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自然の力

「サクラは気温に敏感な花だ」以前から思い、頭では納得してるつもりだったが、自分の今の老化した脳では、気持ちだけが先行し、月日をはじめ、曜日、に至るまで、先へ先へと進んでいるように思っている自分だ。
 これはおかしい。思って実行するまでには一呼吸置いてゆっくり考えてからにしないと、困る事態になるぞ!。
 さて、サクラ。ソメイヨシノの桜の見どころはまだ?。開花はしているのだが、まだ一分~二分咲きだ。(自分の住んでる近所の場合)
 ところが植物の種類のひとつでもあるサクラは自らの住む大地の持つすべてに合わせ切って生きている。
 従って、その生きている基盤である土地、気候等、すべてを任せきっている。
これはここの人間にしてみれば、正確につかんで目覚めたり行動をしたりすることにおいて、植物、野生動物、昆虫その他、諸々の生物のもてる力には、人間はとても勝てない。
 道を歩いていて、驚かされることのひとつに、そこが簡易舗装の場合、普通車程度の車が通行しても、すぐにはへこまない。場合によっては、簡易舗装のはずれでは、その下の、地面から舗装を破ってひび割れから、草が少しずつ
芽を出して伸びているのを見た経験のある人も多いことと思う。
 これが自然の力だと思う。
  


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連日の風、寒暖の差

 彼岸も過ぎたのに寒暖の差が日替わり続いている。
やせ老人には身に応えているところ。
 嘆いてみてもどうにもならない。周囲の環境にじっと耐えているだけだ。
自分が初めて体験していることだ。おそらく個人差が大きいことだろう。
 百人の老人がいれば百の生き方をしてる筈だ。このことに付いては平等の筈である。
すべての老人が、それぞれの思いをもって、一年、また一年と重ねていくんだと思っている。
「あと一年、そしてまた一年」とだ。

 

 蕗を植えてたら、少しずつ増えて、相当な量になった。適当に灰汁があることから、
つくだ煮などに

して食べると、美味しい食材だ。まだまだ増える筈だ。↑

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サクラはまだだ

 サクラ前線が北上していると思うが、自分の住むあたりでは、開花はしてるがそれ以上は進まない。
  一気に開いて、そしてやっと満開となるが早いか、少しずつ散り、やがてサクラ吹雪とともに、地面が花びらでびっしりになったところを踏みしめて歩くといったパターンが一般的な情景だと思う。
 さくらのような気質(さっぱりした気性でパッと咲いてパッと散る)という表現もありますが、日本人の性格を表現する言葉として残っていることを思うと大方の人が、頷くと思う。
 今日も近所の公園で9:00時から一時間グランドゴルフを楽しんだが、一角にあるサクラの花はまだ「蕾~一分咲き」といった感じである。昨日も特に午後から寒い日だったからだろうと思う。花はとても敏感で寒かったら開かないのだ。




 

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ソメイヨシノの蕾はまだ固い

 昨日晴天であり、朝からいい陽気だだったので、春を満喫したいと思い家内と一緒に散歩に出た。
この付近ではサクラに限って言えば、染井吉野はまだ一本の木で数輪から20~30輪が開いているが大部分の枝でまだ蕾といったところか。
 でも開花したことには間違いないので気を付けて眺めている。サクラそのものは、どこにでもあるし、めづらしくもないんだが、日本人のはしくれである以上は知らぬ顔もできない。いよいよサクラ前線の北上だ。
 昨日、歩いて一時間ほどの距離にある、花木、果物の木や草花などがたくさん売られている場所まで行ってきた。
草花を数本とブドウの苗木を一本購入してくる。広い面積の場内を見て回っていて、あれもこれもと欲しくなる。
 実際は、自宅に持って帰ってもそのような場所はない。妥協するより致し方なし。
ここはじっと我慢のとき。





 

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桜の蕾はまだ固い

 桜の蕾はまだ固い(ソメイヨシノ)のだが蕾の膨らみからピンクの花びらがみな顔を出してる。
昨夜来の雨で今日はどうなってるか?、不明だが仮に明日、晴天ならば、寒く無ければ一斉に開花するし、満開にも近づく。
 この地域には、サクラの木がとても多く、ヤマザクラも結構多い。山桜はやまの麓近くに多いのが特徴で、ソメイヨシノよりも少し早く開花する。幹の皮を木工細工の容器やちょっとした細工ものに利用されている。ソメイヨシノは川の堤防であるとか、民家の近くに多く植えられているが、ヤマサクラは一般には山に、自生している。小さな実が付き熟すと黒くなり、食べれれるが、種は吐き出さなければならない。私が子供の頃、実家の裏でヤマザクラの枝の一本に桜桃(オウトウ)言っていた黄色の実がたくさん熟した。(接ぎ木による)当時戦争中で食べるものさえ不足した時代。その実が喰いたくて、夏になると子供が寄ってきた。これらの熟した実を野鳥が啄み、山や山林に種をばら撒く。うまい具合に自然は保たれる。(ヤマサクラ↓)





