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南飛騨の名刹「禅昌寺」

 師走の初旬、南飛騨の名刹「禅昌寺」(下呂市萩原)を訪ねた。下呂で一泊したので少し早めに家を出て立ち寄る。私は過去に2回見学していますが、併設の「歴史資料館」は見ていなかったので、今回はゆっくり見学したかった。しかし、当日は休館日。残念。翌日、開館時間に合わせて出かけた。とても寒い日でした。入館時に写真撮影はOKといっていただきました。見学中、受付の女性が熱いお茶を館内にまで持ってきてくださいました。このような展示室内でのお茶の接待に預かったのは初めての体験である。1200余年の歴史を経て、今日なお法灯を伝えている臨済宗妙心寺派の名刹。それだけに貴重な古美術品、古書画も多く残されています。由緒によれば遠く平安の昔、高僧恵心僧都源信が草庵をいとなみ霊場を開いたことに始まり、北朝五代「後円融天皇」により勅願所とされ、さらに天文23年、「後奈良天皇」より10刹のご論旨を賜り勅願所とされ、幾多名僧知識を排出して宗の内外を問わず心の拠りどころとして広く信仰をあつめている。境内には勅使お手植えの銘木「ゆかりの梅」がいまなお往昔の香りをつたえている。

 雪舟筆「大達磨像」「八方にらみの達磨」ともいわれ、禅昌寺所蔵の古画、古美術中の逸品とされる。雪舟の名作中の一級の傑作とされている。

 

  山岡鉄舟筆の2点と観音堂「円通閣」の扁額(上)下は解説

勝海舟筆 

白隠禅師筆(上)解説(下)

 

 観音堂への通路上にかかっていた。名前はいま思い出せないが、時間を知らせるために木槌で叩く道具。「無常迅」と読める。叩いた跡が歴史の重さを感じさせます。

勅願所としてのご紋が輝いている。

山門(右側)に続く塀。

タラヨウ(多羅葉)の木

  古代インドではこの木の葉に竹筆等で経文を書いたとされる。(バイタラヨウと言われる木か?)葉が大きくて硬い。手の届く範囲の葉の裏にはさまざまな願いごとが書かれていた。訪れた人たちが書いたものだ。「よい人に恵まれますように」「○○大学に入学できますように」などだ。(モチノキ科の常緑高木)

 境内の裏には国指定の天然記念物「大杉」がある。(推定1250年、樹高45m、周囲12m)をはじめ1000年近い老杉の群落がある。歴史の重みを感じる。

 

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師走のカマキリ

 12月8日、今日は散歩の途中、山側の道を通ったらいわゆる雪虫がいっぱい飛んでいた。小さくて白い落下傘のようなイメージもありますが、音も立てずにこの時期に急に姿を現す。「ああ、いよいよ雪の季節だ!」と実感が伴います。「この冬も無事に越さなくては」の思いが出ます。 自宅に着いて気づいたことですが、玄関脇の壁にカマキリが留まってじっと動かないでいるのを見つけた。多分、日が差して暖かくなるのをじっと待っているんだと察しましたが動きません。カメラを向けると目だけ動かしますが身体は動きません。毎年、初夏に狭い庭に何百匹というカマキリの子どもが孵化しているのに驚かされますが、またその都度、薬剤などで殆どは駆除したつもりでも、こうしてこの時期に姿を見せるところを見れば、「来年の初夏にはまた、イッパイのカマキリの幼虫が出てくるんだな」と自分で納得しました。 今日は曇り日で陽は差しません。余命幾日かと思えますが、「必死で生きている」そのことに感動を覚えたことです。大自然の営みの中で見れば、カマキリの一生も人間の一生も、そこになんらの差がありえません。狭いわが家のスペースを共有する住人、カマキリ、アオガエル、小さなトカゲ、みんな仲間です。落ち葉の上に載せた植木鉢を除けてみると急にアオガエルが出てきたりして驚かされます。越冬の場を壊してしまったのです。そのつど、「ゴメン、ゴメン」と心の中で言いながら、元の状態に戻す私です。「さあ、本格的な冬ですよ」来春まで互いに頑張ろうぜ!

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