人と自然

人は自然の一部である
水と緑によって癒される

午後からの冷たい風

2019-02-14 | 春近し

 毎日、午後から風が強くなる。
これが結構冷たい。
ヨレヨレの老人だもの。
致し方なし。
 何に挑戦してみても、結局失敗ばかり。
わが認知機能に相当以上にダメージがあることが、
自身で強く認識できるのだ。
 なにを考えて、何をやっても夢の中のことのようだ。
脳梗塞で、2回入院してる。
今日はバレンタインデーらしい。
そして、そのあとには「ホワイトデー」と繋がるようだ。
 このあたりでは、いま、梅が咲いている。
季節は確実に進んでるのだ。
 
 春は近い。


西に高く東に低い典型的な冬型気圧配置

2019-02-12 | 春近し

 春が近いことは分かっているんだが、今は西に高く東に低い典型的な冬型気圧配置になってるんだと、自分の既に忘却した知識を掘り起こして、ここのところの寒さについて、断定してる次第。
 しかし何といっても、加齢による体力減少のために、身に応える。
 春は、すぐそこまで来てるのだから少しぐらい、季節が延びても大きなことはなかろう。
待たれる春。早く来い来い「爛漫の春」。
 3日前に玄関前に植えてあった、「ぶなの木」を切って、地面に日が当たる面をわずかだが、広がるようにした。
 ここ数10年来、大
切にしてた木だ。でも、自分の余命そのものはあまり残っていない筈だ。
思いきって途中から切ってしまった。すでに春を迎えるべく、ブナの木は水を吸い上げていて、新芽は皮を被っているが、春の日差しを待っている状態。
 老人の思いは、誰であっても大きくは変わらない。スカスカの頭で待ちわびている自分だ。


午後の風、とても冷たい

2019-02-10 | 春近し

 ここ数日、午前中は日差しもあったりして、時刻により暖かな日もある。
そのような日であっても午後になると寒さに向かい、13時以降になれば、風が出てくる。
この風がとても冷たい。
 名もなく貧しい老夫婦である自分たちは、この冬も例年の如くじっと我慢の日々であるといってもいいのだろう。
 ここのところ、連日の寒さ、冷たい風だ。
 ずっと以前に現地が真冬の観光で行ったことのある、ジュージランドの南島、の寒さや夜間の「南十字星」も見たような気がする。「そしてトーテムポールと卵を産んだらそのまま、落ち葉の下の土に埋めるとそのまま、放って置くキューイ」。やがて、地熱で孵化する。後は自立していく。そして「ウオンバット」。
 いたるところで温泉が噴きあげている。(5メートル程度)「マウントクック」という山並みや氷河の山脈が青白く麓までが氷の世界。天候にめぐまれたので、氷の世界を希望者だけ、その場で申し込み、セスナ機で上空から、観覧することが出来た。この費用が当時の一般的な観光では、あり得ない程の高額(その場で払い込む)だったように、思うのだ。(保険などはなかったと思う)。
 同行の観光客は、セスナがあまりにも頼りなさそうに見えたのと、その安全性に怯えて(条件がよく無風のとき)数人だけが、乗った。氷河があり、山並み全体が氷の世界とあって、青白く光って見えた。(自分と家内は2度とこんな旅行が望めないだろうの思いで乗った)
 

 日本が夏であり、防寒具はかさばり、面倒であったが、分厚い大きなジャンバーを持参して出かけているので面倒であったが、寒さの方は大丈夫であった。
 食事は、農家の外で、「羊」一頭その場で処理して、「焚火にあぶって骨付きのままかぶりつく。」これがうまかった。
 そして湖水が多かったように思うのだが、夕刻の日暮れが早く、日の出がうんと遅い。観光のバスは朝、真っ暗な時間に出発。次の宿泊ホテルに着いても何も見えない。
 翌朝、バスで出発のとき気付いた。夕べ泊ったホテルは、湖水が多い現地でも有名な「ビクトリア湖」沿いのホテルだったのだと、初めて気付いた。成程、昔、大英帝国時代の女王陛下の名をいただいているのであった。(成程、景観は良かった)

 寒さの中でこんなことまで思い出している鵜沼じいちゃんです。

 


