松下村塾(山口県萩市)を訪ねることができた。吉田松陰が叔父玉木分之進の後を受け継いで(安政3年)から主宰した私塾。あまりにも有名な史跡ではあるが、今まで訪ねる機会がなかった。
松陰が門下生に講義をしていた建物、現代の感覚で考えると中は極めて狭い。
ガイドの人が指差している場所が実際に講義に使われた部屋。手前は住居。
松陰の薫陶を受けた人たち(門下生)、いずれも歴史にその名を残している。
肖像である。門下生の一人が描いたものという。
実際にすんでいたところ。この奥に講義をしていた場所がある。
「親思う心にまさる親こころ今日のおとずれ何と聞くらん」吉田松陰 辞世の句
松陰神社 松下村塾の側にある。明治40年創立
吉田松陰 通称寅次郎 江戸に出て佐久間象山に洋学を学ぶ。安政1年米艦渡来の折、下田で密航を企て投獄、のちに萩の松下村塾で幕末、明治期の指導者を教育。安政の大獄に連座、江戸で刑死。30歳