983)  30

アントニ・ヴィト 東京都交響楽団


ヴィトはヴィット名で昨年2017年、新日フィルを振りました。あの時は、プレイヤーに立て立てと促しても絶対立たずのプレイヤーが散見され、演奏後の見苦しさが印象的でした。

今日の都響との共演は見違えるような内容で息の合った演奏を展開してくれました。選曲共々いい内容でした。

初めのワーグナーは聴くことが無い作品でしたがなかなか楽しめました。ラッパセクションの頭打ちのザッツの合い具合、カツ、肩の力が抜けた軽妙な感じ、絶妙でした。このマーチ風な腰の浮き具合は、どこぞのオケに煎じて飲ませてあげたい。N響とか。

アムランの弾く渋め若めのショパンの2番。見た目より自由弾きで音価レングスも自由なところがある。ヴィト都響のコクのある伴奏も手伝ってじっくりと聴くことができました。味わい深い作品、演奏でしたね。自由で少し重め、この作品とは別世界のことに何かシンパシーを感じているようにも見受けられました。色々と聴いてみたくなるピアノでした。


後半のルトスワフスキ3番。やっぱり、音楽の型が良く決まっている作品、がっしりした輪郭、構造、聴きごたえがあるというよりも、安心して響き、進行の中にはまっていける。これが心地よい。
ヴィトはスペシャリストというよりもアルチザン的に十八番を振っている雰囲気が濃厚。音楽に息吹きを与える余裕の指揮ぶりで、極意棒。身体と棒に音が巻きついてくる。
都響の磨きはこのような作品には最適で、ベストな解像度が作品をさらに活き活きとさせてくれる。素晴らしい技の連続。
両者、三者、ウィンウィンのいい事尽くめの内容で、全て満喫できました。
ありがとうございました。
おわり

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2605- オーケストラ・プロジェクト2018、大井剛史、東響、2018.9.5

2018-09-05 23:46:32 | コンサート

2018年9月5日(金) 7:00-9:10pm コンサート・ホール、オペラシティ

阿部亮太郎 漆黒の網目(初演)  10

小山和彦 ピアノ協奏曲第3番(初演)  16
  ピアノ、西村翔太郎

Int

山内雅弘 SPANDA ヴィブラフォンとオーケストラのための(初演)  24
  ヴィブラフォン、會田瑞樹

森垣桂一 交響曲(2018) (初演)  5+6+9


大井剛史 指揮 東京交響楽団


オーケストラ・プロジェクト2018、4人の初演もの4作品。

4作曲家が自身の言葉でプログラムノートを書いている。最初の作品は阿部さんの漆黒の網目、まず思うのは、なぜここまでわかりづらい文章を書くのか。読み手を拒否する姿しか見えてこない。平易な言葉でわかりやすく、聴衆という聴き手読み手が容易に理解できる文をなぜ書かないのか。一体全体、これが拒否でなければなんなのか、是非とも一度説明して欲しいものだ。客にわからせる姿勢と努力を望む。
現代音楽の演奏会におけるプログラム解説には同種のものが多く有る。まるで、私の文章を理解出来なければ、私の作品も理解できないのだよ、と言っているかのようだ。
曲の印象としては、音がもがき漂っているようだ。音で音楽以外の事を表現しているように聴こえてくる。なぜここまで硬直したものを書かなければならないのか。見映え聴こえ具合が露骨なのは恥なのかと思えるような、ある種の創意拒否を感じる。で、生きてる音楽は霧散か?

次の小山さんのピアノ協奏曲第3番。かなり、楽に読める文でホッとする。
上昇音型が印象的、明るい曲風、なにか不安定な音の運びが落ち着きどころを探しているように聴こえてくる。陰影があまり無くて浅瀬の光。そういったものが作品全体を照らす。もう一度聴いてみたい。