春は名のみの風のつめたさ

2019-02-07 | 春近し

 立春も過ぎ暦の上では春。
でも、これも「名のみの風の冷たさ」どこかで聞いたことのある歌を思い出しています。
 今年だけか、あるいは近年の傾向か?。 
寒暖の差が近年著しく、変わる気象になってる日本列島?。(地方によってそれも変わるように思われる)
 大方の年配者が感じてると思うが、地球温暖化の問題、もしくはそれにまつわる気候変動。
 南極の氷が次々と、柔らかくなって海上に崩れ落ちる風景など、数年または、もう少し前からテレビなどにて放映されてる。容易ならぬ事態と大方の年配者は思っているが、その傾向はいまだ止まず。もしかしたら、人類に対する重大なる警告かも知れない事実が、日常的にテレビ放映されてるが、この問題を大きく取り上げて、アピールする国が、いまだ、出てこない。これはどういう現象か?。
 人間社会の終末期が近いのではないのか?。自分はそのように思うこともある。でもそれは、5年~10年の単位では測れないが故に、みんな逃げてるにすぎないように思うのだ。
 「ポンペイ最後の日」という歴史があるが、この先、「地球最後の日」みたいなことが起こらないという保証はないのだ。
 自分一人のことを思えば、十分に長生きすることが出来たし、戦争もなかった日本。思えば思うほど、良い時代に人生の大半を生きることが出来た自分だ。「有難かったな」それなりの一生を送って逝くことが出来そうだ。
 このことは自分の人生を振り返ってみても、実感できるのだ。小さな失敗や挫折はいくらでもある。でも、それは誰にでもあるものであると、承知。
 適うことなら、まっとうな最後までの日々。日本の平和と人生の安穏を願うことは大きすぎる願いか?。




春は名のみ

2019-02-04 | 春近し

 昨日が節分。そして今日が暦の上での立春。
「春は名のみの風の寒さよ・・・・・・」
昔、こんな歌が流行ったことがあったな。と感慨に耽ってみた。
しかし、すぐ現実に戻ってしまう。
 夢のような現実に耽ることができたのも、はるかな昔になってしまう。
いまの自分は、自分の立場(立ち位置)はこんなところか?。
 まあ、現実は現実。夢とは違うのだ。致し方なしだ。
 人間は所詮、大自然の中の一部でもあるし、地球規模の大自然を俯瞰してみれば、自分一人のことは自然の中で漂う塵のようなもの。それ以上でも、以下でもない。
 人の一生を考えてみても同じこと。寿命が尽きるまでのこと。100歳を超えて生きる人はそう多くない。それどころか、100歳を超えたら体の機能そのものが、かなり落ち込んでしまう。それでいいんだ。100歳を超えた人達が、急激に増えたら、別の面でひずみが出て、社会が成り立たないであろう。 


節分 曇り空、冷え込みは少ないようだ。

2019-02-03 | 春近し

 ここのところ、毎朝の冷え込みが厳しかったように思うが、今日は起床時から、趣がちがった。
いつもの厳しい寒さ?は感じられない。テレビの予報によれば、午後から雨が・・・・。
 15時頃には降り出したようだ。少しずつ春に近づく足取りが感じられる。
この冬は寒い朝であっても、土の上を歩いていて、霜柱を踏むということもなかった。これは自分の今住んでいる地域だけなのかもしれないが、地域により、寒暖の差がまちまちだということだろう。加齢のためにこの冬は一泊以上のお出かけは自粛していた。自分の身体であっても過信は禁物だ。
 後は定期、不定期に病院に通う程度だ。
自分の寿命は不明だが、親、兄姉などのそれは、普通というか、現代であればむしろ普通以上であろう。
 敗戦後、厳しい暮らしに翻弄されて、何とか育って来たが、社会に出ようという頃になったら、就職口は全くなし。現在の日本の経済状態、食事の状態を思うにつけ、戦争に負けるということが、いかに惨めなものであったかが分かるし、よくぞ恵まれて、この齢まで「生かされて来たもんだ」の思いが強い。
 ここまで生きてくるまでには、あとで考えて「あの時、よくぞ生きてこれたな!」の思いもいくつもある。
 これが、「人間として生きるということだったんだ」の思いも、感謝の気持ちも強い。
 いま、総合病院に定期、不定期に通っているが、現代の医学の進歩には驚かされている。
 「今日は節分」豆を鬼に見立てた魔物に投げつける。(実際は自分の心の内の魔物に暴れださないように。人間とはいかに罪深い生き物であるかを自覚する日である)👇奥飛騨♨郷。


