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秋の深まり

 しばらくこのブログ、お休みしてた。理由はただ何となくだ。
さて、秋も深まってきたし、周囲の様相もそれなりに、季節相応に見えてきた。
 温泉に出かけて、そこから、少し足をのばして、以前からなんとなく「一度行ってみたいな」と思っていたところがあたので、少しだけ足を延ばして、行ってきた。元気なころの海外旅行は、ともかく、現在の自分たち夫婦の年齢、立場その他からしても、小旅行ひとつを考えてみても、今日思いついたから、さっそく明日、出かけようとは思えなくなっている。
 結局のところ、自宅でのんびりして、退屈したら天候にもよるが、外での庭いじり、等が多くなる。テレビもいいが、近年、若い人向けの番組ばかり多いように感じられるのだ。
 自分の育った環境(戦後)と現在とがあまりにも違いが大きすぎて自分の身体を適応させていくのにそれなりの思いがあったり、テレビではニュースを見て、時代の変遷(隔たり)を強く意識しながら、現代社会というものを体に覚えさせねばならない。
 さて、秋の深まりとともに「この冬は雪の具合はどんなものかな」と例年どうりのことを思う。豪雪地帯の生まれ、育ち故に、このことに付いては毎年必ず強く思うところだ。
 近年、実家のある地方でも敗戦後から10数年に至るころのようには、大雪には見舞われないようだ。
 自分で藁靴を作って、カンジキを履いて夜間に雪が積もれば、必ず早朝、カンジキを履き雪を踏み固めて道路を確保しなければならなかった。着るものもまともなものがなかった。
 そんな時代の中、戦死した人も多かったし、無事生きて帰ってきた人た人にしても、「ただ大変!」な時代だった。
 時代が流れ、今また、地球上はどことなく、「きな臭い雰囲気が漂ってきているな」と自分は感じている。これは長い人類の歴史の流れの中で俯瞰してみれば、当然だし、どうすることもならないことと思う。
 地球上にどれだけの生物がいるかは不明であるが、人類だけの地球ではないのだからこの先の100年、500年、もっと先の時代のことに付いては、だれにもわからない。
 宇宙のどこかから観察すれば、地球上の1・000年~5・000年~10・000年後がどうなってるのか、気持ちの上では興味が湧く。

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天候

 スッキリしない天候だ。
雨が降りそうだが、今は降っていない。
朝、起きたころには雨だった。しばらくして雨は止んだ。以後は降りそうであるが、現在は降っていない。
 「暑さ寒さも彼岸まで」古くからの言い伝えがあるが、近年は天候のこと、「暑さ寒さ」については予測もつかないことが多い。この地方でも現在雨が降ってるところもあるようだ。
 テレビの予報によれば、明日も同じような天候らしい。そのあともスッキリすることはない模様である。(画像は花餅 奥飛騨温泉で)



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昨日雨が上がって今日は暑い日

 昨夜来の雨も止んで今朝からは好天に恵まれている。
でも秋晴れという感じはないかな?。
 昨日、近くのスーパーマーケットからの帰り道、近道をして土手を登って帰宅したが、細い土手の急勾配の人一人がやっと通れる道の両側のやぶの中。真っ赤な彼岸花が斜面全体に広がっていた。
 普段は全く人目に付くこともなく、芽も茎もわからないのだが、不思議とも思える正確さで、彼岸になると、そのことが義務でもあるかのように、寒暖の差も無関係に咲くくのだから、一面では不思議さを感じさせる力をもっている。葉っぱはなく一本の茎が彼岸になると、急に発芽して、真っ赤な花を咲かせている。
 ごくまれに、薄いピンク色の花も見ることがある。これは薮に中ではなく、民家の庭先や、街路樹の根元など、また民家の前の階段脇に咲いてるのを見かけることもある。
 これからが本格的な秋。収穫の秋だ。コメも野菜も、その他、諸々の収穫が始まる。

