河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2508- シベリウス、フィンランディア、ペレメリ、7番、グリーグPC、牛田、プレトニョフ、東フィル、2018.2.26

2018-02-26 23:36:06 | コンサート

2018年2月26日(月) 7:00-9:30pm コンサートホール、オペラシティ、初台

シベリウス フィンランディアOp.26  11

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調Op.16  14-7+11
  ピアノ、牛田智大
(encore)
シベリウス もみの木Op75-5  4

Int

シベリウス ペレアスとメリザンドOp.46  4+5+2-2+3+3+2+3+7

シベリウス 交響曲第7番ハ長調Op.105  23

(encore)
シベリウス 『かわいらしい組曲』より「ポルカ」Op.98a   2


ミハイル・プレトニョフ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


23日と昨日25日に続き3回目。

前2回同様7番シンフォニー目当て。今日も堪能。オーケストラの醍醐味満喫。
パーフェクトな演奏。ぶ厚く歌い尽くすしびれるような弦。中間部のやや快活なパッセージが続くところでは、ひらひらと木の葉が舞い落ちるような名状し難い響きのアンサンブルに悶絶。何層もある音の厚みと豊かな色彩。プレトニョフの指揮は凄い。もはや、匠ですよね。膨らむコーダが先を急ぐことなく広がっていく圧巻の音響ワールド。吹き抜けるようなフィニッシュで最高潮。今日もあまりの素晴らしさに気絶。

ペレメリは3回目にしてさらに熟成。終曲のじっくりと歌う演奏はぐっとテンポを落とし、悲劇の色模様が見事に表現される。いいですね。

牛田さんのグリークはピアノにあったホールということもあってか、前2回よりかなり攻めていた。特にカデンツァには自由奔放な世界がところどころに顔を出したかなと。攻め続けているほうが後の流れが良くなってくるし、守りから解放されていく。
きっちりとした正確な音符の運びをして欲しいなぁと思うところと、大胆に攻めてほしいというところが同居している。両方一緒に解決して欲しい気もする。正確な弾きから大胆さが生まれる気もするし。
粒立ちよく、攻めた演奏。守りに入らず今日のような演奏をたくさん聴いてみたいですね。
おわり

 

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2507- シベリウス、フィンランディア、ペレメリ、7番、グリーグPC、牛田、プレトニョフ、東フィル、2018.2.25

2018-02-25 22:33:46 | コンサート

2018年2月25日(日) 3:00-5:20pm オーチャードホール

シベリウス フィンランディアOp.26  11

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調Op.16  14-7+11
  ピアノ、牛田智大
(encore)
シベリウス もみの木Op75-5  4

Int

シベリウス ペレアスとメリザンドOp.46  4+4+2-2+3+3+2+3+6

シベリウス 交響曲第7番ハ長調Op.105  23

(encore)
シベリウス 『かわいらしい組曲』より「ポルカ」Op.98a   2


ミハイル・プレトニョフ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


一昨日に続き同プロを聴きに来ました。

今日も7番シンフォニーが俄然スバラシイ。曲の中心的な役割の弦が透明に息長くそして細やかなプレイ、筆舌に尽くし難い美しさ。抑えたブラス、このコントロールの良さにも惚れ惚れする。プレトニョフの指揮芸術は今日もお見事に一語。もう、何度でも聴きたくなる。(明日もある)

ペレメリの1曲目は3番シンフォニーの響きが随所に感じられるもの。また9曲目終曲はネクストプログラムの7番シンフォニーと響きだけでなく動きまで少し似ているかな。室内楽的な響きで、美しさを堪能しました。際立つアンサンブルにストーリーも自然に浮かんできます。

牛田さんのグリーグはサントリーのときのようなバシャッと感が無くて明瞭に響いてくる。奥のティンパニーの音がオケに上から被さってしまうようなところがあってそれには少しもどかしさを感じたが、それよりも前に押し出すような積極的な運びで良く音が出ていました。自分探しの旅を始めたばかりといった印象もありますね。
おわり

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2506- 心中宵庚申、2018.2.25、アゲイン

2018-02-25 22:16:01 | 人形浄瑠璃

2018年2月25日(日) 11:00am-1:50pm 小劇場、国立劇場、半蔵門

第一部(午前11時開演)人形浄瑠璃文楽

近松門左衛門 作

心中宵庚申
 上田村の段     55
Int         30
 八百屋の段     44
 P          2
 道行思ひの短夜   30


(詳細別途)










 

 

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2505- ローエングリン、二期会、深作プロダクション、準・メルクル、都響、2018.2.24

2018-02-24 22:15:27 | オペラ

2018年2月24日(土) 2:00-6:15pm 東京文化会館

東京二期会プレゼンツ
ワーグナー 作曲
深作健太 プロダクション

ローエングリン  58-75-54

キャスト(in order of appearance at prelude)
1.ゴットフリート(幼少ルードヴィヒ)、黒尾怜央(黙役)
2.ルードヴィヒ二世、福井敬(黙役)
3.若きローエングリン、丸山敦史(黙役)