後半の2作品はオーケストラサウンドの醍醐味を満喫できる。オーケストラの響きワールド。
山内さんのSPANDA、脈動、鼓動。実験的なところも盛り込みつつ全体に派手な鳴りで、ショーピースとしても楽しめる。大技、小技、引き出しの数も多いですね。
オーケストラルな響き→ヴィブラフォン・ソロ、カデンツァ中心に→オーケストラル復活→弱音に収束。
といった流れ。ヴィブラフォンはオーケストラに負けないもので終始よく聴こえてくる。多彩な技、ダイナミックな叩き、華麗な技巧連発で聴きごたえあり。時にデカサウンドのオーケストラ越えの音、目が回るような動きに、ビックリ。見た目の動きと音楽がピッタリと重なっている。
カデンツァが聴衆をひきつけるのは、その前の部分、オーケストラとの競演が対等であまりに見事であるためですね。ソリストの腕もポイントになる。凄いもんでした。初演もののカデンツァで空気をピリピリと鎮まらせるあたり、うーん、すごい、とうなるばかり。
ヴィブラフォンの微分音作成過程と、そのヴィブラフォンと正常ピッチのヴィブラフォンを並べての演奏、それに、見ていると、鍵盤を手で叩いたり、オケのほうはラッパの歌口をはずして叩いたり、等々、出てくる音と見えてくるもの、観るほう聴くほう、一時の休みもない面白さでした。
即時再演希望。

最後の作品は森垣さんのシンフォニー。
プロローグ、ミステリオーソ、コンチェルト・グロッソとエピローグ、これらによる3部構成。
重い快活さとでも言おうか、シンフォニーの形式が理知的な質感をもって表現される手応え十分の作品で聴き足りないぐらいです。
オーケストラの騒ぎがよく出ていて、カツ、音楽の流れが理にかなっていると感じられる。唐突さも落としどころとしては、こうあるべき、納得の曲ですね。合理性と正規化が音楽を必要以上に縮めることが多々ある現音作品にあって、広がりを感じさせてくれるものでした。素晴らしい、これも、即時再演希望。

大井、東響の演奏は渾身のもので実に素晴らしくて初演作品の意義を高めていた、もちろん、ソリストたちも。

おわり

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2602- プリ・スロン・プリ、ヴァラド、東響、2018.9.1

2018-09-01 23:10:01 | コンサート

2018年9月1日(土) 6:00-8:15pm サントリー

ラヴェル(ブーレーズ編曲) 口絵(1918/1987/2007) 日本初演  2

フィリップ・ユレル トゥール・ア・トゥールⅢ  レ・レナマンス(名残り)
          オーケストラのための (2012) 日本初演  22

Int

ブーレーズ プリ・スロン・プリ (1957-62/82/89) 15-6-12-22-17
  ソプラノ、浜田理恵

ピエール・アンドレ=ヴァラド 指揮 東京交響楽団


今年2018年のサマフェス千秋楽はブーレーズの大作。1993年に日本初演されて、今日は2度目の公演となる。まあ、有名な割には、上演はレア。

生演奏とCDで聴く音との違いは一言で言うと、奥行き感。
指揮者を中央に、左右に配置された2群のオーケストラ。指揮者の前には3台2台と計5台のハープ、3人で持ち替えながら。ハープが中央陣取って、それ以外のスペースにはたくさんのパーカッション類が立錐の余地なくばらまかれている。
指揮者、ソプラノは、この種のスペシャリスト、ヴァラドさんと浜田理恵さん。オーケストラは機能的で音色が魅力的なオーケストラ、と、申し分ない布陣。

1.贈り物  15
2.即興Ⅰ   6
3.即興Ⅱ  12
4.即興Ⅲ  22
5.墓    17

70分越えの演奏、最後の2曲が大幅に濃厚な噛み砕き。即興に相応しいのかもしれないし、終曲は複雑な迫力が迫ってくる。

プログラム冊子が満を持したような詳細な内容で、これ一つだけで資料的価値と内容理解に申し分ないものだ。事前勉強必須ですね。


ホールはP席クローズで、見渡すと、がらがら。聴く意気込みのある人たちだけが来ている感じ。あとは始まる前から居眠りしている常態系が若干。

ブーレーズ独特のポロポロとぶちぎりされた音の連続体とソネットに乗せる引き伸ばされた音、それらが絡み合い、細かいニュアンスがちりばめられ、背骨の神経をそのまま垣間見るようなデリカシーな音。

