崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

久しぶりに在日教会へ

2011年07月31日 23時55分01秒 | エッセイ
 久しぶりに下関の大韓キリスト教会に出席した。信徒は多少変わっても中心メンバーは変わりなく、懐かしく全員から心から歓迎されたと感じた。わが夫婦は引越しなどで数多く教会は変えても信仰は変えてはいない。最近私の心に生涯で初めての教会離れ志向が起きている。神の名を借りて勝手に物事を決めたり、閉塞的な空間を作ったりすることが最近になって気になっている。そんな私を家内が心配しているような気がする。昨日急に韓国教会へ向かった。久しぶりに礼拝に参加して久しぶりに新鮮な、意味深い説教を聞いてほっとした。全員が握手したり、声をかけてくれたりいろいろ話しかけたり心温まる時間があり、何より感謝すべきである。日本の教会より時間がゆっくり流れているようにも感じられた。
 説教は僕が主人に「忠誠」をつくすたとえから、与えられたものをどのように生かすかということであったが 主従関係においても、そこにはお互いの信頼関係の「忠誠」が必要であり、「充実」したしごとであるべきことを考えさせるものであった。説教はそこまで到っていないが、私には深める時間が与られた感じである。私は日常生活においても、人は互いに信頼する忠誠が必要であり、仕事(業)には充実したものを求める職業観と人への義理など、今一度考え、今日からの生活の中でそのことを心に留めて努力していきたい。忘れて聖書を置いてきてしまった。牧師や長老から電話してくれて温情が伝わってきた。
 


下関教会
住所 : 〒750-0043 下関市東神田町5-6 083-222-0097 FAX : 083-222-0097
礼拝案内 日曜日 午前 11
牧師 : 鄭在植

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歴史に残る本 『日本の人類学』

2011年07月31日 05時39分16秒 | エッセイ
大阪国立民族学博物館での3年半のプロジェクトで共同研究をしてきた研究成果が山路勝彦編著『日本の人類学』として出版され、それが昨日が届いた。研究メンバーが全員野球のように各発表でだされた問題一つ一つをを長く熱心に議論した結晶版である。植民地主義、異文化研究、学術調査の歴史など、歴史に残る本である。774ページ、定価7000円で重さと値段で皆さんのご苦労が感じられる。私は日本留学から帰国して日本研究と自分の従来の研究テーマであるシャーマニズムを結びつけて日本植民地を正面から研究し始めて以来の研究の結晶のような気持ちである。「朝鮮総督府調査資料と民族学」という題で研究者の研究における他の研究者との協力関係とオリジナリティの尊重にポイントをおいて論じた。秋葉隆という大家の村山との先輩後輩関係、総督府との関係などを資料から読み取ったものである。それは私の論文が数回盗用されたことを念頭においたものでもある。若者が先行研究を読み取る姿勢を正す意味もある。
 私は毎回参加し意見を述べさせていただいた。関西大学の山路先生、京都大学の田中先生と鼎談をしたことが深く心に残る。出版会の田中氏をはじめ皆さんに心から御礼を申し上げたい。
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1.5倍の努力

2011年07月30日 04時30分09秒 | エッセイ
 アメリカで日本人の成功物語りが報道された。その当人が新しく移民してきた少数民族としてアメリカ人より1.5倍働かないといけないと思って努力したと、語った。私は日本では2倍ほど努力するつもりであったので大いに同感した。それは祝祭、休みなど人が遊ぶ、休む時に研究することである。それは出世や受験勉強ではない、仕事を「遊び」とする私の生活パターンであるからでもある。学生たちは目下試験が終わり、長い夏休みに入る。8月4日から広島大学大学院で集中講義、27日は東洋大学の研究グループ(代表松本誠一)と東亜大学の東アジア文化研究所と共催で日韓の越境をテーマにワークショップを行い、私は発表する予定である。関心のある方は声を掛けてほしい。そして一緒に参加して欲しい
 世界広く住んでいる海外の韓国人は「1.5倍の努力の精神」は共通している。それは高学歴で現れている。しかし在日にはその現象は見当たらない。1以外の0.5倍は差別と戦うことやその国の常識を獲得するためのものであろう。在日は日本生まれであり、少し努力すれば差別は克服されるだろう。数字に弱い私が言っている1.5倍とは在アメリカ日本人言った話である。問題は1.5倍とか2倍努力しても社会的に認められないことであろう。アメリカでは認められy水が、日本では難しい、それが社会の問題である。究極的には神様が認めてくれるのである。
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「韓国の山くずれ」 コンピュータートラブルで韓国語で  sorry in Korean