キャスト(in order of appearance at actⅠ)
1.ルードウィッヒ二世、福井敬(黙役)
2.伝令(バイエルン王国首相ルッツ)、友清崇(Br)
3.ハインリヒ(プロイセン王国首相ビスマルク)、小鉄和広(Bs)
4.テルラムント(バイエルン王国医師グッデン)、大沼徹(Br)
5.オルトルート(フライアのリンゴを持つ片目の女ヴォータン)、中村真紀(S)
6.ゴットフリート(幼少ルードヴィヒ)、黒尾怜央(黙役)
7.エルザ(オーストリア皇妃エリーザベト)、林正子(S)
8.若きローエングリン、丸山敦史(黙役)
9.天井から羽根だけ白鳥
10.ローエングリン、福井敬(T)

キャスト(in order of appearance at actⅡ)
1.天井から落ちる首に矢の刺さった白鳥
2.白鳥を抱きかかえるゴットフリート(幼少ルードヴィヒ)、黒尾怜央(黙役)
3.書き物を投げつける若きローエングリン、丸山敦史(黙役)

この後のテルラムント&オルトルートの出以降は、3幕含めほぼ展開通りに現れる。
ゴットフリートはエルザの出るところに同じタイミングで出てくる。

二期会合唱団
準・メルクル 指揮 東京都交響楽団

(duration)
Prelude 8
ActⅠ 50
Int
ActⅡ 35+40
Int
Prelude 3
ActⅢ 51


この演出だと出るべくして出ていないのはパルジファルだけなのではないかと思ってしまう。といっても、フライアは出てくるリンゴ想定でイメージできるし、その流れだと第2幕の最初のシーン病棟で上から白鳥が首に矢が刺さった状態で落ちてくるので矢でパルジファルはイメージ出来るのだろう。
読み替え人物及び本来ストーリーに出る神様を上記のキャストのところにカッコ書き。これ以外にも二人のローエングリンがルードヴィヒになったりゴットフリートがルードヴィヒになったりとかなり趣向を凝らしていて一度観ただけでは多くの事を見逃しているはず。それに当時の衣装については残念ながら知識を持ち合わせていないので、眺めるだけのもったいなさもある。ルードヴィヒ二世の本は昔一度読んだだけでほぼ忘れている。ノイシュヴァンシュタインのお城には何度か入ったことがあって、絵を見ているとワーグナーの主役たちがうっすらと現れてきそう。

前奏曲が半分ほど進んだところで幕が開きマイムが始まる。理解すべきは動きの中身や小物、輪郭をおぼろげながら感じ、徐々に舞台の中に入り込んでいくのはなかなか楽しい。次の展開はどうなるんだろうと思いながら観る舞台。福井さん扮する黙役ルードヴィヒは2番の出で引きこもりの妄想膨らみがついに自らとローエングリンの境目が無くなったところで歌が始まる。1幕でのローエングリンは一番あとの出。ここでは前奏曲の黙役から最後までほとんど出ずっぱり。歌が始まる前でも動きが多く大変。
他の歌う登場人物もおしなべて同じような込み入った所作、黙役は他の人たちからは見えない存在というわけでもなくて、周りの反応がところどころみられる。舞台奥上部には24時間表示のデジタルウォッチが24時から1秒ずつカウントダウン。等々、読み替えだけではなくてあちこちに色々なものがちりばめられている。
総じて演出が濃すぎて、歌い手たちは動きへの配慮のウエイトが高く、本来の歌に集中出来ずにいるように見えた。歌唱の声が弱い。前にドーンと出てくるような感じではない。日本人歌手がよく言われるように最初はセーヴして溜めて置いて、みたいな話とは違う芯の感じられない歌唱で、メルクルのダイナミックな音楽づくりと流れ、これが多少強引に速めのように感じるところがあったのは、登場人物たちがこのテンポでは劇の動きを十分に消化できていないし、歌もその方向に弾きずられてしまったからではないのかと、演出の濃さは紙一重の世界を作り上げ、そのスリルの面白さも紙一重と思うところがありましたね。
前奏曲開始直ぐに幕を開けてマイム、そのほうが時間的な余裕もできて場慣れ感も出たはず。

2幕はテルラムントの医師グッデン想起の病棟。なんと、いきなり天井から首に矢の刺さった白鳥が落ちてくる。奇抜。それを抱えるゴットフリートもしくは幼少時代のルードヴィヒ、そこに青年時代のルードヴィヒが現れ、本かスコアか幼少のほうに投げつける。こういったあたり意味があるのかどうかよくわからないところもあるが読み替えのテイストには必要なものなんだろう。むしろ2幕のストーリー人物を見据えたものとも映る。
片目のオルトルートはヴォータンの槍を持ち歌いながらポッケからフライアのリンゴを取り出す。ローエングリン&エルザとの対立軸オルトルート&テルラムントは動きも含めエキサイティングなもの。オルトとテルラは幅広く舞台を使ってロエンとエルザを挟みこむような圧倒的な歌唱が欲しいところ。ちょっと、泳ぐようなところがあって、音符を探しているように見受けられた。2幕のドラマチックな盛り上がりはオケの管主体による執拗に連続する8分音符で駆り立てる。音ずれが多く有り乱れが感興を削ぐ。メルクルのタクトというのはこういったあたりのダイナミックな音の流れを正確に運んでいくので流れが良くなる。アマオケからプロオケまで色々と振っているメルクルは大体に素晴らしいもので、この日の2幕の乱れ以外は概ね良好だった。ブラスセクションの硬い音はもっと柔らかくなればさらに良かったと思う。
それで、翌朝のルードヴィヒとグッデンの結果に至る前に、グッデンのキャラをダークサイドから距離を置かせるような演出もあったのかもしれない。と思うのは、読み替えでテルラムントとグッデンのパターンが結構な違和感があるから。