強烈な一撃で始まった、ひと襞ひと襞は、パーカッションのサウンド綾模様とオーケストラルセクションの絡み合い。覚えれるような作品ではないけれども、指揮者の正確で割とシンプルそうに見える振りは、聴きやすさを思わせてくれる。

器楽サウンドとしては1と5は響きを理解しやすい。挟まれた三つの即興は、詩の歌メインで、オーケストラの短い音の集合体の真逆をいくもので、ソネットがなにやら一筆書きのように撫でられていく。
こうやって生演奏で聴くと、ヴァラドの棒だからというのもあるのかもしれないが、即興Ⅲが非常に引き伸ばされていて、1と5にサンドウィッチされた即興Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの各束というよりも、時間が倍ずつかかっていき、即興Ⅲは終曲の墓にブリッジのように大きく流れが動いていく。その最後の、墓では、短く切られた音群とそれまで歌で語られていた即興の詩が、双方とも器楽で語られてミックスしていくように見受けられる。混沌ではなくて、いわば、まとめの音楽になっていると強く感じた。
最後は死の一節が歌われ、1の一番はじめの打撃音が再度打ち鳴らされ終わる。強烈。


即興Ⅲでは、ソロトロンボーンが位置を中央よりに変えて、立ち尽くしたままの22分。吹くところはあまり多くない。全部ミュート付き、2種類のようでした。全身または腕でリズムを取りながら吹奏に入っていくもので、容易な曲ではないだろうなあと素人目には見えるし、あのようなリズム取りを、メンバー全員が身体の芯で感じながら全曲をプレイしているんだろうなと、妙にエキサイティングな気持ちとなる。


●●
プログラム前半の2曲。
ラヴェルのピアノ曲をブーレーズが編曲した口絵は音が伸びていって絡まり、カップルミニッツであっという間に終わる。似た音形に色彩感を持たせたような色模様。

次のユレルのレ・レマナンス(名残)は三部作トゥール・ア・トゥールの三つ目。すーっと伸びていく響きと、短く切る音型が持続していく。切れ気味の音型が主要なものとなり、最後は静かに終わる。鏡の角度が順を追って変化していくようだ。音は浅いと感じる。

3曲ともに同じようなキーワードに落ち着いた。
おわり

サントリーサマーフェスティバル2018











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2600- ウェーバーcl協1、クール、アゲイン、ヴィトマン、コン・ブリオ、幻想曲、VC2、カロリン、イェルク・ヴィトマン、都響、2018.8.31

2018-08-31 22:08:45 | コンサート

2018年8月31日(金) 7:00-9:10pm サントリー

ウェーバー クラリネット協奏曲第1番ヘ短調op.73 8-7-6
  クラリネット、イェルク・ヴィトマン

ヤン・エスラ・クール アゲイン(2018)  世界初演  7

イェルク・ヴィトマン オーケストラのための演奏会用序曲(2008) コン・ブリオ  11

Int

イェルク・ヴィトマン クラリネット独奏のための幻想曲(1993/2011)  7

イェルク・ヴィトマン ヴァイオリン協奏曲第2番(2018) 世界初演  9-21+5
  ヴァイオリン、カロリン・ヴィトマン

イェルク・ヴィトマン 指揮&クラリネット 東京都交響楽団


サントリーのサマーフェスティバル2018のテーマ作曲家イェルク・ヴィトマンに集中的にスポットを当てた当夜の企画。5作品のうち3曲がヴィトマン作品。ウェーバーではクラリネットの吹き振りも。

その最初のウェーバーは吹き振りと言いながらあまり指揮をするところは無い。小型編成のオケに任せきりと言ってもよい。
吹きながら非常に体が動くので音が一様に前に聴こえてこないもどかしさがある。まだら模様の音が流れてくる。
陰影のつけ方がうまくてウェーバーがのっぺりとせず、色彩を感じさせてくれる。余裕のプレイですね。

次のクールのアゲイン。大きな編成。出だしはフィリップ・グラスの波打つような雰囲気を少し醸し出すが、すぐにそういったものから離れていき、いわゆる現代音楽のほうへ向かう。バッハの引用が形を変えてあるようだがわからなかった。アゲインの意味合いもわからなかった。現代音楽は必然的に短くなるといったあたりのことを再認識させてくれるような作品でした。

