河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2542- タンホイザー、ローエングリン、リング・サイクル、インキネン、日フィル、2018.4.28

2018-04-28 21:54:21 | コンサート

2018年4月28日(土) 2:00pm サントリー

オール・ワーグナー・プログラム

タンホイザー、序曲  14

ローエングリン、第1、3幕への前奏曲  8+3

Int

マゼール編 言葉のない指環  10-15-7-33

ピエタリ・インキネン 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団


インキネン&日フィルのコンビによる一連のワーグナー物。今回はリングを中心に。
オーソドックスなスタイルで進むワーグナー、他作曲家作品のときよりも一段と確信、自信のようなものがみなぎる。正面突破の佳演。

中庸という言葉が浮かんでくるタンホイザーの序曲。舞台では1幕の半分を占めてしまいそうな勢いの序曲とヴィーナスミュージックを聴きたい思いもあった。今日は序曲のみ。
柔らかいアタックのタンホイザー、贖罪の舞台とはまた別の趣きでなかなか聴かせてくれました。
清らかウィンドの第1幕前奏曲、明るい弦パートのパンチ力がブラスセクションと火花を散らす第3幕前奏曲、ローエングリンのシルヴァーな色彩感が出ていましたね。


The Ring duration
R 4-2-2-2
W 4-2-9
S 2-5-0
G 11-1-2-19

マゼール編のリングは編曲箇所が少なくてほぼそのまま進むが、つぎはぎにやや違和感があるところも無いではない。
カミタソが全編の半分以上を占めていて、逆にジークフリートは薄い。
マゼール自身がN響を振って、この作品をやったことがある。

1397- 縁取り感覚にすぐれた演奏!リング・サイクル抜粋 初日公演、ロリン・マゼール、N響2012.10.19

1398- 全く弛緩しない演奏!リング・サイクル抜粋 二日目公演、ロリン・マゼール、N響2012.10.20

 

インキネンは既にリングを振っており、全てのみ込んでいるのだろうね。
対向配置でホルンセクションはかみ手サイド、ベースはしも手。
気張ることなく淡々と進む。場面転換は無いけれどもシーンの進行は明確にわかる。インキネンの頭の中も都度、切り替わっていっているのだろう。
間の取り方が過去の踏襲を感じさせないもので、指揮者が思うままに呼吸を感じてオーケストラ表現につなげていっているのだろう。なんだか、新しいマを感じました。
カミタソは大波小波とうねる。作ったものではなくてジワジワとナチュラルに、気がついたら大海の中にいる様相。やっぱり全部聴きたい。
ラインゴールドの頭のホルンをはじめとして、ブラスの精度がさらに欲しい。2回の演奏会、これを踏み台にドンドン積み重ねっていって欲しいもの、今後のインキネン&ワーグナー楽しみが増しました。
おわり

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2541- ダッタン人、演奏会用ワルツ1、スラヴ行進曲、展覧会の絵、パヴェル・コーガン、新日フィル、2018.4.27

2018-04-27 23:41:10 | コンサート

2018年4月27日(金) 7:00pm トリフォニー

ボロディン ダッタン人の踊り  10

グラズノフ 演奏会用ワルツ第1番ニ長調op.47  9

チャイコフスキー スラヴ行進曲変ロ短調op.31  9

Int

ムソルグスキー(ラヴェル編曲) 展覧会の絵  30


パヴェル・コーガン 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


レオニードさんは昔々、弾くのを聴いたことがあるが、息子さんの棒は初めて見る、たぶん。
ザッハリッヒという言葉が久しぶりに浮かんできた。コンパクトな14型編成、大言壮語は全く見せず、そう快にどんどん進んで行く。ただ飛ばすのではなくて、ロシアの咆哮はほどほどに、なにやら楽器がしゃべっているような粒立ち。独特の音作り。
休憩入れて1時間35分とクレジットされていた今日の演奏会。それよりも5分早く1時間半で終了。テンポの伸び縮みといったあたりに味付けを求めるところは無くて、一定の猛速の中に表情の濃淡を自在につけていく。グラズノフのワルツの指揮姿を見ていると幻燈機に浮かぶモノクロ風な時代が頭の中を駆け巡るところもあるが、それはさっさと済ます、みたいな演奏と勝手にこっちが思っているからなのかもしれず、ましてモノクロな演奏どころか実際のところはカラフルでメリハリよく、気持ちのいい演奏となっているのだ。今の演奏会は贅肉が付き過ぎているとでも言いたげだ。なるほど、そうかもしれない。

ダッタン人は縦に進んで行くようなところがあって、つまずくことも無くて活発な音楽となっている。オーケストラも快調。とげとげしいところが無くていいですね。
グラズノフのワルツの棒さばきはお見事で、滑るような進行、隙間の無い演奏、フレッシュ。
3曲目のスラヴ行進曲。聴く前はロシア大音響の爆演をイメージしていたのだけれども、最初の2曲を聴いたところで自分のイメージを矯正。とはいえ、さっぱりした演奏、がなり立てない演奏、フレッシュでしたね。このような演奏が本来の姿ではないのだろうかと屈服させられた。