槍持つ片目のオルトルートはフライアリンゴをプロンプターの台に置き、みんなそれを確認しながらの五重唱、合唱。ここは盛り上がりました。聴きごたえある2幕、堪能。このシーンは動きが無くて思う存分の歌だったと思いますね。
それからちょっと戻ってテルラムントの場面転換に若きローエングリンが騎士衣装ではなく、ルードヴィヒの王様然と現れるあたり視覚的なインパクトありましたね。黙役の味付けはいたるところ絶妙なもの、舞台にいる時間も長くてこちらも色々と楽しみな時間でした。

終幕はグラール語りが福井の圧倒的歌唱、素晴らしかった。いわゆるヘルデンテノールより声の横幅がありそうで、やや乾いた声質、抜群の安定感。ものの見事に歌い尽くしました。もう、舞台に、彼一人という感じで。

最後のミラクルな瞬間にオルトルートは眼帯を取り外し、両眼を開く。奥のゴットフリートの頭上にあるデジタルウォッチはゼロになり、今度はカウントアップを始める。ここから、何かが始まるのだろう。
このプロダクション、もう一度観てみたいですね。リヴァイヴァル公演希望。
おわり



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2504- シベリウス、フィンランディア、ペレメリ、7番、グリーグPC、牛田、プレトニョフ、東フィル、2018.2.23

2018-02-23 23:38:14 | コンサート

2018年2月23日(金) 7:00-9:30pm サントリー

シベリウス フィンランディアOp.26  11

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調Op.16  14-7+11
  ピアノ、牛田智大
(encore)
シベリウス もみの木Op75-5  4

Int

シベリウス ペレアスとメリザンドOp.46  4+5+2+2+3+3+2+3+6

シベリウス 交響曲第7番ハ長調Op.105  23

(encore)
シベリウス 『かわいらしい組曲』より「ポルカ」Op.98a   2


ミハイル・プレトニョフ 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団


シベリウス3曲と牛田さんをソリストにグリーグのピアノコンチェルト。
どれもこれも素晴らしかった。わけても、7番シンフォニーの彫琢美。
スローなインテンポを主軸にして、高濃度な霧弦の透明でぶ厚いハーモニー。精緻極まる演奏でシベリウスの神経を垣間見るような内容だった。音の強さが何層もある。慎重に合わせられたウィンドアンサンブル、音の粒を奏者がひとつずつ確かめながらじっくりとコクのあるいい響きで。ブラスの咆哮はウィンドをかき消さない見事なバランスで弦に寄り添う。トロンボーンソロ回帰は最初と同じく他の楽器も比較的強く鳴らしたもので、ソロオンリーという感じは無くて、飽くまでもハーモニーのバランスへの配慮が手に取るようにわかる。
悠久のコーダ。やや速めたテンポも全楽器が先を急ぐことなく、きっちりそろったシベリウス音響の極意、快感の音響がコスモスワールドを現出。素晴らしすぎて声にならない。フィニッシュの二分音符はサアッとこめた力が圧力を感じさせ、アッと終わる。唖然茫然の快演に声も出ない。見事だ。パーフェクトパフォーマンス。

精緻を極めたと言えば7番の前に置かれたペレメリ。室内楽的編成で細やかな表現がお見事。プレトニョフと東フィルのコンビ、彼が振るとオケメンが自分のひとつひとつの音をきっちり確かめるようにプレイ。自分の音を噛み締め、同じようにアンサンブルもきっちりとしていてコクのあるサウンドが鮮やかに響き渡る。彫琢の神髄、美しさが極まる。スバラシイ。

牛田さんはお初で聴きます。子供の時の写真が多いですが実際のところはスリムな美青年で印象がだいぶ異なる。
グリーグはちょっと重めでプレトニョフの世界とはやや異なる。音に隙間を感じさせるところがあり、今まさに自分の世界を作りつつあるのだろうなと。
それにしてもカデンツァでピクリともしないプレトニョフの背中を見ているとなんだか空恐ろしくなってくる。背中全部がスーパーピアニストの耳に見えてくる。

サントリーのピアノの音は改修前のバシャッと感が戻ってきたような気がした。ピアノにとってはあまりいいホールとは言えない。
おわり

 

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2503- 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ、松風、コールマン、東響、2018.2.18、アゲイン

2018-02-18 18:50:42 | オペラ

2018年2月18日(日) 3:00-4:40pm オペラパレス、新国立劇場、初台

新国立劇場プレゼンツ
細川俊夫/サシャ・ヴァルツ  作
サシャ・ヴァルツ プロダクション
松風   (日本初演)  10-15-19-25-5-5

キャスト(in order of appearance and also voices’ appearance )
1. ダンス(黙役)
2. 旅の僧(ワキ)、グリゴリー・シュカルパ(Bs)
3. 合唱
3.須磨の浦人(アイ)、萩原潤(Br)
4. 松村(シテ)、イルゼ・エーレンス(S)
4.村雨(ツレ)、シャルロッテ・ヘッレカント(Ms)

