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夏の終わり

 8月も28日、今日は曇だ。午後からは雨か。長くて暑い、暑い夏の日々に比べれば、天国ともいうべきか。今朝からは涼しい。ありがたいことです。しばらく熟睡できない感じの日が続いていたので、昨夜は睡眠導入剤(医師が処方)を2錠服用して休む。おかげでよく寝た。
 暑さの峠も越えたので、これからしばらくの間、読書でもしようかと思うところ。ところで昨日、パソコンをいじりすぎたようで、今朝から
思うように、いうことを聞いてくれないで、お手上げ状態だ。早急にもとにもどさなくては。

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晩夏

 子供たちの夏休みも残りがすくなくなりました。
年々歳々、同じことの繰り返しでもあるが、自分の齢との関係で思うと、だんだんと月日の経過が早く感じられる。
 この夏の暑さは格別であったと思うのは自分だけではないと思う。この辺りは全国的に見ても、平均よりも気温が高いように思える。多治見市は例年、最高気温を記録しているようだが納得できる。いま、正午を回ったところだが、今日も暑い。昨日、大雨が降って涼しかったが、それも昨日だけだったようだ。
 自分では、薬漬けの日常ゆえに、一応、心してはいるものの、それも限度がある。医院でビタミン剤の点滴を数日受けたのも、数年来のこと。

 子供の夏休みについて、残念に思っていることがある。ずっと以前から、朝、ラジオ体操が夏休みに入ってから、10日位で終わりになることだ。この件に関しては大人(特に親側)の怠慢ということではないか。昔と違い、親の仕事の形態も変わり、夜勤の人もいるだろう。でも、そこを工夫して子どもたちに正しいマナーも知ってもらう機会になれば、知域社会にとっても大きなプラスをもたらす。子どもたちにしても成長して、地域を離れても、将来、自分が生まれ育った地がふるさととして心にのこる。私はいま、夏バテだ。

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松が丘いきいきハウス ギター演奏とフラダンス

 8月21日(金)は恒例の 松が丘いきいきハウスの日だ。
 今回は地元出身のギタリスト、音楽学校にて研鑚を積んでいる若い女性の≪ギター演奏≫(ピアノに合わせて)と≪フラダンス≫だ。
 フラダンスは「フラダンスで楽しいひとときを!」と題して出演は「フラ オ レイ ミキオラ」よりプア オレナ 黒田 亮子さん。ピアノ
 澤柳 順子さんの2チームが出演。曲目はフラガールのテーマソング

・アロハ オエ
・エ ピリ オエ
・キ カオ 
などだが、小さなこどもがチームに入っていて、一緒に踊る。(3歳)あまりにも可愛い。やんやの喝さいだ。アンコールにもこたえてくれた。
いつもに増して人気があり、会場は初めから終了まで満員状態。薄曇りの天候で暑さも少し、和らぎ蝉の声が残暑を精一杯伝えてくれていた。この夏の暑さには私も閉口した。地球規模の天候異変のようだし、困ったものです。これから育ち、成人して、日本国をを背負って行く若者、そして子供たち。本当にご苦労様ですとしか、言いようがない。体調もよくない。
 「旅に病んで夢は枯野を駆け巡り」は俳聖 芭蕉の句  だったように思うが、いまの心境は、そんなところか。


   

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終戦の日

 12時を回ったところです。ただいま、武道館で天皇 皇后両陛下をお迎えして、記念式典が始まったところです。多くの犠牲社を出して、何もかも無に帰してしまった敗戦。日本が負けてしまった以上は、ポツダム宣言を認め「無条件降伏」を認めざるを得なかった。東京裁判を経て責任を取らされた当時の国の指導者たち。国際社会の中で、機運に乗って、他国を侵略していった。
 兄たちが召集で家にいない。当時まだ生存していた、父が毎夕、新聞の朝刊を広げて大本営発表の日本の領土が広がっていくのに赤鉛筆で塗って広げていくのだった。(夕刊はあったのかなかったのかは不明だが、豪雪地帯の山奥にまでは入ってこない。当時は陸の孤島 松之山と言われていた)マレー半島の最先端である、シンガポール(日本の淡路島程度の面積といわれる)をイギリスの植民地から解放し、機運に乗ってマレー半島を進軍していった。「シンガポール陥落」は大きな転機。国内では提灯行列までして祝ったと聞いた。(石油などの資源を求めたもの)旅行でシンガポールに行ったときに、展示館に入ったら、入り口に近い辺りではテーブルを介して勝った日本軍が、相手国の軍人を睥睨している。武器を持たずに神妙な顔で頭を垂れている相手国の軍人たち。やがて出口に近づくと、立場が逆転して、丸腰の日本軍の幹部が頭を垂れていて、相手国の軍人の前で神妙にしている。見事な対比ぶりに、驚いたものを思い出す。マレー半島でも日本語をある程度、話せる人がいたのには驚きだ。

