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案山子(かかし)

 今朝、テレビを見たら、「今日は24節季の夏至です」と言っていた。旧暦によるものだ。いまに生きる私たちには珍しく、ぴんと来ない表現だが、わからないままに、懐かしさをおぼえる。
 調べてみたら、今日は「菖蒲 華く=しょうぶはなさく」頃とある。なるほど、そういうことなんだと思う。風があり、暑くないので苧ヶ瀬方面に歩いていく。ところが、11時頃からは気温が高くなり、風のない場所に出ると、とても暑い。主に田圃道を歩いて見たが、田植えが済んだばかりなのに、稲の苗が順調に育ち、これからは苗が大きな株になるべく、分割されていく。稲にとっては夏は暑いほうがよい。それにしても耕作放棄の土地の多さには驚く。
 宮沢賢治の「寒さの夏はおろおろ歩き・・・・・云々」は困るのだ。でも、今年は異常気象も考えられる。出来ることなら「避けてくれ」といいたい。

 

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メダカの飼育の容器でオニヤンマが孵化

 近くの家のご主人が、玄関脇でメダカを容器で飼っている。25日、朝、その容器からトンボの幼虫(やご)が羽化、それもオニヤンマだった。羽化後時間が経っていないので、玄関横の壁でで羽をやすめている。まだ、飛翔しないで静かにしている。実はメダカの飼育鉢に(やご)が育っていたとは気付かなかったとご主人の話。気付かないうちに、オニヤンマが卵を産み付けていたことになる。珍しい現象だと思った。

 

 

 

 

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たま駅長 天国へ 和歌山電鉄28日に社葬

  和歌山電鉄は24日、動物駅長ブームの火付け役となった、同社社長代理で貴志川線貴志駅(和歌山県紀の川市)駅長の雌の三毛猫「たま」=写真=が死んだと発表した。同県岩出市内の動物病院で22日午後7時過ぎ、天国へ旅立ったという。16歳2か月だった。

同社によると、人間の約80歳に相当し、死因は急性心不全とみられる。鼻炎のため、5月から療養していた。死ぬ前日に同社の子嶋光信社長が見舞いに訪れた際、立ち上がって、元気な声で「にゃあ」鳴いたという。

 和歌山電鉄は28日午後零時半から貴志駅で社葬を執り行う。葬儀委員長は小嶋社長。駅前の商店で飼われていた「たま」は、2007年1月に駅長に任命された。愛くるしさと物珍しさで観光客を招き、赤字のローカル線は一躍人気スポットに。写真集などグッズの売り上げでも貢献し、13年1月に同社の社長代理に昇進した。
 貴志川線は06年、乗客減により、南海電鉄が運営から、撤退。廃線も危ぶまれる中、新設の和歌山電鉄が引き継いだ。「たま」人気の貢献もあり、05年度に192万人だった乗客数は、14年度には約227万人まで伸びた。(6月25日中日新聞朝刊から)

 猫好きの私は、こどもの頃、雪国の寒い夜中、眠っている深夜、耳もとで「ごろごろ・・・・」と猫が喉を鳴らす。私は隣に母が寝ているが、ねむったまま、左の肩を少しだけ無意識に上げる。猫は「ごろごろ・・・・」を続けながら氷のような冷たい体で頭から潜ってくる。少しの間、自分の居場所確保のため、ごそごそ動くが静かになる。気付くといつの間にか私の両足の間で丸くなって寝ている。現在の散歩コースでも、猫4匹飼っている家の横を意識して通る。運良く遭遇すれば「ニャー」の声と、体を摺り寄せてくる。猫に限らず、犬に代表されるように、動物全般、可愛がれば応えてくれるものだ。 
 

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作ってランチ

 昨日は恒例の「作ってランチ」の日だ。小学校の家庭科教室で。内容は「ごま豆腐、大福餅、春巻き、人参ご飯、汁物」で豪華なものだった。「ごま豆腐」はとても旨かった。昔、修行僧たちが肉食の代わりに作って食べたといわれる。参加者の多くが、食べきれないので、持参の容器などに入れて持ち帰った。私はごま豆腐が特に旨かった。これで参加費:500円也。料理の作り方を教えて頂いた上、自分たちで作った料理を食べる。これも買いものなど、幾日も前から下準備をしてくださる人があってのこと(終わったあとの始末、掃除まで)。昨日の講師は徹底した自然派の人。洗濯に普通の洗剤は一切使用しない。食器洗いも同様、野菜くずも出さないで皮まですべて使い切る。ジャガイモの皮もちょっとした工夫で美味しく食べられる。
 これからの時代、特に日本人としてはとても重要なことだ。私は戦中戦後に育っているので講師の徹底した実践はよくわかる。参加者としては、感謝あるのみ。体にも土、植物、野菜にも無害な界面活性剤のみで充分といわれた。15年以上前に、我が家でもある人に教えてもらって、短期間、野菜洗いなどに使ったことを思い出した。多くの人が実行すれば土、下水、川、畑、野菜などあらゆるところで効果を発揮する。
 