ポカポカ陽気だ

2018-02-28 | 春近し

 今日も暖かな日だ。
 今年の冬は特に寒い日が続いて、風の冷たさには多くの人が、体 に応えた。
その反動でもあろうか。(物事には表裏がある)寒さの後には暖かさがある。
 これから多くの生物(植物、動物、昆虫、魚類など)一斉に動き出す。これが自然だ。
 自然にはなるべく干渉しない方がよいと思う一方、人類であること、そのものが自然なのだと思えば、よくわかる。

 

 


春の兆し

2018-02-27 | 春近し

 春の兆しがみられる。
 猫の額ほどの庭の部分に、蕗の薹が顔を出してきた。春一番に伸びてくる食用菜、が伸びてきて花芽を出して大きく伸びて、ぐんぐん伸びていく。 
負けずに、野鳥たちが柔らかい部分を啄んでいく。
 菜が伸びる。待ち構えた野鳥が啄む。これはどうしようにもできない。
それでも、自分で作った野菜の味は抜群だ。これから春に向かって、いろんな食用にもなる野菜を作ろうと思う。

 


オリンピック選手団の帰国

2018-02-26 | 春近し

  春の日差しの中、オリンピック出場の選手たちが帰国した。
 空港で待ち受けた人たちの多さから見ただけでも、国民の期待の大きさに応えた選手団だもの、当然といえば当然。
 獲得したメダルの多さから見ても、活躍した選手の若さから見ても、日本はいま、すごい勢いで変革している最中にあるんだということがわかる。
 若いエネルギーによって、国を変えていってもらいたいと思っている人たちもとても多い筈だ。
 テレビのコマーシャルだけではなく、しっかりと地に足の着いた若いエネルギーを日本はいま求めている。
 今日は地元の気温は16・5℃(最高値)とか。
まだ、寒い日も多い筈だが、爛漫の春が待遠しい。


冬季オリンピック 閉会

2018-02-25 | 春近し

 平昌オリンピック最終日、20:00時からは閉会式が行われる。
 「うぬまじいちゃん」は夕食を摂りながら、アルコールも少々。
夕刻、すべての競技が終了した後、毎回、実施されているエキシビションで広いコース内を、羽生 弓弦選手を中心にリラックスした選手たちの、伸び伸びとした滑りが、見れた。
 得点に関係なく、メダルを獲得したトップスケーターたちのリラックスした姿、心のうちまで想像できる思いでテレビを眺めていた。
 メダルに届かなかった選手も一様にリラックス出来たんではなかろうか。
 いろいろとむづかしい問題をそれぞれの国が抱えている中で、唯一、オリンピックだけは平和の祭典として定着しているといっても、いいのではないか?。
 いま、20時を回ったところだ。閉会式がはじまった。これも、いろいろと趣向を凝らした内容になっていることと信じてテレビに見入ることにしよう。
 唯一、北朝鮮の動向の一端も覗き見た気もした。
しかし、この件に関しては、結末は不明だ。
 いづれにしても春が待たれる。



オリンピックも終盤だ

2018-02-24 | 春近し

 寒い日々が長く、感じられた冬でした。本当に寒い思いをしました。私だけでもないようで、身近な人達に聞いてみたら、「風邪をひいてしまった」「風邪をこじらせてしまい大変な思いをした」。こんな感想の人が多かった。
 
中には、「冬眠を決め込んでいました」。といった蓑虫を決め込んでいた人もいた。
これは今日、公園でのグランドゴルフの会合での感想である。
 自分だけではなく、老人たちはみんな寒い寒い思いで冬の寒さに耐えたんだと思い安心した。