2011年07月29日 06時34分16秒 | エッセイ
ソウル市内が大雨で、山崩れにより犠牲者が50人を超えているというニュースを聞いた。多くの人が犠牲となり、被災者が多く出たことは心痛い。日本では大震災で苦労している中、中国では高速鉄道事故が起きた。現在地球規模で大きい事故が伝わってくる。その多くは人災であろうが、天災も多い。今私は海辺に住んでおり素晴らしい夜景も楽しんでいるが、その海がいつ荒れるかわからない。
 古代中国の尭舜時代では「治山治水」がよく穏やかな生活をしたと歴史的にモデルにしていながら中国は黄砂など大きい自然環境問題を抱えている。今度の韓国の山崩れは乱暴な山開発が原因ともいわれている。原発などを含めて人間が自然と不自然な不調和から起きる問題が多い。経済開発などを急ぐより安全で平和な生活が営まれるように、「世界第一」を抑制し、尭舜時代を目指してほしい。

서울이 산사태 물난리라는 뉴스를 듣고 누이에게 전화를 하니 무사하다고 한다. 그러나 많은 사람이 희생된 것을 들으니 가슴 아프다. 얼마 전에는 일본의 방사능을 염려하여 주던 한국이 갑자기 피해를 입고 있다. 지구 규모의 천재들이 여기저기서 일어나고 있다.
지금 나는 바닷가에 살고 아름다운 풍경을 매일 보면서 살지만 언제 무서운 파도가 덮칠지 모른다. 긴 역사상 치산치수를 잘 하였다는 요순시대를 모델로 하면서도 아직도 중국은 황사 등의 큰 자연 문제를 가지고 있다. 한국은 산에 날림 공사를 하여 큰 재해를 일으키고 있다. 일본의 원자력 발전소 등의 문제도 모두 자연과의 싸움과 부조화에서 온 것이다. 발전이 빠른 것이 그저 제일이 아니고 안전하고 편안한 삶을 영위하는 노력이 필요할 것이다. 눈부신 발전 의욕을 자제하고, 계획을 재검토할 시기에 온 것 같다.

*今朝コンピューター調子が悪くまずハングルで書いてから日本語で書いた。
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大連大学の主任の名スピーチ

2011年07月28日 05時25分52秒 | エッセイ
 

 私が東亜大学に赴任してから11校目の姉妹提携が昨日行なわれた。大学側も綿密に周到なる事前準備をし、提携式が形式的にも整ってすばらしかった。特に相手側の8人全員が正装して厳粛な雰囲気も加わった。準備過程などでは日程さえ調節が難しかったが、お会いしてからは穏やかにスムースに進行した。校務委員会主任の王志強氏、副学長の宋協毅氏などの5人は去年3月大連大学を訪問したとき会ったので再会であり嬉しかった。王氏の肩書きには何度も確認したが当大学の総長より高い地位であり、共産党幹部でありながら大連市の教育を総括する人物だという。
 私は昔、行政の上役の方が日本に招待されて政治的宣伝演説のような話を多く聞いたので今度も心配したが実にすばらしい方でであった。王氏は下関はアジアに向いた位置にあり、大学は社会のニーズに応じえる国際的な重要な意味を持つなど、本学の学長の挨拶を適切に引用しながら独創性のあるスピーチをされ、名古屋大博士号を持つ副学長の流暢な日本語の訳で実に品格の高いみごとなものであり賛嘆した。二人の名コンビぶりのすばらしさと、王氏が権力者であり、カリスマのある方であることを感じた。同行人たちはすべての神経を彼に集中させていると感じた。王氏がトイレに出るとき3人がついていった。彼が尊敬される理由が分った時はすでに別れの挨拶をしなければならなかった。

(山口新聞3面)
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2011年07月27日 05時39分11秒 | エッセイ
 夕べ遅く帰宅時、にわか雨が激しく、雷が鳴った。車から降りて傘をさしたが家内を入れなかった。傘をさしていることが落雷の危険があることをよく聞いていたからである。同時に落雷が天罰だという一昔前までの俗諺を思い出した。日本では地震と雷が怖いという。中国で落雷が原因という高速鉄道事故が大きく報道されている。中国の鉄道省長は「中国の鉄道技術は世界最高である」という。最高技術でも落雷を防ぐには至っていない、またコントロールシステムがうまくできていなくとも堂々と言われることには違和感がある。
 今日中国大連大学と姉妹関係の提携式を執り行う。以前その大学を訪問して話を持ち込んだのが実を結び、今日のはこびとなった。広大時代の教え子との師弟関係から始まった。共産党の書記長など8人の役職の方が来られる。古代文明の発祥国である中国、いまや世界一大国からの来客に礼儀など最善を尽くしながら日本人が朝鮮通信使を迎えるような気持ちになった。しかし相手の方の日程もやや不明のまま式を迎える。お供で来られた方々は偉い上司のカリスマには対応し切れない感がある。大国であることは間違いないが、費用などの話になると日本側に頼る傾向がある。経済発展とは何を意味するのかまだ長い時間を待たなければならない。

