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円空さん入佛の地



              円空さんのお墓 ↑


                
                円空さん入仏の地    

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この暑さは何だろう

 この暑さは何だろう。
梅雨明けの知らせも聞いた覚えがないが、カンカン照りでとても暑い。
昔の、というか数十年前の頃を思ってみるが、6月の暑さはこんな暑さではなかったと思ったりする。
しかし、今日は6月20日だ。
 暑くて屋外に長時間いたら、どうにかなってしまいそうだ。

家の周りで何かをやろうと思えば、麦わら帽を手放せない。
 自分の感覚から思うと梅雨明け直後の天気を思い出す。
 社会にもそれなりに変化もあろう。例えば日傘とか、麦わら帽子は手放せないと思ってる屋外作業の人も増えてる筈だ。
 自分は朝のうちに外でやりたいことはやって、あとは夕方涼しい時間になってから、散水などに取り掛かる。
いづれにしても異常気象に思えるんだが、日本列島全体を俯瞰してみたら、大したことではないのかも。

     美濃市は美濃和紙の里、「和紙会館」という立派な資料館がある。↓


 
     美濃 和紙を使って近づいた花まつりの準備が進んでいるところ(上)

          円空上人塚
 ↓(この塚の下に入仏している)



         円空さんは似たこの塚の下に入仏している
               


            円空さんの墓     

    
             

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関市は歴史、刃物、円空さんの町 

 岐阜県関市は歴史の古い町だ。
 いまは刃物の町として立派に通用してるが、例えば「刃物会館」?があって、そこではいろんな刃物が見学できる。炉の中に赤々と火が燃えていてその中に鉄の塊を入れて焼く、十分に焼けた鉄の塊を鋼鉄の上で力を入れて叩いて少しずつ刀の形に整えていく。購入もできる。私も毎日のように使用してる「カミソリ」使い捨てのものでも驚くほどの切れ味である。
また、変わった小物では「鼻毛切」というのがあって、購入するときは所詮子供の玩具だろうと思っていたが、一回使用してみたところ驚いた。これはすごい、本物だ。認識を改めさせられた。
 時節柄、製品はすべて本物であるので、値段も安くはないが、実際に使ってみれば納得できるものばかりだ。
 年に数回だが、自分の住む町のスーパーマーケットにも関市の「刃物やさん」が出張して宣伝を兼ねて店を広げていることもある。
 例年秋だったと思うが、「関市刃物祭り」があってそこでは刃物販売のほか、包丁研ぎを無料でやってくれていたのを思い出す。自宅で切れなくなった包丁を持参していくと「決まった場所で預かってくれ、帰りに切れるように研いで渡してくれた。いまも、同じようなことが行われているかと思う。
 また、実演の時間になると、真剣を使い、孟宗竹や藁人形を立てて置き、すごい速さで斜め輪切りにする実演を見せてくれた。
 四方が階段状になった席の真ん中で刀をつくる実演も見た。中が薄暗い中心の炉の中で鉄の塊を真っ赤に焼き、大きなハンマーでたたいて平べったい板状の鉄に、そして徐々に刀の形になるまでたたき続ける。
 やがて、きれいに刀の形になるまで整える。
あとは、砥石を使って研ぐだけ。関市の長良川




 
古い時代の建築物の後にはこのように「印」がある。

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植樹祭

 先般、天皇皇后 両陛下が愛知県で行われた植樹祭に出席された。もちろんテレビでも報道されたが、
私は興味深く見ていた。
 それは自分が現役で働いていたころ、愛知県犬山市に「昭和天皇ご夫妻」がおいでになったからである。
目的は犬山市にあった「財団法人日本モンキーセンター」にサル類(霊長類)を見にこられたからだ。
 その後、間もなく皇室の方々が次々においでになるということがあった。
 両陛下が旅で「モンキーセンター」に見学でお越しになられるということは理事長以下、従業員の末端に至るまで名誉なことと思った。
 その時も愛知県で実施された植樹祭にご出席される目的で来県された。
 そのようなことは通常あり得ないし、計画もおおむね一年ほど前に決まるように感じたものだ。
 まず、モンキーセンターの近くで車列が通過する道路でへこみがあったり、枯れた「赤松の木」などは、すべてきれいに処理され、薮の奥まで見通せるように雑木の伐採も。園内のマンホールの蓋までめくって点検。
 前日の夜は職場の近くの宿泊所に従業員の一部は宿泊となり、当日の朝は真っ暗いうちに出勤。正面の門の前には県警の人が幾人か待機していて、宿泊所から出勤した従業員に対しても一人ずつ身分証明の提示を求められるのだった。
 天皇ご夫妻の御行啓とは、「これは当たり前のことではない」ことを思い知った。

