河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

585- レナード・バーンスタイン アメリカン・オリジナル

2008-03-30 21:52:30 | 音楽




今年のレナード・バーンスタイン祭りに合わせるタイミングで新しい本が出るようです。
まず、お祭りのほうですが、以下に書きました。

511- バーンスタイン祭り=1=

521- バーンスタイン祭り=2=



本はお祭りの前に出るようですね。誕生日がありますから。

・タイトル
「レナード・バーンスタイン
 アメリカン・オリジナル」
・サブタイトル
「現代復活の立役者バーンスタインは、1943年から1976年までのニューヨーク・フィルハーモニック時代に、音楽、世界をいかに改革したか。」
・Collins,0061537861
・発売 2008年8月19日
・価格 29ドル95セント

珍しい写真などが100枚以上。
次のような人たちのエッセーも。
ジョン・アダムス、ポール・ボイヤー、ジョゼフ・ホロヴィッツ、ジェイムズ・ケラー、ビル・マグローリン、キャロル・オーヤ、ティム・ペイジ、アラン・リッチ、ジョナサン・ローゼンバーグ。もちろん、バーンスタインの弟バートンによる回顧もある。
バーンスタインは常にアメリカ文化の第一線にいた。ブロードウエイやシンフォニック・オーケストラのための曲作り、オーケストラに最初に女性を雇ったり、アフリカン・アメリカンの権利を守ったり、音楽教育を促進し、新進の作曲家や作品を擁護した。
また一方でバーンスタインは、社会的政治的文化的変革の発端になるようなことをする強烈な力をもっていた。
高名な作家や歴史家、ジャーナリストなどの尽力はもちろんのこと、バーンスタインの弟バートン・バーンスタインの記憶を通して、アメリカ文化におけるバーンスタインの顕著な功績、広範にわたる衝撃が調べられそして祝われる。
この美しくゴージャスな本には100以上の写真付き、それにはバースタインの手紙、レビュー、ポスター、チケットなども。
この本は、バーンスタインがニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督になって50年記念であるばかりでなく、バーンスタイン90歳の誕生日にあわせて2008年8月に同時に発売される予定。

というもののようです。日本語訳は何年かしてから発売されるかもしれません。


バーンスタインの若いころの棒というのは、あまりにもぎこちなくうぶでそれでいて、それだからこそやたらと新鮮で聴衆のフィーリングにマッチした。背広姿の棒など、サラリーマンのにわか棒のようなういういしさがあり、昔のアルド・チェッカートを思い起こさせるような、なんというか、若い棒だけどフレッシュで、オーケストラも彼にはついていこう、という雰囲気満々な感情満ち溢れた、今の指揮者のような木端みたいな感じは微塵もなかったのであろうということがひしひしと伝わってくるものだ。
ただ、最初から才能の塊であり、あとは消費していくだけ、才能の浪費に終始したような気がしないでもない。それであればなんという壮大なる無駄遣いであったことか。
でも彼の中にもともとある自由度の高さが、運命的に容認された自由奔放さを、ときとしてジャンピングニーパッドのような空高く駆け上るようなアクションを生み、それも呆然、唖然、そして羨ましくも賞賛の目で見られていた彼は幸せであったのであり、そのジャンプを目のあたりにした我々聴衆もなにか音楽にすっきりしたものを感じたりしたのも事実だ。
今、彼が遺産とならず生き続けるのはジャンプ姿ではなく、才能の豊かさによるものであり、やはりバーンスタインはすごかった。
彼がニューヨーク・フィルハーモニックに登場した時の姿が目に浮かぶ。それは語りつくされている。それよりも、音楽監督としてポーディアムに駆け足でジャンプし、躍動感あふれる体と棒で、とんでもないトップがそろったこのオーケストラをいきないドライヴしたその音楽は八分音符のゴムのような弾力に満ち溢れたリズムを聴くとき、聴衆もこの音楽に身をまかせ、フォーエヴァーに身をまかせてもいいと思ったに違いない。音がこのように魅惑的に響いた瞬間であったに違いない。

今残っている彼の教育ヴィデオをみると若い時から音楽に対する膨大な知識、自由自在に駆使するその姿だけではなく、なにか音楽の炎の核心のようなものが厳然と存在していることに驚く。音楽というものは見て聞くものであり、観て聴くものであることを痛いほど感じさせてくれるいい絵が残っている。マンハッタンの聴衆のみならず、アメリカの音楽ファンが幸せな時代であった。それはあとでそう思うのではなく、その瞬間に感じていられることができた彼らは本当に幸せだった。何もかにもがベストにマッチし、その頂点のサウンド、音楽表現が眼前に現れるその録音の数々からも少しは証明される。すさまじい回数のサブスクリプション、演奏会前後と思われる嵐のような録音、いったいあの時代はなんだったのだろうか。ニューヨーク・フィルハーモニックにとっても一番幸せな時代であったに違いない。カーネギーホール、フィルハーモニック・ホール、マンハッタン・センター、ブルックリンのセント・ジョージ・ホテルをすさまじい勢いで駆け巡り録音しまくる、ユニオンの束縛は横に置いて、彼らメンバーにとっても自分のこの充実感をこの先いつくるかわからないもの、だから今が大事、この充実感。双方、そして聴衆にとっても忘れ難い時代だった。
おわり


584- 六本木午前2時

2008-03-26 01:19:25 | 六本木にて

1

華金の深夜、六本木通りと外苑東通りの交差点界隈は、真夜中2時だというのに、ものすごい喧騒だ。その源泉は日本人ではなく半分以上が外国人だったりする。それでも通りを一つ裏にはいると喧騒は嘘のように静かになる。なんだうわべの表通りだけ騒がしいだけじゃないかと思うのはちょっと甘い考えだ。人がいないのは建物の中にはいってお酒を飲んでいるからだ。横道、裏通りにはいろんなお店がある。六本木の多国籍人種さながらの多種なお店がある。道をそれてお店に吸い取られていく。店も人も多い。

.