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時代は変わる

2011年07月26日 05時42分54秒 | エッセイ
 呉善花氏から『私は、いかにして「日本信徒」となったか』が送られてきた。彼女は多くの韓国人から嫌われている。なぜであろうか、『スカートの風』いらい改めて彼女の文を読み始めた。韓国人から彼女の日本語は下手なのに文章が上手い、だから日本人が代筆してあげた、著者は日本人だという作り話のようなことまで言われ非難の的になっている。日本人が新来の韓国人に言うのはわかるが、時々差別的にも聞こえる。しかし、韓国人から日本語が下手だと言われるのは意外な現象とも言える。私は彼女より10年ほど先に日本に留学していろいろ文章を書いているが、家内の力を借りている。呉善花氏の日本語、否文章力自体はすばらしい。彼女の日本語を云々という多くの人はおそらく彼女より文章力のない人であろう。そしてほぼ読んでいない人であろう。
 韓国の反日思想が生み出した人の非難用の「親日」は国際化によって墨で塗り潰されるだろう。『スカートの風』は人類学者、民俗学者よりも現実に接近して重要な時代を表している作品である。私は最初、日本の指導的な人類学者から紹介されて彼女に会い本を読み、一緒に調査旅行をし、対談書も出した。しかし私は作家として読んでいるのでなんの違和感もなかった。だが、それが「呉善花バッシング」の火花が私に飛んできた。彼女の激怒と悩みの言葉に戦うより作品化にエネルギーを消耗すべきだと慰めた。時代は変わる。すでに後期殖民地の現象の弱いもの、無知な人の愛国主義は去っていく傾向にある。異国でがんばって生きる同胞を包容するように母国の人に望むのは無理なことだろうか。
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NHKのど自慢

2011年07月25日 05時33分39秒 | エッセイ
 NHKの日曜日に正午の番組「のど自慢」をたまに見ることがある。この番組は素人の歌を楽しむことよりは自分が「審査」や評価を試みる楽しむことに成り立っている。自分が内心高く評価した人がたまに受賞されると嬉しくなる。同じ時間帯、同じ形式で韓国の「歌自慢」がある。二つとも最長寿番組である。NHKのものは1946年からの60年の最長寿番組、韓国のものは1980年からの30年の最長寿番組である。誰が見ても韓国のものが日本のものを真似したと認めざるを得ないだろう。それだけではなく、明治以来日本のものを韓国が真似したものが多い。林語堂氏が言うように古くは日本人は中国人の食べ方から排泄まで真似したという。真似は教育や文化のの本質ともいえる。
 野球やサッカーのゲームなどの形式やルールなどは西洋からのものである。しかしそれに抵抗感をもつ人はいないだろう。ハードとソフトと分けて考えるとハードつまり大きい枠や本体を真似することには抵抗がなく、ソフトつまり中身を一部分でも真似すると抵抗感を持つことが多い。「のど自慢」という番組は長い歴史の中で時間帯や営みの形式、鐘の鳴らしかたなどの工夫があり進展してきた。そのノウハウがそのまま韓国で利用されて成功したのである。その日本の放送歴史そのままを韓国はただで真似したのである。このようなことは日韓関係だけではない。今韓国や中国ではコピー文化が定着しているようである。世界中の現象でもある。お互いにハード、ソフトの創造性オリジナリティを認め合いながら感謝し、よい番組を作っていくべきである。


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エレベーターは人間関係の圧縮機

2011年07月24日 05時39分04秒 | エッセイ
 マンションのエレベータの中は密閉なる空間である。まったく他人と同乗することもあるが、その中で時々嬉しい出会いもある。しかし顔見知り程度の人と一緒の時は異様な雰囲気になることもある。私はマンションのエレベーターで挨拶をしたり話かけたりすることが多い。エレベーターを待つのは長く感ずるし、また乗ってからも長く感ずることが多い。この時間は数分、数十秒の時間ではあるが、時には長く感ずるのは赤の他人、あるいは親しい人ではなく顔見知り程度のあいまいな人間関係にある。このような人と同乗したエレベーター内での短い密閉した空間で異様な雰囲気を和らげるのは一言、言葉ををかけることである。
 昨日のエレベーターでは同年輩の顔見知りの方と一緒であり、なんとなく声を掛けた。「最近散歩は?、お出かけ?」など30秒ほどの対話で密閉空間の中で人間関係が圧縮した感じがした。郵政関係の仕事で定年、奥さんの病気、車はもっていないなどを知り、私が福祉施設の話までしたところで彼は降りた。エレベーターは人や物を運ぶが人間関係の圧縮機でもある。短い、狭い空間でどう対応するかは人間関係のバローメーターかもしれない。
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山口県議長の友田有氏