 下の画像は中国の西安での1枚。黒衣の眼鏡をかけた人が、もと
農民で畑を耕していて、何か固いものに当たって耕すことが出来ない旨、しかるべき人に申し出た。そこには広大な面積にわたって兵馬庸抗がそっくりうまっていたのである。
 その後は、この人の生活も一変した。博物館の一角に席を与えられている。
 勿論ゆうゆう自適の生活だ。 


 

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季節はすっかり秋

 台風一過、すっかり秋の風情が感じられる。
涼しくなったと思う。
 9月になっても、暑さは厳しい日が続き、これはどういうことか?。などと呆けた頭で考えたりもした。
昨日の台風、風も雨も結構自分の想像以上だった。

 近年、大型台風というのが、自分の住む地方には襲来してないのでそのように感じたものだろう。
いかにこの夏の猛暑が長くきつかったとしても、後戻りはできないだろう。
 天気の良い日に公園で感じることだが、この時期にしては赤トンボがとても少ないということだ。
例年の10分の1も飛んでいない。なにゆえか?。勝手に想像するに、この夏の酷暑のため、トンボの幼虫(ヤゴ)が時期になっても少なかったからだ。極端に暑かったからか、「池や水たまり」の水が干上がって、幼虫がいなくなったのかも?。
 今になって勝手に想像をめぐらしてみる「うぬまじいちゃん」です。
適うことならば、これから、秋晴れの日がしばらく続き、(時には雨もいいが)気持ちのいい涼風のもと「百舌鳥」の「キキツー」の鳴き声を聞きたいものだ。(クラゲ 名古屋港水族館  ↓

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台風の予知が頻繁

 テレビでは今朝からのニュース、予報では、台風の関連が第一になっている。
災害大国日本だ。水害、火災などのほか、土砂崩れ、河川の氾濫、堤防の決壊、橋の崩落など、数えればきりがないほどだ。
 台風がもたらすことにより、被害が一気に増える傾向にある。でも発生する台風には逆らえない。
 家屋や、いろんな施設など、手を尽くせるところは尽くす。あとは、避難しかない。つまり、お任せだ。
 自分がこどもの頃を思ってみると、九月一日は「二百十日」と言って必ず風雨が強く、天候が荒れたことを思い出す。山の栗や柿、ナシなど(現在のように、栽培という感覚がないから)いずれも大木だ。
 「二百十日」日にはこれらの木々をも揺らす。特に梨などの実が落下したものだ。それらを拾って食った。つまり年中行事の一つにかぞえられていたということ。
 ここで宮沢賢治の文(歌)を思い出す。
 「あまいリンゴも吹き飛ばせ、すっぱいリンゴも吹き飛ばせ。どう
どうどうどう」「どうどう」と表現された部分は風の音。
 いづれも隔世の感があるが時代とともに社会も季節までもが変化したものだ。
 今年の夏を思ってみても、大方の人がビックリするほど暑かった。
 自分の思いにしかすぎないことだが、現在の小学生と高齢者との脳の構造を詳しく分析してみることが出来たとしたら、そこには相当以上に大きな変化が現れるのではなかろうか?。
 片時もスマホを手放さない若者から子供、見ていて思うことがある。スマホによる日本国のマイナスの部分がどれほどあって、プラスの面はいったいどの程度あるのか・・・・?。





 

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昨夕の雨で長かった酷暑ともお別れ

 昨日、夕刻の雨のあと急に涼しく感じられる。
長かった酷暑とも思える日々ともおさらばです。
そして、今日は09月01日で暦でいえば「二百十日」、野分だ。
子供の頃を思えば、山村で育っているので、二百十日には必ず天候が荒れたものだ。
 風雨が強くて小さな小川でも岸の草を泥水で被せて流れていったものだ。
そして、山では野栗が熟して実が落ちる。梨の大木にビッシリと付いた梨がバラバラと落下する。
 敗戦後の頃だから喰うものも満足に無い時代だ。
拾って食ったものだ。
 近年、二百十日と言っても強風が吹くとか大雨が降るとかといった ことからはすっかり遠ざかっていると思う。
 今日の気候とカミナリ、雨も降りそうな気配を見ていると、そんなことを思い出すのだ。
 今度こそ、酷暑とのお別れだ。
いずれにしても、近年の気候はは極端から極端へといった変化の連続だ。