前半最後、3曲目にテーマ作曲家の作品が出てきた。コン・ブリオというなんとなくベートーヴェンみたいなタイトルですが、初演時、ベートーヴェンの7番8番と一緒に奏されることがあらかじめ想定されていて、タイトルだけでなく曲の引用や全体の雰囲気もそのようなことが塗りこめられている。
曲は律動ワールドで、ひたすらリズムをきざむ。エネルギッシュなパワー、推進力もあって面白い。現代の演奏会序曲に相応しいものですね。オーケストラもお見事。

後半1曲目は、無伴奏でヴィトマンのクラリネット1本勝負。腕の魅せどころ。
技巧を駆使した作品がナチュラルに響いてくる。きわどい盛り上がりも大したもので、こうやって一人技を見ていると、ヴィトマンは基本的に明るいなあと思う、作品もプレイもね。

締めは、妹さんのヴァイオリンでコンチェルトの2番。
3楽章形式だというがちょっと境目がわからなかった。タイミングは起伏目安のものです。ロマンスと名付けられた中間楽章が非常に長い。
第1,2楽章はヴァイオリンの独奏で始まる。また、両端楽章は歌唱しながらの弾きが出てくる。色々な趣向、技巧を駆使したものでした。
ヴィトマンのこだわりというべき色彩や音の組み合わせはこの作品では一旦横に置き、簡素化、形式がポイントになる作品のようですね。異様に長い中間楽章も含め、そのようなことをあらかじめインプットしながら聴けば、割とシンプルに理解は進む。ヴァイオリンのためのコンチェルトとしてはこういった方針での作品は成功したように思える。オーケストラは繊細だったり大胆だったりするけれども、ここでは、伴奏という枠にきっちりおさまっているような全体感でしたね。
もう一度聴いてみたくなる。佳作、佳演。兄妹息の合ったところを、よく魅せてくれました。
おわり

サントリーサマーフェスティバル2018

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2597- 日フィル・アメリカ公演1964年、渡邉暁雄、日フィル、フィルハーモニック・ホール、リンカンセンター、1964.10.11 

2018-08-12 11:42:15 | コンサート

1964年10月11日(日)  3:00pm(たぶん) 
フィルハーモニック・ホール、リンカンセンター

ウィリアム・シューマン アメリカ祝典序曲

黛敏郎 弦楽のためのエッセイ

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調Op.64
 ヴァイオリン、江藤俊哉

シベリウス 交響曲第2番ニ長調Op.43

渡邉暁雄 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

JAPAN PHILHARMONIC, Akeo Watanabe, conductor; Toshiyo Eto, violinist. At Philharmonic Hall.

American Festival Overture
William Schuman

Essay for Strings
Toshiro Mayuzumi

Violin Concerto in E Minor (Op. 64)
Mendelssohn

Symphony No. 2 in D (Op. 43).
Sibelius


Japanese Philharmonic Arrives; Group, Although Young, Is Cosmopolitan; Toshiya Eto is Soloist at Lincoln Center

THE unfamiliar strains of the Japanese national anthem were heard last night in Philharmonic Hall, and on stage was the equally strange presence of 85 Japanese faces. All of which meant that the Japan Philharmonic Symphony Orchestra, under the direction of Akeo Watanabe, was making its debut here.
Of the 88 members, only 3 are Westerners. One of them, the concertmaster, is well-known in local musical circles. He is Louis Graeler, formerly with the Symphony of the Air and the Kroll Quartet. The first cellist and first horn are also foreigners. Otherwise the players are Japanese, the great majority of them seemingly in their early thirties.