ダンス、サシャ・ヴァルツ&ゲスツ(14人)
合唱、新国立劇場合唱団ヴォーカル・アンサンブル
7人(女声4SSAA、男声3TTBs)+須磨の浦人(Br)
指揮、デイヴィッド・ロバート・コールマン
管弦楽、東京交響楽団(1管編成クラのみ2、8-6-4-4-2型)

(duration) 79′
ダンス 10
海   15
潮   19
夜   25
舞   5
曙   5

日本初演3日連続公演の千秋楽。
前日の中日公演の感想はこちら。
2502- 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ、松風、コールマン、東響、2018.2.17 

弦がチリチリと持続音を奏で場面転換へ向かう。コールマンが見ているスコアには縦線がないのだろうか、左の掌を泳ぐように上に向けたり下に向けたりしている。独特な響きの世界が醸し出される中、松風村雨の姉妹は松葉風の紗幕のあっち側の上から降りてくる。歌とともにヒラリとではなくあちこちの松葉に引っかかりながら上向きになったり下向きになったり亡霊も大変だ。上から降りるこの不安定さは彼女たちの心象風景でありそれに、観ているほうへ気持ちの揺らぎを伝播させる、見事なシーン潮への場面転換と展開。
シーン舞、狂乱ダンス。4つの格子仕切り部屋は反射しない鏡部屋なのだろうか。行平、シテ、ツレ、沢山出てくる。涙目で見る車のライトのようだ。針葉が上から落ちてくる。思い出すのは雨を線で表した日本の芸術表現。姉妹が上から降りてきたように針葉が涙雨の線となって降り注ぐ。まことに秀逸な瞬間。クライマックスは派手な動きがあっという間に終わる極めて効果的なものであり、旅の僧は目を醒ますのはこの世に戻ることであって、舞の後の曙もさっと終わる。海潮と静謐な持続する世界だったのを、一気に凝縮したような舞曙、時間を解きほぐせばシーン夜を力点にしていよいよバランスしてくるように見える。内面が照らし出されたお見事な起承転結であった。

細川の音楽はこのような内面の動きをよく表現している。姉妹の歌、それぞれのソロ、重唱ハーモニー、歌い尽くせるようなオーケストレーション、歌い手と同じように雄弁になることもある。美しきものといえる瞬間はあったのだろうか。あったとすれば、音によって洗われたこちらのハートなのかもしれない。
それから、鳴り物のさばきは日本の伝統芸能のクライマックスの動き、時間を縮めることによる盛り上がりの瞬間を垣間見るようで、実に興味深く感じた。ふうーと声にならないものを得た気分。


クレジットでは90分ロングの松風、昨日今日と観て実のところは80分に満たない。長さで言うとCav/PagのPagと同じぐらい。松風に合わせて上演できるものがあればいいのかなと思ったりもしたが、同じ日にもうひとつ、という気分にはなかなかさせてくれるようなものではないな。
2回観まして色々とためになりました。ありがとうございました。
おわり

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2502- 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ、松風、コールマン、東響、2018.2.17

2018-02-17 22:49:20 | オペラ

2018年2月17日(土) 3:00-4:40pm オペラパレス、新国立劇場、初台

新国立劇場プレゼンツ
細川俊夫/サシャ・ヴァルツ  作
サシャ・ヴァルツ プロダクション
松風   (日本初演)  7-20-15-25-7-4

キャスト(in order of appearance and also voices’ appearance )
1. ダンス(黙役)
2. 旅の僧(ワキ)、グリゴリー・シュカルパ(Bs)
3. 合唱
3.須磨の浦人(アイ)、萩原潤(Br)
4. 松村(シテ)、イルゼ・エーレンス(S)
4.村雨(ツレ)、シャルロッテ・ヘッレカント(Ms)

ダンス、サシャ・ヴァルツ&ゲスツ(14人)
合唱、新国立劇場合唱団ヴォーカル・アンサンブル
7人(女声4SSAA、男声3TTBs)+須磨の浦人(Br)
指揮、デイヴィッド・ロバート・コールマン
管弦楽、東京交響楽団(1管編成クラのみ2、8-6-4-4-2型)

(duration) 78′
ダンス 7
海   20
潮   15
夜   25
舞   7
曙   4

松風 アフタートーク  5:00-6:00pm 場所同

出演:細川俊夫、サシャ・ヴァルツ
司会:柿木伸之
通訳:蔵原順子


細川さんの作品はたくさん聴いている。オペラの断片も聴いてはいるものの今回は全曲、それの日本初演。3日連続公演の中日におじゃま。
普通なら細川俊夫作曲松風となるところだが初台の1000円プログラムやちらし、ポスターでは、「細川俊夫/サシャ・ヴァルツ 松風」となっている。空間を音楽とダンスが対等に共有している、そういったあたりのことがよくわかる。観た感触としては、全ての枠は取り払われている、総合芸術である事いかんにかかわらず。これが一番しっくりくるかな。ダンスを、音楽作品の演奏を伴奏として踊るものでもない。とりあえず、そこらへんまでは理解が進みました。

