死の泉 皆川博子 著 (ハヤカワ文庫)(1997年)
文庫で700頁弱の大作、読むのが遅い私は、面白くても一気には読めないので、受け取り方に正確さを欠いたかもしれない。
1940年頃の南ドイツからザルツブルグあたりを舞台に、ナチスのアーリア人種選別育成政策をもとにした幼児収容育成施設、対象はは孤児あるいはシングルマザーの子供たちで、そこの医師でSS幹部でもある男と、彼が妻にした若い女性、養子たち、その本当の父親、彼らがナチスの崩壊、戦後の残党の暗躍などの中で、繰り広げる壮大で奇怪な物語である。
医師は、ボーイ・ソプラノとその特質を大人になっても持ち続けるカストラートへの偏愛があり、それが物語の進行でもキーになっている。
作者の美術、音楽の趣味が強く反映していると見られ、随所にマーラーの「子どもの不思議な角笛」が出てくるけれども、これは物語によくフィットしている。
参考にした多くは海外の文献があるとはいえ、これだけの構成はよほどの知識とこの世界に対する好奇心がないと出来ないだろう。
そしてこの本は、物語にも登場する一人の男がその過去を書いた物語の翻訳、という体裁をとっている。もちろん虚構としてということは明確にされているのだが、こうすることによって読者が、創作であるにしても、自然に読み進むことを可能にしているかもしれない。
ただ、登場人物の誰かに特に感情移入できるということはない。