後半の展覧会の絵はどんな面白い演奏を聴かせてくれるんだろうという思いの方が強くなった。スピーディーなせいなのかどうかわかりませんが、いつも聴いているのと違う、別の様な響きを醸し出すところが多々あって、表情の味付けの妙を存分に楽しめた。違う曲の様な新鮮な演奏でしたね。
決して、鉄板に叩き付けるような音とはならないブラスセクションをはじめとして、ささくれだったところが皆無のプレイ、このオーケストラの最近の好調さを感じますね。
指揮者新発見、いい演奏会でした。
おわり



 

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2540- モーツァルトPC24、ケフェレック、ブルックナー6番、上岡、新日フィル、2018.4.22

2018-04-22 20:16:06 | コンサート

2018年4月22日(日) 2:00-4:20pm みなとみらい

モーツァルト ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491  15-8-10
 ピアノ、アンネ・ケフェレック

(encore)
ヘンデル(ケンプ編曲) メヌエット ト短調  4

Int

ブルックナー 交響曲第6番イ長調WAB106  17-18-9-16
(ヨーゼフ・ヴェナンティウス・ヴェス編纂版)

(encore) 
モーツァルト 交響曲第29番イ長調K.201(186a)より、第4楽章 3

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


三日前の演奏会と同じプログラムを今度はみなとみらいで聴きました。
2537- モーツァルトPC24、ケフェレック、ブルックナー6番、上岡、新日フィル、2018.4.19

先日同様の素敵な演奏会でしたね。
ケフェレックさんのデリカシーの極みの短調、ビューティフル、上岡NJPの伴奏も美しく映えるお見事な演奏。出色。
アンコールも心にしみわたるものでした。


AB6 duration
Ⅰ 2-3-2-t3-2-2-1-c2
Ⅱ 2-3-3-t2-2-2-2-c2
Ⅲ 3-3-3
Ⅳ 2-2-1-t4-2-2-2-c1

後半のブルックナーも前回同様、破格の演奏にぶっ飛びました。土台も木も石も釘も全部融合の巨大伽藍構築物件に悶絶。コーダで8番同様主題の折り重なりハッキリ見えました。
ナチュラルな主題移動と経過句推移。彫琢、深い弦、充実サウンドウィンド、ブラス、決まりまくるテンパニ、何もかも素晴らしい。
アンコールのノリ具合、選曲、申し分ありませんね。


今日のみなとみらいは3階席をクローズ。それを除いても7,8分目の入り。絶品音響で、聴衆も静かなところですし、極上。
昨晩、このホールで日フィルの横浜定期公演がありましてそれはだいたいいつも満員。336回目の横浜定期ということでした。新日フィルのここでの演奏会は始めたばかりですから、日フィルのようにじっくりと育ててほしいと思います。
おわり







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2539- ドビュッシー、小組曲、クラリネット第1狂詩曲、伊藤、神聖な舞曲と世俗的な舞曲、松井、海、インキネン、日フィル、2018.4.21

2018-04-21 22:43:14 | コンサート

2018年4月21日(土) 6:00-7:35pm みなとみらい

ドビュッシー没後100周年 オール・ドビュッシー・プログラム

小組曲(アンリ・ビュッセール管弦楽編曲版)  4-4-3-4

クラリネットのための第1狂詩曲  8
 クラリネット、伊藤寛隆

Int

神聖な舞曲と世俗的な舞曲  4-6
 ハープ、松井久子

海  9-7-9

(encore)
ゴリウォーグのケークウォーク(管弦楽版)  2


ピエタリ・インキネン 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団


ドビュッシー没後100年記念プログラム。
ソリストお二方はオケ自前。
大変に短いプログラムで、休憩が無かったら1時間もかからないもの。もうちょっと曲数を増やしてほしかった。牧神などを入れればいいプログラムになっていたことだろう。

芳醇なサウンドで語られるドビュッシー。厚みといい、柔らかさといい、ともに極上で濃厚ウィスキーの味わい。その上澄みをひと口含めば滴りこぼれ落ちる音の粒のようで、つい、最後の一滴まで味わい尽くしたくなる。ドビュッシーの色が見えるようなビューティフルな演奏に舌鼓。

最初の小組曲は思いの外大掛かりな編曲もの。聴きごたえ十分。日フィルの充実した演奏でしたね。柔らかくて引き締まった演奏は粒立ちよくて全部いい方向を向いている。素敵な演奏。
後半の締めは海。ゆっくりとしていて、波の音、太陽、大海、色の変化で情景を楽しませてくれる。真綿の様な演奏でした。

この2曲に挟まれて、ソリストを立てた2曲。第1狂詩曲はこの前、メイエさんの演奏を聴いたばかり。日フィルの伊藤さんはもはや重鎮。味わいをひとつずつ噛み締めていく。クラリネットのソロをフルートにすればすぐそこに牧神がいる気配の作品。でも、フルートのパートは既に3人で吹いている(笑)。いかにもドビュッシーという配色で楽しめた。
もう1曲はハープのソロ。大変そうだけれども明確に響くハープは大波小波、楽器の音を満喫できました。舞曲のリズムを取っていくのがとても自然に聴こえてくるけれども、きっと大変なんだろうな。

デリシャスな演奏の4作品。短い演奏会という配慮からかアンコールがあったが、これも短い(笑)。大編成編曲の迫力はオーケストラを聴く醍醐味ではある。
おわり



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2538- アイヴス、スリープレイセス・イン・ニューイングランド、マーラー9番、カンブルラン、読響、2018.4.20