作曲者の弁によると、このオペラはこれまで上演回数50回ほど、演出は3種類。今回の日本初演が4つ目のプロダクション。自作オペラ6作品中3作品目。ざっとこういったことのようです。

歌い手はシテ、ツレ、ワキ、アイの4人。合唱は女声4、男声4。男声4にはアイが含まれる。ダンサーは14人。オーケストラは1管編成クラ2、弦8-6-4-4-2型。鳴り物多数。
楽器類に和楽器は無く、合唱が歌う時にならす風鈴のみ。
合唱は舞台上での歌唱とピット右サイドのラッパの奥でも歌う。

シーンは海潮夜舞曙の5個の記載。実際に観たところでは、最初のシーン海の前にかなり長いダンスがある。オペラでよくやる前奏曲や序曲での演技がイメージされているのかどうかはわからない。一番目に出てくる顔に網目のマスクをしたダンサーは、後々まで見るとわかってくるのだが行平なのであろう。この亡霊は歌うことはない。ワキの出により劇が動くというよりも、この亡霊の劈頭ダンスで既に劇がいきなり動き始めていると見るべきだろう。多数のダンサーによるコンテンポラリーな踊りに関する知識は無くて眺めるだけ。コリオグラフィックオペラなのだと、眺めるだけで、とにかく、これまで観たことが無くて今回初めての体験、これはこれで。

シーン・メモ

ダンス
海 旅の僧と須磨の浦人の会話
潮 松葉風の紗幕、上から姉妹が降りてくる。ハンモックのような柔らかそうな紗幕
夜 格子で作られた正方形の仕切り部屋4つ。マネキンのような行平
舞 ダンス 後半 針葉が上から落ちてくる
曙 旅の僧が目を醒ます


能もコンテンポラリーダンスも知らず、オペラを少しかじっただけの身としては理解も三分の一といったところで、これはもう、理解する努力はちょっと横に置いて、吸収することのみ。観劇をエンジョイするのみ。今回のことをきっかけに、能やダンスに興味を持つことが出来たので今が出発点。

舞台はシンプルで場面転換もわかりやすい。シンプルな舞台に多数の人たちが乗り、動き回る。色々と仕掛けや小道具が出てくる。それらが全てダンス寄りと感じてしまうのは、リブレットを理解していないこちらのせいだと思う。ドイツ語上演で日本語字幕とはいえ、必ずしも馴染みのある言葉でもなくて、リブレットが事前に手にはいれば読んでおいて少しは観劇の手助けになっていたかもしれない。

闇の持つドラマは現実とあの世の区別をぼかしてくれる。また、ちょっとした動きや響きに大きなドラマチックなものをビビッと感じさせてくれる。
凝縮された高濃度で緊張感に溢れる舞台。ほとばしるドラマが暗闇の熱い火となって帯のように流れる展開。集中させてくれます。
暗闇から出てくる音楽はコンパクトな編成を感じさせない威力のあるもので、説得力が大きい。

最後の2つのシーン、舞と曙は合わせて10分ほどの短いものだけれども、狂乱、そして旅の僧の目覚め、あの世からこの世への覚醒としては圧縮された迫力を感じる。
明日もう一度観る。
おわり












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2501- フランチェスカ・ダ・リミニ、パガ狂、ルガンスキー、クープランの墓、ローマの松、テミルカーノフ、読響、2018.2.16

2018-02-16 23:17:40 | コンサート

2018年2月16日(金) 7:00pm サントリー

チャイコフスキー フランチェスカ・ダ・リミニ  24

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲  24
 ピアノ、ニコライ・ルガンスキー
(encore)
ラフマニノフ 前奏曲 Op.32-5  3

Int

ラヴェル クープランの墓   2-5-4-2

レスピーギ ローマの松  3-7-7-5


ユーリ・テミルカーノフ 指揮 読売日本交響楽団


この御年になって自分の好きなものだけ振るというのはそれはそれでいいと思う。コクや味わいが聴き手と共有できてその思いは遂げられる。それは聴衆からの寄り添いの努力が一層求められるものかもしれない。年寄りの勝手の許容は若い時の実績次第と言ってしまえば身もふたもない話ではあるが、相手の心への作用、モーメントは不思議なものと思わずにはいられない。思わずもニューヨーク・フィルへデビュー(下記リンク参照)して以来、幾度となく聴いてきたテミルカーノフの芸風は定まっているようにみえて、その先に出来そうなことをいまだ保留しているようなところも感じる。可能性の未来を何か抑制しているような感がある。まあ、人それぞれ、聴くほうもそれぞれ、インディヴィデュアルなイマジネーション、妄想かもしれないけれども。

この日は読響との一発公演プロ。好きな作品を4つ並べたものと思う。2曲目にはルガンスキー、この前のチャイコン1に続いての登場。

フランチェスカ・ダ・リミニ、ひたすら下降する音形、地獄に向かうベクトルを表すには最良のものかもしれない。下降させながら音楽は相応な高みに昇りつかなければならない。指揮者の力量無くしてこの曲を聴かせることは出来ない見本のような作品。下降音形波状攻撃地獄メラメラ節。昔、メトでツァンドナイの同名オペラを観たことがあってあれは本物の火を使いまくってリアル感を出していた、あの演奏を思い出すようなテミルカーノフの振り、火がついたオーケストラはこのオケの重心の重さを生かしながらも表情に幅があり色あいの鮮やかさも魅せつけてくれました。ダイナミックレンジも申し分ない。一分の隙もない演奏はこの指揮者のコントロールによるところが大きい。巨大な作品を聴いたという実感。最後はわりと快走でしたね。