 飛騨で行われた植樹祭の会場跡
 ↓

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梅雨の晴れ間

 昨夜はカミナリがとどろき、かなりの雨が降った。
今朝はそれなりに好天に恵まれたが、「日差しはチョッピリ」といった感じだった。
今日は特別なことはなかったが、「青紫蘇」やたらに増えていたので、夫婦で葉をちぎって、ビニール袋に入れ冷蔵庫に収納。
 これは結構利用価値が高い。ビッシリと葉を広げているので、ほかの雑草が生えてこないのだ。
「天ぷら」にして食べるのが、自分は好みだが、秋の始まり頃だろうか、細かい実がいっぱいつく。頃合いを見てその実を指でしごいて「ざる」にとり、食塩を混ぜて広口瓶に保存する。以後、時々食事に出して少しずつご飯にまぶして食す。しそ
真夏に「ソーメン」を食べるとき、青紫蘇を細かく刻んで「ソーメンつゆ」と一緒にまぜて食べると旨いのだ。
 広口瓶(海苔のつくだ煮用)などで冷蔵庫で保存して時季外れに青紫蘇の香りを楽しめる。







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本格的な雨

 昨日も、深夜もだったが、本格的な雨か?。
ただ、それだけのことで気分が塞いでしまう自分だ。
少し前からの天候が、晴れの日が多いので、そのことの反動が怖いと思っていた自分。
  一般的に見て、物事のすべてに表裏があることから、それぞれの地域の気象条件は山やその高さ、気流の関係などで、変化する。
 登山が好きな人の場合、前日に登った山の頂上付近で(山小屋の前)でご来光を拝するといった、ことが一般的なことと思うが、せっかく前日に苦労して登った山の小屋で明朝は雨または曇り空ということが、はっきりわかったら、楽しみも朝を迎える前に減ってしまう。 
 老人の一日も「サンデー毎日」であるが同じような日々の繰り返しだ。 
 夜中や早朝に寝床の中で、「外は雨とはっきりとわかる」ときは気分的に盛り上がらない。
 当然、睡眠そのものが浅いのも事実だし、気分も盛り上がらない。
 梅雨本番だ。











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本格的な雨

 昨日も、深夜もだったが、本格的な雨か?。
ただ、それだけのことで気分が塞いでしまう自分だ。
少し前からの天候が、晴れの日が多いので、そのことの反動が怖いと思っていた自分。
一般的に見て、物事のすべてに表裏があることから、それぞれの地域の気象条件は山やその高さ、気流の関係などで、変化する。
 登山が好きな人の場合、前日に登った山の頂上付近で(山小屋の前)でご来光を拝するといった、ことが一般的なことと思うが、せっかく前日に苦労して登った山の小屋で明朝は雨または曇り空ということが、はっきりわかったら、楽しみも朝を迎える前に減ってしまう。 
 老人の一日も「サンデー毎日」であるが同じような日々の繰り返しだ。 
夜中や早朝に寝床の中で、「外は雨とはっきりとわかる」ときは気分的に盛り上がらない。
 当然、睡眠そのものが浅いのも事実だし、気分も盛り上がらない。
 梅雨本番だ。













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空模様は梅雨状態だ

 昨夜の雨も結構つよく降っていた。
いまも小雨が降ったり止んだりで、スッキリしない日だ。
 予報では「こんな日がつづき、梅雨になる」でした。
いつ、気象庁の判断が出る?(東海地方)なんでしょうが、もう梅雨入りで間違いはなさそう。
そんな予感がしたので昨日、家の周りを片づけて植木の剪定(何本もないが)も何とか済ませてある。
  昨日は気温も高くて、老人が、長時間、屋外での作業は出来ない程の暑さだったから、手抜きもあるが、狭い範囲のことだ。簡単に終わる。

 梅雨が過ぎて真夏の暑さを乗り切らねばならない。



 

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梅雨入り前の晴天

 「梅雨入り前の晴天だから今日の晴天を大切に使い切ってください」
今朝のテレビの天気予報を聞いてたら、概ねこのような内容だった。
 予報どうりの好天で、布団毛布まで2階のベランダも隙間なく使い切って、「布団」まで干すことが出来た。
真夏に劣らない程の暑さになったようです。
 ところで、明日からは本当に雨の日が多くなるのかな?。などと思いながら。
屋外に出ると「ビリビリ」と思えるほどの暑さが肌を刺してきます。
「もう夏か」半年が過ぎてしまうのだ。「ボー」としてはいられないんだ。
気持ちだけは盛り上がるが具体的に「何をどうする」ところまでは考えられない。これが現実だ。