2018-04-20 23:11:45 | コンサート

2018年4月20日(金) 7:00-9:20pm サントリー

アイヴス ニューイングランドの3つの場所 (version4) 10-7-5

Int

マーラー 交響曲第9番ニ長調  29-16-13-28

シルヴァン・カンブルラン 指揮 読売日本交響楽団


カンブルランが2015年に答えのない質問と新世界よりを連続演奏した時はかなりのインパクトだった。

1749- 答えのない質問 カンブルラン、読響、2015.2.13 

今回はオーケストラル・セットNO.1とマーラーの9番。休憩を入れてのプログラム。

パットナム・キャンプは不思議と静かさが支配する演奏で、そのリズミックな様に大きく覆いかぶさるように流れていき、いろんな曲が紛れ込んでいるといった趣向もあるとはいえ、派手な演奏とはなっておらず、それはむしろボストン・コモンの静けさがよく聴くと大きなリズムの流れが巧妙に縫合されていたものだったのかと、顧みることをさせる音楽となっている。カンブルランのタクトというのはそういったフシのあたりを絶妙に強調させ、特に弱音系パッセージでのスローで息の長い音楽をハイなテンションで持続させることに長けていて、説得力が強烈でうならせてくれる。フーサトニックも含め心象風景的なプレイス表現をとアイヴスが思ったのかどうかわかりませんけれども、オーケストラの特色もあって骨太なセットで、特別に腰を重くすることなく全インストゥルメント同じような圧力バランスで奏されたアイヴスは音楽の内面化を漂わせ、色々と考えさせてくれる。これはこれで大いに楽しめた。カンブルランにとってアイヴスは魅力ある作曲家とうつる。後で発掘された前衛なのだろうか、今、魅力ある作曲家となっている。


マーラーの9番は聴きようによってはフシが一つしかないように思える。カンブルランの方針というのはアイヴスと同じとみる。1時間半に迫る演奏、大きなフレーズの縫合が次から次へと行われていく。このくらいスローにしているからこそ音楽的効果が出ると言わんばかり。
粘り気を盛ることは無くスーッと進んでいく絶妙なフレージング。濃さもほどほどなサラリとしたヴィネガー風味。アイヴス同様の圧力バランスで、ロングスローで息の長いフレーズがこと切れることなくつながっていく様は見事の限りで、こういったところが指揮者カンブルランの真骨頂。応えるオーケストラの緊張感が心地よい。
異常なテンポになったエンディングコーダはそれ一つでなにやら第5楽章のような味わいに拡大。最後の4音をアクセントしないで気張らずそれまでの響きと正比例減衰するように終わらせたのも彼のスタイルだろう。グサッグサッグサッグサッやってしまうと終わりの終わりのように聴こえてしまうしね。彼の狙いはきっと先を見据えてのことだろうと思う。

おわり

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2537- モーツァルトPC24、ケフェレック、ブルックナー6番、上岡、新日フィル、2018.4.19

2018-04-19 23:47:49 | コンサート

2018年4月19日(木) 7:00-9:15pm サントリー

モーツァルト ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491  15-7-10
 ピアノ、アンネ・ケフェレック

(encore)
ヘンデル(ケンプ編曲) メヌエット ト短調  4

Int

ブルックナー 交響曲第6番イ長調WAB106  16-17-9-16
(ヨーゼフ・ヴェナンティウス・ヴェス編纂版)

(encore) 
モーツァルト 交響曲第29番イ長調K.201(186a)より、第4楽章 3

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


プログラム前半後半ともにハイレヴェルで充実の内容、音楽の愉しみを心ゆくまで味わえた。

ケフェレックさんのピアノ、同じ伴奏の組み合わせで2016年に27番を演奏している。
2186- モーツァルト33、Pfcon27、ケフェレック、ブラームスpf四1、上岡、新日フィル、2016.9.16

今回は24番。ハ短調がベートーヴェンのピアノコンチェルトの3番を思い出させる。暗くて力強いオケ伴からスタート、ケフェレックの上品で、全ての配慮が隅々まで行き届いている味わい深い演奏にうなるばかり。目を閉じればアルチザンのような趣きも感じられる。

やや右サイド至近距離の定席で聴くケフェレック。鍵盤は見えない席なんだが、大きく開けたピアノの磨かれた蓋の内側に両手が写るのでよく見える。音もよく聴こえてくる。
ケフェレックのピアノの切れ味というのは、妙な例えかも知れないがプロフェッショナルなラッパのタンギングのようにみずみずしい。まるで水の中で弾いているような具合で、水滴がきれい鮮やかにスパッと次から次と切れていく。ひとつずつの音の粒が際立っており、絶妙な平衡感覚で奏でられていく。極めて美しいバランス感覚といえよう。
時折魅せる独特の節回しには熟成感がある。長年かけて作り上げた歌い口なのだろう。こぶしの着地点がうまく決まる安心感もそこはかとなくよろしく漂う。
本当に美しい短調、呼吸を感じさせてくれるピアノ、絶品。素敵なピアノサウンドが久しぶりにこのホールに響いた。
最後一気にあっという間に華麗に締めくくるモーツァルト。圧巻のオケパッセージを見事に決めた上岡NJPの伴奏。ピアノと同じぐらいお見事なものでしたね。
上岡はピアノと呼吸が合っている。彼がピアノの意を汲みながらタクトを取っているのはもはや明らかだ。時折、鍵盤を覗き込み、ケフェレックの両手を見ながら振る、つかず離れず、邪魔っぽさや煩わしさが皆無のアカンパニストぶりは自身のピアニストという事もあってか、真骨頂のピアノ伴奏棒。
独奏ピアノとオーケストラが入れ替わるように波を作りながら進んで行く様は自然で美しい。柔らかい音も出色ですね。物憂げな短調がこんなにも美しく響く。素晴らしい。
締めくくりの一気に駆け上がる見事さは当分忘れられそうにないわ。

