「心の癒し」
昔の事を思い出します。私がまだ幼かった頃の事、体が弱く,たまに腹痛や熱の為に、布団を敷いて寝る事がありました。その様な時にある老婆が、時々見えて、寝ている私の枕元に来て、ニコニコ顔で「どこが悪いの?」と言って、私の話を聞いてくれました。又私の頭に手を置いて、「だいじょうぶ神様が直してくれるよ」と言って祈ってくださり、又「悪しきを払うて助けたまえ・・・」と歌ってくれました。他の宗教を信じている老婆でありましたが、祈ってくれるということに幼い私の気持ちは、スーウーと楽になったような気がしたことを今でも思い出します。
今では、真の神を知っている私であります。肉体的病いや精神的病いの中であっても、老婆ではなく、死人を甦らせてくださる永遠の全能の主イエス様が共にいて下さり、「子よ、しっかりしなさい」(マタイ9:2)とやさしく語りかけてくださるのです。その信仰生活の中で私は、祈りと賛美する素晴しさを教えられています。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい」(テサロニケ第一の手紙5章16~18節) (M・T)
昔の事を思い出します。私がまだ幼かった頃の事、体が弱く,たまに腹痛や熱の為に、布団を敷いて寝る事がありました。その様な時にある老婆が、時々見えて、寝ている私の枕元に来て、ニコニコ顔で「どこが悪いの?」と言って、私の話を聞いてくれました。又私の頭に手を置いて、「だいじょうぶ神様が直してくれるよ」と言って祈ってくださり、又「悪しきを払うて助けたまえ・・・」と歌ってくれました。他の宗教を信じている老婆でありましたが、祈ってくれるということに幼い私の気持ちは、スーウーと楽になったような気がしたことを今でも思い出します。
今では、真の神を知っている私であります。肉体的病いや精神的病いの中であっても、老婆ではなく、死人を甦らせてくださる永遠の全能の主イエス様が共にいて下さり、「子よ、しっかりしなさい」(マタイ9:2)とやさしく語りかけてくださるのです。その信仰生活の中で私は、祈りと賛美する素晴しさを教えられています。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい」(テサロニケ第一の手紙5章16~18節) (M・T)