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冷たい風の一日

 朝から冷たい風が吹き荒れいる。
珍らしく、晴天であるのに、春の風。
 「花冷え」という言葉もある。油断は出来ない。
身体を丸めて家の中でも、炬燵に潜っている老夫婦。
 視点を変えて見たらどんな具合だろうなどと、想像しながらの自分たちだ。
先ほど外に出てみたら、予想以上に寒い。
たまたま通りかかった近所の奥様も寒いね。どうしてこんなんでしょうね?。
と言って通った。
 「春は名のみの風の寒さや、葦は芽ぐめど・・・・・」といったような歌がずっと昔に流行ったことがあったな。
いま思い出している。
 ところで自分は昭和12年生まれの老体だ。若い時分に東海地方に学校の紹介で就職した。豪雪で知られた地方で生まれ育った自分だが、このあたりの住みよい、暖かい環境に驚いたことを思い出す。
 こんな環境で暮らせるなら、まるで夢のようではないか?。とも思ったものであるが、日本経済の発展の波にのまれて小さい規模の会社は潰れるという運命にも・・・・。
 やがて自分も納得して働く企業の傘下で働くことが出来た。寄らば大樹の陰だ。定年後一年延長して退職。
そして現在の自分と家内だ。
 ところで、その豪雪地帯の一角に住む療養中であった姉が死亡との報に、予想の範囲とはいえ、そうか、と思いながら出かける準備にかかったところだ。

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春の雨

 昨日からの雨、降りっぱなしでした。
かなりの雨量だったと思ってます。
 数日前から思い立って、玄関前あたりに植えてあった、背丈の低い木を、細い折りたたみの鋸で一本ずつ伐ってきた。
 背丈の低い木といっても、自分で植えて自分で長年にわたり剪定した木だ。根元付近はそれなりに太くなってるから切れないノコギリで切ってても息が苦しくなるし、長続きしない。
 時間はいくらでもある老人だ。

 少しやっては休み、また伐ってはやすみ、の連続だが、結果は出る。玄関前あたりはスカスカな感じになる。
 「サッパリ」した。やれやれだ。新しい家とは違う。
 子供時代に実家で見ていた。やりかただ。豪雪地帯の春3月、締まった雪の上に薪にする木(ブナの木)を木挽やさんが、ブナの大木を切り倒す。その太い丸太を薪の長さに切っていく作業。大変な作業故に慌てはしない。ゆっくりノコギリの刃を研ぎ、雪上の腰蓑の上にどっかと腰を下ろして、幅の広い3角形に近でいノコギリでゆっくりゆっくりと伐り進めていく。慌てたってどうにもならない作業だ。それを見てたことが今回の自宅の玄関前あたりの、作業に応用しただけのこと。プロはプロ並みの仕事をするものだ。子供時代の思い出を呆けた頭から引き出しての作業だ。

             津軽じょんがら節 ↓



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正午前から春雨

 午前、11時ころから、家内と一緒に散歩を兼ねて外出。
苧ヶ瀬池方面に行きたかった、途中で小雨になる。方向を変更し畑や山林、竹林などのバラバラに散見できる小道に出た。
 雨も予想して傘を持参したのでどうってこともないのだが、所謂、春雨という小雨だ。
若いころに見た映画か何かの画面を思いだす。
「月形半平太が料理屋?」からほろ酔い気分で出てきた場面だ。
送って出てきた和装の女が「月さま雨が」と声をかけると、「春雨じゃ、濡れて行こう」と応えてそのまますたすたと歩いていく場面。 
 自分たちは方向を変えて時たま出かける徒歩30分程度の喫茶店へ直行。帰りも最短距離で帰宅。それでも一日分の身体の運動になる。小雨は続く。
 自分は80才台であるが、それ故に日に一回は外で体を使うように心がけている。
じっと家に籠もってたら、じきに歩けなくなる筈だから。身体も 萎えてしまうだろう。
 歩けなくなったら、齢から考えても惨めなものだ。努力してみる価値はあると思うのだ。


                 蕗の薹 ↓ 


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晴天なれど気温は低い

 春に3日の晴れなし、などのことわざもあるようだが、このところ晴天が多い。でも、朝から日没までスッキリした晴の日は少ない。
寒い日、暖かい日、晴れたり曇ったりと入り混じって本格的な春に移るんだな。
 老人の身にしてみれば早く桜の季節が?などと思うところだが、季節は無常だ。
それでもいつかは必ずサクラが満開のときがくる。
じっと我慢の日々だろうが、黙って待とう。
 でもこの時期に満開の桜もある。梅の花がいっぱい咲いてるところを通ったら、サクラが咲いていて、満開が近い状態であるのが小道沿いに見られた。サクラの種類がソメイヨシノとは異なる。
 また、ヤマザクラでもない。

  大木ではないので、改良種かな?。(5日位まえの状態)↓


 

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老人の嘆き

 加齢に伴うさまざまな事柄にうんざりしてる。
「気持ちを上向きに」と日頃心がけてはいるつもりだが、動作、思考力の衰えには自分のことながら腹を立てています。
 それ以前に物忘れが激しい。自分のことながら、うんざりという思いを連日味わっている。
しかも、こういうことには個人差があり、自分よりずっと年長者が体力、思考力、健康面でもはるかに優れている人が結構多い。
 近年は新聞の地方版などに物故者の指名年齢が掲載されることが多いが、そのほとんどの人が、90歳近いかそれ以上の人たちである。
 しかしその反対に、自分よりも年齢の低い人もいることは事実。でもどこまでも自分中心に思うところが、みじめだ。
 家族、世間、社会、国の多大な援助を受けているわけであるが、そこの部分がぬけているのである。これでは人間失格だ。
 こうして、インターネットを通していろいろなことを教えていただいている。
 社会の仕組み、日本という国は今、どういう国なのか?。80年近くもの長い間、戦争もなく、国内の争い事もないので無事に生かされている。
 国民学校の低学年当時のことを思い出すこともあるが、出征する人と、お骨となって帰還するひと
の多かったことなどを思えば現在の社会は何なんだろうとも思うのだが、あれもこれもすべてが年月とともに、去ってしまった。社会の片隅には当時、負った心の傷をかかえたままの多くの人たちがいることを忘れないようにしよう。
 

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