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櫻 サクラ さくら(2)

 さくら(ソメイヨシノ)今日は満開だ。早朝に見に行ったら、八部咲きといった感じだったが、昨日に続いての暖かい陽を浴びて午後には日陰をを除き全開。

 

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櫻、サクラ、さくら

                八木山のヤマザクラ


               山頂のミツバツツジと苧ヶ瀬池の鯉(下)

 いい陽気でした。グランドゴルフの後、八木山へ。山麓から、ウグイスが盛んに啼いてくれている。頂では夏山特有の蝶たちが乱舞している。いい気分で山を満喫でした。

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雨で屋外に出る気がしません

 朝から雨降りだ。特別な用件もないことから、一歩も屋外に出ない。この時期の雨はとても 大切なものです。田圃や畑、あるいは豪雪地帯には融雪を促す。
 豊富な雪解け水が地下に潜り、濾過されてチョロチョロとあるいは一滴、また一滴と溶けて流れて小川となり、谷を経て平地を潤す大切な水源だ。ときに災害を巻き起こすこともあるが、地球上の生命あるすべてに今日を、明日を、未来を保証してくれます。このことは、人間に例えれば、子供が授かった夫婦が、生まれたばかりのアカンボについて、すべての責任を持たねばならないのと同様だ。また、アカンボは大人になるまで育てて貰ったら、今度は自分で社会的な責任を負わねばならない。文明国であれ、未開な社会であれ、変わらない。
 間もなく全国的に雨量も増え、川の水量、流れの速さなど、変わってくる。          
 この時期に想い出すことがある。若いとき、旅行でスイスに行った。ユングフラウ.ヨッホへ登山列車で登り、氷の洞窟を抜け、頂上直下の雪原で遊び、帰るとき気付いたことだが、ロープウエイの終点駅の真ん中に日本の「赤くて丸い郵便ポスト」が鎮座していたのだ。誰がこんなことを思いつき、実行に移したのか?。恥ずかしくも、悲しくも思った。ロープウエの駅で絵ハガキを買うことが出来るから、そこから、国内の誰か宛に投函はできるが、正直、恥ずかしい思いをした。麓の駅前に日本のラーメン屋台を示す赤提灯がぶら下がっていた。がっかりである。町を少しだけ歩いて見て思ったが、春だったので、雪解け水を満々と湛えた川が、凄い勢いで流れている。柵がなくて細い鉄棒が道の端に立てられていて、横に太めの針金が2~3本通してある。大人も子供でも簡単に通れる。驚いたが、習慣の違いと、自己責任の考えが徹底していることが、良く分かった。
 大自然の摂理には従わねばならない。
ところで、近年、災害を含めて海外での事件が報道される。飛行機、客船、列車なども。これらについては、日本にいても例外はないと思う。これからのことになるので、若者や、こどもたちのことを思うと複雑な心境になる。(画像はアケビの蔓と小さな花)

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サクラは馬鹿ではない

 サクラは馬鹿ではない。地下では随分前から、しっかりと準備しているが、時期が来るまでは開花はしない。私のように、蕾が膨らんだらすぐにでも花が開くと思うやつが馬鹿でした。今日の昼前、中学土手、苧ヶ瀬池畔でもほんとに部分的に開花だ。当然だ。植物が時期でもないのに目を出したり、花咲かせたり、枝葉を伸ばすはずがない。

ヒメオドリコソウ

中学土手のサクラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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櫻 開花

 午前中は、まだ、風が冷たかったが午後はいい陽気になる。この天気はあと2日続くとの予報だったと思うので、楽しみだ。午前、苧ヶ瀬池畔のサクラは開花しているが、まだ、一部咲きというところ、午後、気温上昇に伴い、明日以降も昨日までのような寒波はないだろう。自宅前の公園土手のサクラもほぼ同じ。散歩で田圃道など、歩いて見ても、どこでも花でいっぱいだ。いよいよ春全開だ。心ウキウキだ。この時期「ヒメオドリコソウ」が田圃道などにビッシリと。名前だけでも楽しくなる。

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この寒波、どうなった

  この寒波。どうなったのか。開きかけたソメイヨシノも蕾みに戻った。昨夕からの風もあって体感温度はさらに応える。今日は散歩に出かける気分にならない。午前、長寿会の仲間とのクロッケーゴルフに一時間半程度、あとは寒いので自宅で「画像の整理」でも、と思ったが結局は炬燵でテレビの前に。こんなときのためにと図書館の巡回図書を借りたのがあるのだが、何かと腰が落ち着かない。「ああ、人間、齢を経るということは結局こういうことなんだ」と自分で嘆いたり、なぐさめたりだ。ここまで書いて、ふと思い直す。やっぱり歩きに行こう。春三月だ。いざ、出発!。
(追加) 一時間程歩いてきた。出来るだけ早く歩いたので、寒さは感じなかった。苧ヶ瀬池の波は風で台風
並(?)といえると思えた。

