沢木耕太郎 「流星ひとつ」 新潮社 2013年10月
藤圭子(1951-2013) に沢木耕太郎が長時間インタヴューし、二人の会話以外なにもないという実験的なノンフィクションである。
藤圭子は十代でレコードデビュー、20歳頃に結婚、すぐに離婚、1979年に引退する。これはその引退直前のインタビューである。若くして引退とはいえ、この世界で一通りのことは体験しているかたら、一人の人間として、この世界で生きていくことについて、本質をついて多くの事象が語られている。
歌でなにかを表出することについて別に意識的ではなく、本能的に歌ってきたように言っているが、こうしてあとから語ることになると、その描写も分析も読んでいて正確なようだし、歌うということ、歌い続けるということが、自然に、納得されてくる。頭がよく、適切な言葉を選べる人である。
また、自分の持ち歌、その歌詞について語ることばが面白い。
引退を決心した原因は、喉の手術、それもしばらく休みをとればおそらく治癒したであろうが、長く休むわけにいかず、思い切って手術したら、おそらく医学的には成功だったのだろうが、声が楽にきれいに出るようになってしまい、抵抗感があるところから絞り出すと出てくるあの声が出なくなった、軽くきれいな声が出せるようになってしまった、それが自分としてはしっくりこない、というものだそうだ。
それでやめるのがもっともかどうかわからないが、彼女にこう語られると、歌を歌うことの不思議は受け取れる。
彼女は彼女なりにまっすぐで、それは自己に偽りのないこと、そこは確かなようで、特に最近は歌というものついて考えさせられるところがあるから、一つ一つの会話が、すっと入ってくる。
引退した直後でも出版できただろうが、そうしなかった訳は後記に書かれている。8月に亡くなって、短期間でこの本が出たから、あの沢木としては何かキワモノでは、という感じをもっていたが、そうではなかった。
題名の「流星ひとつ」、彼女が死んでしまったときまさに思ったことも「あっ、いってしまった」。