六本木の寿司屋は銀座なみに高いが、ハードリカーのバーはどこへ行っても大体同じような支払いだ。

銀座のバーは落ち着いたお店が多い。小さなバーでも小粋で秘めた自己主張を感じるお店たちがなかなか深い味わいを醸し出してくれる。

六本木はどうだろうか。いままでいろいろと徘徊して感じるのは意外にも、横のつながり、親戚、家族、男女、の関係である。客とスタッフの関係を言っているのではなく、スタッフだけの話です。つまりお店の人たちのことです。意外にもこのような関係で結ばれているというかつながりがあるというか、そのような人たちでやっているように見えるケースがわりと多い、多く見えるということです。

自然と空気感もそのような雰囲気になるわけで、若い連中がやっているお店が多い割には角があまりない。銀座と比べて良し悪しがどうのこうといっているわけではなく、このような雰囲気の違いがあるということ。

銀座のバーでお酒を飲んでも酔えないときがある。背筋を伸ばしてかっこつけて飲む酒もあるわけだ。肺腑をえぐるハードなリカーを飲んでも胃壁がきりっと張っているところに流し込む酒はいくら強くても内臓に沁みていかないのかもしれない。それでもそのようにお酒を飲みたいときもあったりする。

六本木のお酒はもっとフランクで自由度が高いかもしれない。自由度が高ければ敷居は低くなり良いものも悪いものも両方あるというわけだ。澱のあるローカスクから混ざりものを取り除けば一番おいしいところもなくなってしまう。両方混在する面白さが六本木にはある。

喧騒の交差点を東京タワーを正面に見据え飯倉方向に歩いて小路を二つやり過ごし行くと、左側に三つ目の小路のわりときつい下り坂がある。そこを折れると右側に金魚がある。

香和とか金魚とかは河童の趣味ではない。ニューなハーフより団子がいいな。ハーフより団子。。

年末年始のバスツアー団体さんなどが列をなしてはいっていく姿がほほえましいとは思うがその一員にはあんまりなりたくないなぁ。

それで金魚のビルの小路をはさんで左側の分かりにくい雑居ビルのこれまた分かりにくい地下に気合の入ったバーがある。

お店の名前がまた輪をかけてわかりにく。

Don’t make it a one night stand

今宵限りではなく、もっとお付き合いしたいね。

あら、あたしもそうおもってたの。

会話としてはあけ透けだがこれが六本木の風というわけだ。

それで、名前があまり長いのでONSと略しているようだが、これだと肝心の否定の部分が抜け落ちてしまうので、本当に今宵限りになりかねない。。

それはそれとして、お酒はなかなかうまく作ってくれる。

ウィスキーをストレートで飲めばどこへ行っても同じ味のはずだが、こころざしの高さがそのお酒に見えないディテールをブレンドするのかもしれない。こころざしの波長が空気を揺らしウィスキーを自然のシェイクで満たしてくれる。

また、BGMが軽めのクラシックというのもいい。クラシックといえばあっちのほうがかなりコアだ。あっちのほう?ほれ、俳優座の裏の決してわからないドアからはいるネプラスウルトラ。この前なんかクナのパルを流してた。。ちょっとわからない人のために。

この前なんか、過去のドイツの大巨匠指揮者であるハンス・クナパーツブッシュが指揮するワーグナーの最後のオペラであるパルジファルを流してた。となる。

ネプラスウルトラはとりあえず今日はやりすごし、一度はONSで飲んでみたい。

ざっくりとした中にきりりとしまるカクテルもいい。河童はウィスキーに目も皿もないけど。。

それで、いろいろ調べたら食べログに書いちゃったりしているのね。

クラキチのレストランガイド

レストランといいながらバーしか書いてない。

それもまだかなり少ない。

たまには寄ってください。

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583- 未完成 ケルテスとムラヴィンスキー

2008-03-23 17:22:15 | 音楽

Scan10013

イッシュトヴァン・ケルテス指揮ウィーン・フィルのシューベルト全集はいいですね。

未完成はLPで持ってて聴いたことがあったのですが、こうして1番から全部聴いてみると、ウィーン・フィルの魅惑的な音とともに、滑らかでそれでいて引き締まった素晴らしい演奏にあらためて感動をおぼえます。

それに当時のゾッフェン・ザールの音響の良さにも耳をみはります。昔、このホールで夏のコンサートを聴いたことがありますが、粗雑におかれた折りたたみ椅子に座って聴いた演奏もさることながらサウンドの素晴らしさに気持ちがわくわくしてきたことを思い出しました。

その後2001年に火事で使えなくなったようですが、焼け落ちたわけではないようですね。

.

1番から順番に日をおいて聴いてみたのですが、どれもこれもほれぼれするような演奏、サウンドですが、その中でやはり一番は未完成でしょうか。曲自体がものすごいということもあるのでしょうが、彫の深い演奏ですがそれがどぎつさがなく、いつの間にか自然に美の深淵に引きずり込まれるような、非常に滑らかでそれでいてふところの深い見事な演奏と言えます。

人によっては未完成よりほかの第45番あたりがより魅惑的と感じるかもしれません。早い話どれもこれも再聴したくなるような演奏ばかりです。序曲も3曲はいってます。

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シューベルト/交響曲第1,2,3,4,5,6,8,9

シューベルト/「悪魔の別荘」序曲

フィエラブラス序曲

イタリア風序曲

イッシュトヴァン・ケルテス指揮

ウィーン・フィルハーモニカー

録音/ゾッフェンザール、1963-1971

DECCA UCCD-3547/50

2006.5.24発売

それで、未完成といえばやはりこの人の演奏を聴き逃すわけにはいきません。

ムラヴィンスキーですね。

2楽章中間部の誰でもがする強奏フォルテッシモをメゾピアノあたりからはじめるところで毛が立ちます。

ムラヴィンスキーの未完成は河童の蔵にもありそうであまりない状態です。

シューベルト/交響曲第8番未完成

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮

レニングラード・フィルハーモニー

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1977.10.12東京文化会館CD KING ALT053

1978.4.30レニングラードCD BMG BVCX-4002

1978. CD AUDIOPHILE APL101.508

1978. レニングラードCD  ARTISTS FED043

1978.11.19ミンクス VHS リハーサル

1978.11.20ミンクス VHS

1983.11.20ミンクス 1992.9.6放送DAT

.