自分はお陰様で寝込まないで春を迎えることができそうだ。
 テレビの短期予報を見ていたら、サクラの開花予想は3月末だといった。
つまりは「例年並みです」ということ。
 樹木の根の末節からは既に春の用意ができていて、これからは地下の水分を吸い上げて、新芽を膨らませ蕾や葉を成長させねばならない。
 春は樹木や花、虫たちの、動物たちも同様に一斉に動き出す。忙しいけれども楽しい時期である。
 私、「うぬまじいちゃん」も、狭い猫の額ほどの空き地を耕して花や、野菜などを植えて楽しむときでもある。 

 


平昌オリンピック

2018-02-21 | 春近し

 春の兆しが顕著になってきた。
昨日は、風も無くあたたかな日差しも時間的にはあったし、久しぶり、の家の周りの点検したり、庭に一部に今年は何を植えてやろうかなどと、思いを巡らす。
  蕗の(とう)が芽を出してきた。もちろん花が咲くことが第一なんだが、出来ればそれと同時に食用にもなれば更によし。
 空き地がないので狭い範囲で精一杯に楽しむという、欲の深い思いが前提であるから、考えねばならない。 
 しかもこの冬は数年ぶりに寒い(風の冷たい)冬であったと体が感じている。
 いま、平昌オリンピックの最中だ。炬燵の潜って、女子フイギアスケートの観戦中だ。

 若い女性たちが美しい肢体を精一杯の演技で魅せる競技。見ていて一番楽しい競技だ。そしてわくわく感?も。
 外国の選手は足が長いから、同じ演技をしても見栄えは「足の長い」外国の選手のアピール度は大きいと思う。(美しい)
 また、カーリング競技も真剣に見ていると、とても奥が深く難しい競技だと思うところ。
 ところで、時期的にはそろそろ雨が降るころと思うが、雨量が少ない。しかも結構寒い。


春の兆し

2018-02-15 | 春近し

 春の兆しらしさが感じられます。数年来の冬と比較して、今年は格別寒い日が続いたように感じられたのは、多分自分だけではないんでは?。「うぬまじいちゃん」は若い人たちとは比較できないのは当然と自覚していますが。そのうえで、冷静に判断しても、やっぱり寒い。そんな冬だったと思っている。(冷たい風が吹きまくる)
 それがここにきて、少し温かみのある日が出てくると嬉しい。連日の冷たい風には閉口していた。
 「暑さ寒さも彼岸まで」の言い伝えがあるけれど彼岸まで一か月。暦の上では2月19日が雨水とある。
 あと一か月で春の彼岸だ。「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざが昔からある。彼岸を境に季節が変わっていくのが普通であるが、果たして今年は。その後は各地での諸行事、などがあってサクラの蕾も膨らんで、爛漫の春へ一直線だ。ああ、待ち遠しい。これからは雨も少し降りやすくなる筈だ。
 


日本は未来に向かって変われるか?

2017-02-24 | 春近し

 寒暖の差が激しい昨今だが、気温のみにあらず、連日の冷たい風に老人の日常も家に籠もる時間にも、ここ数年に比べれば差が出ていると思わざるを得ない。
 そうなると、なんとなくテレビを見ている時間が増える。
 「炬燵とテレビ」嫌いな表現だが、やむを得ない。
 マレーシアで起きた「殺人等による事件、その他の歴史を遡っての飛行機事故による殺人等々。
 世界には日本人の大方が思っていたよりも、極端な国もあるんだ。などと当方は改めて、思っている次第だ。 
 いまも、テレビのまえで東京都の知事による記者発表が行われている。
 豊洲市場の土壌汚染の問題に絡み、都の百条委員会の問題についても所見を述べるのかも。東京五輪の費用、運営費の問題などについて、費用負担は?。百条委員会の問題。等々。 



  






 








地方選挙

2017-02-19 | 春近し

 今年は選挙の多い年だ。
 朝から、地元の市会議員選挙の出陣式に近くの人たちが大勢集まって、出陣式があり、私どもも(家内と一緒に)歩いて7~8分の距離の選挙事務所で実施された、出陣式に行ってきた。次々と応援の先生(議員さん)が立って激励の言葉が続いて、終わって自宅に帰ったのが、正午に近い時間。
 午後は昨日の続きだが、玄関先の猫の額ほどの狭い場所を耕して、春に何を蒔こうか思いを巡らして時間を潰す。昼間は昨日に続いて、とても良い陽気だ。2月とは思えない感じ。