ルガンスキーの弾くパガ狂はとっても素敵でした。表現が多彩、変化に富んだピアノが面白くきまっていく。どんどん先に行く。気分もウェットからドライまで色々と変わる。透明なピアノ、オーケストラと張り合う力、どれもこれも素晴らしい。
第18変奏ピアノ入りまでの停滞感はテミルカーノフの技なのだろうか。ピアノは冴え渡ることになりはしたものの。
ルガンスキーのアンコールはサラリとした粋なプレイ、これも素敵でしたね。

ここまでロシア物2曲。後半はうって変わったもので、本当に好きなものを選んでやっているなあと、これあらためて実感する。

小編成になった読響のラヴェルは空中浮遊、色彩感もよく出ていて味なもの。愛すべき佳作ですよとテミルカーノフの両腕。
最後のローマの松、シックな色あい、アッピア街道に出る前までがビューティフルな演奏、ラヴェルの余韻を感じさせてくれたのは指揮者の趣味が表に出てきたのかもしれない。
おわり

0127 昔、テミルカーノフはニューヨーク・フィルにデビューした -1-
0128 昔、テミルカーノフはニューヨーク・フィルにデビューした -2-
0129 昔、テミルカーノフはニューヨーク・フィルにデビューした -3-
0130 昔、テミルカーノフはニューヨーク・フィルにデビューした -4-
0131 昔、テミルカーノフはニューヨーク・フィルにデビューした -5-

 


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2500- 悲劇的序曲、ロンドン、宗教改革、鈴木雅明、新日フィル、2018.2.16

2018-02-16 22:55:05 | コンサート

2018年2月16日(金) 2:00pm トリフォニー

ブラームス 悲劇的序曲Op.81  13

ハイドン 交響曲第104番ニ長調 ロンドン  7-9-4+6

Int

メンデルスゾーン 交響曲第5番ニ短調Op.107 宗教改革
(ホグウッド校訂版第1稿)   11+6+4+2+8


鈴木雅明 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


新日フィルお初登場の指揮ぶりを篤と拝見。作品の大きさ、内面の深さ、指揮とそれに応えるオーケストラの積極性、俄然、三位一体となったもので圧巻。

冒頭の序曲から大きい。劇性の濃い主題が見事に対比。ドラマの展開がエネルギッシュに語られる。テーマの彫が深く力感あふれる。ブラームスも大満足の演奏だったことだろう。揺蕩う主題が弦のうねりの中一体化していく、空気が揺れる。スバラシイ。柔らかく叩きつける品性豊かな鳴り、繰り返される短いアウフタクトにこめた積極果敢なプレイ。お見事な演奏でブラームスの内面が鮮やかに照らし出される。ほれぼれする。聴きごたえありました。

一週間前のシュテンツとのハイドンの哲学者と驚愕、そしてこの日のロンドン。ともにノンヴィブ慣れしたのかストレートな演奏がごく自然ににじみ出てくる。時代性というよりも材料としての活用がこのオケの場合、なにやら継続的なものであるかのような説得力を帯びる。そういったものをデフォ的なバックグランドとさせる鈴木の棒の見事さ、大きなロンドンシンフォニーを聴かせてくれた。激流と清流の鮮やかな交差、ダイナミックな迫力とストレートに流れるソナタは熟成したハイドンシンフォニーを楽しませてくれる。オーケストラル・ピースの醍醐味を満喫。粘土を固めたようなオケサウンドに指揮者の気概を感じる。音が指揮者の体に巻きついているように見える棒は説得力が大きいですね。

メインディッシュはホグウッド版のリフォメーション。スバラシイの一語に尽きる演奏。
まろやかで滑らかなメンデルスゾーン美しい。アンダンテ楽章の下降する涙雨パッセージ、そしてすぐに上昇、この泣き節。短い楽章ながら作曲家の全てを聴く心持となる。鈴木の棒は美しさと愁いを両方ともに申し分なくこってりと聴かせてくれる。泣ける楽章ですな。
そしてそこから終楽章に向かう音の膨らみ、それに音楽の高まり、コラールの高み。絶品な美しさ。新日フィル独特の柔らかみのあるサウンドに力感を与える鈴木の棒は本来のオーソリティな生々しさを感じさせつつも程よい色合いとなり魅力的な音場を醸し出す。この演奏も大変に説得力のあるものでしたね。聴き手としてこのように充実した満足感を得られるとはまさに音楽のよろこび。
オーケストラを一発で手中におさめてしまう指揮者の凄味をあらためて実感。
感激のコンサート、ありがとうございました。
おわり