 

 

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作ってランチ会

 今日、「作ってランチ会の日、小学校の家庭科室(料理教室)を借用して実施している。月一回の開催だ。といっても私は今回で3回目の参加。できれば毎回の参加を目指したい。50人近い参加者が指導者のもと、「ワイワイがやがや」と賑やかに指導者(同じではない)のもと、テーマに沿って作り、出来上がったら、「戴きます」「旨い」「ごちそうさま」というパターンだ。主に中高年の男女、50人近い参加者。毎回、定員いっぱいだ。今日のテーマは「簡単ビビンパとわかめスープ!」。料理本などによる一般的なレシピは、あるが、家庭ごとにアレンジされている部分があるはず。その部分を前面に出して、進めていく。会費500円(一回)近年、どこの家庭でも、少人数、したがって普段は食事の時間も静か。私が子供時代のように、食料難とは違い、贅沢な食事である。囲炉裏の自在鍵にブラ下げた鉄製の雑炊鍋(イモ、カボチャ入り)をかき回すようなことはない。齢の故か事あるごとに、昔のことが頭をよぎる。大勢で食べると特に旨い。しかし、後かたずけがある。一般参加者は、簡単に済ませて帰宅するが。結局、翌日に食器類、テーブル、レンジなどをきれいにしてくださる人がいて、成り立っている。感謝あるのみ。
 全く関係ないが、今日は昨日までとはまるで違って、寒風が吹いて「彼岸の中日が過ぎたのに、この寒さ!」という感じでした。

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暑さ寒さも彼岸まで

 お彼岸の中日もすぎて、本格的な春。櫻(ソメイヨシノ)の開花も各地で始まったようだが、後は「満開の花」を待つだけ。最高。の季節です。この齢になって、なんとなく心うきうき、といった気分だ。今日は、朝食後、すぐ近くの「長寿会管理の花壇」の草抜きをした。この陽気になれば、「雑草の種、根っこ」も一斉に活動全開。3日も放って置けば、のちの管理が何倍にもなる。それは自宅の「猫の額と呼んでいる」空き地も同じこと。かといって、公園に除草剤を散布することはできない。一人で作業を続けていると、公園の土手の上、中学校のグランドから、早朝練習の野球のボールが飛んできた。ボールを拾って、土手の上、グランドを囲む柵の中まで、全力投球するも届かない。またボールを拾って、土手についている、狭い階段を上り詰め、柵越えにボールを掛け声をかけながら練習に励む部員めがけて放り込む。部員も指導者も、誰も気づかないが、これで良しとする。そして、今日は「鵜沼宿 春祭り」例年のごとく、お茶会、木遣り音頭 それに今年は、姫行列というのも、あるということで、着飾った娘さんも多い。好天でもあり、例年以上の人出だ。私は酒蔵での試飲会をたっぷり、楽しんで、早目に帰宅する。

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ささえあいの家

 地域に「ささえあいの家」がある。オープンして一年。今日は一年目の記念日。とても大勢の人たちが集まった。陽気もよく晴天に恵まれて、良かった。一般的なセレモニー、餅つきもあり、大正琴の演奏もあって大盛況だった。市長も遅ればせながら参加した。もとの住人が転居に際して、「地域で無償で使ってくれていい」。ということで発足した施設だ。全くのボランティア活動による運営だ。昨年オープンして間もない頃、屋内はともかく、屋外(庭)まで手が回らない。その頃、私はスコップ、鎌、ツルハシなどを持参して、通った。初めは「八木山自然の会のメンバー」数人で、木の根っこ掘り出し。その後は花壇を作りたいということで、私は雑草の蔓、ドクダミの根っこ堀り、土の掘り起し、等に通った。花壇予定地の土の掘り起しも結構おおごとだった。そして、庭木の剪定も。しばらく間を置いて、見に行くときれいな花壇が出来上がっていた。デザインにもこだわりの跡が見える。「良かった」素直な感想だ。屋根を庭にせり出してくれた人。門柱、門扉を手配、作ってくれた人。今は立派な「ささえあいの家」として機能している。困った人がいれば、相談に応じる。パソコン相談なども。出来ることは極力早急に解決する。現段階ではそこまで行ってると思う。とりあえず一年経過した。後は予算次第だが、やる気のある人が多いので、3年後、5年後、どうなってるか楽しみだ。日常は当番制で、隣家の肥谷 順子 さん。近くの元小学校長だった清水 孝子先生の毎日のご尽力には頭がさがります。 