Mr. Watanabe, the conductor, is a Juilliard product. Most of the other players were trained in their homeland, and their work last night attested to the popularity of Western music in Japan that one has been reading about.
There was nothing provincial about the playing — nothing Japanese provincial, that is. It would be idle to pretend that the Japan Philharmonic is one of the world's leading ensembles, but it is an expert group and a cosmopolitan one. In the Mendelssohn Violin Concerto and the Sibelius Second Symphony, the tempos, phrasings, ensemble and entire approach were that of any corresponding orchestra anywhere in the world.
Where the relative inexperience of the orchestra is exposed it was created by Mr. Watanabe in 1956—is in such difficult pieces as the finale of the Mendelssohn Concerto. It takes a very experienced conductor and orchestra to ride along with the violinist; and in Mendelssohn's delicate scoring, the least slip is exposed. Last night, there were sections where soloist and ensemble were running along different streets.
But elsewhere there were some fine things to point out. William Schuman's “American Festival” Overture received a. perky, alert reading. The Sibelius Second went along smoothly and with a good deal of power. There was nothing in the least bashful about the sonorities evoked by the Japan Philharmonic to the work. In addition, some of the solo playing was of a thoroughly professional order. Mr. Watanabe is a Sibelius specialist, and his orchestra played the Second as a group that obviously has a great deal of familiarity with the work.

Mr. Watanabe also conducted a work by Toshiro Mayuzumi, the young Japanese avant‐garde composer who recently has been active in this city. It was named “Essay for Strings,” was composed last year and is an. exercise in unusual string sonorities—glissandos for the most part, interspersed with varieties of pizzicato sounds. It is not only an unorthodox work; it is also, in its way, a very imaginative one, creating a whirlpool of tone that goes round and round with a nearly hypnotic effect.

The soloist of the evening was the popular Japanese violinist Toshiya Eto. He is a skillful player with a rather small tone, and Mr. Watanabe helped him along by reducing the number of the orchestra's strings. Mr. Eto presented a delicate, small‐scaled but well‐proportioned Mendelssohn. After the heavy howitzer approach of the international violinistic set, this Mendelssohn came as an agreeable present from Japan.

End

Harold Schonberg

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2596- ラフマニノフPC5、日本初演、反田、シベリウス1番、藤岡、日フィル、2018.8.9

2018-08-09 23:41:24 | コンサート

2018年8月9日(木) 7:00pm ミューザ川崎

ラフマニノフ(ヴァレンベルク編) ピアノ協奏曲第5番ホ短調 (日本初演) 20-8+6-10
  ピアノ、反田恭平

Int

シベリウス 交響曲第1番ホ短調Op.39  12-9-5-13

(encore)
エルガー 夕べの歌  4

藤岡幸夫 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団



4番で終わりのはずのラフマニノフのピアノコンチェルト。ところがどっこい、今日は日本初演の5番!
ということで2番シンフォニーの編曲版を5番コンチェルトとして日本初演。ピアノは飛ぶ鳥を落とす勢いの絶好調ヤングガイ、反田。申し分ない取り組みですね。
曲はシンフォニーの2,3楽章をつないで計3楽章のコンチェルト形式としている。出てくる音もシンフォニーモードでそれの上にピアノが複雑に乗っかってくる。
ピアノの猛速パッセージは速すぎて反田さんの地を這うような指の動きが見えない。また、左手で拍子を取りながら入りをうまく決めている。大変そうだ。
指揮の藤岡さんは譜面ほぼにらめっこ状態。双方のアイコンタクトが良好で、かつ、反田さんは藤岡さんのタクトの呼吸を感じながらの息の合った好演。
オーケストラのラフマニノフサウンドは一滴も緩んでいないので、全体的にかなりデカい音でピアノが埋もれてしまうところがたびたび。このシンフォニーを薄く編曲するのは難しそう。副主題など元々静かなところでのピアノはよく聴こえてくるけれども、そういったところは必要以上に技巧を凝らすようなところでもなくて、徹底的に完膚なきまでに考え抜かれた編曲だったのかと、少しばかり吹っ切れないところがありました。
華麗な作品の編曲ものを絶好調のピアニストで聴く醍醐味を味わい尽くしました。

マイクが乱立していましたので、いつか録音を聴けるかと思います。

後半はシベリウス。

シベリウスをよく知るオーケストラは恐くもあり愛に溢れているようでもある。
藤岡さんの一見ストレートで端正に見えた指揮ぶりではあるのですが、よく見ると、やっぱり、愛に溢れている。思いが棒に乗っている。
感情の罠に陥らず、端正な熱意で全体像を作り上げていく指揮っぷりはお見事でした。日フィルの圧倒的な弦サウンドが大海のようでそのまま潜り込んでしまいたくなる。また、1番シンフォニー独特の背筋がぞくぞくする雰囲気よく出ていましたね。充実の演奏でした。
おわり