ケフェレックさんの弾くアンコール。なんという静謐な世界。作品を越えた完結の世界でも見ているようだ。同時に音楽に尽くしている姿もよく見える。愛しむように弾いたヘンデル。心が洗われるようだった。

AB6 duration
Ⅰ 2-2-2-t3-2-2-1-c2
Ⅱ 2-3-2-t2-2-2-2-c2
Ⅲ 3-3-3
Ⅳ 2-2-1-t4-2-2-2-c1

後半プロはブルックナーの6番。これも水際立った出色の演奏。パーフェクトな造形感とわかりやすさ、適度なアドレナリンを注入しつつ作為無しのナチュラルな美演。
主題の切り替えが、指揮者譜面不要の棒の中、まるで譜面の練習番号を見ているような鮮やかさで進行。といっても、譜面をなぞってその譜面が見えるような硬くクリアな演奏とは様子が違うのである。上岡自身が譜面のように見えてくる。その指揮者がその上で見事な進行を魅せてくれる。ここが変わり目ですよ、の、切り替えではなくて、遠く霧から出てくるような滑らかさ。ナチュラルに時に弱音まで落としたネクスト主題の開始、押しつぶしたようにというのは変だが、例で言うとムラヴィンスキー、レニングラード・フィルのシューベルト未完成、主題の頭の叩き付けを極力排した演奏、わけても第2楽章練習番号Eにおける強弱記号と実際に出てくる音の違い、生々しい説得力。ああいったことを思い出させてくれる上岡のブルックナー、これはこれで凄い、自然の作為といってもいいかもしれない。
それから、ソナタ形式のアダージョの第3主題、フィナーレの第1主題の低弦によるピチカートの緊密感、この説得力。そういったことがあちこちに出てくるのである。極め付きはフィナーレコーダ、第1楽章の第1主題を奥ゆかしいほどに抑え、他の主要主題を浮き彫りにさせる。この見事さは第8番のコーダにおけるモチーフの絡み合いを想像させるに足るものがある。この説得力、造形美の。
柔らかいオーケストラサウンドもこの作品によく寄与しているし上岡の棒も納得できるものだ。この組み合わせだったからこのような見事な演奏になりえたという気がしてくる。
柔らかい主題の押しだし、バランスの良いウィンドハーモニーの絡みあい。叩き付け皆無のブラスセクション、弦のけばけばしくない明るさ、美しい水滴の様な弦楽アンサンブル、結果としての明るさですね。
どれもこれもパーフェクトな輝きのブルックナーでした。それから、今回の演奏はヴェス版という初耳版。上岡好みでのものでしょうし、多かれ少なかれ今日の演奏にうまく反映されていたことでしょうね。版と演奏表現の区別はつきませんけれどもね。主題やコーダの終結部分での締めあげモードはヴェス版仕様なのかもしれない。

いずれにしても、巨大な6番でした。6番普及にはこのような演奏、表現が望まれます。お見事。
おわり



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2536- マーラー10番アダージョ、ブルックナー9番、ノット、東響、2018.4.15

2018-04-15 18:44:56 | コンサート

2018年4月15日(日) 2:00-4:15pm ミューザ川崎

マーラー 交響曲第10番嬰へ長調から、アダージョ(ラッツ校訂版) 29

Int

ブルックナー 交響曲第9番ニ短調WAB109 (コールス校訂版) 27-11-25

ジョナサン・ノット 指揮 東京交響楽団


双方、たとえ相似形のメロディーラインのようなものがあったとしても、この究極のプログラム・ビルディングというのは内容同士の引きつけあい、並べることによる干渉の作用といったことよりも、未完―未完、のコンビネーション趣向の妙を狙ったもののように聴こえてくる。また、未完成作品が完成した時のイメージの膨らみをもたらすようなものではなくて、こうやって聴いてみるとノットの意思はそれぞれ完成作品のような佇まいでしたね。つまり、今日のマーラーアダージョを仮に、別作曲家の作品とカップリングした演奏会としたとしても、今日と同じ解釈、表現になっていたと思う。ブルックナーも同じ。
まあ、聴いた後で思った話ではあるのだが。