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秋ですが今日は寒い

 しばのらくの間、お休みしてしまいました。こんばんは。
やすんでいる間、何か特別なことがあった訳ではない。
 ただ何となく、ブログに手を出さなかっただけのことだ。
 今日は、朝から小雨、降ったり止んだりの天候が、午後は降り続いたと思っているが、ただ少し寒かった。
 雨が降ってるのに外で、なにかをやろうと思う気がしなくて、ブラブラと時間を潰すというのが、今の自分にはふさわしいと思っているのが現実かな。途中で一度(10月はじめに)家内と近くの下呂温泉に2連泊して、近くの山や資料館などの見学を時間潰しに費やした。家にいてやることといえば、まず「断捨離」だ。今までこまごまとしたことで、不要なものは、大抵、捨ててきた筈だと思っていたが、まだまだ結構残っている。

 まもなく、寒い冬が迫って来るころですが、例年、このあたりは積雪が少なくて、特に近年はその傾向が強い。
 この冬についてはまだ全く不明であるが、どうなることやら、地球規模での海流の関係もあるようで、わからないというのが本当のことか?。その前に今日のニュースを見ていたら台風がくる可能性も出てきているようだ。
 北朝鮮の情勢にも目を離せない。

 川柳を考えてみた。
 「ロケットマン  表現したのは トランプ氏」「われ呆けた 夢が膨らむ その前に」

 どうでしょうか?。愚作も極まれりというところです。 俳句を考えてみた


 
「秋冷の われにも 里からコシヒカリ」

 「百舌鳥啼きて 高き電線  凛として」以上、お休みなさい。

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終日の雨です

 いま、15:35時だが今日は終日、降りっぱなしのようだ。
つい先日まで暑さで苦労したのに、今日は本気で寒さを感じます。薄い秋物のシャツなどを引っ張り出して羽織った。

 老人なので、一日ごとの気温、湿度が気になります。
昨日は、たしか名残蝉とでもいいますか、蝉の声をきいている。夜はコオロギの音も。
 気温も高かった。そして今日は寒い。
 気温、湿度に体の方が付いていかないものだということが、この齢になってよくわかった。このことは自分にとっても想定外のことだ。だからといって、どうすることもできない。病院に行く日だけは厳格に守らねばならない。個人差はあるが、自分としてはもっと早く、寝込んでしまうだろうと思っていただけのことだ。(↓は摩周湖、一般の観光バスで行かない反対側からの風景)

 

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秋らしい天候、昼間は暑い

 今日のところは、快晴と言ってもよいだろう。しかし、昼間は暑い。梅雨明け頃の暑さに感じてしまう。
午前、少し離れた場所にある、「何でも屋」といった感じの店(コメリ)に家内と一緒に散歩がてらのつもりで出かけた。
 ところが、出かけた直ぐ後から、猛烈な暑さ、容赦なく照りつける太陽。雲一つ出てこない状態。徒歩で行くのだが約一時間近く費やす。店でいろんなものを見たり、ほんの少しだけ購入したり、でこれも一時間。かえりも一時間。日陰はなく。これは大変と思うが時すでに遅く、日は中天に近い。雲もない。「これは失敗」と思うも時すでに遅い。持参の瓶の水を飲んだり、僅かでも日陰があるとこをでは休む。さすがに九月、ちょっとした日陰はそれだけで涼しい。当分の間、暑くなりそうな日は、外出を控えようと思う。(日よけの傘はもってでたんだが)



摩周湖を一般にみるところの反対側から見たとこだ。(↑)

