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トランプ大統領

トランプ大統領

トランプ大統領の政権ができた。

  この人の行動、言動など殆どすべてが並みはづれていることから、合衆国の大方の人たちが、さまざまな懸念を持つに至った。
 合衆国大統領として、あまりにもよく知られるリンカーン氏と並べてみても、如何に時代が変わったと思ってみても、(?)だったようである。「日本の総理大臣が選ばれる過程とは基本的に異なる」ので、こうなった。と思う日本人の多くにしても(?)だったようである。

 大統領就任式にいたっても、街ではデモ隊が出たり、といったことが、報道された。

 一般的な日本国民の多くも(?)の状態での就任式だったようだ。
国が変われば、いろいろなことがあるものだ。と、ボケ老人(田吾作)は思っている。

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雪が降りました

 寒い 15日、朝、数㎝程度の雪が、積もっていた。更に小雪が チラチラ舞っていた。降雪があっても、この程度。ありがたいですね。まさに西高東底の典型的な冬型の気圧配置でした。この地域に住まわしていただいているおかげです。
 自分の生まれ育ったあたりでは、有数の豪雪地帯であったことから、私の子供のころは、毎年、数メートルの積雪で苦労しました。豪雪の犠牲になって命を落とした人の数知れず、私の姉の一人も、ある豪雪の年に犠牲になってしまいました。夜間に雪が数10cm以上積もれば、必ず、早朝に母に起こされて、藁靴(自分で作った)カンジキを履いて、道踏みに出たものです。自宅から、集落の幹線道路まで、数日に一回は両隣の集落まで(境界が決められていた)。これは時間がかかるから、大変だった更に学校への通学路もだ。一晩に40cm以上も積もれば、大きな輪のカンジキだ。蓑傘つけて、汗だくになりながらの作業。 
 また、高校の同級生の一人に、兄二人が雪崩に巻き込まれて、亡くなり、昭和30年代の初め頃のことでもあり、家を守るためとはいえ、長兄の嫁さん(未亡人になった)と結婚しています。昔はこのようなケースがよくあったようです。雪の夜道を歩き続けて(午後から)夜、22半時頃になっ て、ようやく兄が婿入りしていた集落にたどり着き、真っ暗な中、夜間遅くに、聞きまわり、兄のいる家にたどり着いて、一晩泊めてもらった。
 家中の人が、寝入ったすぐあとなのに、全員が起きだしてきた。それから風呂を沸かしてくれて、体を温めて休んだ。翌日、朝、帰路に就いたが、昼過ぎまで要した。(高校3年生で私も生意気盛りでした)。

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新年を思う

 1月5日、一般の勤め人の仕事が始まった。
 正月の印象としては、年末に咳が出て、体温も高くなったので、病院に行って診てもらったらそのまま入院させられた。痩せこけた老人が一人、ヌッと診察室に。医師の前の椅子にすわったので、胸に聴診器を当てられた。
 直後に入院との指示。「明日ですか?あさってですか?」これは聞くだけ無駄いうもの。「今からだ」。そのまま入院。これが24日だったようだ。以後、記憶にあいまいな部分もあって、はっきりしないが、途中で幻覚もあったのは漫然とだが思い出せる。退院が29日。どうやら急性肺炎だった。入院して数日経つまでのことは、一部を除き思い出せない。「やれやれ」 「何というこっちゃ」これは自分の気持ち。先方様では日常の仕事だ。
 記憶をたどってみても、幼いころより初めての体験だ。幻覚の中で、暗闇の中で細い光線が一本、自分の頭のなかを貫いているのを、思い出せる。随分、長い時間だったような、短い時間だったような気もするが、判然とはしない。
 従って深夜に、病室の外の廊下を歩ききまわって、夜勤で仕事にかかわって、いる人に話しかけたり、ここは病院だから、自分のベットで休むように注意されたり、している。
 改めて自分のべっとがある部屋の番号付近を調べてみれば、そのころには意識もはっきりしている。「自分は認知症の病棟にいる」と判明。ヤレヤレである。

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