 









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2595- チャイコフスキー、くるみ割り人形、全曲、ミンコフスキ、都響、2018.8.5

2018-08-05 23:02:34 | コンサート

2018年8月5日(日) 3:00pm ミューザ―川崎

チャイコフスキー くるみ割り人形 全曲  44 int 40

合唱、TOKYO FM 少年合唱団

マルク・ミンコフスキ 指揮 東京都交響楽団


1,2幕からの抜粋を休憩無しでやる予定が変更になって、休憩付きの全曲演奏となった。喜ばしい。作曲家大詰めの大作、素晴らしい作品ですからね。このように本腰を入れてやってくれるのはいいことですね。

チャイコフスキーの流れるような珠玉のピースの数々、とめどなく溢れてくる。思いっきり浸かる。

ミンコフスキの棒も徐々に加熱してくる。
ミンコフスキの身体の揺れが止まらなくなる。絶え間なく前進する奔流に淀み無し。潔癖なフレージング。都響のいつもの鉄板に壁ドンのブラスの音は一掃され、弦とウィンドの濃くも清い清々とした清流と美しく交わる。絶妙な音作り、ミンコフスキの腕がさえわたった。

美しく跳ねて滔々と流れるナッツクラッカー、ミンコフスキのマジック棒。一体全体どうやってあんなサウンドを作り出すのか。軽いさばきに見えるがコクのあるリハがあってのことだろう。

なにか大きな一つのワルツが舞っていた聴後感が漂う。くるみ満喫。
ありがとうございました。
おわり

フェスタサマーミューザ2018

 

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2594- ブリテン、青少年、グラズノフAsx協、上野、ショスタコーヴィチ10番、熊倉、N響、2018.8.4

2018-08-04 23:52:49 | コンサート

2018年8月4日(土) 4:00pm ミューザ川崎

ブリテン 青少年のための管弦楽入門  18

グラズノフ アルト・サクソフォンと弦楽オーケストラのための協奏曲  15
  アルト・サクソフォン、上野耕平

Int

ショスタコーヴィチ 交響曲第10番ホ短調Op.93  25-4-12+13

熊倉優 指揮 NHK交響楽団


指揮者ほぼデビュー振り。
かなり硬い振り。ブリテンは出てくる音と棒が今一つ馴染んでいない。音が身体に巻きついてこない。
グラズノフは余裕の上野さんのプレイという事もあってか、指揮者の自由度が高まり空気の流れがよくなった。
最後のショスタコーヴィチはオケメンの技が冴え、より自由度高く。演奏はかなりスタティックであまり動くことが無い。まあ、静かな演奏でした。

もっと引っ張っていく小気味良さがあっても良いと思う。N響のツルピカサウンド振れる指揮者はうらやましい。
コンマスの指揮者をたてる、たて過ぎが、違和感ありまくり。何か貸しでも作りたいのか。ステージの上の連中だけで色々とやるのを、ははと下々がおそれ多く見ている構図にしか見えない。やめてくれ。お祭りなのかもしれないが、音楽の本質がまるで見えてこないものであった。

フェスタサマーミューザ2018
おわり

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2592- 魔弾の射手、皇帝、シュテファン・ヴラダー、ブラームス4番、高関健、東京シティ・フィル、2018.7.29

2018-07-29 20:31:45 | コンサート

2018年7月29日(日) 3:00pm ミューザ川崎

ウェーバー 魔弾の射手、序曲  9

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番変ホ長調Op.73皇帝 18-7+10
 ピアノ、シュテファン・ヴラダー