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雨が降ったり止んだり

 雨が降ったり止んだりの日です。
まあ、しょうがないでしょう。家でテレビ、パソコン、整理などに時間を。
 ところで、久しぶりでPCでのグーグルアースを開いてみたんだが、なんかおかしい。
電話で、専門家に問い合わせる羽目に。すぐに思い出せてよかったのだが、ヒヤリとした思いがした。
 俺も傘寿と言われる日を迎えて、数か月。「まあ仕方がないか」と納得。
 外で庭いじりしたり、土を穿ったり、「あっちの花をこっちに移動など」のことは毎日のように雨でない限り、やっているけど物忘れが極端になった。これは人により差があるが、これも何ともならない。あとは「病院通いで、日が暮れる」。今の病院は些細なことでも、検査する。血液、内臓、腸、頭(MRI)その他で。だから自分のような人間でも生きているのである。
 ところで、北朝鮮が大陸間弾道弾をいつでも、目的地に発射できるようになった。これで、地球上に5~6か国なったと思う。ひとつ間違えれば、人類の破滅につながる。ちなみに日本は大陸間弾道弾をつくる気なら短期間で作れるが、作らない。
 どこの国でも、部族間の争い、大陸では当時(歴史上)の国同士での争い、戦争で血を流し、死んでいった。日本も例外ではない。江戸時代までは戦の絶えない島国だった。大陸から離れていたから、他国から仕掛けられる戦がなかっただけのこと。(荒島岳)


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すっかり秋になった

 9月になって今日はもう4日。自分がこどもの頃のように、野分(のわき)の風が決まった日に吹き、雨もふり小さな小川でもあふれるように水量が増えて、山の栗や梨、その他の喰える植物の実を振り落とすようなことはあまりなくなった。(学校では上級生の書いたポスター「鬼畜米英」がいたるところに貼ってあった)
 大東亜戦争当時の思い出だから、現代に生きる若者に話しても、通じないであろう。
 家で飼っていた馬にやる草刈りを学校から帰宅後に背負い道具と刈った草を縛って束ねる「つなぎ」と称する、稲わらを「すぐって」(藁の芯だけにして先端を結ぶ)それを6本、(そして草を刈って、ひと抱えの束に縛るために)、更に草を刈る鎌を研ぐ。一抱えの束を6把が必要だ。自分の家の持山(草刈り場)まで徒歩で30分ぐらいか?。
 家から少し離れた場所で豚小屋を作り、豚も飼った。農薬の散布 、馬小屋の敷き藁や喰い残しは馬が適当に踏み固める。そのうえで新しい草や、フスマ(精米すると必ずでる)野菜くず等、塩も少し、いれて別の飼い葉おけに水とともに与える。馬も喜んだ。数日に一度、15分程離れたところのある小さな流れが平たんになった場所に馬を連れ出して、空き缶のようなもので水を汲み、藁を丸めて馬の背や、首筋、足、などをごしごしこすって洗ってやる。
 馬も喜ぶ。この馬は農耕馬だ。春の馬耕、秋の収穫期の稲架(はさ)に掛ける稲の束などの荷を背中に載せて自宅まで運ぶ。
 秋は収穫期。稲架の高さは12段あった。最初の2段までは大人が立って稲束をかけることができたが、3段目以上はひとりが稲架に載って下から一束づつ投げ上げてくる束を受けて稲架にかける。稲架で充分乾燥した米は良質になる。
 脱穀も初めの頃は、足ふみ脱穀機だったが、戦後も数年も経つと、電力の事情も少しづつよくなり、また、重油による発動機(かなり重いもの)が威力を発揮してくるようになる。 農薬を使わなかったから、イナゴ、ドジョウ、タニシ、等は極めて有効な蛋白源であった。
 都会から、親戚、縁者を頼って疎開してくる人が一挙に増えて、こどもの数が一挙に増えた。我が家にも分家の分家、一家が疎開してきた。座敷を開放して、そちらの玄関から出入りする。炊事も別に。
 学校の児童が一クラス60人以上に。このクラスを今でいうところの高校卒業したばかりの若い女性だけ。我が家にも学校の先生(女)が下宿する。教科書はなく、ガリ版刷りの資料が2~3枚。 当時から何年経ったのだろう。
 私は、小学生の頃から雪靴(膝までの)を作った。母が喜んで上手だとほめてくれたのが、嬉しかった。
 母は、もっと困っている独り暮らしのおばあさんの家にモンペの膝下あたりが擦り切れないように古い布切れで縫い合わせて私に届けさせるのだった。
 