マーラーアダージョはねじれた歌のような主題が提示部で二つ、再現部で同じく出現。ここらあたりはメリハリよくわかるのだが、全体的にはかすんだような響きの印象で、暗中模索のミュージック。
ノット東響のコンビはハイテンションで充実した演奏で、妙に気張ったところが無くてノットの意思がストレートに表現されていく。濃い、というのはどういうことだろうとふと考えるのは、今日の演奏自体非常にゆっくりしたもので、またやみくもな激圧でもなくて、引き延ばされていくような感じ。なのだが、薄口ではなくて、濃い。音楽的充実度と演奏の充実感のもたらすところのものだろうか。宇宙遊泳しているがコスモス空間に隙間は無い。
音楽の着地ポイントをノットは初めから見据えているのだろうと思う。聴き進めるうちに、先にありそうな着地ポイントに近づくにつれ音楽は溶解して消えていくようだ。このアダージョ楽章は溶けて無くなる。まさに、響きの世界、パーフェクトなコンプリート作品と聴こえてくる。完成品でした。これまで割とノットを聴いていて、こういった表現が多く有ったなと思わず一人でうなずく。なるほど。

それから、東響の充実した演奏の頂点は再現部にあるブラスセクションによる突然のコラールへの入り。すーっ、ズッシーン。言葉にならない。柔らかく生き物のような響き合い。鉄板に壁ドンの世界とは真逆。実に素晴らしいアンサンブルアタックでした。昨年の川崎祭りでのハルサイの充実した演奏を思い出しますね。

2387- 浄夜、ハルサイ、ノット、東響、2017.7.22 

とにもかくにも、このコラールの見事さというのは、普段比べるのは第一義的な是とはしていないのですけれども、この国にこのような音を出せるオケは他にない。イエローサウンド最高潮の瞬間でした。

Ab9 duration
Ⅰ 5-4-4-t7-0-2-2-c3
Ⅱ 4-3-4
Ⅲ 4-4-6-7-c4

1時間超えのブルックナー、やにっこいのはニ短調と大体勝手に普段から思っているし、長いのがさらに長く感じるのが定番。それでも、最後の吹き抜けるような音楽に達すればいいのにこの曲は途中で終わってしまう。そこに一つの美学がありそうと思うのはなにも日本人だけとは限らない。終楽章があればさらなる妄想が闇の中を闊歩するのかもしれない。そのようなイメージの膨らみを断つかのようなノットの3楽章でコンプリートにした演奏。

割と自由なフォルムの9番、再現部第1主題はdurationのsplitを0としました。ここらへん作品がウルトラな溶解を魅せていますね。
巨大な第1楽章でした。主題を逐次追っていけばさっと終わるブルックナーなれども、今日のノット東響の演奏はデカかった。ノットの構築感は縦・横がっしり派というよりも、斜めにゆがんでいくようなところがあって、それがそれが、あまりの説得力に、実は空間の方がゆがんでいるのではないのかという不思議なディストーションを魅せてくれる(大体いつも)。
入念に磨かれた主題、奏する東響の音響美、やにっこさを越えたニ短調でしたね。お見事な演奏。

東響の見事さはスケルツォ楽章でもずぬけている。目に焼きつくのは弦セクションの全プルトが同じような猛弾きに徹していること。音圧の幅がでこぼこせずフラット、横広に迫力あるサウンドを堪能できる。ウィンドハーモニーの厚みと広さ、ブラスセクションのマッシヴな鳴り、ティンパニのやや早めの打撃ポイント、等々、なんだか、全てが決まりまくっているのだ。決まっているときの迫力というのは、その音の絨毯の上にこちらが乗っかっていってしまいそう、宇宙ロケットに乗っているような重さを感じさせない感覚、ですな。

アダージョ楽章は自由に楽想をなぞりながら聴く。ここでもノット空間はゆがむ。息の長い主題を丹精込めてコクのあるものとしてひとつひとつ進めていく。境目の強調は無い。この楽章で終わりをむかえるのかといった一種ロマンティックな情緒的こだわりの音楽表現ではない。ペシミスティックなものは追い求めてもいない。
崩れてしまいそうな自由な形式をその通りに進めていくうちにノットの棒は少しずつ息が長くなる。このまま溶解するように消えていくのかと思われた、3楽章まででコンプリートな作品ととらえていると思われたが、コーダで少し持ち直し、テンポに平衡感覚が戻り、唯ひとつ、ここは、この先がありそうだとかすかに思わせながらすっきりとエンディングした。巨大な作品の聴後感というのは、なにやら、放り出されたような状態になった。これはこれで見事なもの。

ふと、このコンビ、いつかきっと、マーラー10番全曲版、ブルックナー9番全曲版、やってくれるだろうね、と、電気が走った。
おわり

 

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2535- ベルワルド3、幻想、ブロムシュテット、N響、2018.4.14

2018-04-14 23:05:25 | コンサート

2018年4月14日(土) 6:00pm NHKホール

ベルワルド 交響曲第3番ハ長調「風変わりな交響曲」(ブロムシュテット校訂版) 11-9-6

Int

ベルリオーズ 幻想交響曲  14-6-15-6-9

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮 NHK交響楽団


1927年生まれの現役指揮者はドレスデンのシュターツカペレやN響への来日初期の頃に頻繁に聴いていて、その後も幾度となく聴いている。今日の2曲はともに彼の棒ではお初で聴く。また、ベルワルドの作品はこれまで聴いた記憶がない。1968年にブロムシュテット自身が校訂した版での演奏のようだが、どっちにしろお初の代物。
譜面不要、快調に振る姿は年齢をまるで感じさせない。棒を持っていた頃はアウフタクトの前のバー、4拍子で言うと3拍目を早めに切り上げて4拍目を長めに漂わせる指揮姿だったが、棒を持たなくなったあたりから、この癖の様な振りが消えたと思うところもあったが、最近また舞い戻りつつあるのかしら。
ベルワルドの作品はまるで聴いたことが無くて、よく流れていく作品だなあというほどの印象。校訂するほどの指揮者、ほどの思い入れはこちらには無い。風通しの良い佳作でした。