(encore)
リスト コンソレーション第3番変ニ長調  5

Int

ブラームス 交響曲第4番ホ短調op.98  12-11-6-10

(encore)
ブラームス ハンガリー舞曲第1番  3

高関健 指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


埃が一掃、ワイプアウトされたスッキリエンペラー、音楽に内包された技量というものはこんなにも自然なものなんだとうなるばかり。素晴らしい。

ヴラダーのピアノは腕の動きに明らかに一つ上の余裕というものがあって、どこからでもなんでもできる。色合いの変化、アドリブ的崩し、音符・休符、等々の出し入れが自在、見た目、思いついた瞬間にいろんなことをしているようにさえ見えてくる。それが、場当たり的なものではなくて、ベートーヴェンの筆の運びとしてはまことに納得のいくもので、作品に光が見事に照射されている。ベートーヴェンもこうゆう弾きをしていた頃もあっただろうなと思わせてくれる。
ヴラダーのエンペラーに妙な重さは無くて、贅肉はあらかじめそぎ落としているのだろうし、オーケストラもすっきりしたもので、両者の進行が心地よい。強弾きの弦も良く弾んでいていい伴奏でしたね。
埃っぽくないプレイで、ベートーヴェンの音符が蛇腹のように流れていく。ナチュラルな流れであり聴くほうも心地よい。初楽章からよく引き締まった演奏、力の抜けた端正な弾きには惚れ惚れする。うまいさばきが積み重なってややヒートしていく、前進するベートーヴェンが顔を出す。静謐な中間楽章は時折音符の形がわからなくなる彷徨う音符探し。ユニークだ。終楽章は、自然積分された1,2楽章の溜まりに押されるよう。まるで整理体操の趣きも魅せつつ変幻自在なベートーヴェンが現れてくる。なんて素晴らしい演奏なんだ。

ブラ4は古典的な難しさを実感。初楽章をはじめとして、弦とウィンドのハーモニーが交互に出てくる。セクションが錯綜せず裸に直列アンサンブル。この響きのバランスを取りながらの進行は極度に難しいものだろうなあとあらためて思わざるをえない。実感の難関構造建築物件。聴きごたえのあるシンフォニー、高関が魅せたアンコールでのハンガリアンダンスの彫りが深くパースペクティヴとリズムに優れた割とエモーショナルな棒、あの棒がこの4番にフレーヴァー添加されていてもいいのではないかと、後付けではあるがそう思った。
味わい深い演奏でした。
おわり


フェスタサマーミューザKAWASAKI2018






 

 

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2591- ラフマニノフPC2、オルガ・シェプス、チャイコフスキー5番、上岡敏之、新日フィル、2018.7.27

2018-07-27 22:39:02 | コンサート

2018年7月27日(金) 7:00-9:10pm トリフォニー

<リクエスト・コンサート>

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18  12-12-12
  ピアノ、オルガ・シェプス

(encore)
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番第3楽章  3

Int

チャイコフスキー 交響曲第5番ホ短調Op.64  18-12-5-12

(encore)
ニールセン 仮面舞踏会 より第3幕 若い雄鶏たちの踊り 5

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


Njpシーズンファイルの公演はお客によるリクエスト・コンサート。あらかじめ客にお気に入りの作品をアンケートしておいてそれを集約したもの。自分としてはラフマニノフの3番コンチェルトを上岡音楽監督の弾き振りでセツにお願いしますと、5回ほど書いたがかなわず。キュート美人のシェプスさんによる同2番となったようです。シェプスさんはお初で聴きます。聴きなれた曲だけれどもなんだか新鮮に聴くことが出来ました。
第一音が出るまでの長い時間、見た目には思い入れが強く、場の雰囲気を作り出す。エモーショナルな動きが違和感なく音楽が作り出されている。フレージングはかなり揺れ動く。空振りではないが、見た目と音の圧力がなかなか一致しないところがありました。特に弱音で。
両肩がこわばっていて、そのせいかどうか音の出がおそい。オケよりも遅れ気味になります。
ピアノの音が不明瞭になったり、粘りっ気が出たり、と、どうも、昨今のスタイリッシュな演奏や計算されたズブズブ微細パフォーマンスに慣れてしまっているせいか、そういったものとは随分とちがうものだなあ、などと、腕を組みながらも、なるほど世界は広いものだと、一方では思う始末。聴くほうもそうとうな揺れ動き。
中間楽章済んで鍵盤から浮いた両腕はそのまま左髪ヘアピン止めなおしの余裕の仕草、キュート美人なだけにご本人も色々と気になることもあるんでしょう。ラフマニノフ終止は両腕左サイドバック放り投げフィニッシュ、この種のアクションにも事欠かない。全部様になりますね。
アンコールはさらにギアアップ、戦争状態に一気に突入。鮮やかな得意技でしょ。立ちフィニッシュの勢いで。