1978年のAUDIOPHILE ARTISTSCDは詳細記載のない海賊盤に似ていますが、1120日演奏のVHSより前に発売されてますので、おそらく430日の演奏ではないでしょうか。ここらあたり細かく検証するまでの熱はありませんので、その筋の人たちにお任せです。

1983年の演奏は、1992.9.6のブロードキャストをエアチェックしたものですが、当日は日曜ですので、NHK-FMではなく、FM東京の朝の放送を取った可能性が大です。

などと他人事のように書いてますが、自分で取ったものは責任もって書いたら。といいたくなります。

が、

あいにくと今は亡きDATに収録。河童の蔵の奥深いところで眠っております。

1,500本のDATがこの悪夢から目覚めることがあるのでしょうか。

全部で三百万円ぐらいなら手放してもいいかな、悪魔の考えも思い浮かんだりします。

.

話がいつもどおり脱線しました。

ムラヴィンスキーの未完成の録音で一番特徴をとらえているのは1977年上野での演奏ではないでしょうか。

どつくティンパニー、肺腑をえぐるティンパニー、これでもかこれでもか。

ムラヴィンスキーの意識は未完成に対しても常人の考えをはるかに逸脱した美意識なのでしょう。

そして、今では考えられないようなレニングラード・フィルの卓抜した腕と弦の美しさ。すべては透明であり一本でなければならない。冷たい美しさが聴衆の肌を切ります。

2楽章中間部のハッとする弱音から始まる破滅的な未完成の美しさ。

それぞれの美しさは何物にも代え難いが、美しさにも二種類あるといった感じで、両極端な演奏解釈、表現の違いの幅、指揮者というものの存在。いろいろと考えさせられます。

また、両者ともに、妖艶、という言葉には少し遠い。

まだまだ別の美しい演奏の未完成があるのだろうと思う。

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582- 河童ワープの帰りに道草

2008-03-22 15:24:59 | 食・レシピ

この前、ちょっと100年前の演奏会に行ってきました。

580- 100年前に河童ワープ ニューヨーク・フィルハーモニック・サブスクリプション

.

久しぶりでしたので、帰る途中道草してきました。帰る途中というのは道ではなく時でした。カーネギーホールの近場をグルグルといった感じで。

かなり古くて気合いの入ったザガットのレストランガイドを拾ったので証拠写真としてつけますね。最近では日本版も発売されているようですが、縦長で硬い紙質のもので日本人向きではない気がします。

Zagat1986_2

これは1986年のものですが、だいたい前年に発売されてますので、河童ワープの帰りに寄ったのは1985年です。

一次会といっても今回は一人でいったので、さみしい食事の一次会です。

イル・ガットパルド

ここはわりと安くて、うまいイタリア料理を食わしてくれます。

食事は雰囲気が大事ですから、一人で雰囲気でもないですが、それはそれなりに大切なもので、そこらへんしっかりしているので安心して埋没できます。

ザガットの評は、

食事:30点満点の14

内装:30点満点の14

サービス:30点満点の15

価格:35ドル

.

いたって普通ですね。

1985年はプラザ合意のあった年ですから、同年でも日本円にすると価格の変動が大きいですが、1ドル200円として7,000円ぐらいでした。今はどうでしょう。倍ぐらいですかね。

さて、満腹感もほどほどにして次は二次会です。

一気に昔に戻りたいのなら、といってもそもそも河童ワープから帰る途中で昔にもどるというのも変な話ですが、要は雰囲気です。

ビルズ・ゲイ・ナインティーズ

なんというか、探し求めていたものが残っていたような気がしますね。

何年か前まで、銀座の山野楽器本店の裏口を出た正面2階にオールド・ムービーというお店がありましたが、あのたたずまいを、掛ける100倍したようなお店です。

ここで、おじいちゃんの弾くセピア色の響きのするピアノの音を聴きながら飲むお酒のうまいこと。

当時のザガットによると、

食事:30点満点の7

内装:30点満点の11

サービス:30点満点の11

価格:23ドル

食事の評価が良くありませんが、食事目当てで来た人がいたのでしょう。日本人かもしれませんね。1次会でいきなり来たのかもしれません。団体で。。

安物買いの銭失いと言いますから、まして団体さん御遠慮。。

これでこの日は満足。

1991年まであったディスコ今で言ったら、クラブ↑、といった変なアクセントで呼ばれるかもしれませんが、そこの前をかすめて帰りましょう。

.

レジーンズ Regine's

.

ちょっと写真もつけましょう。

よくわかりませんが、ドンペリが250ドルぐらいでしたか。遊びすぎは体に毒なので早々に河童ワープで戻ることにしましょう。

Regines_2

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581- 客なんかかんけぇねぇ。

2008-03-20 22:14:12 | 食・レシピ

この日は都合でおそい昼飯を3時頃食べたのですが、踏んだり蹴ったりの食事となってしまいました。

女性も気軽に入れる大規模チェーン店の定食屋ということで、ふだんのお昼は混んでいるので行くこともないが3時頃だとかなりガラガラ。5060人は入れそうな大箱定食屋だ。

スタッフに案内されて席につき、定食屋だが、だからかメニューが近くになく、もってきてもらう。しばらく考えるからとひとりにしてもらう。

.

それでようやく食べるものを決めた。

「ロースカツ定食(ナチュラルポーク使用)」ご飯大盛り。

.

でも誰もスタッフがいない。

河童は大声を出してスタッフを呼ぶようなことは決してしないし、気も長いのでしばらく待つ。待つ。待つ。。

ほかの少ない客のほうへ遠くで行ったり来たりしているが、こちらには寄ってこない。ここで日本人だと「すみませーーん」と、でかい声で叫ぶが、あれをアメリカでやる勇気をもっている人種が日本人だったりする。

.

それでいくら気が長いといっても時間のこともあるし、河童のお皿も渇いてきたので、スタッフのいないホールを歩き厨房のほうに行き中を覗いてみた。片づけに忙しそうな男に子がいたので、「オーダーを取りに来てくれいないか。」と頼んだら、今行きますということだったので、席に戻ったのだがやはり誰も来ず。それでもう一度同じことをしたら、その男の子がオーダーを取りに来てくれた。素晴らしい。サポートの良くきいたお店だ。

スタッフは家に帰ったのだろうか。それとも遅い昼寝か。

ということで、なんとか昼飯にありついた。

ロースとんかつ定食。。

.

さて、これで食えるはずだった。

しかし、

箸がない。

.

