「クリスチャンの一日一日」
「いつもとかわりない何もなかった日だったなあ」「平凡な週だった」「あっという間の一ヶ月」と思う時はありませんか?「何かできたのだろうか」「お役に立てたのだろうか」「少しは前進し向上したのだろうか」と。「日々を重ねただけ」「年をとるだけ」「体はだんだん自由が利かなくなるし」という思いに心が支配されていくことはないでしょうか?
クリスチャンの一日一日は違います。たとえいつもとかわりのないと感じる日であったとしても、体力が衰えてきたと感じる日であっても、私たちの一日一日は確実に、神の国へ歩んでいる日々であり、確実に神の国へ近づいている日々なのです。昨日よりも今日、今日よりも明日、確実に近づいています。決して遠ざかることはありません。そういう意味では充実した神の国への一日一日を私たちは歩んでいるのです。この視点に立つときに、願うような一日であっても、思うようにいかなかった日であっても、どのような一日であっても、「今日も神の国に近づいた」と喜びと感謝をもって終えることができるのです。
「この地上には、永遠の都はない。きたらんとする都こそ、わたしたちの求めているものである。」(ヘブル13:14)
2012/4/29