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592- 水底バー ボトム・ヴァッサル
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バー・マナー
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静かな悪友S君
「僕は河童さんと知り合う前はバーなんか行ったことがなかったんだ。実は興味があったんだけど、なんだか得体の知れないもの、いくらかかるかわからないし、第一何があって何を頼めばいいのやら、早い話がバー無知だったわけさ。」
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河童
「そのようだったね。僕はあちこち行ったり来たりしていたので、外のそのようなところでお酒を飲む機会がかなりあったし、昔は高くて飲めなかったハードリカーが日本でも気楽に飲めるようになった頃から、、飲み始めたわけではないなぁ。もっと昔からだなぁ。」
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S君
「河童さんのたわごとはそれくらいにして、今日はどこに連れて行ってくれるんだい。」
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河童
「そうだね。最近はやりのガールズバーなんて身の毛がよだつしな。やっぱりしっかりしたお酒を飲むに限るね。今日は河童のとっておき、水底バー、ボトム・ヴァッサルにでもいってみるか。」
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S君
「おお、河童の地の果て、もとい、水の果て、水底で飲む酒の味は?」
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河童
「そりゃVGに決まってる。」
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S君
「また音楽用語が出たね。ヴァイニル・レコードのコンディションじゃないんだから。」
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河童
「どうだい。水底で飲むウィスキーの味は?」
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S君
「いやいや、なかなか、いい、いい。」
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河童
「やけにリピートの多い日本語だな。そういえば君は酔うと繰り返すんだったね。なんでも。」
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S君
「そうらしい。いろいろと失敗をしているようだ。」
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河童
「ところで、あすこにすわってウィスキーを飲んでる男二人組がいるだろ。あいつら、さっきからベタベタとボトルにさわりまくってる。」
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S君
「いいじゃないか、よいお酒にあえて感動しているんだろ。」
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河童
「なめんじゃねぇ、よその家のボトルにベタベタさわりやがって、ほかの客も飲む酒じゃねぇか。なめんじゃねぇ。。」
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S君
「おっと、はじまりましたな。。」
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河童
「店のボトルにはさわるんじゃねぇ、店の連中が許した時だけにしろい。君は自宅で他人が自分のCDにベタベタさわったらどう思うかね。なかには、プラケースから取り出して、指紋だらけにしていく奴もいる。あんなの頭に、河童の頭にきて、ほんと、そいつの頭かち割ってあげたい、何を考えてるんだ、と。。」
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S君
「なるほど、言われてみればそうかもしれない。なかにはふたをあけて鼻水をいれそうになる連中とか、ひどいのになると自分でウィスキーをグラスについだりしているトンデモバカも見たことがあるなぁ。」
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河童
「つらいのは、お店のバーテンダーは、なかなか注意ができないんだ。何しろカネを落とす客なわけだから、なめんじゃねぇ、さわるんじゃねぇ、って言えないよね。いったらそれで全部終わりだし。」
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S君
「たしかにつらい。河童さん、僕はいつになく河童さんの話に説得力があったので、もうボトルにベタベタさわるのはやめにするよ。ほんと、もつべき友ははっきり物事をいう河童だね。」
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河童
「なめんじゃねぇ、いつもは説得力ないということか。
それはそれとして、真のつながり、つまりバーテンダーと客との真のつながりというのは、注意をちゃんと言えるバーテンダー、ちゃんと受けとめる客、そのような関係なのではないだろうか。
僕も昔はあいつらと同じようなことをしていたかもしれない。
ある日、あるバーテンダーが僕に注意してくれたんだ。僕は怒るどころか嬉しかったね。ある程度リスクを覚悟の上での注意であったのだと思うが、それは裏から見ると残り何パーセントかは僕のことに賭けてくれたのだと思う。妙に感動したよ。
そのバーテンダーは日常の努力も大変なものだと思うよ。世界観が広く深いし、それに時代の出来事にも敏感、それでいて昔のこともよく覚えている。もちろんお酒の事は人一倍詳しいし、よいお酒があれば地の果てまで足を運び自分の舌で見極める。このような不断の努力がなければならない。人柄なんて、にじみ出てくるものなんだ。僕はそういうところでお酒を飲むと、疲れがとれるし元気がつく。たまに押し黙って話したくないときもあるが、そんなときはそれを察知してくれる。距離感、バーでの距離感ってすごくポイントなんだぜ。」
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S君
「お河童様の長い講釈は終わったみたいだな。でも僕もよくわかったよ。お酒のラベルを見るのも一つの楽しみなのだが、そのようなことひとつとってもよく気をつけるようにするよ。特に個人でやっているお店のマスターなんて、我々クラシック音楽のプロに言わせたら、やっぱり自分の枕もとのCDに他人がベタベタさわっているのが頭にくるように、彼らの愛着が降り注がれたボトルに違いない。僕らはそのようなことに敬意をはらいながら、そんなかしこまったことでなくても、要は誰でもちょっと考えればわかるようなことをきっちりとマナーとしてとらえて、そのうえでおいしくお酒を飲む、バーというのはそんな場所なんだね。」
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河童
「僕に負けず劣らず長い講釈だったな。。
それにしてもあの二人組、どうしようもないなぁ。なにかいい方法はないものか。」
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S君
「それは簡単だよ。このブログを読ませてやればいいだけさ。」
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おわり
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