運ばれてきたお盆をいくら見ても箸がない。

テーブルにも箸がない。

どこに箸があるのだろう。

箸もセルフサービスなのだろうか。

コップの水のおかわりを取りに行くついでに周りを見回したが、箸がない。

それで結局またスタッフを気長に待つ。

面白いお店だなぁ。

スタッフが眠そうに歩きまわり始めたので、あのう、箸ください。といったら悪びれることもなく、というかまるで水のおかわりでもするかのように、はい箸ですね、といった感じで取りに行った。水はなくても飯は食えるが、箸がなくては日本人ではない。

本当に面白い店なのか、このタイミングではいったのがアンラッキーだったのか。

さていよいよ食らうか。

ここのお店では、とんかつ用のソース、キャベツ用のドレッシングが、それぞれ別の容器にはいってでてくる。安い定食屋のわりには気配りがある。

最初はそう思ったが、あまりに量が少なすぎる。とんかつ一切れをソースにつけたらもうなくなってしまった。

なんでこんなに量が少ないのだろう、そう思いながら一口目のとんかつにかぶりついた。感動のとんかつであった。

あまりの硬さに歯が折れた。

ような気がした。

とんでもない硬さなのだ。水分を全部飛ばして固形状に残ったようなとんかつを油ころもまみれにしたような代物でとても食えない。ころもは全部はずし、とんかつだけ食べようと試みたが硬い。

断片を食べてみたらそんなに変な味ではなかったのでおそらくそれなりだとは思うのだが何しろ硬い。

昔、別の定食屋で食った焼き魚定食を思いだした。硬くて箸がささらない。箸は魚に刺すものではないが、とにかく分けられない。あの時のことを思い出した。あれは渋谷だったなぁ。

.

それでとんかつですが、あごの運動のこともあるし無理して食った。

しかし一口でソースがなくなった。「すみません。ソース追加で特盛りで。」といいたいところだがスタッフがいない。厨房の男の子のところまでソースを取りに行くのもなんか変。待つか。待つか。待つか。

そのうちスタッフが昼寝から目でも覚めたのか出てきてようやくソースにありつけた。あのとんかつはソースなしでは食えないしなぁ。

それで、あまりの冗談の続きでこれはドッキリカメラではないかと思ったりもしたが、そんなことをされる商品価値のある河童ではないし、とにかく変なお店というかこんな時間帯はこんなもんかとあらためて思ってしまった。

別にこのお店のことをどうのこうのということでもないので、悪あがきはせず河童性特性でもってすぐに忘れてしまう。

ただ、大盛りにしたご飯のまずさはしばらく忘れそうもない。今頃、古米、古々米ということもなかろうが、まずかったぜ。

悪いことは重なるものらしいが、こんなにひどい昼飯ならいっそ、全部重なってくれてラッキーだ。

夜、帰り際、ハードリカーで今日の悪い出来事と胃のとんかつを一緒に洗い流せばいいだけ。

それにしても高くつくとんかつだったぜ。

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580- 100年前に河童ワープ ニューヨーク・フィルハーモニック・サブスクリプション

2008-03-18 23:30:40 | 音楽

Scan10012

桜の季節が近づいてきました。

2007-2008音楽シーズンもあと12か月で終わりです。

23月というのは、洪水のような来日オーケストラ・ラッシュに一服感があり、国内のオーケストラはこの時とばかり意欲的なプログラムを組めばいいのに、支離滅裂なプログラムばかりで、何を考えているのかしら?というのは前回のブログに書いた通り。

それであまりにもつまらないので、例の河童ワープで一気に100年前まで行ってくることにしました。

1907-1908シーズン

66シーズン

.

1908313日、14

8:00pm

カーネギーホール

.

ベートーヴェン/交響曲第8

ベートーヴェン/フィデリオ、Scene and Air

ワーグナー/マイスタージンガー前奏曲

ワーグナー/神々の黄昏、

 ジークフリートの死とブリュンヒルデの自己犠牲

.

ワシリー・サフォノフ指揮

Wassily Safonoff

ニューヨーク・フィルハーモニック

ちょうど100年前のこの季節の公演ですね。

フィデリオとカミタソには歌がはいります。

当時としてはあまり長めのコンサートともいえず、比較的気を楽にして聴くことができました。

.

この1907-1908シーズンの演奏会回数は、1842年から数えて、第485回~502回となります。ですから全部で18回の公演数。現在の200回オーバーの公演数に比べ1/10以下。

慎ましやかな回数ではあるが、ほとんどが2回公演であり既にシステマティックな形態であったと思われる。

指揮者は一人のみ。ウォルター・ダムロッシュの後を継いだ第8代常任指揮者のワシリー・サフォノフです。因みにサフォノフの次はグスタフ・マーラーが常任になってます。

.

今日のワープ・コンサートが今シーズン一番の演奏会ということはなく、しかし、回数に飢えている聴衆にとっては楽しみな演奏家だったはずだ。それにプログラムの構成が良く、今の日本のオーケストラも少しは見習ってほしいものだ。特にこの冬春涸れの3月においては。。

いずれにしても楽しい演奏会でした。

ちょっと話がそれますが、この1907-1908シーズンにはスクリャービンの交響曲第1番をやってますね。さすがサフォノフさん、自国の音楽の紹介もしっかりやるということでしょうか。1908年当時、スクリャービンの交響曲は第3番までは完成、45番はこれから作曲されるものであり、時代的なワクワク感はありますね。

個人的には、第3番と第5番、それにピアノ・コンチェルトが大好き。

3番の限りない切れ目ない破天荒な変奏曲交響曲、音を光と化す5番、ペダルを開放し見事なエンディングをむかえるコンチェルト。みんないいですね。

やっぱり話がそれました。

ところで、当時のオーケストラの規模はどうだったんでしょうか。下の写真をみればわかりますが、今とあまりかわりません。

現代の機能オーケストラ時代とは異なり派手系の曲はあまりなく、そのようなものは次の常任指揮者であるマーラーの作曲をまたなければならないし、いずれにしても弦の数がぐっと多いようです。

全体規模がこれだけ大人数のオーケストラが演奏会を繰り返していた、というのはそれ自体音楽の機能レベルが高いということを示している。棒振りが真の棒振りであらねばならない、というのもこれでは自明の理だ。全体をコントロールしながら、自然の発露としての音楽の多様な表現を体現できるように指揮者は導かなければならない。

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さて、コンサートには満足したし、そろそろ不毛の100年後に戻るとするか。