ブロムシュテットの幻想は初めて聴いたと書いたが、たぶんの域。あとで調べたら何か出てくるかもしれない。
N響のNHKホールでの配列は、ティンパニとトロンボーンが一番奥でほぼ同列。トロンボーンの方がやや奥のセッティング。ここ何年かこのスタイルと思いますが、あらためてこうやって遠目に俯瞰すると、弦群の横の広がり幅よりも奥行きのほうが距離があるのではないか。正面から覗き込むと高さのある台形のような形状だ。パーカスやブラスセクションは、音が前に飛んでくるまでに鋭利なところがだいぶ緩和されて前群の弦セクションとちょうど良いブレンド具合になる。どっちにしてもラッパがうるさく弦を消すことがないので、いいことだ。
年を取ると全身の動きが緩慢に、普通、なるところだが、ブロムシュテットはその指揮棒の速い動きにはそういったことを微塵も感じさせない。スピーディー、快速な幻想でした。N響の配置も功を奏していて楽にバランスが取れている。肩肘張らないリラックスした幻想でした、と言いたいところだが、指揮者の溌剌ぶりをプレイヤー達が自らの意思で越えてバリバリ進む姿には新鮮にびっくり。指揮者とプレイヤーの間には見えないカリスマ空気があったのかもしれない。こういった積極的なアンサンブルは好結果をもたらしますね。みずみずしくも積極果敢な演奏に拍手。先達ての東京春音楽祭2018でのしまりっけのないローエングリンとは段違いの佳演となりました。
4楽章リピート有り。
おわり

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2534- ナッツクラッカー、モツクラ協、ドビュッシー、狂詩曲、メイエ、ハルサイ、カンブルラン、読響、2018.4.13

2018-04-13 23:23:18 | コンサート

2018年4月13日(金) 7:00pm サントリー

チャイコフスキー くるみ割り人形 4ピース
         行進曲、こんぺい糖の踊り、トレパック、花のワルツ 3-2-2-6

モーツァルト クラリネット協奏曲イ長調K.622  12-6-8
 クラリネット、ポール・メイエ

Int

ドビュッシー クラリネットと管弦楽のための第1狂詩曲  7
 クラリネット、ポール・メイエ

ストラヴィンスキー 春の祭典  17-19


シルヴァン・カンブルラン 指揮 読売日本交響楽団


カンブルランは読響とハルサイを何度か振っていると思いますが、節目と言ったことにかかわらずこうやって時折振るのはいいこと、ねじのリセットになる。
演奏はかなりゆっくり目、殊更に切れ込みの深さを狙っているものではなくて、ハーモニーにコクをこってり求めているような味わいと色彩。自ら響きを確かめているような指揮ぶりだ。
1部にエネルギーの大きさを感じさせる演奏が多いが、今日はそんなこともなくて、1部2部同じ具合の粘着モードと放射。1部の慎重な味付けと音響美。2部は自由度の増したアンサンブルとドラマチックな展開。
カンブルランにとってハルサイがどのような位置づけにあるのか知る由もないけれども、他のいわゆる現音ものと変わらぬ思いで振っているように見受けられる。分解するのではなくて初めから解きほぐされている。最初から作品へのアタックに回答が与えられていて、その通りの演奏で、一種、スタイルともいえる。解像度というよりも分解済みの音束が進むごとに情報積分されていく。透明な圧力ですね。ジャングルジム風にあちらがよく見える音響がそのまま積み重なり巨大な束となる。圧巻の演奏。聴くほうも最後まで冷静でいなければならないのかもしれぬ。

休憩をはさんで2曲吹いたメイエさん。身体をゆする事のない演奏で、それが音楽の濃淡と比例しているわけではないと思うがわりとあっさりとしたもの。作品を楽しむ感じで聴いていく。ドビュッシーは牧神にかなり近い。

カンブルランが最初に置いたのはナッツクラッカーより4ピース。今日のプログラムはどのような趣向なのかわかりませんが、チャイコフスキーの最高傑作、充実した読響の響きを満喫。

おわり




 

 

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2533- サッリネン、宮殿序曲、ニールセンflc、白尾彰、シベリウス2番、オッコ・カム、新日フィル、2018.4.13

2018-04-13 22:03:16 | コンサート

2018年4月13日(金) 2:00pm トリフォニー

アウリス・サッリネン 宮殿、序曲  7

ニールセン フルート協奏曲FS119  11-7
 フルート、白尾彰

Int

シベリウス 交響曲第2番ニ長調Op.43  9-14-7+15


オッコ・カム 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


2015年にラハティ響と来日した時は椅子に座っての指揮でしたが、今回はその心配もなくて、やややせて動きもよくなった気がする。

2024- シベリウス1番2番、オッコ・カム、ラハティ響、2015.11.26 

サッリネンは現代フィンランドの作曲家。お初で聴くオペラの序曲。現音的面倒くささは無くて、内容分からずともなにやら場面の描写のような劇場的面白さを感じさせる。オーケストラが非常に立体的で最近の好調さをここでも魅せてくれる。作品の色彩をよく出した佳作の佳演でした。柔らかくて心地よい響きに舌鼓。