 「空気を読む」ということばが流行ったことがあるが、周囲に同調しているうちに、自分の立ち位置がわからなくなったり、希望していない状況になっていることもある。
 70年の年月は永い。中国では日本人とみれば、物を売りつけることに躍起になった。それもだまして偽物を売りつけるのだ。あるいは本物を見せて、実際は偽物、もしくは傷物だ。中国人の場合は、天性のもの。歴史がある。それがなくては、あの「万里の頂上」等はできなかったであろう。

 

 

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暑さは続く、いつまでも

  暑さがつづきます。いつまでも。

 今日は8月10日。降雨が全くなくて、晴天がずっと続いている。

連日、酷暑といった状態だ。私の体温(普段)は36度代であるが、体温よりも外気温が高い日が続くと体調が悪くなるのがここ数年来のパターンだ。体がだるい、力が入らない。食欲が出なくなる。冷たいビール以外は積極的に口にしたくなくなる。

 近くの医院で、点滴(ビタミン剤)してもらうと、かなり楽になる。(数日通うことが多い)。数年来のパターンだ。広島、長崎に原爆投下を浴びせられた日が今年もめぐってきた。

 8月6日と9日も過ぎた。今年、あれから70年という節目の年ということもあり、テレビ放映で何度も同じ場面を放映してたし、自分もそれを見ていた。旅行で広島、長崎共に訪れているが、当然のこと、変わってない。広島の原爆ドームと呼ばれる建造物。長崎の大きく手を広げた石の像と「折り鶴」の多さが自分の錆びた頭に残っている。

 テレビのニュースでも報じていたが、運よく生き残った人も、いるが貴重な証人だ。しかし、当時の状況を説明する証人としては齢を重ねているひとだけだ。若い人でも構わないから、しっかりと勉強して、永劫に伝わるようにして(組織を)戴きたい。
 人類で、しかも日本で2発もの原子爆弾を浴びたのだ。教訓として何としても後の世代に確実に伝わっていくことが、日本の使命である。
 あの戦争で、日本人としてざっと300万人の犠牲者が出ている。決して無駄にはできない。

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猛暑が続く

 暑い。何も言いたくない。ただ暑い。 
 昨日、多治見市で39.9℃(今日の朝刊による)体温をかなり上回る状態だ。私の場合、普段、36~37℃の間だ。一般的に見て低い体質だ。「自分は冷血人間だ」人との会話の中で、言っていることだ。
 多治見市は例外としても、自分の住む地域も多治見に近い。暑いわけだ。昨日、日没前、家の周りにタップリと散水した。撒いた水が乾くまでに周囲の熱が奪われる。結果少しだけ気温が下がるということ。(ゴマメの歯ぎしりに近いと笑われそう)
 この夏の暑さを思って、草花、大きくならない木。など狭いところに、びっしり植えてある。見栄えよりも、この夏をほんの少しでも涼しく乗り切りたい。片隅にミョウガが植えてある、というか数年前からのものだが、緑で涼しさとこの時期にはたっぷりと収穫できる。今年も3回収穫したが、まだ採れる。つまり、涼しさと実益を兼ねている。その分、地下茎の土が乾いたら、まともに撮れないので、毎夕刻にたっぷりと散水を欠かさない。
 今年、戦後70年ということで、例年に比べて、その話題というか戦争当時の生活、爆撃を受け、焼野原になってしまった全国の大都市や軍需工場のあった町や人、戦死者、運よく生き残ることが出来た人たち。広島、長崎のように原爆の洗礼を受けた都市。海外で敗戦を迎えた人たちの苦悩。沖縄の「ガマ」といわれる洞窟の中で、米軍に火炎放射器で焼き殺された人たち。(ひめゆり部隊も)樺太で「皆さん、これが最後です。さようなら。さようなら」との言葉を発信して用意していた青酸カリを飲んで逝った電話交換嬢たち。
 赤紙といわれた召集令状をある日、役場の係りが持ってきたら、本人が遠隔地に住んでいようと、直ちに帰宅し、数日以内に指定された部隊に入隊した。

 

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敗戦から70年

 暑いです。朝、寝ている内から蝉の鳴き声が喧しい程です。梅雨明け宣言が出される前から、暑いのは感じていたが、たまらない。私のように体力的弱者にとっては、先ず食欲が落ちてきて、夏バテを出来るだけすくなくしたいのだが、食べなければと思っても、体が受け付けない以上、沢山は食べれない。子供のいる家庭では、夏休みでもあり、幼児や小学生のいる人たちのご苦労を思うと、自分たちが子育てしてた頃は大変だったが、夢中だったんだと思っている。まあ、これも順送りなんだと思う。この夏は虫が多いようだ。蜂、イナゴのような頭部の尖ったバッタ(キチキチバッタ)カブトムシも多い。予想していたゴキブリは今のところ少ないかな?。猫、犬、狐、狸、穴熊(ムジナ)などは涼しくなる夜まで寝ている。夜行性であるから、あたりまえだが。

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