34月はサントリーホールではなく初台の新国立劇場のオペラの出し物にスポットライトをあててみる。

Scan10013

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579- 冬春涸れのサントリーホール

2008-03-17 01:30:36 | 音楽

2008年も早くて3月。

20079月頃からのオーケストラ来日ラッシュも完全にひと段落。

見よ、サントリーホールの冬春涸れの3月この状態。

11(453-)とは雲泥の差。

3月は全部日本のオーケストラ、というよりも東京のオーケストラ。

別に日本のオーケストラだから駄目だというわけではない。ただ、プログラムの内容や明らかに1.5流以下の棒とかで全く食指が動かない。

他国のオーケストラはこの時期、自国での定期に余念がないと思われるが、そんなことを言うのなら日本のオーケストラだってこうやって3月も演奏を重ねている。別の客層を狙っているのかもしれないし、それなりの努力の継続が肝要だ。

でも、企画不足、力不足。ひとえにプログラム・ビルディングのひどさ。行く気がしない。ゴメン。

あと、サントリーホールお得意のホールオペラがあるようだが、ホールオペラ初期のころは何回か行ったが、オペラの楽しさはまず理解から始まるわけで、そこらへんホールでわざわざ見通しのよくない行為自体にあまり賛成できなくなった。この3月はフィガロをやるようだが、オペラを観たことがない人がはじめて観るオペラがホールオペラ(セミ・ステージ形式)というのは全くお薦めできない。同じような値段で新国立劇場まで足を運べば本物のオペラが観れる。3月はゼッフィレルリのプロダクションによるアイーダが上演中でありこれは見逃せません。

ところで、3月は日本のオーケストラだらけだ。といいましたが、実はそうでないんです。

313日は、

ジャナンドレア・ノセダ指揮BBCpo.のコンサートがありました。

河童は蔵のかたづけに忙しくていけませんでした。

行った人たちの感想を聞きたいものです。

ノセダの棒は動きが超激しくミラクル。体がどっかに飛んで行ってしまうぐらいものすごい振り方。本当に一見の価値あり、なんですが、彼の場合、観た目を意識したものではなく完全に自然の発露であり、音楽を引っ張り、構築していく。体の動きと音楽の流れが完全に一致している。ものすごい説得力なのだ。

とにかく一見をすすめる。

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578- ロジンスキーのニューヨーク・フィルハーモニック

2008-03-13 00:29:16 | 音楽

ブルーノ・ワルターのマタイ受難曲とブルックナーの8番をこの前とり上げました。

575-

576-

577-

でも、この時期のニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督は超オーケストラ・ビルダーのアルトゥール・ロジンスキーなんですね。

彼がいたからこそ、混乱の時期、オーケストラのレベルは下がることはなかったし、ワルターも安心して自分の解釈を展開できたんですね。

ロジンスキーがニューヨーク・フィルハーモニックを振ったCDはその昔、イタリアのASdiscから多く出た。1990年のことだ。1990年なんついこの前のような気がするのだが、あれから20年近くたつことになるのか。

ASdiscの音は加工臭がなく、何も足さない何もひかない、感じで判断の幅が広がる。

多数あるCDのなかで極めつきはこれ。

19451125

ワーグナー/リングサイクル抜粋

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ラインの黄金/ワルハラへの神々の入場(610)

ワルキューレ/3幕全曲(51分!超高速)

ジークフリート/森のささやき(640)

神々の黄昏/葬送行進曲(710)

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ヘレン・トラウベル、ブリュンヒルデ

ドリス・ドーレ、ジークリンデ

ヘルベルト・ヤンセン、ヴォータン

.

アルトゥール・ロジンスキー指揮

ニューヨーク・フィルハーモニック

リング・サイクルの抜粋とはいえ、あまりにユニークすぎるプログラムだ。

67分の曲の中にワルキューレの第3幕全曲がはいっている。そして51分という超高速。

そしてこの演奏会形式の公演にトラウベルが出ている。

こんな演奏会ありかぁ。

それで、トラウベルも含め、歌い手はそれほど好調とはいいがたい。ということでここはひとつオーケストラの醍醐味に浸ろう。

コンサート・オーケストラがワーグナーをやると、大体非常に整理された演奏になることが多く、オペラの贅肉沢山、の世界とずいぶんと異なり見通しがよくなりすっきりするものだ。

オペラの贅沢な世界もいいが、たまには高性能のオーケストラでワーグナーを聴くと、思いもかけぬ音が整理整頓されて聴こえてきたりする。

例えばワルキューレの第1幕終結部など何をやっているのかわからないような、もつれるうどん状態、の演奏などに出会うことがある。

ジークムントとジークリンデの双子禁断の愛の逃避行の名状しがたい感動がそのまま乗り移ってしまったようにこんがらかった演奏になったりすることがある。

シンフォニー・オーケストラがこれをやるときっちり整理されて透明になり、弦の細かいアクセントやきれいなハーモニーが表出する。これはこれでいいものだ。

.

しかし、だ。

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その前に、

.

この日のプログラムこそ名状しがたい。

一流のオペラハウスが近くにありいつでもオペラ音楽というものを日常的に感じて暮らしている街でなければ成立しないようなプログラムではないだろうか。

それで、いきなりラインゴールドのきれいなサウンドがこの貧弱な録音からよくもまぁでてくるものだなぁと感心する。分厚くピッチのあったサウンド。この日の4曲のなかで一番の出来だ。

ワルキューレの第3幕はあまりの超高速。普通70から80分ぐらいだから、ブリュンヒルデも火のリングのなかでなかなか眠りにつけないのではなかろうか。もっとも演奏会形式だと横になって歌うわけにもいかぬ。

巷のCDでこの第3幕だけ収録したものを見かけるが、全体のプログラムのおもしろさにかなうものではない。

そして、ジークフリートからは森ささやき。別の曲もありかなと思ったりするが、歌い手の数の制約やそれやこれやでここらへんが落ち着きどころだろう。静かでいい演奏だ。

カミタソは葬送行進曲。かなりつらいものがあるが、大植がハノーファーを連れてきたときも最後のアンコールがこれだったりして、あまり明るくない気持ちで帰路につくのもたまにはいいかもしれないと思ったりもしたものだ。

それてしまったが、とにかく、この超ユニークなプログラム、演奏は一聴の価値は大いにあるね。

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577- ワルターのブル8 ニューヨーク・フィルハーモニック-3-

2008-03-12 00:38:29 | 音楽

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.