さて、梅雨どきだが、それらしい雨がない。今夜から雨だとの予報だが、集中豪雨はできることなら避けたいところだが、どうだろう。(画像はドクダミ-薬草)



 



 

 

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ささえ会いの家

 昨日。10時頃から正午過ぎまで、地域にある「ささえ会いの家」が花壇の植替えをやった。それに合わせて、庭の草取り、伸びすぎた木の枝、つる草の処理。等々の日常、当番の人ではできないことをやった。前夜、私のところにも電話があったので出かけた。雑草の処理、伸びすぎた木の枝、ドクダミなどの根は地中、深くまで根を張っている。ある程度深くまで掘らないと、根絶できないので、スコップと鎌、それに剪定ハサミを持参した。以前より、この日に実行日ときめてあったようで、大勢の人が集まってきた。
 「八木山自然の会」からも会長を含めて数人がいた。私も一応、会のメンバーに名を置いている。
 大勢の人が集合したので、「人海作戦」というか、普段できていなかった、部分まで、できたと思う。しかし、これから本格的な雨の時期を迎える。いずれ、近いうちに一度覗きにいき、せめて草抜き、伸びすぎた木の枝の選定などの手伝いをやろうと思う。

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ボランタリーハウス 松が丘いきいきハウス

 6月19日(金)は恒例の 松が丘いきいきキハウスだ。(松が丘コミュニティーセンター)10時から12時。
 今回はミュール音楽教室の3名によるフルート、サックス、クラリネット、声楽、を学んだ女性3人組が素晴らしい演奏を聞かせてくれました。代表:サックス、講師:フル-ト、講師:声楽の方々。市内外の各所で演奏会を開いたり、音楽教室をやったりといった活動をしている。トランペットから、各種の楽器もOKといった本格派の人たちだ。集まった人たちは年配者ばかりなので、とまどった顔の面々も。

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白骨温泉で連泊

 先般、白骨温泉で連泊した。初めての温泉。泉質は私の予想とあまり変わらなかった。(若い頃に乗鞍高原にあったよしず張りの露天風呂に入ったことがあるが似ているようだ)野麦峠と上高地の中間あたりになるのかなと思った。松本まで送迎してくれるということで、団体に参加してみた。濃い緑と深い谷底をとてもきれいな川が流れている。山が深いところだ。夜は静寂あるのみ。往復に時間が必要だ。国立公園の中に入っているので、植物などの採集はできない。2日ともに天候に恵まれたので、暇つぶしに上高地まで乗り合いバスで行く。いつもと変わらぬ賑わいだ。少し歩いて、ビジターセンターに入る。さらさら流れる梓川の浅瀬に身を任せている小魚たちや化粧柳を眺めていると、心が洗われる気がする。残念なことにデジカメを持参したのにSDカードが入っていなかったので、画像はない。(画像と記事は無関係)

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田植え

 6月も半ばを超えた。月日の流れは速い。大安寺川の上流にはホタルが飛び交っている筈だ。この土地の田植えは随分と遅いと思う。昔からの決まり事だとおもうが、田に張られる水は木曽川に頼っている。大きな貯水池は多くあるが、その水が、木曽川に頼っている。昔からのきまりで、水利権とかが、しっかりと定められているんだろう。「田んぼ」は固くなった泥を耕し、それをさらに細かく砕いて平らに均して待つ。
 時が来て水が入って来る日を待つ。一斉に水が入ってくる。木曽川の水だ、ため池も大きなものが各地にあるが、そこに張られる水も、もとは木曽川だ。一気に蛙が「ケロケロ」鳴きだすから、自然の力の偉大さに圧倒される。稲の苗は別の場所で作られている。すべての田に水が入りだすと、2日ぐらいで田植えは終わってしまう。全て機械だ。
 高価な農機具を購入して、田畑を少しばかり耕しても採算は取れない。でも何人もの人が共同で、購入すれば、条件も変わる。
 先週、の金土と日曜日ですべて終了している。(この土地の恵まれていることを改めて思う)
 

