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天候

 スッキリしない天候だ。
雨が降りそうだが、今は降っていない。
朝、起きたころには雨だった。しばらくして雨は止んだ。以後は降りそうであるが、現在は降っていない。
 「暑さ寒さも彼岸まで」古くからの言い伝えがあるが、近年は天候のこと、「暑さ寒さ」については予測もつかないことが多い。この地方でも現在雨が降ってるところもあるようだ。
 テレビの予報によれば、明日も同じような天候らしい。そのあともスッキリすることはない模様である。(画像は花餅 奥飛騨温泉で)



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昨日雨が上がって今日は暑い日

 昨夜来の雨も止んで今朝からは好天に恵まれている。
でも秋晴れという感じはないかな?。
 昨日、近くのスーパーマーケットからの帰り道、近道をして土手を登って帰宅したが、細い土手の急勾配の人一人がやっと通れる道の両側のやぶの中。真っ赤な彼岸花が斜面全体に広がっていた。
 普段は全く人目に付くこともなく、芽も茎もわからないのだが、不思議とも思える正確さで、彼岸になると、そのことが義務でもあるかのように、寒暖の差も無関係に咲くくのだから、一面では不思議さを感じさせる力をもっている。葉っぱはなく一本の茎が彼岸になると、急に発芽して、真っ赤な花を咲かせている。
 ごくまれに、薄いピンク色の花も見ることがある。これは薮に中ではなく、民家の庭先や、街路樹の根元など、また民家の前の階段脇に咲いてるのを見かけることもある。
 これからが本格的な秋。収穫の秋だ。コメも野菜も、その他、諸々の収穫が始まる。

 下の画像は中国の西安での1枚。黒衣の眼鏡をかけた人が、もと
農民で畑を耕していて、何か固いものに当たって耕すことが出来ない旨、しかるべき人に申し出た。そこには広大な面積にわたって兵馬庸抗がそっくりうまっていたのである。
 その後は、この人の生活も一変した。博物館の一角に席を与えられている。
 勿論ゆうゆう自適の生活だ。 


 

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不安定な気候

 過日の台風のあと、天候が不安定だ。
昨日もそうだったが、夜間の雨がそのまま持ち越して、今日は肌寒いような感じだ。
 地震があったり、台風、大雨、土砂崩れなど、ここのところ日本列島は災害列島?と思えるほど、よくないこと、あってほしくないことばかりが、次々と起こっているようの思えるのだ。
 秋らしい天候はいつになったら出てくるのか?。
赤トンボが校庭や公園にいっぱい群れて顔面に触れるかと思う瞬間、サッと避けてそしてまた群れる。
そんな風景が頭をよぎる。周辺の環境、田畑や草むら、そして丘や山、川・・・・。
 関東や京浜地方のように人口が密集していないので、現代の都市型生活環境の中では、最適とも思える地区だ。ただ、耕作放棄地が数年前と比べても極端に増えたと思える。
 現在、自分は一応健康だ。この夏の酷暑には、この老体がついて行けず、体調をくずして数回にわたり、総合病院にて検査を受けた。体重が極端に減ってしまっているが、他の面では特に異常が見当たらない(件査項目のうちでは)以上、その結果を信頼するほかはない。


 

 

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季節はすっかり秋

 台風一過、すっかり秋の風情が感じられる。
涼しくなったと思う。
 9月になっても、暑さは厳しい日が続き、これはどういうことか?。などと呆けた頭で考えたりもした。
昨日の台風、風も雨も結構自分の想像以上だった。