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松が丘いきいきハウス 3月

 今日は「松が丘イキイキハウス」3月の実施日。地区コミセンで予定どうり、大谷泰史氏によるエレクトーン演奏(大谷氏は私の記憶では今回で2度目。ベテランだ)1時間30分きっかり、演奏を聞かせてくれた。そのあとは参加者一同、いつものように全員で大合唱だ。思い切り、大声をを出して解散。それでみんな満足。終わりだ。イキイキハウスもボランティアで行われている。出来るだけの協力はさせて貰っているが、有難いことです。

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春に3日の晴れなし

 「春に3日の晴れなし」どこかで聞いたような気がします。天候が目まぐるしく変わるということでしょう。この雨が、日本にとって、絶対に必要です。乾季、雨季といった季節の分け方のない島国にとっては、今の雨(草木が芽吹く)、そして夏の暑さと夕立に代表される雨。米や植物が成長するに欠かせない梅雨と、それに続く猛暑。ときに災害をも、もたらすが、太平洋に浮かぶ島国、日本列島。すべて天の恵みと受け取る。樺太から沖縄の尖閣まで細くて長い岩礁(といってもいいかもしれない)で成り立っている。知床半島の北端の丘に立てば、戦争のどさくさに紛れてロシアに不法占拠され、伝来の地を追われて稚内に住み着いている人たちが、朝夕、波間を眺めて、望郷の想いやみがたく、暮らしている、その意味がよく解る。お墓は当然現地にある。戦後は遠くなってしまった。何とかしなければとの思いは強くても、相手のあることだ。ロシアは樺太に空港を作るという。一大都会と港を作る計画だ。一方、尖閣諸島、こちらも大国中国のゴリ押し、小競り合いがいつまで続くか?。小国日本の口惜しさ。何とかならないか。自衛隊が頻繁にスクランブル発信をつづける。さらに、島根県の竹島。こちらは韓国が相手だ。いずれも終戦のどさくさで、連合国側の同意もないままの占拠だ。島国、日本の悲哀。いまさら戦争はできない。

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雪の朝

 昨夜から湿った雪がボタボタと落下してたのは承知。今朝は3cmほどの積雪だ。
豪雪地帯の生まれ育ちである自分には、特に感慨はない。でも、そうでない人もいる。サンデー毎日の自分故に、気楽なもんだ。参考までに生まれ育った実家周辺の定点観測地点(役所の支所前)での10日、9時現在の積雪は383cmとある。この冬は平年並みといったところか?。

住宅庭の花桃が満開だったが、すっぽり雪が。(上)と池に写し出された八木山三山  

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萩の町、松下村塾

 テレビで「花燃ゆ!」のタイトルで放映されているドラマ。吉田 松陰は30歳で処刑されている。でも、その教えは今に確実に伝えられている。11歳で藩の殿様(小さな藩)に講義していたという。勉強が好きだった。本をたくさん読んだ。もちろんであるが、漢籍などより、視野を広げること。そしてより多くの人が平和に生きることが、できるようにとの思いが伝わる。今の私たちも、テレビのバラエティー番組に洗脳されないように、努めて意識しなければと思う。



                                    松陰先生 辞世の句 ↓


                                    

                志士たち ↓                                






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啓蟄

 暦の上では今日は啓蟄。地中の虫たちが、地上に出てくる頃ということ。だが、この季節、寒暖の差が極めて大きく、真冬の寒さになるこも、当たり前。寒さと暑さが嫌いな私にはよくわかる。数10年前の春、櫻が満開になってから、真冬のような寒さが何日も続いたことを思い出す。例年なら、桜満開ともなれば、誰でも「心ウキウキ?」、だが、その年は昼も夜も寒かったかった。夜桜などでお酒を飲んで騒ぐこともできない寒さ。結果的には桜満開のまま、花びら一枚も散ることも無く5日程も続いたように思う。当時、犬山に住んでいて連日、桜並木の道を通っていた。近年、不順な天候故に、気象庁でも「サクラ開花予想」を出さなくなったのか?。私がテレビで見ないのか、「高知県の〇〇岬が3月〇日」など。子供時代の正月、「花札」で3月は桜だったことが納得できなかった。高山市で小正月に「花もちを飾る」が、それはやったものだ。豪雪地帯の3月は辺り一面の雪。したがって桃の節句にも無縁だった。クラスの誰かが、登校途中で樫の小枝を手折ってきた。みんなで順番に手に持たせてもらって、白い世界にある緑の魅力に驚いた記憶が蘇る。

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ひな祭り

 3月3日、雛祭りの日、近年、町おこし、商店街の活性化などの目的を重視した、いろんな行事が山里にもある。古い時代の行事を復活させるとか、過疎化に悩む町や村が多くなってきました。私の生まれ故郷も、超過疎で、限界の集落というべきだ。もちろん、住民は懸命に 生きている。古い時代の、土雛を見るとそんな時代を想い、懐かしくもあり、ホッとすることもある。


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