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昼頃からみぞれに

 昼頃から「みぞれ」になった。外は寒そうにみえる。
9時から例によって長寿会有志のグランドゴルフに興じる。(一時間程度)
 昨夜も、寝ている時から(寝ていても)「寒いなあ!」。
老年になってからは一年ごとに冬になると、寒さが身に応える度合いが強く感じられる。
でも、これは致し方のないことであり自分の責任ではない。
 それでも、風が吹きっぱなしで寒いときとはまるで違う。越後の豪雪地帯で生まれ育っている自分としては冬に雪が積るということは、当たり前のことだ。幸い今の自分は、殆どの冬、雪が降らない地域に居住している。
 当たり前といえば当たり前のことだが、今の環境(雪のないor降っても微量)になれるまでは、とまどいもあった。
 冬になれば、緑色の小枝一本が、宝物に見えたものだ。ほとんどの大木は「杉の木」以外、お目にかかることはなかった。
 時代は戦中戦後。履物から防寒具まで、すべて自分で作った記憶がよみがえる。あれから70年以上の歳月が過ぎた。
 ところで「平成」の時代もまもなく終わるが、それまでは、元気で生きていたいと思っている。「昭和は遠くなりました」

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朝は寒い

 寒い日が続いてます。
特に朝は寒いので、痩せ老人には身体全体に応えています。
何とかならないかこの寒さ!。
 下着から防寒対策をしっかりと整えていないと、途中で重ね着をすることになる。
齢はとりたくないもんです。でもこればかりはどうにもならない。
さて、9時から狭い公園での長寿会有志によるグランドゴルフに。(約一時間)
10時30分に家のすぐそばにある別の公園に1回/月巡回図書館が来る。
 先月借りた本を今日は返却する日です。そしてまた違う本を借りることが出来ます。
家の玄関から見える公園なので、有難く便利に利用させてもらっています。

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暖かい陽気に恵まれた良い天気でした。

 日は暦の上では「大寒」になっている。
でも、これは古来の暦の上でのことであろうから近年の気候変動には当てはまらない。
 さて、今日は朝は寒かったと思うところだが、午後にはポカポカ陽気を思わせるまでに好天に恵まれた。
9時からは高齢者のグランドゴルフにしばし興じた。(1時間少々)
 午後はもっぱら家に籠もって家の周り点検やら、猫の額ほどの空き地に立ってみて、暖かくなったら必ずしも良くない陽当たりと周囲に生えている常緑の「タマリュウ」という背丈の低い植物のさらなる増殖法はないか?。でも植物全般に言えることだが、太陽光が当たらない日陰には殆ど芽を出すことはない筈だし、などと考えたり、「ぶどうの苗木」を一本植えてみたいが、陽当たりが必ずしも良くないが?・・・などと思ったりして過ごす。(ぶどうの苗木のことに付いては自分の年齢からして生存中には試食もできかねるだろうと思い乍らである。)
 人の寿命ばかりは本人はもとより、周囲の者にもどうにもならない。
まだ、寒のうちだが、出来ることなら一日でも多く暖かい日差しが欲しい。(老人の思いである) 

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昼頃から雨に

 昼頃から雨に、しとしと本降りになる。
この手の雨は自分は嫌いだ。たいした根拠に寄ることではないんだが、自分の心がなんとなく滅入ってしまうような気がする。
外に出れないので、家の中で滅入っていたが、午後に急遽思い立って床屋さんに行ってきた。
 自宅に帰るとほぼ同時刻に、本格的な雨になる。
これは小さなことではあるが、まあ、ラッキーとまではいかないでも、運がよかったかな。
 まあ、今日も何とか無事に終わりそうです。
 加齢のためか、最近の気温の急激な変化には体の方が付いていけない。若いころ、自分の住む当たりもそ30cm位の雪が積もった年も結構あったと思う。
 近年、降雪が(特に積もるような)なくなった。降るところには降っているのだが、幸いに、自分の住む地方だけを見れば、それはない。

 