 近年、大型台風というのが、自分の住む地方には襲来してないのでそのように感じたものだろう。
いかにこの夏の猛暑が長くきつかったとしても、後戻りはできないだろう。
 天気の良い日に公園で感じることだが、この時期にしては赤トンボがとても少ないということだ。
例年の10分の1も飛んでいない。なにゆえか?。勝手に想像するに、この夏の酷暑のため、トンボの幼虫(ヤゴ)が時期になっても少なかったからだ。極端に暑かったからか、「池や水たまり」の水が干上がって、幼虫がいなくなったのかも?。
 今になって勝手に想像をめぐらしてみる「うぬまじいちゃん」です。
適うことならば、これから、秋晴れの日がしばらく続き、(時には雨もいいが)気持ちのいい涼風のもと「百舌鳥」の「キキツー」の鳴き声を聞きたいものだ。(クラゲ 名古屋港水族館  ↓

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台風21号直撃

 台風21号が直撃だ。
多分、この地方では数年ぶりの規模のものであろう。
 しばらく大型の台風は襲来しなかったと思う。
瞬間最大風速は、35~40m程度だろうか?。
 しばらくの間(ここ数年のうちには)大型台風の襲来はなかったように思われる。
側近の数年のうちでは、最大規模だろうと感じた。
 昔風に言えば、9月1日が「二百十日」。今日は4日だ。
結構ガタガタと自宅もだが、隣家でも物置の扉が開閉して、その音が大きい。
 今は17時。そろそろ強風も終わりです。
 台風も当たり年があって、何回も襲来することもありますが、今年はどうだろう?。

                隣家の庭の桂の木や電線も揺れている

 

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台風の予知が頻繁

 テレビでは今朝からのニュース、予報では、台風の関連が第一になっている。
災害大国日本だ。水害、火災などのほか、土砂崩れ、河川の氾濫、堤防の決壊、橋の崩落など、数えればきりがないほどだ。
 台風がもたらすことにより、被害が一気に増える傾向にある。でも発生する台風には逆らえない。
 家屋や、いろんな施設など、手を尽くせるところは尽くす。あとは、避難しかない。つまり、お任せだ。
 自分がこどもの頃を思ってみると、九月一日は「二百十日」と言って必ず風雨が強く、天候が荒れたことを思い出す。山の栗や柿、ナシなど(現在のように、栽培という感覚がないから)いずれも大木だ。
 「二百十日」日にはこれらの木々をも揺らす。特に梨などの実が落下したものだ。それらを拾って食った。つまり年中行事の一つにかぞえられていたということ。
 ここで宮沢賢治の文(歌)を思い出す。
 「あまいリンゴも吹き飛ばせ、すっぱいリンゴも吹き飛ばせ。どう
どうどうどう」「どうどう」と表現された部分は風の音。
 いづれも隔世の感があるが時代とともに社会も季節までもが変化したものだ。
 今年の夏を思ってみても、大方の人がビックリするほど暑かった。
 自分の思いにしかすぎないことだが、現在の小学生と高齢者との脳の構造を詳しく分析してみることが出来たとしたら、そこには相当以上に大きな変化が現れるのではなかろうか?。
 片時もスマホを手放さない若者から子供、見ていて思うことがある。スマホによる日本国のマイナスの部分がどれほどあって、プラスの面はいったいどの程度あるのか・・・・?。





 

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昨夕の雨で長かった酷暑ともお別れ

 昨日、夕刻の雨のあと急に涼しく感じられる。
長かった酷暑とも思える日々ともおさらばです。
そして、今日は09月01日で暦でいえば「二百十日」、野分だ。
子供の頃を思えば、山村で育っているので、二百十日には必ず天候が荒れたものだ。
 風雨が強くて小さな小川でも岸の草を泥水で被せて流れていったものだ。
そして、山では野栗が熟して実が落ちる。梨の大木にビッシリと付いた梨がバラバラと落下する。
 敗戦後の頃だから喰うものも満足に無い時代だ。
拾って食ったものだ。
 近年、二百十日と言っても強風が吹くとか大雨が降るとかといった ことからはすっかり遠ざかっていると思う。
 今日の気候とカミナリ、雨も降りそうな気配を見ていると、そんなことを思い出すのだ。
 今度こそ、酷暑とのお別れだ。
いずれにしても、近年の気候はは極端から極端へといった変化の連続だ。

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