ラフマニノフからそうでしが、今日はいつもとずいぶん音が違うなあと。いつもの柔らかさに加えてザラッとストレートなところもあって大変にいい肌ざわり。思わずあたりをぐるりと見渡せば、いつになく満員。沢山の夏服に程よく吸収されたホール音響が醸しだされたのかもしれない。

もはや陳腐という言葉が似合うやり尽しチャイ5、と思いきや、うんざり感は最初の序奏で彼方に飛んでいってしまった。
ストイックとは言わないが、譜面通りなのだろう、とにかくまるで騒がしくない。
序奏の少しリズミックで膨らみがありサッと終える、この肌ざわり。なんだか、納得のあっさり感。結局この序奏が全てを語っていましたね。ダークな中にリズムと潔癖な筆の運び。
律動と滑らかさ冴えたバランス感覚、気張ることの無い音楽に埋没のプレイヤー達、一見、淡々としていながら、音が満ち溢れている。上岡監督のタクトのもと、プレイヤー一人一人の心の安定がひしひしと伝わってくる。非常に静かな流れは無理やり抑えたものではなくて、こうやって音楽が作られていく。すばらしい、いい演奏でした。
上岡フレームがきれいに出来上がった。

上岡監督が振るときはアンコール付きでそれも含め全て収録されているときく。この日は一段とマイクが林立。いい演奏でしたし、メディア化されたらじっくりと聴きなおしてみたいですね。
おわり

 

 







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2590- 道化師、両手、小山実稚恵、牧神、海、ロレンツォ・ヴィオッティ、東フィル、2018.7.19

2018-07-19 22:49:05 | コンサート

2018年7月19日(木) 7:00pm サントリー

ラヴェル 道化師の朝の歌  8

ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調  9-9-4
 ピアノ、小山実稚恵

(encore)
ドビュッシー 前奏曲第1集8曲 亜麻色の髪の乙女  2

Int

ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲  11

ドビュッシー 海 9-7-8

ロレンツォ・ヴィオッティ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


前日からホールを変えての定期。

2589- 道化師、両手、小山実稚恵、牧神、海、ロレンツォ・ヴィオッティ、東フィル、2018.7.18

一日寝かせた分、昨晩よりコクが出た気配がある。きめ細やかさと大胆さは変わらず、それから、線がうまくつながっていきます。セクションやアンサンブル毎の繋がっていく様は、音色の変化も味わえる。独特のバランステイストもあって、楽しめる。鮮やかな演奏でした。
おわり

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2589- 道化師、両手、小山実稚恵、牧神、海、ロレンツォ・ヴィオッティ、東フィル、2018.7.18

2018-07-18 23:44:23 | コンサート

2018年7月18日(水) 7:00pm コンサートホール、オペラシティ、初台

ラヴェル 道化師の朝の歌  8

ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調  9-8-4
 ピアノ、小山実稚恵

(encore)
ドビュッシー 前奏曲第1集8曲 亜麻色の髪の乙女  2

Int

ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲  11

ドビュッシー 海 10-7-9

ロレンツォ・ヴィオッティ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


きめの細やかさと大胆さが同居した棒。小節を決めていくというよりも個々のフレーズの流れを示していく棒はよりオペラティックと言える。棒さばきよく小気味よい演奏でフレッシュ。指揮棒が柳のようにしなりをみせる雰囲気あります。
ドビュッシー、ラヴェルともに精緻な音作りと鳴らすところはおもいっきり鳴らしアンサンブルバランスにお構いなしなところもある。この大胆さはイタオペの歌い節を感じさせますね。
コントロールはオケ自身がして、ドライヴは指揮者がかける。進行に余裕があって、オーケストラの歌い節がお見事。精緻な演奏でした。
なんだか、才能がビッグバン起こす直前の指揮者のような気がする。


ラヴェルのコンチェルトも楽しみにしていました。が、
全体的なふちぼかし、それと単音ひとつひとつに音が分解されない。今はこのような演奏のラヴェルは聴くことが無い。時代が違ってきている。演奏会の前提が変化してきているのだろう。
おわり



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