ショスタコーヴィチ(1906-1975):弦楽四重奏曲 第3番(1946)、第7番(1960)、第8番(1960)
ハーゲン弦楽四重奏団 (2005年録音)(DG)
思い切りよく切り込んで、気合と没入、展開になると自在、読みと技術と勇気とをもって臨んだ演奏は、聴くものをこの作品の深い世界に連れて行く。
この3曲、数年前ボロディン弦楽四重奏団のCD(メロディア)が激安セールで出ていたのを買って聴いたのがはじめてであるが、そのときも第8番は曲のよさを多少理解できた。ボロディンの演奏も良かった。
しかし今回は3曲とも、さらに細かいところに自信を持って入り、また自信を持って表現しており、この曲、作曲家との距離が一挙に近くなった思いがする。
ハーゲンの演奏はここ数年のベートーヴェン中期・後期の何枚かから想像できるものではあるが、さらに繊細・自在というべきだろうか。
ショスタコーヴィチは日本でも一部のクラシック愛好者には熱烈に愛され、今年は生誕100年ということから企画ものCDも多い。
しかし正直にいうとこの人は20世紀の作曲家でも苦手なほうで、有名な交響曲第5番「革命」は耳につきやすいけど辟易、ピアノのための前奏曲(24曲)は深そうだが晦渋でこれからも挑戦が続くといった感じであった。
2年くらい前に交響曲全15曲がルドルフ・バルシャイ指揮のよさそうな演奏・録音、しかも何故か11枚3000円という激安価格ででたので、とにかく買って見て、一番から順に少しずつ聴いた。第1番はやはり才能を感じさせ、第4番、第8番など何かありそうだなと、ようやく思い始めたところであった。
しかしジャンル別でいくと、弦楽四重奏から入るのもいいかもしれない。
ボロディンで聴いた第5番、第6番は何か仮面を被った中期ベートーヴェンといった趣で、ああこれがソビエト共産党との確執の表れか(そうでないかもしれないが)と思ったものだ。
この第7番は最初の妻ニーナの思い出にささげられている短い曲、第8番はファシズムと戦争の犠牲者にささげられている。後でそれを知ればそう思えなくもないが、それを意識しないで聴いても素晴らしい曲だし、第3番には、純粋に音楽の喜びとユーモアさえ聴き取ることが出来る。
録音は最近のベートーヴェンと同じバランス・エンジニアによるもののようで、これまで演奏のスケールの大きさに対し一部余裕の無い箇所があったのと比べ、今回はうまく収まっている。
ところでCDについているリーフレットを見ると、この英語バランス・エンジニア、ドイツ語ではトーン・マイスターというようである。「音の親方職人」、なるほど。