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2499- 女殺油地獄、2018.2.11

2018-02-11 23:55:01 | 人形浄瑠璃

2018年2月11日(日) 6:00am-9:00pm 小劇場、国立劇場、半蔵門

第三部(午後6時開演)人形浄瑠璃文楽

近松門左衛門 作

女殺油地獄
 徳庵堤の段       26
 河内屋内の段      11-35
 Int           25
 豊島屋油店の段     55
 同   逮夜の段    19


 



(詳細別途)










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2498- 花競四季寿(万才・鷺娘)、襲名披露工場、摂州合邦辻、2018.2.11

2018-02-11 23:50:27 | 人形浄瑠璃

2018年2月11日(日) 2:30-5:20pm  小劇場、国立劇場、半蔵門

第二部(午後2時30分開演)人形浄瑠璃文楽

花競四季寿より 
万才   11
鷺娘    8

Int 15

八代目竹本綱太夫五十回忌追善
豊竹咲甫太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露
口上                        9

Int 15

追善・襲名披露狂言
摂州合邦辻 合邦住家の段  中17、切31、後52


 


(詳細別途)












 

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2497- 心中宵庚申、2018.2.11

2018-02-11 23:40:13 | 人形浄瑠璃

2018年2月11日(日) 11:00am-1:50pm 小劇場、国立劇場、半蔵門

第一部(午前11時開演)人形浄瑠璃文楽

近松門左衛門 作

心中宵庚申
 上田村の段     56
 Int         30
 八百屋の段     42
 道行思ひの短夜   30




私は西洋音楽をただ楽しむだけのアマチュアクラヲタですが、最近、日本の昔のことに色々と興味が湧くようになって、それは、やっぱり日本人だからといった使命感、半ば義務感といった意識からの行動とはまるで違っていて、本能的といえるかどうかわからないが渇きの潤しが要る、喉を潤すのはこの水だったのかと、ごく自然に能動的になった自分に自分が驚いている始末で、いや、始末でもない、見向きもしなかった世界に気張ることなくごく自然に入り込める今の自分を大切に始と末の間の別の線を探索してみようかと思うところあり、気持ちは大変にリラックスしていて我ながら不思議と心地よく、新たな楽しみが出来たことがうれしい。

ということで、人形浄瑠璃文楽、お初で観ます。
1日3部構成を一気に観劇。朝11時から夜9時までの長丁場、オペラで慣れているせいか、長いものどんと来い、です。

第一部は3つの場面からなる心中宵庚申。
心底楽しみました。わからないことは沢山あれども、舞台への集中、大夫の語りと暗譜の三味線のミラクルな素晴らしさ。驚きの連続。字幕が付いているとはいえ、人形の動き全てを見逃すわけにはいくまいという気持ちにフツフツとなってきて、床本の事前読み込みも必須と反省を大いに混ぜながら人形の精緻な動きにびっくり仰天。大夫と人形のシンクロも誠に素晴らしく舞台に集中していると人形が声を発して動いているかのよう。大夫のお隣の割と涼しげに見える三味線、日本的単旋律の妙技、恐るべき暗譜、一体どうなっているんだろうと、もはや、驚きの連続。

といった具合で、物語もそこそこに妙技絶技の虜となった観劇で、大感激。
3つの場からなる物語はうまく場面が切り取られていてつながりが良くて、カツ、一つ一つの小さなやりとりが味わい深い。そこで立ち止まってみて色々と考えさせる意味深さ。展開の流れと彫の深さが同居して進行する物語のあや。
平家物語は自分にとってはまだ先の話だけれども、この語りが入り込むコクの深さ。
西念坊のテイストも味なもの。
クライマックスは正面突破のリアルガチ。全く隙間のない展開にうなずくばかりなり。勧進所前での短夜は圧巻。上田村、八百屋、それぞれのことが交錯しながら一つの結末に向かうこの凝縮緻密。人形より先にこちらが涙する。素晴らしすぎてため息も出ない。

あらすじの再読はもちろんのこと。600円プログラムに付いている床本も読みて、今回の一連の公演が終わる前にぜひとももう一度、観なくてはならない。
おわり



















 

 

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2496- マーラー7番 夜の歌、ヤルヴィP、N響、2018.2.10

2018-02-10 21:59:02 | コンサート

2018年2月10日(土) 6:00pm NHKホール

マーラー 交響曲第7番ホ短調 夜の歌  21-15-8-11+18

パーヴォ・ヤルヴィ 指揮 NHK交響楽団


昨年2017年の6番はヨーロッパツアー用の演目ということもあってか充実した演奏でした。
2281- 武満、弦レク、マーラー6番、パーヴォ・ヤルヴィ、N響、2017.2.23

今回の7番は6番の強固なソナタとは違うものでどのようなあたりに力点を置く演奏になるのか興味深いところもあった。
フォルムは作品にゆだね、引き締まったスタイルは6番同様の方針で、これはこれで楽しめた。グロテスクな表情や濃い変化の面白みといった事はずっと背面のほうに押し込め、圧縮させるような演奏スタイルを前面に出す。ときに、その方針意図のみが前に出過ぎて、では音楽の中身は何なのか、実体はあるのかと、問いたくなる瞬間もあった。7番に許容される自由度というのは大きくて解釈の幅を楽しみたいところ。ソナタ拘束ではない作品の魅力をね。