上は田植え機にのせる前の稲の苗、下はサボテンの花

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幼稚園

 今日も朝から晴天だ。しかも暑い。昨夜は寝ていてもムシムシとした感じだった。スッキリとした目覚めの朝が欲しい。予報では真夏日の気温になるという。日中は外に出ないことにする。朝、公園で1時間あまりグランドゴルフに興じた後、自宅にて過ごす。
 数か月前に隣家の住人が転居した後に、新たに入居した家族がいる。夫婦と男の子2人の4人家族。最近3歳になった子がすこぶる元気な子だ。陽気だし、声もよくとおる。保育園に行かない日は、早朝から元気な声が聞こえて、私ら老夫婦にとっては元気を運んでもらってる気分。
 子供の声が元気の源であるとは、世間一般の家庭では、気付いていない方もいるかもしれない。子供が成長して巣立ったら、職場の近くで所帯を構えるのが当たり前の時代。代々続く稼業があり、祖父母がいて、親がいて、そして子供たちが。 
 家庭として当たり前のことが無くなってどれほどの年月が経ったか。途中で誰かが欠けても、地域の誰彼が手伝ったり助けてくれる。これは日本に連綿と継承され続けた文化。

 その文化が根こそぎ崩れ、無くなってしまったことに気付いて、そして、その失ってしまったことの重大さに未だに気付いていない人の多さに驚く。その中には教育者や国政に携わる人も多い。一部の宗教者にもいると思う。私ら夫婦の散歩道の途中に幼稚園がある。極力その幼稚園の前を通るように努めている。(住宅のはずれにある)前を通るといつも大層賑やかだ。ある時間帯を除けば、ある時間帯とは「給食の時間」だ。それ以外の時間は、いつも必ず、バタバタと運動場か、廊下などを走り回っている。じっと静にしているのを見たことがない。(昼寝の時間もあるかな)これが本来の子供の姿。

 孫のひとりがこの春、高校生になった。高校は進学校だ。入学式で校長先生が、「君たちに約束をする。いい大学ををめざすのなら、スマホは持たないでくれ。そうすれば、塾にいかなくても必ず、私は約束を果たす」と、言われたと聞く。

                    下は幼稚園の玄関に立ててある絵

 

  

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梅雨

 梅雨に入った。といっても昔のイメージと違い、晴天の日が多いように思われるのは自分の加齢の所為だろうか。
 自身はサンデー毎日の故か、月日の経過も曜日も毎朝、カレンダーまたは新聞を、確認しないと明確に認識できない。
いよいよ、本格的に認知症が明確に表面に出てきた。恥も外聞もない。事実はどうすることもできない。
 定期に専門医に薬(皮膚に貼る)を貰ってくるが、効果のほどは分からない。困ってもどうにもならない。

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パソコンが不調

 パソコンが不調のままです。数か月も前からのことですがいろいろと不具合が出ます。ただし、ウイルスに感染といったとでは断じてありません。しっかりと対策は取っています。パソコンを「購入」したのが良くなかったようです。オフイスは「Windows7」これは以前から利用していたものです。VSTAからNECのLaVieに変えてから私にとっては不調の連続でした。作業中に突然画面が飛んでしまったり、思うような画面の構成が出来なかったり、といったようなことの繰返しでした。いつの間にか勝手にUPし「8.1、or8.2」になっています。

 自分の未熟さを思い知らされています。20年以上も前に脳梗塞で倒れて入院、退院したものの後遺症が残っていまして、その度合いが加齢とともに進行しているのが、わかります。当初、このパソコンにもオフイス2007を入れていたのですが、いつの間にかアップデートを繰り返して2008のそれも新しいものに代わっているようです。(また、入れ直します)もっとも、そろそろパソコンもやめる時期とかなり前から考えていましたが、長女が、最後までやめるべきでないと言い張ります。(長女は港区に住んでいて私が定期に病院にて検査などの際に自宅まで来て一緒に行ってくれます)

「喜寿も過ぎ  目標下げた 修正も」

「ウグイスの  音(ね)をききながら  惰眠です」

「喜寿も過ぎ やることもなく 日が暮れる」

以上。私の駄作です。

 

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