次はプリンシパル白尾さんのニールセン、フルートコンチェルト。オケとフルートの出し入れが絶妙の曲で、両方一緒に強奏するところは無い。演奏も素敵で、このオーケストラの音色を形成しているソリストの感、ありますね。
あっけない終わり方がユニークな作品。トリフォニーに良く響く曲でした。


後半は十八番もの。
思うにオッコは新日フィルのようなオーケストラをあまり振ったことがないのではないか。一人ずつバラバラにつっぱって、結果、硬直した音を並べるようなオケとは異なり、アンサンブル重視、それぞれ自発的に同じ方向に融合していく、結果、ソフトなサウンドモードとなる、そういった特色のオケを彼は殊更にドライヴすることなく、その特質を前面に置いて生かす。こういったオケにはどういったシベリウスがいいのかと腐心の棒だったように思う。これはいいことですね。
雲の絨毯のような柔らかくも流線型のシベリウスで、素敵でした。彼の日常にあるタクト、振る背に音楽に尽くす姿がよく見えてくる。
終楽章は起伏があり濃い表情付けがお見事でした。
おわり




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2532- シューベルト、ピアノ・ソナタ、7、14、20、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.12

2018-04-12 23:54:51 | リサイタル

2018年4月12日(木) 7:00pm 小ホール、東京文化会館

シューベルト・サイクル Ⅴ

ピアノ・ソナタ第7番変ホ長調D568  9-7-4-10

ピアノ・ソナタ第14番イ短調D784  12-4-6

Int

ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959  16-8-5-11

(encore)
ピアノ・ソナタ第6番ホ短調D566第3楽章  5

ピアノ、エリーザベト・レオンスカヤ


シューベルト6回サイクルのうち5回目。この前、サイクル2回目を聴いて、今日もう一度お邪魔しました。
2527- シューベルト、ピアノ・ソナタ、9、15、18、エリーザベト・レオンスカヤ、2018.4.6 

登場も引き際もあっさりとしたもので、構えることなくすーぅと弾き始めるやいなやシューベトの世界にすぐに引き込まれていく。

7番は2楽章の短調が美しい。ウェットなたたずまい。その余韻を引き継ぐマイナーモードの3楽章。物憂げに引き継いでいる、ひきずることなくやや骨太に進めていく。
これで十分の30分作品。次の14番は3楽章構成で、もはや、1楽章足りないという感覚。
この終楽章は激しいですね。宙に浮くような感覚の作品、これも申し分なく楽しめた。

後半は大曲、遺作の一つ。
なんというか、天国的な長さの作品ではあるのですけれども、その1,2楽章で言いたいことはほぼ言い尽くしていると思うので、弛緩することなくここを乗り切るのは奏者にとって容易なことではないだろうね。シューベルトの頭2楽章は難所。
と、大体いつも感じるのです。レオンスカヤのピアノというのはこのロングな楽章たち、息の長い音楽、遠くにある着地ポイントを弾き始めるときから実はわかっていて、一点のぶれもなく、その遠くの着地ポイントに正確に着地する。それはまさにシューベルトの思いと同じ。ここが素晴らしい。もはや、一心同体。聴いているが一瞬たりとも弛緩することなく聴けるというのはこの大きな流れをつかませてくれるから。聴衆もアクティヴな聴き方がもちろん望まれる。客のアドレナリン噴出のお手伝いもしてくれている。
テンションが徐々に高まっていく。抜けるような終楽章の歌。スバラシイ。別世界の高みに連れて行ってくれる。なにやら、晴れやかですらある。心地よいフィナーレ。
シューベルトの極意を殊更スキルを前に出すことなく、あっさりと高みまで運んでくれる。凄いピアニストですな。
シューベルト、ますます味わい深くなる。ありがとうございました。
おわり

東京・春・音楽祭2018







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2531- マーラー3番、パーシキヴィ、大野和士、都響、2018.4.10

2018-04-10 22:53:21 | コンサート

2018年4月10日(火) サントリー

マーラー 交響曲第3番ニ短調  31、9-17+9+4+21

メッゾ、リリ・パーシキヴィ
東京少年少女合唱隊
新国立劇場合唱団(女声)

大野和士 指揮 東京都交響楽団


前夜に続き同じ演目で場所を変えた定期。
2530- マーラー3番、パーシキヴィ、大野和士、都響、2018.4.9

全体印象は同じ。硬質サウンドのオケ、昨日の上野よりここのサントリーではそれが緩和され、聴きやすくなっている。昨日の感想にちょっと付け加えると、この硬質な音はオケのパーソナルな特質の集合体に起因していると思う。

ヴィブラート皆無のホルン、プリンシパルの細くてストレートなイエローサウンドは殊の外美しいものでした。別のインストゥルメントとの絡み合いも美しい。首席がそれぞれの自セクションにこれらのことをうまく伝播していくようにすれば全体の音色もより聴きやすい方に変わってくると思う。
おわり

 

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2530- マーラー3番、パーシキヴィ、大野和士、都響、2018.4.9