オーケストラはソリスティックに万全とは言い難い。6番のときのやる気度を聴きたかった。

7番は比較的コンパクトな編成であり、そうであってもなくても、ここNHKホールで聴くのはもういいかなと最近思う。
おわり

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2495- チャイコン1、ルガンスキー、ラフマニノフ2、テミルカーノフ、読響、2018.2.10

2018-02-10 21:50:20 | コンサート

2018年2月10日(土) 2:00pm 東京芸術劇場

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番変ロ短調Op.23  22-6+7
  ピアノ、ニコライ・ルガンスキー
(encore)
チャイコフスキー(ラフマニノフ編曲) 子守歌  5

Int

ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調Op.27  19-8-11-10

ユーリ・テミルカーノフ 指揮 読売日本交響楽団


昨年はキャンセルになったルガンスキー。今年は聴ける。
阿吽の呼吸のロシアの巨匠が伴奏をつける。大きなフレーム感覚が余裕を感じさせながらチャイコフスキーが始まった。読響の正三角錐音場が心地よい中、一つずつの音がすーっと立っている、隣の音と混濁接触しないきれいな響きのピアノ、独特のピュアサウンド。エンドフレーズをやや蹴り上げ気味にしながら、すっきりとしている。
オケから浮き上がってくるピアノが美しい。カデンツァの一瞬掻き回しているように見えながら実のところ歯切れがよくてリズミック、正確でパッセージ頭の揃い具合が小気味いいプレイ。2楽章中間部の跳ねるような動きともども、聴きごたえありました。
奥行き深くセットアップされたオーケストラ、その伴奏は一音ずつくさびを打っていくような進行、決して前のめりになることが無い。熟成されたアンサンブルハーモニーが下支えする。ユニークな演奏。
かなり奥までセットアップされているせいか、ブラスは塊で威圧する感じが無くてその分、ピアノがよく聴こえてくる。配置の妙、奏功した。ルガンスキーの冴えた演奏を満喫。

後半のラフマニノフ、悠々とした演奏の手応え感なんだが実のところそんなにスローなものでもなくて、緩徐楽章は結構なテンポで進む。全体としては50分を切るもの。カットはあると思う。
ソロ陣は好調ではなかったようだが全体としてはいい鳴りで、テミルカーノフ大家の芸風を楽しめました。カミソリシュートとは対極にある演奏ですね。この大家にじっくり合わせることのできる読響の熟成感は、これはこれで凄いものがあると思いました。
おわり





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2494- シュベ5、四つの気質、他、小川典子、ホーネック、紀尾井ホール室内管、2018.2.9

2018-02-09 23:29:53 | コンサート

2018年2月9日(金) 7:00pm 紀尾井ホール

シューベルト ヴァイオリンと管弦楽のための小協奏曲ニ長調D345  10′
 ヴァイオリン&指揮、ライナー・ホーネック

J.シュトラウス父 ワルツ「四つの気質」Op.59  11′
 ピアノ、小川典子

Int

ヒンデミット ピアノと弦楽のための主題と変奏「四つの気質」 6-6-5-6-6
  ピアノ、小川典子

シューベルト 交響曲第5番変ロ短調D485  5-11-5-6

ライナー・ホーネック 指揮 紀尾井ホール室内管弦楽団


何度か聴いているオケ、いつも俄作りのアンサンブル音の印象が耳につく。具体的にどうこう言えるものでもないけれど、特色のないのが特色なのかもしれない。ルツェルン祝祭管なんかはもっと薄い関係で成り立ってるオケなんだろうけど、全員べらぼうなうまさという特色がある。もっと濃い関係の紀尾井だとは思うのだけれども。
ということでこのオケに足を運ぶのは作品やプレイヤーに興味があるときだけです。今日はその両方揃ったので出張りました。
シューベルト2作品に挟まれた2作品、ともに副題は四つの気質。憂鬱、多血、粘着、胆汁、これら4液体を各ピースの副題にしたもの。
聴きものは何と言ってもヒンデミットの作品。小川さんの独壇場で、ソロリサタイルのような名状し難い面白さ。ピアノの入りのところ、棒を見て慎重に合わせている、そこだけ少し流れの悪さを感じるが一度入ってしまえばあとは透明なピアノが自在に動く姿を満喫できる。いつもキリッとはっきりした小川ピアノ。ヒンデミットのドライで無機的、無表情ともいえそうな一種独特な作品に寄り添うというよりも、曲からウエットで滑らかな情感を引き出してくれた。彼女は指揮者ではないのでここではピアノを弾くだけなんでちょっと残念な気もする。フレーズの角を少し柔らかに削り取り幅広な音で響きの世界を作り出す。魅力的なピアノ。作品の4液体はちょっとグロテスクな言葉、そんなことを忘れさせてくれる、切れる液体にしてくれました。ヒンデミットの面白みが一段と映えました。大きな作品でした。
アンサンブルをするうえで唯一の共通点が譜面のように思えるこの室内管、ヒンデミットの作品はその一点で十分聴かせてくれる。伴奏は弦だけ。
もう一つのヨハン・シュトラウス父による四つの気質は、ポラックという人の編曲もの。じんたちょうの演奏にはまいった。

シュベ5のスケルツォ楽章でウィンドにルツェルンを思い出させるようなところが一瞬だけあった。
おわり

 

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