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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■謙遜の恵み / 岩井基雄

2013年11月08日 | Weblog
2013/11/8放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 私たちはなかなか人に譲るということができませんね。謙遜の素晴らしさということを学んではいてもそれを実行することが本当に難しいからです。

 信仰の人アブラハムが自分の甥のロトと一緒に旅をしてベテルまで来た時、二人とも羊の群れや牛の群れ、天幕など多くのものを所有していたために、次第にその場所が彼らには狭くなり、争いが起こり始めました。そしてアブラハムはロトとの別れを決断し、自分が歳上であるにもかかわらず、歳下の甥であるロトに土地の選択権を譲ります。

 これは今の私たちの世界でもなかなかできないことですが、当時のユダヤの社会にあっては驚くべきことでした。信仰の父と呼ばれるアブラハムの心の謙った姿、真実な謙遜の姿がここにあると言えるでしょうね。

 しかもロトはその提案を拒まずに、潤って見栄えの良いヨルダンの低地を選びました。ロトの心の中には、自分は良い方を選んで当然であり、その権利があるというような高慢の心があったのでしょうか。

 しかし真の主権者である神様は選択を譲ったアブラハムに見える土地のすべてを与えると約束してくださいました。それはアブラハムの思いをはるかに超える神様の祝福の約束でした。

 聖書はこう語っています。

 ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。
 「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。」 創世記13章14節、15節

 一方、見栄えの良い地を選んだロトは、その地の罪の影響を受けていきます。私たちは目に見えるものや価値が高いと思われるものに心が奪われてしまいますね。

 しかし神様は私たちが何を見、何に価値を置くかをそれぞれの人生の中において問いかけてくださるのです。神様はアブラムの謙遜を喜ばれ、祝福の器として彼を用いていきます。彼の謙遜の原点には主の主権を認めた信仰がありました。人に譲ったり自分の愚かさを認めたりすることが難しい私たちですが、神様の前に謙り、神様の祝福を豊かに受けとっていきませんか?

 (PBA制作「世の光」2013.11.8放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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