2018-04-09 23:57:01 | コンサート

2018年4月9日(月) 東京文化会館

マーラー 交響曲第3番ニ短調  31、9-16+9+4+21

メッゾ、リリ・パーシキヴィ
東京少年少女合唱隊
新国立劇場合唱団(女声)

大野和士 指揮 東京都交響楽団


今年2018年1月にあったトゥーランガリラは大時代的な表現でちょっとクラッときた。

2481- メシアン、トゥーランガリラ、大野和士、都響、2018.1.18
2482- メシアン、トゥーランガリラ、大野和士、都響、2018.1.20、アゲイン

今日、マーラーの大作を聴いていると、どうも指揮者大野はこのオケに押し切られているのではないのかという思いに捕らわれる。なだらかな野原、うねる野原、丘の上のほうにオケがいて、傾斜の底のほうで大野が一所懸命振っている。下からだと上全てが見えるわけではない。立ち位置が逆だったらどうだろう。
オケのほうは思いのままにやっていて、例えばきれいなグラデーション感は無くて、弦、ウィンド、ラッパ、パーカス、それぞれのセクションの中ではよく決まっている。オケ総体としての統一感への配慮がない。これは指揮者のすべきことだと思うのだが、そういうことのコントロールが出来ていない。言うことをききそうにないから言わないというのは極端だが、要は、大野のしたいことは別の事で、彼の意図を表現できるオケではない。と、立ち位置から感じてしまうのである。換言すると掌握していない。掌握されたくない。
トゥーランガリラのあの表現は、大野がこの作品を、今の時代に映える、魅せるに必要なギリギリの妥協だった気がしてくるのである。
おわり

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2529- ローエングリン、フォークト、ハングラー、シリンス、ラング、アンガー、甲斐、シルマー、N響、2018.4.8

2018-04-08 22:51:20 | オペラ

2018年4月8日(日) 3:00-7:40pm 東京文化会館

ワーグナー ローエングリン (コンサートスタイル)  58-75-59

キャスト(in order of voices’ appearance except ortrud)
1.伝令、甲斐栄次郎(Br)
2.ハインリヒ王、アイン・アンガー(Bs)
3.テルラムント、エギリス・シリンス(BsBr)
4.オルトルート、ペトラ・ラング(S)
5.エルザ、レジーネ・ハングラー(S)
6.ローエングリン、クラウス・フロリアン・フォークト(T)

合唱、東京オペラ・シンガーズ
ウルフ・シルマー 指揮 NHK交響楽団


Duration
ActⅠ 9+49
ActⅡ 75
ActⅢ 3+56


4月5日の公演に続き2回目。
2526- ローエングリン、フォークト、ハングラー、シリンス、ラング、アンガー、甲斐、シルマー、N響、2018.4.5

1回目の公演と同じ感想。色々と楽しめました。
カタルシスや裏表が無いといったところもありますが、もともとそういう指向ではない。舞台が有れば違った雰囲気があった気もしますけれども、基本的にストレートで純音楽的なほうにより近かったと思います。コンパクトなローエングリンで完成度が高かった。
映像は何ともさえないもので、かといってやめれば大きな空間がもったいない気もする。なにか名案を考えてほしいものですね来年からは。

始まる前にフォークト熱有り、だけど敢行のアナウンスあり。さほど影響は無くて1回目同様フォークトをはじめとした6人衆楽しめました。
おわり










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2528- バーンスタイン、スラヴァ、WSS、エレミア、福原、川瀬、神奈川フィル、2018.4.7

2018-04-07 20:37:37 | コンサート

2018年4月7日(土) 2:00pm みなとみらい

オール・バーンスタイン・プログラム

スラヴァ  4

ウェスト・サイド・ストーリーより、シンフォニック・ダンス  23

Int

交響曲第1番エレミア  8-8+10
 メッゾ、福原寿美枝

(encore)
ウェスト・サイド・ストーリーより、マンボ  2

川瀬賢太郎  指揮  神奈川フィルハーモニー管弦楽団


バーンスタインの作品を並べたもの。短い演奏会でしたが内容はなかなか充実していてバーンスタインの作品をあらためて満喫できました。

バーンスタインの作品はやにっこい音が並ぶなあ、という印象があって、生誕100周年記念でなくても普段から聴いてはいるもののなかなか前のめりになれないもどかしさがある。でも、こうやって生で聴くと格別のものがありますね。

エレミアはシリアスな作品。バンバンと銃の音のように単発音が連続するパーカッション・セクション。そして真逆にきれいに流れる弦を中心としたストリーム。その間にある張りつめた空気、そういったものが立体的に表現されていて見事な緊張感を醸し出す。出色の演奏。
スケルツォは活力があり音のまとまりが圧力になって突き進む。
ラメンテーションの福原さんの圧倒的な声量と濃い表現、作品との一体感がひしひしと感じられるもので感動。
総じて、川瀬タクトはツボどころを押さえていて、かつ、瞬発力あり、エネルギッシュでグイグイとオケを引っ張っていく。両者の熱量はシナジーエフェクト的に増加、ウィンウィンですね。今日の演奏は作品の姿に迫っていくもので説得力が大きかった。

3曲で正味1時間に満たない演奏会では物足りなくて、これは是非改善して欲しい。
おわり



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