ニューヨーク・フィルハーモニックの話をしているつもりなんですが、なんだかワルターの話が続いてしまいました。

575-

576-

ブルーノ・ワルターは1922年の秋ミュンヘンを去り、1923215日にワルター・ダムロッシュのオーケストラであるニューヨーク・シンフォニーを振りアメリカデビューをしました。

その後、いろいろと政局があり、1939年シーズンはロスアンジェルス・フィルで幕をあけました。

そして、NBCシンフォニー、ニューヨーク・フィルハーモニックを振るためにニューヨークに戻りました。

特にニューヨーク・フィルハーモニックはその後彼の拠点になりました。

結局、彼はニューヨーク・フィルハーモニックを計373回振りました。

1928年にニューヨーク・フィルハーモニックが統合する前の演奏会も含めると約400回になります。

アメリカでワルターが最初に振ったブルックナーは第5番。

1933年の1月に5番の4回公演をニューヨーク・フィルハーモニック相手に行いました。

そのうちの一つはブロードキャストされてます。客受けが良く、翌年第8番を振る約束をしました。

後年5番は彼のレパートリーから消えましたが、478番は振り続けました。

また9番も少ない回数ですが振っております。

ワルターが1941年に振った8番に対し、ニューヨークタイムズのオーリン・ダウンズの評は芳しくありません。ただ、193310月に8番にはもっとシビア。

こんな感じでワルターは8番をかなりの回数振ってますね。

19351月にモーツァルトのピアノ協奏曲第20番の弾き振りをしてからニューヨーク・フィルハーモニックを振っていなかったが、19411月にブルックナーの8番を振って新生ニューヨーク・フィルハーモニックに登場した。

19411月、ニューヨーク・フィルハーモニックを振った日は

1617192324263031

8回。うち、8番を振ったのは、

161726

MusicArtsから126日の公演のCD2003年にでた。

音は悪いが、やっぱり、聴きたい。

Music&Arts CD-1106

ブルックナー/交響曲第8

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ブルーノ・ワルター指揮

ニューヨーク・フィルハーモニック

.

この音源のオリジナルはWABCの放送録音のディスクですね。

また、8番の版は1892年版。

これ以上細かい話はやめます。

曲を聴かなければ話にならないわけですが、一言でいって表現が大きい。特に第4楽章の振幅が激しく、激しいながらもセカセカせず、余裕の音造りとなっている。

また、第2楽章はかなりユニークな表現で、練習を積み重ねなければできない表現が随所にある。

当時のニューヨーク・フィルハーモニックは腕にかなり怪しい部分もあったりするが、ワルターの求める大きな表現は忘れていない。

音のコンディションは良くないが最初から最後までしっかりと聴いてみることを勧めたい。

拍手入り。

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576- ワルターのマタイ受難曲第1部 ニューヨーク・フィルハーモニック-2-

2008-03-09 15:22:56 | NYP

ちょっと日があいてしまいました。
この前の続きです。

ワルターはここ数シーズン、マタイ受難曲を振っている。
1944-45シーズンも振った。

ニューヨーク・フィルハーモニック
1944-1945シーズン
第103シーズン

1945年
3月29日(木)6:30-10:30pm(第4232回)
3月30日(金)1:30-5:15pm(第4233回)
3月31日(土)6:30-10:30pm(第4234回)
4月1日(日)3:00-7:00pm(第4235回)

カーネギーホール

バッハ/マタイ受難曲 (英語)
Bach   Passion according to St.Matthew

ソプラノ、ナディーン・コンナー
コントラルト、ジーン・ワトソン
テノール、ウィリアム・ヘイン
バリトン、フランシスコ・ヴァレンティーノ
バリトン、マック・ハールレル
バス、ローレンツ・オルヴァリ
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ハープシコード、ラルフ・カークパトリック
オルガン、エドアルド・ニース‐バーガー
ヴァイオリン、ジョン・コリリアーノ
ヴァイオリン、マイケル・ローゼンカー
フルート、ジョン・ウンマー
オーボエ、ハロルド・ゴンバーグ

ウエストミンスター合唱団
マーガレット教会青少年合唱団
ブルーノ・ワルター指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
このシーズンのものが音源に残っている。
第1部だけですが。
河童の蔵を探したら出てきました。
CDです。
Minerva MN-A20
P-1996 イタリア製
板おこしのようです。

第1部タイミング:78分32秒
インデックス:29個
演奏日:1945年4月1日(日)
ニューヨーク・フィルハーモニックは当時、既に週4回公演。
木金土日。
月休み。火水が練習だと思う。
その後、週4回は変わらないまま、木金土火の公演となった。
日休み。月水が練習。か、それとも、
日月休み。水が練習かもしれない。
サブスクリプションのある日も日中は練習があるだろうが、まずは初日に間に合わせなければ話にならない。

その後、今はなんだかわけのわからない曜日の公演が多くなってしまったが、それでも木金土火のコンセプトはあるような気がする。

それで、この日の録音は、木金土日の公演のうち最終日です。
このMinervaのCDには何も書いていないが、テキスト、歌唱は英語です。
第11曲の響きは遠くワーグナーを喚起させる。なぜだかわからないがこのバッハの積み重ね、織りなす響きがうねりをおび、いつか偉大な脇道ワーグナーを生む少しぐらいのきっかけにはなったかもしれない。
このCDで聴くニューヨーク・フィルハーモニックというのは、完全に日常の定期公演の音であり、良いところもあれば悪いところもある。
ふくよかな低弦の安定感、ときとして不安定で不揃いな中声部楽器群、ハロルド・ゴンベルグの悲しくもせつなくそして雄弁なオーボエ。コリリアーノ、ウンマーとの息もぴったりだ。これが彼らの日常。
指揮ワルターの域を越えた彼らの音楽がこの録音から伝わってくる。
逆に合唱はワルターが完全に掌握しているようだ。歌のアウフタクトの呼吸までワルターの魔術のような棒に彼らの神経は支配されている。
ワルターの練習風景はバルビローリと正反対である。バルビローリがワン・フレーズが終わるか終らないぐらいの短さで止めるのに対し、ワルターは決して音楽を止めない。止めないまま、注意して、音楽を先へ先へと進める。合唱はそのような棒のワルターの術中にはまっている。
合唱が良くなるに従い、何故がソリスト、オーケストラの響きもしまってくる。このような現象はオペラなどではよくあることだ。結局は全部ワルターのなせる技なのだろう。
第1部しり上がりに良くなる歌とオーケストラ、第2部の録音が残っていたら、と悔やまれる。
この時代、日本は戦争に負ける寸前の大変な頃だが、むろん繁栄の国アメリカにそのような悲壮感はない。なにやら東海岸から遠くの国と戦っているようだ、そこまで言うと極端だが市井の生活感のなかにどれだけはいりこんでいたことか。
この演奏に‘泣き’があるとすれば、時代の泣き、ではなく曲そのものの深刻さに対するものであり、変な話だが時代を越えたものだ。富の国アメリカは富裕の時代に芸術の本質を表現し聴いていたのだろうかと思うと、はたと立ち止まりふと思ってしまう。
長い曲であり、河童の世界にはイエスもなにもないが、たまには身を浸して真の音楽を聴かなければならないときがある。
おわり