2011年07月23日 05時26分16秒 | エッセイ

 石本氏の紹介で山口県議長の友田有氏が来られたので学長 所に案内して話を聞いた。私は彼が下関市長選の候補であったことは知って いたが活躍の中身を知らなかった。彼は厚生、農水に関することに取り組んでいるという。特に厚生、医療、介護などに注力している。いま最も増えていくのがデーサービスであるという。大学でも取り組んでいるところもあると聞いて私は感動した。数年前に学長に地域にデーサービスを本格的にすることを進言し、医療機器製造販売の穴見社長を紹介し美東市のデーサービス施設まで学長を案内して実行に向けたが実現できず流されたことを覚えている。私はただ医療工学部と地域への連携を考えてアイディアで終わったとのが残念であった。しかし友田議員の話ではそれが先見の目であったことが確認された。嬉しく、残念であった。彼とはその話に集中することできず話が逸脱してしまった。経営の話から研究室に戻った。私は研究に専念すべきであることを確かめた。
 私が中心に進めてきた大学と地域の商店と提携した記念品のサンプルがとどいた。この地域では初めてのことである。来週中国や韓国からの訪問客にお土産にし、また私としてお中元などの贈り物として購入するつもりである。小さいことではあるが実行させたので「小満足」である。
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岩下直行 『ナゾと推論』出版記念会

2011年07月22日 05時48分41秒 | エッセイ
 山口新聞に連載した岩下直行著 『ナゾと推論』出版記念会に参加した。日本銀行下関支店に2年間勤務しながら毎週掲載した「巌流島二島説」「犬が道案内をする島」「スズランとお砂糖」 「旧暦のナゾ」「足音が肥料になる花」「耳なし芳一の話はなぜ翻訳か」「李鴻章銃撃事件」「携帯メールの絵文字の起源」 「山口県の端点」 「お札になった文化人」「工業県山口を支えるもの」 「先帝祭に参加して」「フグの皮」など下関、山口に関してエッセイ風に書いたものである。情報をより詳しく論じたり感想を書いたりしたものである。一昨年我が夫婦が書いた『下関を生きる』と重なる点も多い。
 出版お祝いの前に著者の講演があった。いろいろな方々とのかかわりがあり、人の紹介と感謝があり、著書とかかわりがあった現地の人が数人登場した。お祝い会には顔見知りの方も多かったが、私はできれば初めての方に話を掛けた。著者の後任者の新日銀支店長の現役の方、西日本銀行支店長などの方々と楽しく話をした。下関には人材が多いと著者も書いているが、本当に良い人材が多い。さらに外から来た人たちが下関に愛着をもって生きる人も多い。だから著者のようにたった2年の滞在中に地元の人以上下関を歩き語っているのである。地もとの方が永遠の傍観者にならないようにということがこの著書のメッセージであろう。
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なでしこ

2011年07月21日 05時48分45秒 | エッセイ
 日本の女子サッカー「なでしこジャパン」が米国を倒して日本列島が熱気に包まれている。「なでしこ」が大きな花を咲かせた(産経新聞)。私は女性レスリングは知っていたが、女子サッカーは知らなかった。サッカーは男のスポーツと思い込んでいたがこれを契機に好きになりそうである。韓国のヤフーには「異変」「奇跡」との反応があり、意外な優勝であると思われており、すごく嬉しいかもしれない。戦前の「大和撫子」とは美しい、やさしいというソフトなイメージであったが、この優勝で男女平等やユニセックスのイメージの変化が少なくとも私には起きた。
 なでしこを韓国語ではペレンイコッ패랭이꽃という。雑草のようでありながら存在感のある色で長く花を咲かせる。古くから鑑賞された花である。幹が竹のようであり、石竹花ともいう。草花でありながら竹のような気質をもっている。弱さ、ソフト、美しさ、直硬さなどをもっている。その撫子の優勝でもある。
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卒業生から

