くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「山へ行く」ほか 萩尾望都

2011-06-09 20:59:53 | コミック
たいした被害ではないと思っていたのですが、震災で柱にかなりひびが入ったため、自室に重いものは置けないことになりました。
泣く泣く本を処分しています。学校、古本屋、実家など、引き取ってもらえそうなところには地道に運んでいます。学校に二百冊、古本は四百冊程度売りましたが、それでも勘弁してはもらえず。
かなり大切にしていた本まで手放したのですよー。何冊なら残してもいいのー。
ということで、手放す前に読み返してしまう毎日を送っています。
萩尾望都「山へ行く」「スフィンクス」「春の小川」(小学館)。「ここではない★どこか」というシリーズなのですが、今回まとめて読んでみて、すごくおもしろかった。
狂言廻し的な役割を担う生方正臣を中心に、家族や周囲の人々を描きます。それにフォーチュンテラーらしき男が、歴史上の人物に運命を説く短編が交じる。
正臣は作家で、妻・娘・息子の四人家族。妻の実家は青森。正臣の母は再婚して、夫(千田巴)と娘(天海)とともに嵯峨野で暮らしています。さらに、巴の前妻の息子のテルヒ、死んだ弟の雄二。
こうやって書くだけでも結構複雑かと思いますが、実は雄二の死因については明確にされていません。十四歳だったことと、正臣がそのことをずっと引きずっていることがわかるだけ。宇宙に憧れ、兄を慕っていた快活な少年だったようです。
「春の小川」では、中学生の雄二が、友人の光一と語る場面学校描かれます。亡くなった光一の母の姿を、雄二も目撃するのでした。
このテーマ、「柳の木」とも共通するような気がします。たとえ命がなくなっても、母親はじっと我が子を見つめているのだと。
わたしがもっとも心ひかれたのは、「世界の終わりにたった一人で」。九十一歳を迎えた女流画家・大津ちづ。弟子として気に入られていたテルヒから、個展の案内状が届きます。
かつて日本画を描いていた画家は、洋画で名声を得ており、今でも精力的に作品を仕上げています。発表した作品にはそうそうに高額の値段がつき、会場のBGMは情熱のタンゴが選ばれている。
彼女の描いた「海」を見て、自然に涙がこぼれる正臣。画家はそれを見て、作品を正臣に譲ると言い出します。
口約束は気まぐれからきたものだと正臣は思いますが、彼女の死後、なんとその絵を義父の千田巴に譲るという遺言が出てきます。千田は彼女の弟子だったことがあり、世話になっておきながらモデルだった女性と駆け落ちをしたということがわかります。
彼女の心の中にある海。日本画からの作品転向。そして、地球最後の日に自分に声をかけてくる人、いちばんに会いたいと思う人は誰なのかという問いに、誰にも会いたくはないと答える孤独さ。
絵のコピーを持って嵯峨野を訪ねた正臣は、なぜ彼女がタンゴにこだわっていたのかを知ります。
自分の心に秘めた思いを、言葉にすることがないまま「海」に沈めたと語る彼女。テルヒを可愛がったのも、そこに面影があったからでは。
受け入れられることのない圧倒的な孤独。若い頃に夫を亡くし、戦後の引き上げで息子たちも失った彼女にとって、千田巴は心のよりどころだったのでしょう。しかし、彼は結婚に失敗し、その義姉だった人が同年代とあっては、ためらわないわけがありません。
自分ではない人を選んだ千田。その女と別れても、違う女と寄り添う千田。大津ちづは自殺をはかります。
波のように押し寄せる過去の事実に、読者はただ言葉をのむばかりです。彼女の思いは、報われないまま海に沈むのでしょうか。
過去の物語でありながら、今に影を落とす、美しい悲しみが圧巻です。
続きも読みたいよぅ。
今欲しいものは、秘密の書庫です……。

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