575- アンカット マタイ受難曲 ワルター ニューヨーク・フィルハーモニック-1-

2008-03-06 01:17:13 | NYP






ワルターは1945年3月29日(木)、30日(金)、31日(土)、4月1日(日)、4日連続でマタイ受難曲を振った。
この時期日本でいうと戦争に負ける直前。
繁栄の極にあるアメリカはそんなの関係ない。

1943年から1947年までは、アルトゥール・ロジンスキーがニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督。
当時、アメリカに亡命して活躍していたワルターであったので、ロジンスキーにかぶる感じでニューヨークでも活躍していた。
ワルターは1947年から2シーズンだけニューヨーク・フィルハーモニックのミュージック・アドヴァイザーを務めた。ロジンスキーに代わる形での音楽顧問。

この時代の録音はラジオ放送からのものがわりと残っている。マタイ受難曲はあるのかどうか知らない。
そんなの関係ない、とはいうもののオーケストラのレベルはこの時期、少し低下しており、というよりもむらがある。
1958年シーズンのバーンスタインの時代まではまだ少し時間がある。
それでこのマタイ受難曲ですが、河童はあいにくと聴き逃してしまいました。
プログラムにあるとおりアンカット。つまり省略なし全曲ということになるのだろうが、なぜ、コンプリート・パフォーマンスと書かないのだろうか。カットはしていないが全曲ではないということ?
プログラムによると最終曲は第68曲ではなく第78曲となっておりそこまでのテクストが載っている。
また、休憩45分をはさんで約4時間の公演であり、実際の長さは不明であるものの、見込み時間としてもかなりの長さだ。異例とは言わないが今よりゆっくりしていたのだろう。
ワルターのこの時期の演奏は、猛スピードのものが多く、アメリカのオーケストラは腕まかせでついていく、というか追い越してしまう。そんななかで、比較的スローなマタイを展開していたのだろうか?
この日の演奏がブロードキャストされたか、また、盗み取りされたか、現存する音盤があるのかどうか。宇野さんの名盤駄盤の本には載ってません。


見つけました。
というか、CDもってました。
Minerva MN-A20 です。
CD1枚だけです。第1部のみの収録です。
第2部ももしかするとどこかにあるかもしれませんね。
それにしても、CDあることすら忘れてましたのでたぶんコレクションになっていただけ?
反省の意味をこめて、今週時間があれば聴いてみますね。

ということで、ニューヨーク・フィルハーモニックの本拠地は当時カーネギー・ホールなわけですから、カーネギーホール専用プログラム(当時は、ニューヨーク・フィルハーモニックからでてる普通のプログラムとそれとは別に大きいサイズのカーネギーホール専用プログラムがあった)には、曲の紹介の前に真っ先に書いてあることがある。
火事警告
今すぐに見渡せ。
席に座ったら、一番近くにある出口を選べ。
火事になったら、その出口に向かって歩け。(走るな)
周りの人を通りに押し出すな。
煙がたったら、いくらマタイ受難曲をやっているとはいえ、聴衆は全員あっというまに逃げ出すでしょうね。
その点、日本人はちょっと違うかもしれません。地震で少しぐらいグラグラしても聴くほうもやるほうも、続行。
日本で来日オーケストラが演奏している場合はどのような反応になるか、たぶん問題が発生する。
オール・ジャパニーズの場合はマグニチュード4弱ぐらいまでは普通に続行だろう。
話がそれました。カーネギーホールはマンハッタンの強固な岩盤の上にあるので地震はまずありません。問題は地下です。
地下鉄ですね。RR、Nの猛スピード音、火を噴く車輪。
バッハも逃げ出すかもしれません。
おわり






574- 鮨のあとはグラッパ

2008-03-04 00:27:57 | 銀座にて

この前、といっても2月中旬の木曜日ですが、昨年六本木から銀座に移転してきたなかひさにお鮨を食べにいきました。

金春通りやソニー通り8丁目付近は鮨屋だらけですが、金春通りのほうが敷居が高いというか、心身ともにリフレッシュするにはたまにはいいものです。奈可久もこの金春通りです。

ビルの6階にありエレベータに乗ったら最後、ここは気持ちを決めて思いっきり気分転換したいもの。

それで、このお店は初めて入りましたが、河童の性格というか、真中にでかい氷柱とかおいてあってもあまり感動しないというか、本当に河童の性格はひどい。関心がないものは無関心でいるべきだ、といった雰囲気で全くの無頓着。こまったもの。

でも、きれいなのは好きです。まだ新しいということもあるのだろうが、とてもきれいな外装内装で気に入りました。あとは中身です。

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河童「予約してました河童です。」

お店「お待ちしておりました。お河童さま。」

河童「。。。。。」

お店「カパ子さま、外は寒かったでしょう。お皿は大丈夫ですか。」

カパ子「。。。。。」

.

