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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■本物の神への信仰~神々と神~/岩井基雄

2016年03月11日 | Weblog
2016/3/11放送


 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 今日は旧約聖書の詩篇96篇から、「栄光を神にささげる人生」と題して、神様の前を歩む人生の幸いを共に考えてみましょう。

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。月の第二週の金曜日は旧約聖書に登場するヤコブの人生について学んでいます。ヤコブの人生は波乱万丈に満ちた人生でした。私たちの人生にも様々な出来事が起こりますね。苦しみや悲しみを抱えることがあり、そして人生そのものが揺り動かされることだってあるのです。しかしその時にこそ揺り動かされない変わることのないものに目を留めることの大切さを思わされますね。

 夫ヤコブが自分の父ラバンの元を離れ故郷に帰ることになった時、妻の一人ラケルは父親が大事にしていたテラフィムを盗み出します。このテラフィムはラバンが「私の神々」と呼んでまじないや占いなどに用いた可能性があり、財産の相続の時に必要なものではないかと言われています。父ラバンの不誠実さを知っていたラケルは父が大事にしていたテラフィムを盗み出したのかもしれませんね。ラケルの心には旅立ちへの不安があり、何かに依存したかったのかもしれません。このテラフィムがなくなったことに気が付いたラバンは旅立ったヤコブたちの後を追って問い正します。ラケルはそのテラフィムをラクダの鞍の下に隠してその上に座り、父ラバンを偽りますが、それを知らないヤコブはラバンに、「あなたが、あなたの神々をだれかのところで見つけたなら、その者を生かしてはおきません。」(創世記 31章32節)と怒ります。聖書はこう記しています。
 「ラバンはヤコブの天幕と、レアの天幕と、さらにふたりのはしための天幕にもはいって見たが、見つからなかったので、レアの天幕を出てラケルの天幕にはいった。ところが、ラケルはすでにテラフィムを取って、らくだの鞍の下に入れ、その上にすわっていたので、ラバンが天幕を隅々まで捜し回っても見つからなかった。」旧約聖書 創世記 31章33節、34節
 このテラフィムは、この後、相続の時にも用いられることはありませんでした。ラケルは虚しい偶像を空想持ち出しそれを命がけで隠した事になります。私たちもラケルのように自分の不安や恐れまた願望に振り回され、結局は価値も意味のないものにも心を奪われ、振り回されてしまうことがあります。私たちの人生における様々な苦しみや悲しみの中で私たちは本当に信頼できるものに心を留めていく、その大切さを思わされます。どうぞ私たちも、まことの神様に信頼して歩みませんか? 

(PBA制作「世の光」2016.3.11放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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