2011年07月20日 04時57分43秒 | エッセイ
 昨日講義の直前に入った嬉しいメールを学生たちに披露しながら私の教育観、特に授業とは何かを語った。名講義とは何か。「先生」とはただの専門家に過ぎないのではなく、学生との信頼関係の上、問題を深く一緒に考え、モチベーションをあげていけるようにすることであろうと語った。私は「学生」には運命的に出会う貴重な機会であることを感謝しながらいつも「名講義」に臨むつもりで頑張っている。
 卒業生からのメールは次のようである。

はじめまして。
私は東亜大学の卒業生で・・・・と申します。
大学のHPを見ていたところ先生のお名前を見つけ先生のHPも拝見させていただきました。
東亜大学に、このような研究をされてる先生がいらっしゃることに驚きました。
私が東亜大学に在籍していたのは1998~2002なので先生にお会いしたことはありません。
そして臨床工学の専攻だったので、分野も違います。
しかし私は現在高麗大学の教育大学院で日本語教育を専攻しています。
韓国と日本を行ったり来たりしています。
大学院では医療観光における日本語教育について研究しており、これもまた分野が違いますね。
でも、先生の研究されている分野にも興味があり、今書いている論文が一段落したら先生の書かれた本を読んでみたいと思っています。
大学生時代に先生にお会いしてたらまた違った道があったのではないかと思いますが…。
先生が高麗大学でも勉強されており、現在母校で教授をされているということで、ついメールを送ってしまいました。
それでは失礼します。
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文化的な味

2011年07月19日 05時09分31秒 | エッセイ
大学と地域の食品業者が共同で郷土料理を開発することを進めてきた。下関であれば河豚とアンコ-、鯨は有名であるが私としては縁の薄い食品である。前二者は韓国でもそれほど一般的ではないが食べたことはある。しかし鯨肉は食べたことが全くない。鯨専門会社「東冷」の石本会長が新しくでき上がった新商品を持ってきて試食するようにいわれた。栄養分析などは専門の林教授が行なわなければならないが、まず味の方は誰でも参加できるであろう。日本人は戦後食品難の時、鯨に救われたといい、その栄養と味に感謝する食品であるが、私にはその歴史が欠如している。
 しかし日本人でも鯨肉には縁の薄い人が多いようである。これらの商品には【鯨入門者】も【鯨が苦手な人】も大丈夫という宣伝文句が書かれている。「ビールや焼酎など酒の肴(さかな)としても、お弁当のおかずにいかがでしょうか?是非お試し下さい。」と。熱い御飯に掛けて試食してみた。つくしんぼうなど薬味が多く混ざってどの味が鯨の味であろうか探検の時間であった。お弁当のおかずには良いと感じた。私は河豚やアンコーの味に鈍感であるように鯨にもそのようである。しかし味は作られる。日本では品そのもの以上高級化したものが数多くある。松茸や河豚がそうであろう。その大部分の要素は宣伝であろう。韓国は神秘的な高麗人参がそれに当る。これから鯨に文化的な味を創造していかなければならない。

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「安全第一」

2011年07月18日 05時49分00秒 | エッセイ
 工事現場などではよく見かけるが、私にとってあまりかかわりのないような「安全第一」に関する研究の文化人類学的研究書が届いた。著者の金子毅氏は真鍋祐子氏の夫君であり、この春、九州大学からこの論文で博士号を取得した方である。目下韓国・世明大学校で日本語の教員として勤めている。この本が早期に出版されてよかったと思っている。東日本大震災で日本人が今、否もっと早く安全を考えるべきであったこととの関連で時宜を得たのである。昔バス交通会社の経営者から聞いた言葉を思い出す。事故がなければもうかる事業だという。大型事故で破産することもある。大型災難では国家も破局になるかもしれない。軍隊も安全のために存在するのである。そのもっとも根底にあるのは人間は誰しもミスをするということである。それを甘く考えて「失敗は成功の元」とかいわれているが、多くは失敗は失敗で終わる。その安全の装置として「安全第一・safety-first」が生まれたのである。
 意外なことは韓国・浦項製鉄の従業員に「安全第一」が浸透していると言及されている。私のような一般の韓国人が安全第一の意識が高いとは思わないが、企業指導者によっては安全対策が高くなる可能性もあるという例であろう。しかし如何に安全第一とはいっても「安心」するとは限らない。極端に言うと危機の中でも安心している人もいるが、安全の中にも不安な人も多い。私は昔、浦項から鬱陵島へ行くために、小さい船に乗った時、波が高く乗船した人がぎゃあぎゃあ騒いでいるが船頭はあわてる様子もなく落ち着いて(?)いたので私も安心したことがる。危機にすべての人が戸惑ってはいけない。安心を発信する人もいて欲しい。
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