きれいなお店だ。

カウンター10人掛けぐらいなんだろうが余裕の席間隔だ。

そうだ、電車で毎朝寿司詰めになり、夜こうやって食事するときぐらいゆっくりとした席で食べたいものだ。

席は氷柱のちょっと横のど真ん中の席だ。

一番奥に同伴と思しきお二方が偽乳繰り合いをしている。どうして同伴はいつもあのような端の席に座るのだろうか。まるで何か悪いことでもしているかのように。。

ということで、7時頃であったのだが、客は我々と端席同伴組だけ。2月は客足が一年で一番遠のく季節ときくし、それに木曜だしね。こんなものかな。

銀座の同伴は早い。銀座のお店は閉店が早いので、全部閉店時刻基準で遡る計算をしているわけだ。

同伴のときはだいたい6時~8時ぐらいの小2時間がちょうどよい。らしい。。

だから、我々が飲み食いはじめちょっと乗ってきた頃に同伴組は、おもむろに夜のお店に向かうというわけだ。

それはそれでいいのだが、今日はどうも客足が不調だ。とうとう我々だけになってしまった。

だんだんと、静かになっていく。というかしゃべらなくなってしまった。

寡黙な食、などではない。だって、我々特等席の真後ろに二人の仲居さん()が立ちっぱなしで、河童語の会話を全部聞いているんだもの。なんだか気まずくなってきて、それにカパ子が彼女たちに目をやるたびにそらすみたいで、つまり、見ているわけで、とても楽しい会話はできなくなってしまった。

.

そして、ついに、会話、停止。

.

会話が出来ないと、おいしいものもまずくはならないけれど、引き立てるものがない分、気持ちの高揚がタネに乗らない。

それに、通奏低音のように音楽があれば少しは救われたりするものなのだが、鮨音楽もない。静かだ。過ぎる。

カパ子「すみません、なにか汁物ありませんか。」

お店「少々お待ちを。」

河童「カパ子、まさか汁物でズズーと音をたててにぎやかにしようという魂胆じゃないよね。。」

カパ子「あら、わかったかしら。」

.

もう、出たほうがいい。

二人で42,000円なり。

商売は水もの。たまたま客足がなかっただけだろう。

それにこのお店は夜遅くまでやっているのであのあと大勢の客がはいったかもしれない。こちらの心配することでもないだろう。

なんだか、何を食べたのか忘れてしまいそうだ。河童の好物は〆サバだが、こはだの温度も印象的だった。かめばかむほど味が湧く。いい具合の光たちだったね。

あとはカパ子が覚えているだろう。

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といった状況だったのだが、河童としてはあまり日をおかずまたうかがいたいと思う。

お店の全体の雰囲気がしっくりしているし、〆サバもいける。

誰も客がいないのも問題だが、混みすぎるのもいやだし。

今度は華金にいってみよう。

最近、カパ子はグラッパが好きらしい。少し前に教えてあげたらやみつきになったようだ。

パスタのあとのグラッパより、鮨のあとは、いつものバーでウィスキーではなくカクテルでもなくグラッパ?

僕は生カスクだ、澱のあるロウカスクが胃袋に穴をあけるようでいい感じだ。

最近は、ここ、かな。

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573- どうなんだろ SHM-CD

2008-03-03 01:12:09 | 音楽

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また新種のCDがでた。

SHM-CDというものらしい。

クラシックはイエローレーベルDGから数十タイトル出ているが、全部昔の録音で新録音はないため、EXTONSACDのような路線のものではなく、いわゆる昔の録音テープの音を高性能CDにスタンプしたということになる。

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SHM-CDはスーパー・ハイ・マテリアル・CDの略。

高音質。

液晶パネル用ポリカーボネート樹脂を使用したCD

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結局

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イエローレーベルを含むユニバーサル・ミュージックは、日本ビクターの新素材技術を採用してSHM-CDを発売。

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これってかなり情けない。

BMGからは既にXRCD24がでている。

今回なぜビクター採用なのか知らないが、奥深い業界のなせる業か。

ということで、カラヤンのブルックナー全集\18,000をやり過ごし、クーベリックのドヴォルザークを買ってみた。

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ドヴォルザーク

交響曲第8番 19666月録音

交響曲第9番 19726月録音

ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィル

DG  UCCG9710 \2,800

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SACDプレイヤーで聴く意味はないが、もはやSACDプレイヤーしかもっていないのでそれで聴く。

音だけでいうと、1966年と1972年でこれだけの差があるのかということ。

1966年の8番も別に悪いわけではないが、1972年の9番との差がますますひろがった。

8番だけの収録であったならばこんな感想にはならなかったと思う。生々しい音、特に低音に力強さがあり、当時のベルリン・フィルの黒光りするサウンドが魅力的。音が引き締まったかというとそれはそうでもないと思う。音に芯があるがやはりどちらかというと拡散系の音場作り。

オリジナルテープから作り直しているか、どこにも書いていない。

OIBPのことは書いてあるので16bitに落とす前のオリジナルのデジタル・メディアからの作業なんだろう。

ということは、マスターのオリジナル・テープからデジタル・ソースを作成するときは、DGOIBP技術を使い、それを日本ビクター開発の新素材に付着させた。ということだろう。

だから、ユニバーサル・ミュージックといっても、結局はイエローレーベルのソースしか発売できてないわけだ。

マスター・テープから起こせばさらに余裕の音場が再生されていたことだろう。

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9番は録音当時の音が8番よりも明確に良い分、さらに音が良い。

こちらは引き締まっており、音場が明確であり中心をもって広がる。余裕の音場。

空気感、空中を漂う空気の振動が見えるようであり素晴らしい。そのかわりお化粧とかテープの切れ目もよくわかるようになった。良い音を聴くには悪いものも一緒と覚悟しなければならない。空気感の切れ目がわかる。

SHM-CDXRCD24と比べるとやっぱりXRCD24に軍配をあげる。

XRCD24は収録時間が異常に短いが、今はそのようなことはあまり比較基準にならないものだ。だって旧録音は今まで山のように聴いてきているので、1枚にそんなに収録しても邪魔になるだけ、といったケースもあるし。

SHM-CDは普通のCDと同じスタンスなんだろう。収録時間も交響曲を2曲いれているからかなり長いものとなる。今、もう、長ければいい、という時代は終わりつつある。

ドヴォルザークの9番で1枚、ブルックナーの8番でも1枚。それでいい。

SHM-CDSACDと比べてはいけません。

例えばEXTONのソースはほとんと新録音であり音の通る機械の性能が時代とともにハイなものになりすべてのコンディションが上なのであり、その前提で作成されたスーパー・オーディオ・CD

比べるものではない。EXTONのマーカルの一連のドヴォルザーク、直近だとマーラーの9番。遠近感が素晴らしく、彫のあるサウンドはいまのところなにものにも代え難い。

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ということで、この前は塔レコで思わずカラヤンのブルックナー全集に手がいってしまったが、もう少しだけ様子見としよう。

おわり

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