 

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好天続きでいいんだが、そのあとが心配だ

 今日もいい天気だ。
自分は雨降りよりも晴天の方が好きなんだけれど、そのあとが気になる。
 すべては大自然のなせる業ではあるが、何事も、人の能力を超える分野だ。
適当な時に適量の雨と陽光とが降り注いでくれれば、最高なんだけれども、地球全体のバランスやら、いろいろと難しい法則もあろう。人類だけを考えても太平洋上の島国である日本と、反対の気候の国々とだけでもまるで異なる。

 かなり前に、ニュージランドの南島に観光で行ったことがあるが、日本の真夏の季節に、真冬の衣類、をいっぱい持参しての旅だった。
 南極の永久凍土が溶けて、大きな氷壁が海に崩れ落ちる場面をテレビで見ていたが、すごい勢いで崩れ落ちるものだ。
 地球と言えど永久、絶対ではない。いまある自分を感謝して、日々を前向きに生きなければならない。







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梅雨が近い

 良い天気になりました。暑くもなし、寒くもなし、普通の動きをしている限りは、申し分のない陽気だ。
このブログも拙いながらも結構長く続いています。我ながら不思議に思ってます。
 何に挑戦しても長続きはしなかった自分だが、このブログを始めてからは、何とか続いてるのだ。
有難いことと思っている。
 見てくださっている人もいることは承知、それも人気のブログのように多くの人に見て頂いてないことも
承知だ。老人のこと故、大きなことに挑戦してみる気にもならないから、日々に健康であればそのことに付いての感謝の気持ちをのべているだけ。
 従って、他人のブログはどんなに人気があるのか。または無いのか、知らないし、覗いてみようという気にならない。
 これでいいのだ。現在、自分が健康で暮らしていけるということの幸せをかみしめている。
 長い年月生きてきて、この先はどの位続くものかはわからないが、ただ長生きしさえすれば良いというものでもない。こういったことは個人の問題だと思うが、長生きを望むなら「健康で長生きを」と思う。寝たきりでどんなに長生きしてみても、どうしようもないと思うし、このことは誰にでもあてはまることと思う。
 自分で散歩したり、日常のことはすべて出来るということでなければ、本来の意味での幸せとは言えないと思ってる。(ウツギの花)

 

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老人は月日の経つのが早く感じられる

 老人は月日の経過が早く感じます。
自分だけのことかと思いもしたが、これは誰にも共通の現象(?)と思われる。
 子供のときは、楽しいお盆やお正月が巡ってくるのが待ち遠しかった思い出のある人は多い筈だ。
 今年も6月になって、あっという間に半年が過ぎ去っしまうであろう考えると、寂しい気もするがやむを得ない。現実を曲げることは、出来ない。
 このことだけは太古の昔からいろんな逸話もあるが、「不老不死」の人はひとりもいないのだ。
 自分はいま、82歳だ。そろそろ迎えがくる頃と思ってる。心と頭を出来るだけ整えて、「周囲の人にかけるであろう迷惑も極力少なく」と思うところ。
 いま外は曇り空だが、日中はどうかな。











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曇ってるが暖かい日

  曇ってるが暖かい。雨は降らない。
自分のような80歳も過ぎたものにとっては有難い一日です。








 

 

 

 

 

 

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夏の思い出

 いま6時、今日も天気はよさそう。
でも、好天の日が続くと自分のような老人は逆にそのことにさえ、いささか心配にもなるのだ。
 このような現象は、世間一般にあることなんだろうか?。
まあ、どうでもいいことだから、「限られた範囲で精一杯生きればいいさ」。
 昨年の秋になぜか急に思い立って、自宅の空き地に「ぶどうの苗」を植えてみたのが目下元気に芽を伸ばしている。
 こんなことなら、もっと早い段階で、植えるべきだったのにと思うのだが、気付かなかったのだ。
 ぶどうの苗は素人で何もわからないものが思うより、ずっと強くて丈夫らしい。ただ、「成長していく途中で害虫にやられないように、適当に消毒を施すことが必要だ」そして肥料もだが。
 残念なことに、自分の生存中にはこの「ぶどうの実」は堪能できないだろうと思ってる。家内はそんなことには興味なし。「それもよし」と受け止めよう。(画像は妙高高原と燕温泉)






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