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のんびりしているが、外は冷たい風

いま、15:30時。
しかし外は風がやや強く、そして驚くほど冷たい。
暦の上では小寒。大寒は20日になっている。
 こういうことは、信じない自分だが、加齢により暑さ寒さだけは身に応えるのだ。
ただ何となく外の空気が吸いたくなって表で突っ立ってると、知り合いの人が通る。
「寒いね!」互いにあいさつ代わりになった。
 夏の酷暑からは予期できない寒さだ。
「寿命が尽きれば、どうせ死ぬ」覚悟はかなり以前からできていたことだが、暑いとか寒いとかは時限の異なる事柄。
人それぞれにこの世に生まれ出て、それぞれの環境で生きて、そしていつかは必ず死を迎える。
 近年、生活環境がよくなって、日本人の寿命も随分延びたと思う。
 「きんは100歳、ぎんも100歳」とテレビの話題になったのは近年のことに思われるのだが、今は100歳以上のひとの数は随分多いのだと聞く。
 昨日の葬儀でも思ったことだが、孫たちの背丈が自分よりもかなり高い。
 日本中の若者の体格は親からの遺伝子にもよるが、親よりも劣る人はあまり多くはなかろう。
そして敗戦直後の若者のそれと比較してみれば精神面のそれを別にして考えてみれば、歴然としている。
 野生動物の世界を見ても環境によって成長の度合いや、体躯の大きさなどに差があることがわかる。
人間も環境によって変化していくものである。「人も自然の一部である」所以だ。

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少し疲れました

 少し疲れました。
 昨日、長男の奥さんのお母さんが大晦日の夜と元日との間あたりで亡くなりました。
家内と二人で、1月3~4日と出かけて、通夜式と葬儀に。次いで初7日の儀式に出させていただき夕刻帰宅となる。
 古くからの家で、親戚関係者も多いのでご主人様も大変だったことと思うところです。
 孫たちの学校が休みの間であったのが救いだったと思いました。
落ち着いたら、ご主人様にはゆっくりとお休みになられることを思うところです。
 私どもは何かの力になることはかないません。(合掌・・・・)



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正月早々だが、通夜に行きます

 今日は正月早々ですが、通夜に生きます。
長男の奥さんの実家でお母さんが急に亡くなられたからです。
 そして明日が葬儀。岐阜市まで行きます。
 私たち夫婦とあまり年齢が変わらないと思ってましたが、
残念なことでした。

 自分もそして家内も考えて置く時期に来ていると自覚
 しなければならない。



      私の実家付近の雪景色 ↑



   我が家の玄関横の花です ↑ (寒さにつよいですね)

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朝が寒い

 朝が寒い。それは冬だから当たり前のこととして、最低気温の特に低い朝と、予想したような感じの朝であるかである。
 自分が老人であるので、寒い朝はそれなりに寝具も考える。しかし、予想したような寒さの朝があれば予想を裏切る寒さも多い。体調管理には気を使っているつもりでも、裏切られることも多い。頭の方も弱ってきてるから、健康管理は面倒だ。でも生きてる以上、人任せにというわけにもいかない。
 自分で出来る範囲のことは、自分でやらなくてはならない。
頭が呆けてくるということは、実は大変なことなんだって思い知らされている。
 自分でかって予想したようにはいかないのだ。予想より長く生きてるってことだ。





 

 

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雪も降ります

 平成最後の新年を迎えた。
そして今年は途中で元号が変わる。
 天皇陛下が変わるからだ。
西暦だけの暦にしてしまえというわけには行かぬ。
 日本には独自の歴史がある。
その歴史を一気に消し去るわけには行かない。
今思えば、平成という名前が記入されたものをテレビの前で大きく掲げた当時の官房長官(小渕恵三氏?)
を思い出すことが出来た。
 自分ももう少し生きることが(元気で)出来たとすれば、「昭和、平成、??」とを体感することが出来る。
でも、それは分からない。
 災害や気象の変動、酷暑から急激な寒波に至るなど、環境の急変にはついていくことは、もはや遅すぎる体躯になり果てたからだ。
 簡単に言えば、体の方が急激な気候の変動に付いてはいけない状況だ。

 

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