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作ってランチ

 地域に「作ってランチ」という行事があります。月一回実施。。学校の家庭科教室「料理教室」を借りて行う。私は2回参加している。参加は誰でもよい。参加費は2回目参加のときは100円だったが、通常は500円(ワンコインランチ)という建前になっている。講師は会員の中からその都度、料理の種類などによって、決めているようだが、先般はコープさんから来ていただき、「リンゴの寿司とヒジキと豆腐のあえ物、スープ、更に一品」だった。外部からの時もあるが、内部の人が多いようだ。参加者は多くて大変。先般は40数人。定員をかなりオーバー?。年配の男女が多い。参加費を出して、各班に分けられる。簡単な説明書と当日の講師の解説の後、一斉にスタート。もちろん、準備しておいてくださる方がいてのことだ。調味料、材料その他。出来上がったら、皆さんで「戴きます」「うん」「旨い」誰の顔も満足そうである。

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雨の一日

 朝のうちに(9時30頃から)徒歩で買い物にでた。雨が降り出す前に、自宅に戻りたかったので。ゆっくり新聞に目を通すのが、こんなときの日課だ。知ってるつもりで、実は知らなかったことにきずく事柄が多い。大きな視野で見れば、今の日本の置かれた「立ち位置」とでもいうか、状況が見えてくる。
 これからの日本に100パーセント責任を持つ子供たち、赤ちゃんを思うと、心に波が立つ。絶えずどこかで戦争や、争い事がある。

 加齢のため、あるいは能梗塞あとのため、物忘れが著しい。雨が降らなければ、(月から土曜日)9時~10時半近くまで、公園でクロッケーゴルフに興じている。(家内もいっしょに)。長寿会の男女メンバーで 冗談やユーモアたっぷりに互いに切磋琢磨(?)している。女性メンバーには「節ちゃん、松ちゃん、小夜ちゃん」などとファーストネームで呼びかけながら、奮闘を促す。でも、実際のところは、ゲームの成績は女性メンバーのほうがよい。この世界でも女性には頭が上がらない。「これはこれで良し」としなければならない。

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松が丘いきいきハウス

 今日は地区の老人が主役の「松が丘いきいきハウスハウス」の実施日。コパンから来てくれた指導者のもと、参加者一同、椅子に掛けたままで、あるいはたったままで、ストレッジ体操をした。昼頃まで、参加者一同真剣な表情で、手足を動かした。思うように動かない参加者も当然いる。無理はできないのであくまでもできる範囲で、ということ。「いきいきハウス」は毎月一回行われる。内容がストレッチ体操ということで、参加者はいつもより、少ない。

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春が近い

ようやく「春が近いな」と思えるところです。でも、これか ら「3寒4温」といわれる期間を経て、春の使者がやってきます。雨の日も多くなってきます。
 国府宮のはだか祭、が過ぎれば、本格的な春です。私の実家(生まれ育った地域)附近の積雪量は現在5m位というところ。まだ、「連日降りっぱなし」という ところです。「西に高く東に低い」冬の日本列島では西側(太平洋側)は高気圧に、日本海側(東側)は 低気圧に覆われます。また、 気圧とは直接関係はないのだが、夏にフェーン現象も現れることがある。
 これらは海流の影響だと言われていますが、細長い日本列島、北の利尻島、礼文島から南の宮古島、西表島まで季節、気温、日の出、日没、海水の色まで違う。当然、採れる産物も異なる。北の利尻昆布、ホッケ。南のサトウキビ、パイナップルなど。洞窟で醸す黒糖焼酎、など。ここまでメモって思ったことですが、現在、地球上で一番、贅沢な食事をしている国は日本である。一年中、世界の珍味を食っているといっても過言ではないだろう。敗戦前後はとても貧しい食事内容だったが。
 一番多く食べる人たちは、多分、中国人。大声で話しながら、ジャンジャン食べる。見事としか言いようがない。うらやましいと思っている。

 

 

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冬らしい日々

 久し振りです。本来の冬らしい日々。でも、2月の半ばになってから、日によって 、風のない、暖かい日も混じってきました。私自身は新潟県の豪雪 地帯で生まれ育ったので、驚かないし、まあ、こんなもの、とも思っているところです。しかし、後期高齢者になってからは、一年ごとに、この寒さが身に応えます。昼も夜も、たくさんの衣類を身に纏って、過ごしてます。子供時代の思い出をたどれば、地域は「陸の孤島、松之山」と、言われたところです。冬になれば、数メートル(4m)以上の積雪は当然でした(日当たりのわるい場所では更に多い)。今になって、思い出して納得しています。雪が降れば毎朝でもカンジキをつけて、早朝に「道踏み」をさせられた。それがすんでから、囲炉裏で手足を温めてから、朝食(代用食のみ)を済ませて、学校へ行く(登校)。スゲで編んだ雪を避けるための防具を頭からすっぽりとかぶって。藁で自分が作った靴を履いてでかける。やがて、道の両側の木々が途中まで埋まっていて、新雪の上にノウサギの足跡が何本も交差しながら続いている。誰にも会わない踏み跡をたどる。日当たりの悪い場所では、5月の連休まで 雪が残ります。
  未来を思わず、遠い過去を思うばかりというのは、自分の残りが、無いということだ。(敗戦後、数年の頃のことです)

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