自分にとって、今は昔の話になる。

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やっと秋が、でも気温は真夏のようだ

 やっと秋がきた。と思ったら、また真夏のような天気だ。赤トンボも最近は見られなくなった。
一時、公園などで見かけたがすぐに見られなくなった。今年私はコオロギを一度も見ていない。
 最近は我が家の空き地に植えてある草花も、来春発芽のはずであるのに、次々と発芽してしまっている。どうしたことか?。ことしは冬が来るのか。雪は降るのか。大都会に住んでいたら、例年と異なる植物の様子などは分からないのであろう。野菜などは、ビニールハウスや温度管理ができる施設で育てているから、まだなんとも思わないのかも。
 私は自然が好きだ。当然、気候にも敏感だ。
 「昔であったなら大変な大飢饉の年だ」。
などと自分勝手に思っていることだ。
 10日ほど前、下呂温泉で2泊3日過ごしてきたが、夕刻であるにもかかわらず、林の中の露天風呂で3種類の蝉が同時に鳴いていた。「3種類の蝉しぐれ」を堪能しながらの露天風呂は贅沢なものだと大満足。 
 自宅で9月中旬に朝、「モズ」の声を聴いたがその後は全く聞かない。 

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いつまでも暑い日が続く

  9月になってからの、台風。もともと、台風に会い、それが原因で大きな被害を生んだとは、北海道では、聞かなかったように思う。
 大雨、川の氾濫など、ジャガイモ、砂糖ダイコンの収穫前に、畑が泥の海になってしまったところも多いように報道されている。
 暑い、暑い夏でした。今日はまだ、暑いけれども風が少し、肌に感じられて秋を感じることができた。
 「暑さ寒さも彼岸まで」の言い伝えがあることだし、まだ、暑くても致しようがないんだけど、体力の衰えも体感(暑さ寒さ)するんだと、実感させられている。つまり、脱力感を感じている日々だ。
 加齢とともに、服薬量が増えることは、当たり前のことなのだが病院、薬とは切れることはない。

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深まる秋

 ここのところ、晴天続き、結構なことだ。私事で、ほぼ連日歩き回っている。
といっても、この老人、大した用件があるわけでは無い。
ただ、幸いまだ歩き回ることは出来るので、健康のため、気分転換のため、暇つぶしのため、もある。
 子供や孫たちも離れたところに住んでいるので、日常は家内と2人で静かなものだ。
 晴れていれば、日に一度は家内と一時間ぐらい、買い物をかねているときは、時間と距離は定まらない。

 平日、雨が降らなければ、8時半より、地区の公園で長寿会の希望者でやっているグランドゴルフに参加。
約2時間ほど、楽しむ。冗談を言ったり、ほめたり、ほめられたりその日、ゲームの出来次第で随分と気分転換できる。、
 それから歩きに出かけることが多いが、日によって、散歩の途中で喫茶店に寄れば(11時までに入店すればモーニングがつく)美味しい「うどん」やホットケーキがでるので、帰宅して昼食時間であるが、そういう日はおやつ程度ですましてしまう。 
 散歩コースもほぼ定まっているので、コース途中の家で飼われている犬、ネコとは殆ど仲良しになっている。
 かわいいものである。家の前を通りかかれば、飛び出してくる。
 暑かった夏、いまは涼しい陽気です。
 夜は日によって、寒い日もあるのでくしゃみを繰り返している。気をつけなければいけない。


 

 

 

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9月も終わり

 今日もいい天気に恵まれました。昨夜も、まん丸のお月様がよく見えた。
そして今日、朝から涼しく、秋らしい天候になった。午前、知り合いの方に家に、庭の木の枝が伸びてしまっていたので、少しだけ剪定(?)してきた。 まったくの素人、小さな「のこぎり」と「枝きりハサミ」を持参して、1時間ほど、手伝ってきた。女性ですが、独居老人、一人暮らしだ。私の住む地区も、独居での1人暮らしが日増しに増えていくイメージだ。それ以前に、8時半から、1時間半位、公園でグランドゴルフに興じる。わたしは1番下手な方だ。

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